た。「権爺よ。飛稚はえろうなった。月に苧一匹ではきついこと すると権爺は嬉しそうに目を細めた。もう何年も前から、権爺は 七月になっている。 こうやって叡山の僧を飛地蔵に招き、飛稚の体練をさせて来たので 一片の雲もない空に、太陽が白光りに照り熾っている。 ある。そして今、どうやら月に布地一匹の謝礼が実ったらしく思え その強い日ざしも巨杉の葉に遮られ、飛地蔵の森は堂に至る中央る。 の小径だけが、しらじらと眩しく見えていた。 「飛稚、今日はもうよい」 「殺してくだされ。容赦は要らぬことじゃ」 権爺は杉木立の中へ声をかけた。 権爺が大声で喚いた。 「話に聞いておるが、飛地蔵の子は代々みな筋がよいそうだの」 「おうさ 世間ばなしをはじめるつもりらしく、僧は袖をたくしあげて風を どこかで錆のきいた声が答え、ぶうんと二度ばかり風の切れる音入れながら、地蔵堂の椽へ腰をおろして歩み寄って行った。 がしたかと思うと、白く輝いている小径を飛稚がうしろ向きにさっ が、誰も気づかぬ内に堂の扉が押しひらかれていて、そこに草軽 ととび越えた。 ばきの雲水が立ちはだかっていた。棒を小脇にかい込んだ僧はそれ 「まだじゃ、ほれツ・ に気づいて一瞬身構えかけ、その途中で竦んだように動かなくなっ 十ー 十二、三の童児とは思えぬ鋭い声で追って来る逞しい僧に挑みか ける。僧はもちろん叡山の者であろうが、六尺余りの角棒をふりま「長い間の体練相手、ご苦労でござる」 わし、だだツ・ ・ : と一気に小径を踏み越えると、鋭い矢声と共に危雲水に言われ、棒の僧は何やらロごもっている。 険な風音をたてて飛稚に打ち掛って行く。 「や、随風さま ' いつの間に」 戞、と乾いた音を立てて僧の棒が杉の幹を打った。今までそこに権爺が愕いて声をあげた。 いた飛稚はふわりと僧の頭上四尺ほどを飛び越え、あっという間に 「暑い日じゃのう」 巨杉のどれかに隠れ込んでしまった。僧は棒を構えキョロキョロと随風と呼ばれた旅の僧はひらりと堂からとび降り、「変りない あたりを見まわした。足の踏み込み気息の間合、どう見ても上手のか」と権爺をいたわるように言う。 境に達しているようだが、飛稚の逃げようは明かにそれを上まって「ず、随風どのとな」 、る。 棒つかいの僧は随風の名を聞いて畏怖したようであった。その筈 「ちいつ。やめじゃ : である。随風と一 = ロえば当時叡山に鳴グ響いた天才的な学僧で、天台 3 僧は相手を見失って舌打ちし、棒をトンと地に立てて構えを解い座主すら疎略には扱わぬと言われていた。「こ、これはご無礼申し からむし
っしりと肩の張ったおとな、ひとつはすらりとした子供の影であ「めでたいことじゃ。飛稚もやっと白銀の矢を見るようになったか のう」 権爺の声はだいぶくぐもっていた。 「不思議なことがある。あれは何だったのだろうか」 少年の声であった。 「どうした権爺。泣いているのか」 わっぱ 「童め、何を言いさらす」 「あれとは何じゃ。言わねば判らぬ」 権爺はわざとらしく、急に威勢よく言う。 「権爺。俺はたった今妙なものを見たのだ」 飛稚と呼ばれた少年は、そう言って空を見あげた。ここからな「何か悪さをしただろうか。夜中に黙って寝間を出てはいけなかっ たのか」 ら、森が終っているので湖の上の空がひとめで見はらせた。 飛稚は心配そうである。 「何を見た。聞かせい」 「よい。それより一緒に謡うてくれ」 権爺も空を見あげて言った。「睡っていると、ふと目が覚めたの 「何を : : : 」 じゃ。誰かに呼び覚まされたようじゃった。だが人の声ではなかっ 「ヒのうたじゃ」 たぞ。体の奥にずんと響く唸りのようじゃった。なぜか知らぬが、 気が騒いで寝ておれなんだ。権爺を覚まそうかと思ったが、それよ「よし」 りも不思議に気がせいた。空が見とうてならぬのじゃ。俺は走って少年は老人の機嫌が直ったと見て、うれしそうにうたいはじめ た。老人の声がそれに和す。 外に出て、ここへ来て空を仰いでいると、叡山から東へ向けて白い しようみよう それは奇妙な合唱であった。