者 - みる会図書館


検索対象: SFマガジン 1972年4月号
219件見つかりました。

1. SFマガジン 1972年4月号

彼は今、戸惑っている。まさに絶えなんとしていたヒ一族を、こ別するか、その境界は明白ではないが、集団としての目的を失って うっしょ のせわしくもはかない現世に呼び戻した者がいたのだ。勿論勅忍の いた一族にとって、中心となっていた一部を除き、ことごとくが里 2 宜下があった以上、それは帝のはからいであるには違いないが、帝者化して行ったのは無理からぬことであろう。 をそうさせたはかり知れぬ力が働いているらしい。彼らヒ一族には しかし、ヒの者の特性がまるまる消えてしまったものでもなかっ そう感じてしまうだけの理由があった。 た。無人の山野を跋渉し、後続する人々への害をとり除く術にたけ たかみなすびのか ヒの者は高御産霊神の直系である。少くとも一族はそう信じて生ていたヒの者は、ヒとしての純粋性を失ったのちも、各地に隠れ里 きて来た。 に類する別天地を拓いて独自の生活を続けていた。彼らの血には奇 よら あめっちはじ たかま 天地の初めて発けし時、高天の漿に成る神の名は、天之御中主形を多発させるものがあったからである。 神。次に高御産霊神。次に : やがて人が増え、そうした隠れ里も里人と交わらねば存続できな 古事記巻頭の一節である。彼らは天地創造以来最高位の神の末裔 くなった頃、彼らは逆にその奇形の異能と、ヒに伝わった山野跋渉 として国土をひらき、その経営を天皇家にゆだねて来たと信じていの特技を利用して、生活を支えるようになった。忍びの者である。 る。ヒ一族の伝承によれば、日ノ岡はまだ遠い西に人々があったと勿論、うち続く戦国乱の世に忍びの利用価値が高まれば、自然 き、彼らの祖先についてはじめて住われた場所であった。それは飛里者もその中に混って忍びを働くことになるが、各地の忍びの長は 鳥も奈良も京も、まだ人影を見なかった頃のことである。 今もってわずかながらヒと脈絡を保ち、ヒを忍びの宗家と仰いでい だがひらくべき国土は尽き、すべての土地に人が住みつく時代がる。 おさ 来ると、そうした先駆としての一族の使命は終り、彼らは衰微して 日ノ岡の闇に立っ僧形のヒは、今それら忍びの長たちに呼びかけ 行った。時折りその異能を発揮して、天皇家の危難を救う役に甘んるため、旅立とうとしているらしい。 じたのである。その役もこの二百年絶えてなく、今は消えて行くさ夜空を見あげていた彼は、やがて意を決したように一歩踏みだし だめとばかり思えたのに、突如この戦乱の世に生きることを要求さ た。しかしそれは道のある方向へではなかった。彼は数歩を動いて れたのである。 古い祠に入った。なかば地に埋り、苔むした石積みの祠に幀りなげ 我々を神が呼び戻した。彼にはそうとしか思えなかったのであな灯火をともすと、彼は正面に飾った古い神鏡を、いたわるように ひもろぎ る。 そっと僧衣の袖でぬぐった。鉄とも銅とも見えるその鏡は、神籬の ヒの者は一族以外の人間をすべて里者と呼ぶ俗を持っている。そ具としてどこの社にもある物のように見えたが、実は中央部へゆる して今、ヒ一族はごく少数が残っているにすぎない。それは天皇たやかに凹んだ凹面鏡であった。肉は薄く、背面には精緻な紋様が刻 ちの裔が各宮家となり、更にその裔が階級を下っていっしか庶民のまれていた。だがその幾何学的な紋様に何らかの意味を見出すこと おさ 間に入り混って消えることに似ている。何をもって里者とヒとに区は、ヒの長である彼にすら不可能であったろう。なぜなら実はそれ

