時 - みる会図書館


検索対象: SFマガジン 1972年12月号
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1. SFマガジン 1972年12月号

1 「 7 き第す 第第に第 1 第い 」をを朝リ ともあれ、べアトリスの釵は彼女の手に戻った。孤独な任務 に生きるだけの人生が、お時の肩にのしかかったのである。 「務めを果します。月影どの : ・・ : 」 お時はうなだれて、ロの中でそっといった。銀の金は、清澄 な月光を浴びて、白い炎のように輝きべアトリスの白光を放 っ眼ざしと、意志にみちた美しい面影を、お時の脳裡に甦らせた。 寛永十七年九月。お時は、お蝶の生家となるべき、平右衛 門町ニ丁目の頭領、杉田屋猪之吉の家に入りこんでいた。 かねてから計画していた通り、お時は杉田屋の女房おまきの 従姉妹という触れこみで、杉田屋を訪れ、逗留することに 成功したのである。 事実、上方にはおなみという名の、おまきとさして年の違わ ぬ従姉妹が実在していたし、十数年も会っていない問なので、 だれも疑う者はなかった。なによりも、おまきとお時は顔立ち といい身体つきといい酷似していた。姉妹といっても通用する ほどであった。 ( お時の半身であるお蝶は、おまきの実の娘 なのだから、当然といえるのだが ) おまきはなんの疑念もなく、お時を従姉妹として受け容れ、 ひさかたぶりの再会を喜んだ。といっても幼時 にニ、三度会って遊んだ遠い記憶しかなかったのだが。 同年齢娘はすぐに親密な感情を交流させるようになった。 ややおくてのおまきは、感情的にはお時を姉のように頼る気味 があり、お時もまた年下の姉妹に対するような庇護者として の愛情をおばえる成行であった。 おまきに愡れぬいている亭主の猪之吉も、女房にそっくりの お時に悪い感じを持つはずはなかった。病気がちで流産つづき きのおまきがめだって元気づいたというので、いつまでも滞在 してほしいとお時に頼みこむほどであった。 ー 02

2. SFマガジン 1972年12月号

魔的な力の襲来 : : : と、お時は辛うじて気づいた。これは ある種の念力なのだ。網と感じたのは、何者かが発した念波 なのだ。 そう気づいたのは、お時が超能力者だったからであろう。彼女 は精神力をあげて、寄怪な念力の千渉に抵抗した。 ペアトリスの釵 : お時は叫ぼうとした。が、声が出ない。 釵は、おまきの枕の 中だ・ : : ・取りにいかなければ・ お時は唇が破れるほど歯で咬みしめた。どろりと血があふ 呼ぶのであゑ凶盗の一味のあまりの横行に町奉行所で対処 しきれなくなり、後に火付盗賊改メという武官の出役が 出現することになる。 主月十五日の夜のことであった。 徹夜する気で寝床にも入らずに、絵草紙を読んでいたお時は、 突如異様な睡魔に襲われた。 臉が鉛のよ、つに重くなり、奇怪な脱力感が全身を占めたも 手にした絵草紙がバサッと落ちる。 異常であった 0 疲れた脳裡のかたすみで、警報が鳴りだし た。全身に無数の目をもった網がからみついたような感覚 だった 6 身の自由がきかないのだ。 れたが、鋭い痛みは遠かった 6 感覚が麻痺している。が、多少 の効き目はあった 6 泳ぐように部屋を出、廊下をよろめき進む。危機感だけが 彼女にわずかな力を与えていた。 夫婦の寝所にたどりつく。彼らは死んだように眠りこけ ていた。お時がゆすってもなんの反応もない。お時はあや うく、おまきのふくらんだ腹部に手を突きかけるところ であった。手足を踏みつけられても、ニ人とも正体がないのだ。 お時は必死で枕をさぐった。ひんやり冷たい銀ざしの感触が 吉′をあげたいほどの嬉しさだった。 べアトリスの釵の白い輝きが手中にあった。その光が、・お時の 焦点を失った眼にたちまち生気を甦らせた。 日 0

