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検索対象: SFマガジン 1972年5月号
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1. SFマガジン 1972年5月号

ミニスカートからすんなりとのびた足のひざ下に白いほうたいが 作業服の上から西金商店と染めぬいた前だれをしめた若い男がの巻かれている。薄いストッキングの下のほうたいがひどく肉感的に び上った。 おれの眼にしみた。 「大雅に電話してくれ。タンメンひとっ」 「なんだ。その目つきは ! 」 おれは店のすみに置かれた来客のためのものらしい汚れたソファ おやじがにたりと笑った。 に腰をおろした。ス。フリングがはずむと、たたみいわしの破片がは「手、つけたんじゃねえだろうな」 ね上った。 おれは言ってやった。おやじはけろりとして太い眉をさげた。 「この上へ積みやがったな」 「ま、おりを見て小当りに当ってみようと思っているんだ。近頃の きむすめ おやじはそのたたみいわしのかけらを指でつまむとロの中へほう若い娘はわかんねえが、どうだい、あれ、生娘じゃあんめえ ? 」 りこんでくちゃくちやかんだ。 「本人に聞いてみればいちばんはっきりするたろうな」 店の前の車の間をぬって、おどるような足どりで若い女が入って「男と寝てるよ。あれ」 きた。緑色の腰きりの上っぱりの胸がぐっと張っている。 「そうとも見えねえが」 「ただいまあ」 「いや。おれは貝柱の干せぐええと、女の初ものは見てわかるん 目ざとくおやじを見つけて近寄ってきた。この店につとめている 女の子で、たしか啓子といった。 「貝柱一等三箱の代金がただにならねえように気をつけろ」 「社長。信金の方は了解したといっていました。それから近江屋さ「けっ ! 」 んは荷で勘弁していただけないか、と言っていました。あとでお電その時、、啓子がさけんだ。 話するそうです」 「タンメンたのんだの、どなたあ」 「ごくろうさん」 おやじがソフアのスプリングをきしませた。 ここへ持ってきてくれ ! 」 この店でおやじを社長と呼ぶのはこの女の子だけだ。だからおや「おう ! じもたいへん気に入っている。それにこの店に来る前までどこかの啓子は盆にタンメンのどんぶりと茶をついだ茶わんを二つのせて 銀行につとめていたとかで、物腰もていねいだし、他の店や銀行、運んできた。 「おまたせしました」 信用組合などの窓口とのやりとりにもなれているので重用されてい ゑ啓子はおれに軽く会釈すると離れていった。 笑うと白い歯がこぼれる。左のほほに指で押したような深いえく 「いい子だ」 ほが入った。おれははしを割ってどんぶりにくらいついた。 「うん。この間、店でころんでな」 「四三分局の主任によろしく言ってくれ」 7 4