2. SFマガジン 1972年4月号

「ああ、それをいわないでください。でもわたくしは矛盾して いものなのでしよう」 いるのね。知ろうとする知的な好奇心と、知るまいとする恐価心 2 「そうです。この世にあっては、いけないものなのです」 「とすれば、彼らはどうや 0 て、それをこの世に在らしめていたのと。火にとびこんで焼け死ぬ蛾共のように、わたくしは矛盾をおか している : : : 」 でしようか。どんな方法で : : : 」 「わたくしたちの祖先もきっとそうだったのでしよう。知的な欲求 「わかりません、まだ」とはいった。対話に熱中していたために にひきずられて、闇の力を解放してしまった ! 」 気づかなかったが、女皇は、その席にのすぐ傍まで近寄せてい 「ああ、そしてわたくしたちも、いま同じことをしようとしている た。日射しはあくまでも明るい。ガウンが透き通って、覆うものの カ彼女は気づきのですね」 なくなった裸身が、の前に浮きあがっていた。・ : 「そうです。が、もはや後もどりはできません。陛下」 もしない。あたかも、世界の本質が、いまそれをおおいかくしてい 「それはなぜ」 たものを透明化して、真実を現わそうとしているように。 いえ、お前は、知 0 ているのです。おそれはしません。教えて「砂時計は、その流れを早めているからです。誰にもとめることは できません」 ください」 「お前は、知りすぎています。砂時計とこのアルセロナ。そして、 は、無意識の中におしこめられているその真実を語りかけた。 石鐘楼の黒い石。この街の創始者たちが、封をしてしまった全ての 「あの砂時計が : : 、・」 ことを、お前ははじめて解きあかしてしまった。 「あの砂時計が何かを意味しているのですか」 しいえ、決してわたしが、始めての人間ではないのです。わたし をしいかけて口をつぐんだ。 「あの砂時計は、おそらく : : : 」、 「いずれにしろ、アルセロナの命はおわろうとしているのです」と同様、わたし以前に口を封ぜられて地中の牢獄に閉じこめられた者 たちは、みな知ってしまった者たちだったのです。世界の秘蹟をか しい直した 0 い間みた者のことです。秘義をおかした者とは、砂時計の秘密を知 「嘘」彼女の声は、強かった。「それを申してはいけません」 り、石の秘密を解き、そしてこのアルセロナの命運を知った者たっ 「お許しください、陛下」 たのです」 、え」女皇の心は乱れていた。また声は弱々しくなっていた、 「そして、その命の尽きるときは : : : 」 「、わたくしはこわいのです。予感しておりました。減亡の日の まちかいことも。そう、何もかも。わたくしも、お前と同様、アル 「わかりません。すぐあとかもしれません。もっとあとかもしれま せん。が、そのときは必ずいるでしよう」 セロナの命を感じていたのです」 「では、なぜ陛下は、わたしをここへ呼びよせたのですか。石の秘「抱いてください。」 破減への恐怖が、彼女にとり乱したのであろうか。感情の高ぶり 密を解けと命・せられたのは陛下です」

