こもる優しい声でいった。「眠ってしまったらしいぞ、気楽な女ど小さな焚ロの扉が開いたらしいのだ。 その不自然な角度が、それだけで、宇宙の覆えったほどの衝撃を もめ ! 」彼は音高く戸を三度敲き、それから頬に両手をあてがっ て、戸の隙間から低く呼んだ。「ほーら、イヴリアン ! ぶじに帰ふたりに与えた。 ってきたよ。おーい 、ヴラナ ! あなたの恋人は目ざましい働きだ橙色の輝きは、敷物のあちこちに、掌の幅ほどのさしわたしの、 ったそ。片足をうしろに縛ったまま、〈結社〉の数知れぬ盗賊ども縁のけば立った黒い円ができあがっているのを示していた。きちん を打ち倒したのだ ! 」 をしくつかの酒瓶や七宝の箱とともに棚 と積みあげてあった鑞燭よ、 内部からはなんの物音もなかったーー空耳とも思えるほどかすかの下に散らばり、そしてーーなによりも、二つの黒く不規則な形の な、カサコソという音を除けば、である。 扁平で細長い山が、一つは暖炉のすぐそばに、そしてもう一つは半 フアファードは鼻の頭にしわをよせた。「獣の匂いがするそ」 ば金色の長椅子の上と半ばその足もとにまたがって、横たわってい るのだった。 マウザーはもう一度戸を敲いた。やはり返事がない。 フアファードは手まねで彼をどかせ、戸を押し破ろうと大きな肩どちらの山からも、小さくて、炉のように赤い一対の目の数しれ をまるめた。 ぬ集りが、マウザーとフアファードをうかがっていた。 壁炉のむこう側の厚く絨毯を敷いた床の上に、銀の蜘蛛の巣と見 マウザーはかぶりを振り、それまで戸のそばの堅牢な壁と見えて いたものから、巧みな手つきで一枚の煉瓦を横滑りさせ、すつ。ほりえたものーーそれは横倒しになった鳥籠だったが、・ほたんいんこは と取りはずした。それから、その穴に片腕をつつこんだ。閂が軋みもはや愛を囀っていなかった。 ながら外れる音がし、つづいて第二、第三のそれがきこえた。彼が が、〈灰色 かすかに金属のすれあう音がきこえた。フアファード すばやく腕をひきぬき、一押しすると戸は大きく中に開いた。 杖〉が鞘にひっかかっていないことを確かめたのである。 まるでそのかすかな音をあらかじめ攻撃の合図と定めていたかの しかし、彼もフアファードも、それまで考えていたように、いき ように、ふたりは同時に剣を抜きはなち、一歩ずつ足もとの床を確 なり中へはとびこまなかった。得体の知れぬ危険と未知の匂いが、 かめながら、肩を並べて部屋の中へと前進した。 さっきよりいっそう強まった獣の異臭と、女性のものには違いな ・、、馥郁たる香水とは似ても似つかぬ、むっと甘ったるいかすかな 剣の鞘走る音といっしょに、小さな赤熱の目はまたたきして、そ 匂いと混しりあって、強く鼻をついたのである。 わそわと位置を変え、そしていまやふたりの前進につれて、ばたば 部屋の中は、小さな黒ずんだストー・フの長方形に開いた焚口からた音をさせながら、一対また一対とすばやく散らばりはじめた。赤 い一対の目は、どれも小さく、低く、細長い、無毛の尾をもった黒 もれる橙色の輝きで、お・ほろげに見分けられた。だが、その長方形 どうやい体の先端についており、どれもが敷物のあちこちにある黒い円の 7 は正しく直立しておらず、斜めに傾いているようだった どれかへ急いでは、その中へ姿を消していった。 らストープは半ば倒れて壁炉の側面の壁によりかかり、その拍子に
たずねですか ? もし、後のほうでしたら、これ以上お気にさわる目が彼を追い、息をのみ、そしてマウザーとフアファードは、彼を つかんだごっい手がかすかに震えるのを感じとった。クロ 1 ヴァス ことは一言も申し上げますまい」 「小僧 ! 」と彼は呼ばの緊張した表情さえもが、不安の色を隠しきれていなかった。 クローヴァスの願に、かっと血が昇った。 リストミーロは、おのれの登場に対するこの反応など眠中にない わった。奥の部屋への帳のあいだから、クレシテ人らしい色の浅黒 い若者が、黒い腰布ひとつで現われ、クローヴァスの前にひざまづようすで、うすい唇を綻ばせ、クローヴァスの席のすぐそばで立ち いた。