3. SFマガジン 1972年12月号

そうであった。おまきに耳 打ちされて、彼はりちぎ に膝を折って坐り、礼を のべはじめた。お時は真赤に なり、顔もあげられなかった。 その晩、お時は眠れな かった。へんに頭が冴えてし まっていた。感覚が夫婦の ねまに鋭く集中しているのに 気づくと、布団の中でひとり で赤くなった。夫婦の寝所は はなれている。だが、お時は 常人にはない超感覚の持主 なのである。身体が 変調を起七たように、異様に ほてり、寝苦しい お時は耐えきれずに 布団を脱けだし、畳にじかに 正座した。畳のひやりと した冷たさが快かった。 ぶじに赤ちゃんが生ま れますように、と彼女は 祈った。ああ、ペアトリス、 あなたの思いの強さが、 いま、お蝶を母の胎内にや どらせようとしています。 四世紀の時の隔りを超えて、 あなたはすべての超能力者 たちの母になろうとして をに :

4. SFマガジン 1972年12月号

その夜、お時は奇妙な呼び声に夜半の眠りを醒まされた。 だれかが戸外から彼女を呼んでいるのである。呻くような 異様な声であった。人問の喉から出る声とは思えなかった 9 お時は床から脱けだし、寝所の雨戸を繰った。外は鮮やか な月夜であった。みがきあげた黄金の円盤が中天に輝や いていた。庭園は真昼のように明るく、しんとした静寂 に閉ざされていた。 清水のような月光に濡れた築山の上に、そ分動物は坐り、 お時を凝視した。爛々と光る目だ。電光を放つような 夜行獣の目である。 巨大な狼であった。 大きな口に、銀の金をくわえていた。 お時はなんの恐怖も感じなかった。眼前の野獣の正体をすで に見破っていたからだ。 と、お時はいった。庭に降り立ち狼に向って歩み寄る。 狼は徼〔動もしない。 「月影どのですね ? 」

5. SFマガジン 1972年12月号

「伊賀組は、敵にまわすには悪い相手じゃ・月影さまは、おまえさま まの身を案ずるあまり、変形の術を使いなすった : ・ : ・この老いばれの 生きているうちに、また月影さまのお顔を拝めるかどうか」 白狐の参次は深甚な悲哀のこもった声音でいった。この老いた大盗賊は、 月影を敬愛しきっていたようであった。 「わたしのために、こんなことになって、本当にすまないと思い ます。わたしを恨んでいるでしようね」 お時は悲しげにいった。彼女もまたとない味方を失ってしまった のだ。あの陽気な、愛嬌のある月影の顔をニ度と見ることはないか もしれぬ : : : その思念は心に痛かった。 「恨みはしませぬよ : ・それほどまでに月影さまが想うていた 女子と思えば 参次は沈んだ声でいった。 「月影どのがわたしを : : : ? 「惚れていなすった。そぶりにもあらわさなかったにしても、この 参次の目に狂いはありませぬよ。おまえさまは若の心を汲みとるこ ともなさらなかったが : 知らなかったのだ、といおうとしてお時は思いとどまった・ むろん、それは真実ではなかった、たがいに超能力者同志、心を隠しおおせるも のではない。月影の愛情を、だれよりもよく知っていたのは、お時 自身ではなかったか。だがお時の心を占めているのは、ただ一人の 男だ。町方与力の山本千之助。それを知りつくしている月影は、 みずからの心を封じたのだった。お時をわがものにする機会はいく らもあったのに : : : 矜持の高さが、月影を妨げたのだ。 それを承知で、自分は月影の愛情に甘えた、とお時は思い、むを 絞めつけられた。悔いだろうか・自資だろうか。力、いまとなっては 詮ないことであった。お時にとって、またとない頼りになる庇護者が 失なわれたという事実だけが冷やかな現実として残ったのだ。

6. SFマガジン 1972年12月号

杉田屋はニ 0 人近い職人を抱えてい、大きな武家屋敷にも出入 りして、羽振りはたいしたものであった。もとより客のニ、三人が 長逗留しようが苦にもならない : : : お時にとって居心地はすこぶる よかった。客というより、実感としては身内そのものだった。 従姉妹のおみ本人が姿を現わさぬかぎり、正体が露見する懸念は なかったのである。 幾日もたたぬうちにすっかり慣れ親しんだおまきは、なんでも お時に打ちあけて話すようになった。女同士の気やすさからか、 肉親にも話せぬような夫婦の秘めごとまでロにして、お時を赤面 させるほどだった。もっともお時は、亭主に死にわかれた若後家 という触れこみだったから、既婚者同士という気持がおまきに あったのであろう。だが、それにしても実母という気があるお時 にとっ ' ては、 . 身のおきどころのない問の悪さ、恥しさを感じて しまうのだった。 おまきの悩みは、子宝に恵まれぬという一事につきた。亭主 の猪之吉に顔向けができぬと感じているのだった。さんざ神信心に り、ロ持、祈疇に頼ったたが、すでてが甲斐なかった、とおまきは ついこのまえ身ごもった 切実な嘆きをこめて語った。 ときも、今度こそと思ったのに、雷神党という恐ろしいさむらい たちの乱暴沙汰にまきこまれて、流してしまって : 語るおまきの表情は、怨念をみなぎらせてい、お時は肌寒さを おばえるほどだった。今度失敗すれば、おまきは発狂するのでは ない力とい、つ気さえした。 ひょっとして、あたし、呪われているんじゃないかしら、 と、彼女はいった。 うのひと 亭主に愡れている女でもいて、意地でも子どもは産ませないと 丑の刻参りでもして、呪っているんじゃないかしら : : : おまきは そんなことまでロ走る始末であった。気が減入るとそんな妄想に 襲われて居ても立ってもいられなくなるというのである。 " 物き一 = 第睥 ー 03