節まわしは幾分声明に似ているだ すじが走って消えたのじゃ。流れ星のようでもあるが、あんなはか こレ」洋」 ないものではなかった。くつきりと、勇ましいほどに鋭く飛んで消ろうか。語は異国のもののようであった。或る時は絞るがごとく、 或る時は滑るがごとく、高く、低く、細く、太く、二人の声は巨杉 えた白い光じゃった : : : 」 の森にしみこんで行く。 飛稚は指をあげて夜空に白光の軌跡をえがいて見せた。 このうたを、老人は飛稚が赤ん坊の頃から教え育てて来た。そし 「そうかそうか : : : 飛稚は白いすじが東へ飛ぶのを見たのじゃな」 て何年か前、五智院の僧が飛地蔵の近くで飛稚のうた声を聞き、飛 「また飛ふかも知れん。権爺よ、しばらく見張っていまいか」 飛稚はそう言 0 て権爺の顔を見たようであった。権爺は急に飛稚地蔵の者は琉球王の流れではあるまいかと言いふらしたことがあ 9 こ。北に和爾庄、南に新羅明神のあったこのあたりは、今を去る九 のうしろへまわって両肩に手を置き、少年の髪の匂いでも嗅ぐよう 百年の昔百済人に与えられた土地と伝えられるだけに、そうした飛 な姿勢になった。「どうしたのじゃ、権爺」 肩をおさえられた飛稚は、首をねじ曲けて老人をふり仰ごうとし躍が案外真顔で論じられる土地柄であった。 - 」とよ ・ : 五智院の僧は博識をひけ あれはたしかに琉球の語であった。 たが、老人には手に力をいれてそうさせなかった。 ごんじい わに しろかね 8 2 3
、え」はロごもりつつ否定した。「わたしの席次は七番にす「これで、きまりました」女皇はうなずいて告げた。「今日より、 ぎませんでした」 お前はこの空中庭園に住みなさい。お前だけが、唯一人の例外で 「いけませんね。お前はいつもそういういい方をします。何が、おす。なぜなら、ここに住んだ男性はかっていなかったのですから」 前を内にとじこめようとしているのですか。わたくしが保証しまし女皇の目は、また少し笑った。「ここにはお前の目を愉ませる若く よう。お前には才能があります。わたくしのいうのは創造的な才能美しい異性もおります。お前が希むなら、数多い奴隷共の中から、 のことです。総合的な成績のことではありません。律法学や司祭学お前の好きな女をおとりなさい。ここにある全ての設備も自由にお つかいなさい。全ての時間をお前の自由に費しなさい。わたくしは も大切です。がそれはある意味で記憶の学問です。が、いまわたく しが必要としているのは、新しいものを見出し、つくりあげる能力お前を拘東しません。お前は、ここに住む限りにおいて自由なので です」さとすようないい方だった。 はこたえた。「お言葉をかえすようですが、陛下のおっしやる「陛下、わたしは多くを希みません。わたしの多くの時間は、あな 能力は、邪悪な才能です。わたしはよく、学寮の教導僧といわれまたの研究のために費します。で、一体、何をすればよいのですか」 した。『お前は危険だ。お前が生きのびるためには、その能力を隠突然、女皇は立ちあがった。肩よりかけられていた薄布が舞いあ がった。は、かいまみた。その美しい体を。浮き出た黒い影がま さねばならない』と。『平凡に生きねばならない』と」 「おお、わたくしも同じことを父皇にいわれましたのよ、わたぶしかった。 「ついてきなさい」と女皇はいった。 くしたちは、同じ宿星のもとに生まれついておるようですね」 その居室より、塔へのぼるせまい階段があった。の目の前に、 女皇はそういって共犯者のみせるようなあいまいな笑みを浮かべ 「が、わたくしはその内なる束縛を打破りました。お前もそう先に立っ女皇の裸の脚がおどった。は目を伏せる。そして、はじ めて経験した塔上よりの眺望は素晴しかった。そこよりアルセロナ あらねばなりません」 はロをつぐむ。女皇はつづける。「勇気をもって、呪縛を解くの支配する領土のほとんど全景がみえるのだった。岩々の丘の幾重 ものつらなりが、目のとどくかぎり、天白色の岩膚をみせて広がっ のです。