樹 - みる会図書館


検索対象: SFマガジン 1972年7月号
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1. SFマガジン 1972年7月号

色を選んだ。そして、そのちつぼけな原子力蓄電池からぼかぼかとりまいていた、銀色に、ひそやかに、黒々と。それから、かれが言 った。おまえは今朝、あの大枝にいたな : : : それからそのあと、あ 発散してくる熱は、かれの寂寥感のいくぶんかを追いはらった。 しばらくして、複数の月ーー鯨座オミクロン星第十八惑星は、三の枝にもいた、幹にもたれて。 個の衛星を持っていた がのぼりはじめた。樹の葉や、枝や、花ある意味でね、彼女は言った。ある意味ではそうよ。 にあたって絶えず変化する月光のパターンは、心を静める効果を持いやみこ 6 樹に住んでいるのか っていた。その新たな気分で見る樹は、美しかった。ハハハ鳥はすある意味でね、彼女はまた言った。ある意味ではそのとおりよ。 でにねぐらに帰り、またこの付近には美しい声で鳴く昆虫もいなかそれから、な・せ地球人は樹を殺すの ? ったから、静けさはまさに絶対であった。 かれはちょっと考えてから言った。さまざまな理由からだな。も しもあんたいカイズなら、あんたは樹を殺すことにより、 あたりは急速に冷えこんできた。息が白く見えるほどに気温がさみんたがあんたの種族から受けついだわずかな遺産のびとつを、示 がると、かれはテントにひっこんで、 " キャンプファイア〃をそのすことができるがゆえに樹を殺す。白人が奪い去ることのできなか 三角形の入口に据えた。そのさくらんぼ色の孤独のなかで、かれは「たわずかな継承財産のひとっー高さにたいする軽蔑だ。 あぐらをかき、背を丸めて坐っていた。かれはひどく疲れていた。 それでいて、そうして樹を殺しているあいだじゅう、あんたのアメ 火の向こうに、銀の紋様のある光輝となってこの大技がのび、銀で リカ・インディアンとしての魂は、自己嫌悪にのたうっている。な 食刻された葉が、風のない夜のしじまに微動だにせず垂れさがってぜならば、あんたがそうしてよそのわかむたいいてしていること は、本質的に、白人があんたたちの土地にしたこととおなじだから 。それからもしあんたがスーレなら、あんたは猿の魂を持っ はじめ彼女の姿は、ただ断片的にしか見えなかった。銀色にのび た脚、ちらちら光るすんなりした腕。チ = ニックが身体をおおってて生まれたがゆえに樹を殺す。そして、そうすることがあんたを、 いる部分の暗黒。ぼんやりした銀色のしみのような顔。最後に、そ絵を描くことが画家を満たすような意味で、創作することが作家を れらの断片がひとつになり、彼女はそこに、そのほっそりした青白満たすような意味で、作曲することが音楽家を満たすような意味で い姿態をさらしていた。やがて、影のなかから歩みでた彼女は、火満たしてくれるからだ。 で、もしあなたがあなただったら ? をはさんでかれの向かい側に坐った。その顔は、ほかのときに見た かれは嘘をつけないのを感じた。けっして成長しないがために樹 のよりもはっきりしていたーー・妹惑的な、小妖精のようにこじんま ナ 6 とかれは言った。かかたが樹を殺すのは、か人師 りまとまった面ざし、青い鳥を思わせる目の輝き。 長いあいだ彼女はロをきかず、かれもまた無言だ 0 た。そのままたちから崇拝され、第鄲かかかれ、酒をおご「てもらうのが好き加 一一人は火をはさんで黙念と対座していた。夜のしじまがかれらをとだからだ。きれいな女の子が町であんたをふりかえり、うっとりあ

