人間 - みる会図書館


検索対象: SFマガジン 1972年3月号
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1. SFマガジン 1972年3月号

もりつもった怨念の重圧が、時として電極を得、悪念を迸らせる放 り、良心なき輩であった。 さん 破壊者どもは、世界を簒奪し、暴王として君臨した。あらゆる動電現象にほかならなかった。魔女が邪悪なのではない。人は魔女の 物たちの生殺与奪の権を握り、殺戮をほしいままにした。無数の動目を鏡として、おのれの本性を映し見るのだ : ・ そのとき、三輪真名児が指先をおれの顔に据えた。 物たちが残酷に殺され、押し潰され、減・ほされていた。緑なす野と 「そこに裏切者がいる」 山は荒廃し、一木一草も生えぬ不毛の砂漠と化し、かっての楽園は 消え失せてしまった。それでもなお、彼らの暴虐はとどまることを と、三輪真名児の声が陰々と告発した。 知らぬ。すべての生物を根絶やしにするまで破壊と殺戮を続けよう「人間どもに媚びへつらい、仲間を裏切って自己保身に走った裏切 としている : : : 底知れぬ怨念と呪咀をこめて、声は語った。 者、簒奪者の手先が」 っせいに頭を巡らせておれを凝 彼ら血に飢えた虐殺者、みずから万物の霊長と思いあがれる人類教室中の甯を埋めていた影が、い 視した。無数の目が刃物のように光って、おれの顔に灼きついた。 に虐げられし無数の動物たちの怨霊よ、いまこそ立ち現われよ・ : その顔はことごとく、異形な変化を遂けているようだった。あら そして汚らわしき簒奪者どもの終焉のときを告げよ。彼らをして、 彼らの流した血の河の代価を支払わせしめよ。彼ら人間どもに恐ろゆる動物たちのそれ : : : おれは、熊に教頭の、河馬に的場センセー の、狼に鏡明の面影を読みとった。 しい破減をもたらしめよ。 数多くの人々が、風貌や性格に、さまざまな動物たちの特徴を隠 このとき、おれは三輪真名児の真の正体をはっきりさとってい た。彼女に憑依し、動かしていたものは、自然の精霊そのものだっし持っているのは不思議ではない。それぞれに動物の怨霊が憑いて いるのだ。魔女存在は、超越的な力で、人を獣に変えると語り伝え たのだ ! 人はだれしも心の深奥で、その存在を熟知している。おのれを育られてきたが、その伝承は正しかった : ・ んだ母胎である自然に背き、その敵対者にのしあがったとき、永劫「大を殺せ ! 」 と、熊が唸った。 の呪いを投げかけられたことを知っているのだ。その呪いとは、み ずから犯した悪業が、必ず自身に戻ってくるということだ。動物を「殺せ。大を処刑しろ」 と、狼が吠えた。全教室の声が唱和した。彼らはいっせいに立ち 無慈悲に虐殺する者は、人間同士でも酷薄無残な殺戮者と化す。 あがり、おれを処刑すべく迫ってくる。おれははじめて、なぜ自分 人間が同種同族の中で、いっ果てるとも知れぬ大量殺戮を続け、 が三輪真名児に烈しい嫌悪とともに、その正体を見破ることができ 決してやむことを知らないのは、貪欲に動物たちを殺しむさ・ほった たか、その理由を理解した。犬こそ、動物界で人に組みし、共犯者 悪業の報いだ。人類は過去、無数に虐殺した動物たちの怨念を重く であることを選びとった唯一の動物にほかならない。 重く背負っている。 そうなのだ 0 た。人々に災厄をもたらす、しい魔女存在は、積そして、おれに憑依していたのは、大の精霊だ「たのだから。 7 4