わたくしの科学助手を引きうけてくれますね」 「敵愛する女皇陛下の御要望とあれば : : : 」はこたえた。「なていた。 ぜ、わたしにお断りすることができましよう。わたしは全てを尽し「アルセロナは、自然の助けによって守られた都です。わかります ます」偽りのこたえではなかった。は、女皇のやさしさに応えてか」 そういったのだ。また、何か心通ずるものをかんじたためかもしれ「はい」とは、景観に目を奪われたままいった。 「街の外観が、周囲の岩や丘にとけこんでいるために、一種の迷彩 ない。たとえ、そのために刑をうけることが判っていたとしても、 にもなっていることは知っておりますね。事実、アルセロナの正確 はそうこたえただろう。 2 ー 3
だこの″アル″だけが、静止するもの、永遠にあるものを表わす意 味として使われているのである。 この岩石地帯の、ほとんど不毛の土地といってよい広がりが、一 石鐘楼の砂時計が、さらさらと落しつづける砂粒の流れをとめる望の下、お椀型の岩の丘の数えきれない重なりが連らな 0 ているほ ・ほ中央に、この街は生きていた。あたかも化石と化してしまった太 とき、石の都、″アルセロナ″は、午睡のまどろみに沈むのであっ た。時が停止して、それが再び目覚めるまで待 0 ているかのよう古の都のように。地の果にあって、ひっそりと在りつづけているの に。この石都の住民たちは、仮睡のなかに静止する。ただ、見張役であった。やっと生きのびているといってもよかった。交易商人の : 。こ・こ、じいっと時の中で の番人が、ひきずるような石杖の音を、石畳の道に残しつつ、街を影すらみえぬ岩々の海原のただ中に : 生息しつづけていた。そのまま、この街は不変性を維持しつづけて めぐりあるくのである。 きた。石のように変わらなかった。時の軌跡のつくりだす街の歴史 アルセロナはそんな街だった。時の風雪が、その創成の頃より、 幾千の年月を隔てたか、知る者もいないのだ。天色の岩々と、灰色も、静止しているように変わりばえしない。ちょうど、いま街全体 のわずかばかりの土と、その薄い土層に根をおろした植物が、このがまどろんでいるように。全てがゆるぎもしない。この街の人々も あたりのありふれた景観であるのだが、その幾重にもつらなるなだまた、そのことを疑おうとはしない。 らかな岩の丘の波の底に、ほとんどあるかないのか見分け難く、都アルセロナの、指標のような石鐘楼の大きな砂時計が、一体どの くらいの時間をへて全部の砂をおとしおえるのかは知らぬが、ちょ が隠れ在るのだった。 うどそのように、街の時間は流れているのである。が、まだ少年だ それは外側の色ばかりではなく、街の建物のかたちさえも、あり った頃も、この砂時計はいまと同じだった。上部の赤みがかった紫 ふれた大岩をおもわせたが、よくみると、その表面が乾ききった地 衣類でおおわれている岩々のひとつひとつには、穿たれたような明の砂が、穴より下へ落下して下方にたまると、青みがかった紫色に り取りや煙突や換気のための孔などがあり、またその岩々が盆地のかすかに変わるが、そのおちていく砂の量は、細く、時にはとだえ とのくらいおちるのか、ほとんど気づか 底に集積している部分の岩と岩との間には、通路らしきものがみとたえで、一世代の間に、。 え、迷路状のその路が交わって、幾つも幾つもの広場を形づくってれぬほどだった。 でも、砂はいつみてもおちつづけているのである。が子供の いるのであった。 頃、よくその石鐘楼の下で、石蹴りをして遊んだ頃も、大きくなっ くどいようだが、この都は、その名のとおりに、石の街としかい 。そして、この街を支配 いようがないのである。古い言葉が示すとおり、アルセロナは、石てそのちかくにある学寮へ通った頃も : きまり をあらわす″アル″が変格して、石の集まっているところを意味しする世襲制度の厳しい規則に従って、石工技師となったいまも : ・ ・ : 。砂はとだえることなくおちつづけているのである。 ていた。むろん、この古型の言葉は、ほろび絶えており、いまはた 円 2