クローヴァスは命じた。「まず妖術師を、つぎに盗賊のスレどまると、頭巾に隠れた鼠そっくりの顔をわずかに傾けて会釈し ヴィアスとフィシッフをここへ呼べ」若者はさっそく廊下へと駆けた。 クローヴァスは、マウザーとフアファ 1 ドを指さしながら、鋭 出した。 い、だが不安げな声できいた。「このふたりを知っているか ? 」 クローヴァスはつかのまなにかを思案してから、フアファードに リストミーロはこっくりとうなすいた。 「こやつらは、ついさき むかって片手を突き出した。「飲んだくれめ、きさまはこの件につ いてなにを知っている ? きさまも、相棒のたわけた話を支持するほど、酔いしれた目でわたしを覗きにきたばかりです。われわれの 話していた例の仕事に、わたしがかかっているときでした。追いは のか ? 」 フアファードは、それにせせら笑いを返し、捕獲者の手がまだゆらうことも、人を呼ぶこともできたが、ただそれをやると、蒸溜器 るんでいるのを幸い、腕組みをするだけにした。軽く握っていた松の働きとわたしの呪文との時間がずれ、せつかくの魔法が破れるお 葉杖を、そのまま体の前でぶらさげる形になった。とたんに、彼はそれがありましたのでな。こちらの男は北国人、もうひとりは、顔 苦い顔になった。縛りつけられて麻痺した左脚を忘れきっていたの立ちから察すると南方の産ーーおそらくトヴィリス、またはそれよ 力いまそこから突然ずきんと鋭い痛みがおそってきたからでありも近くの生まれで、ふたりとも齢は見かけよりも若いと思われま す。わたしの見るところ、こやつらは無所属のならず者、〈同盟〉 クローヴァスは固く握りしめた拳をかざし、椅子から完全に立ちが大きな見張りや護衛の仕事を同時に行なうとき、臨時に雇うたぐ 、の連中でしよう。もちろん、いまはヘたくそな化け方で乞食のな あがって、、 しままさに恐ろしい命令をーーーおそらくフアファードとし マウザーを拷問にかけよという命令をーーくだそうとしたが、そのりをしておりますが」 日、リストミーロがするすると部屋にはいってきた。どうやら、 フアファードは大あくびで、マウザーは憐れむようなかぶりの振 と りかたで、妖術師の言葉が貧弱な臆測にすぎぬことを伝えようと試 短い両足を非常な早さで、だが小刻みに動かしているらしい にかく、その滑るような速度にもかかわらず、彼の黒い長衣はいさみた。マウザーはその上に、稲妻のようにすばやい警告の目くばせ までもつけ加えて、クローヴァスに陰謀の黒幕はこの妖術師自身か さかの乱れも見せず、大理石の床へと垂れさがっていた。 妖術師の登場で、一同は衝撃にうたれた。地図室の中のすべてのもしれぬことをほのめかした。 7
こがね っては父とも母ともいうべき全能の結社の、本部であり兵舎でもあその方角のかなりむこう、〈黄金通り〉のすぐ手前で、道の両側 る〈盗賊の館〉へ帰るのだ。もっとも、〈三文通り〉に面した、昼夜の建物の二階をつないだ屋根っきの陸橋が、〈現金通り〉の上にか 4 閉ざされることのないその大扉の内部は、堅く女人禁制なのだが。 かっている。橋でつながれた二つの建物は、有名な石ェで彫刻師で それに加えて、もう一つの心強いたのみがあった。ふたりが身にもあるロッカマスとスラーグの店であった。両側の店の正面は、ご 帯びているのは、夜盗用の銀の柄のついた正規の短刀だけだが、 く奥行きの浅い柱廊玄関の作りで、構成要素というよりむしろ広告 〈殺し屋同盟〉から雇った三人の手練れが護衛をつとめてくれて いのつもりか、不必要に太い、形も装節も千差万別な石柱で支えられ る。うちの一人は先鋒としてはるか前方を歩き、あとの二人は後衛ている。 兼主力として、背後を固めていた。 その陸橋のすぐ先から、二度、低く短い口笛が響いた。先鋒をつ そして、これらのすべてをもってしてもまだ物足りないかのようとめた護衛からの合図である。