川が流れ、小石をなでるせせらぎの音だけが一面を支配していた。 ーザは木の陰や岩の下に野宿しながら山を登った。闊葉樹の林か ら、ささや大きな草の混った原始林に変っていった。やがて上り坂口ーザは河原へ降り、水を飲んで顔を洗った。 「やつばりファーマーのいった通りなのね」 が終ると赤土の露出した崖に出た。谷は深く、その向うにも尾根が ローザは呟いた。フリーランドの北は、ファーマーの農場で終っ 続いていた。ようやく降りることが可能な沢を発見し、途中から生 ーこそって、滝をずぶぬれになって下り、更に深い原始林ていたのだ。そして彼女が更に北へ進んだため、この土地は単につ まれた小月冫 に向った。地面にはかなり大きなけものの足跡をみかけることもあじつまを合わせるためにだけ存在していた。それは彼女自身の失っ た世界を示すものでしかなかった。おそらくここはローザランドと った。再び尾根に登り、崩れた岩石の沢を下っていくと小道があっ た。小道は小さな池に続いており、池の淵に半ば土に埋れた白骨死名付けられるべきだろう。 「私には行くところなんかないのよ。フリーランド以外には」 体があった。死体はヘルメットと軍靴を身につけ、銃を持ってい ローザは小石をひろって力いつばい投げた。小石は青空に小さく た。死体の眼の窪みは、彼女が下ってきた尾根の方に向いており、 消えていき、やがて遠い草むらに落下した。その方向にコンクリー 歯はくいしばったようにきつく合っていた。 トの建物がみえた。 ローザは道にそってさらに進んだ。高齢の針葉樹林が続き、峠を 越えてまた下っていくと小さな山小屋があった。小屋の中には僅か そこは金網に囲まれた古い軍事基地であった。基地にもひと影は な小枝と藁屑が落ちていただけである。 ーこそって続いており、道は少しなく、白い建物だけが太古の遺跡のように陽光を受けて輝いてい 山小屋からはなだらかな道が谷月冫 ずつ幅を広けながら下っていた。道を塞いで一台の乗用車が停まった。前庭の芝生は三十センチにも伸び、まるで緑の水面に建物が浮 かんでいるようだった。 ていた。車のドアは開いたがエンジンはかからなかった。おそらく なぜかローザはその基地を見知っていた。フリーランドのどこの 白骨死体の男が乗りすてたものだろう。後部シートには新聞紙に包 まれたコーラの空瓶があった。新聞紙の日付けは一九九一年で、ほ基地とも異なっており、また、かって彼女がいたいかなる基地でも なカたが、以前からここへやってくることを予知していたかのよ ぼローザの父が殺された頃のものだった。 うに、隅々までなじみがあった、その奇妙な感覚は、すでにこの平 ローザは再び歩き始めた。広くなった道は舗装道路に変ったが、 コンクリートには亀裂が走っており、永く人の通った形跡はなかっ野に入り込んだ時から始まっていた。最初はいともあいまいなもの た。人家もあったが全く荒れ果てたままで、平野一面に雜草地が広であったが、ローザが基地に入った時、はっきりそこがロ 1 ザの意 がっていた。焼けあとのガソリンスタンド、爆破された商店、コン識の中にある情景と完全に照合することが判った。 ートビルの残骸、折れ曲った鋼鉄のアーチ、屋根の落ちた家ローザは迷わず滑走路を歩いていき、やがて端にある小さな格納 屋、倒れた自動車、それらの点在する道路の裏を澄みきった水の小庫へ入った。そこには町ー戦闘機が、それだけをとってつけた っ 4 8
論していたんだ。居合わせた男たちの一人はまず新しい動力をつく りそして、そのうえでそれについて語るほうが利ロだと言った。す ると、べつの一人が手を振ってそれを打消し、こう言ったものだ。 その新しい動力は名前は言ってないが、特徴は説明することができ る。それは現在の動力のもっすべての長所のほかに、さらに一、 の長所をそなえていなければならないだろう。考えられるのは、た とえばもっと安価たということだ。あるいは、もっと効率がいいと いうことだ。もしかすると、発電所から消費者のもとまで運ぶのが より簡単だという点で、従来の動力よりまさっているということか もしれない。わたしのいう意味、わかるだろうか。