ミノスにはその理由が或いは時期的に、プルトンが新しい環境に順応しはじめる頃たった しかし、そこはユートビアであったそうだ。 のかも知れない。事実、彼は小さな因果律を現実的に理解すること 3 判らなかった。 ミノスはプルトン王国を占領し、そこをフリー・ランドと名をかなり昔から覚えていた。ただ、直接の契機がミノスのクラリオ ンであったことは確かである。。フルトンはミノスの透明な、否応な 付け、毎日協議会から届けられる食糧をたいらけ、大きなペッドに 寝ころんで暮した。そして、ミ / スの成功で頻発した ( イジャ , クく聴覚に押し寄せるクラリオンの音がなくな 0 た時、何かを失 0 た 機が求めてくる入国許可を全て拒否し、自分ではプルトンに代 0 てような大きな不安に襲われた。それは、現実に吸いとられてい 0 て 急速に空白化した意識の世界であった。彼の眼前には現実の荒野だ この国を治めているつもりになっていた。。フルトンもそれで都合が ミノスがクラリオンを吹くけが開けていた。褐色の灰と砂塵の大地、その不毛の原野に、彼自 よく、二人はうまくいっていた。ただ、 と、プルトンには耳ざわりだ 0 た。他に全く音のないプルトン王国身の空白を感じ、彼は初めて恐怖を知 0 たのだー では、クラリオンの音ですら遠くまで伝わった。プルトンはミノス 登場人物を一人加えてもスペース・オペラにならない。全く に対抗するため、レコードを大きく響かせた。するとミノスはその 困ったことだ。ますニ人を宇宙に飛び立たせる必要がある。 レコードに合わせてクラリオンを吹いた。いっかプルトンはミノス ミノスの方もプルトンに対抗したた のクラリオンを好きになった。 蜷プルトンは恐怖から逃れるために、元の世界をとり戻そうと めとてもクラリオンを上達していた。そして、二人が顔を合わせた ミノスにたのみ込んでもう一度クラリオンを吹いてもらい した。 時、。フルトンが最初の言葉をかけたのだ。 連日様々な映像をみて、音楽を聞き、更に幻覚剤も使った。しか 「ぬかぬかうまいくぬったのだ」 。フルトンが初めて喋った言葉であ 0 た。しかし、ミノスはこの言し、失ったものは二度と戻ってこなかった。彼は荒野の空白をみる ことに耐えられず、そこにかって彼の千メートル平方の空間を支配 葉に侮辱を感じ、クラリオンを投けすててしまった。 ミノスにと「てはささいなことでも、プルトンには重要な意していた様々な光景を模した庭園を創 0 た。ガラスの城や豊かな果 味があった。彼は生まれて初めて外界に本当の関心を持ってしまっ樹園、機械のジャングルや鏡の迷路など、まるでアリスの国のよう なワンダーランドが生まれていった。しかし、彼の意識の空白は埋 たのだ。しかも、彼が関心を示したことに相手は奇妙な反応をみせ た。つまり、彼が少しだけ現実に手出しをして、すぐに自分の世界めつくすことはできなかった。 凵やがて彼は現実に順応しはじめた。むしろ積極的に様々なも 冫 : いかなかったのである。全ては関連を持ち、 に戻るというわけこよ 現実という存在体系に支えられていた。クラリオンの音は単に独自のに関心を示し、全てを吸収しようとした。簡単に言葉を覚え、経 に存在せず、ミノスの意志とかかわっていた。全ての因果関係の背済概念も持った。そして極端な現実主義を受け入れ、自分の創った ワノダーランドを観光用に公開し、財産を貯めていった。その間も 後に、現実という巨大な存在が待ち構えていたことを知ったのだ。