2. SFマガジン 1972年3月号

「ひどいなんて単純なもんじゃないわよ。うちのクラスの男生徒のことだったからだ。烈しい悲鳴が吹きぬけると同時に、女生徒た なだ で、まともなのは大養君だけだわ。まるで三輪真名児を教祖にしたちが雪崩れた。人間の肉体のひしやける鈍い嫌な音響が相次いだ。 新興宗教でもできたみたい。あの連中ときたら、狂信的な信徒ってコンクリートに激突する頭蓋の発する無気味な異音が、おれを総毛 わけよね。とくに、鏡明なんてひどいもんよ。女に興味はないなん立たせた。 てスカしてたのが、相手が三輪真名児になると、目の色変えてるん 一瞬後には、踊り場に人体の山が築かれ、折り重なった四肢の間 だから」 から、妻惨な呻き声が漏れていた。 牧村由紀は嫌悪感をこめていった。由紀のいうことは正しい、と女生徒の制服のスカートがまくれあがり、つけ根まで剥きだしに おれは思った。三輪真名児が、得体の知れぬ異常な影響力を他に及なった脚の白さが、鮮烈に目に映じた。それは、十幾つもの人体で ・ほしていることは、疑いもなく事実だ。その力は、鏡明のような異構成された奇怪な、頭がおかしくなりそうなほど超現実的なオプジ 性に関心の薄い、ナルシシスト・タイプの人間まで、心を傾斜させ = だった。 てしまうほど強力なものなのだ。 現場に、真空状態に似た異様な驚愕の沈黙が落ちかかり、一拍お 「ほんとに、虫が好かないったらありやしないわ。三輪真名児のこ いて混乱が湧きかえった。叫喚と悲鳴が噴きあがった。女生徒が友 と、みんなで妻い悪口いってるの。顔は綺麗だけど、ものすごい悪人の名を連呼して泣き奐き、教師に救いをもとめる絶叫と、負傷者 女に違いないって : : : それこそ、前にいた学校でなにをやってきたに手を触れるなと制止する怒号が交錯した。もみあいのため、窓ガ か、わかったもんじゃないわ : : : 人殺しでもしてきたんじゃないか ラスがけたたましく割れた。 しら ? 」 熱風のように、現場にいあわせた者すべてをまきこんだ恐慌の空 由紀の声音は陰湿な悪意にまみれた。おれは嘔き気が胸の底にう気から、おれひとりだけが超然としていられたわけではない。それ ごめくのを感じた。これまで慣れ親しんだ平几だが平和な学園生活ほどおれは強靱な精神を持ちあわせていなかった。 が、いつの関にか毒々しい無惨絵の泥絵具の原色でぬりたくられて が、混乱の熱波に捉えられ、うわずりかけたおれの頭は、一時に いくような気がしたからだった。 ッ急激に冷却した。階段ぎわの壁を背に立ち、踊り場の惨状を見おろ している三輪真名児の姿を見たからだ。 9 彼女は、黒っぽい野暮な服の胸に、出席簿やテキストを抱きすく めるようにして、人体オプジェを覗きこんでいた。 その事教は、おれの見ている前で突発した。場所はコンクリート 美しい白い顔は、まったくの無表情で、濃く長い睫に彩られた双 の階段だった。 眼は、薄く半眼に閉じられていた。 だれが最初に足を踏みはずしたのか、それはわからない。一瞬間 その場の全員の顔が激しい興奮で面変りしているだけに、三輪真 6 2

3. SFマガジン 1972年3月号

は、実用の段階だ。・ほくら「個体ーの寿命もの小細工にうち勝って生きのびてゆくスし、培養をどんどんつづけてゆくと、いっ に関係するのは体細胞突然変異の問題だ ーマン、困難な状況を乗りこえてゆくのまにか菌が生えてくる。ほとんど全部が が、性細胞の突然変異は、ホモ・サ。ヒエンけなげなミュータントだということになる耐性菌に変身してしまったのだー ・ンエット の『ミ スという「種」の寿命にも関係してくる。 かもしれない。ルイス・ この状況を・ほんやり眺めていると、ひと 他方、一九三〇年以前は、一定の集団のな つずつの感性菌が、ある時点からふと耐性 ュータント』にでてくる連中も、肉体的に かで変異がどのように保たれるかを説明しはいわば不死身だ。 菌に化けてしまったかのようにみえる。さ とうなったのだろうか ? ようとして、数理統計論的な集団遺伝学が じつのところ、こうした耐性獲得のメカあ、いった、、・ あらわれる : ニズムについては、突然変異の考えが大きヴァン・ヴォクトの『スラン』では「サ、、 ュエル・ランの突然変異装置」というもの なウイトを占めている。だが、こうした どうも最初からおかたい話になったが、 によってミュータントが なんとかアウトラインだけはつかめてき研究を人体内です つくられるが、耐性菌出 た。だがそれにしても、突然変異とかミ ュるのは危険だし、 現のメカニズムはどうな ータントというものは、どんな本質的な意過程を追っていく「 のだろうか ? のもむつかしい 味をもっているのだろうか。 そこで試験管内で 第 x : 体さきほど述べたような 不死身なやつはなぜできる 現象を素直に考えると、 の実験をやり、観 = わ 第 感性から耐性への変化 みなさんは多分、どこかで、耐性菌とい察することにして、朝を 物 ~ も、ヒ みよう。 う言葉を聞かれたことがおありだろう。 旧え , るは、薬剤が感性菌へ直接 《サ、よ働きかけた結果のよラな イ菌を殺すための治療をしているうちに、 まず、ありふれを 8 これまで効いていた抗生物質などの薬剤に 0 類気がする。これは適応説 た培地に、ありふ 一とか誘導突然変異説など 反応しなくなり、症状が悪化するような場れた感性菌を植え 合にでてくる言葉だ。薬剤が効いでダメに てみる。特別な事 ヴと呼ばれているもので、 なる弱虫が感性菌、不死身なやつが耐性菌件でもおこらぬか ンヒンシェルウッド ( 一九 を朝 デ 6 である。 ぎり、培地の表面 四六年 ) らは、耐性の獲 、つばいに菌が生 現実の世界では、結核菌、赤痢菌、・フド 、ま 0 ~ ~ 真得は薬剤により誘導され 2 写て生じると考えた。また ウ状球菌などに耐性菌が多く、しかも多種えるだろう。そこ 類の薬剤に対して同時に耐性をもったやつで、つぎには薬剤 彼は、ある種の細菌をい が出現しだしたので、困った問題になってを加えてみる。感ー【ル ろいろな糖の溶液で培養 いる。しかし、これは人間の立場からの話性菌なら生きてゆ すると、菌体がつくりだ引 た。・ハイ菌のほうからいえば、憎き人間どけぬはずだ。しか す酵素が変って新しい種 皐