こうした要素の 中どれか一つでもそなえていれば、新しい動力源として他をおさえ ることはできるかもしれない。だがわたしがお目にかかりたし は、これらの長所をぜんぶそなえた新しい動力だ 0 それについて、 あんた、・ とう思う ? 」 「不可能ではないな」 「考えてみる気はないか」 「やってみよう」 「連絡は絶やさんように頼むよ」コナントの送話器がカチリといっ て、切れた。そのスイッチはじつは見かけだけのもので、キダーが 装置にあらかじめ細工して取り付けておいたのだが、コナントは気 づかずにいたのだった。その装置はコナントがそこから離れたと き、はじめてスイッチが切れるのたった。あの偽のスイッチの切れ るカチリという鋭い音のあったあと、キダーは銀行家がこう、つぶ やくのを耳にした。「せんせいがやってくれれば、こっちは用意万 端ととのっているんだ。たとえやってくれなくても、あの気違いは すくなくとも当分は研究に忙しくて、島をはなれるわけにはーー」 ドイツ・ウェインスパーグ監獄の幽霊 幽霊というものは、本当に実在すうけていた。すると十一時半ごろ突 るものであろうか ? その驚くべき然何か固いものが、女囚の位置とは 実例の一つが、一八三五年、約半年ちょうど反対側の壁に当って、下に 間にわたってドイツ中の新聞の第一転がり落ちるような音を耳にした。 面をデカデカとにぎわしたウェイン 同時に女囚の息づかいが荒くなり スパーグ監獄の幽霊といわれるもの例の幽霊が現われたと言った。 である。当時同監獄に収容されてい そこで、博士が、女囚のひたいに た三十八歳の女囚エリザベス・エス手を当てて悪霊に立ち去るように命 リンジャー夫人の独房の中に、いっ じたところ、たちまち、ガラガラバ からともなく全く説明のつかない奇シンパシンというような音が監房一 妙な音が頻発し始め、冷たい風が吹杯にひろがり、やがて何かが窓から き、謎の光とともに、幻の僧影が出抜け出して行くように感じられた。 し始めた。 その時、女囚は、今悪霊は立ち去っ その幽霊は、一四一四年ごろドイ た、と言った。この体験を更に確実 ツのウイムメンタールに住んでいた に裏付けるために、その後一〇月一 ローマ・カソリックの僧侶の霊だと 八日には妻を、二日後の二〇日には 名乗り、・生前幾多の罪を犯し、なか裁判官のホイド判事をそれそれ伴っ んずく肉身の父と兄弟たちをいろい て行ったがやはり同じであった。 ろとだましたために死後も上層の霊 それから二月近くたった一二月九 界へ行くことが出来ずさまよってい 日の夜、博士は同監獄の副看守長メ イヤーさんの奥さんと一緒に、また るのだと言って、同女込に「どうか 毎夜自分のために祈ってほしい、と 独房へや . って来た。すると、小さな 懇願した。このことを、本人および・光の雲のようなものが、まるで小さ 近くの監房の囚人たちから訴えられな動物のように独房のなかへ現われ た監獄当局は、医学者へンリイ・カ て来て、その中を動き廻るのを認め ーナー博士に依頼して、その真相を た。同時に、窓の所で非常に大きな つきとめてもらおうとした。 音がし、また幽霊がやって来て、部 かくて、一八三五年九月のある屋の中の小さな腰掛に腰を掛けてい 夜、カーナー博士はただ一人、同女ると女個が言った。それから、一同 囚の独房の中の一隅に置かれた小さ は誰かが部屋の中を行ったり来たり な椅子に坐り、何かが起るのを待ちする足音のようなものを耳にした。 6 4
クレー「水中の庭園」 ( 1939 ) 0 結果、彼の作品を見る楽しさは、厳しいまでに、折り目正が しかし、真実な仕事なのだ。そして、こんな、小さい しく、みがきあげられた夢の ( 真実の ) 世界にふれるすがけれども独創的な仕事をくりかえしてやることによって、 すがしさにある。 いっかは、私の仕事の本当の基礎となるだろうような、一 つの作品ができることもあろう」 たとえば、「夢の町」 ( 一九二一 ) という水彩画は、音 楽をかなでているガラス細工の城のような、ひびきをもっ すべてに対して、ナイー・フな状態でたちむかい、ます ている。 