付近に待伏せがないかと偵察したの に、影になった北側の歩道わきの溝づたいに、たえずスレヴィアスち、なにも疑わしいものがなく、〈黄金通り〉は異状なしと判断を くだしたらしい。 とフィシッフにつきまとって、音もなく駆けているものがあった。 奇形とはいわないまでも、並はずれて大きな頭をもった小動物で、 フィシッフは、この安全信号にすっかり気を許しはしなかっこ。 ごく小さな犬か、いくぶん小柄な猫か、それともきわめて大きな鼠実をいうと、この肥った盗賊は、すくなくともある程度までなら、 か、そのいずれとも知れなかった。 むしろ懸念を、いや、恐怖さえをも、かえって楽しむたちだったの この最後の護衛が、ふたりに純粋な絶対の安心を与えてくれるもである。というわけで、彼は薄く煤の混じった煙霧の中をすかし のでないことは、たしかである。フィシッフは背伸びをすると、スて、ロッカマスとスラーグの店の正面と陸橋に目を凝らした。 「リストミーロ レヴィアスの長い耳たぶにむかってそっと囁いた。 橋のこちらに面した側壁には、四つの小窓があり、そのあいだに これも広告のつもりだろうーーそれそ の使い魔につきまとわれるのは、どうもそっとしませんねえ。いく作られた三つの入込みに らおれたちを守ってくれるといっても。クローヴァスの親分が、得れ等身大の石膏像が立っている。どれも、長年の風雨に蝕まれ、煙 体の知れねえ、気味のわるい魔法使を雇ったのも、いや、嚇かされ霧に汚されて、まだらな濃い天色に染めあげられた感じである。ジ て雇う羽目になったのかもしれねえが、それだけだってあっしは気工ンガンの店に忍びこむ前、その橋の下を通ったときにも、フィシ に食わねえのにーー」 ッフはそれらを振り仰いだものだ。しかし、いま見ると、右端の彫 「うるさい ! 」スレヴィアスが、さらに低い声で叱った。 像に、はっきり説明できぬ変化が起こったように思える。マントと フィシッフは肩をすくめて口をとざし、こんどはきよろきよろと頭巾をまとった中背の男が、腕を組み、思案をこらしている姿 : ・ あたりに目をくばりはじめたが、その目はおもに前方を気にしてい いや、説明できぬというわけでもないー・彫像のマントも、頭 巾も、顔も、前に見たときより一様な灰色になっている。顔立ち こ 0 てだ
いや、もちろん、裂横断道路》をえっちらおっちらやってくるのも見ていたから、さ になにを握っていたのか知れるといいんだが : っさと代赭色をした廃墟のなかへ逃げこんでしまっていた。逃ける 2 手になにかを握ってたと知ってるわけじゃないんだ。しかし、腕が ときに、かれはありったけの物資をかかえていったが、大砲組一味 ある以上、手があったと見なすのは当然だからね : ・ いしたことじゃない、たんなる一時の思いっきさ、・ヘつに筋の通っは老練な食料徴発人であり、犬のような嗅覚を持っていたから、す ぐに食べもののありかを嗅ぎつけて、たちまち食いつくしてしまっ た理屈があるわけじゃないんだ」 だがマリアンは、いまや独自の疑問をいだいていた。かれは一本こ。 マリアンは、しかし、だれかを追っかけて廃墟をうろっきまわる の倒木を越えて、穴のなかの、四人のエルヴァー人の立っているあ という趣味などなかったから、ひとり地図をながめていたーーナカ たりを指した。かれらは足もとの驚異の新発見を魅せられたように 見つめており、さらに五人目の男が、像の顔の上に立っていた。そナスはいまだに革筒を後生大事にかかえていたが、かれが気づいて いるかどうかは知らす、中身はちゃっかりマルがいただいてしって のふちに、一個の奇妙な箱がのっていて、そこから針金が像の体内 いるのだったーーそしてそれを参照しながら、ゼン・ハック・ビック へとつづいているのだ。 スと協議を行なった。「エルヴァー人どもに、馬を要求・ーーいや、 「これはなんだろう」マルは言った。 デ = ラネスは肩をすくめた。「機械さ : : : おもちゃだよ、じっさえへん、くれと頼むことを思いっきやよかったよ。訓練して、大砲 い。