的″センス・オ・フ・ワンダー″に頼ることがもはや不可能な段階 で、″サイエンス・フィクション〃はリアリズムこそが生命であ あした 4 明日はどっちだ ! る。既成の絶対的″目盛りみの存在、ここで″サイエンス・フィク ション″は決して越えられない障壁に直面していると同時に、決定 的に文学としての性格を放棄せざるを得ない。何故なら、文学とは ″明日のジョー〃のように、我々は駆け出すことも出来る。 「地図」だからだ。 2 、 3 を通じて、これまでのの基本理念とその生み出した ″サイエンス・フィクション″が「死ぬ」理由は他にもある。″サに対する僕なりの評価をしてきた。 をある程度読み進んた読者にとって、〃センス・オプ・ワン イエンス・フィクション″が描き出す高度の蓋然性を持った多様な ″現実″は、それが″現実的″であればある程、相互に他の作品のダー″は決して還ってこない神話であり、〃サイエンス・フィクシ リアリティを奪い合って、全ての作品を単なる″作りもの″にしてョン″は、「科学」が肥大して自走を始め、作家の手から隔って行 しまう。それはさらに進んで、我々の一般的に認識している″現実く状況を別にしても、本質的に認識の一面性 ( 一枚の「地図」 ) と 世界″をも解体して行くだろう。それは、作家達 ( 科学者達 ) の意いう文学としての致命的欠陥を持ち、それに加えて、唯一の生命県 志に反して、ファンを、すばらしくアナーキイにしてしまっ証であるリアリズムこそが、回帰的に自己のリアリズムを破壊して こ 0 行くパラドキシカルな構造を持つが故に、閉じた卑小なジャンルに しかし、この地点で、″サイエンス・フィクション″は立ち止ましかなり得ない、と綜括した。 一見、悲観的に見えた ( 数年前までは、本当には死ぬと信し らざるを得ない。残された道は、例えばクレメントの「重力の使 命」 ( この作品自体は、詩的イメージを併せ持っている ) のようなていた ) この状況は、しかしがその幼児性を振り切る為に絶対 完全な遊びになかに後退することしかない。 ( これは、ひとつの求に必要な地平だった。 心点であり、のなかのひとつのジャンルとなり得るだろうが、 は今、その中核としての″サイエンス・フィクション″を置 総体とは縁もゆかりもない。それを、中心理念を誤解したことき去りにしたまま、それによって触発された無限の〈書き様 ( 「書 から、不毛な論議がくり返されてきたーー念の為に言っておくが、 く」自由な空間 ) 〉のなかで変質した。 僕は″今語っているのだ ) 勿論、先に書いたように、基本的な″センス・オプ・ワンダー ″サイエンス・フィクション″は死ぬ。しかし、それは″センス・ を備えた″古典〃は読まれ続けるだろう。それは、″センス・ オ・フ・ワンダー〃の心理ショック同様、我々にひとつの決定的認識オプ・ワンダー〃がそうでなくなる時 ( 日常感覚としての相対性が を残してくれた。文学的に極めて後進的だったが、私生児の文意識された時 ) まで、をり続けるに違いない。それは出発なのだ。 この″サイ 学として疾走し始めることができたのは、他でもない、 ″サイエンス・フィクンヨン〃が無力化し始める地点で、核の無い エンス・フィクション″に原因したアナーキズムたったと言えるだ は、拡散を続けてさたが、その突出部として〈新しい波〉があ ろう。 り、それを契機にに全面的に展開を始めている。 そのなかに大きな三つの流れを見つけることはさほど因難ではな ニュー・ウェープ に 9
