たの。かれ、とてもきれいな宝石細工をいろいろっくってるのよ。 : てたんだ ? 」 にやと ) ところがそのうち、あたしにふざけはじめたの。でもあたし、じっ ーティーだよ。心配するな。スーならこのとおりぶじに連れも 2 のところーー・あの目でしょ ? それでなんとかかれの頭を冷やそうどしてやったから」 としているところへ、。ヒットがはいってきたってわけ・ : : ・」彼女は スコットはこぶしで鼻をこすった。「愉快だったか ? 」 ポーチを見わたした。「あの、墜落したってひとだけど : : : お医者「社会学的に興味深々ってところだね」 さんへ連れていったの ? 」 「へえ ? 」かれは肱をついて半身を起こした。「な・せ起こしてくれ わたしはうなずいた。 なかったんだ、え ? ーかれはひっそりと自分のハンモックに坐って 「それ、あの赤毛のひとでしょ ? 命に別条なきゃいいんだけど」 いるスーをかえりみた。 スーはそっと首を振った。「かれ、あたしにレモンをくれたのよ」 「十五分間も揺り起こそうとしたんだ・せ。だがそのつどきみは、お フィデッサがわたしの肩ロのところに姿をあらわした。「山を降れに。ハンチをくれようとした」 りたいの ? 」 「ほんとか ? ーかれはまた鼻をこすった。「嘘をつけ ! 」 「ああ」 「まあ気にするなってことよ。おやすみ。スー、おやすみ」 「じゃあそのサイクルに乗ってらっしゃい。持ち主はなかで酔いっ ぶれてるわ。明日になったらだれかに乗せてもらって、とりにゆけ自分の部屋へもどったわたしは、やがて記憶のなかの″ほうきの 。しカら」 柄″の爆音とともに、うとうととまどろみに落ちていった。 それから・ーーー半時間も経ったろうかーー・わたしはほんとうにター 「ありがたい」 ビンの音で目を覚ました。一台のサイクルが《モンスター》の屋根 ガラスの砕ける音がした。だれかがヘイヴンの窓のひとつに、な のそばまで飛んできている。 にかを投げつけたのだ。 ポーチの向こう端で、パーティーはいまや乱痴気騒ぎになろうと滑走音 : していた。その台風の目のなかの静かな一点から、ロジャーがわた訂正ーー・着陸だ。 手ばやく銀の服を身に着けると、わたしは長いテラスに出た。そ したちを見まもっていた。 フィデッサはちらとそちらを見たが、すぐにわたしの肩を押しして屋根を見あげるために左へ目をやった。 て、「さあ、いらっしゃい」とうながした。わたしたちは白く光る どすん、とテラスの右のほうで音がした ダニイがとびおりたときのショックから立ち直ろうとしていた。 川をめあてに、傾きつつ峡谷をすべりおりた。 スコットは片目をあけて、ハンモックのふちからそばかすだらけ無傷なほうの目がせわしなくまたたいた。もういっぽうは、ただの ・ ( あくびまじりでむにやむこぶし大のぐちゃぐちゃした影だった。 のしかめつらを突きだした。「どこ :
グアナ》はおもに南極大陸やホーン岬のあたりを嗅ぎまわりながら「肩が痛いわ」 ( わたしは眉を寄せた ) 「たいしたことじゃないの ドレーク海峡近辺を流してあるいている。しばしばわたしは夜遅くよ、べつに ( 溜息 ) 働けないってほどじゃないわ」 までオフィスに坐り、冷たい南の風が天窓に荒れ狂うのを見ながら「それはよかった」 「・フラッキイ、ゆうべの騒ぎはなんなの ? あたし、二度ばかり目 追憶にふけることがある が覚めたけど、そのたびにライトがついてるのが見えたわ。またメ ひとっ忘れていた ノイベルがみんなを作業に追いだしでもしたの ? のちに、わたしはロジャーの死体を見にいった。それはケー・フレ のそばに倒れていた。わたしたちは《ヒ 1 ラ・モンスター》にかれ「なんでもないんだ、ス 1 。