7. SFマガジン 1972年12月号

実際、お時が杉田屋を訪れ たときは、精神失調から一 歩踏みはずすと物狂いとい う状態だったようである。 猪之吉も彼女の嫉妾想に ぶ手を焼いていたらしい。 でも、っちのひとは 堅いので評判だから、万が一 にもよそに女がいるなんて はずないんだけど : 猪之吉が恋女房のおまき 以外の女に目もくれないと いうのは、だれの目にも歴然 レ J ー ) ているこ AJ だっト」。 ま 6 ぐにレ J い、つ・形六合が ふさわしかった。 ↓ 0 ーレかす・るレ」、 あたしたち、あれが : 度がすぎるんじゃ ないかと思うの。 さすがに頬を染め ながら、彼女はお時に 上ロ白した。 ほとんど毎晩 でしよ。それにいっぺんに ニ度も三度も : : : おなみ さん、どう思う ? 多すぎる と思わない ? そうかもしれ ないわねえ。 ソ、 ・一れ谷い お時は顔から火が出そ うな思いで答えた。 「仲がよすぎる夫婦は、 とかく子宝に恵まれぬとは い、つけれ↓つ」 「ほん . こ、つかしら ? ・ それなら、今晩からいっぺん に一度だけにしてと うちのひとに頼もうかしら」 おまきは真剣な顔で いい、お時をさらに閉ロ させた。 「あたしね、おまき さん・子授けのいいお呪い を知っているのよ」 と、お時は意を決して ていった。 0 やく 「とてもご利益のある 神さまに願かけしていただ いたものがあるん だけど : : : 」 たちまちおまきの目の色が 変わり、膝をのりだした。 「教えて ! お願い ! それはなんなの卩」 切迫した声であった。 「この釵だけども : お時は髪から銀ざしを 抜きとり、おまきに しめした・ 8

8. SFマガジン 1972年12月号

「↓のり・カレ J - 、つ : : : ペアトリスの名をとりもどしてくださっ たのですね。」 お時は手をさしのべて、狼の口から金をとった。 「ありがと、つ、月影どの。ありがと、つ : 彼女は声をつまらせた。歓喜が身裡に湧きあがった ~ つい にペアトリスの釵は手許に戻ってきた。超能力者の皿を守 すべく : : : 「約束ハ果シタ・ : : こ と、狼が聞きとりにくい人語でいった。おそらく発声 器官の相違のためであろう。 「たしかに月影どの」 お時は銀ざしを胸に抱きしめた。どうやって感謝をあわ わしていいのかわからなかった・ 「務メヲ果スガイイ : ・ : こ とス・一民はいっ←。 ・ : 当分ハ逢エヌ」 「参次ガカラ貸スダロウ。俺ハ : 「それは、どうしてですか ? ・」 へんぎよう ・・イツマタ、人ノ姿ニ戻レルカワカ 「ヤムナク変形シタ : ラヌ : : 俺ノ意志ダケデハ戻レヌ / ダ : : : 」 お時は愕然とした。 「いったい、いつまでその姿のままでいるのですか ? コノ姿デ人問界ニハトド 「数年 : : : 数十年カモシレメ マレヌ。俺ハ山ニ帰ル」 ししよ、つのない驚きと悲し と狼は呟ゃいた。お時は、、 みに心を絞めつけられた 9 「イッカマタ違エルダロウ・サラバダ、オ時 : ・ : 4 「行かないでください 月影どの、あなたがいなけれ ば、あたしは : 「ソノまがオマエヲ護ル。恐ロシイカヲモッティルゾ 不死身 / 俺テサ工生命ヲ落シカケタ。ソレガアルカギリ、 恐レルモ / ハナニモナイ」 「月影どの ! 」 「アバョ。サヨナラダケガ人生サ : : : 」 狼はくるりと身をひるがえした。月光に溶けるように姿が 消え失せた。あまりにも唐突な別れであった。お時の眼から 涙が流れた。 「待ってー・月影どの ! あたしをひとりにしないでー・」 お時はふりしばるように叫んだ。狼のあとを追おうとし た。ひとりで置き去りにされた迷子の心細さ、悲哀感だった・ と、いつのにか姿を現わした白狐の参次がお時を ひきとめた。 「追うてもむだじゃ。、 まの月影さまは、半ば狼・・・・ : 人界 にはとどまれぬ」 参次の柔和な顔は、、 しつになくきびしかった。 「おまえさまのために、月影さまはあのような姿になら れたのじゃ」 参次は物語った。月影の属する大神一族とは、神の裔で あった。古代より、山民たちに大口真神ーーーオオカミと尊崇 された山神こそ犬神一族であ勺、それゆえに狼は神獣として 崇められることになったのである。大神一族は、その神的 ~ 力によって、狼に変形する ; とができると信じられている。 すべての野生動物は、犬神によフて支配され、自然の精霊た る地紙ーーー国津神らはことごとく犬神一族の直属なのであった。 したがって、山民の出である甲賀伊賀、根来、風魔など すべての忍びの者にとって、大神一族は主筋にも優る 「追いなさるな」 くにつがみ 9 9