最小のものから、純度を保って、造形する。その、徴小で はあるが、完全な成果を積み重ねていくことによって、彼 こうした作品の純度を支えるものは、なんだろうか。 は自分の作品活動の基礎を築いていった。その成果は、ク クレーの日記 ( 一九〇一 l) のなかから、制作態度につい レーの作品を、見ればわかる。六十歳で死ぬまでのあいた て、述べているところを、引用する。 さいび に、約九千枚の絵を描いて残した。 ( 素描三千五百枚、色 「最微のものから、出発しなければならないということ が、おおいにむつかしく、おおいに必要だ。私は、ヨーロ彩画五千五百枚 ) 。 ここで、クレ ーが事物に対して、原始人のように、つ ッパについて、絶対に、なにも知らない生まれたての赤ん といってし まりは、イノセンスの状態で、のそみたい 坊のようでありたいし、詩人たちについても、流行につい て、知らない原始人のようでありたい。それから、私るのは、興味深い。人間が、イノセンスでありつづけるこ は、きわめて謙とは、むすかしい。それは、ほんの、ふわっと、無重量状 、 ( 、 ' " 心虚な仕事を果し態に浮かんたような瞬間に、おとすれる精神状態た。それ ミ、ユ / し どんな技は、失われてしまったら、もうめったなことでは、再ひ とらえることの困難な状態だ。 、こ一・巧の痕もなく、 ・・ウエルズが、病いの床にあって、純粋な手すさ 、 : 第一、私自身の、きわ めて微々たる造びとして、「トミイの冒険ーという絵本を、子どもの絵具 をつかって描きあげているとき、彼は、イノセンスを、つ 型的理由をみが 一きたい。好都合かむことができたのだろう。 な一瞬間で足り「壁の中の扉」を求めて、灰色の現実をさまよっていた男 る。小さなものは、幼児期に、失われてしまった、イノセンスを、再びと は容易に、そしりもどそうとしていた、ということもできる。 て簡潔に描くこ人は、イ / センスの喪失に、泣くことがある。 そして、人間におけるイノセンスの喪失を、自分の作品 とができる。た ちまちできるー を一貫するテーマとして、とりあげてきた作家が、イギリ スの、ウィリアム・ゴールディングである。 それは、小さい
ーっと螢光に近い光を放つ。全くそうだというわけではないが、 なことになってしまいそうだわ」 メルトンは笑いもしなかった。 カエラもメルトンもその照明の下でおたがいを見たくなかったの だ。電球が悪いのではない。そのことなら、新しいので何度か試し てみたが、光の質は変わらなかった。 乾からびたような小男がとっぜん階段の踊り場に現われて、メル いったいどうして トンを眺めた。だぶだぶのズボンにスエードの上着という姿だ。メ 昨日のことだが、メルトンが冷蔵庫に氷を取りにゆくと、ひどい ルトンが面くらって見かえすと、その男は話しかけた。 ショックを受けた。明らかにどこか電気的な故障があるのだろう「ポイラーがおかしいってね ? あんたにはわけがわからないんだ か、家の中の冷蔵庫に北極光が現われているのを見るのは気味の悪 って奥さんに聞きましたよ」 いものだ。そのほかにも、感覚とか情緒の点で微妙な、言葉に現わ ミカエラの姿が現れた。 メ せないところがある。この家に幽霊が出るというわけではない。 「こちらガールさん。今日電話したの」 ルトンの感じでは、むしろ、単に能率が良すぎるーー極端に脱線し ガールのがさがさした顔が笑いにくずれた。 た形でだが、というものだった。 「電話帳を見りゃあ、あらゆるものにあっしの名前が出ていまさ 窓もかたくてあけられなかったーーしばらくは、ひどくかたかつあ。配線、配管、ペンキ仕事 : : : 何やかやと困ったことのある人が たのだ。ところが、これといった理由もないのに、グリースでも塗っ多いもんで。あんたんところのポイラーみたいにね」 たように開いた。メルトン夫妻が、暑くなりすぎた家の中から新鮮そいつはポイラーのところへ調べに行きながら話し続けた。 な空気を吸いに外へ飛び出そうとしたのを防ぐようにだ。