これから磁カ線が流れるように見せかけられている。じつのとを牽引するようにさせられたはずだからな」 ころ、なんの意味もないものさーーこの像全体が金属でできている薬種商の目が、骨ばったひたいの下で細められ、かれは訳知りめ いた微笑を笑った。「馬はそのうち手にはいります。馬も : : : その らしい点を除けばな。これ全体がだ ! 信じられん。やつばりきみ 他多くのものも : : : 」 の意見が正しいらしい。人間のもとの背丈に関するきみの考えが、 だよ。けつきよくこの問題は最初に逆もどりってわけだ : : : 」それそれにはまず、《どんがらがん》を山の上へ押しあげることが先 でも、なおしばらくかれは考えこみながら立っていたが、やがて言決たった。それさえできれば、あとは物資がおのずと流れこんでく った。「きみがきみの疑問を提示する用意ができたら、王子、われるのを待つばかりーーあわてて提供されるのでもなく、あわてて強 われもその答を見つけるのに手を貸す用意をしよう。《北の国》の奪されるのでもなく、あわてて食いつくされるのでもない、効率よ 気むずかしい、野蛮な連中のなかには、あまり長く足を止めないほく取り立てられ、効率よく分配される物資が。そして効率よく消費 もされる ? そう、ぜんぶを消費してしまってはならない。鍵とな うが賢明だそ。ではおさらば。さらば」 るのは、余剰という言葉である。余剰必需品は交易を意味する。交 気むずかしく野蛮な《北の国》の住民たちは、おおむね、《どん易は富と力を意味する。手はじめは、ある一定地域の農村と町だ。 がらがん》のたった一発の砲声に警告を受けていたし、それが《亀そこに確固たる力を築くことは、そこにてこの支点を確立すること
きみの背は、ほとんど彼女と同じくらいの高さ。きみは徴笑し、 を着たデス博士が立っている。彼はきみの腕をとる。「おいで、タ 頭をさげ、彼女の手にキスする。まわりでは人びとがダンスやよも ッキー、きみに見せておきたいものがある」きみは彼に続いて裏の 9 やま話に興じている。だが、きみたちに注意をむけるものはいな階段をの・ほり、廊下を通ってママの部屋の前に立つ。 い。ダンスをしている人たちゃ、酒を飲んでいるグルー。フをよけな ママはペッドに横たわっている。そのそばに立ち、注射器に液を がら、きみたち三人はタラーをまん中にして部屋を横切る。ほかに入れている・フラック博士。きみの見守る前で、博士はママの服のそ 誰もいないとき、きみとママがリビングルームにしている部屋ででをまくりあげる。ママの腕に見えるのは、みにくい、赤い、たく は、二組のカップルがテレビをつけつばなしのままネッキングしてさんの注射針のあと。きみにはその光景は、まるでデス博士が手術 いる。その先の小さな部屋には壁を背にすわりこんでいる若い女台に横たわるタラーの上にかがみこんでいるようだ。きみは階段を と、隅にかたまって立っ男たち。「今晩は」と彼女はいう。「今晩かけおり、ランサムをさがす。だが彼の姿はなく、パーティには現 は、みなさん」きみたちに気づいたのは彼女が最初だ。きみは立ち実の人びとのほか誰もいない。裏口の階段の冷たい影のなかに、デ どまる。 ス博士の助手ゴロがいるだけ。彼はひと言も口をきかず、月光をあ 「今晩は」 びながらその青い眼できみをじっと見つめる。 「あなたたちを本物だと思っていい ? 」 となりの家は浜をすこし行ったところにあり、女の人がひとりで 「うん」きみはランサムとタラーをふりかえる。けれども二人はも住んでいる。彼女がアスパラガスの枯れた株を切ったり、く / ラに成 ういない。たぶんリビングルームでキスでもしているのだろう。 り土しているのを、きみは近くで遊んでいて見たことがある。きみ 「あたし、これが三回目のトリップなの。そんなにいい トリップでは彼女の家のドアをたたき、なんとか説明しようとする。しばらく もないけど、そんなにわるくもないわ。だけどモニターを見つけてして彼女は警察を呼ぶ。 