たのはじつは彼の方ではなく、妻の方だったのかもしれない : 「なんでもない」 そうだ。 「でも、それじゃ、あのへんな男は ? 」 ことによると憧子は、染野の幽霊の話を、聞いたとたんに信じて 「どこかで俺を知っていた男かもしれないが心あたりはないな。こ いたのかもしれない。信じていながら、おびえた素振りで通そうと の頃は、世の中、ノイローゼだらけ、ウッ病だらけだからな。道を 歩いてりや、一日に二十人や三十人は、かなり重症の患者とすれちしているのかも。 なぜか。 がっているという統計があるぐらいなんだから、そんなのの一人や な・せ、同じように幽霊に会い同じ話を聞きながら、警官がてんか 二人が家へ来ても、不思議はないのかもしれない [ ら信じようとしなかったのに、彼女だけが幽霊の存在を信じたの 「そういえばそうだけど : : : 」 そして憧子は、ふっと白い目をした。いっか震えはとまって、こか。それは彼女が、染野の幽霊と手を組んで、彼を追い詰めようと しているからではないのか。 ころもちとがった顔に見なれない翳りが宿っていた。 「でもあなた、あまり驚かないのね」 非現実と現実とのかかわりあいは、往々にしてこうした利害関係 の一致したところに成立するものだ。そして彼が、是が非でもっき 何気なくいった。 とめなければならない謎は、かならず、そうしたところに糸口を持 それが、ぐさと元木の胸を刺した。 っているはずなのだ。その糸口さえっかめば、あとはもうずるずる いわれてみれば、その通りだった。夜の夜中に見知らぬ男がやっ てきて、自分が人殺しをしたとっげロした。しかも男は、文字通りと、あれが幻覚だったのか、それとも別世界の出来事だったのか、 幽霊のように出没自在だった。幽霊でなくとも気ちがいにきまってやつばり現実の事件だったのかも、わかってくる。そうすれば自分 いる。そんなグロテスクな突発事件を話されたにしては、彼の反応が、何のために、どんな罠におちいろうとしているのかもわかり、 それを防ぐことだって、できるはずだ。 はにぶすぎた。 この女が、俺を罠にかけようというのか もちろん、それは、現実に人殺しをしその幽霊につきまとわれて 元木は、憧子を見やった。うすら笑いがロもとに浮かんでこよう いる彼が、その事実を何とか誤魔化し、秘し匿そうとするからで、 自分ではどうにか芝居をしていたつもりでも、妻に不自然に見えたとするのを抑えるのが苦労だった。反対に罠にひきずりこむにはど うしたらいいかと考えだした。 のはあたりまえなのた。 いや : : : ことによると憧子は、ただ不自然に感じただけでなく、 6 もっと深いところまで、見通しているのかもしれない。彼が幽霊を 見たことも、ここへ来ていたのがその幽霊であったことも、みな知 りながら知らない素振りをしていたのかも。つまり、芝居をしてい 元木は洋酒棚からコニャックの丸壜をとりおろすと、グラスに注 引 3
「閉めこみやがったな」 憧子は俺を破減させようとのそんでいた。 呟いて、周囲を見まわすと、たちまち、家そのものが、堅固で、 だからこそ、染野のいいなりになって、俺に罠をかけたのだ。俺 手のこんだ檻に変貌して見えてきた。血が、かっと逆流してきた。 はうまうまと乗せられ、オルガスムスの隙に乗じられて、僮子に非 罠だったのだ。これが、やつらの狙いだったのだ。 現実世界での犯罪を自白した。そしてその瞬間に、俺はこの非現実 だが、俺はやつらの思うほどばかではない。やつらは、まだ俺がの世界へ、つれ戻られてしまったのだ。あいつの目論見を見破った し、刀十 / し 気がっかないと多寡をくくっているのたろうが、そうは、 つもりで、得意になって、勝ちほこりさえして、あの牝犬の cunt この現実らしさ。このもっともらしさ。それが、逆に、 この世界にくわえられたまま : が、俺の本来生きてきた世界でないことを、もっとも雄弁に物語る 0 三 shit! what a lousy•• のだ。ここは、異次元の世界なのだ。やつらは彼をここに誘拐し、 元木はわれにかえった。 幽閉したーーーそしていま、憧子は、大いそぎで染野を : : : あるいは この世界から、早く脱出しなければならない。ぐずぐずしていて 警察を呼びに行っているところなのだ。 は、今にも憧子が、この世界の警察をつれてくる。警察につかまっ たが最後、否応なしに処刑される そうた・・ いまこそ、すべてが、ガラス越しに見るように明瞭に 見える。 