流れ - みる会図書館


検索対象: SFマガジン 1971年8月号
126件見つかりました。

1. SFマガジン 1971年8月号

この世界には、もうだれも生きてそろしい土・ほこりで一メートル先も見えない。このぶんだと、夜中 静寂がつづいた。子供の夢 すぎにはなにを呼吸すれま、 をしいかなと心配になりかけたときだよ、 いないんだ。・ほくしかいないんだ。この世界のどこにも。 低く、ドームの北のほうで、流れ星がまたたいた。カフのロはなオーエンのおやじが塹壕の上へ・フン・フン飛んでくるのが見えた。ほ 彼こりと石ころの雨の中を、ぶさいくな大コーモリのように にかを言おうとするように開いたがなんの声も出てこなかった。 , 「なにか食うかい ? 」と。ヒュ は急いで北側の壁へいき、ゼラチン質の赤い光の中を見すかした。 小さな星が近づき、下に沈んだ。ふたつの人影が = アロックをく「もちろん食うさ。こっちの地震はどうだった、カフ ? 損害はな しか ? まあ、とりたててでかいやつじゃなかった、そうだろう ? もらせた。カフがエアロックのすぐわきに立ったとき、ふたりがは いってきた。マーティンの防護服はある種の塵埃で覆われ、ライプ地震計はどういってる ? こっちはなにしろそのどまんなかにいた しほだらけに見えた。。ヒーは彼の片腕もんだからな。震源男アルヴァーロさ。まるでリクター燔にいるみ ラの地表のように赤黒く、 たいな感しだったーー惑星の完全破壊に立ち合ってるみたいなー を持って、支えてやっていた。 「けがをしたのか ? 」 ーがいった。「食え」 「すわれよ」。ヒュ ピューは防護服をかなぐり捨て、マーティンが脱ぐのを手つだっ 食べ物がすこし胃の腑におさまると、マーティンの饒舌の流れも た。「ショックだけだ」と彼は短く答えた。 涸れてきた。まもなく彼はべッドにむかった。それは、ビュ 「絶壁のかけらがジェットの上に落ちてきてな」マーティンはテー ・フルの前にすわり、手ぶりを加えながらいった。「もっとも、そのびきのことを愚痴られたときに動かしたまま、まだ遠い隅に置かれ ークをすませてさ、れいのカていた。 とき中に乗っていたわけじゃない。パ 「おやすみ、片肺のウェールズ男」マーティンはドームのなこうか 1 ポン塵の地域をほじくりかえしているとき、地鳴りを感じたん だ。そこで、上空から見つけておいた、すてきな初期火成岩のほうら呼びかけた。 へ避難した。そこなら足場は堅いし、崖の下からも離れている。そ「おやすみ」 のとき、いまいった惑星のかけらがジェットの上に落っこちるのを マーティンは静かになった。ビューはドームをくもらせ、照明を ローソクより暗い黄色の光に低めて、そこにすわった。なにもせ 目撃したんだ。すごい見ものだったぜ。しばらくして、おれはジェ ットの中にスペアの空気ポンべを置いてきたのを思いだし、警報ポず、なにもしゃべらず、自分の殻へとじこもって。 タンを押した。しかし、無線の応答がはいらない。地震のときには静寂がつづいた。 いつも起こることなんだが、そんなわけでおれには信号が届いたか「計算はすませたよ」 どうかもわからなかった 0 、まわりでは、まだ地揺れがつづき、崩れ ビューはうなずいて感謝を示した。 た崖が落っこちてくる。小さな岩がびゅんびゅん飛んでくるし、お 「マーティンからの信号ははいったが、あなたにも彼にも連絡がと 7 4