2. SFマガジン 1972年7月号

地膚に深く食いこんだ。左の足に重心をかけると、かれはつづいて場、焼却炉、火葬場。そして最後の真新しい″島″は、この樹から 右足をあげた。そして二本目の拍車をたたきこんだ。 利用できるだけの木材を得ようとして、入植者たちが建てた製材工 こうしてかれはの・ほりはじめた。 樹のてつべんに近づいているときには、目をつぶっていてもそれ ある意味で、この樹はそれじたいひとつの収穫である。な・せな がわかる。どんな樹でもだ。高くの・ほるにしたがって、梢はしだい ら、鯨座オミクロン星第十八惑星では、木材は貴重品だからーーーほ しだいに大きく揺れはじめる。手に触れる幹は細くなってゆく。周とんど地球上におけるのとおなじくらいに貴重だからだ。とはい ーしかないそ、とストロン 囲の葉叢がまばらになるのにともない、太陽の暖かみは増す。心臓え、ただそれを手に入れようたってそうよ、 はいよいよ急速な韻律をかなではじめる : グは思う。この樹をとりはらうために、かれらがツリー・キラーズ 最後の二またに達すると、ストロングは片脚をそのまたにかけ株式会社に支払わねばならぬすくなからぬ金額を思うならば。 かれは笑った。かれは入植者らにほとんど同情を持っていない。 て、世界を見おろした。 樹は一塊のみどり色の雲だった。こうして上から見ると、下からプルースカイズ同様、かれらが土地にたいしてどういう行為を働い 見るよりもなしろ強くそう感じられるーー卞界の村の大半をおおっているか、いまから半世紀後、鯨座オミクロン星第十八惑星がどん なふうになっているか、よく知りつくしているからだ。ときにかれ た巨大なみどり色の雲だ。もっとも周辺部に位置する家々だけが、 レ 1 スのような葉叢のふちにそってわずかに見てとれる。その向こらを憎むことさえある こなぎ いっしかかれは、心のなかでそう呼びは だがいまは、かれらを憎むことは困難なのをかれは悟った。多少 うには、″大小麦海石 が、水平線に向かって音もなく波動し - ている。 じめていた なりとも憎しみをいだく一」とは困難なのを悟った。朝の風が樹上服 ことによると、″海″というよりは、″多島海″のほうがよりふをはためかせ、朝の日ざしが顔をなで、果てしない青空が肩のまわ というのも、いたるところに″島″が さわしい比喩かもしれない。 りにひろがり、足もとにはひとつの全き世界がひろがっているいま ま。 点在しているからだ。腐朽した村々の″島″、ときには、枯死した かれは煙草に火をつけた。世界の頂にいるときには、風と陽光に 樹の灯台が、無気味な灰色にそびえたち、ときには、倒壊したそれ の火色の残骸が散らばっている島。かと思えば、耐久性の強い鋼鉄つつまれているときには、それはすばらしい味がする。煙草が指を フォイルでできた貯蔵箱の″島″もあるし、おなじ材料でつくられ焦がすまでかれはそれを吸い、そして樹上靴の甲にこすりつけて消 た道具小屋の″島もある。これらの小屋のなかには、銀河系土地した。 開発管理局から貸与された播種用コ。フターや、軽量コイ ( インなど手をあげたとき、人差し指と親指に血がついているのに気づい の農具がしまってあるのだ。 」こま、ほかの、より小さな″島″がある。汚水処理工 はじめかれは手を切ったのかと思った。だが、血を拭いてみる もっと手前冫ー