それよりも、埋めちまうまで溝には近 づかんようにしろよ。ゅうべあそこでちょっとした事故があったん を埋葬させるつもりだった。 指輪は溶けてしまったものとわたしは思っていた。だが、ひどく 焼けているの・は手だけだった。わたしはそれを抜きと「て、溝を出「な・せ ? べつになにもーーー」 「これは命令だ」 た。盛り土の上にの・ほったとき、向こうの藪と木の幹のあいだでな 「あら。よ、 をし、かしこまりました」 にかが動いた。 彼女は驚いた顔をしたが、なにも訊こうとはしなかった。わたし 「。ヒットか ? 」 はなかにはいり、出発の用意をしているメイベルを手伝った。 彼女は走りでてきたが、すぐまた気を変えて、茂みに駆けもどっ わたしは指輪を保管しておいた。 「これをダ = イに返してほしいのかい ? 」わたしは指輪をさしだし転任のあと、わたしはそれをはめた。 いまもこの手にはめている。 そしてしばしば、チベットの冬のことを思いだすのとおなじくら 彼女は進みでようとして、わたしがさしだしているものを認め いたびたび、あのカナダ国境に近い十月の山のことをわたしは思い こ。はっと息を呑む声がして、彼女は身をひるがえし、森の奥深く うた だす。太陽が無常の詩をうたい、天使らがいまは足を踏みいれるこ 走り去った。 とを恐れているあの山。そこでは、今日もなお、木々は芽吹かず、 わたしは指輪をポケットに入れた。 : 、・、レ風は吹きわたらず、あわだっ峡谷のみがひとり泡を吐きだしつづけ ちょうどそのとき、寝足りた腫れ・ほったい目をしたス 1 カ , ノ ているという。 コニーにあらわれてあくびをした。「おはよう、・フラッキイ」 「やあ。気分はどうかね ? 」 「なぜ ? べつになにもーーこ 彼女は腕を屈伸させた。 232
の手首の片方をつかんで、前へ引きよせた。笑いはまだ彼女の面にろうとしている。そしてそのどっちが勝っか、あたしにはわかって 残っていた。そしてわたしたちは、彼女は面白がり、わたしは不思るつもりよ」 「おれはわからんね。 議がりながら、たがいに見つめあっているおたがい同士を見つめ 彼女は自分の膝を見つめた。「それにあたしはもう若くもない。 ほとほと疲れちゃったの、このエンジェルたちの仲間にいること 「いったいどうしてこれほど友好的になったのかね ?. わたしはた に。あたしの世界はばらばらになろうとしているわ、・フラッキイ。 ずねた。 頬骨の高い彼女の顔が、思案げな表情になった。「それはたぶんあたしはロジャーを手に入れた。なぜサムが負けたのかもわかるよ あたしに、よりよいものを見分ける力があるからでしよ」 うな気がする。でも、なぜロジャーが勝ったのかは理解できない。 きたるべき戦いでは、あんたが勝って、ロジャーが負けるわ。それ 「『よりよい』 ? 」 「よいの比較級よ」彼女はわたしの隣りに腰をおろした。「この世もあたしには理解できないの、ぜんぜんねー の中で、カがどういうふうに配分されてるのかあたしは知らない 「それは、このおれの長い銀色の腕にあんたを抱きとって、こうい ったすべてのものから連れ去ってくれという要求かね ? 」 わ。二人の人間がぶつかりあったとき、カのあるほうが勝つ。サム と知りあったとき、あたしはまだほんの小娘だった。かれが強い男彼女は眉を寄せた。「ヘイヴンへ降りてちょうだい。 ロジャーと話 だと思ったから、あたしはかれのものになった。これ、あんまり無してほしいのよ」 邪気すぎるように聞こえる ? 」 「戦いの前夜、両軍の将軍が会見する。かれらは、戦いがいかに当 「はじめはね、たしかに。だが考えなおしてみるとそうじゃない」事者全員にとって最悪の事態を意味するかという点で、意見が一致 「かれは、徹底的に社会に反抗して生きることを主張したわ。