2. SFマガジン 1971年8月号

な判水す の断 着だ を唯 ろ 信我かわ か世 街こ じ独 しか へ 出な いれ 人正 よ ひを う ら微 に宙 場て 抱カ 所し れき 寄そ でた せれ つあ 互理 のわ はれ 大カ そ立 実女 験を で抱 女 のた つだ は 、そ 、あ 。お 車こ 行れ 力、 ぶあ わ両 り ビ子 を はそ 振か 0 ド利・ ビそ った た い自 を当 ン鉄 我が にず 彼 : ん立 がた家お ル指 にれれ引 にた にさ ぃ繁 せ尊 い華 いた いた 子大 にた にわ 出た てた いそ にた 彼あ も交 - ー 1 か 。らた ん と つ で の ダ イ ア ロ グ よ う さ あ 服 時 の て を て る ら わ た し イ意 ぇ る わ 0 よ の し、 へ は上お 路冫 て し 。乱 り しふか か髪中 り ・を・ 金夾 に し が 。あ ち は お い な や じ ん る じ 演 、曲 は ち お み に、 が、 り、 ざ、 い ろ ど 辰 地 ら の ホ マ ク ) 0 ま 、ナこ オよ ーー 1 る も り な の ど う や て お 判 断 を る も り の マ ン ホ ノレ の 蓋 を さ し た 尊 間 な 。誰笑 に も る 心、 ど う 信や附 っ て つ自我 分 の は り し 空 気 は 乾 燥 し て い た 正 は 立 ち 止 り 足 、そ う ら は し ま ま で し、 っ 牽 田 引 ル ル ビ ノレ 林 す る 谷 日 通 り は 行 き に る 筈 が ら は正か う っ な た ーよ 甲 、あ街 が っ て る き ぐ寄な せ な カ ; ら っ た そ く ら い と は ち よ と し つ ら ん な 信 な の お れ と ん 歩 き の が お れ の と 君 の し て よ う わ さ いな牽 に お が た以換唯笑 ぇ た 君 、似し う の が 白 ス や し、 お は 正 ら のれも る 目リ に し、 っそ試 ぎ で た彼見 1 ツ だ と う は っ君着 よ く 知 っ て し る か ら だ 2 3 章 間 は あ わ て う い 、そ う と も お 着 え さ せ ん あ ら す じ ー -1 い強ぜ と本会正て 田 水 我 独 と の ろ う が う う 、子 や 、や し は じ め め お だれ換 さ ら ー・ 1 う 着 て し、 る わ ょ 女 は つ の 白 し、 ス ツ 姿 に な つ て い 今 , おれがいるこの世界は違 う。以前いた世界と違っているの だ。以前のおれは , 金のことを除 けば , すべて自由。軽やかに泥水 はねとばし , すがすがしく煤煙を 呼吸し , 馬鹿空と腐れ大地の間を : 飛翔していた。だが前の世界と形 . だけは酷似したこの世界は , 情報 による呪縛 , 時間による束縛 , 空・ 間による圧迫とでおれをいやらし : くせめたて , 痛めつけるのだ。 の世界にひきずり込まれたのは , いったい , いつ , どこでなのか , おれは記憶の糸をたどってみた。 ①正子といっしょに公園のポー トに乗りポートごと下水口に吸込 : まれたとき。②正子に勧められ て , 奇妙な職業適性所へいったと き一一それ以後おれは会社をやめ : て SF 作家になった。③誘拐され . た正子の身の代金を払いに行った一 時計店で , おれが店の「秩序」を : 破ったとき。ひょっとするとその . とき時間流を狂わせたのかもしれ一 ない。 おれは , このうちのどれかが原 : 因でいつのまにかこの世界に引っ ばりこまれてしまったのだ。しか し , 何が何でもこのいやらしい世 : 界からの脱出口を見つけ出してや るんだ・・ おれはまず , この世界でもっと もおれを強くしめつける莫大な情 報の流れに眼をつけ , 単身「本 質」テレビ局へ乗り込み暴れまわ : り , つづいてその背後にあって情 報を操るコンピューターの聖域に 乗り込んだとき , 尾行者の口か・ ら , 時間が狂っていることをまん まと聞き出した。 そこで , この狂った時間を監督・ する「大部分」天文台へ急行した が , 結局自然科学的時間の不完全 を知らされただけだった。おれ・ は絶望したが , 残る脱出の可能性 : を求めて訪れた「自我」時計店で 時間の虚構性を悟り , 一転尾行者・ をいびることにした。 おれは , 尾行を依頼した当の 「告白産業株式会社」へ , 行くな と懇願する尾行者を振り切って乗 : り込み一驚を喫した。何と告白産 業の社長は正子だったのだ ! ー 30