3. SFマガジン 1972年7月号

こめかみがずきずきと脈打つのをストロングは感じた。かれはそどんな考えを持っていたかをね。かれらが崇拝したのはかれらの家 の壁龕を指した。「あれはーーあれはなんの人形かね、村長 ? 」 ったのです、樹ではなく」 ・ : じゃあ彼 ( 村長はうしろの壁をふりかえった。「ああ、あれですか。あれは 「炉ばたの女神 ? 」ストロングは言った。「家庭の ? ここの原住民が、家の護り神として炉ばたに置いていた彫像です女は、樹の上なんかでいったいなにをやってたんだ」 よ」そう言ってかれはそれを壁龕からとると、ストロングの立って「なんとおっしゃいましたか、ミスター・ストロング ? 」 いるところへ持ってきて、 ーの上に置いた。「なかなかみごとな「樹の上でだ。おれは樹の上で彼女を見たんだ」 ・ : ・ : ・ミスタースト ミスター・ストロング ? 細工でしよう、ねえ、 「ご冗談でしよう、ミスター・ストロング ! 」 ロング ? 」 彼女は、たしかにあ いたんだ、 / 「だれが冗談なんか言うもんか ! ストロングはその小像を凝視していたーー・その優美な腕と、長くそこに ! 」ストロングは力いつばいこぶしをカウンターにたたきっ ほっそりした脚。小さな乳房とすんなりした喉。妖精めいた顔と黄けた。「彼女は樹の上にいた、そしておれは彼女を殺したんだ ! 」 色い髪。身体をつつんでいる、繊細に彫られた葉っぱの衣裳。 「おい、しつかりしろ、トムーライトが言った。「みんながおまえ - 「より正確な用語は″呪物″でしような」と、村長は言葉をつづけを見てるそ」 「かれらの主神である女神の姿をかたどって造られているんで「おれは一インチずつ、一フートずつ、彼女を殺した。腕を一本一 す。わずかな資料から判断するに、どうもここのもとの住民は、こ本、脚を一本一本切り離した。おれは彼女を殺害したんだ ! 」スト の女神を狂信的に信仰するあまり、なかには彼女の姿を見たと主張ロングは声を呑んだ。なにかが変だった。なにか起こるべきことが 起こっていなかった。それからかれは、村長が自分のこぶしを凝視 するものすらあったらしい」 しているのを見、そのおかしなこととはなんだったかを悟った。 「樹の上で ? 」 力いつばいこぶしで・ハーをたたいたとき、かれは痛みを感じてい 「ときにはね」 ストロングは手をのばして、その小像に触れた。それから、こわなければならぬはずだった。が、痛みはなかった。いまそれがなぜ ここぼした酒の だかわかった。かれのこぶしは、・ハーの板からはねかえってはいな ごわとそれを持ちあげた。像の基部は、かれが・ハ 1 冫 かわりにそれは木のなかへめりこんでいた。まるで木が ためにわずかに濡れていた。「そんならーーーそんなら彼女は、″樹かった 腐っていたかのようだった。 の女神だ「たにちが」な」」 のろのろとかれはこぶしをあげた。こぶしの抜けたあとのぎざぎ 「いやそれはちがいますよ、ミスター・ストロング。彼女は炉ば たの神、家庭を護る神だ「たんです。あれらの樹が宗教的シンポルざの穴から、ぶーんと腐朽の匂いが立ちの・ほった。木はやはり腐っ だったとした先発隊の報告は、間違いだったんですよ。われわれはていたのだ。 ここに住むようになってそれを理解しました。原住民がほんとうは炉ばたの女神。家庭の護り神。村。 2 30

4. SFマガジン 1972年7月号

変えてしま 0 た。こうしてかれらは生態学的な・ ( ランスをくつがえらの大事な不動産を保存しようとあんなにも熱心にならなか「た 2 3 ら、樹はまだ百年ぐらいは生きのびられたかもしれないんだ。あれ したのだ」 2 ストロングは言 0 た。「知らずにね。そしてようやく最後に気がだけ大きな樹が枯死するまでには、長い年月がかかるものだからな ・ : それにあの樹液の色ーーあれもいまおれ理解できたような気 ついたときには、それをもとにもどすには遅すぎた。樹はすでに枯 死しはじめていた。そして最初の樹が枯れ、それと同時に最初の村がする。われわれの良心が、ないはずの色素補「ていたんだ : が腐りはじめると、かれらは恐怖に駆られた。おそらく、かれらにだけどおれは、ある意味で、彼女は : : : あの樹は死にたが「てたん 植えつけられた家への愛着があまりに強く、家なしではどうや「てじゃないかと思う」 ライトが言「た。「入植者の連中は、まだ一」の先も土地から搾取 生きていったらいいのかわからなかったんでしような。それに、目 の前で家が腐 0 てゆくのを見ることにも、明らかにかれらは堪えらをつづけるだろう。だがそのあいだかれらはず 0 と泥の小屋に住 れなかった。それで北部の荒地に集団移住したんです。それであのまなきゃならないんだ」 死の洞窟のなかで、餓死するか凍死するか、でなければ集団自殺すスト 0 ングは言「た。「ひょ「とするとおれは、慈悲をほどこし てやったのかもーーー」 るかしたんです : : : 」 「いったいあんたたち二人はなんの話をしてる スーレが言った。 ・フルースカイズが言った。「五千万頭もあいつらはいたんた、あ の大きな、毛のふさふさした、堂々たるけものが、現在、大北米砂んだ ? 」 ・フルースカイズが言っていた。「五千万だぞ、ちくしよう。五千 漠になっている肥沃な草原に住んでいたんだ。そしてかれらを養っ ていた草は青く、かれらはまたその草を糞として大地に返すことに万頭だそ ! 」 よって、ふたたび草を青々と茂らせていた。五千万頭だぞ ! そし て白人たちが殺戮を終わったとき、かれらは五百頭しか残っていな かった」 ライトが一一一口った。 「この村は、最後に″近代化″した村のひとっ なんだろうな、きっと。それでも、樹は入植者たちのやってくるず っと前から枯れかけていたにちがいない。だからこそ、いま村がこ んなにも急速に腐りかかっているんだ」 ストロングは言った。「樹の死によって、その退化作用にはます ます加速がかかる。おそらく、あと一カ月もすれば、満足に建って いる家は一軒もなくなるだろう : : : とはいえ、もしかれらが、かれ 2 3 0 , 玖 - 不死鳥コナン 死の都に乗り込んだコナンと女剣士を襲う妖魔 ! 2 2 0 エドモンド・ さいはてのスターウルフ 禁断の字宙の秘密を求めて乗り込んだ外人部隊 ! / 、ヤカワ s F 文直 ロ 発売中発売中