2. SFマガジン 1972年5月号

「もう一度言うわ、あんたはわたしとうまくいかなくなる。わたし「行くがよい、色浅黒き騎士よ。われら、カナダ国境のかなたの戦 場にてあいまみえん」彼女はひどく生真面目な面持ちで立ちあがっ はあんたとうまくいかなくなる」 こ 0 「だから、どうしてかって訊いてるんですよ」 「あなたがそう言うのであれば」 「あんたはいまやセクション・デヴィルよ。わたしもおなじセクシ ョン・デヴィル。あんたはそれになってまだ六時間たらず。わたし「明日の朝会うわ、・フラッキイ」 わたしはオフィスを出ながら、騎士と決戦について首をひねって はそれになってもう十六年以上。でも規則のうえではね、わたした 、た。しかしまあどっちにしろそういうことになってしまったの ちは同等の権限を持っことになっているの」 「うるわしきおとめよ」わたしは言った。「汝が愛すべきたわごとだ。スコットはいびきをかいていた。だからわたしは、夜のしらし ら明けまで本を読んで過ごした。 はやめたまえ、ですな」 「規則にこだわらないのはあなたのほうよ。わたしはこだわるの。 二人の人間が権限を分割して、うまくいったためしがないのよ」 2 「もしそれであなたの気が休まるなら、・ほくは依然としてあなたを ポスと考えることにしますよ。それも、ぼくのいままでに持った最明けてゆく空 ( 上から下へ順々に ) 紋章の黒、紺青、紅ーーー 良のポスです。のみならず、・ほくはあなたが好きなんです」 山はその盾形紋地のむかって左手に、右手には樫、多数の 「プラッキイ」彼女は天窓を見あげて、窓枠の外の月が、いまだに そこのモザイク模様を照らしているのを見ながら、「あの国境を越松、少数の楓から成る木立紋。《ヒーラ・モンスター》は、とある えたあそこではね、あることが起こっているのよ。そしてそれにつ滝の下の、あわだつ小川にまたがる形でその身を横たえている。わ たしは外のパルコニーに出て、足を踏んばったわれらが巨大な怪獣 いては、わたしのほうがあんたよりもよく知ってると思うの。あん たはたた、それが転換工作だってことと、その場所がちょ 0 と奇妙のしみひとつない脇腹を、落ち葉がはらはらところがり落ちてゆく だってことを知ってるだけ。だからわたしはこう警告させてもらうのを見ながらシャワーを浴びた。 「ねえ ? ちょっと、そこのひと ! 」 わ、あんたはそれをあんたのやりかたで処理しようとするだろう、 「やあ」わたしはその娘のいるほうへ向けて手を振った。娘は わたしはまたべつのやりかたで処理しようとするだろうって」 うへつ ! ー、ー・膝まである水のなかに這いおりようとしていたが、降 「じゃああなたのやりかたでやればいい」 りたとたんにきやっと悲鳴をあげて、また岩によじのぼり、ばつの 「ただひとっ困ったことはね、わたしにも自分のやりかたが最善だ 悪そうな顔をした。 と断言はできないってことなの」 「メイベル 「スヤキ実習生か ? 」 ナイトディ

3. SFマガジン 1972年5月号

爆音を残した。わたしは憤怒に喉をつまらせながら腹這いになる ちょうどそのとき、カメレオンが道路をの・ほってきた。いまはき と、土手を這いのぼろうとした ( ロースト・ミートの匂い : ・ : ・ ) 。 ちんと制服を身に着けたスコットが、運転台から首を出した。「や 3 が、やっと途中までのぼったとき、腕からカが抜けた。わたしはべあ、連中を町まで送ってってきたぜ。医者にダニイの目を診てもら ったり腹這いになったまま、ずるずるケ 1 ・フルのほうへすべりおちった」かれは肩をすくめた。 はじめた。ロのなかは泥でいつばいだった。泳ぐようにわたしは斜「じゃあそいつをしまって、寝ろよ」 面を這いあがろうとしたが、そのつどずるずる逆戻りするだけだっ コ一十分間か ? 」 た。そしてとうとう足が肋材にぶつかった。 「まあ三十分ってところだな」 そのままわたしは全身をわなわなとふるわせながら、虫のように 「・せんぜんないよりはましさ」スコットはごしごしと頭を掻いた。 身体を丸めてケー・フルのわきに横たわっていた。頭のなかを駆けめ「おれ、ダニイのやっとじっくり話しあったぜ。なに、心配する な。まだやつは生きてる」 ぐるのはたったひとっ 「メイベルは電力を浪費するのを好かな いんだ」という思いだけだった。そしていっしかわたしは泣きだし「なんと言って聞かせたんだ」「ただ話をしたってだけで満足しろ ていた。 よ。かれもちゃんとわかったようだった」スコットは扉をしめる と、扉ごしににやりと笑ってみせ、車輪のこしきのほうへ走り去っ 5 これもひとつの生きかたか。 メイ・ヘルとわたしは《モンスター》の屋根にの・ほった。フィデッ 紅、紺青、黒色ーーー サとダニイの残していったサイクルがそこにあった。わたしはかれ ( 下から上へ順々に ) らに持ってゆかせようとしたのだが、かれらは拒絶したのだった。 「ほんとうにだいじようぶ ? 」 わたしは裂けた銀の服の下の包帯をさわってみた。「メイベル、乗る前に、メイベルはまたためらいを見せた。 あなたが気を使ってくれるところは魅力的だ。ただしあまりやりす「カメレオンではあそこまで行けませんよ」わたしは言って聞かせ ぎちゃいけない」 タービンが唸りだし、わたしたちは樹海の上に舞いあがった。 彼女はしろじろとした滝のかなたをながめた。 一一度、山のまわりを旋回したあと、ヘイヴンが見えてきたときに 「仕事にかかる前にヘイヴンのようすを見ておきたいんですか ? 」 わたしは言った。「カのことですがね、メイベル。どうやってあな 彼女の目は、疲労のために真っ赤に充血していた。「ええ」 「よろしい。まだ一台″ほうきの柄″が残っていたはずだーー・さたは、それが自分のために働いてくれるように、それを使いこなし ているんです ? どうやってそれが反逆心を起こして、混乱を引き あ、行きましよう」