おくべきだったわーー誰かあたしのそばについていてくれる人を ね。あの人たち、誰なのかしら ? 」 ・ : たちのぼる煙。いまや炎は屋根の材木をなめはじめてい 隅にいる男たちがざわざわと動く。鎧のふれあう音を聞き、鎧に る。ランサムは両手でメガフォンを作って叫んだ、「降参して きらめく光を見て、きみは眼をそらす。「きっと都から来たんだろ 出てこい こんなところにいつまでもいれば、焼け死んでし う。タラーをさがしているんだよ」それがまちがいでないことが、 まうそ ! 」しかしそれに対する答えは一発の銃声だけであり、 な・せかきみにはわかる。 自分の声が聞えたかどうかランサムには自信がなかった。レム 「あの人たちをもっと前にひつばりだしてよ。よく見えないわ」 リアの射手たちが、窓をねらってふたたび一斉に矢を射かけ ぎみが答える前に、デス博士がいう、「まさかそうするつもりは ないだろうね」きみはふりかえる。すぐうしろに、夜会服とマント タラ 1 が彼の腕をつかんだ、「もどりましよう、彼らに殺さ こ 0
ことは、まあたしかだな。ほかの骨がどこにあるかは知らんがね。 「そうとも、さざ波とトゲ模様、それは魚の絵文字だよ」アンテロ スが答えた。「その上に太陽のしるしが乗っかってる。つまり、魚たぶんだれかが、しゃぶった骨をここへ捨てたんだろう。あと九回 ッシュ・イッド 鍬を入れたら、そろそろとやるよ」 の神さまだ」 「・ほくは別の意味でフィッシーといったんだ」スタインリーサーが九回の鍬入れー・ーそれからアンテロスは石工用のこてを使って、 主張した。「掘りはじめて六十秒とたたないうちに、そんなものがしゃぶりつくされた古い骨をそろそろと掘り出した。たしかにマス トドンの第六胸骨だ、とハワードはほとんど憤然とした口調でいっ 出てくるわけはない。その上、こんな土器はありえないよ。これと おなじ場所に矢じりが発見されでもしなければ、これが原プラノ期た。第五か第六だな、ちょっと見分けがっきにくいよ、とロ・ハート ・・タ 1 ービー・かし事 / のものだとは、とても信じられないね」 「おや、そうかい」とアンテロス。「もう燧石の矢じりが、その恰「しばらく掘るのを休んでくれ、アンテロス」スタインリーサーが いった。「その前に、こいつの記録と、撮影と、測量をすましてし 好までぶんと匂ってきたじゃないか。大きいのが二つ、小さいのが 二つ。ほら、あんたらにも匂ってきたろう ? あと四回鍬を入れたまいたいから」 ら、届きそうだな」 ードックとマグダリーン・モプリーは、煙突岩のし テレンス・・ハ 四回の鍬入れで、アンテロスはまさしくそこへ届いた。彼は大き な槍の穂先を二つと、小さな矢じりを一つ掘り出した。リポン・フちばん底、その岩の全長をコア・サンプルのように貫いている縦溝 新大 レークで作られた、槍の穂先にまちがいない。フォルサム後期 ( 陸最の、いちばん下で働いていた。 「アンテロスをここへ呼んで、六十秒のうちになにを掘り出せるか 前一万年頃の石器文化期 ) か、原プラノ期か。それは見る人の気持しだい 試してみよう」テレンスが提案した。 「これは「いやよ、あんな男 ! どうせ、自分のものを掘り出すだけだわ」 「こんなことはありえない」スタインリーサーが呻いた。 をしままで欠「どういう意味だね、自分のものとは ? だれもこの遺跡に細工で 石器のミッシング・リンク、過渡期の産物だ。これよ、、 けていた場所へ、あまりにもよくあてはまりすぎる。ぼくには到底きるはずがないよ。こんなに堅い砂岩では」 「ここのは、それより堅い燧石よ」マグダリーンがいった。「きっ 信じられない。たとえこれとおなじ層にマストドンの骨が見つかっ とこんなことだと思った。もうこんなもの、ほっときなさい。どう ても、まだ信じるには骨が折れるな」 「いやせ、そこに書いてあることは、たいがい見当がつくわ」 「よしきた」アンテロスはふたたび鍬をふるいはじめた。 あ、古代動物ってのはまったく変な匂いがしたからなあ ! 象なん「そこに書いてあること ? そりやどういう意味だね ? ふむ、た て問題にならん。やつらの骨には、またその匂いがかなりこびりつしかになにか刻んであるそ ! しかも、大きな石で、荒仕上げもし 3 いているよ。どうだ、第六胸骨で間に合うかい ? 第六胸骨だっててある。よりにもよって燧石なんかに、だれが彫刻したんだろう フィッシュ・グリフ
