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検索対象: SFマガジン 1971年7月号
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1. SFマガジン 1971年7月号

「それとも舵が折れることだってある。いつどこで事故が起きるか「そのあとで、一人につき一人の出産制限をゆるめる。はみ出た若 もしれない。しかし、船内会議で、みんなにこんな話をするところい連中は、どうしても橋を越えて、陸で暮らさざるをえなくなる 7 」彼の表情はふいに暗くなった。「そして、またまたあのいま が想像できるかね ? みんなで船から出て陸地に上がり、あの煉瓦 いましい茶番がそっくり繰り返されるわけか。おれは、さっき、三 作りの部屋に住んで、生活のすべてを作り変えるのだ、と ? そし 十二世代の夫婦が一人ずっしか子を生まなければ、二十億の人口も て、狂人たちと戦い、農業をお・ほえるのだ、と ? 」 ゼロになると、つこ。ど。、、 しナナカ三十一一世代の夫婦が四人ずっ子を生め 「なにか方法はあるはずですわ」とジュエル・フライトはいった。 ば、二人の人口が二十億になることも、つけたすべきだったよ。ど 「ちょうどマ 1 デカが、どんなものにせよ、一つの方法だったよう に。むかし、この世界には人が多すぎ、そしてマーデカは、多すぎうすりやいいんだろうな、ジ、エル 彼女はくすくす笑った。「前のときも解決法はありました。こん る人口の解決法でした。なにかの方法はつねにあります。人間は、 短い海への旅をしたけれど、やはり陸の哺乳類です。わたしたちどもなにかの解決法がきっとあるはずですわ」 は、陸地が明け渡されるのを待ってそこへもどるように、横へとり 「ぜったいに、それをマーデカのような解決法にはさせない」と彼 のけられていた人間の種子なんですわ。ちょうど、あの沿岸に棲むは誓った。「われわれは海でいくらか賢くなった。こんどは、悪夢 魚たちが、わたしたちが年二回の収穫をやめるときを、深海にもどや迷信でなく、われわれの頭脳を使うんだ」 って繁殖できるようになるときを、しん・ほう強く待っているように 「それはどうかしら」と彼女はいった。「わたしたちの船を皮切り ね。船長、その方法とはなんでしよう ? 」 に、いずれはほかも順々に事故を起こして、やってきますわ。そし て船を岸へつなぎ、橋をかけ、最初の二世代のうちは、その一分一 彼はじっと考えこんだすえ、ゆっくりといった。 「そうだな、まず最初は海岸そいに帆走して、大きな魚をとるだけ分を憎んで暮らすでしよう。やがて憎しみがおさまり、その生活が にしておく。それから、船を岸に結えつけ、船から陸へ一種の橋をふつうになったとき : : : だれが史上最大の偉人として崇められると 作る。そして船の中で寝起きをつづけながら、昼間だけ外へ出て農思います ? 」 作を試してみる」 船長はぞっとした顔になった。 『橋を架け 「いい案に思えますわ」 「そう、あなたよ ! 橋の建設者ソールター 求ンティフェックス る人』にあたる昔の言葉をご存じ ? それは法王です」 「そして、橋を・ほっ・ほっ改良し、だんだんと堅固なものにしてい く。そのうちには、みんなもそれを船の一部、そして陸の一部と考「おお、神さま ! 」トミー・ソールタ 1 は絶望の声を上げた。 傷ついた牧師に最初の意識がもどりはじめていた。船長の言葉を えはじめるだろう。それには : : : むむむ : : : 十年はかかるかな ? 」 「そのあいだには、石頭の考えも変わるでしよう」グレーヴズ夫人聞いて、彼は満足そうにほほえんだ。ポートの仲間が祈りを捧げて いるものと、感ちがいしたのだ。 が、思いがけなく言葉をはさんだ。