にいろいろと考えさせられる問題を残してく れました。事件自体が , 戦後 28 年 , 見せかけ の平和をむさばるわれわれ日本人の意識に , グサリとつき刺さるものをもっていたことは もちろんですが , それと同時に , 公共性の錦 の御旗のもと , ネタになると見たら相手の心 ・情など意に解さずとことん骨までしゃぶりつ くす , 日本のマスコミの体質を , はしなくも 露呈させてくれました。 ■じっさい , 横井さんをよってたかって「奇 跡の英雄」「悲劇の英雄」に仕立てあげたマ スコミの演出ぶりは見事でした。またその演 出に簡単に踊らされて熱くなってしまう , わ . れわれ日本人のなんたるおっちょこちょいぶ ・・・たしかにこの事件は , 戦後の日本と日 本人にさまざまな形で猛省を迫るものをもっ ています。しかしだからといって , この事件 の本当の姿を冷静にみつめることをないがし ろにしていいはずはありません。 ■なるほど 28 年間の原始生活は , 文明人から みれば「奇跡」であり , 非人間的な軍国教育 の犠牲者とみれば「悲劇」とはいえましよ う。しかし現実には , ジャングルとはいって も人家からは近く , 有害な病菌も猛獣もいな い , アマゾンやアフリカ奥地のそれとは比較 にもならぬ ( しかもそこにだって人間は住ん でいるのです ! ) 安全な環境でしたし , その 生存を支えたのも , 軍人精神でも大和魂でも なく , ただひたすらな生への執着心と適応力 と体力とがあったればこそです。 ・この見方に立てば , 一見骨のズイからの日 本軍人めいた言動も , 一人の実直で平凡な兵 土がいきなり文明世界に引きずりだされ , 強 烈な刺激と情報洪水の中に立たされて , 自ら を発狂から防ぐため生物的な自己防御メカニ ズムが働かせた結果にすぎず , あとはそれを マスコミが拡大演出し , 横井さん本人もうま と見る うまとそれに乗せられてしまった ことができます。軍国教育を受けた時点で意 識が停止してしまった彼にとっては , その思 想だけが理性を保っ唯一のよりどころだった にちがいあ・りません。 第こうした一歩さがった冷静な見方をどこか 置き忘れてマスコミの世論操作通りに一喜 一憂させられてしまう , われわれ日本人の近 視反応的短絡思考的国民性こそが , そのま ま , いまその危険が叫ばれつつある思想統 ・制 , 言論統制をあっさり生みださせる素地で あるような気がしてならないのは , たんなる 私の杞憂にすぎないのでしようか。 ■本号は久しぶりに個人作家特集を組んでみ ました。これから一 , 二号おきにしばらくこ の趣向をつづけてみるつもりです。もちろん やるからには , 漫然とー作家の作品数篇を集 めるのではなく , 現役ばりばり , あるいはこ れからの活躍を期待される有力新鋭の , しか も代表作ばかりをとりあげていきます。乞う ご期待。 (). M) ついこないだの横井さん生還事件は , じつ 5 ド MAGAZINE SCIENCE SP ー ( U ー A 刊 02 & 呂 ( 02 FANTASY VOL. 13. APRIL 0. 4 19 7 2
「タンクは排出をつづけていました。彼はわたくしにこう言いましり断罪者である代訴官の腕にかかえられていた。粉のふりかかるよ た。『わたしを許してくれるだろうね、ライナ。なぜなら、わたしうな迫りくる夜の静けさの中で、ライナはセンフの体を吐息の影に 7 も同胞を愛しているからだ。どこの世界、いつの時代に住む人びとおろした。 をも。愛さなくてはならない。こんな非人間的な分野にたずさわっ 「な・せきみはあのときわたしをとめた ? 」口をもった皺がいった。 ていると、それだけが頼みの綱だ。だから、わたしを許してくれる ライナは殺到する闇のほうへ目をそらした。 ね』それから、彼は干渉行為を犯したのです」 「な・せだ ? 」 委員会の六十名のメン・ハー ことセンターの中に、まだチャンスがあるからだよ」 、このセンターに存在する各種族の代「ここ、 表ーー・鳥人と青い生きものと巨頭人のふるえる繊毛を持ったオレン 「そして、彼らには、外にいる彼らのぜんぶには : : : もう永久にチ ジの匂いとーー・彼らの全員が漂うセンフを見つめた。センフの頭もャンスがないのか ? 」 胴体も、茶色の紙袋のように皺くちゃだった。