1 、 2 学、ー 物物グ : く梯子を引き上げているのが見えた。梯子を上へとりこみお わったちょうどそのとき、下から投げられたナイフがハッチ を抜けて、フアファードのすぐそばをかすめていった。 ナイフはふたりのそばにかちゃんと落ち、そのまま屋根を へ、 、、滑り落ちていった。マウザーが南にむかってスレート屋根を 横切り、ハッチと屋根の南端との中間まできたとき、さっき のナイフが〈殺人横丁〉の石畳を撃つ、かすかなちやりんと いう音がきこえた。 フアファード の足どりはマウザーよりかなり遅れていた。 一つには屋根の経験が浅いこともあったし、一つにはまだ左 足をかばってすこし跛をひいていることもあったし、また一 つには、右肩に重い梯子を天秤棒のようにかついでいること もあった。 「もう梯子は要らんぞ」マウザーはうしろへどなった。 さっそくフアファードはうれしそうに、それを屋根のむこ うへほうり投げた。梯子が〈殺人横丁〉へ大音響で落下した ときには、すでにマウザーは二ャ 1 ドの谷間を跳び越えて、 さっきよりゆるやかな逆の傾斜になった隣の屋根にとび移っ ていた。フアファードも彼のかたわらへと跳びおりてきた。・ マウザーはフアファードを導きながら、煤けた森の中を小 走りにくぐり抜けたーー煙突の煙出し、つねに風に向くよう 尾のついた通風孔、黒い脚で立った天水槽、ハッチの蓋、鳥 小屋。五つの屋根を越えて、〈哲人通り〉へ。ここには、ち ようどロッカマスとスラーグの屋敷のそれとよく似た、屋根 つきの陸橋が懸かっている。 ふたりが身をかがめてその屋根を駆け渡りはじめたとき、 5 7
ナダーコ日カドー族の指話だ。しかし、最後の絵文字がどうもよく こでもう二日半も仕事を進めているのに、この状況の完全な不可能 わからないーー射られた矢の記号と、そのむこうの丸石の記号なん性をまだ実感していないんだからな。 だがね」 〈時間〉を表わす古ナウアトル語の絵文字は、煙突の絵だった。 ート・ダーヒーカし 「『つぎの岩につづく』さ、もちろん」ロバ 、つ〈現在〉は、煙突の下部と、その根元で燃えている火。〈過去〉 た。ところで、なぜこれまで指話法が一度も書きとめられなかった は、煙突からの黒い煙。そして〈未来〉は、煙突からの白い煙だ。 んたろう ? 手まねは簡単で、様式化もしやすいし、それにたくさきのうの板石には、ぼくが理解できなかった、そしていまも理解で んの部族のあいだで通用する。むしろ、それを書きとめるほうが自きない、署名の絵文字がつづいていた。どうやらそれは煙突から立 然たったんじゃないのかな」 ち昇るものでなく、煙突から下りてくるものを示しているらしいん 「この地方には、指話法が十分発達する前に、すでにアルファベッ トの文字がはいってきていたんだよ」テレンス・・ハー いつ「実をいうと、あんまり煙突には似てないけれどね」マグダリーン た。「実をいうと、スペイン人の到来そのものが、指話法への原動がいった。 力になったのさ。それは、インディアンとインディアンのあいだで「若い娘も、朝の気ちがい草におりた露とはあんまり似てないもの ート・ダービーがいった。「しかし、わ なく、インディアンとス。ヘイン人のあいだの意思伝達のために発達・だよ、マグダリーン」ロ・、 したんた。しかし、一度だけだが、指話が書きとめられた例はあるれわれにはそのたとえがよくわかる」 ように思う。中国の絵文字の初期の話だ。そしてここでも、そのき つかけは異部族間の意思伝達のためだった。