そして窓から見おろすと、はるか九階下のパークウェイに、、 あの殺人は、じつは、俺がこの非現実の世界、異次元世界に迷い 一台の黒ぬりの車がとまるところだった。彼はカーテンの影にかく こんだがために起った偶発事件だったのた。でなくて、この俺が、 れてそれを見た。車はとまり、なかから、三人の男と、そして見お 殺人などという大それたことを、ああも簡単にできるはすはなかっ ・ほえあるコートを着た憧子とが降り立った。 たーーーそれをやってのけられたということ自体、あれが非現実の世来た ! あれは刑事だ。俺を逮捕しに来たのだ。 界での出来事だという証拠なのだ。 「つかまってたまるか ! 俺はそののち、俺自身の世界へ戻ってきた だがそこへ、非現元木は叫んだ。 実世界で死んだ染野が追いかけてきた。そして俺を、警察に捕えさ「俺はこの世界では人を殺した。しかしもともと俺はこの世界の住 こんな く人じゃないんだ。俺の犯した罪は俺の知ったことじゃない。 せようとした。警察が相手にしなかったのは、あたりまえだ。い ーー : しカチグ ( グなハン。ハなことでだれがおとなしくつかまるもんか ! 」 ら警察だって、異次元世界で起した犯罪をとりしまるわすこよ、 ないのだ。 そういうあいだにも、憧子と三人の刑事たちはエレベーターに歩 そこで染野の幽霊は、俺を非現実世界につれもどって、そこで罰みよっていく。もう一瞬もぐずぐずしていてはいられない。 しかし、どうしたら ? を与えようとした。しかしあいつ自身には俺をあっちの世界につれ 戻る力はない。そこで、憧子を使ったのだ。 右も左もわからない非現実世界を逃げまわっても、所詮は行動の 3 円
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とはいえ、それは、嫉妬なんそではないはずだった。染野が、たを与えた、それがどうにも許せなかったのだ。それが現実の毎日の 生活であった頃にはー 1 現実に面つきあわせ飯を食いセックスをし とえ静子と抱きあっていようが乳まさぐり唇なめあっていようが、 それだけならばそれはそれなりの出来事でしかなく、傍焼き以外に話をし、ちいさな感情の齟齬や利害や興味の不一致や退屈や食傷な 腹なんど立つはずもない。それに静子と染野とは、かって何年か同どをいつばいつめこんだ日常生活だった頃には、決してさほど甘く 棲していた仲でもあるし、静子はいまでも拘束されることを嫌ってもせつなくも、ましてや美しくも楽しくもなかったはすの過去 ひとり身軽に生きる女だったから、たとえ彼がこの頃何度か一緒にそれを、いまとなって、まるで牛が一度食ったものを反芻するよう にねぶりかえしている穢らしさ。嘘つばちのつくりごと、恥知らず 寝たからといって、彼女に腹たてるいわれはない。人それそれにエ ゴイスティックな所有欲をむきだしにしてよしとしていた昔の話なの改竄行為であることを知っていながら、自らその中に溺れていく らいざ知らず、ここ十年十五年の意識の大きな地すべり現象は、抱愚劣さ加減。そのあからさまな偽善が、そのロウレツな自慰が、彼 の心の底に沈んでいた、怒りのエネルギーの引金を引いたーーそし いたの抱かれたのすべったのころんだのという程度のことでお互い てそれが、たしかに、驚くほど嫉妬によく似た感情の昻りであった を東縛することを無条件には認めない風潮をつくりだしていたし、 とくにそうした風潮が、まず若者たちのあいだと水商売の世界とでことはいなめない。 顕著になるのは、昔からのお約束でもあった。もちろん世間一般と静子は彼の表情を見たとたんに顔をこわばらせた。明らかに彼 しては、まだまだそれを表向き認めたわけではなく、人により気質が、嫉妬に狂ったと錯覚した。同時に、怒りが燃えうつった。 「あら、どうしたの、元木さん」 により、またはその属する階層によって、まるでそうした変化を認 めようとしない向きもなくはなかったが : ・ : しかしその内側で、男 思いきって冷やかな声だった。 