4. SFマガジン 1972年5月号

それによじの・ほっていた。その先端からは、接続子のついた爪の大める、という動作をくりかえしていたからだ。 半が押しだされたままになっているが、かれは接続線の一本をとり メイベルは制御装置のところへ行くと、加減抵抗器の腕をゆっく あげると ( おそらくその前にスーに向かって、「おいきみ、まだこりと引きおろした。彼女は、あらゆる電流に通用する禁令を持って んな芸当は見たことがないだろう ! 」とでも言ったことだろう ) 、 いて、それでその害毒を中和してしまうことができる。世界中のど 高圧電力を引き、それを金属の被覆に押しつけたのだ。そこには一んなポルテージも、背後にアンペアというものがなければ、なにひ アンペアのほんの何分の一かの電流しか流れていないから、それだとっ害をなすことはできない。 「わたしが電力を無駄づかいするの けではまず害が起こることはない。ただ、高いポルテージが被覆にが嫌いなことは、みんなだってよく知ってるはずなのに ! ー彼女は 働くと、露出したケー・フル全体にわたって・フラシ放電が起こる。き吐きだすように言った。「いいわ、そこの銀の鎧を着たおばかさん わめて印象的な現象だ。三フィートもの火花があたりいつばいに飛たち、もうはいってらっしゃい」彼女の大声が山間にこだました。」 び散り、にやにや笑っているスコットの髪は、一本残らず逆立つ。 「今日はもうじゅうぶん働いたわ」 プラチナの生け垣というところだ 彼女は怒っていた。それ以上わたしはその会話を追求しないこと あるいはダイヤモンドの日 宝石をちりばめた蛇 これに関して危険な点、そしてメイベルが逆上する理由というの時世を間違えて生まれてきた男、わたしは、《モンスター》の落 はこうだ。 ( 一 ) これほどの高圧をもてあそんで、もし万一なにかとすもののなかを目まで漬かって歩きまわった。それからしばらく へまをやらかしたら、結果は重大どころではすまないということ。坐って休んだ。そのあとまたすこし歩きまわった。ほんとうは運航 ( 一 l) 型クリツ。フは ( ぶう ! ) クレーンに連結されており、クレ事務室にいて、書式の書きこみをしていることになっていたのだ ーンは ( ぶう ! ) クレーン格納庫につながり、クレーン格納庫はが、そのかん大半の時間をばんやり考えこんで過ごしただけだっ た。こんなことをしているよりも、この銀の服をデニムに着替え、 ( びつ ! ) シャーシーそのものと接続している。したがって、あり とあらゆるダメージの可能性が存在するわけだ。 スチール・ウールを持って空でも磨きに出かけたほうが幸福ではな いだろうか ? わが憤りをば、夜風に向かってふりかざし、タ闇に 「やめなさい、このばか もしもなにかまずいことが起こるとしたら、そのなかでいちばん向かって ( いわば ) わたしのほうきの柄をたたきつける、それがで 危険性のすくないのは、スコットがワイヤーを被覆に押しつけた箇きるときに、なにゆえもってきたないデーモンらといっしょに、蛆 ただひとっそれ 所で、エネルギーが手当たりしだいに増大することだろう。思うに虫みたいに世界をほじくりかえしてまわるのか ? ができないというのは、わたしの憤りがことごとくメイベルに向け 0 これがそのとき起こったことらしい。というのもかれは、しきりに そのほうへ手をのばしては、またくすぐられでもしたようにひっこられたものだからだ。