2. SFマガジン 1971年7月号

たいからです」 静かな口調で、彼女は一同にむかって答えた。 小さなざわめきが起こった。なんと驚くべき、そして驚くべき無「いくつかのあいまいな言葉の裏に、船団歴の七二年まで、代々の 意味な、ひまつぶしだろう ! 百四十一年間の風と天候、嵐と凪船長の黙認のもとで、〈憲章〉が定期的に破られていたことが、ほ の見えるように思われます。わたしたちが生き残るために、もう一 ぎ、通信文と議事録と統計、犯罪と裁判と刑罰。なんという退屈ー 「その中のある記事が、わたしたちのジレンマと関係があるように度それを破ることを考えてみてはどうでしようか」 憲章。それは一種の彼らの倫理生活の余波であり、幼いうちから 思います」彼女は言葉をつぐと、ポケットから石板をとり出して読 学んで、日曜のたびに教会で敬意を捧げるものだった。それは、海 み上げた。「船団歴七二年六月三十日付の航海日誌より抜粋。『シ を行くすべての船の月曜マストの燐青銅板に刻みこまれており、そ ェクスピア・ジョイス・メルヴィル班が、日没後に端艇で帰還した。 彼らの使命は、すべて失敗に終わった。六人が負傷により死亡。遺の文章はつねにおなじだった。 体はぜんぶ収容できた。残りの六人は心理的ショックを受けていた 彼らは陸上の新しい宗教 が、精神安定剤の投与で反応を示した。 / われわれは、海とその賜物の代償として、子孫代々まで、わ と、それが住民におよぼした結果のことを語った。小生は、われわ れわれを生んだ陸地を放棄することをここに誓う。人類の共 れ海の民が、もはや陸の民と関係を持ちえぬことを納得した。今 益のために、われわれは永遠の航海に出発する。 後、海岸への秘密の往復は打ち切ることにする』この記録は、『船 ー』と署名されていますー 長スコーリ すくなくとも半数のものが、無意識にその言葉をつぶやいてい スコーリーという名の男が、一瞬、誇らかな微笑をうかべた。彼こ。 の先祖だ ! そのあと、彼もほかの一同とおなじように、その抜粋元製帆係のホッジンスが、体を震わせながら立ち上がった。 ハウス・フリット の意味が明らかになるのを待った。そして一同とおなじように、そ「なんたる漬神 ! その女を斜檣吊しにすべきじゃ ! 」 うはならないことに気づいた。 牧師が考え深げにいった。 ソールター船長は発言しなかったが、彼女になんと呼びかけよう「わたしはなにが濱神であるかを、帆作りのホッジンスよりは多少 よく心得ているつもりです。はっきりいって、彼はまちがって かと迷っていた。むかしの彼女は『ジエル』たったのを、みんな は知っている。いま彼女に『フライト書記』と呼びかけたら、自分る。〈憲章〉に宗教的神聖さがあると考えるのは、迷信的な誤りで いや、どのみち、網をなくすようなす。それは神の掟ではなく、あくまで人間どうしの契約なのだか が・ハ力に見えないだろうか ? ・ハ力なら、むかしの愛人に四角ばった呼びかけをしてもふしぎじゃら」 「いや天啓じゃ ! 」ホッジンスが叫んだ。「天啓じゃ ! 神と人間 5 との、もっとも新しい契約じゃ ! 神の御手が、行く手を指し示さ 「フライト書記、その抜粋でなにがわかると言いたいんだね ? 」