女間の感情のかかわりあいが、微妙な変化を経験しつつあることは 「酒をくれ」 もう否みがたい事実だった。 「もうずいぶん酔っているわ。今日はもうお帰りなさい。そろそろ おまけに彼の場合は、静子にそれほどの執着も感じてはいず、も閉めようと思っていたところよ、 うひとっこの夜は、彼女をセックスの対象として考えてきたわけで「俺には酒が出せないというのか」 「そんなに酔っている人には出せないわ」 もなかったのだから、嫉妬であるはずなどもともとない : : はずだ 「売女め」 そうなのだ。 すると、染野が、ひくく含み声で笑いはじめたのだ。ふりむく 二人が、過ぎ去ったふるい昔の思い出に酔っていたことが、彼のと、待っていたように、睨み返した。 かんに障っただけなのだ。その甘くせつないなっかしみの雰囲気「あまり聞きわけのないことをいわないで帰ったらどうだい、元 が、彼のやや過敏になっていた心の感覚器に、・ ひりりと響いて苦痛木。ママがいやがっているのがわからないか」 おか 305
「ええ。ぜんぜん」 自由を失って追い詰められるのがおちだ。 とすればどうしたら ? 「典型的な兆候ですよ。この頃たてつづけに起っている、自殺神経 2 元木はもう一度下を見おろした。目のくらむ高さだった。 症の典型的なケ 1 スです」 そのとたんに、闇に光明が射しこむように、すばらしい考えが浮「でも : : : あのひとは、とても、自殺するタイプではなかったと思 いますけど」 かんだ。 ここから飛びおりればいいのだ。 「自殺タイ。フでないから、幽霊の幻想をみたんですよ。犯しもしな 飛びおりて死ねばいいのだ。 い殺人から幽霊を見るまでの異常心理は、自殺行動を正当化しよう この非現実の世界で死ねば、必ずここから脱出して、現実の世界として、この種の患者が自らに課する、いわば手つづきのようなも に戻ることができる。 のなんです」 この非現実の世界で自殺すれば「、こっちの罪は自然消減し、もう「それがわかっていれば、ひとりにして、人を呼びになんかいかな 現実の世界でも、幽霊につきまとわれる心配もなくなる。 かったのに : こんな明快な論理に、なぜ気がっかなかったのか ? 「しかし、ほかのケースのことを考えてみると、この種の自殺衝動 元木は大いそぎで居間にとってかえすと、ガラス戸をあけてペラの根は深い。おそろしく執拗なんです。今日は避けられても、明日 ンダに立った。柵を越したとき、昼間だというのに、空の一角に、 は、あさっては、避けられない。必ずやってのけるんです。奥さん 丿ー彗星がくつきり白く見えた。 のせいじゃない」 下の広場で、誰かが、大声に叫びながら手をふっていた。だが、 「でも : : : な・せなんです ? どうして死にたくなるんです ? 」 彼はもうそんな制止の声には耳をかさなかった。 「それはだれにもわかりません。患者にだってわかりはしないでし だれがやめるものか。その手に、だれが乗るものか。 よう。かりにあなたやわたしが明日この衝動にとりつかれたってわ いや、やつばり、わ 彼は飛んだ「案の定、身体はふわりと宙に浮いた。そらみろと彼かりませんよ。強いていえば、この時代が : は思った。つぎの瞬間彼はガウンをひるがえしてまっさかさまに九からんな」 「助かるでしようか ? 」 階の高さを下へ、落ちていった : ・ 沈黙があった。それから、 「わかりません」・ほっりと答えが返ってきた。 「それじゃ、あれが兆候だったのかしら ? 」 わかってたまるか、貴様らにー 「幽霊をみた、といったのでしよう ? 」 元木は黒い渦にもまれながら精一杯どなったつもりだったが、も 「ええ。人を殺して、その幽霊につきまとわれているって」 ちろん、呟きにすらならなかった。 「しかも、そんな事件は、まったくなかったのでしよう ? 」