毛髪は一本もない。 ライナは両手を金色のもやの中に掘り沈めながらゆっくりと坐り 目は鈍く白茶けている。素裸で、きらきらと光りながら、彼はわずそれを彼の手首の上でふるいにかけて、世界の待ちうける肉の中へ かに横のほうへと漂っていった。と、壁のない広間に起こった気まもどした。「もし、われわれでここでそれに着手できたら、そし ぐれな微風が、彼をもとの位置へ吹きもどした。センフは自分自身て、もしこの境界を外へ押しひろげていくことができたら、たぶん を排出にかけたのだ。 いっかはその小さなチャンスによって、時の果てまでたどりつける 「わたくしは、この男に最終流動刑の宜告をくだすことを、当委員かもしれない。それまでは、たとえ一つでも、狂気のないセンター 会に要求いたします。よしんば彼の干渉がほんの数瞬のものであろを持つにこしたことはない」 うと、それがいかなる損害あるいは不自然さをこの交叉時点にもた センフは急きたてられるようにしゃべった。彼の終末は、大股で らしたかは、知る方法がないのであります。彼の目的は、排出機構刻々と近づきつつある。「きみは彼らのぜんぶに刑を宣告したよう を過負荷とし、それによって作動不能に持ちこむためであったと、 なものだ。狂気は生きた蒸気だよ。力だ。それをびんに閉じこめる わたくしは主張いたします。この行為、このセンターの六十種族にことはできる。ただし、いちばん強力な悪霊を、いちばん栓の抜け 狂気の依然として跳梁する未来を与えようとした野獣的行為は、最やすいびんに閉じこめるようなものだがね。そして、きみは彼らを 終流動によってのみ処罰しうるのであります」委員会は空白化し、 つねにそれといっしょに暮らすことにさせた。愛の名においてだ」 冥想にふけった。時間のない時間のあと、委員会は再結合し、代訴ライナは言葉にならぬ声を出したが、すぐにそれをひっこめた。 官の告発を支持した。処罰の要請は聴き届けられた。 センフは、かっては手であった一つの震えで、ライナの手首にふれ た。指が柔らかさと温かみの中に溶けた。「きみも気のどくな男だ ひそやかな思考の岸辺で、パビルスと変った男は、彼の友人であな、ライナ。きみの不幸は、ほんとうの人間であることだ。この世 クロスホ工 /
う物さびしい場所がある。一名妖ヶ原と呼ばれ、洛中洛外では古くある。とすれば浅井、朝倉、織田、六角 : から妖怪の出没する所として知られていた。その日ノ岡から唐草が織田。織田 : : : 穏やかな朝。そうか、言継卿はあの時自分に秘密 内裏へ向う時、ヒは帝を救うために起っとされている。しかしそれの一部を洩らしてくれていたのだ。東から京へ向って来る穏やかな はロ碑 : : : 僧正は今少し詳しく知っていた。 朝は、尾張の織田信長のことなのだ。 それは勅忍宣下の儀式なのである。ヒが皇室の上に位する頃が仮僧正はそう思いつくと一層読経の声を高くした。織田家は当主信 りにあったとしても、それは遠い遠い神代のことである。現実に長の父信秀の頃から勤皇の行いがあり、窮乏のどん底にあった御所 は、ヒは御所の忍びであった。御所が栄え、帝たちが今よりはるかをたびたび救ったではないか。 に攻撃的であった頃、ヒは勅命を受けて東奔西走していたという。 ヒを用いて織田をたてる。これほど適切な処置はあるまいと思え 彼らはその出動に際し、勅忍の宣下を受けたのであった。 た。だが織田のまわりには浅井がいる、朝倉がいる、六角がいる。 帝がみずから世に太平をもたらそうと遊ばしている。そう思うとそして京周辺には三好、松永が蟠居している。果して織田に天下の 僧正は言い知れぬ感激を覚えるのだ。ここまで追い込まれた以上、権をとらせることが可能だろうか。足利将軍の存在はどう処分した それは当然のことのようにも思えるが、それにしても何かしら平和らよいのか。 への曙光がさしはじめた気持になる。 自他共に許す消息通も、所詮信であった。実際の政治となると見 武家の乱妨はその極に達し、去年は遂に三好、松永の闘争で東大当もっかぬ思いで、ただひたすら仏に念じた。