3. SFマガジン 1971年7月号

いが、この大和には、古くからの伝承がある。双子の片割れに生ま「友だちができた。よし、木登りをして遊・ほう。追いかけっこも面 白いよ」 れた子は、鴨胖に手がとどくまでに成人すると、肉親に仇なすとい たくましい王子は、甥にあたる王子を肩にのせ、幼児の言葉でし う。王家のため、人民のため、汝を斬らねばならぬ」 大王は、苦渋にみちた表情をつく 0 てみせた。王族や群臣の意見やべりながら、あたりをはねまわ「た。 おおきみ が、王子助命の方向にかたむきかけていることを見越して、やむな「大王よ、このような総明な王子を殺せば、天っ神の怒りをうける く断罪するという演技を示したのである。そのとき、六歳の王子ことになりまするそ」 王族や群臣の歓呼の声がおわるのを待ち、倭姫がすすみでた。妹 は、乳近の稲置のそばをはなれ、恐れげもなく大王のまえに進み、 の姫の言葉は、大王の心をとらえた。王子を苦しめた非を悟ったわ うやうやしく一礼してから、声をはりあげた。 「父上。この吾を、殺さねばならぬとのこと。それを望んでいるのけではないが、神々の怒りが恐ろしか 0 た。もはや、こうな 0 て は、王子の助命を認めるしかない。 ですか ? 」 「なにをいう。実の吾が子を、好きこのんで殺す者が、どこにあろ「よかろう、汝を吾が子として、大和の王子の待遇をあたえよう」 ついに、大王は、群臣をまえにして、王子を正式に承認すること う。古い伝承のままに、やむなく汝を殺さねばならぬのだ」 「ならば、心配はいりませぬ。日代の宮の鴨居を、みな高くしてしを宣言した。 まえばいし 。そうすれば、この吾が、どれほど大きくなっても、手穴師の長、石占の横立は、涙ながらに大王の言葉をきいていた。 この が届きませぬから、肉親に仇なすことはできませぬ ~ ね、そうであもちろん、これをもって六年まえの罪が消えるわけではない。 王子のそばを片時もはなれず、心をこめて仕えることに、残りの生 りましよう ? 」 王子は、瞳をかがやかせて、大王を見あげた。一瞬のあいだ、一涯をささげねばなるまい。ともかく、ひとまず、・王子の身にふりか 座が静まりかえった。そして、つぎの瞬間には、王族も群臣も、ひかる危険は、避けられたわけであった。 また、乳近の稲置、八坂入彦、倭姫などの人々も、心から王子の としく声をあげ、どよめくように叫びはじめた。 おぐな ことをよろ一」んでいた、大和の童男は、ここにはじめて、小碓の王 「なんという利発な王子であろう」 子として認められ、いるべきところを得たのであった。 「これほど賢い子は、見たことがない」 ここに、一人だけ、この王子の誕生をよろこべない人物がいた。 人々の歓声にむかえられ、王子は、いならぶ人々を見まわした。 おうす そのとき、王子のそばに、六尺にあまる大男が近より、太い腕でだ大碓の王子ーー双子の一人として共に生まれた大王の長男であっ きあげた。堂々とした体驅に、立派な衣裳をつけているが、ふさわた。のちになって、小碓の王子が英雄ヤマトタケルとうたわれるよ あおばな おおうす しくない表情をしていた。長髪をふりみだし、泥だらけの顔に青洟うになると、双子の兄、大碓の王子は、ますます憎悪をつのらせる ほむつわけみこ ことになる。 をたらしていた。誉津別の王子であった。 232

4. SFマガジン 1971年7月号

んやわらげた声でつけ足した。「議論してるときじゃないだろう」 「それで前にもまして憎むようになったのね ? 」 「そうさ。人びとの善にかけていた彼の信頼も、警察にタレこんだ あの卑怯者には通じなかったんだ。だれもかれも信じられなくなっ歩き続けるうち、彼女は一人で話しだした。自分のこと、子供時代 ているのに気づいたのは、そのときさ」 のこと、将来の夢や計画のこと。危険をともにする人間たちがいっ かは打ちあけるようになる、こまごまとしたことども。もちろん、 「では、あなたは今まで一人しか友だちを持ったことがないのね ? 人びとが自分の愛しているものにどんなことをーーーどんなよいこと彼女はほのめかしもしなかったが、そうした言葉の背後に、予感の をーー、するか、どれだけの犠牲をはらうか、もしあなたに家族の愛黒い底流があることを彼は直感した。彼女はまだおびえている。手 情というものを一度でも知るチャンスがあったなら、今のような考にはいるかどうかもわからない自由の話をするのは、から元気を出 えはしていないと思うわ」 している証拠なのだ。 「憎しみだろうが理想だろうが、それがなんだーー目標は同じさ。 ロリーンが彼の鎧のなかにつつまれていると知ったとたん、彼は そのことを彼女に教え、もう出ていかないでくれと懇願したい衝動 〈国家〉を打倒せよ、だ ! 」 、え」彼女は首をふった。「同じじゃないわ、ジョニイ」 にかられた。相手を頼ろうとするものを、彼はこれまで軽蔑の目で ジョ = ィーー老人も彼をジョニイと呼んだ。ジョン・ソーン、あしか見てこなかった。その弱点が自分のなかにあるのを認めたくは るいは、ただのソーンになってしまったのは、 いつごろからだろなかった。そんな感情を持つのは弱虫だけだ。自分はちがう。 う ? ジョンがジョニイと変わるだけで、それが何の変哲もない名りでハーカーの部下たちが待ち構えているとしたら、そんな感傷は 前から、より近しい親しみぶかいものに思えてくるとは、なんと奇かえって邪魘になる。涙の別れなど、死には不必要だ。自分の鎧の 妙なことだろうか。 なかにいるロリーンを、彼はどうしても外に押しやることができな 「そのおしいさんだけなの、あなたが面倒をみてもらったり、面倒かった。しかし、それを彼女に教えたとしても、二人とも居心地が をみてあげたりしたのは ? 」声はやさしく、 問いかけのようには聞よくなるわけでもないのだった。 こえなかった。 彼のかたくなな沈黙に負け、やがて彼女も口をとざした。 その言葉にこめられた同情と理解は、ソーンが彼女から隠し通そ建物の間隔がまばらになり、住宅地らしいたたすまいをロ」しはじ うとしているものへ、あと一息のところまで近づいた。彼の返事はめた。芝地には雑草が生い茂り、生け垣はこんもりとした障壁をい 「いやーーそのほうが気楽たるところでかたちづくっていた。顔をなでる微風には、疑いもな そっけなく、ほとんどけんか腰だった。 い新鮮な、湿気をおびた川のにおいがあった。 だからさ」 彼女は前方の通りに目をやった。なげやりな返事に傷ついたらし いそぶりは見せなかった。彼は痛烈な悔悟の念におそわれ、いくぶ彼の思考は、ふたたび無意味な空転をはめた。 6 2