これする。にもかかわらず、かれらがけつきよくは戦場にいでたつだろ は : : : 力を必要とする」 うことを、だれもが知っているのだ」 彼女はいぶかしげな目つきをした。 わたしはうなすいた。 「けつきよくかれが最後には負けたのかどうか、あたしにはいまだ「引用だよ」 にわからないの。あるいはたんにロジャーが、より以上の力を持っ 「行って、ロジャーと話してちょうだい」 ていただけなのかもしれない。でも、あの二人が戦う前に、あたし わたしは立ちあがって、森のなかを引き返した。五分ほど歩いた は心を決めていた。そしてけつきよくは正しいほうを選んだってわろうか、ふいに 「プラッキイか ? 」 け」 「あんたはばかじゃないよ」 わたしはとある樫の木のそばで足を止めた。その木の根っこに ・「ええ、そのとおりよ。でもここに、またひとつべつの衝突が起こは、大きな岩が食いこんでいた。このような岩層であまりに木が大 2 に
トの張出しからとびだすのより、発着台としてはなん・ほかましかしをはねあげて、その下の裸の腹を黒い爪でぼりぼりと掻く。かれの れない ) 。そのうち一台がラックからはずしてあって、ひとりの男胸にとぐろを巻いた竜が、鉤十字のまわりで翼をはばたいた。 : かたわらにひざますき、まわりにモーターの部品を散らかしてい わたしはサイクルを左側へ降りた。ロジャーは右側へ降りた。 だれかが言った。「なんなの、その男 ? 」 る。べつの男が腰にこぶしをあてがい、そばであれこれと指示を与 数人の男が肩ごしにうしろをふりかえってから、道をあけた。だ えている。 からわたしたちにもその声の主が見えるようになった。 わたしたちは峡谷の上を旋回した。 三人目の男が、手をひたいにかざしてわたしたちを見あげた。もその女は、こわれた壁の横手、朝日をはねかえしているぎざぎざ う一組、これは二人連れが、プールのふちで足を止めた。ひとりはのガラスのそばに立っていた。 女、ビットだった。さっきロジャーと下の道にいた娘だ。 「全世界動力委員会から来た男だよ」ロジャーは親指をわたしにつ きつけた。「連中はこの山の下にパークしている」 「ハイ・ヘイヴンか ? 」 「なに ? 」。フテラサイクルの音はやかましい。 「どこから来たか知らないけど、さっさと消えてなくなれと言って おやりよ」 「あれがハイ・ヘイヴンか ? 」 「ああ、そうだ ! 」わたしたちは岩壁のあいだを滑空し、白い泡を彼女は若くはなかった。けれども美しかった。 「そいつの売りつけるものなんか、あたしたちは必要としてないん たてている大石の上をかすめて、ガラスとコンクリートのほうへの だからね」 ・ほっていった。足もとでセメントがじゃりじゃりときしみ、サイク ルはひとつはねあがってから止まった。 ほかのものたちがいっせいになにかつぶやき、足をごそごそさせ 二人の男が割れた窓から出てきた。さらに二人が階段をの・ほってた。 きた。上のポーチから見おろしていただれかがひっこんだかと思う「うるさい」ロジャーは言った。 「こいつはなんにも売りつけよう と、やがて五人の仲間を連れて出てきた。そのうちのひとりは女だとなんかしていないそ」 っこ 0 わたしはそこに突ったって、自分の銀色の制服を居心地悪く感じ ていたが、同時に内心では、おれはロジャーを味方につけることに 見わたしたところ、垢だらけ、髪・ほう・ほう、そしてイヤリングが ここに成功したのだろうか、と不思議に思わずにはいられなかった。 いつばい ( わたしはさらに四つの欠けた耳たぶを数えた 「あれがフィデッサだ」と、ロジャーが言った。 いて、永久にとれないように装身具をつけるつもりなら、わたしは 彼女は窓の外へ出てきた。 せいぜい喧嘩を避けねばなるまい ) 。赤毛をぼさぼさに生やしたー ひとり ーそれでいて、まだひげを生やすところまではいかない ひいでたひたい、高い顴骨、黒っ。ほいくちびるにもっと黒い目。 の若者が、サイクル・ラックにまたがっていた。革ジャケットの前髪は琥珀色と表現したいところたが、あまりに濃い琥珀色なので、 . 田 5