これは断言してもいい 彼らはしばらくのあいだ、この状況の不可能性について話しあっ こ 0 が、もし全人類が昔から一つの言語だけしか持たなかったとした ら、書き言葉というものはまったく発達しなかったろう。文字はい 「われわれの目にはうろこが生えているんたよ」スタインリーサ つも一つの橋として作り出された。橋となるからには、そこになに がいった。「あの煙突岩の縦溝はぜったいおかしい。それ以外の部 かのギャップがなくてはならない」 分も、おかしくないとは言いきれない」 「ここにはたしかに橋が必要だな」とスタインリーサ ・ダービーがいった。「煙突 「あの煙「もちろん、おかしいさ」とロ・、 突岩ときたら、うさん臭いことだらけだ。あれのてつべんは、塚の岩の累層の大部分は、あの川の流れのすでに判明した時代と照合で いちばん底より時代が古くなっちゃならない。あの塚は、煙突岩のきる。・ほくは、きよう、あそこの上と下を見てきた。ある一カ所で 層から浸食されてしまった土台の上に、作りあげられたものだからは、砂岩が全然浸食されていなくて、流れを変えた川から三百ャー ね。しかし、いろいろな点から、それは現代のものらしく見える。 ドうしろに立っており、百年分のロームと芝土をかぶっていた。ほ きっと、われわれみんながここの呪いにかかってしまったんだ。こかの場所では、砂岩がいろいろに削られていた。あの煙突岩の大部 4 3
スレヴィアスが、夜盗用の道具を吊した壁へ駆けより、錠前の下廊下へむかって駆け出し、肩ごしにフアファードへどなった。 りた輪から、大きなかなてこをカまかせにもぎとった。 リストミ 1 ロは彼の通路をよけてはるか後ろに立ち、静かに見ま クローヴァスの前に尻餅をついて起き上ったマウザーは、その席 がすでに空なのを見出した。賊魁は椅子のうしろに半ば身をかがもっていた。フィシッフも安全な場所へと逃け出した。クローヴァ め、おちく・ほんだ目に戦意を燃えあがらせて、黄金の柄のついた短スは椅子のうしろに立ったまま、叫んでいた。「やつらを止めろ ! 前へまわれ ! 」 剣を抜きはなっていた。くるりと後ろを向きなおったマウザーは、 フアファードの護衛たちが床に打ち倒されているのを目に人れた。 残った三人の屈強な護衛は、ようやく戦意を回復して、マウザー ひとりは気絶して長々と横たわり、もうひとりはようやく起きあがの前に立ちふさがった。しかし、マウザーはすばやい短剣の偽攻で ろうとしている。そして、大男の北国人は、奇怪な宝飾品の壁を背彼らを威嚇しながら、出足を止めておいて、さっとそのあいだをか いくぐった・・ーーそして、ふたたび彼の足をすくいに突き出されたス に、布でくるんた〈灰色杖〉と、背中の鞘から抜きはなった短剣を リムの金色の杖を、布にくるんだ〈外科刀〉をとっさに振りおろし 構えて、部屋の中を睨めまわしていた。 それにならって〈猫の爪〉を鞘から抜くと、マウザーは突撃ラッて、はらいのけた。 このあいだを利して道具壁からびきかえしてきたスレヴィアス ・ ( のような声で叫んだ。 いまからおれは、マウザーを狙って巨大なかなてこを振りおろそうとした。だ 「みんな、そこをのくんだ ! やつは気がふれた ! が、その先端がまだ弧を描きはじめぬうちに、鞘ごと包帯された大 が、あの残った片足もびつこにしてみせる ! 」いうと、まだこわご わ彼を押さえようとしているふたりの護衛のあいだをすりぬけ、人業物を握ったおそろしく長い腕が、マウザ 1 の肩ごしに伸びて、ス ごみのあいだを駆けぬけて、短剣をふりかざしながらフアファードレヴィアスの腕をしたたか突きはなした。スレヴィアスはよろよ めがけて突進した。いまやワインと有毒な香水たけでなく、戦いにろと後退し、かなてこはマウザーのはるか手前で無害に空を切っ も酔いしれているらしい北国人が、彼の顔を見わけ、彼の戦略を察た。 つぎの瞬間、マウザーは廊下にいる自分を見出した。フアファー してくれることを祈りながら。 ドもかたわらにいたが、どういうわけかまだ一本足で跳びはねてい 〈火色杖〉が、マウザーがすくめた首のはるか上を横薙ぎにした。 