材料でつくれば、交通事故の悲惨さは激減できます。またこんな例リーンにはその正体は歴然としていた。最後に、〈ワタシ〉を口ぎ もあります。ある潜水艦の設計家が、イルカの水中での運動に目をたなくののしって、自らを暴露したのだった。 つけて、その艦体をプョ・フョの高分子物質でくるんだところ、水の結論は出たようなものだ。、ヴィヴィのように幼児期のコンプレッ 抵抗が小さく動力が大きく節約されたといいます。艦体の堅さが水クスが沈澱しているデリケートな娘には、イシャウッド教授のよう に激しい乱流をおこすのを防ぐからでしよう。この他、今日の機械な父親代りをも果せる男性がふさわしい。だが、先にちょっと触れ たように、科学者の教授には致命的な難点があった。ヴィヴィにと 工学が重視している精度という考え方も変わってしまいましよう。 ガゼェット 精度というのは、そもそも相手とキチッと合うかどうかという相手つては、イシャウッド教授と機械とはほとんど一致した存在だっ 次第の問題でして、機械の堅さがもたらしたゆえの無器用さの一面た。強い連想のきずなが、この二つのものを同一視させているので を物語っています。これが、あなた、柔らかい物質同士なら、伸びある。 たり縮んだりして相手とびったり合致するから、小数点以下零をい 初めから予測していたことだったが、改めて、〈ワタシ〉は、難 問に出あった生徒のように、行きづまった。 くつも重ねたようなしちめんどくさい精度は無意味になってしまう わけですよ : : : 」〔注・⑥〕 この二人をうまく結びつけるキュー・ヒットの役目を果しおえて、 イシャウッド教授は、まだまだ〈ワタシ〉と話をしたそうだった鑑定料にありつけるかどうか、〈ワタシ〉には、自信がなかったの が、適当なところで、打ちきらしてもらった。火星の大気は〈ワタである。 シ〉の身体にはよくない。早く仕事を片付けて帰国したかった。健 康をそこねたら、どんなに報酬がよくっても引きあわない。 その日の残りと、翌日をつかって、〈ワタシ〉は、渡された候補 者のリストに従って、インタビューをつづけた。 理髪師の・ホッカチオ、映画俳優のマルタン、ミドル級チャン。ヒオ ンのコンラッズ、いずれもイシャウッド教授の比ではない。対抗馬 のビンカートン画伯にもあったが、イシャウッド教授のいった通り ト・ハド 1 ル・ダリの後継者などと自称して の誇大妄想狂だった。サ・ いるが、本物の才能の方はみせかけだけの単なるはったり屋にすぎ 。ヒンカートン画伯は、それでも〈ワタシ〉の心証をよくしよう と、せい・せい努めたようだった。しかし、心理テストの精密なスク 注①超現実主義的画家ダリを知らない現代人はいない。ダリを特徴づけるのは、か ′ラ / ィアツオ・クリティック れの発明した「偏執狂的批判」の方法である。ダリはこの偏執狂的幻覚能力 を使して、現実世界の総体的な失脚に積極的に貢献しようと計った。ダリは語 る。「あなたの固められた夢の暴力と持続だけが、あなたの恐るべき敵である機械 文明に反抗できる」と。 注②〈ダリ〉はダリではない。あくまで〈ダリ〉でなければならない。 注③メキシコ産のサポテンの一種。これに含まれるアルカロイド、メスカリンは によく似た幻覚作用を呈するといわれる。へフタシ ) の火星の砂漠地帯にも、 これと良く似た植物が自生している。 注④ヨーロツ。ハアニエリスム時代の遊戯器械の製作者。テクノクラシイ社会の進む べき方向に、技術者ほど徹底して忠実でありえない者たちを指す。 注⑤火星の第一衛星。先住民の打ちあげた人工衛星だという談があるが、〈ワタシ〉 はこの説を信じる。 注⑥「柔らかさの工学」は実在する。東大生産研の森政之助教授とその研究室の方 方である。 9