3. SFマガジン 1972年4月号

らかしてそう言い歩いた。 「そうじゃ。くつぎりと東へつきささったようじゃったわい。それ - 」とま だが、異国の語ども聞ける二人のうたも、一句一句よく書き留めで、随風さまのワタリとは : : : 」 ひもろぎ ればこの国の語であった。しかもそれは、古く古く、恐らくは神代 「ヒの神籬から神籬へ、心に念じただけで百里千里をひととびにす やまとことば に近い頃の言いようで述べられる倭語たったのた。 るすべじゃ」 さみたまくしみたま 幸魂奇魂 「百里千里をひととび : : : では好きなところへ行けるのじゃな。そ くもった しろかねやまっ 雲伝ふ白銀の矢奉れ のワタリとか、俺にもできようか」 ひむかしなすびのやま 東の産霊山の上に奉れ 「させるとも。白銀の矢が見えたからには、明日から早速ワタリの もものたなつものな 百穀成る 稽古じゃ。飛鹿毛も猿飛も、百済寺の小鹿も、みなこの飛地蔵で儂 いえっ ひつぐ 家給ぐ日嗣 が育て、ワタリを教えて送り出したものじゃ」 あめのしたたいらぎ 天下太平なむ 「早う覚えたい」 われしろかね 飛稚は。ヒョンビョンととびはねて言った。 「飛稚よ。汝は白銀の矢を見たのじゃそ」 すると飛稚は、呀ツ、と言って両肩に置かれた権爺の手をふりほ どき、その手をつなぎ合って躍りあがるように叫んだ。 「そうか、あれが白銀の矢か」 「よう言いきかせてあるように、われらヒの者は昔このうたを謡う湖の向うに陽が昇り、道に人影が動きはじめていた。何を獲る舟 て、東へ東へと移って来たのじゃ。その頃のヒの者は、おとなにな か、朝靄の湖面に遠い船影が漂っている。ぐおおん : : : と叡山の鐘 れば十人が十人、今の汝のように白銀の矢が飛びまいらせるのを見が鳴り、飛地蔵の森あたりに、群れた鴉が啼き交している。 ることができたということじゃ」 比叡山は三塔十六谷にわけられ、俗に叡山三千坊といわれる程多 「権爺はやはり見えんのか」 くの伽藍、山坊をかかえ持っている。京の鬼門に当るとされ、この 飛稚は少しがっかりしたような声になる。 時代をさかのぼることおよそ八百年以前、伝教大師によって延暦寺 「見えいでもヒの者はヒの者じゃ。儂のほかにもヒの者で白銀の矢が開基されたとある。しかしその更に以前から、ここが神の地であ ったことは疑いもない。 日吉神社の神体山山頂には、金大巌と呼 が見えぬ者は大勢おった。珍らしいことではない。したが飛稚、こ いわくら ばれる古代の磐座が存し、往古の祭神の奥津城とされるその附近の れからは昼も侭も、折りにふれ白銀の矢を見るようになるそ」 おついわむらいわさか 「白銀の矢とはいったい何なのじゃ」 五百津石村の磐境なるものは、明かに古墳群である。 「いま飛稚が見たのは多分随風さまのワタリじやろう。太くはっき そして比叡も日吉も、古訓はひえである。ひえの意がヒとどうか りと飛んだらしいでな」 かわり合うのか、すでにたずねようもない。しかしヒは、ここを古 まっ こがねのおおいわ 0 3