この新しい友人は、彼の意図を察しただけでなく、調子を合わせてる。マウザーは階段を指さした。フアファードはうなずいてから、 いまのが偶然の斬り損じでないことを、マウまた一本足のまま大きく上に跳びあがり、もよりの壁から何十ャ 1 くれているらしい ザーは願った。壁ぎわ低く身をかがめて、彼はフアファードの左脚ドもの垂れ布を切り裂いて、追跡を遅らせるためそれを廊下へ投げ の〈天色杖〉ひろげた。 の繩を切りはらったが、そのあいだも、フアファード ふたりは階段に到達し、マウザーが先に立って上へ登りはじめ と短剣は、彼にかすりさえしなかった。体を起こすと、マウザーは 3 7
ふたりの女は、われ知らず抱きあいながら、やがて聞こえるたろ「おぬしは思慮深い、先の見える男だな」マウザーは感心したよう う階段の軋みと呻きを待ちうけた。だが、いつまでたっても、それにいった。「おぬしを友だちに持ったことを、おれは誇りに思う は聞こえてこなかった。さっき部屋へはいりこんだ煙霧がすっかりよ」 薄らいだのに、まだ静寂は破れない。 ふたりはめいめいに栓を抜いて、心ゆくまで酒を呻った。それか 「ふたりは外でなにをしているのでしよう ? 」イヴリアンが躡いらマウザーの案内で、いくらかふらっき加減に道を西へとり、やが た。「道すじを考えているのかしら ? 」 て北に折れると、そこはさっきよりもいっそう狭く、いっそう汚臭 ヴラナは苛立たしけにかぶりを振り、イヴリアンから体を離しての強い路地たった。 爪先立ちに戸口へ近づき、戸をあけてそっと二、三段下まで降り「〈疫病小路〉」と、マウザーが教えた。 ひとけ た。階段がいとも悲しげに軋んだ。もどってきたヴラナは、戸を後あらかじめ、五、六度の覗き見をしたのち、ふたりは広く人気の ろ手に閉め、ふしぎそうにいっこ。 ない〈職人通り〉を千鳥足に素早く横切り、ふたたび〈疫病小路〉 「いないわ」 へはいった。ふしぎにも、あたりは前より明るくなった。空を仰ぐ 「気味がわるい ! 」イヴリアンはそう叫ぶと、部屋の中を横切っと星が見えた。だが、北からの風はそよともない。空気は死んだよ て、大柄なヴラナにすがりついた。 うに静止している。 ヴラナは彼女を抱きしめると、片手を伸ばして、扉についた三本きたるべき冒険と、単なる歩行そのものに、酔いしれた頭をひた の重い閂をおろした。 すら凝らしていたふたりは、一度も背後をふりかえらなかった。も 〈白骨横丁〉までくると、マウザーはいまふたりがランプの吊り鉤しふりかえったなら、そこの煙霧が前にもまして濃いのを知ったた にひっかけて下へ降りるのに使った節繩を、袋の中へもどした。そろう。空高く舞う夜鷹なら、ランクマール全市から盛り上がり、波 して提案した。「どうた、〈銀鰻亭〉へ寄ってみては ? 」 立ち、渦巻く黒い大河と細流が、流れを早めて寄り集まるのを見た 「そうしておいて、女たちには〈盗賊の館〉へ行ってきたことにすかもしれぬ。烙印ごて、火鉢、篝火、台所のかまどと暖炉、煉兀を るわけか」フアファード ・、こずねた。 焼く窯、鍛治場の炉、醸造所、蒸溜所、ごみ焼きの火、錬金術師と 「おい、見損なうなよ」マウザーは抗議した。「だが、おぬし、階妖術師の仕事場、火葬場、炭焼き窯、それらのすべてと他のあまた 上で出立の杯にありつけなかったろうーーーおれもそうだが」 のものを含めた、ランクマールのどす黒く悪臭芬々たるエッセンス ・ : それがあたかもおのれの意志をもつように、〈おばろ小路〉一 ほくそ笑みをうかべて、フアファードは長衣の下からまだ手のつ かぬ酒瓶を二本とりだした。 帯、とりわけ〈銀鰻亭〉とその裏手のあばら家を押し包んでいる。 「実は、碗を下に置きがけに、ちょいと掌へ隠してきたのだ。ヴラその中心に近づくにつれ、煙霧はいよいよ実体を備えはじめ、ぎざ ナも目ざといが、そこまでは気がっかん」 ぎざした石の角、ざらざらした煉瓦の肌に、まるで黒いくもの巣の えやみ