メルトン 「プリキ屋 : : : ポイラー屋 : : : 電気屋 : ・ : ・こういうことをやるに は、インスター電気会社の仕事をやったときに知った友人にあたつは、何でも屋でなきゃあいけないもんでしてね。それで、こいつの てみようと決心した。その男は何かの技術者だということだったかどこが変なんです ? 」 ら、いくつかの妙な事態を説明できるかもしれない。鼠だよという メルトンは、ミカエラのだめよというような視線を避けながら答 ようにだ。もし鼠がいればの話だが。夜になると何かが走りまわるえた。 音がするのだ 北欧神話に出てくる小人にしては小さすぎる音た「送風機が動かないんだよ」 そして、メルトンが仕掛けた鼠取りには何もかからなかった。 ガールは懷中電燈を使って、電線をたどり、ドライ・ハーで何かし ミカエラはこう言ったものだ。 た。火花が散った。それから最後にポイラ 1 の上にある水量計を調 「ふつうの鼠じゃないわね : : : 賢すぎるもの。ある朝あなたが地下べ、そのキャツ。フをはずすと舌を鳴らした。 室に下りてみると、鼠取りが仕掛け直してあるのに気づくことにな「漏れてまさあ。蒸気が出てくるのがわかるでしようが ? 何もか るのよ。餌に小さなウイスキーのグラスをつけてね。あなた、そんも錆びてるね。電線はアースしてまさあ」 4 9
「その通りだ」 1 、ザはゆっくりその階段を降りていった。 「戦闘機については、本当に何も判らないの ? 」 「ロ 1 ーザ。珍しいな」 「機種は日本産町ー。北からきて南へ飛び去ろうとした」 回廊に寝ころんでマリファナを吸っていた男がいった。 「そのくらいのこと判ってるわ。日本からの短波は ? 」 「レナートはいる ? 」 。日本製だから日本籍とは限らないし、国籍マ 「何もはいってない 「司令室だ」 男は瞑想に入ったように眼を閉じた。ローザは地下の複雑な回廊 1 クはつけていなかった」 「墜落地へは行ったの ? 」 を三プロック進み、最も奥の司令室に到達した。 「委員会が行った。ロナルドが参加しているはすだ」 レナートはいつものように机いつばいに地図を拡げ、そこにフリ ーランドの地理を書き込んでいた。地図の大部分は空白で、書き込「では今日は戦闘はないわね」 まれた僅かな部分も何度も修正されている。ローザが入ってきて「たぶんないだろう」 レナートはようやく地図上の一点を決め、そこに向けて線を引い も、それに気付く様子もなく、彼は地区の道路の書き直しにかか っていた。 「ばかね。地図なんかいくら書いてもすぐ変ってしまうわ」 「あまり進まないのね」 「その通り、君もいくら人を殺しても、次々各派幹部は生まれる ローザはいった。レナートは少しだけ眼を上げて彼女をみると、 よ」 再び定規を手に計測上の点を地図上に創る努力にかかった 「そうね」 「長い間どうしていたんだ ? 」 ローザはレナートの机を離れ、廊下へ出た。高さも幅もようやく レナートよ、つこ。 「いつもの通りよ」 一人の人間が通ることができる程度の小さな廊下は暗く、彼女がそ こを歩くといつも闇という広大な空間に向うことができた。闇の中 「また人殺しかね、 を漂流するように歩いていくと彼女の部屋に行きつく。そこは第一 「そうよ。あなたの地図創りと同じく、私の趣味ね」 狙撃隊の部屋だが、その隊の隊員はロ 1 ザ隊長只一人であフた。 「もう、あまりどの軍も殺し合わなくなっているのに」 小さな赤味がかったライトを灯けると、暗闇の空間から、小さな 「判ってるわ。でも私は殺し屋なの。ところで、今日戦闘機がやっ 空洞が仕切られ、彼女だけの遮外空間が生まれた。中央のライトの てきたけれど、どこからか判った ? 」 下の壁には数十個の星マークが書き込まれてあり、ローザはこれに 「どこからかは判らない。撃墜したのは国家連合だ。なけなしのミ 一つ星を書き込んだ。新しい星は隅に加わり、それで星の図形は四 サイルを飛ばしたのさ」 辺形を作った。彼女はかってこの星を部屋全体に書き込んで、この 「調停委員会での発言力のためにね」 0