3. SFマガジン 1971年8月号

「かまいません」尾行者はさらに大きな声で叫び返しながら、鉄梯さらさらないのである。 子を大あわてで降りはじめた。「地獄極楽なにかまうものか。人の 「君の使用人に尾行されている」と、おれは正子にいった。「今すロ 世の地獄、人の心の地獄、さらには自分の意識の中を地獄めぐりし ぐ、あの男を解雇してくれないか」 てきたわたくしにとっては、真の地獄などたかの知れたこと、死ね 正子はかぶりを振った。「あの男は、わたしが雇い主だってこと ば余毒の雪月花、だんだん畑の敗血症であります」 を知らないわ」 「これ以上、あんたの意識の産物までが次つぎとあらわれ出てきて おれたちの乗ったポートは支道から下水の大通りへ出た。そこは はたまらないよ」おれは片方のオールで下水道の彎曲した壁面を突あの、水垢のいつばいくつついた、汚物を堰止めるための金網の手 いた。壁面の、水苔の襞が悲鳴をあげた。 前だった。金網の手前の水面には堰止められた汚物がらくた浮遊物 ポートは鉄梯子の下から離れ、あわててとびおりた尾行者は汚物が花と咲き誇り、臭気と腐敗に関する問題を論じあっていた。清涼 ひわだ なしろ の浮かぶ下水に水音立てて足からとびこみ、ご・ほご・ほと水面に泡を飲料水の空瓶紙コップ新聞紙西瓜の皮筵船虫の死体槍皮鼠の死体七 立てて沈んだ。おそらくは下水の底の腐った沈澱物の中にめり込ん色唐辛子入れの竹筒繩底の抜けたウクレレ蛙の死体そして胎児。 だであろう尾行者のその心中は、察するに余りあった。汚いと思っ おれは胎児の死体に手をのばして臍の緒をつかんだ。腐爛した胎 ているに違いないからだ。 児が空洞の眼窩をおれに向けて近づいてきた。臍の緒の端を握った 以前とは逆の方向へ、おれはある時はオールで下水管の内壁の水おれは胎児をぶんまわしのように振り、尾行者めがけて投げつけ 苔による襞を押し、ある時はオールで下水の底を突きながらポート を進めた。下水道のひんやり澱んだ空気と、かすかな水音は以前と「ひや」 同じだったが、雨が降っていないせいか流れは前ほど激しくなかっ 。ほちゃっ。。ほちやばちゃびちゃ。 「ひい」 「うわ。わわわ、わ」ばしやつ。 ぼちゃぼちゃ、ばちやばちゃという水音がポートのあとからおれ臍の緒が首に巻きついてはじめて、それが胎児であることを悟っ たちを追ってきた。尾行者が泳いでいる音だった。ぶしゅう、ぶし たらしい。尾行者は汚水の中で胎児と格闘を演じはじめた。 ゅうと、霧を吹いているような音もした。尾行者はいやらしくもお「あいつはもう、あの胎児から逃がれることはできないよ」おれは そましい下水の水面の汚物を吸いこんでは吹き出し、吹き出しては 正子にうなずきかけた。「いつまでも、あれにまといっかれたまま 吸いこみながら泳ぎ続けているのだろう。彼はおれを尾行すると同だ」 時に、自分のためにおれの脱走を阻止しようとしているのである。 それには答えず、正子はおれの背後、ポートの舳先が指し示す彼 一兎を追っているうちに同時に二兎を追う気になったのである。だ方の闇に細くした眼を向けながらいった。「あなたは、あの時わた が、そうはさせないのである。そんなことをさせる気はこちらにはしたちがたどったのと逆のコースをたどることによって、以前の世