5. SFマガジン 1972年7月号

すかに気がかりそうに眉間に縦皺を寄せているーーーたぶん。だが、 第一日 それでいてなおあの、穏やかさと果敢さの不思議な混淆を具現して 8 樹木技術員リフトが上昇を開始する寸前、ストロングはその向き いる。どこから見てもまぎれもない指揮官の顔なのだ。 ストロングは、広場をとりまく家々のほうへ視線をあげていっ を変えて、背中を樹の幹に向ける姿勢をとった。上昇のはしめの段 階においては、なるべく樹を見ないようにするのが望ましいのだ。 た。下界で見るよりも、上から見たほうがなおいっそう魅惑的に見 けれども、リフトは、事実上、糸のように細いウインチ・ケープル える。鯨座オミクロン星の赤みがかった金色の光輝が、カメレオン からさがった三角形の鋼鉄の枠というにすぎなかったから、百フィ を思わせる家々の屋根を多彩にいろどり、ジンジャー・フレッド然と ートと昇らぬうちに、またくるりとまわってもとの位置にもどってしたフアサードの上で明かるく躍っている。もとより、近くにある しまった。好むと好まざるとにかかわらず、樹は最初からかれにつ家々はいまは無人にちがいないーー樹の周囲、半径三百ャード以内 いてまわろうとしているのだ。 の人家は、すべて立ちのきを命・せられ、その区域にはロープが張ら いま、幹は十五フィート向こうにあった。それがストロングに連れたーー、しかし、こうして見おろしていると、ストロングは気まぐ 想させるのは、絶壁である。長さ八フィートから十フィートに及ぶれな夢想にふけらずにはいられないのだ、夜のあいだに妖精たちが 樹皮の突起と、幅三、四フィートもの裂溝のある、生きた、凸型の無人の人家にはいりこみ、留守中の村人たちにかわって、家の内外 絶壁ーーーみどり色の荘厳な葉叢の雲に向かって、どこまでもそそりの雑用を引き受けているのではないかという : この空想は、ちょっとのあいだかれを面白がらせたが、長つづき たっ樹木の崖だ。 見あげるつもりはなかったが、かれの目はし・せんに幹の表面を上はしなかった。巨大な材木運搬車の一隊が村の広場にくりこんで へたどっていった。唐突にかれはそれを下へおろした。自分を安心き、そこに長い列をつくって駐車したので、そのような考えは追い させるために、しだいに小さくなってゆく村の広場を見おろし、そはらわれてしまったのだ。 こにいる三人の同僚の姿を捜しもとめたのだ。 いま一度かれは樹に向きなおった。いまではさいぜんより高く昇 スーレと・フルースカイズの二人は、むかしの墓地のひとつに立っ っているのだから、幹は細くなっていて然るべきである。が、そう はなっていないーーーすくなくとも、目につくほどには。それは依然 て、朝の一服をやっていた。遠すぎてかれらの表情までは見えない が、スーレの鈍重そうな顔は、おそらくはかたくなな憤りにゆがんとして凸面の崖に酷似しており、かれはツリーマンというより登山 でいるだろうし、プルースカイズはたぶん、お得意の ″・ハッファロ家のような気分を味わった。見あげると、最初の大枝が見えた。そ ー然とした″表情を浮かべていることだろう。ライトは樹の根もとれを見ても、かれの頭には、模樹石状のエヴェレストの垂直な斜面 から百フィートあまり離れたところにいて、ウインチを操作してい から、真横にのびているセコイアの樹、という以上の連想は思い浮 ・まよ、つこ 0 る。かれの顔は、基本的に、ふだんの顔とまったく変わるまい。か