5. SFマガジン 1971年7月号

「どうも連中に話が通じないようだ」彼は泣くような声で言った。彼は喘いだ、「ほらーーー望遠鏡だ ! 」 ジョハンセンはすすり泣くような声を発して上空に迫る確実な死 6 「わからんな、いったいどうしたという・ーーーそうだ、もちろん、そ の運命を無視するように努めながら、望遠鏡を覗き込んだ。 うだ ! 」 彼がそこに見たのは一つの土地ーーおよそ風変わりな畑地と工場 「そうたとは何が ? 」 「シールドが絶対に貫通できないからなのだ ! テレタイ。フのインか何かを思わせる施設をそなえた土地ーー、および人間たちとお・ほし きものだった。なにもかもが信じがたいような速さで動いていた。 パルスが通じないとすれば、遮蔽スクリーンをこの建物の上へ こう住民はみんな、ビンクがかった白色の縞の流れとして見え、個々の 島ぜんたいの上へ、すつぼりかぶせることができるわけだ ! 姿を見分けることはできなかった。彼はしばらくの間、ただ凝然 なったらもう、あの連中にはなにもできはしないそ ! 」 「頭がおかしくな 0 ている」ジョ ( ンセンはつぶやいた。「気の毒と、それに見入っていた。と、背後に声がして、彼ははっと向き直 った。キダーは両手を強くこすり合わせながら、立っていた。その テレタイ。フがカチカチと鋭い音を立てはじめた。キダーはテレタ顔にはいつばいに微笑がひろがっていた。 イプの上へ、ほとんどそれを抱き締めんばかりの恰好で、おおいか「かれらがやったことだ」キダーは嬉しそうに言った。「わかった ぶさっていた。出てくるテー。フの文字を読み取っているのだ。そのろう ? 」 ジョ ( ンセンはなんのことやらよくわからなかったが、やがて外 いくら目を凝らして見ても、なんの意味 文字はジョハンセンには、 に死のような沈黙がひろがっていることに気がついた。彼は窓の一 もなかった。 「どうか寛大なるつに駈け寄った。外は夜だったーー・まだ夕刻だというのに、黒い上 「全能の神よ」キダーはロごもりながら読んだ。 慈悲の心をもって、最後までわれわれの話をお聞きください。われにもなお黒い夜の闇がたちこめていた。 われは掲げよという仰せのスクリーンを、あらたなる御命令なくし「なにが起ったんです ? 」 てか 0 てに下ろしてしまいました。われわれは迷「ているのでござ「新人類たよ」キダーは言「て、子供のように笑 0 た。「階下にい います。偉大なるお方よ。われわれのスクリーンは文字通り完全にるわたしの友人たちだよ。かれらが貫通不可能なシールドで島ぜん 貫通不可能で、言語装置〈のお言葉も、中途で遮られて、とどいてたいをおお 0 てくれたのだ。連中ももう、われわれには指一本触れ まいりません。われわれがあなた様のお言葉なく過しましたことることはできない ! 」 そして驚いたジョハンセンの矢つぎばやの質問に答え、キダーは は、新人類のだれの記憶に徴してみても、いちどもないのでござい ます。われわれの今回の行為をお許しくださいますように。われわ階下の種族についてくわしく説明をしはじめた。 れは御回答を切にお待ち中し上げております」 その貝穀の外では、いろいろのことが起っていた。飛行機は九機 キダーの指がキーの上に踊った。「さあ、これで見えるだろう」 した