◆、 0 こち 「これでいいか」 「銀座七丁目周辺の歩行者は新橋方困へ移動してください 彼は苦悶する女の身体を下肢の下へおさえ首に両手をまわしたし らは公害対策センターです。銀座方向のシェルターは満員でこれ以 柔らかい肉のなかに指が造作なくめりこんだ。女がくぐもった呻き上収容できません。くりかえします・。ーー」 スビーカーががなっていた。 をあげた。それが彼の快感を急激に加速した。それは奔馬のよう に、はるか彼方からいっきに肉のなかを駈け寄ってきた。 うるさすぎる、と元木は君った。 「殺してやる : : : おしまいにしてやる : : : 」 そして、ふっとわれにかえった。 「あ、だめよ ! だめよ。。ヒル飲んでないのよ : : : 」 いつのまにか、寝室のべッドのなかに彼はいた。枕もとの。ハ 奇妙なことをいう、と元木は頭の片隅で考えた。だがそれも、たナル・テレビが、さっきからニュースをしゃべっていた。公害ニ = ース速報らしかった。 ちまち迫ってきた黒い巨大な欲望の波のなかに押し流されて消え た。黒い渦だけが残った。すべてが渦のなかだった。そして彼はみ がっちりした現実のてごたえだった、頭が割れそうに痛いのも、 るみる渦の底へ吸いこまれていった : まちがいない現実のてざわりだった。 あまりに現実らしすぎた。 元木はテレビを切って起きあがった。 べッドに、憧子の姿はなかった。 ははあ、と思った。 光化学スモッグ警報が発令されていた。人々は用意のスモッグ・ 咽喉が乾上りそうにかわいていた。べッドを降り、ガウンを引っ マスクで顔半分をおおったグロテスクな恰好で、前の人間の背中だ けを見ながら声もたさずにそろそろと歩いていた。よろめいてしゃ かけ、ひょろっきながら階下へおりた。 がみこむ男や女がいたが、列はそこでよどみながらも止まらなかっ 予期したとおり、キッチンにも憧子はいなかった。冷蔵庫の冷却 た。空からは、ばたばたというへリのローターの音がひっきりなし水タンクの水をコツ。フに受けて、ぐいぐい飲んだ。冷たい水が、睡 に近づいたり遠去かったりして聞こえたが、空を覆って聳えるビルけをはらった。 のために、ヘリそのものの姿は見えなかった。ビルの間の空はいっ居間には、彼の服が、脱ぎすてられた恰好のまま散らばってい た。それが、ひどく荒涼とした印象を、部屋に与えていた。それ ものとおり汚れた青灰色で、いま人々を襲いつつある怪物がそこに あることを暗示はしているものの、それほど恐ろしい不吉な色ではも、確かに、もっともらしすぎる。 よ、つこ 0 旱 / 、刀ー 玄関に出て、ドアをあけようとした。だがあかない。二度、三度 それが曲者なのた はっきりとそれらしい姿をしていないこととためしたが、電子ロックはいっかな反応しようとしない。 ュニットに、何か細工したのだ。 、カ 3
星空を眺めていると、それがいかにも小さく感じる。それフォルメして投影した人工蜃気楼であろうか。それとも、そんな虚 は私が大きくなりつつあるのか、でなければ宇宙が収縮して像などではなくて、特別に厳密的なる超三次元的遠近法を用いて、 3 いるのである。さもなければその両者が同時に起っているのダリ以上に超現実的に構築された、疑似的自然景観だろうか。 と感嘆している〈ワタシ〉に、ダリストのトレードマーク、。ヒン サル・ハドール・ダリ〔注・①〕《異説・近代芸術論》 と跳ねあがったシン 3 トリックなダリ鬚のある男の声。明らかに火 星ペヨーテ〔注・③〕の青汁に酔っていた。 「将に、シ = ールですな、閣下。おやこれは人違いだ。あなたは驢 馬だ」 その日、火星の正午、赤道直下の目も眩む太陽の照射のもとで催嗜食症的な口唇に特徴のあるその男は、足元は赤砂の大地にその された、・パ 1 ティの主題は「白昼の抹殺」、火星でも屈指の大富豪、まま、風にそよぐように上体を揺ら揺らゆるがせている。 「驢馬 ? 」と〈ワタシ〉。 テキサス州ほどの土地を所有する〈ダリ〉家の主催であった。 「失礼、あなたは虎だ、失礼 : : : 」 招待客は、会場に当てられた「超現実的庭園」と名づけられる、 〈ダリ〉〔注・②〕の大庭園で、パ ーティ演出家ギル・ハ ートの指図通今、この老ダリストの視覚を混乱させているのは、視覚の連鎖反 ・ハラノイヤ 、。ハンド・フック式の火 り、それそれカタルニア的扮装を強いられていたが、〈ワタシ〉の応、典型的な偏執狂的幻覚にちがいあるまし 運命も例外ではなかった。 