4. SFマガジン 1972年4月号

ひもろぎ くから子弟の養育地としていたようである。 据えて言った。権爺はそれを三角形に配置し、「こうすれば神籬と ひもろぎ ヒという神族の裔の不思議のひとつは、母がないことである。ヒ なる , と教えた。里者が神籬を言う場合、それは神降りする聖所 に、常磐木、玉垣などをめぐらせ、仏法で言う結界をつくることで はすべて男であり、女は全く存在しない。ヒの婚姻を強いて言え つまど ば、妻問い、である。完全な訪問婚のかたちをとり続けている。天ある。神の依る樹木、岩石、井泉などがその対象となり、臨時に神 しめなわ 柱をたてて注連繩を張り、中央に楙などを立 地創造の折りに生じた神の末裔とあれば、それもむしろ当然であっ霊を招請するには、、 たかも知れないが、祖先の祭祀に婦が加わることを認めない掟なのてたりもする。だが、権爺の言っている意味は少し違うようであ ひもろぎ である。彼らは一族以外の者を、里人、里者と呼び、必要なときそる。どうやら上の神籬とは物理的なカ場のことらしい。 の里者の婦を任意に選んで情を通じていた。それはあたかも渇きを「神籬を作ったなら、次にその中に入り、背筋を伸ばし両足を揃え 最寄りの泉でいやすのに似ている。そして孕めば男児のみを攫うよて立つ。よいかな」 うに連れ来り、一定の養育地に置いて成人を待ったのである。 「こうか」 そこがひえである。従って血縁的な兄弟の観念は薄く、かわりに可飛稚は権爺のまねをして姿勢よく直立した。陽の光で見れば、十 一「三の少年である。容貌は公家の子にも珍らしいほど、すずやか 朋の意識で結ばれていた。 恐らく上古ヒの盛時には、この比叡の山はヒの子供のみがかけまであった。 わる別天地であったに違いない。ひえの周辺に里者が住みつき、増「よそごとを思わず、ひたすら行きたい場所を念ずるのじゃ」 飛稚はしばらく目を閉じて考える。権爺がその両手を合せてや え、やがて神秘な一族の別天地は崇められて里者の聖地となった。 八指を伏せ、二指を外へ揃えて立たせる。 : ・考えてみれば、延暦寺開基以来、この地が多くの学僧を呼び集 め、一大文教地区に変貌して来たのも、ヒの養育地としての遺産を「だめじゃ。行先は判らぬわ」 飛稚が言うと権爺は哄笑した。 うけついだ為と思えないことはない。 とこへでもというわけに 「まだよい。今日は形だけじゃ。したが、・ その証拠かどうか、叡山の数多い坊舎で僧たちの勤行が始る頃、 飛地蔵でも飛稚の教育が始っていた。ただし、僧らの学ぶのが仏のは行かぬそ。先きにこれと同じ御鏡が無うては」 「それなら知っておる。いっか権爺に連れて行ってもろうた大和の 教えであるとすれば、こちらは神の道である。 教師である権爺が飛稚に対して神の道という時、そこにはいささ百済寺じゃ。あそこで小鹿にこれと同じのを見せてもろうたそ」 かの抽象理念も混ってはいない。文字どおり、往古の神が用いた道「そうじゃ。百済寺にもある」 のことである。 「ほう・ほうにあるのか」 「おうともさ。ワタリを覚たらそのあとは諸国の神籬の場所を知り 「、、伊吹じゃ」 権爺の講義に余分な飾りはない 9 いきなり地蔵堂に三種の神器をに旅をせねばならぬのじゃ。その場所へ行き、けしき、たたずまい 3

5. SFマガジン 1972年4月号

僧は、ふたたび深くうなずくと、またを凝視した。それから、 回廊へつづく小路をもどっていった。 は、石版をもとの位置にもどした。石の椅子に腰をおろすと、 逢瀬の数がたび重なるにつれて、もはや、二人の秘密はかくしおアーチに縁どられている空を眺めている。は幻視する。その彼方 を。 おせなかった。 小路をたどりながら、二人の来客が語っていたつぶやきを、は アルセロナを司る高位の者たちによって、何回もの会議の開かれ 知らなかった。 ていたことを、は知らなかった。 「なんと思われます。最長老殿」 かぼそい声が尋ねる。「その若者とは、身分あるものなのか」 「おお、軍長官殿。そなた、あの若者の相貌が持っ特徴に気づかれ 別の声。「いや、そうではない」 また別の声がいった。「あの賢明な女皇がそれを望むなら、我らましたか。あの高貴の顔相には、思いあたるふしがございますのじ とて反対する理由はないのだ」 「どこそ、王家の血筋を引く者でしようか」 「しかし」陰うつな声がいった。「我らが王として選ばれる以上、 「まさに然りですわい、長官殿。あの若者こそ、我らが伝説の王 それにふさわしい者でなければならない」 一種の困惑が、いつも会議の空気を支配していた。誰もが、裁断家、大洋に没しさった古代帝国の王家の直系子孫でなくて、誰であ りましようや」 を待っていた。誰かが、その役目を引きうけねばならなかった。 まもなくある日、のところへ二人の来訪者がやってきた。一人 は軍長官で、齢をかさねて一本の小枝のように思える白髪の僧を案そして以来また、日々が過ぎ去っていた。全てが過去の所有する 内していた。 ものとなる。だが、不変のアルセロナにとって、昨日も今日も明日 僧は、の顔を長い間、じっと眺めていたが、深くうなすくと尋も、同じであるといえるかもしれない。未来には何んだろう。この 街にとって何を意味する言葉だろう。 ねた。 あかし ただ、唯一の証のように、それが石切場で造られていた。幾重も 「石の秘密を解かれたそうじゃな : : : 」 の足場が、組みあげられ、そこだけが石工たちの活気に満ちてい は、うなずいた。 あかし た。空とぶ石機械は、その輪郭をとりはじめていた。その石切場の 「拙僧に、その明証をみせてくださらぬか」 大岸壁からきりとられた巨大な石碑に、むらがるように石工たちが は、指さした。 のみをふるっていた。 部屋の片隅の宙に、一枚の石版が浮んでいた。 女皇は、あの日、彼の作業場を訪れたときのように、黒いマント 「おお、これは : ・・・こ 3 230