6. SFマガジン 1972年7月号

かれはいきなり・ハーを離れると、満員のテー・フルで埋まった部屋家を生やすことによってです。そうですとも。自分自身の根っこか を横切り、道路側の壁へ行った。そして思いきりこぶしをうしろにら、きれいな、しゃれた家、人間が見たら、住んでみなくてはいら 引くと、その磨きあげられた、精緻な木目の浮きだした羽目板を殴れなくなるような家を生やすんです。これでわかったでしよう、ラ っこ 0 イト ? わかりませんか、ねえ ? なぜ、光合成以前の樹液が、樹 かれのこぶしは壁板を突き抜けた。 それ自身の必要とする以上の栄養物を含んでいるか、なぜ、光合成 自分のつくった穴の下の端に手をかけたかれは、それをひつばつを経たのちの樹液が、濃厚すぎるほどの酸素と炭水化物を含んでい た。その部分の壁板がばっこりととれ、床に落ちた。鼻をつく腐敗るか。樹は、それ自身たけを維持しようとしていたんじゃないんで の匂いが室内にひろがった。 す、この村をも維持しようとしていたんですよ。しかし、それはも うできなかった・ーー・人類の永遠の身勝手さ、永遠の愚かさのおかげ 入植者たちは怯えた目を見はって見まもっていた。ストロングは やにわにかれらに向きなおって言った。「おまえたちの大事なホテでね」 ライトは頭をどやされたような顔をしていた。ストロングはかれ ルは、土台から腐りかかってるそ。いや、おまえたちの村全体が、 の腕をとり、かれらは連れだってパーへもどった。入植者たちの面 そっくりだ ! 」 は灰色の土のようだった。村長はいまだにバーの上のぎざぎざのく かれは笑いだした。ライトが近づいてきて、かれの頬をひつばた ・ほみを見つめていた。 「なあおい、あんた、あんたの大事な村を救った男にもう一杯おご 「いいかげんにしないか、トム ! 」 笑いがやんだ。かれは深く息を吸って、心を落ち着けた。「だける気はないかね ? 」ストロングは言った。 村長は動かなかった。 どわかりませんか、ライト ? あの樹を見て ? 村を見て ? たい、あれだけの大きさに成長しうる樹は、その成長を持続し、ま ライトが言った。「むかしの人間は、その生態学上の・ハランスの た成長したあとは自分自身を維持するために、なにを必要とするでことを知っていたにちがいない そしてその知識を迷信に変え しようかね ? 栄養です。何トンも何トンもの栄養です。そして土た。そして、その後の世代から世代へと受け継がれてきたのは、そ はどんな種類の ? 動物の死骸やその他の廃棄物によって肥やさの知識ではなく、迷信だったのだ。かれらの種族が進歩すると、か れ、ただ大規模な人間の村落のみが提供しうる、人造湖や貯水池にれらは、あまりにはやく成長しすぎた他のあらゆる種族がやるのと よってうるおされる土地です。 おなじことをした。完全に迷信を無視し、見捨ててしまったのだ。 だとすれば、このような樹はいったいどうするでしようかね ? そしてやがて金属を使うことを覚えたかれらは、汚水処理機構を整 何世紀もかかって、おそらくは何千、何万年とかかって、それはい 備し、焼却炉や火葬場をつくった。なんであれ樹の提供していたシ田 かにして人間をそばにおびきよせるかを学ぶんです。いかにして ? ステムを軽んじ、樹の根もとにあったむかしの墓地を、村の広場に