4. SFマガジン 1972年3月号

隙間を埋めていた。夜になれば沢山の人間がそこへ向って越境してしばらく周囲をうかがってから袋をほどいて服をひつばり出した。 行くと言うのに、五月の夕暮の光の中では忘れられた場所のように 崖に沿って瓦礫の中を聖橋の方角へ・ほくは進んだ。崩れた駅の・フ 7 見えた。崖の上から下水の水が白く細く光っていく筋が落ちているリッジの陰へ早くかくれたかったのだが、行ってみると思いがけな 、だけだ。 くそこには上に登る殆ど垂直な深い足がかりができていた。鎖すら タ闇が完全に水面に落ちた時、ぼくは服をすっかり脱いでビニー脇に垂れていた。これが自由圏の自信だろうか。引換え無しの自由 ル袋に詰め込み、ロをゴム輪できつくしばった。その袋が・ほくのあというものを・ほくは信じなかったが、それでもこれは有難かった。 よじのぼった目の前で不意に自分の顔に直角に露地があり、そこを てのない越境のためのたった一つの準備として幾日か前からポケッ トの中に忘れられてあったのだ。橋の上から水面に投げられるライ抜けた向うに明るい通りがあるのを知ったとき、・ほくは拍手抜けし たような気がした。徹夜で暗記したむずかしい箇所が一つも出ない トの光と光の間が、かえって深い闇になるのを狙って、・ほくは黒い 水の中に足から入った。ビニール袋を腋の下に入れ、息を詰めて一で、思いがけなく易しい問題ばかり出たテストのようだった。 気に深く潜った。死と隣り合せになったせいだろうか、その瞬間・ほ そこでは明るい灯の下へ出るのがとても恐かった。向う側にいた くの頭の中をいろいろのことがごった返しに通りすぎた。。フールで 潜水する時のように上から透けて見えはせぬかという恐れ。自分の時はそんな事を決して思わなかったのに、目的地に来て見ると街の 潜水の力量に対する自信。 ( ぼくは昨年の夏以来、学校のプールで灯が・ほくに激しい敵意を持っているような気がした。向う側からち は潜る練習ばかりしていて先生によく叱られた ) ふいに祖父の死らと見てさえ巨大に見える黒人兵が、街の中にいつばいいて銃口を 顔。ふしぎにはっきりと杉子の幼な顔の涙 ( 見た筈はないのに ) そこちらへ向けるような気さえした。ぼくはこちら側へ着くや否や失 うものをたくさを持った人間になっていたのだ。 れから、会ったことのないぼくの父母の顔。 多分会えるだろう父母、見られるだろう皇居や東京タワーや横浜 銃声は水の中では激しく重く体にこたえて聞えるものであった。 誰が撃たれたのか ? 数発が聞えて止んでから、・ほくは水面を走るの港。クラスの者が誰も実際には知らないふしぎの国。それを奪わ 白い光のすぐ後に浮び上った。それから一分後に、・ほくは三時間も睨れてはならないと無意識に身講えていた。 めつこしていた対岸の崖くずれの割目に這い込んだのだ。水垢でぬ ・ほくは用心深く露地の口からのそいた。施設の脇の通りそっくり める足許をぼくは踏みしめた。下水の水の音が聞えるところまで来の道がそこにあった。小さい車と車がすれ違い、ガードレールの中 て詰めていた息を吐いた。どんな水でもいま潜って来た水よりは汚を人々が行く。黒人兵など影も見えなかった。違う区域へやって来 れていないだろうと思って、上から流れ落ちる下水に頭から打たれた感じはなかった。ただ、自分の髪がぬれているのが気になった、 た。川の水に比べると気味悪いほど温かかった。何か料理の匂いが出会い頭の老人がぼくの頭を見上げたからだ。ぼくは先刻水に潜っ たときと同じようにいきなり雑踏の中に入った。そして一刻も早く した。草むらの中へ這い込んで、鼠のようにぼくは体をふるった。