6. SFマガジン 1972年4月号

「おだやかな朝は、すでにすぐ近くまでまいっておるかもしれませなど、わずかな乗用の例しか残されていない最高位の車であった。 ん」 「たしかに従者は一人もおらなんだろうな」 別れぎわ、そう言い残した言継卿の言葉が耳に残っている。 訊ねられた者は、僧正の余りに鋭い語気に気おされ、堅くなって そうか、ヒが動くのか。 : 僧正は、いにパッと灯がともった思い 「ハイ」と答えるのみであった。 になった。一瞬の内に千里を駆け抜くと言われ、神々の力をそのま「その車、南からまいったと申すか」 まうけついでいるとも言われるヒを、いま言継卿が動かそうとして「そのようでございます。いっとはなし都大路を進んでおりました いるのであれま、 ーいかにもその言葉のとおり、戦乱の世は終り、太とか。たしかなことは判りませぬが、三条あたりで見た者のことば 平の朝が近いに違いない。 では粟田口から入りましたようでございます」 平和が来る。僧正はそう思うといつの間にか合掌していた。 「ではまさしく : : : それで御所へはどう乗り入れた。乗り入れたの であろうな」 なかへ 四 「ハイ。中の重の門まで入ったそうにございますが、そのあとはど うなりましたやら、誰も見た者がない由にございます」 六月の末、北野天満宮の御誕辰祭が終り、京の町の神社はそれそ「入ったか。そうか、入ったのか」 みなづきはらい れ六月祓の準備に入っていた。 僧正は躍りあがらんばかりであった。 すでに蚊柱が立っ宵、都大路にひとつの妖異が起った。近頃では 「承明門があかあかと火に照らされ、中にはどうやら大篝火が焚か ぎっしゃ こしぶさ 絶えて見ることのない華麗な牛車が通ったのである。廂、腰総にはれていたと申します」 檳榔を葺き、上葺も同じ檳榔で唐様の揶風にしてあった。簾は錦べ 「そうじやろう。そうでなくてはかなわぬ」 ふせんりよう りで紫色の綾がその裏にのそいていた。下簾は蘇芳の浮線綾に唐草この頃京で最大の消息通と言えば、十人が十人この義演僧正を指 を金糸で縫いとり、ところどころに黄金色の金具が光っていた。 さした。この初夏の宵、京の町に起った異変の真相をうかがい知る ことの出来る者は、恐らく三人とはいなかったであろう。僧正は直 車は巨大な黒牛にひかれ、しずしすと南から御所へ向って行った が、奇怪なことに牛を引く従者一人見えない。人々はほのぐらい宵ちに本堂に灯明をあげさせ、本尊弥勒菩薩の坐像に向って念じはじ めた。 の道で、唖然としてその遅い歩みに見とれるだけであった。 醍醐三宝院の義演僧正は、翌朝その墫を聞いて顔色を変えた。実ヒは実在したのである。昨夜の怪事は何よりも雄弁にそのことを 証明していた。 際にそれを目撃した者を呼び寄せ、詳しく牛車の形態を詛ねた。 からぐるま 「唐車じゃ : 山科郷へは三条から粟田口へ出る。道はそこで東山の山あいへ入 僧正は驚いて叫んだ。平安の盛時以来、天皇、東宮、摂関、勅使 り、急に南へ下る。その道が山科のあたりへ出る直前に日ノ岡とい かがり 4 2