4. SFマガジン 1971年8月号

連中をにらんだ。 くするよ」 「それからロをつつしむのだ」 ノ 1 ーカしし、かけ・ ~ 0 「さて、若いの・・ : : 」レ おれは答えなかった。くそじじいめ。 「屁でもこきやがれ、くそじじい ! 」 女はまっさおになり、男は顔をひきつらせた。 「若いの、おまえはわしらにとっては、ひとつの実験なのだ。以前 「その手はだめだといっただろう」年寄りのひとりがルーにいっ にも、ほかの方法でひとり捕えに行ったことがある。おまえのよう な不良をいけどりにするために、善良な人びとを地上におくりだし たのだ。しかし、だれひとり帰ってはこなかった。で、これは、お 「手強いですよ、これは」若いほうのひとりがいった。 ルーは、まっすぐな背のイスからのりだして、しわくちゃの指をびきよせるほかはないと考えたわけだ」 おれはせせら笑った。あのクイラ・ジュ 1 ンかよ。ああ、面倒み おれにむけた。「若いの、おとなしくしたほうがいいぞ」 「てめえらみんな、みつくちのガキでも生みやがれ ! 」 てやる・せ ! 「これはだめだよ、ルー ! 」別のひとりがいた 女のひとり、かぎ鼻よりちょっと若いのがやってきて、おれの顔 これはわたしたちの扱、るような をしげしげとながめた。「ル 1 「ごくつぶし」と、かぎ鼻の女がいった。 ルーはおれを見つめた。ロはみじかい黒い一本の線みたいだっ相手ではないわ。けがらわしい少年殺人鬼よ。目をごらんなさい」 た。こいつ、頭だけはしやっきりしているようだが、歯なんかまる「ケツにライフルぶちこんでやろうか、よう、くそばばあ ? 」女は つきりないにちがいない。インケンな小さい目でにらんでるーー気とびさがった。ルーがまたおこりだした。「あやまるよ」と、おれ はいった。「変なよびかたしてほしくないだけだ。頭へくるじゃな 味のわるい野郎だ。おれの肉をついばみにきた鳥みたいだ。なんか しかよ、え ? 」 おこらすようなことをいうつもりらしい。「アーロン、。ハトロ 1 ル 車にのせてもどしたほうがいいかもしれんな」アーロンがみどりの 「メズ、さがんなさ ルーはイスに背をもどし、女をしかった。 箱に近づいた。 わしは冷静に話そうとしているのだ。おまえがでしやばるとま 「わかった、ちょっと待て」おれは手をあげていった。 とまる話もこじれてしまう」 アーロンはとまってルーを見た。ルーはうなずいた。そしてまた「今いったようにだ、若いの。おまえは、わしらにとっては実験な 体をのりだすと、鳥の爪みたいな指をつきつけた。「おとなしくすのだ。このト。ヒーカに住むようになって、そろそろ二十年になる。 るというのだな ? 」 なかなか暮らしよいところだ。静かで、整っておって、人びとは互 いに尊敬しあいながら住んでおる。年長者はうやまわれ、犯罪もな 「まあね」 いし、暮らすには絶好のところだ。われわれは日々成長し、 ~ 繁栄し 「きつばりといいなさい」 「わかったキツ。、 ノリとおとなしくするよ。メッタメタにおとなしておる」 6 8

5. SFマガジン 1971年8月号

いちがいかもしれない。もしかすると、わたしは特別に意地のわるろ、忍耐で抵抗するしかない。そこで、われわれは忍耐をつづけ いきものに見こまれていて、そいつに小脳のほうへひっこんだだる。 けでまだわたしを解放したわけではなく、わたしに自由の幻想を与石段はひどく冷える。十二月にこんなところへすわる物好きはす えるいつ。ほうで、なにかそれ自身のひそかな目的へとわたしを駆り たてているのかもしれない。 わたしは、長道をあるいたのも自由意志、とまったのも自由意 自由の幻想ーーーそれ以上のものを、われわれが持てたことがある志、いまのわたしの脳に憑きものはいないのだと、自分にいいきか ・ころごっ、カ ? ・ せる。おそらく。おそらく。わたしが自由でないなどと信じる気に はなれない。 だが、自覚なしに憑かれているかもしれないという、この考えは だが、こうは考えられないかな、とわたしはいぶかしむ。憑き 不気味だ。汗が全身に吹き出してくるが、それは長道を歩いたせい ものがわたしの中へ、しばらく消えない指令を残していったとした だけではない。 とまれ。とまるんだ。な・せ歩かなくちゃいけない ? おまえのいるところは四十二丁目。図書館がある。おまえはだれにら ? ここまで歩き、ここで止まれ、と ? それだって、やはりあ も歩けと強制されてないはずだ。しばらくとまってみろ、とわたしりうるのだ。 図書館の石段に腰かけた人びとを、わたしは見まわす。 は自分にいいきかせる。図書館の石段で休憩だ。 わたしはつめたい石の階段に腰かけ、この決定をしたのはわたし新聞紙をしいてすわっている、うつろな目の老人。小鼻をふくら だと、むの中でくりかえす。 めた、十三歳ぐらいの少年。小ぶとりの中年女。彼らはみんな憑か はたしてそうだろうか ? それは自由意志対決定論という、あのれているのだろうか ? きようのわたしのまわりには、憑きものが 昔からの問題のいちばん忌わしい形態だ。決定論は、もはや哲学者群らがっているようだ。憑かれた人びとを観察するうち、いま現在 だけの抽象概念ではなくなった。それは頭蓋縫合の隙間からすべりのわたしが自由だという確信は、しだいに強まる。このまえのわた こんでくる、つめたい触手なのだ。憑きものたちは三年前にやってしの自由期間は、三カ月だった。人によっては、ほとんど自由を持 きた。それいらい、わたしは五度もやられた。世界は一変した。だてないらしい。彼らの肉体はひどく重宝がられているのか、こっち が、人間はそれにさえ順応する。われわれは順応した。それなりので一日、あっちで一週間、それとも一時間というように、きれぎれ しきたりを考えだした。そして、生活はつづいている。平常どおりの短期間の自由しか手にはいらないという。この世界にどれだけの 少議会は開かれ、証券取引所は活動し、そしてわ数の憑きものがはびこっているかは、想像がっかない。おそらく百 に政府は支配し、 れわれは、気まぐれな破壊を償うすべを編みだしていく。それが唯万。それともただの五つ。だれにそれがわかる ? 天色の空から粉雪がちらっきはじめる。降水の確率はほとんどな 3 一の方法だ。ほかになにができよう ? 敗北に枯れしなびるのか ? いと、セントラルはいった。けさは、セントラルも憑きものを宿し 敵は、われわれが闘うことのできない相手なのだ。せいぜいのとこ 、 0