「わかった。喜んでうかがわせてもらうよ」 つかのまの皺というやつは、なかなか魅力的なものである。「ビッ わたしの本心はと言えば、メイベルにわたしの見地をわからせるトってへんな子よ。でもあたしは好きだわ」彼女はわたしを見あげ ために、そのパーテ ィーにひつばりだそうかというものであったて、わたしの親指をつかむと、「いつ出かけるの ? 」と説いた。 デヴィル ( 悪魔が天使の家のポーチに忍んでゆくように : : : わたしはその考「いまよ」フィデッサが言った。 えを押し殺した ) 。 わたしたちは岩場をのぼった。 だがあらためて考えてみると、わたしはいまだに好戦的な気分に 「″ほうきの柄を運転したこと、あって ? 」フィデッサがいた。 なっている。くそくらえ、だれがわざわざ論争相手をパーティ 「むかし学校に行ってたころ、いつもワイフを送り迎えしてたから 連れてゆくやつがあるものか。 ねーわたしは白状した。 ( いままでこんなに長くこの事実をこの物 わたしは怪物をふりかえった。スーはタラツ。フのてつべんに腰か語からしめだすことに成功していたのは、興味ふかいことだ。なん けて、本を読んでいた。 ならしばらくこれについて観照してみるのも面白かろう ) 「おれに 「おおい ! 」 運転してほしいのか ? 」 彼女は顔をあげた。わたしは、ここへこいというしぐさをした。 というわけで、わたしが操縦桿を握り、スーはうしろに乗ってわ 彼女は本を置いてやってきた。 たしの肩甲骨にあごをのせ、フィデッサがそのまたうしろに乗った 「スコットはどうしてる ? 」 形で、わたしたちはちと不器用な離陸を行ない、 ついでみごとな旋 「寝てるわ」 回で 「あそこよ , とフィデッサが叫んだーー山の背骨のまわり スコットがどうしてもデヴィルになれない理由のひとつは、どこをまわり、ぐうっと上昇して例の峡谷をめざした。 でも、どんなときでも眠れることである。デヴィルたるものは、一 「おお、すてきだわ。あたし、これに乗るの大好き ! , スーが言っ ・コースターみたい。ただ、それよりも 晩中でも頭を悩ましていられる能力がなくてはならない。そしてまていた。「まるでローラー たそうであれば、当然、夜明けとともに訪れる解決に興奮して、眠っとスリルがあるわ ! 」 れなくなるだろう。 断わっておくが、これはわたしの運転にたいする批評ではない。 わたしたちは、ばっくりあいた岩のロのなかへ降りていった。 ( 自 テイしに行きたいか ? 」 転車の場合も、いったん乗りかたを覚えればけっして忘れるもので 「ええ」 「フィデッサがおれたちをハイ・ヘイヴンに招待してくれた。もうはない。それとおなじだ ) 高いポーチへのわたしたちの着陸は、ロ ジャーのよりも上手だった。 一度友達のビットに会えるかもしれんぜ」 彼女はわたしの腕のなかにはいってくると、頭をわたしの肩にもわたしは、今朝匂いを嗅いだだけで場所のわからなかったかれら たせかけながら、軽く眉をひそめた。十七歳の少女の顔をかすめるの調理場を発見した。フィデッサがわたしたちの先に立って、館の エンジェル