7. SFマガジン 1972年4月号

連載劇画 / ヴ、気・第ホ回「 = ・を ' 新。・幻魔大戦 ミュー , ダントお日寺 ) 第←早 切支丹宗門は累年御禁制たり。自然と不審 こほうび たる者あらば申出べし。御褒美として、 一、ばてれんの訴人銀子二百枚 一、いるまんの訴人銀子百枚 一、立かえり者の訴人同断 一、同宿並宗門の訴人銀子五十枚 、、第 ~ 2 右の通り之を下さる〈し。たとい同宿同門の内 たりというも申出るものにより銀一一百枚之を 下さるべし。隠しおき他処よりあらわるる に於ては、その所の名主並に五人組まで 一類共に厳科に処するべきもの也。 これ も、つしい、 ぎんす 、・石森章太良十平井不ロ . 正 9

8. SFマガジン 1972年4月号

な位置を知る者は、ほとんどおりません。外部の者たちにとってごらんなさい。迷路状のこの街の有様が、ここからは手にとるよう にわかるではありませんか。それだけでも、この街の防備力は半減 は、わたしたちの都は、きっと幻の都として思われているにちがい ありません。ですが、この広大な岩砂漠の中にある都の存在をおもしてしまいます。まして、敵兵が、もしこの塔上に占領したら」 いだして、ときには侵略の手を伸ばしてくることもあるのです。そ「しかし、どうやって。鳥でもない人間に、そんなことができるは んな例は、過去にも幾度かありました。でも、その都度、アルセロずはありません」 ナの市民たちは、この難攻不落の街にたてこもって、優略者を撃退「 : : : 」と女皇はいった。「さきほど、お前を案内した奴隷の装 身具をみましたか」 してきたのです」 「そのことは、知っております。学寮で教えられたことがあります「はい、みたことのない白っぱく軽い金属が腕輪に」 「あれは合金というものです」 から。わが街の市民たちが、勇敢に闘い、この平和な街を守りきっ 。アルセロナの持っ科学「合金 : : : ? 」 たことを。それからこうも習いました : 「そうです。この地方ではつくれません。しかし、あの女の生まれ 力は、少数の市民で、数十倍の大軍を撃破したことや、やがてその た国では、製造されているのです。あの女はいっておりました。地 大軍は、飲み水を得られなくなって退却したことや : : : 」 「そうです。このアルセロナの唯一の水源は、この宮殿内にありま中の鉱石を、ある方法で精錬し、ある方法で結合させてつくるのだ す。過去にあって、幾つかの外敵が、幾万の大軍をもってしても、そうです。非常に軽く、強く、そして黄金のように薄く引きのばす 攻めきれなかった一番大きな理由は、そこにあるのかもしれませことができるのだそうです。この材料を利用して、その国では、し ん。ですが、」女皇はちょっと言葉をきった。「もし強大なま、鳥のように空をとぶ大きな乗物を発明しようとしているそうで 国家が、出来たとしたら。そして、もし、優れた科学力と技術と、す」 、お前が「まさか」とは信じられないというようにいっこ。 それを支える財力を持った敵が現われたとしたら・ : 「わたくしもそう思いましたはじめは。しかし、よく考えてみる もしこのアルセロナを攻めるとしたら、どんな方法をとりますか」 「わたしなら」とはしばし瞑黙していたがこたえた。「この塔のと、そういう乗物ができるかもしれないと、思い直したのです。そ 水源を真先におさえる方法を考えます。たとえば、空から襲撃しまして、もしそのような空中機ができたとすると、このアルセロナは ひとたまりもありません。それで、わたくしはひとりで研究をはじ す。でも、そんなことは、不可能ですね」 「いいえ」と女皇は、さわやかな声ではっきりといった。「ありうめました。統治者として、あらゆる可能性を考え、対策をたてるこ ることです。でも、お前はよくそれに気づきましたね。わたくとが、市民たちの義務ですから。むろん、僧院側は、わたくしの提 しも実は、そう考えたのです。もし、わたくしが敵の立場だとする案を理解できませんでした。彼らの頭は、古いものによって縛りつ と、やはり空からこのアルセロナを攻める方法を考えるでしよう。けられています。石への依存によって、数千年生きてきた考え方か 幻 4