6. SFマガジン 1971年8月号

ジプロルタルの海峡をこえる巨大な吊り橋があった。先文明の奇 たとえば、中部ヨーロッビは、アロプスとカロ、、ハチアの山嶺か 蹟的土木工事といわれし橋 : ら、放射状におし出された、山岳氷河によって、埋めつくされてい た。また、北部ヨーロッビ、スカンジナベアを占拠した氷河は、南猟人とサガは、その橋を渡った。白き寒冷の世界のみしか知らぬ へ侵入し、いまは。ハルトの海はないのだった。ウイスラ、エルべ、 サガは、その碧さとあざやかな濃い緑の眺望に驚いて、嘆声をあげ こ 0 またラインの河は出口を失って、流れを北より南へ変えていた。ま 「おれたちの旅は終った」 た、氷河の堰によってあふれだしたカス。ヒの海 : ・ 猟人は、この氷河湖と河の迷路の路を進んた。タイガは細い帯と猟人は傍で頬笑みながらいった。 なって、なお西へつづいていた。その縁り、いわゆる北ヨーロッビ むろん、それは、一つの旅のおわりであったのた。旅の途中、奇 回廊を、すなわち陸氷河の河床辺縁をとりまく狭い凍土と寒冷スラ うまずめ 蹟が彼らの間におこったのである。石女の宿命を背負ったサガが妊 ップを、アロプス氷河を迂回するようにして進んだ。 やがて道は、南下する。「おれの故郷はもうすぐだ」と猟人はサ娠したのだ。 ガに告げた。 「神が、それを希んだのだ」とサガはいった。「お前の子供を産め リの遺跡を通過した。猟人のいまとっている道は、かって人類ることを感謝している」誇らし気な母の言葉で、猟人に彼女はいっ た。この温暖の土地、マグロ・フ。樹々に果物が実り、鳥たちが唱 の先祖ネアンデルタール人が、リス氷河期、西ヨーロッピよりアプ う、このカザプロンカの地で、サガは子供を産むのだ。そして、猟 リカへ避難した路であったのである。 樹相は、温帯混合好熱林に変わった。最後の障壁、。ヒロネイの氷人は今度こそ本当に父となり、生まれてきた子を育てるのだ。 猟人は知らぬが、この土地は、かって先史の昔、人類にとって 河を、南縁へかけぬけると、目的地は、近づいた。 は、由緒ある土地の一つだった。すなわち、ミンデル・リス氷期の 約ふた月におよぶ長旅であった。気候が好転していくにつれて、 頃では、シェール文化などビテカントロツ。フス人の、また時代がく サガは元気をとりもどしていた。 だれば、ミコクおよびル・ハロア・ムスティア型アシュール後期文化 「どこへ行くの。お前の都はまだあるの」 など、ネアンデルタール人の棲息地。 : : : 猟人もまた、次の文明の 「いや」猟人は、地中海のみえるイス。へニヤの海岸に立ったときい った。輝かしきメデイタノレーニアンはなかった。彼の仲間たちの原人たりうるのであろうか。 ただ、猟人は想うのであった。その子に知識を伝えること。さら 姿もみえなかった。彼らは、発っていったのだ。この地球を捨て て。猟人はとり残されたのである。だが、この碧き海の対岸にもうに深まりゆく氷期の苦難に耐えて生きのびる知識を子孫に伝えるこ とを : びとつの大陸がある ! ゞ・ラマ それはかすかな希望だ。しかしそれは、大自然の衰亡の劇、あら 「海を渡る橋があるのだ」と猟人はいった。 2 引