スクーターをジ 1 。フに積み込み、運転席に坐ると、。ーザに乗るよ「私は根 0 からの殺し屋なのよ。人を殺して自分もいっかはのたれ 種族なの」 う促した。ファーマーはローザを馬小屋のある小さな農家に案内し死ぬ、そういう 「そう思い込んでいるだけだ」 た。農家の付近には同様の家屋が集っていて、小さなコミ = ファーマーはローザの顔をのそき込むようにいった。 が栄えていた。 「その通りよ。でも思い込むことがすべてでしよう。他に自分の存 ファ 1 マーは毎朝作物の世話に出かけ、ローザはもつばら馬で麦在を証明できることがあるの ? 」 「なにも思い込まないこともできる」 畑の中を走り廻った。 そこでの生活はとりとめもなく平和で、ローザにと 0 てよき休日「そうしたわ」 ローザはファーマーの接吻から逃れるように身をよじっていっ となった。フリーランドでの緊張した毎日から解放され、彼女は生 まれて初めて自分の過去も未来も忘れた楽天的な日を送った。風が 「私は自分で人生を創ろうと思ったことはないわ。たぶんあなたも 麦畑をざわめかせると、ローザは馬に乗って風を追った。トラクタ ーに乗 0 たフ , ーーに出会うと大声で叫び、笑「た。時にはチキ同じでしよう。でもあなたはファー「ーという名を継ぎ、私には父 がローザという名をつけたのよ。むろん父はポーランド人よ。父が ンフライと。 ( ンとワインをファーマ 1 に届け、二人で大声で話しな 幼い頃ワルシャワでどういう生活をしたのか私は知らないわ。私は がら昼食をした。 ローザ・ルクセン・フルグについて何も知らないわ。私はワルシャワ しかし、馬を走らせていくと、急に眼前にフリーランドの廃墟が 開けることもあ 0 た。そんな時、ーザは馬から転落して小川に落ゲ , トーについて何も知らないわ。私はそれらを知ろうとしたこと ち込んだこともある。青空の中央に白く輝く太陽も彼女を悩ませもないわ。私がポーランドについて知 0 ていることはレムの小説と カヴァレロヴィッチの映画ぐらいよ。私は自分でローザになろうと た。それは彼女にはとても眩しかった。 夜は , ーーの小さな〈 ' ドに抱き合 0 て寝た。フ , ーーは君 0 たこともないし、 0 ーザになることを拒絶したこともないの よ。でも私は今のローザになったのよ。な・せか判る ? 」 時折彼女を求め、いとも自然に愛の生活を作った。はげしくはなか 0 たが、それなりに充実した夜だ 0 た。それでもフ ' ー 1 が彼女「そういうことはいかに判 0 たと思 0 ても本当に判 0 たとはいえな いだろう」 を愛するのは単に彼が子供を欲しがっているだけであるとロ 1 ザは 「その通りよ。いっか自分というものができてしまったら、その自 君った。 分の意志を認めなければならないの。私は本当の女ではないわ。で 「私には子供ができないのよ」 0 ーザはい 0 た。フ , ー「ーはじ 0 と 0 ーザを見 0 めながら彼女も女となることより、今の。ーザであることが自然なのよ。それが 本当の私なのよ」 の肩をなでていた。 0 6
すぎたときだった。テレ。 ( シー能力を持っそれには、人間の思考をた黄色い髪、疲れきった、深い寝息。 読むのはたやすいことだったが、彼らをかりたてている感情までは ソーンは彼女の肩をゆすった。「行こう、ロリ 1 ンーーやつらが 理解できなった。先を行く二人が、あとから来る数人に殺されそう来る」 になっているとわかると、興味はいっそう増した。しかし、それは彼女はすっと立ちあがった。目は大きく、油断なく見開かれてい かげに隠れ、観察するだけで満足していた。干渉する理由はなかっ た。「近い ? 」と、彼女はたずねた。 たからである。 「一マイルとない。休みもせず、一日中追いかけてきたらしい」 ロリ 1 ンは髪についた落葉を払いおとし、髪を指でとかした。手 山々の長い尾根が、残照のなかに遠くくつきりとうかびでてい錠からたれさがるちぎれた鎖が、小さな音をたてた。「まだ四人だ る。その鞍部にじっと目をこらしたまま、ソーンは待っていた。追け ? 」彼の顔にうかぶ無言の答えを読むと、髪をとかすのをやめ 跡者たちは必ずそこを通るはずだったーーもし予感が適中し、彼らた。