9. SFマガジン 1972年4月号

「とても信ぜられません。認識する者が、砂時計の時の流れの中にで静かに燃えるろうそくの石の焔がゆらめきながら、わたしの無意 あるかぎり、誰にも気づかれるはずはないのです」女皇は尋ねた。識に話しかけました。そうすることが、一番よかったのだというこ 「いつのことですか」 とを。お前がアフロデを得たら、彼女を失った以上のものを失うこ 「さあ、よく覚えておりません。おそらくずっと前、子供の時分とになったのだ、ということを。そしてろうそくの石の焔が、その に・あの石鐘楼の下で、石蹴りをして遊んでいた頃から。ただ、わ明証としてか、教えてくれたのです。時の秘密を : : : 」 「時は、その力をたくわえて、徐々に早くなっていることを、です たしは、はっきりとそれを意識していなかっただけなのです」 「では、いつ、はっきりと気づいたのですか」 ・カー 「わたしの愛する者が : 、いいえ、愛していながら意識の下へし「陛下も : : : 」とは目をあげていった。 りそけていた者が、別の男のものとなった日より、そのとき、わた「あなたも御存知だったのですか」 しは、知ったのです」 「ええ」寝椅子の上ののびやかな姿態が動いて、上体がおきあがっ 「もっと詳しく話しなさい」と女皇は、身をのりだしてきいた。 た。「わたくしをふくめて、一部のものはすでに知っておりまし は、一言一言、考え考え話しているように話しだした。「 : ナしいえ、もう何千年も前からですが。世界がそこへむかってい わたしたちは、愛しあっていました。お互い、二人がまだ幼なかつることは、わかっておったのです」 た頃から魅かれあっていたのです。そして遠くから彼女を眺めた「どうして、わかったのでしようか」 。わたくしたちの遠い先祖、このアル り、想うとき、わたしの心は、その感情でみたされていました。ア「科学のカです。大昔の : フロデもそうだったと思います。でも、お互いが魅かれあって、あセロナの創始者たちの所有していた、ひとつの式によって解きあか る一線以上にちかづこうとすると、もうそれ以上ちかよれないのでされたのです」 す。わたしたちのお互いの心に、引力ではない、斥けようとするカ沈黙が、不思議な効果を、そこにつくりだしていた。世界の秘密 が働くのです。何か、お互いに近づけまいとするような、ある超越を知っている同志の、それは友情なのであろうか。やさしいまなざ 的な力が作用したとしか考えられません。意識の底の闇のカでしよしが、の上にそそがれた。は、それを受けとめた。白いアーチ うか。天の摂理がそうさせるのでしようか。あのわたしを悩ませてを吹きぬけてきた風が、彼のまわりに来て、とまった。は感じて いた砂時計のせいでしようか。彼女がこし入れして、本当にアフロ いた。自分がそこで虚無となっていることを。停ってしまった風 が、彼の体に浸みいった。砂時計の時のように。 デを失ったのだと、わたしが感じたとき、わたしはあのことをはっ きりと悟りました。強くひかれるある力の作用によって、わたしは女皇がいった。「お前のことは、色々と調べさせてもらいまし 石鐘楼へ参りました。以来、毎日、多くの時間をあそこで過ごしてた。学寮では技術学で抜群の成績をおさめたそうですね。お前はど いました。もうその頃には、わたしにはわかったのです。基石の上うやら、わたくしの探がしていた若者であるようです」 幻 2