働けば餓えることの 寺大仏殿が焼失していた。いっ御所の塀があの輩の砦がわりにされない、理由なく奪われることのない平和な世を願って : : : 義演僧正 るか、それは時間の問題でしかなかった。妖力を持っといわれるヒ はその日まる一日、本堂に坐って合掌をつづけていた。 への勅忍宣下こそ、御所に残された最後の手段である。 永禄十一年の初夏である。 しかしどうやってこの乱世に平和をもたらしたらよいか。 正は諸国大名の強大な武力を考えた。勅忍といえども忍びは忍び。 五 陽動する軍勢があるわけもない。とすれば、大名同志をぶつけ合 、勤皇の志厚い特定の大名を京に迎え入れて天下を平定させるし 梅雨の気配を残す、雲脚の早い夜である。 かない。ヒはどの武将を操る気だろうか。 時折り雲間を洩れる朧な月あかりのほかは灯火ひとつない日ノ岡 「穏やかな朝は、すぐ近くまでまいっているかも知れません」 いま一人の僧が立っている。彼は小さな祠の前にたたずみ、し ヒの司である言継卿がそう言っていた。今の帝の即位礼の費用をばしもどとまることなく流れ去る夜空の雲をみあげていた。地祗の 献じた西の毛利か。御所修理料を差し出した越後の長尾か。いや、呻きにも似た深い杜のざわめきを背景に立つうしろ姿は、まるで時、 二人とも遠すぎる。近い三好、松永は御所に乱妨をはたらく元凶での流れに置き忘れられた者のようだ。 あやし に、 ほこら
れ違う武士たちに、いっ襲われぬとも限らぬからだ。義演僧正も何「まいりましようかのう」 度かそうした武士同志が闘うのを目撃した。天地を慚じ入らせるよすると言継卿はっと足をとめ、含蓄のある徴笑を見せて言った。 うなおめきをあげ、刀槍をふるってやみくもに荒れ狂うばかりであ「きっとまいりましよう。穏やかな朝は、すでにすぐ近くへまいっ る。源平の昔の礼もなければ清もない。敵味方入りまじり、死に狂ておるかもしれませんそ」 いに狂いあっているその顔は、欲というには余りにもすさまじいけさきの権中納言はそう言ってまた歩きはじめた。 ものの貌であった。そして今の世のいくさのおそましさは、轟と鉄 炮が鳴るたびに、ひとかどのもののふが、どこの誰とも知れぬ相手 に額を割られ胸を撃たれ、いとも呆気なく泥に倒れこむことである。 ひとたびは花鳥風月に心を傾けたこともある者が、死ぬゃいなや忘言継卿を送り出した義演僧正は、その去って行くうしろ姿を思い れ去られ、手向けの歌ひとっ送られずに消えねばならないのだ。っ浮べながら、春の匂いの満ち溢れる庭を散策した。 わものの死骸に餓えた土民がむらがり、太刀も槍も具足も、あっと何かが僧正の心にひっかかっていた。それは言継卿の不正の片棒 いう間に盗みとられて素裸の肌に蠅が集り寄って来る。 をかついだ罪悪感のようだったが、次第にその裏側に別な意味がひ ・ : 乱世を思うたび、僧 しゃ終らせねばならぬ。 終って欲しい。、 そんでいる気がしてきたのである。 としてそう考えるのだが、祈っても祈っても乱世は続いている。 「まさか : : : 」 「さて、おいとまいたしましようか」 僧正は急に立ちどまって北の方角を眺めた。東山の山なみと比叡 の山塊が、春がすみの中で重なっていた。山科郷はそのふもとにあ 言継卿が沈黙を破った。 る。 「千七百貫の銭、いったいどうお使い遊ばすのです」 僧正は我にかえって訊ねた。 山科言継は後奈良帝が正親町帝に譲位した直後の永禄二年、権中 「なんの、ただはしから酒の料にするだけのことです。このような納言と按擦使の役をふたつながら飄然と去り、以来気儘な生活を送 っている風流人である。先帝の退位に従って官を去るのはそう珍ら 時勢ではとりたてて贅を尽す欲もありません。飾りたてればかえっ て命までも奪われる世の中ですからな。ただ安逸に死ぬ迄酒を愉ししいことでもないが、先帝時代には殊の外親任されていた言継卿で めればよいのです」 ある。権中納言当時は謹直の聞え高かった人が、六十の坂をこえて 酒仙と聞えた言継卿らしい返事であった。 なぜ急に正倉院の御物など持ち出す気になったのだろうか。 「それはまた言継卿らしい 山科家が代々世襲して来た内蔵頭や御厨司所別当などの役料は、 とうの昔に絶えているから、余程窮乏が耐え難かったのだろうか。 僧正は軽く笑った。二人は立ちあがり、廊下へ出た。 いや、そんなことはあるまい。ひょっとすると、あの開山墨跡は 「その内には穏やかな朝もまいりましよう」 2 2