6. SFマガジン 1971年7月号

いわ。こういう人生を選んだことを、あたし後悔していない」 建物があり、一階のショウ・ウインドウであった部分は、黒々とし 「知っているよ」 た闇となっていた。二階の二つの窓には、欠けたガラスがはまって 2 「だから、あなたに約東してほしいの。本当にもう最後だとわかつおり、巨人が。ほっかりと口をあけ、うつろな目で見おろしているよ たとき、決してあたしを彼らの手に渡さないでね」 うな錯覚を与える。ショウ・ウインドウの上の看板の文字が、いく 最後の二つの不快な選択を強いられたら、彼はまだ救いのある方つか読みとれた。 : : : グリ : : : テ・ 法として自殺を選ぶだろう。そうするなと彼女に命じることは、残都市の名前を割りだせるほどの手がかりではなかった。名前がわ かったとしても、それが何かの役にたっとは思えなかった。ここは 酷であり、非論理的でもある。しかし彼女を自分の手で殺すのは、 考えるだにおそろしいことだった。 人口の密集地帯から遠くはずれた田舎、彼の知らない土地なのだ。 「約束してくれる ? 」彼女はふたたびきいた。 しかも、死都である。ロリーンにいった言葉とはうらはらに、二人 まの助けになるものは何もないのだ。しばらく隠れていることはでき 「約束する」彼は感情を押し殺した平板な声でいった。「だが、に よう。しかし、どれくらい ? 何か奇蹟がおこって、警察の目を朝 くらはまだっかまってない」 までごまかすことができたとしても、刑の執行が一日のびたという 「それはもちろんよ ! 」彼女はソーンの冷たい調子に微笑した。 ・パトロールが現場に到着 「あたしはただ約東がほしかづただけ。その橋はまだずっと先ょにすぎない。そのころにはヘリコプター もしかしたら、ないかもしれないわ」 するだろう。びらけた土地がどこまでも続くこのあたりでは、警察 「自分からわざわざ行こうとしなければ、そんな橋は渡らなくたっ犬の嗅覚と上空から観察する目の両方から逃れることは不可能なの だ。それを終らせる方法は、たた一つ。 てすむんだ。そして、橋に出会わない最良の方法は、今のうちにた つぶり休んでおくことさ」 思考はとぎれた。ショウ・ウインドウの暗闇の部分に、捉えどこ ろのない灰色の動きを見たように思ったからだ。動きはしばらく続 いた。カービンを肩からはずし、それに狙いを定めるだけの時間が 彼女はその言葉におとなしく従い、を体に引き寄せ、重ねた両 あった。しかし、つぎの瞬間にはそれは消えていた。息を殺し、引 腕にひたいをのせた。ソーンはすこしのあいだ彼女を見つめてい た。眠りこんだふりをしているだけだと知っていたが、彼女が自殺き金に指をかけて待ったが、ガラスの目を持っ巨人の黒い口のなか の重荷からようやく解放され、そうして休んでいることに満足しには、もはや何も見えなかった。聞こえるのは、自分の心臓の鼓動 と、ロリーンの息づかい、そして眠りにつこうとする小鳥の遠いさ ふたたび道路を観察したが、人影は見えなかった。都市にふたたえずりだけだった。 び目を向けたが、荒れはてた街路を月光が白く照らしているばかり カー・ヒンをおくと、ロリーンに目をやった。彼女はさっきと同じ で、相変わらず静まりかえっていた。通りのむかい側に二階建ての姿勢のままで、彼の動きに気づいた気配はない。気がたっているせ