5. SFマガジン 1972年3月号

電話をかけただけで充分な反応があった。校長は、おれに彼の自 4 宅に来るように、といったのだ。先だっての狂人の職員室乱入事件 以来、どんなに校長が三輪真名児のことを心に病んでいるか、あり ありと心底が透けて見えた。 地獄犬は、今夜はもう人殺しはしないだろう。邪魔な人間をもう 片づけてしまったのだから : 「君がためらっていることは、私にも実によく理解できる」 校長は死んだ。もう安心だ。三輪真名児を追いだそうと試みる者 校長は電話ロで、共感をあらわにした声でいった。 「しかし、いまは、君の感じていることを、常識や偏見でくもらさはもういない。あとはやりたいほうだいの魔女の宴た。 れていない若者の透徹した目で見ぬいたことを、卒直に話してもら うことが私には絶対に必要です」 いかにも六十歳の老練教育家らし ひどく感傷的で陳腐な形容 、そらそらしい語句にシラけるどころか、おれはそのとき共感す私立探偵赤原の事務所は田村町にあった。ゴミゴミとちっぽけな らしていた。困惑しきっている老人とおれは、理不尽な恐怖という木造の建物が蝟集してい、狭い路地には、ダンポールの箱があふ 基盤を共有することで夢にも思ったことのない相互理解をなし遂げれ、小型トラックやライト・ ( ンがむやみに違法駐車していた。 鼻を擦りそうな危険を感じさせる、恐ろしく急角度の狭い階段を ていたのだ。 昇ると、四畳半アパートと変らぬ印象でドアが並んでいる。便所の 「すぐに、私の家へ来てくれたまえ」 異臭が建物中漂っている。 と、校長はいった。 赤原の事務所は、六畳ほどの広さで古道具屋で集めてきたらしい が、結局、おれは校長に違うことができなかったのである。 校長は、おれが到着する寸前に、自宅の前の路上で死んでしまっ調度で飾られていた。応接セットもかってはみばがよかったろう が、それは十五年以上前のことだろろう。 そして、そこにいた人間は、二十年前でも古道具屋で引取りを断 猛大に喉をくいちぎられて。 わられたような代物たった。痩せこけたチビの中年男だ。肘がビカ 。ヒカ光るくたびれた背広を着、シャツのえりはどす黒く汚れてい 驚くべき巨大な大だったのだ。セントーナードの巨体をさらに た。顔色は泥の色に灼けている。こんなしおれた人間は見たことも 抜く毛深い身体を備えていたろう。 逞しい尖った牙、尖った耳、すらいと細長い鼻面。そいつは本当なかった。 中年男は、赤原は出張中だといった。だが、どこへ行ったのか、 に大だったか ? 帰りはいつごろかとなると、さつばり要領を得なかった。 こ 0 サ・ハト 5 3