7. SFマガジン 1972年7月号

「はあ : : : だいじようぶです」 気をつけるように」 「答えるのにずいぶん手間どったじゃない、ー じつは、いま呼び「承知しました」ストロングは言って、送信器を切った。 だしたのは、たったいま製材所の監督から伝言があって、いままで気分が楽になるのをかれは感じた。すくなくとも、かれ以外に おろした枝は、ぜんぶ、半分腐りかけていたと知らせてきたことをも、この″血″を苦にしたものがいたということなのだ。おかげ 伝えるためだったんだ。使いものになる材木はほとんどとれそうもで、つぎの切断作業では、切り株がおびただしく″出血″するのを とかれは言ってる。だから、きみも足もとに気をつけたま見ても、ほとんど動揺せずにいることができた。つぎの枝までサド え。それから、枝づなをかけるまたがしつかりしているかどうか ルで滑りおりたかれは、その先端へ向かって歩きだした。と、ふい も、じゅうぶんたしかめるように」 に、足の裏になにかやわらかいものがさわるのが感じられた。見お 「ぼくにはけっこう丈夫そうな樹に見えますがね」ストロングは言ろしてみると、樹の梢から落ちたのか、それともいましがた切った 枝の一本から落ちたのか、足が落ちた花を踏んづけているのがわか った。かれはかがみこんでそれを拾いあげた。踏みつぶされて見る 「かもしれん。だが、必要以上に過信するな。それだけじゃない、 かげもなく、茎は折れていたが、それはどういうふうにしてか、女 ほかにもこの樹には怪しいふしがある。おれはこの樹液の見本をい くらか村の実験所に送ったんだ。分析の結果によると、これはそのの顔との痛烈な相似を伝えることに成功しているようだった。 天然のままの段階ーーっまり、光合成作用を経る以前の段階という ことだ においては、異常に高濃度の栄養物を含有している。そ行動が知覚を鈍磨させてくれることを願いつつ、かれは樹を攻撃 して、同化されたのちの段階ーー・つまり、光合成作用を経たあとのすることにとりかかった。 においては、たとえ一千フィートを越える健康な樹にして 段階 かれは猛烈に働いた。樹液が手につき、衣類をよごしたが、かれ も、自らを維持するのに必要な量の二倍にものぼる炭水化物と、おは強いてそれを無視することに努めた。また、樹の花も無視し、と なじく二倍の量の酸素を含有している。そればかりじゃよ、、、 オしカれきおり顔を愛撫する葉をも無視した。昼までに、かれの切りはらっ らに言わせると、この樹液の異常な色を説明しうるような、いかなた箇所は、ゆうべ一夜を過ごしたあの大枝を越してその下まで達し る色素も存在しないというんだ。したがって、われわれは、たんに ており、頭上には、ほぼ三百フィート近い切り株だらけの幹が、わ これを、″血″を見ているものと思う・ヘきなのかもしれん」 ずかに葉の残った頂に向かってそびえたっていた。 「でなければ、われわれが″血″を見ていると思うよう、この樹が かれはすばやく計算してみた。枝葉の残った頂の部分は、約九十 フィート しむけているのかもね」ストロングは言った。 、地上から最初の大枝までは二百八十七フィート。 すでに ライトは笑った。「きみはあまりにたくさんのドライアドとっき枝を落した部分はほぼ三百フィートに達する。してみると、おおざ 0 あいすぎたようだな、ミスター・ストロング。とにかくじゅうぶんつばに見て、残るは約三百五十フィートということか :