7. SFマガジン 1971年8月号

けれど、それにそっくりだった。そんなふうなのが、十五分近くっ づいた。そのうちとうとう体をごろんとまわすと、前足をカマキリ 6 みたいにおりまげ、うしろ足を。はかっとひろげ、夜空に腹をむけて ねころんだ。「もうしわけないがどこにもいないね」と、プラッ おれは大のブラッドといっしょにぶらついてた。今週は・フラッド 。ト十、つこ。 ートとよ のほうが、からむ番たった。おれを、アル・ハ ト、アル ' ハ びやがる。自分じゃケッサクだと思ってるらしい。ペイスン・ター 頭にきたついでに、けっとばしてもよかったけれど、一生懸命や カノノ ってたのはたしかなのだ。といったって、それでおさまるわけじゃ 、、〉 0 〈ート・ペイ = , ・ターヒ、ー , は、二十世 ) 。・フラ ない。こっちは、ほんと抱きたくてうずうずしてるのだ。どうすり ッドには、もう食いものを見つけてやっていた。ジャコウネズミ二 、わすれちまえ」おれはあきら 「わかったよ、もういい ひき、みどり色と黄土色のでかいの、それから、だれかのマニキュ アしたプードルだ。プ 1 ドルのほうは、どっか下の町で鎖につながめていった。 れてたのが、まよいだしてきたらしい。よくふとってたけれど、か 。フラッドはうしろ足をけって横になり、びよんとおきあがった。 なりイカれてた。「やい、ワン公」と、おれよ、つこ。 : しュ / 「おれのス 「何をしたいんだい ? ーときく。 ケも見つけろよ」ブラッドは喉のおくてククッと笑っただけだっ 「ほかに何ができるってんたよ ? 」皮肉たつぶりにいってやった。 た。そして「おまえ、さかりがつくとおもしろいね」といった。 プラッドはおれの足元に、いちおうしおらしそうにすわりなおし なにがおもしろいもんか、ケツの穴けっとばしてやるか、この宿た なしワン公め。 おれは半分とけてなくなった街路灯の柱によっかかって、女のこ とを考えた。カッカして、どうしようもないったらもう。「ショウ 「見つけろったらよ ! 本気なんだぜ、おれは」 「恥を知れよ、ア化ハ ート。もうちゃんと教えてやったじゃない ならいつでもあるさ」と、おれはいった。・フラッドは通りを見まわ か」 した。草ののびほうたいのクレーターが、あちこちに丸い影をつく っている。ようし、行こうぜ、とおれがいうまで、・フラッドは待っ だけど、おれが我慢のぎりぎりまできてることはわかったのだ。 ・フラッドはふてくされながら、それでも集中しはじめた。くずれたてる気なのだ。おれと同【しくらい映画は好きなのたから。 歩道のふち石の上にすわって、目をばちばちさせ、体をびんとかた 「ようし、行こうぜ」 くした。すこしすると前のほうからゆっくりとかがみながら、前足プラッドはおきあがると、あとを追ってきた。舌をたらんとたら ーあえいでる。かってに笑やがれ、能なし をすりたし、のばした足の上に毛むくじゃらの頭をのせて、べたんし、うれしそうに ( ー とすわりこんだ。体がゆるんだかわりに、今度はぶるぶるとふるえ大。きさまなんかにポプコーンくれてやらねえからなー だした。ノミにくわれたあとをかこうとするとき、体をふるわせる