6. SFマガジン 1972年3月号

牧村由紀が尋いた。彼女はクラスきっての美人だということにな っている。かなり挑発的なところのある女の子で、そのときは野暮 ったい制服ではなく、大胆な超ミニを穿いていた。横座りに崩した 人の出逢いとは不思議なものだ。初めて会った相手に、昔からの膝の内側の皮膚の白さがことさらに挑発的で気になった。 古い友人に対するような親しみをお・ほえ、急速にうちとけあうこと「あるとも。もっと妻いのがある。たとえば、催眠術をかけて暗示 がある。俗にいう、合性がいいというやつだろう。 をあたえると、火傷や打撲傷そっくりの症状があらわれてくる。狂 ちょうど、その逆の場合もある。 信的なクリスチャンともなると、聖痕といって、十字架上のキリス 初対面の人間に対して、いわれのない反感をいだく。一目見ただ トが釘づけにされた四肢の部分に、自然に深い傷口が開き、血が流 けで虫唾が走り、むやみに腹が立ってきて、しまいには殴ってやり れ出るというケースがあるよ。自己暗示のためだろうが、ちょっと たいという衝動に駆られたりする。なんとも理不尽な話だ。 凄絶だな」 「よくある話だ。人間の心というのは、元来あまり合理的に出来て 的場センセーは、年齢こそ三十そこそこだが、九十キロを超す超 ないからね。。たとえば食わず嫌いというのがある。一度も食ったこ 肥満体の持主だ。ツルンとした童顔に、太い眉毛の端が八の字なり とのないものに対して、深甚なる偏見と嫌悪をいだく。僕の知りあにさがっている。いちおうは英語教師ということになっているが、 いなんだが、。 ヒーマンを見ただけで激烈な精神的ショックを受け、内職の作家商売の方が有名だ。何度か文学賞の候補にもの・ほってい ジンマシンを出す男がいる。また、ギョウザの匂いを嗅ぐと顔面蒼る。 白になって、嘔くやつもいたな。ひょっとすると、あいっ吸血鬼の「食いものでさえそうなんだから、まして相手が人間となると、こ トラキュラ伯爵はニンニクが鬼門だっ 血筋だったのかもしれない。・ とが面倒だ。合性のよしあしは、前世の対人関係で決定される。っ たもんな。 一口にアレルギー体質というが、そのピーマン嫌いまり、借金を踏み倒したとか、親の仇だとか女房を寝取ったとか、 こっそり料理にまぜて食わしちまったことがある。一週間ほどそんな関係があの世からこの世まで清算されずに繰り越される。坊 たってから教えてやったら、とたんにすごいアレルギー・ショック主殺すと七生崇るというだろ ? 七回も生れかわるあいだ中、恨み ナこういうのは完全に心理的なものだな。 を起して寝こんじゃっこ。 に燃えた坊主が追跡してきて復讐する。どうだ、こわいだろう ? 」 心因性アレルギーだ」 「すると、センセーのビーマン恐怖症の友達は、前世でビーマンを これは、博識にして座談の名手の、担任教師的場センセーの話殺害したんだな」 へ遊びに行ったと クラスメート数名でセンセーのア。ハート と、鏡明がいった。彼は身長百八十六センチという巨大漢で、米 きのことだ。 軍の放出した古着をのそいては既製服を着られたためしがない。 「心因性アレルギーなんて、本当にあるんですか ? 」 肩幅が広く、手足が長く逞しい。顔はほっそりしているが男性的 8

7. SFマガジン 1972年3月号

にした、ひどく無気味な邪教だが、その邪悪な呪術のひとつに〈魔 ら同級生たちの目にあったあの冷酷な白い光を見出してしまうのだ 性の目〉というのがある。邪眠ともいうが、その妖術使いの不吉な おれは、追われる身の犯罪者の心理をはじめて知「た。自分をめ目に見つめられた人間の身には、恐ろしい災いが降りかかると信じ ざして、網がジワジワとひき絞られてくるたまらない不安と焦燥。られている」 おれは、三輪真名児の黄金色に光る妖しい瞳を思い浮べて、悪寒 おれはついに、広場に集う鳩の群れの目に白い光を感して慄然と に慄えた。あれこそ、まさしく邪眼そのものではなかったか。 した。魔女はあくまでも標的を追いつめようとしているのだ。 おんみよう 「陰陽道や密教にも、無気味な呪法がたくさんある。日本で有名な うし 0 のは、〈丑の刻参り〉という殺人呪法だ。神木に、憎い敵を象るワ ラ人形を五寸釘で打ちつけ、呪い殺す。現代でも行なわれている呪 的場センセーと連絡がとれたときは、しんそこ嬉しかった。セン術に〈呪い針〉というのがある。ワラ人形に四十九本の木綿針をさ : これと似た呪術はアメリ しこみ、四つ角に埋めて敵を呪うんだ : ・ セーは北海道での取材を終えてよっやく帰京し、留守中に届いてい カ・インディアンにもあって、だれかに危害を加えようとするとき たおれの伝言を読んだのだ。 0 、 トへ飛んで行き、センセ 1 の肥満体を見たときは、安堵のは、敵を象る小さい木像を作り、これに針を打ちこんだり、矢を射 こんだりする。 あまり膝の力がぬけた。 迷信とはいえ、こういった呪術や妖術は、旧石器時代から連綿と 「えらいことになったな」 センセーもやや顔色を失っていた。太くまるまっちい指先で、お続く、人類全体の古く根強い文化なんだ。科学技術時代という現在 でも、ジンクスだとかッキだとかいって、オマジナイはすたれな れの手紙をめくる動作を意味もなくくりかえしていた。 人間はだれでも、たとえ理性では否定していても、心の深層 「大養のいうことを信じないとはいわないが : : : 」 部、潜在意識に、呪術信仰を秘めているといってもいい。詮じつめ 困惑しきった声だった。 その証拠に、黒人宗教のプ れば、だれもが神秘主義者なんだ。 「魔女存在というやつは、世界中の民間伝承に跳梁しているんだ。 ゥードウーの呪いは、文明人で合理主義者と威張っている白人に対 ヨーロッパの魔女伝説だけでなく魔術の起源はおそろしく古くて広 、。魔女の棲む呪術世界は、人間文化の基本なんだから : ・ : ・科学技してさえ、ちゃんと効くんだぜ」 術万能の現代でも、西インド諸島の ( イチを中心に、アメリカ南部センセーは立て続けにタ・ ( 0 を灰にしながら、早口に喋 0 た。 「もちろん、合理的に解釈すれば、ただ単に優秀な催眠術者にすぎ へかけて、プウードウーという黒人魔教が実在する。人形を媒介に して呪いをかけたり、ゾンビーといって死人を奴隷にして労働させないのかもしれん。すくなくとも、〈魔性の目〉なんていう、おど ・フゥードウ 1 は、アフリカ原住民の妖術をもとろおどろしい代物より、もっともらしくてありそうな話だ」 たりするんだ。 っこ 0 、 0