5. SFマガジン 1972年5月号

「おなか、すいてる ? 」 んだがね」 ロジャーは眉を寄せた。「どうしてもかれをェッジウ = アの医者彼女は片手にりんごを、片手に湯の立っているあの黒パンの塊 9 の診察室にはいらせられないとわかったとき、おれたちはとうとう り半個を持っていた。 自分たちたけで町へ行って、夜中の二時にそこの医者をたたき起こ 「ああ」わたしは近づいて、彼女と並んで丸太を二つ割りにした・ヘ し、町の外まで連れだして、そこでかれを診させた。医者は抗生物ンチに腰かけた。 力「蜂蜜は ? 」ふちの銹びた空罐に、台所用ナイフが一本突っこんで 質の注射を二本ばかり打って、膏薬をいくらかよこした。。ヒット : 毎日それを塗りかえさせるようにしてるよ。医者に言わせると、空ある。 気にさらしたほうがはやく治るから、包帯はするなってことだ。来「ありがたい」わたしは少量をパンにのばした。それはダニイの宝 週また経過を見せに連れてくことになってる。いったいおれたちを石細工の炉に投げこまれたなにかのように、みるみる溶けて、たく なんだと思ってるんだ」かれの口調は、答を要求しているようではさんの小さな空気穴にしみこんでいった。そしてわたしは朝食を食 なかった。「おまえさんは、ここを見てまわりたいと言った。よかべていないのだ。りんごはとびきり身がしまっていて、冷たいの ろう、見るがいい。すんだらまたおれが下まで送ってってやる。帰で、歯にしみるほどだった。・しかもパンはあくまでも暖かい。 ったら連中に言うんだな、ここでは動力線なんかこれつぼっちもほ「ずいぶん親切にしてくれるんだな」 しがっちゃいないとな」″ ここでは″以下の言葉に合わせて、かれ「だってそれ以外の方法は時間の浪費ですもの。あんたはここによ はわたしの鼻先で指を振ってみせた。 うすを見にきた。けっこう。で、なにを見たの ? 」 そのあとしばらく、わたしはヘイヴンのなかをうろついて過ごし「フィデッサ」ちょっとした沈黙のあとでわたしは言った。その沈 ヘイヴン た ( 焔のゆらめく階段をの・ほるときには、安息所にいる天使にも、黙のあいだに、彼女のいまの笑顔と、さいぜん最後にわたしに投げ やつばりかれらなりの地獄というものがあるのかと考えたものだ。 ) つけた言葉 ( 「くたばりやがれ」だったろうか ? ) を結びつけよう わたしは日ざしゃ微風を楽しんでいるかにふるまい、サイクルを修と骨折ったのだが、うまくいかなかった。「こう見えてもおれはば かじゃない。おれは、あんたたちがここにのぼってきて、世間とは 理している男たちのそばでは、その仕事ぶりを見物するようなふり をした。けれども、わたしが通りかかると、人びとはいっせいに話無縁に暮らしていることをいかんとは言わない。あの鎖と革のしろ をやめた。ふりかえれば、必ずだれかがさあらぬていでそっぽを向ものは必ずしもおれの趣味じゃないが、見たところここには十六歳 くし、上のポーチを見れば、きっとだれかがそこから離れてゆく。以下の人間はひとりもいないようだし、してみるとみんないちおう いやに長く感じられる一一十分間をそうして歩きまわって過ごした選挙権があるわけだ。おれの教科書によると、これはつまり自分の のち、やっとわたしは、ある部屋でにこにこ笑っているフィデッサ責任で、自分なりに生きる権利があるという意味になる。じつのと ころおれは、ここの生活様式は、人間性のより基本的、神話的な部 に出くわした。