星症便覧によると「ひとつのものの表現が形や構造を少しも変えな いで、全然別のものの表現であり、しかも秩序をこわす歪曲や異様 O O から着てきた冬服は、メイキャップによって白痴的 ベルゾナ 仮面を演出させられた裸同然の、受付のダリストと称される崇拝者さが全くない視覚現象」とある。 相手の狂づたレンズに映し出された〈ワタシ〉の姿は、正気の意 の娘達の手で、たちまちのうちに、毟りとられてしまった。 その代り、羽のついたプラスチックと金属の。フラメタル製の衣裳識では想像もできないが、もしみることができたら、さぞ滑稽だろ を強制され、押し出されるように、まばゆい会場に放りこまれたのうと思った。 「から参りました : : : 」 〈ワタシ〉は、覚悟をきめて、その不恰好なプラメタル服をひきず「おお、あなたでしたか。よく参られた。私はかの有名なる火星国 ーティま 冫し、カ、刀て りながら、広場を横切りはじめた。 第四番目の大富豪、〈火星のダリ〉ですわ。。、 ぎらぎらと全反射してくる中央の池面。水銀か鏡面の池であるたす。間もなくヴィヴィも現われるでしよう」 めだろうか。遠景の非現実的な黒い鋸状の山脈は、元祖ダリの故「失礼ですが」と〈ワタシ〉はこの子供じみた愛すべき火星の〈ダ 郷、あのス。ヘイン地方の海岸の小村ポルト・リガトの風景写真をデ リ〉氏に徴笑しながら頓んだ。 0- 」 0
作次郎のものだった。 る。延次はひと思いに足からおどりこんだ。 「作次郎 ! 」 「いけねえ」 延次はその奇妙なくりかえしが現実のものでないことを混両した - 延次は自分の頭がどうかしてしまったのではないかと思った。 意識の底でさとった。わずかに残された手指の感触が、痛いほど天「生きていたのか ! 」 「おれは最初から生きているよ」 井板に開いたロの縁を握りしめていることに気づいたのだ。延次は 鉛のように重く感じられる体をむりに動かして天井から飛びおり「くそっ ! おめえら。おれをめくらましにかけやがったな。それ た。ひどい衝撃がかえって延次の意識を現実にひきもどした。あきに、女の体がどうのこうのぬかしやがって」 「それでますますおまえは深みにはまった。自分からな。延次。 らかに心理攻撃だった。 ゃ。タイム・パトロールマン。おまえが見たものはみんなおまえの 超音波銃だろうか ? 延次は帯にはさんだ十手を引きぬくと台所の障子を蹴ゃぶり、ふ頭の中にたけ生じたいわば幻想に過ぎない。作次郎は殺られもして いないし、幸吉は長崎屋の息子でもない」 すまを押し倒して突進した。十手に仕込んだ中性子銃の安全装置を 「なんだって ? 気でも触れたか ! 」 開くと座敷におどりこんだ。 「おい。後を見ろ」 「御用だ ! 」 ぎよっとしてふり向いた延次の眠に、退路をふさぐように平岡同 延次の突入を予期していたもののように、幸吉と女は羽のように 心が立っていた。 音もなく右と左に別れて壁を背にして立った。 「だ、だんな ! 」 「動くな ! おまえたちは時間密行者だろう」 「静かにしろ」 延次はゆだんのない眠を交互に二人にそそいだ。 女の視線がちら、と平岡の方へ動いた。延次はそこにわずかにす 幸吉がにやりと笑った。 きができたりを感じた 3 延次は追いつめられたけもののように全身 「いっ来るかと思ったが、ようやく来たな」 「うるせえ ! そうか。やはりおまえたちだったのだな。やってもの力を足にこめて跳躍した。ふりかぶづた十手が大きく風を切って うなった。 いねえ女をやっているように思わせて高え金を踏んだくりやがった 「とまれ ! 駐在員」 延次は中性子銃をびたりと幸吉に向けた。 平岡が影のように動いて延次と女の間に割って入 9 た。 「おっと待て。延次。そいつはやめな。おれの顔を見忘れたわけじ「検閲はこれまでだ。駐在員」 ゃねえだろう」 「なに ? 」 幸吉は壁ぎわを動いて行燈の光に自分の顔をさらした。その顔は「検閲はこれまでだ、と言ったのだ」 0 3