8. SFマガジン 1972年3月号

2 ( 埼玉県和光市本町幻の昭日暮雅夫 ) とが許されてよいのでありましようか ! : ・ : ・極度いように思うのですが、賛否いずれにせよ好悪で の興奮状態のため錯乱状態に陥る : : : 。少し落着かたづく問題ではないのですから、とにかく読ん 4 7 このごろ早川書房がんばってるね。ウルフガイいた。早川書房が世界コミックス ( シリーズ ) でみることのほうがより誠実な態度といえるので 0 シリーズ ( 狼の紋章 ) など文庫で出したのとかなんとか銘打って続々出版してくれないかオ よはないでしようか。 をはじめ「石の血脈」と書きおろし大長篇が出始あ。 ( 大阪市生野区新今里 8 の西原明浩 ) 僕らは、やス。〈オペとい 0 た使宜上の分類 めたもんね。ほんと、今まで日本作家の長篇は日 にとらわれずにを読もうではありませんか。 本シリーズで、短篇はシリーズで ( た僕の内部の未知の場所を、今なお不思議な逆光そして、その時あらたな出会いの可能性が生まれ まに中間小説誌の載 0 たのもはい 0 ている ) 、を放 0 て輝き照らし出している「幼年期の終り」てくることを信じたいのです。新しい波の出現に に載 0 た物ばかりしか出版されないのでつまの、あのめくるめく閃光のような出会いの一瞬かついて残念がる理由が僕にあるとすれば、それは らなかった。 「火の国のヤマトタケル」は半ら七年目。それは、いわば僕にとって、神人クラ文体や内容に向けられるものでは無くて、むしろ 分だけに掲載されたので、泣く泣く買った ークを人間クラークとしてみつめなおす過程であこの運動を最初に起したのが、日本ではなく海の のですそーーーしかし喜びもっかの間の感じ。日本ったのかもしれません。 向うのイギリスだったという事です。 ノヴェルズは「サイボーグ・プル ース」をは強烈なシュールレアリスム絵画のような無時間 がよりグロ ールなものとなりつつある現 じめ「牙の時代」と以前に掲載されたものの世界で、冷酷な神秘の息吹が全身を浸して過ぎ時点で重要なのは、の枠を自己流に限定しょ が続く気配がしてガ ' カリしているのだ。も 0 とてい 0 たのは、本当にそんなにも以前のことなのうとする事ではなくて、探究の範囲をも 0 と広げ 書きおろし長篇を出してほしいなあ。 ( 小生、国だろうか ? ーーあの沈黙、あの騒擾が、決してようと努める事。一読者として僕は、そのような 産に飢えているのであります ) 。 遠からぬ時代を生きた体験を背後に持つ人物の内意味での折衷主義も必要なのではないかと思うの 話は変わるけれど「石の血脈」ー九〇〇円。九に生まれた悲痛な叫びでさえあるかもしれないこです。 ・〇〇円ですぞ、小生は迷いに迷った末買って期末とに気付いたのはいつだったろう ? そしてクラ ( 岩手県一関市末広二の一の六千葉達郎 ) テスト中に読んだのであります。確かに九〇〇円ークの少年時代を想いあわせながら、彼の小説の の値打はあ 0 たと思うが、もう少し値段何とかなヒーロー達が垣間見せる孤独の影に、作者の人格健康な人が実にうらやましいよ。大学へ進学で ないかな、上下二段に組むとか、もっと装幀をの一面をのぞいたように思ったのは : ・ ( そのきるもんね。僕ある理由で体をこわしてしまい イのかからないようにするとかして、読者の負担後僕は何人かの作家のうちに、とりわけ 0 ーンプ今、体全体がガタガタだ。医者にも忠告されて進 を軽くしてくれないかな。愚痴つぼくなった、 ルースのうちに同様のものを認めたように思いま学あきらめちゃっている。それでいつも家の中で な。しかしこれからが本当のお願いなのです。 す。 ) これ程烈しく魂をゆさぶられるような思い寝たり起きたり散歩したりの毎日た。でもそんな 「コミックスの世界」毎号楽しませてもらつをしたのは、他にはランポー、ドストイ = フスキ僕に生きがいをあたえてくれるのがと哲学 、レ・クレジオそれに芥川ぐらいでしようか。 ている、いや苦しまされている ( ? ) 。総合出イノ だ。人間落ちぶれると哲学なんて読むのかナ。と 版を目ざす早川書房としては今年中にコミッ僕個人の内部でレムが大きな位置を定めているにかくは健康に大変よくマガジン読むと クスを発売すべきである。輸入したコミックプッ現在。そしてクラークが次第に過去となりつつあスカッとして興奮してしまう。ひょっとしたらカ クは高いし、そこらの古本屋にはコミックプックるかに見えるとしても、このような出会いを体験ロリーやビタミンやタンパク質がに入ってい はないのです ( もっとも必死に捜してないからか した以上、僕にとってが武器であるか楽器でるんじゃないかと思うくらいマガジンを読むと元 も知れないけれど ) 。毎号楽しそうに書いているあるか、又 Z3 ( = ーウェープ ) か ( オー気になる。僕は ( インラインの「大宇宙」が載っ 耕世さんがねたましいのであります。彼みたいに ルドウェーブ ) か式の議論は重要なものではありた時からの大ファンです。それ以来をいや読 コミックプックに囲まれたいのだ ! 「・ハットマません。設問が間違っているような気がしてならんたわ読んだわ本棚がパンクして本がはみ出てタ ーマン」「スパイダーマン」「コナないのです。 タミの上に重なっている。そんなの見ては一人悦 ン」などのヒーローをじかに手に取って見たいと ファンの年齢構成のせいか、 Z3 に反発すに入っているんだから僕は馬鹿だよネ。そういえ いう欲望がわき上がるのだ ! こんな不公平なこる人は僕と同年齢くらい ( 幻歳 ) か年少の人が多ば最近のはあんまり面白くないみたい。そろ