7. SFマガジン 1971年7月号

「網を失う」というのは、し 、くつかの格言にも使われている表現でときに、遠くの帆を見つけたことも何度かある。彼らの北側の二度 最大の愚行を意味する。現実の問題として、燐青銅の細い針金を撚帯には別の船団がおり、南側の二度帯にもまた別の船団がいるこ り合わせて編んだその漁網を失ったがさいご、その船は遠からず破と、さらに世界の海上人口がつねに十億八千万の線をたもっている 減を迎えることになる。帆布を改造したり、余った索具を使ったり ことも知っている。しかし、グレンヴィルの旗のもとに航海をつづ して、まにあわせの網を作ることはできても、それだけで二万人のける百二十五万人を除いて、よそ者とじかに顔を合わせる機会がく 口を養うには不足だし、いつ。ほう船の保全には、どうしてもそれだるとは、夢にも思っていなかったのだ。 けの人数が必要なのだ。かってグレンヴィル船団は、第二四〇期よ デジャランドは彼よりも若く、真黒に日焼けした顔に、とがった り前に網を失ったらしい落伍船に、でくわしたことがあった。いま歯を光らせていた。その制服は、まったく普通のスタイルなのに、 でも子供たちは、その船についての怪談を語りあっている。左舷とひどく奇妙に見えた。ソールターのけけんな面持ちを見て、デジャ 右舷の当直員の生き残りが、ひとり残らす気が狂って、夜ごとナイ ランドが説明した。 フと棍棒ですさましい略奪をくり返していた、という。 「織物ですよ。ホワイト船団の出航は、グレンヴィル船団より何十 ソールターはバーへ行って、船団司令付きの給仕から、その夜は年かあとでした。その頃には、繊維を再生して紡績する機械ができ じめての飲み物を受けとった。スチールのコツ。フにはいった無色のていて、それが船に据えつけられたんです。。せんぶで十八台のうち 液体は、ホンダワラ類を搗き砕いて釀酵させてから蒸溜したものだ 六台がね。だから、われわれの帆は、おたくのよりたぶん長持ちす った。それには四十パーセントのアルコール分が含まれ、沃化物のるでしよう。ただ、織機ってやつは、故障すると修理が面倒でして 好もしい味がする。 コップから視線を上げて、彼は思わす目をまるくした。船長服を 船団司令はもうそばにいなかっこ。 着たひとりの男が船団長と話しこんでいるが、その男の顔に見お・ほ 「われわれは、あなたがたとひどく違いますか ? ーと、ソールター えがないのだ。最近は、新しい昇進もなかったはずなのにー・ はきいた。 船団司令はソールターの視線に気づいて、彼を手招きした。ソー デジャランドはいっこ。 ルターは敬礼し、そして老人のさしのべた手を握った。 「われわれのあいだの違いなんて、問題じゃありません。土の民に 「こちらはソールター船長」船団司令が紹介した。「わが船団最年比べれば、われわれは兄弟ーー血を分けた兄弟ですよ」 少の船長で、いちばん無鉄砲な、いちばん腕利きの収穫者だよ。ン 「土の民 . という言葉は、不快にひびいた。そのあとに「血」とい ルター こちらはホワイト船団のデジャランド船長だ」 う言葉が対比されたので、なおさらだった。どうやらデジャランド ソールターはあんぐり口をあけた。グレンヴィル船団だけが大洋は、大陸や島々に住む人たちのことを指しているらしい それは を航行しているのでないことは、もちろん知りぬいている。当直の慣習と道徳と信仰へのショッキングな違反だ。ソールターの頭の中