酔いは、自分の寝ぐらにもどってからまわ「てきた。青い焔石。枚の紙片となる。折りたたまれて、しまいこまれる。は起きあが 0 た。外はもう暑くな 0 ている。は仕事場〈出掛ける。石機械が 8 は今日一日中、ほとんど喋らなかったことに気づいた。人間は、 一生の間にどのくらい言葉を話すのだろうか。このアルセ 0 ナでごとんごとんと音をたててまわりはじめた。不思議なメカニズム。 は、数えられるほどわずかだろう。石の沈黙が、美徳とされている石機械はひとりでまわる。 な・せ。どんなメカ = ズムで動くのか誰も知らない。誰も知ろうと この街では。は、石の寝台に身を横たえて、ねむろうとした。い い夢をみよう。その世界には時間の重圧はない。時間は軽やかに流はしない。風が吹くように、それも自然現象なのだ。粉引場の石日 。丘や街があるよ もそうだ。それはただ、回るのである。ただ : れていくのだ。少なくとも、あのすりへっていく時間はないのだ。 うに、それは在る。太陽が東より昇り西に沈むようにあたり前のこ は眠りに入った。 と、また例の砂時計が姿をあらわした。ここでは、砂時計は世界とである。星辰がめぐるように回転する。石機械は自然と同じこと を支配している。砂時計の時間は世界の時間なのだ。砂時計は世界なのであ 0 た。それ以外ではない。物は上より下〈おちる。水は高 きより低きに流れる。な・せと問う必要はない。太陽が西より東へめ 時間そのものなのだ。砂時計は支配者だ。砂時計の意志によって、 世界は動かされている。砂時計は時間をすりつぶしていた。「ほぐることがないように、きめられている。これが自然なので、全て ら、こんなにすりへらした」とうそぶいているかのように。死んだが調和しているのであると、教えられている。それを乱すことは、 時間が、下の方の透明な壺にたまる。死骸になった時間。まるで、大いなる摂理にそむくことなのだ。人々は、このアルセロナに生ま 死んだ殻虫の殻みたいだ。もう生きている上の方の時間はのこり少れ育ち住むかぎり、これで十分であ 0 た。石機械はレ・ ( 1 を入れる ない。しかし、とめようがないのだ : ・ : ・。夢の中の意識は、醒めきと回わり、外すと止るのであ 0 た。石機械がそれにそむいたことは っている。冷静に、その石鐘楼の砂時計を眺めているのだ。の目なかった は、アルセロナの街の外にあった。上の方の時間が、すっかり無く石機械は、はじめは苦し気にきしみ、それから一定の速度で、ご な 0 たとき、一体何がおこるのだろうか。は好奇心をも 0 て眺めとごとと回わりだした。やがて、日射しが岩のひさしにあた 0 てつ くる影の線が、短かくなっていき、しるしをつけられた場所にくる ている。は虚無と化しているのは憎悪だろうか。嫉妬だろうか。 ときまで、まわりつづけた。それまでに、石が幾枚か切られ、・午前 一切を虚無へひきずりこみたい。あの娘もふくめた、 呪いか : はおわる。いつものように広場に、水売りがやってきて、石工たち このアルセロナの街を。夢の世界に、虚無の風が吹きぬけていく : ・ は水をかい、粉を練って食事をすませると、ごろりと横になって午 目覚める。は、夢の中で果しおえた欲望の痕跡に気づいた。ア睡に入るのだ 0 た。 フ 0 デを自分のものとしたのだ。詳しくは思い出せない。は無意珍らしくは、自分の穴倉にはもどらなか 0 た。詰所は薄暗いま 識の井戸にいそいでふたをする。幻想の世界は光を失 0 ている。一ま、ひんやりとしている。岩膚の部分は、ごっごっとして、ところ