10. SFマガジン 1972年4月号

「見知らぬ同志では好き合えん。死人同志も好き合えん。生きて知も信長に使を発していた。ふたつはひとっ源から出た動きである。 ・ : それには長い月日が義昭は越前朝倉家の諒承のもとに一乗谷を発し美濃へ向ったので 3 り合うて、ことばを交えずばなるまいが。 ある。七月十六日には近江の浅井長政の館に迎えられ、そこを二十 要るぞ。知り合う前も、知り合うてからも」 「そうじゃ。ずっと生きておらんでは知り合えん。知り合うてもす二日に出た。かつぎあげれば天下の権を握ることさえできる足利義 : ・でも今夜の権爺は面白いことを昭は、これら強剛の間では一種の利権の種でもあった筈なのに、何 ぐ死んだのでは好きになれん。 の問題も出ず順送りに新興の織田へ送り渡されている。 : : : 随風ら 聞かせる。何やら当り前のことばかりじゃ」 ヒの高度な政治的活動があったに違いない。 飛稚は闇の中でクスクス笑った。 「大切なのは作物や家ばかりのことではないということじゃ。作物 も家も人も、みな長い時がかかっておるということじゃ。時ばかり 十 は二度ととり戻せん。戦に勝っても戦に敗けても、時を失う。宝を : ヒのうたにあろうが」 失う。おろかなことよ。 その日、足利義昭は五百余人に警護されて昼すぎ西 / 荘の立政寺 へ入った。勿論権爺も飛稚もその行列を見物しに行った。 権爺は寝たまま低くうたいはじめた。 もものたなつものな 百穀成る 「何じゃ、つまらん男よ」 ひつぐ いえっ 家給ぐ日嗣 権爺は馬に揺られて来る足利義昭をひと目見てそうつぶやいた。 あめのしたたいらぎ 天下太平なむ しかし飛稚のほうは、一行の光頭に騎乗している明智十兵衛という あめのした 「ヒは天下をたいらけくするために働いて来た。ヒの者は人を殺め人物を見て、天地が逆さになる程びつくりしていた。 る術を用いんのじゃ。争いには逃げるのみよ。よいか飛稚、くれぐ 秀でた額。整った眉目。ゆたかな耳朶 : : : 随風と瓜ふたつであっ れも争うではないそ。このたびのように、一度ヒが働きにかかった 「権爺、権爺」 からには、必ず戦をおさめさせねばならぬ : : : 飛稚、睡ったのか」 飛稚は低声で呼んだ。 闇の中に軽やかな寝息が聞えていた。明日は二十二日。細川藤孝「何じゃ、血相を変えて」 「あれは随風さまか」 と明智十兵衛が、足利義昭と共にこの西ノ荘へやって来るという前 の晩のことであった。 すると権爺はニャリとした。 信長が美濃を平定した時、京の御所の方針はきまったようであっ 「里者なみに言えば随風さまの兄者じゃ」 た。正親町帝は直ちに勅書を発し、美濃・尾張の御領地回復と幕府「随風さまの : : : 」 たね の再興を命じている。同時に越前一乗谷にあった前将軍の弗、義昭「ヒの長はひとっ胤の者のうち、いちばん下が継ぐきまりじゃ。明 しひと あや おさ