6. SFマガジン 1972年5月号

てるんだ、われわれのためじゃなく」 る。ふいごとハンマーが筋肉をきたえ、彫りあげ、磨きをかけて、 「くたばりやがれ」フィデッサが言って、歩み去ろうとした。ロジそれらがべつべつにかれの骨格の上にすわるようにした。あとは散 ャーがその肩をつかんで引きもどした。 歩をして、風呂にはいれば、なかなか美青年ーーー年ははたちか、二 に生まれかわるだろう。かれは左の目を指関節で押し 「あんたたちが・ここでどんな暮らしをしてようと、おれはかまわ十五か ? ーー・ ん」すくなくともロジャ 1 は聞いていると思ったので、わたしはつながら出てきた。右の目はあの、神秘的なプルー・グレイだ。ダン づけた。「しかし、冬はすぐ目前にまで迫ってるんだぜ。あんたたのような浅黒いタイプにおいては、上へ向けられるとき ( といって ちはあの″ほうきの柄〃に液体燃料を用いている。あれを・ハッテリも、めったにあることではないが ) 、つねに爆発しているように見 1 式に改造して、再充電の可能な電池を使うようにすれば、費用はえる、あの目である。 三分の一ですむんだ」 「やあ、そこにいたのかー なにをしてたんだ ? 」ロジャーはわた 「残念ながら蓄電池式だと、満タンの液体燃料よりも百五十マイルしに向かって渋面をつくった。 「こいつはほとんどっん・ほなんだ」 も走行距離が短くなるんでね」 ダニイは目にあてたこぶしをおろすと、手真似で奥を指した。 フィデッサはうんざりした顔をして、また階段を降りようとしは そしてわたしは息を呑んだ。 じめた。彼女を追っていったところから見て、ロジャーも忍耐を失ダニイがこすっていたのは、・ せんぜん目なんかではなかった。傷 いつつあるとわたしは判断した。わたしはふたたびかれらを追っつき、かさぶたになり、それからそのかさぶたが割れて、膿が垂れ ている。かれの左の眉の下にあるもの、それはただのじくじくした 傷痕でしかなかった。 階段の下の部屋は、火でいつばいだっこ。 鎖とと滑車を使ったなにかの仕掛けが、天井からぶらさがってい わたしたちはダニイのあとについて炉やかなとこのあいだを抜 る。二つのかまどに盛大に火が燃えている。床にはいろりが二つ切け、奥の工作台のところへ行った。完成までの各段階にある一山の ってある。天井は油煙で真っ黒になっている。暖かい空気が、往復投擲ナイフ ( わたしは思わず自分のベルトのやつをさわってみた ) 。 二度わたしの顏をなでていった。三度目のやつは、そこに汗を噴きほかに、小さなハンマーや穴あけ器や小刀などがそのあばただらけ ださせた。 の台の上には散らばっており、そのなかに、いくつかの金塊と、ち わたしは食べものを捜しもとめた。 よっとした宝石の山、三個の小さな銀の鋳塊があった。かたわらの 「これがおれたちの鍛冶工場だ」そう言ってロジャーは鍛冶屋の使かなとこのまわりには、イヤリングや指輪が無造作にころがり、そ うハンマーをとりあげると、壁に立てかけられた波形鉄板の一枚のほかに、まだ宝石をはめこんでない・ハックルがひとつあった。 に、それを思いきりふりおろした。「ダニイ、出てこい 「これをいまやってるのか ? 」ロジャーはそう言って、すでに金の掲 はだし、煤のついた顏、その煤にさらに汗の上薬がかかってい 指輪で重くなっている垢じみた指で、その・ハックルをとりあげた。

7. SFマガジン 1972年5月号

ルイーズにとっては、プロテスタントの牧師が一人として生き残「ええ、ロルフ」彼女は催眠術にかけられたひょこみたいな顔つき っていないことは、びどく困ることらしかった。 で彼を見つめながら言った。 スミスは懸命に続けた。「たとえ事実が不愉快でも、ぼくらはそ 問題なのは、彼女が本気でそう思っていたことだ。スミスにはな かなか信じられなかったが、それは本当だった。それに彼女は彼とれを直視しなければならない。ねえ、ぼくらはこの世でただ一人の 同じホテルにとまろうとさえしなかった。彼女は最高の礼儀と礼節男とただ一人の女なんだ。エデンの園のアダムとイヴみたいなもの を彼に期待した。スミスは煮え湯を飲まされてから、期待通りにし た。彼は瓦礫の積み重なった歩道の外側を歩いた。もしまだドアが ルイ 1 ズは少しいやな顔をした。きっといちしくの葉のことを考 残っている場合は、彼女の先に立ってドアをあけた。彼女に椅子をえているのだろう。 勧めた。ばちあたりな言葉を差し控えた。彼女の御機嫌をうかがっ 「まだ生まれない世代のことを考えてみてくれ」スミスは声を震わ せながら言った。今度というこんどは、おれのことを考えてみてく ルイ 1 ズは四十歳前後で、少なくともスミスより五つは年上だつれよ。恐らくきみの方はあと十年大丈夫だろう。彼は病気の第二期 た。彼は時々、彼女が自分の齢をいくつだと思っているのだろうとのことーーー前ぶれもなく突然襲ってくる救いようのない硬直ーーーを 不思議になった。彼女の精神は、病院と彼女の患者たちに起ったこ考えるとそっとした。すでに彼は、一度発作に襲われたところをル とーー・・それがなんであったにしろ・ーーを見たショックで、あわてふィーズに助けられている。彼女がいなかったら、彼は、硬直した手 ためいて、幼年時代まで退却してしまったのだ。彼女は暗黙のうち から数インチの所に自分を救う皮下注射があっても、死ぬまでその に世界中のほかの人間がみんな死んでしまったことを認めていたままの状態でいただろう。彼は絶望的な思いで考えた。もし運がよ が、それはロにすべきことではないと考えているようだった。 ければ、きみが死ぬ前に少なくとも二人は子供ができる。そうすれ 三週間の間に少なくとも百回は、スミスは彼女のほっそりした首ばおれは安全だ。 をへし折って、自分の思い通りにやっていきたいという、抵抗でき彼は続けた。「神は、人類をこんなふうに減・ほすおつもりではな ないような衝動を感じた。しかし救いはなかった。彼女はこの世の かった。神が・ほくらを、きみと・ほくを、赦したもうたのはーー」彼 は思案した。どうやったら、彼女の気にさわらないように言えるた 唯一の女性で、彼は彼女を必要としていた。もし彼女が死んだり、 行ってしまったりしたら、彼も死ぬのである。オールドミスの雌犬ろうか。『両親』というのはうまくないーー直接的すぎる。「 め ! 彼は心のうちで激しく毒づいたが、その思いが顔に現われな生命のたいまつを絶やさないようにとの思召なんた」彼はロを閉じ た。これでいい。これくらいセンチメンタルなら十分だ。 いように用心した。 ルイーズはぼんやりと彼の肩越しに向こうを見ていた。彼女は規 5 「ねえ、ルイーズ」彼はやさしく言った。「・ほくは、できるだけ君 則的にまばたきし、同しリズムでうさぎのように口を動かした。 にいやな思いをさせたくないんだ。それはわかるね」