「九人 ? 」 彼はうなずいた。 がこんな近くまで迫っているとすれば。 : ほかの九人たちは殺してしまったのね。生きて送りかえ 鞍部に、黒い点が一つ現われた。小さな影だが、空を背景に見違「では三 えようはない。その地点のほか何も見えなくなるまで、彼は全神経されてきた人なんていなかったわ」 を集中し、つかのま現われては尾根の暗がりに消える黒い点の数を「やつらがそんなことするもんかーーー地下組織の捕虜ならなおさら さ」彼はそっけなく答えた。「みんなはもう手遅れたーー今度は・ほ かそえた。九人が通りすぎたところで、鞍部に人影は絶えた。 彼は青ざめた暗い表情で、踵を返した。空を背景に動いた九つのくらの番だ。さあ、行こう ! 」 小さな黒い点。殺しの瞬間を待ちわびながら、汗みずくで追いかけ彼女は黙りこくって、暗い森のなかへとわけいる彼のうしろに従 てくる熱心な国家警察官たち。だが、彼らはあまりにも熱心すぎった。闇が落ちるころ、二人はひらけた土地へ出た。東の空のほん た。闇が落ちるまで尾根を越えるのを待たなかったため、距離を詰のりとした明るみが、満月の出を告げていた。彼はできるかぎり速 いペ 1 スで歩いた。朝から歩きづめなので、おもてにあらわれてい めていることを悟らせてしまったのだ。あと数分でもはやる心をお さえれば、気づかれずに通ることができたのに。馬鹿なやつらだ。 る以上に彼女が疲れきっていることは知っていた。しかし、彼女が いきりたっ痩せた警察犬を引きとどめながら、期待に目を輝かせてもう一晩生き永らえるには、疲れた脚を叱咤してひたすら歩き続 じりじりと包囲を狭めていくあの快感を、彼らはちょっとした軽率け、地面をかぎながら追跡してくる警察犬との距離をできるかぎり 広げる以外に道はないのだ。 な行動からまた遅らせてしまったのだ。 ソ 1 ンは、女が眠っている木立のなかへかけこんだ。彼女は、彼月が地平線上にのばるころ、二人の前に小川が見えてきた。川は がそこを立ち去ったときのままの姿で横たわっていた。肩にこ・ほれ彼らの進路とほとんど直角に流れていた。その浅い、速い流れが、 9
「では、どうしたの ? 」母親はいった。 ローザは自分の部屋をのそいてみた。赤い小さな電球に変えて、 「女の兵士に会ったんだ。お父さんを殺した人だった」 白い明るい電球がつけられ、室内は荒されていた。そこはすでにロ ルイスはいった。母親は驚きのため、しばらく声が出ず、じっと 1 ザの部屋ではなかった。 ルイスの顔をみつめていた。そして急に泣き出した。ルイスは母親 ローザは武器庫から拳銃を取り出し、少し大きいデニムの上衣に 着換えた。食料は充分取ってきたので補給しなくてもよかった。 の近くから離れ、ゆっくり自分の部屋へ向った。母親が父の死後家 車庫にはジー。フ二台とトラック一台が残されていた。ローザはジの中を清潔にすることに極度に気をつかい、そのため壁や柱はみが きたてられ、家の中全体が白く空疎な光で充されていた。母親はル 1 プに乗り、地下道を昇って、車道ロの偽装扉を開くと、アクセル をいつばいに踏んで勢いよく外に飛び出した。二・三〇メートル進イスの名を呼んでいた。しかし、ルイスは振り向こうともせず、自 んだ時、自動装置の銃撃が襲ってきたが、勝手の判った基地だけに分の部屋に入った。室内もまた母によって完璧な清掃がゆきとどい 脱出は容易であった。 ていた。ルイスがべッドに寝ころぶと、彼を追ってきた母親がドア 明るい陽光が街の隅々まで充されていた。新築ビルの原色の輝を開いた。 「服を脱ぎなさい。すぐに洗濯しますからね」 き、街並の華やかなイルミネーション、開かれたショウウインド、 街は急速に平和を迎え入れていた。 母親はいっこ。ルイスは動こうとせず、小さく、「いやだ」とい った。そしてもう一度、今度ははっきりいった。 ローザは何度か追跡してくるジープをみた。その度に複雑に廻り 「いやだ」 道をして追手を振り切った。やがて郊外へ出る頃には追跡者はいな くなっていた。 ( イウェーは検問されている可能性があるので、ロ 母親はルイスの手をとって、無理に脱がせようとした。