善良でさえあるかもしれない」これもまた、彼女らがいつも持ちだ 4 す台詞だ。「でもやつばりあんたは、あたしたちを殺そうと努める でしようね」 後肢で立ちあがったあばれどくとかげ ? わたしは不満そうに鼻を鳴らした。 まあ見ているがいし 彼女はりんごをさしあげた。 ドラム罐ほどの太さのシリンダーがついた六基の水力リフトが、 わたしはかぶりついた。彼女は笑った。 刃物仕事のできる余地をつくるために、車台受け装置をさらに五フ それから、笑うのをやめた。 ィート上に調節する。 " 頭。から、恐角獣の頭蓋骨よりもわずかに わたしは顔をあげた。 そこの戸口に、わずかにとまど 0 た面持ちのジャ 1 が立 0 てい大きい " 鋤。がごとごととおりてきて、土に食いこみ、ずぶずぶと めりこんでゆく。ごとごとい「ていたやつが、きゅうに唸りだす。 わたしは立ちあがると、「そろそろおれを送 0 て 0 てくれようとと、車体の横腹の装甲鉄板がするするとひらく。 そこからメイベルがあらわれる。オフィスごとそ「くり伸縮自在 いうのか ? 」と、ぶつきら・ほうな、飾り気のない調子で言った。 「もちろんおれにはなにも約束はできん。しかし、なんとかしてメのリフトにの 0 か「てあらわれ、望遠テ」ビジ = ンでデーモンたち イベルにこの一件を、いわば、忘れた形にさせ、あの銀の装甲を張の肩ごしにのそきこもうという仕組みだ。 0 たおみこしをよそ〈持 0 てゆかせることができんかどうか、努力銀色のクルーそのものは、まるで磨きあげたべアリングのように 松葉の上に散らばる。怪物は、鋤 ( 現今最高のフランス語詩人のひ してみるつもりだ」 「まあいいように = ・・・・してくれ」。ジ 1 は言 0 た。「じゃあ行ことりによ 0 て、角度と位置を決められたや 0 ) を引きずりながら、 尻のほうからゆ「くりあとずさりする。と、そこの地上に、幅、深 うか」 ィートの溝が口をあけている。つづいて二つのあご ロジャーが。フテラサイクルを置き場から引きだしているあいださともに十二フ がせりだしてくる。それそれに六フィートのワイヤ・・フラシがつい に、わたしはそのふちから向こうをのそいてみた。 。フールでは、。ヒ ' トがダ = イをなだめすかして、膝を越える水のていて、それががらがら音をたてながら、十六フ→ート・ケー・フル なかに誘いこんでいた。戸外はおそらく華氏六十五度以上にはな 0 の肋骨のある被覆の上部を掃除してゆく。二人のデーモン ( 。 = イ ていなか 0 たはずだ。にもかかわらずかれらは、どこか、そう、もとアン ) が・フラシを誘導して、すりきれた肋骨を杭でささえ、高周 イ 1 ーー「ア」 の有無を調べる。銀色の蛆虫が百フ っと暖かい国から来たしあわせな二匹の山椒魚のように、水をびち波層のなかのショート わた「てむきだされると、横手のキャ・ヒネットがひらいて、左舷の やびちやはねかしては笑っていた。 軌条の上から、クレーンが磁気を帯びた手をのばす。 こ 0 ヒーラ・モンスター 202
「ここでなにをしてるんだ」かれに聞かせるには静かすぎる声でわイを襲おうとしたの」 たしは問うた。それから、彎曲した壁を見あげた。フィデッサがす「なに ? 」 わたしたちは無ロな鍛冶屋を凝視した。かれはまばたきし、ほほ べりおりた。ダニイが彼女を抱きとめた。 えんだ。 「いったい全体夜中のこんな時間に、なんの用があってここへやっ 「あんたが帰ったあと、ロジャ 1 が狂いだしたのよ , てきたのか、聞かせてもらえるかね ? 」 沈黙の五秒が流れたのち、わたしは彼女がふざけているのだと考「酔ったのか ? 」 えた。さらにそのあとの偏執狂的な三分間は、わたしがなんらかの「狂ったんだっていったら ! みんなをダニイの仕事場に集めて、 凶悪な奸計の犠牲になろうとしているのだと考えることで費やされそこらのものを片っ端からこわしはじめたの : : : しばらくしてか ら、みんなにやめろと言ったわ。