8. SFマガジン 1971年7月号

S F でてくたあ コノデスト・ノベル ーパー以外のも 今月は、いわゆるプロ ーモア風未来小説としても迫力がある。 イの『十二月の鍵』いわゆる〈濃縮小説〉の 一つでシ = ールな技法を用いた・ハラードの のに、読みごたえのあるものがあった。その『後継者たち』のゴールディングはアレゴリ 一冊は、アンソニイ・・ハ ージェスの『時計じカルな傑作『蠅の王』で読者にもよく知『暗殺兇器』新しいデスト。ヒア小説をめざし ュ かけのオレンジ』 ACLOCKTVN 「 ORKOR- られているが、本書はネアンデルタール人とたプラナーの『ノ、ーボディ・アクスト・ ー』現代人の疎外感を的に処理したディ ANGE 62 ( 早川書房刊・乾信一郎訳・五ホモ・サビエンスの種族交代ドラマを描いた ッシュの『リスの檻』などが面白かったが、 〇〇円 ) もう一冊はウィリアム・ゴールディ異色作である。実はこの作品はウ = ルズの短 どこかもうひとっ喰い足りないのは、新しい ングの『後継者たち』 THE INHERITORS 篇『気味の悪い奴ら』を下敷にし、それを裏 波がまだ完全にその技法を定着させていない 】 955 ( 中央公論社・世界の文学新集・囀巻・返しにしてみせたものだ。つまりウ = ルズの からか ? 続篇を待とう。 作品では〈後継者〉であるホモ・サビエンス 川和夫訳・六五〇円 ) である。 創元推理文庫はラリー・マドックの『空飛 が善玉となりネアンデルタール人が悪玉となぶ円盤』 THE FLYING SAUCER GA ・ アンソニイ・パ ージェスは現代イギリス文 っているが、ゴールディングはその立場を逆 MB 一 T 》 67 ( 高橋泰邦訳・一七〇円 ) が出 学を代表する新鋭作家たちの一人で、「イー にし、無智で平和な猿人たちの一家が智慧あた。マドックのスパイ小説シリーズ〈テ ヴリン・ウォー以来最も有能な」諷刺作家と る人たちの惨忍な征服欲の犠牲となって全減ラの工作員〉シリーズの一作めで、銀河連邦 いわれているが、本書も徹底した管理社会の させられる姿を描く。彼は人間の邪悪さが智の平和をみだす敵〈エンパイヤ〉の野望をく 実現した近未来のグロテスクさを痛烈に諷刺 じくべく組織されたテラ ( 時間エントロ。ヒー 慧とともに発生したのだということをいいた ート。ヒア小説である。 した一種のアンチ・ユ 修復機関 ) の工作員が、時空を超越した虚々 かったわけで、ウエルズ流の「進歩」思想に 社会主義体制が完備し、衣食住の心配のま 実々の戦いを展開するーーといった娯楽作品 反対しているのだ。小説はすべての経緯が、 だが、わりと出来はよく、けっこう楽しめた。 ったくなくなった近未来のイギリスで、その 言葉も論理も殆ど持たないネアンデルタール あまりに機械的な生活に退屈しき 0 た十五歳人の視点から描かれ、それが一種不思議な幻太古世界シリーズの一一一冊め『時の深き淵よ の少年アレックスが、三人の仲間とともに夜想的雰囲気をかもしだしている。 り』 OUT OF TIMES ABYSS 1924 ( 関 の市街に出、ありとあらゆる暴力を振う ノヤカワ・・シリーズからはマイクレ ノロ幸男訳・一七〇円 ) が出た。南海の秘境キ 何の理由もなく通行人をなぐり、本を破き、 ・ムアコック編の『ニュ ・ワールズ傑作選ャスパックを支配する超能力の有翼人種と主 人の家に押し込り、壊し、女を輪姦し、強盗 zo ・ 1 』 1967 ( 浅倉久志・伊藤典夫訳・三人公たちが闘争す を働き、車を盗み、人を轢き殺しーーー不良仲五〇円 ) が出た。現代に新転回を試みたる。 ・ワールズを根城に活再録では・ハロウ 間と殺しあい、に酔い、親を含めた大記念すべき雑誌ニュー 実 ・ウェーヴ〉の作家たちズの『戦乱のベル 人の社会全体を嬲る。しかし、彼にとっては躍を始めた〈ニュー シダ 1 ー』がハヤカ 正 その暴力そのものの中にしか〈生〉はない。 オールディス、セラズニイ、スラード、 ョ ワ・文庫に、 そのアレックスが、科学によって選択の余・フラナー、ディッシュなどの作品が組織的に シ島 ハワードの『コナ ク言田 地ない矯正を受けるが・ーーそれこそいっそう紹介されるこのアンソロジーの持つ意義は大 ンと髑髏の都』ス セ 救いようのない「時計じかけのオレンジ」にきい。 ( その意味で巻末の伊藤典夫の〈ニュ トーカーの『吸血 ・ワールズ小史〉も有益だ ) なることだった : 鬼ドラキュラ』が 一当 海 こんなストーリーが、ナッドサット言葉と本書では、人類のミッシング・リンクに取創元推理文庫に、 日一 いわれるティーンエイジャー陰語で、ぶつき材したオールディスの『小さな暴露』宇宙開それそれ入った。 ら・ほうに、しかも能弁に語られ : フラックュ発用に改良された種族の運命を語るセラズニ 0