9. SFマガジン 1972年3月号

が死亡することはあっても、予測された死亡日を越えて人間が生き小惑星帯にはいり、《会社》所有の空城をめざして減速に移ってい ることは、二一〇〇年以来なくなったのだーーそしてそのとき以た。目に垂れかかる白髪を払いのけたかれは、展望窓の外に視線を 来、診断ならびに予測の技術はわずかに進歩した。ただし、そうし凝らした。幾千もの小惑星がそこの空間に浮かび、厳密に計算され て知りえたことの内容を医師が患者に告げることは、法律でかたくた就道をめぐっていた。 禁じられているのはいうまでもない。 どの星も、ひとりの人間の夢が実現されたものであり、そのひと そんなことは知らないでいるほうがいいのだ。 つひとつが異なっていた。かれは初期の二、三のものについて噂を かれはシートに坐りなおし、目を閉じた。すでに動力は切られて聞いたことがある。たとえば、毎日四時間ごとに大規模なスポーツ いて、船は音もなく火星をさして、そしてその彼方をさして進んで行事が行なわれる星、岩を噛む急流と、恐れを知らぬ動物たちでい いた。かれは眠れなかった、いや、眠りたくなかった。あとに残しつばいの、ハンターの楽園と言われる星、エロチックな夢が実現し てきたものにたいし、かれはいかなる悔恨も感しなかった。子供もた淫蕩な星 : ・ いないし、ローラとの結婚は、たんに便宜上のものでしかなかっ 船は、そのなかのひとつ、・ほんやりした影になって見える天体の た。財産はほとんど親から相続したもので、かれの一生にこれつぼ運行速度に合わせて航行していた。やがて、かすかな音がして、双 っちの幸福ももたらしはしなかった。地球それ自体もいまでは化石方のエアロックとエアロックが連結された。 だ。わくわくするような出来事は、すべてよその世界で起こってい 「着きました」声が言った。 る。なのにかれは、そこへ行く資格を与えられていなかったのであ シオドア・。ヒアソルは、 かたくこぶしを握りしめて立ちあがっ た。呼吸がひどくはやくなっていた。 が、それももう過ぎたこと、いまのかれはみごとにそれを振り捨「着いたか」かれはおうむがえしに言った。 ててしまったーーそれらすべてを。 そしてドアのほうへ歩いていった。 問題なのは、前途にあるものなのだ。 かれ自身の世界、かれにびったりの、かれの馴染める人びとの住それからかれはなかにはいり、船は去っていった。 まず感じたのは、その匂いだった。湿った、よどんだ河の匂い む世界。 かれは肺いつばいにそれを吸いこみ、それを味わい、楽しんだ。そ 胸のなかで心臓が高鳴り、目が輝いた。 これではいかん、とかれはおのれに言い聞かせた。あまり興奮しれは街の上に、甘い、目に見えぬもやのように垂れこめていた。 河。 すぎないようにしなければ。 なっかしきミシシッビ。 陲眠薬を二錠飲むと、かれはうとうととまどろんた。 そのときかれはそれを聞いた。目がうるんだ。音楽、鐘の音のよ つぎに目を覚ましたときには、船はすでに火星と木星のあいだの 3 5