しかし、 1 ザは小道を選んで走った。行方は決めていた。 すでにルイスの力が強くなっていた。母親は再び泣き始め、泣きな がら部屋を出ていった。ルイスは机の上に母親が飾った父の写真を しかし、北に目的地があるわけではなかった。ただ北の方向へ向みた。彼はべッドの下に手を伸ばし、拳銃の模型を取ると、父の写 真に狙いを定めた。 うということだけを決めていたのだ。 外にはプラう ( ンドの音が近づいていた。拳銃を置いてルイスは ルイスは家に戻ると母親から厳しく咎めを受けた。ルイスが帰っ窓に近寄 0 た。新国家首席の。 ( レードが彼の家の前にかかろうとし てきて母親に叱られることは殆んど日課にな 0 ていた。母親はルイていた。曲が行進曲から〈英雄讃歌〉に変り、ルイスの家の周囲を 各軍の兵士がとり囲んだ。新国家首席のオー。フンカーが着くと、行 スの服に着いた血を発見した。 進は停止し、兵士たちは脱帽した。白髪の国家首席は静かに車を降 「どうしたの ? けがをしたの ? 」 り、ゆづくりルイスの家の庭へ入った。ルイスの母は大げさな身振 母親はいった。ルイスは質問にだけ答えて首を振った。 8
「爆弾ではありません」ライトがさりげなく口をはさんた。 て見せました。燃料タンクをはじめ、ほかのどんな種類の駆動機構 「わかりました。爆弾ではない。 ライト氏はその爆弾でないもの二も見つかりませんでした。しかも、その車がせいぜい六立方インチ かなとこ 個を鉄床の上にのせ、大ハンマーで叩きつぶしました。結果はなに ばかりの発電装置一つだけで、軍用戦車も顔負けの牽引力を発揮す もありませんでした。かれはさらに二個を電気炉に入れました。そるんです」 の二個はスズやポール紙のように燃えてなくなりました。そこでわ「テストはさらにもう一つ、おこなわれました」第三の士官が興奮 れわれは一個を野砲の砲身に落とし、発砲してみました。それでもした声で言 0 た。「ライト氏はその爆弾様の物一個をまず地下の宝 なお、なにごとも起らんのです」彼はロを休め、第三の士官の顔を物貯蔵室ともいうべきところに入れておきましてね、それを百ャー 見た。第三の士官は説明を引き継いだ。 ド以上もはなれたところから制御したのです。貯蔵室の壁は厚さが 「われわれが本気で仕事にかかったのはそれからです。われわれは十二フィ ートもある超鉄筋コンクリートでしたが、そいつが、なん 1 ーア」 実験場に飛び、その物体の一個を投下して、高度を三万フィ AJ : : かれの制御で爆発したじゃありませんか。いや、単なる爆発 上けました。そこでライト氏があなたのこぶしにどの大きさしかなじゃな、 何か信じられないほど強大な膨脹力が内部をみたし、 し小型の手動式起爆部で、そこから爆発を引き起させたのです。あそしてその周囲の壁を内部から叩き倒したといった感じなんです。 あいうものすごい光景を見たのははじめてでした。四十 = ーカーの壁は引き裂け、粉々に打ち砕かれ、鋼鉄の梁や棒がねじ切られて、 土地がまっすぐわれわれのほうへせり上がってきましてね、上が りまるで , もゝっ - : いや、とにかく惨澹たるありさまでしたー かれが ながら破裂して、ばらばらに砕け散ったのです。震動はすさまじい大統領にお目にかかりたいと言いだしたのはそれからです。例にな ものでしたー・ーあなたも四百マイル離れたここにおられて、その震 いことなのはわかっていますが、まだもっとあなたに話したいこと 動をお感じになったにちがいない」 があるといいましてね、しかもあなたに直接お目にかかってでなけ 大統領は頷いた。「感じた。それは地球の反対側でも、あっちこれば話さんと言い張るものですから」 っちで地震計がキャッチしている」 大統領は重々しい口調で言った。「話とはどういうことです、ラ 「それが残した弾孔は中心部の深さが四分の一マイルからありましイトさん ? 」 た。いや、こういうのを積んだ飛行機が一台あったら、どんな都市ライトは立ち上がり、スーツケースを取り上けると、それを開い だってまちがいなく破壊することができますよ ! 狙いの精度さえて、一辺が八インチほどの小さな立方形の物を取り出した。それは 問題にする必要がないんですからな ! 」 光を吸収する性質をもった赤い色の物質でつくられていた。四人の 「まだなにも聞いちゃおられんのですな」もう一人の士官が言葉を男は気味悪そうに後すさった。 はさんだ。「ライト氏の自動車はほかの自動車とおなじような小さ「ここにおいでのみなさんは」と彼は切りだした。「この装置に可 9 な発電装置によって動力を供給されています。かれはそれを証明し能なことのほんの一部しか御覧になっていません。今からひとつ、