8. SFマガジン 1972年5月号

もういっからつづいているのか、コースも車種もがいたのが明らかになったことだ。タイヤ跡から見いるから眺めは明だろうけれど、砂・ほこりだらけ お好みしだい、途中からの飛入りも自由で、ただし一ると、フランスのジャリ型自転車と、アルゼンチン一のうしろの窓から見る景色だって、そう捨てたもん ゴールだけは一つという、ふしぎな大レースがあっ一から参加したクラシック・カー″ポルへスらしい【じゃない。どうせ急ぐ旅じゃなし、こっちの生きて たと思ってください。一九三〇年代の終わり、一台・ るうちに目的地へ着けるあてもないんなら、せい・せ のアメリカ製のパスがこのレースに参加した。パル一もたもたしながら、それでもバスはなんとか走り一い回り道していろいろ変わった眺めを見せてもらう ・フ会社の使っていた中古だとか、幼稚園の児童送迎つづける。これからどんなコースをとればいいのだほうが楽しいと、いたって無責任に居なおってみた 用だったとかの尊もあり、ボデーにはどこかのサー一ろうか。サクランポ色の砂漠をつつぎるのは、スポくもなる。どうも・ほくはこういうどっちつかずなこ ビス・ファクトリー の頭文字らしいものも書かれて一ーッカーの″バラード″ぐらいにしかできない芸当とを言っているから、いま住んでる地名とひっかけ いる得体のしれない車だったが、工場や研究所の立だし、ノヴァ・エクスプレス・ハイウェイなどにはいて、二俣川と呼ばれたりするらしいのです。こっち ちならんだ中をつつきる、人通りのすくないコース一つたりしたら、乗客みんなが目をまわしてしまう。は、せめてもうすこしカッコよく、アンビヴァレン をえらんだ運転手の判断がよかったのか、すでに長いつの場合もお客の顔色をうかがいながら走らねばスといってほしいのだけれど。 旅でくたびれのきていた、なみいる高級車をしりめならないのが、このバスの苦しいところでもある。 ここでたいへんな告白をしてしまうと、実は今月 に、あれよあれよというまに差をつけていった 6 しとにかく、てんやわんやのうちに、やっとアインシの欄で紹介すべき新作を、なにも読んでいないので ばらくは颯爽たる独走がつづいたけれど、十年も走ュタイン交叉点までさしかかった : ・ す。はおもしろくてたまらないのだけれど、紹 っているとエンジンにもガタがくる。それに、、 しつどうもしまらないアナロジーでごめんなさい。じ - 介という前提がつくと、とたんに読書意欲が萎えて のまにかへンな袋小路に迷いこんだらしく、なんべつは、最近あれほどコテンパンにやつつけられていしまう。つい最近も、ティレーニイのノヴァ』を ん回ってもおなじところへ出てくるのだ。見かねるアメリカを、よくもまあ長年、退屈もせずに - 読んで、大感激して、ひょっとするとおなじ作者の て、新しい運転手が交代し、エンジンにも手を入おもしろがって読みつづけている自分の進歩のなさ最高傑作といわれる『アインシュタイン交点』より したころで、過労のあまりか倒れてしまった。それ」す。このパスのお客の中には、もちろんいちばん前すが、これなども、前にこの欄ですでに紹介されて たりほど運転に自信がないうえ、めつきり人通りもば、いちばんうしろの席にすわり、首をねじまげろで、なぜ『ノヴァ』のほうがいいと思ったのか ? ふえて、ぐっとス。ヒードが落ちてくる。見晴らしがて、来し方をなっかしがっている人もいる。そしそれは、表面的なストーリイがずっとおもしろい ひらけたとたん、大差をつけていたつもりのほかの一て、・ほくみたいに、どこにも座席がなくて、通路を・し、それに、 ( ト、急に声をおとし ) こっちは宇宙 れまで先頭をき 0 て走 0 てきたはす 0 道」、先行前 0 にう 0 窓は、し = 0 ち 0 う , イ。 ( 1 が動て一新作紹介なんて、考えてみれば因果な仕事でし スキ . はナ 0 0 0 0 0 ハらの用め 谷久志 2