8. SFマガジン 1971年8月号

「でも、あの時のあなたはもういない。今はもう、思いあがったあおれたちの服に水玉模様を白く抜いた。鉄梯子を降りるとそこは下 なたしかいない。本人が変ってしまっているのに、もといたあの世水道が十文字に交差する場所であり、水勢の弱い汚水が黒ぐろと流 れていた。そこにはまだポートが浮かんでいた。舳先の提灯の火は 界が戻ってくるわけはないのよ」 「あ。するとこのマンホールが、あの時おれたちの出てきた穴だっ消えていたが、それはやはり、もはや十年近くも以前におれと正子 たのか」おれは歩行者たちの眼もかまわず、路上に蹲って鉄蓋を持がそこで乗り捨てたあの貸しポートに違いなかった。 ちあげた。「いくら捜してもわからなかったんだ。では、こんな場「きっと、もう腐っていて乗れないわーと、正子がいった。 これはおれのポートだ」最下段 所にあったんだな、よし。この中へ入ろう。あの時と逆に下水道を「腐ってはいない。泥舟でもない。 の足がかりに両手でぶら下がり、艫に立っておれはいった。 抜けて、あのびびんちょ川へ出てみよう。さあ。君も入ってくれ」 「あなたはそうすることが、もといた世界へ戻ることのできるひと「威張らないで」正子はいい返した。「わたしはそれを腐らせるこ つの方法なのかもしれないと思っているわけなのね」鉄梯子づたいとも、泥舟にすることもできるのよ」 にマンホールの中へ降りはじめたおれを上から見おろして正子はい おれはそれ以上正子を刺戟しないことに決め、おれの頭上にぶら 「この蓋を閉めて、わたしが上に乗って押さえていようかし下がった彼女の腰を抱きかかえてポートの上におろした。もしかす ら」 るとここはまだ、誰の宇宙とも知れず、おれや正子が精神のせめぎ おれは彼女を見あげ、ゆっくりといった。 あいを演じているがためにその産物として存在している特殊な空間 「いや。君もおれについて降りてきてくれ。いっしょに胎内めぐり かも知れないのだ。 をやるのだ」 正子を艫に落ちつかせ、おれがオールを手にした時、頭上はるか 「降りたって、ポートはないかもしれないわよ。流されて川へ戻っ に鉄蓋が開き、尾行者が首を出した。「お願いです。わたしも乗せ てるんじゃないかしら」おれのあとに続いて鉄梯子を降りながら正てください」 子はいった。 「おれの意識に、この場所は存在しなかった」亜然として彼を見あ げた後、おれはそうつぶやいた。「それなのに、どうしてここがわ 「いや。またある筈だ。下水道の流れの方向が変るなんてことは、 かったのだろう」 ないに違いない」 「彼は、わたしと合体したこともあるのよ」正子が顔を赤らめてお 「もしポートがあれば、それはきっと泥舟にきまってるわ」 「おれを見くびらないでくれ。それより、その鉄蓋を中から閉めとれに教えた。 「ついてこない方がいい」おれはまた彼を見あげ、大声で叫んだ。 いてくれ」 「これからおれたちがやろうとしているのは、世にも恐ろしい地獄引 正子が鉄蓋をもと通りにすると、マンホールの縦穴は暗くなり、 鉄蓋の穴から昼の光の小さなスポット・ライトが十数本落ちてきてめぐりなのだ」

9. SFマガジン 1971年8月号

/ ロみたいに片つ。ほだけスニーカーをぬいで、ひう一方の足にジー 「ヴィクなんていうの ? 」 ハンまきつけて。「名前なんていうんた ? 」 「ヴィクさ。たたヴィクさ。ほかにゃないよ」 「クイラ・ジューン・ホームズ」 「じゃ、おかあさんとおとうさんの名前は ? 」 。 ( ンを下へさげた。「ハ力なこときくな 「変てこ」 おれは笑いだして、ジー よ」おかしくて、また笑ってしまった。彼女はかなしそうな顔をし「オクラホマではふつうの名前だって、おかあさんはいってたわ」 「そこから来たのか ? 」 た。こっちはまた頭にきた。「そんな目つきしやがると歯ぶっとば すそ ! 」 彼女はうなすいた。「第三次大戦の前にね」 彼女はひざに両手をおいた。 「しや、おまえのおふくろ、もうかなりの年じゃんか」 ( ンを足首のところまでおろしたが、スニ 1 カーがじゃまに 「そうよ。でも二人とも元気よ。だと思うわ」 なって、なかなかぬけない。片足で・ ( ランスをとると、片方のスニ おれたちは全然うごかないで話していた。寒いんたろう彼女は ーカーをぬいだ。四五をかまえたまま、スニーカーをぬぐのは、ち ふるてる。「さて」そばにすわろうとして、おれはいった。「そ よっとした芸当だ。たけど、ひとつはうまくいった。 ろそろーーー」 いちばんいいとき もう腰から下は、かたくなったあれから何から丸出しだ。彼女は ばっきやろう ! プラッドのちくしようめー ちょっと前かがみにすわってる。両足はかさねて、手をひざにおい にとびこんできやがる。・フラッドは板としつくいのあいだを、ほこ ている。「そいつ、ぬげよ」と、おれはいった。 りをまいあげて走ってくると、尻でプレ 1 キをかけてとまった。 すこしのあいだ動かなかった。よけいな手間をかける気かな、と「今ごろなんだよ ? 」おれはどなった。 思った。だが、すぐうしろに手をやると。フラをはすした。シームが 「だれにいってるの ? 」女がきいた。 はずれたとき、。 ( チッと音がした。それから腰をうかすと、 「こいつだよ。プラッドだ」 ーを足のほうにたぐった。 「その大 ? 」 ふいに、その顔からおびえた感じがきえた。穴があくほど、じっ ・フラッドは女をちらっと見て、そっ。ほを向いた。そして何かいし とこっちを見つめてる。やっとその目がプル 1 だということがわか かけたが、女が口をはさんだ。「では、みんながいうの、ほんとう った。ところが、これが気持わるいくらい変てこなんだけれど : なのね : : : あなたち、動物と話ができるって ? ・ ? なんでとびこんで できないんた。ためというんじゃなくて、なんていうか、やる気「おまえ、スケの話を朝まできいてる気かい ふわきたか知らなくたっていいのか ? 」 はあるんた、見りやわかるとおり、だけど、こんなかわいい っとしたのに見つめられてみろーーーどんなソロに話したって信じや「話せよ。なんで来たんだ ? 」 「ヤ・ハいことになったぜ、アル・ハー しないだろうーーーふっと気がつくと、おれは話しかけていた、ウス 7