でもそのあとこう言うの、ダニイ を殺してやる、やつばりサムは正しかったって。それからあたしに だが彼女は怯えていた。 向かって、おまえも殺してやるって言ったわ」 「プラッキイ , ーー」 「なんだかたちの悪い冗談みたいに聞こえるがね」 おい、いったいどうしたってんだ、ええ ? 「ロジャーが : : : 」また首を振「ちがうわ : : : 」彼女がなんとかそれをわたしに伝えようと、言葉 「あたし : : : 」彼女は首を振った。 を捜しているのをわたしは見まもっていた。 「で、あんたたち二人はこわくなって逃けてきたというんだな ? 」 「まあなかにはいって坐りたまえ」 「そのときはこわくなかったわ」彼女はしだいに言葉すくなになっ はいるんだった 彼女はダニイの腕をとった。「はいるのよ ! ていた。「でもいまはこわいわ , そう言って彼女はちらりと上を見 ら、ダニイ : : はやく ! 」彼女は上空を見まわした。 無感動かっ無表情に、ダニイは進みでた。なかにはいると、かれた。 はハンモックに坐り、右手のこぶしで左手をつかんだ。 静かに身体を揺すりながら、ダニイは片足をもういつぼうの足に フィデッサは立ったまま歩きまわり、向きを変え、立ち止まつ重ね、爪先をからみあわせた。 「どうしてダニイを連れてきたんだー 「かれも逃げだそうとしてたのよ。仕事場の騒ぎのあと、かれは森 「いったいどうしたんだ。ヘイヴンでなにかあったのか ? 」 「あたしたち、逃げてきたのよ」彼女はわたしの反応をうかがつに身を隠したの。それでいっしょにくるように言ってやったわけ」 「ここに逃げこむとは、利ロなことをしてくれたものだよ , 「なにがあったのか話してくれ」 彼女の目に怒りが宿った。それから、怒りは焦点を失い、再度恐 彼女はポケットに手をつつこみ、また出した。「ロジャーがダニ怖がとってかわった。「ほかにはどこにも行き場がなかったのよ」 っこ 0
た、正義の味方然とした気持ちになって、わたしは大股に部屋を出た。それから、とびおりて、岩を渡ってきはじめた。 「おい、気をつけろよ。足をすべらすと・ー」 ・こ、じようぶだった。 「・フラッキイ ! 」 フランク・フォルトーから教わったところによると、それにあた 「ああ : : : なんだね、用ってのは ? 」 るフランス語は、レス。フリ・デスカリエだというーー・・直訳すれば、 裏階段の思いっき、つまりげすのあと知恵だ。部屋を出て、階段を「ないわ、なんにも ! 」あのきらきらした褐色の目で。「ねえ、あ ーティーに来たい ? 」 降りるころになって、えてしてひとは、しまった、・、 せひああ言ってんた、・ハ やるべきだった、というようなことを思いつくものだ。わたしは、 「ハイ・ヘイヴンでのよ」 手すりに塗ったニスにたくさん水泡ができている、新しい部屋のハ 考えるーー今日の午後のうちに上までケープルが引かれなかった ンモックに寝ころがった。 夜風が窓の外の木の葉のトランプを切り、ガラスづたいに金色のことが、わたしの側の勝利だと誤解されているのだ。 ポーカー・チッ。フをころがし落とした。長いあいだ輾転反側したあ「じつはおれ、まだここでの戦いに勝ったわけじゃないんだぜ」あ と、わたしは起きあがって、そのゲームにちょっかいを出すためにあ、なんと便利な言葉だろう、「まだ」とは。 外へ出た。 それからわたしは頸筋を掻いたり、そのほか、不決断を示す一「 川岸で、わたしは石を爪先で水のなかへ蹴おとし、流れがたちま三のしぐさをしてみせた。「ロジャーやあんたがおれを招待してく ちそのあとの穴を拭い去るのを見まもり、ぶらぶらと上流へ歩いてれるのはうれしいけどね」 いった。