9. SFマガジン 1972年5月号

み出てきた。白髪を小さなまげに結び、渋い着物の上に、茶無地のる。針金を植えつけたような粗毛がふんどしのかげからのび出てひ そでなし羽織をかさねている。金持ちの隠居といった身なりだ。 ろがり、ももからすねをおおっている。ひざから下は板のようにか 「わしがこの四七分局の主任、シェイだ。ある事件を調査しているばかばになった脚絆、木の根のような大きな足ははきもの無しだ。 のだが、手不足での。支局に他の分局から応援をよこしてくれるよ「そのつぎがトラ・ ( ス。それからイナノだ : : : 」 うにたのんだのじゃよ。ごくろう、ごくろう。おい みんな、テ トラ・ハスは汚れた頭髪がほとんど耳をかくすほど垂れさがり、ぼ ころも じゅず ー・フルの回りに集ってくれ」 ろに近い衣をまとっている。大きな数珠を首にかけ、ふちがほっれ 主任の言葉に、部屋のあちこちからそろそろと人影があらわれて幾重にもずれている網代傘をかかえていた。どこから見ても乞食 おしろい こ 0 坊主た。イナノは二十四、五歳ぐらい。陽やけした顔に安白粉を塗 部屋の一方の壁は、無数のメーターやダイヤル、。、 , イロット・ラりたくり、だらしなくくつろげたえり元から乳房のふくらみがのそ ンプなどでおおわれている。数十万年、数百万年を越えて遠い時代いている。しんの萎えた帯を不精巻きに締め、これだけは真新らし のなかまたちと交信できる強力な通信装置だ。反対側の壁には青緑い手ぬぐいを帯の脇にちょっとはさんでいる。むしろをかかえてい 色の線描であらわされた精密な地図が幻のように浮き上っていた。 るところをみると、イナノは夜鷹らしかった。 分局としての機能は、わが四三分局をはるかに上回るだろう。おや「どうした ? 」 じの言葉をまたずとも、たしかに時代の変換期は時間密航者にとっ 主任の声におれはわれにかえった。さし出されている手をあわて てもぐりこみやすく、よいかくれ場所になる。それを追う時間局のて片端からにぎりかえした。 側も、なみの設備や機能ではっとまらない。 「ほかにトロイとフィフがいるが、今、任務についている。あとで 「紹介しよう。こちらからユイ。つぎがサジ : 紹介しよう。それでは事件の内容を説明してくれ。ュイ」 もちろん、みなはじめて見る顔だ。それになんとも奇妙ないでた 主任がどんぶりにあごをしやくった。 ちだ。かれらがおれに向って認識番号をのべて自己紹介をする間、 「それでは説明します。今日は太陽系標準時、項一六一一年第 おれはあごのしまりも忘れてかれらの姿を見つめていた。ュイはす八一日。この時空域の一般的地方標準時である太険暦にしたがえば り切れた紺の木綿のどんぶり腹がけ。もとは白かったのだろうが 三月一一十二日です。以下、暦法、時刻はすべてそれにしたがいま ももひき 今は灰色に変って、しかもつぎはぎだらけのこれも木綿の股引。かす」 かとがのらない尻切れそうり。どんぶりの上から三尺帯を巻いてそ おれは時計は合わせなかった。どうせ外界へ出るのに腕時計など れに短かい鉄棒をさしている。サジの方は腰きりのよれよれのあわしていられない。 せになわとも帯ともっかぬものをふた巻きほどして、その着物の下「九日前の三月十三日 、パトロール中のトロイが、神田鎌倉河岸に 9 から、まるでソースで煮しめたような汚れたふんどしがのそいてい近い地蔵木戸地割先の土橋ぎわのごみすて場でペニシリンの未使用 あじろ