はそのためでもある。 イスはいつものようにその香りを味わったのち、思い切って火をつ ルイスには友人はなかった。友人というものが許されなかったとけた。空の色が紫色に変り、穴が大きく拡がった。そして、アリス もいえるし、彼自身それを求めようとしたこともなかった。 がルイスを呼んでいた。 それでも、ルイスには自由が楽しかった。自動車の外でみる風景・ は彼に解放感を与えていた。その日の帰り道、彼はいつもの道とは ロ 1 ザはいっか・・ o の拠点に戻っていた。風がないため旧 違 0 た細い道を家の方向に歩いた。ビル街が切れると巨大な廃墟に司令部ビルの・・ o の白い旗がたれ下 0 ており、人影も見当ら 出て、その廃墟にまた新しいビル街が建てられている。新しいビル ずとても静かであった。ローザは正規の入口に出ずに、建物の周囲 はかなり頑丈に防備されており、路上には逃避用のマンホールが 5 を廻って雑草の繁った広場に向った。雑草は一メートルの高さまで メ 1 トル毎に設けられている。街は、強化プラスチックや不燃性。フ伸び、付近を淡い緑色ののどかな光景に変えている。ローザは雜草 ラスチックによって、戦争の破壊を克服しつつあった。人々も戦争地帯の最も奥まで進むと、そこで疲れた身体を休めることにした。 から命を守る方法を覚えていた。この街は随分前から平和である。銃と銃弾を置いたとたん、全身が重力を失って宙に浮いたように感 平和なこの街に、二重露出で戦争が映し出されているのだ。 じ、気がついた時には地面に倒れていた。そして意識を失うのにも ルイスの眼前冫ー 時間はかからなかった。 」こよ再び廃墟が現われた。比較的新しい戦闘地で、 未だ整地も始められていない。崩れたビルは十メートルもの高さの 何時間眠ったのか判らなかったが、ローザが眼を覚ました時、太 コンクリート 瓦礫の山を築き上げていた。ルイスはその山に昇っ陽が上空に白く強い光を放って輝いていた。彼女は起き上がり、銃 た。足元のコンクリート が何度か崩れ、手足をすりむいたが、それと銃弾を持ち、・・ o の拠点と反対の方向へ歩き始めた。 でもどうにか頂上にたどりついた。周囲には幾つかのビル街がプラ雑草地帯を出ると広い通りを横断し、高架鉄道のガード下へ抜け スチック壁を輝かせており、その間に古いフリーランド、 かってハ た。ガード下はコンクリートのトンネルになっていて歩道が続いて ネ 1 ビルと呼ばれた頃の街が残っていた。廃墟もまた奥深く続いて いたが、人影は少ない。 ローザはそこをゆっくり歩いた。やがて、 おり、遠く崩れかけたビルの一つに小さな青い旗がみえた。 廃墟に建てられた。フレ ( ・フの救援センターに出た。入口で少し思案 ルイスは瓦礫の山を降り始めたが、転がった窓わくの中に小さなしたのち思い切ってローザは中に入った。 穴ができているのに気付き、そこへ降りた。中は狭く、ルイスが坐食料や日用品をカゴに入れ、受付で自分の背寘に収めながら認識 り込むと身動きができなくなった。彼は穴の底で瓦礫と同化するこ 票を差し出すと、受付係の男は一瞬顔をこわばらせてローザの認識 とができた。 票を持って別の係官のところへ行った。ローザは急いで荷物をかか ポケットから、小さなチョコレートケ 1 スをとり出し、ふたを開え上げると走り出した。戸口を出た時、「待て ! 」と叫ぶ声が背後 5 くと、中から長い間とっておいたマリファナタバコが出てきた。をで聞こえた。ロ 1 ザはガード下を抜け、大通りを駅に向った。一、