10. SFマガジン 1971年8月号

いらにあるだろうから」彼は立ちあがって、伸びをした。 れなかった」 「こんどやってくるもう一 4 「クローンなんだよ」とカフがいった ビューは苦しそうにいった。 つの開発チ 1 ムも」 彼よ一つの空気ポンべだけになっ 「おれは行くべきじゃなかわた。、 , ー ても、まだ一一時間分の空気を持っていたんだよ。おれがでかけたと「すると、やつばり ? 」 きに、・むこうがこっちへ向かっていることだってありうる「あれじ「あっちは十二体のクローン。・ほくらといっしょに〈。 ( サライン〉 号でやってきたんだ」 や三人ともが連絡をなくすことになる 3 おれはおびえてたんだな」 カフはランプの小さな黄いろい暈の中に坐り、それをすかして彼 静寂がもどり、マーティンの長い柔らかないびきが、それに間の の怖れているなにものかを見つめているようだったーーー新しいクロ 手を入れた。 1 ン、彼の属していない複合分身を。こわれた一組のとり残された 「あなたはマーティンを愛してるの ? 」 一個、よるべのない破片、慣れない孤独の中で、どうしてほかの人 。ヒューは憤りの目を上げた。「マーティンは友だちだ。ずっとい 冫しいかも知らずに、これから彼は十二人のクロー 間に愛を与えれま、 いやつなんだ」彼は言いやめた。やや っしょに仕事してきたし、 あってから、「そう、おれはやつを愛してるよ。な・せそんなことをンの絶対的で閉鎖的な自己充足と顔をつきあわせねばならないの だ。それはこのあわれな青年にとって、あまりにも大きな負担にち きく ? 」 ビ、ーは行きがけに、相手の肩に手をおいていった。 カフは答えずに、ただ相手をじ 0 と見つめた。彼の顔つきは一変がいない していた。まるで、これまで見たことのないなにかを、はじめてち「隊長はきみに、・クローンとい ? しょにここへ残れとはいわないは らと目にしたかのようだ 0 た。声までが変わ 0 ていた。「どうしてずだ。き 0 と地球へ帰れるさ。それとも、せつかく〈さいはて〉の 一 - 員になったんだから、このままおれたちといっしょについてぎて そんなことが : : : どうしてあなたがたに : こっちは大歓迎だ。いそいで決める必要はない。だし・ ーには答えられなかった。「わからない」と彼はいっ だがピュ うぶ、きみならやっていけるさ」。ヒューの静かな声は尾をひいて消 た。「ある程度は経険かな。おれにはよくわからないよ。たしかに、 おれたちはそれそれ孤独なんだ。暗闇の中では、手をつなぎあうしえた。彼は上着のボタンをはずしながら「疲れき 0 たようすですこ し肩をまるめていた。カフは彼を見やり、そしてこれまで一度も見 力ないじゃないか」 カフの奇妙な凝視は、それ自身の激しさで燃えっきたように、床なか 0 たものをそこ・に見た。彼を見たのだ。オー = ン・。ヒ = ー、ひ とりの仲間、暗闇に手をさしの . ・〈・ている人間を。 に落ちた・ 「おやすみ」ビ = ーはそう呟くと、寝袋の . 中へ . 這いこんだ。すでに 「疲れたよ」とビ = ーはいった。「ひと苦労だったあの黒いほこ なかば眠っている彼は、ちょっとの間をおいそ「暗闇りむこうか りと泥の中でやつをさがすのは。ー地面のあっちこっちでロがばくば くやづ . ているし : 三・おれはもう寝る。、母船からの連絡が六時かそこら、カフがおなじ祝福の言葉を返してきたのに気がっかなかた 9