10. SFマガジン 1972年5月号

直射日光があたったときに、その赤みが浮きあがるだけだ。朝日が背後の岩のなかに食いこんで建てられていた。鏡板を張ったひとっ しつばいにそれに降りそそぎ、彼女の肩に乱反射している。手は粉の壁は、彫りつけられた名前や猥な言葉で埋まっていた。古いモ 8 1 ターとモーターの部品、一山の薪、ぼろ切れ、そして鎖。 だらけで、彼女はそれを腰で拭きながらわたしに近づいてきた。 「ここでは電力なんか要らないわよ」フィデッサが言った。「そん 「フィデッサ ? 」よろしい。わたしはそれがこっちの邪魔をしない なもの、必要ないんだから」彼女の声音は好戦的であり、執拗でも かぎり、現実が芸術を模倣するのに異を唱えるものではない。 「この男はだいじようぶだよ」ロジャーは彼女の目つきにこたえてあった。 「どうやって生きてるんだね ? 」 言った。 「けものをとって暮らしている」ロジャーは言った。わたしたち三 「そう ? 」 「そうだ。さあ、そこをどきな」かれは彼女を押しのけた。彼女は人は、石の階段を降りはじめた。吹抜きから見おろすと、その底の 「ここから約十マイルのところに、ヘイ あやうくかたわらの男にぶつかりそうになったが、男は寸前に身を壁がちらちら光っていた。 よけた。にもかかわらず彼女は、その気の毒な男に、″われに触るンズヴィルがある。必要なときには、仲間の何人かがそこへ行って るな″式の、思わずすくみあがるほどの目をくれた。なんだか知ら働くこともある」 「働くついでに、ちょっぴり暴れてくることもある ? 」 ( ロジャー ないが、この女もまた自分なりの妄想を持っているというわけだ。 のロが引きしまった ) 「必要なときには ? 」 「館のなかを見たいかね ? 」そう言ってロジャーはなかにはいっ た。わたしもあとにつづいた。 「ああ、必要なときにはな」 肉の焼ける匂いがした。それからパンも。 だれか、そうすることに慣れているらしい男が、乗り捨てられた ロジャーのサイクルを持ちあげて、ラックに運んでいった。 わたしは粉で白くなったフィデッサの腰を見やった。歩くにつれ フィデッサは、建物のなかにはいってゆくわたしたちを追ってきてそれが揺れた。わたしは目をそらさなかった。 「ここに 「なあ . わたしは戸口から三歩のところで立ち止まった。 「このひとたちはどのくらい前からここに住んでるのかね ? 」わた送電線を敷設することについてだがね」わたしの制服にあたる光 しはたずねた。 が、視界の下半分をちかちかさせた。 「もう四十年もハイにはエンジェルが住みついてるよ。だれかがく ロジャーとフィデッサはわたしを見かえした。 れば、だれかが去る。いまいる連中の大半は、夏中ずっとここで過「ここにいるあんたがたの人数は二ダース以上になる、それに、た ごしたんだ」 しか四十年も前からここには人が住んでると言ったな ? どうやっ わたしたちはとある部屋を横切った。芸術破壊主義者、時、そして料理してるんだ。冬季の暖房はどうしている ? 急病人が出たと て火が、この部屋に荒廃の痕を残していた。部屋のうしろ半分は、 きは ? 法律のことは忘れろ。それはあんたがたのためにつくられ