前方には滝の音、後方からは、就条に腰かけてビールを飲「じつをいうと、誘ってるのはこのあたしなの。それでね . と、共 んでいるデーモンたちの笑い声が聞こえた。 謀者めかした目つきで、「あんたもだれか女の子を連れてきたらど それから、だれかがデーモンたちをなかに呼びもどし、あとには うかしら」まるまる一秒のあいだ、わたしはこれが本心からの招待 ただ夜と水だけが残った。 ではないと思った。「ロジャーがちょっぴり機嫌をそこねるかもし それと、わたしの頭上の笑い声 : ・ れないのよ、あたしがあんたをひつばってくるためにだけここへ降 りてきたと知ったら」 わたしは滝を見あげた。 フィデッサがそこに坐って、運動靴の踵をぶらぶら岩角にぶつけ背高く、色あくまで黒く、そしてハンサム。このきわめて進歩し ていた。 た時代においても、なおわたしは、さまざまなご婦人がたから何度 となくこういう仕打ちを受けている。 「なにか用かね ? 」わたしはたずねた。 だからこれはちっとも気にならない。 彼女はうなずき、秘密を持っている女たちがよくやる顔つきをし 幻 0
分にたいして道をひらくものだ、とさえ言えると思っている。さつるかあんたにわかる ? はじめてあたしがここへ来たのは、もう十 きロジャーから話を聞いて、おれは感心した、いや、感動さえし年近くむかしになるけど , ーー」 「あんたとサムがね ? 」 た、かれの責任感が、いかにおれのそれとよく似かよっているかに だ。おれもまたこの仕事では新米た。わずか半ダースばかりのコン 四つの思いが彼女の目の奥を交錯したが、そのどれも、彼女はロ セントをめぐってのこの騒ぎが、いまだによく理解できない。われに出して言おうとはしなかった。 われは平和的にやってくる、そして二時間ばかりで立ち去る。われ「サムとあたしがはじめてここへ来たとき、ここには一時に百五十 われのために鍵を置いていってくれ、どこかの静かな小村にでも出人という多数のエンジ = ルが住みついていたわ。それがいまは二十 かけて、好きなだけ騒ぎたて、土地のものをたたき起こすがいい 一人よ」 引き揚げるときにはわれわれはすっかり鍵をかけて、そいつを玄関「ロジャ 1 は二十七人だと言ったぜ」 マットの下に押しこんでゆくよ。あんたたちには、われわれがここ 「六人はサムとロジャーが争ったあとに出てったの。ロジャーはか にいたってことすらわかりやしないだろう」 れらが帰ってくると思ってるわ。ョギーはあるいは帰ってくるかも しれない。でもほかのひとはね、だめよ」 「ねえ、いいこと、ライン・デーモンさん : : : 」 わたしの八十七になる祖母は、一九六九年のデトロイトの人種暴「で、五年後には ? 」 動に加わったというが、きっとそのとき、銃火のまっただなかで、 彼女は首を振った。「わからない ? なにもあんたたちはあたし 三年後にわたしの祖父になった目もと涼しい公民権擁護委員に向か たちを殺すには及ばないのよ。ほっといたって死にかけてるんだか ら」 って、これとまったくおなじ口調で言ったことだろうーーー「ねえ、 いいこと、そこの白人さん : : : 」そしていまはじめてわたしは、祖「われわれはあんたがたを殺そうとなんかしていないぜ」 「してるわ」 母がその逸話でなにを語ろうとしていたのかを理解した。 「 : : : あんたにはここの生活のことがなんにもわかっちゃいないの 「おれはね、ここから帰ったら、ちょっとした説得運動を開始する デヴィル よ。あんたは半時間ばかり歩きまわって、ロジャーとあたしとだけつもりなんだ。悪魔というやつは、しばしばーー」と、もう一口パ ちょっとした話をした。