9. SFマガジン 1972年12月号

. 、、 0 にれこんできた。 ) 覚感カ・ ことけてス くきれぎれ、 。足者を 銀ざ 0 を手」身を起 0 た 全身を紋めつけ ま、緊張した表情で、 お時、 時 0 異様 0 、 00 見 、眤沿ー こはまった

10. SFマガジン 1972年12月号

その大いなる姿なき″宇宙時計″の時刻む、無音の音がきこえま 0 せんか。 チクタクチクタク いま、ゴンドワナは海に溺れようとしていた。かって巨大な陸塊チクタクチクタク であったその世界は、その大部分を海にのみこまれていた。 チクタクチクタク その蒼古的な古き古き超古代大陸に、誰かが書きつけたように在 きこえましよう。非情な響きだ。無情の音色ですね。チクタク、 り、あたかも架空の物語のようにあった谷間の街ソルティは、 . はやチクタク : ・ : チクタク、チクタク : あとかたもないのだった。。たたその上を、青い海原がおおっている 同じく、あの街、ソルティの住民たち、仮現の街にすむ仮現の者 のみである。 たちは、その消減の瞬間に、″世界〃の真相を、大宇宙の秘密を悟 あのあと何が起こ 0 たのだろうか。もはや何の痕跡もあらす、物 0 たのだろうか。対岸の " 鏡。が何を意味したのか。そして自分た 語る者もいないのである。″鏡みの崖は、剥落し、同時に、ンルテ ちがいかような存在であったのかを。 イの垂直の街は消失した。あのクリストフアネスもセビアも、そし またおのれの虚像にむかって、剣をつきさしたとき、あの青年 て街の住民たちも。 は、悟っていたのであろうか。鏡の中の自分は、自分の虚像ではな その一切が消減したあとこ、 冫ただ、深い渓谷のみが残されてい く、自分の実像であったかもしれず、自分こそ虚像にすぎなかった た。また太陽が東の地平線より昇り、一日の天空の旅をおうて西の ことをも : 落日となる。風が吹きわたり、台地は沈黙をつづける。 いや、この世にあっては、ありうる虚実のへだても、真理の次元 ああ、大いなる自然よ。 にあっては無意味なのかもしれない。虚は実となり、実は虚となる 時は、悠久の時をきざみつづける。それは、無窮の過去より来たのだろうか。 りて、無窮の未来へと逝きすぎるのた。 そして : この無限の大宇宙にひとつの星が生まれ、そして消失する。あた " 鏡。の檻より脱して、かのゴルド ( はいずこ〈い 0 たのだろう かも不変をほこるかにみえる大地さえ、その有限の運命をさけるこ か。また、天空より飛来し、また去っていた % 蓮華の船″は、なに とはできないのた。 ゆえにこの地へ来たのであろ、つか。問われるのみであり、それに答 ただ時のみが、おのれの時をきざみつづける。なんの意味もなえうる者はいないのである。 く、ただ、きざみつづけるのだ。 チクタクチクタク チクタクチクタク 232