10. SFマガジン 1972年3月号

0 感性菌 ・耐性菌 が、処方の誤りからロ・ ( になってしまい く変化ュータント・ サ・フ』の主人公はテレ。ハシー をも 0 ているし、小説の世界でも、未来をそれから人生の裏街道を歩むことになる。 する。 その変背負うようなすばらしいミ = ータントがしだから、こうした失敗をしないためには、 ばしば登場する。だが、『人間』の突然変異の科学をもういちど勉強しなおす ミュータノトー の項必要がありそうなのだ。 一薬ム遺伝的用語事典における " さあ、それでは、はじめよう。 こ午さをみても、優秀たというような規定なんか カれる範ありやしない。それどころか臨床医という突然変異の概念が、生物学の世界にあら の囲内の立場で考えると、どうみても突然変異体にわれたのは、二〇世紀のはじめだ。マッョ イグサを眺め暮していたオランダのド・フ は不利な点が多く、少くとも人間のミュ 出ものな 菌 リースにインス。ヒレ 1 ションがひらめき、 ら、たタントに関するかぎり、話のタネにするな 性 生物の体内いひそむ突発的な変化に大きな ほしろ、そっとしておく 耐いしたどもってのほか、 ことはのが良識というものじゃあなかろうか、と役割りをはたすと考えたのは、物理学の世 界にマックス・プランクが量子仮説を導入 いう気さえしたのである。 しかし だがここまで考えたとき、・ほくは、じっしたのと同じ年のことだ「た。自然の突然 それが は自分がありきたりの固定観念から反撥し変異を観察したわけだ。この突然変異の概 " 不連ており、よりマクロな視点からの考察を忘念は、モルガン ( 一九一一年 ) の実験によ ってはっきりした基礎をもつようになる。 れているのに気づいたのだった。 続的〃な変化を示すなら、ちょっとした問 題になるだろう。そうしたものが突然変異もし、すべての突然変異がわるいものなそれから一一〇年あまりたっと、マラーが であり、生じた個体が突然変異体、つまり ら、動植物の品種改良もちょ 0 と望みがな線によ 0 てシ = ウジ ' ゥパ = に突然変異を ュータント・こ。 くなるだろうし、原始的な生命から人類へおこさせ、さらに一二年後には、アウ = ル ・、ツ、が化学物質を使って成功している。 ところで以前、ある若いファンから、 の変化もおこらなかったはずである。だと これらは誘発突然変異であり、生物学研究 ミュータントには劣等なものもいるんだ すれば、ミュータントのなかにホモ・ス における方法論としても重要なものになっ そうですねーという質問をうけて面くらっ ペリオール ( 超人類 ) への変身のイメ ! ジ たことがある。どうやら、ほとんどのミ、をみいだすのも、あながち誤りだとばかり また遺伝学者たちは、染色体レベルでの ータントがすぐれた素質を秘めているんじもいいきれない。さてさて、事実はどうな 調査をはじめ、さらには分子レベルでの遺 ゃあないのですか、とでもいいたけな口ぶのだろうか ? りである。 変身譚のはしりともいうべきローマ文学伝子突然変異が検討されるようになる。理 と、・ほくは想 0 たもの古典、ア。フレイウスの『黄金の騾馬』で論的、分子生物学的な研究はまだはじま 0 一「とんでもない : は、魔法に熱中して鳥になろうとした青年たばかりだが、形態学的な染色体突然変異 のだ。なるほど、石森章太郎氏の漫画『ミ