それでどうしてここのことを理解してるな ンにかぶりついて、「ーー・・蜜のような言葉でひとをそそのかすもの んて言えるの ? 」 だからね。それをメイベル . にたいして , 用いても悪くはないだろう さ」わたしは光った膝の上からパンくずを払いおとした。 オい、デヴィルだ」 「たのむ、デーモンじゃよ 「あんたが見てきたのはね、ひとつのプロセスの断面でしかないの彼女は悲しげにほほえんで、また首を振った。「だめよ」わたし よ。五年前、あるいは十五年前、ここがどんなだったか、あんた、 は、女性がわたしにたいして悲しそうにほほえんでくれなければい これつぼっちでも知ってる ? いまから五年後、ここがどうなって いと思う。「あんたはやさしいわ、ハンサムさん、もしかしたら、 20 ー
「もう一度言うわ、あんたはわたしとうまくいかなくなる。わたし「行くがよい、色浅黒き騎士よ。われら、カナダ国境のかなたの戦 場にてあいまみえん」彼女はひどく生真面目な面持ちで立ちあがっ はあんたとうまくいかなくなる」 こ 0 「だから、どうしてかって訊いてるんですよ」 「あなたがそう言うのであれば」 「あんたはいまやセクション・デヴィルよ。わたしもおなじセクシ ョン・デヴィル。あんたはそれになってまだ六時間たらず。わたし「明日の朝会うわ、・フラッキイ」 わたしはオフィスを出ながら、騎士と決戦について首をひねって はそれになってもう十六年以上。でも規則のうえではね、わたした 、た。しかしまあどっちにしろそういうことになってしまったの ちは同等の権限を持っことになっているの」 「うるわしきおとめよ」わたしは言った。「汝が愛すべきたわごとだ。スコットはいびきをかいていた。だからわたしは、夜のしらし ら明けまで本を読んで過ごした。 はやめたまえ、ですな」 「規則にこだわらないのはあなたのほうよ。わたしはこだわるの。 二人の人間が権限を分割して、うまくいったためしがないのよ」 2 「もしそれであなたの気が休まるなら、・ほくは依然としてあなたを ポスと考えることにしますよ。それも、ぼくのいままでに持った最明けてゆく空 ( 上から下へ順々に ) 紋章の黒、紺青、紅ーーー 良のポスです。のみならず、・ほくはあなたが好きなんです」 山はその盾形紋地のむかって左手に、右手には樫、多数の 「プラッキイ」彼女は天窓を見あげて、窓枠の外の月が、いまだに そこのモザイク模様を照らしているのを見ながら、「あの国境を越松、少数の楓から成る木立紋。《ヒーラ・モンスター》は、とある えたあそこではね、あることが起こっているのよ。そしてそれにつ滝の下の、あわだつ小川にまたがる形でその身を横たえている。わ たしは外のパルコニーに出て、足を踏んばったわれらが巨大な怪獣 いては、わたしのほうがあんたよりもよく知ってると思うの。あん たはたた、それが転換工作だってことと、その場所がちょ 0 と奇妙のしみひとつない脇腹を、落ち葉がはらはらところがり落ちてゆく だってことを知ってるだけ。だからわたしはこう警告させてもらうのを見ながらシャワーを浴びた。 「ねえ ? ちょっと、そこのひと ! 」 わ、あんたはそれをあんたのやりかたで処理しようとするだろう、 「やあ」わたしはその娘のいるほうへ向けて手を振った。娘は わたしはまたべつのやりかたで処理しようとするだろうって」 うへつ ! ー、ー・膝まである水のなかに這いおりようとしていたが、降 「じゃああなたのやりかたでやればいい」 りたとたんにきやっと悲鳴をあげて、また岩によじのぼり、ばつの 「ただひとっ困ったことはね、わたしにも自分のやりかたが最善だ 悪そうな顔をした。 と断言はできないってことなの」 「メイベル 「スヤキ実習生か ? 」 ナイトディ