9. SFマガジン 1971年7月号

移植から人工臓器へと移る。 いるだろうか。 を書いている。そのなかで主人公に、 こんな言葉を吐かせているところが面白 心臓づくり そもそも人工心臓とは、心臟のかわりと 「 : : : 心臓を鉄の如く強くすること、否、して働く機械だから、直接的・最終的な部 第 2 章で紹介した小酒井博士は、一九一一一歩進んで鋼鉄製の人工心臓の製作に工夫分は血液を送り出すポンプである。だがそ 六年の〈大衆文芸〉に『人工心臓』というをこらすべきであります。さすれば各種のれには、エネルギー源や、エネルギーを伝 病気を一々研究して、文献を多くする必要える駆動機構がなければならない。 まずエネルギー源からとりかかるなら、 は更にありません」 血液ポンプ すぐと思いつくのは電気だろう。電気工ネ なるほど、そうなれば・ほくらも大助かり だが、じっさいの本格的な開発がはじまっ たのは一九五七年頃からで、アメリカのコ レ ルフ一派の仕事が有名だ。このなかで名大を から渡った阿久津哲造、北大出身の能勢之 換彦の両博士も、すぐれた業績をあげてい 変 る。日本でもっとも意欲的なのは、渥美和 彦教授らの東大医学部甲電子研究施設で、 『サイボーグ』の訳者・桜井靖久氏もこの エグループだ。 蘇そして、世界最初の人工心臓移植は、一 工九六九年四月四日、デントン・クーリー博 人士 ( 聖ルカ福音テキサス小児病院 ) によっ ておこなわれた。この人工心臓はプラスチ ック製で、体外の駆動装置とチューブで結、 ばれている。手術をうけたハスケル・カー プ氏 ( 四十七歳 ) は、あとで、ある婦人の一い 心臓を移植されたが、拒否反応をおこして 死亡した。これはまだ、心臓提供者があら われるまでの一時的な手段だったわけだ が、永久的な機械はどのように開発されて 電気工ネルギー 流体工ネルギー 熱 ( 核 ) エネルギー 生体工ネルギー ・、第を物・を 写真 2 腎臓の組織儀 ( 左がマルピギー小体 , 石が細尿管 ) 7

10. SFマガジン 1971年7月号

ウォール・イレート でみますから」 ガールはコップを置き、金属の壁板をはずして中を見た。 「変だな。こんな配線を見たのは初めてだよ」 メルトンはかがみこんだ。 メルトンはその言葉に従った。ミカエラが見に来て尋ねた。 「そうかい」 「何か見つけたの ? 」 「ふーん、こいつは直流だが : メルトンはモーターの低い音に耳を澄ましながら答えた。 ミスター・メルト / 」 「わからないんだ。前に住んでいた連中が、どうも配線をつなぎ弯 . 「どんな風に ? 」 えたらしいね」 ミカエラは一いた ガールは腹を立てたような声を出した。 「素人の電気技師ってわけだな。ここんとこの電線は何のためなん「だれだったのかしら ? アインシ、タイン ? それとも火星人 : いったい何だろうな ? 」 だろう ? それからこいった : 「たぶん、知ったかぶりの素人電気屋だったんだろう」 「プラスチック ? 」 ミカエラは、冷蔵庫の白く光っているエナ。ヒルをさすった。 「温度計の一部かもしれないな。どうもわからないが。ふーん」ガ ールは首を振り、ドライ・ハーで火花を飛ばし、ちょっとびくりとし「まだ二年しかたっていないのよ。まだ痛んでなんかいないわ、ポ た。「スイッチを切っておいたほうがいいな」 ・フ。違う種類のお酒を入れられたので消化不良をおこしたのかしら 「・ほくがやるよ」 メルトンはそう言って地下室へ下りてゆき、ヒューズの箱を調・ヘ 「この冷蔵庫に入っているほどいろいろな食べ物を食べたら、・ほく てからメイン・スイッチを見つけた。それを″オフ″の位置へ動か だって重曹をくれって悲鳴を上げるだろうよ : : : ゃあ、ガールさ すと、かれはそのことを上にいるガールに叫んだ。しばらくするん。もう直りましたか ? 」 と、ガールは叫び声を上げた。足音が階段に響いた。 ガールのしおれた浅黒い顔が困ったような表情になった。 ガールが手をこすりながら現われて、怒って言った。 「まだ動いているんですなあ ? 一度もとまらなかった ? 」 「あんた、スイッチを切らなかったね」 「一度も」 メルトンは答えた。 「じゃあ、どのヒーズともつながっていないことになりますぜ。 回路をたどってゆくために、壁をこわさなきゃいけなくなるが」 「切ったとも。見てみろよ」 「え、そうだな。じゃあ、もしかすると : : : 」かれはそのへんを調かれは疑わしそうな目付きで、壁のソケットを眺めた。 メルトンは一一 = ロった。 べたあと、何本かのヒ、ーズをはずした。「あんた台所へ行って、 「ちょっと : : : どこかにゴムの手袋がおいてあるはずだが。役に立 冷蔵庫がとまったら知らせてくれませんか。あっしは、またつない : だれかが変な細工をしていまさあ 6 9