8. SFマガジン 1972年7月号

サドル・ロープはかれの選んだ高い樹のまたから、さながら銀色 トしたストロングは、つぎに、爪のついたはさみ具を枝づなの輪に なった先端につけた。それから、適当なサドル用のまたを捜した。 の蔓植物のように垂れさがり、朝の微風に揺れていた。そのまた は、樹の最高点から約一一十フィート下、もしくは地表から一千フィ まもなくそれが見つかった。それは約十五フィート 上方にあり、か 1 ト以上、上にあった。 れの関心を持っている部分に近づく足がかりとしては、絶好の位置 これまでにかれは、多 にあった。かれの関心を持っている部分とは、すなわち、樹の梢か この数字は、おいそれとは把握しがたい。 ら九十フィート下にあたり、ライトが最大の長さとして指定した百くの巨木にのぼってきた。それらのあるものは、高さ五百フィ 1 ト フィートの限度を、枝々の長さが越えはじめるところである。 にも及ぶものだった。だがこの樹は、それらすらも取るに足らぬも トを越す高さを持つの のに見せてしまう。これはなんと一千フィ そのまたに向かってロープを投げあげたかれは、くねくねとロー 。フを揺さぶってその先が手に届くようにし、そこにサドルを結んだ。 だ。サドルについては、樹木技術学校で配布してくれる指導書にじ 一千フィ 1 トー つにいろいろなことが述べられている。たとえば、短いほうの部分揺れているサドル・ロープが、にわかに新しい意味を持ってき た。かれは手をのばして、そのごっごっした表面に触れた。それか つば に二重のはらみ綱を結びつければ、そこがシ 1 トになる。 う、びんと引っ張った結索ーー長いほうの部分のまわりに、はらみら、一一重になったそれをたどって上を見あげた。ほとんど自分でも 綱からのゆるみを加えて結びつけたものーーは、使用者に運動の自意識せぬうちに、かれはのぼりはじめていた。まず、手を上へ上へ 由を与える。指導書にはまた、サドル・テクニックについても多くと動かしてゆく。と同時に、両足を口 1 プにからませて、それが身 のことが書かれている。いかにしてシ 1 トに体重をかけ、圧力を結体の上昇につれて足のあいだを滑ってゆくようにし、新たな手がか 索のてつべんに働かせることで下降するかという技術解説や、より りをつかむあいだは、その上に″立っ″姿勢をとる。熱狂がかれの 高い位置にのぼったあと、もしくははさみ具の打込みを終えて引き運動に加わった。血が暖かく体内を駆けめぐり、五官が歌う。かれ 返すさいには、必ず結索を通して口 1 ・フにゆるみをくれなくてはい はのんびりと、自信をもってのぼっていった。めざすまたに達する けないという警告。正しい使用法さえ心得ていれば、サドルは諸君と、かれはその上に身体を引きあげ、上方を見た。 の最良の友となるだろう、と手引き書は言う。 イ 1 トほど上の最後の二またに向かってまっすぐそそり 幹は十フ ストロングは、すぐにはシートにすべりこもうとしなかった。か たっている。かれは、樹上靴の甲に仕込まれた鋼鉄の拍車をとびだ わりに、無線を通じて十分間の休憩を宣告すると、枝づなをかけたさせる小さなボタンを押し、立ちあがった。そして両手を濃い灰色 またにもたれて、目をとじようとした。が、陽光がまぶたを通しての樹の幹にかけた。この高度では、幹はすでに直径一フィート足ら さしこんできて、それは困難だった。陽光と、葉叢と、樹の花、そずとなり、女の喉のようになめらかである。左の足をあげたかれ は、それをある角度をもって幹にたたきつけた。強く。拍車が樹の してところどころにのそく真っ青な空。

9. SFマガジン 1972年7月号

れらの村落を、このような怪物めいた樹木の根もとの周辺に建設しずあるのを知っているのである。 たのだろう ? 先発隊の報告によると、ここの原住民は、あのよう な美しい家屋を建てる能力を有していたにもかかわらず、じつはき葉の茂みは、いまやかれの頭上、周囲だけでなく、足もとにもひ わめて原始的だったという。しかし、いくら原始的でも、これほどろがっていた。かれは一個の独立した世界にいた。緑金色にかすん だなかを、この巨木の花が点々といろどる世界 ( この月は、鯨座オ の巨木が、電気あらしのさいに潜在的な脅威になりうることぐらい は気がついていたはずだし、なによりも、過剰な日蔭が湿気の発生ミクロン星第十八惑星の六月にあたり、樹はまさに花ざかりだっ た ) 、かれと、ハハ ( 鳥たちと、かれらの餌である昆虫たちだけが をうながし、その湿気が腐朽の先ぶれとなる、という程度のことは 住む世界。重なりあった葉叢を通して、ときおりかれにはジグソウ 知っていなくてはならない。 ・パズルのような広場が見えたが、だがそれだけだった。ライトの だが、明らかにかれらはそれを知っていなかった。というのも、 かれらが建設した多数の村落のうち、不快をもよおすほどの腐朽の姿はも = 覧えなか「た。同様に、スーレや・フルースカイズたちも。 度を示していないのは、いまここにあるこの村だけだからだ。ちょ今日の作業にかかる前、最初のケー・フルをかけた大枝の約十五フ ィート下までくると、かれはライトにウインチをとめるようにたの うど、かれのの・ほっているこの樹が、他のものを弱らせ、枯死させ たとされている仮説上の枯凋病にかからなか「た唯一の樹であるよんだ。それから、リフトの底辺からケープル打出し銃をとりはず し、その台尻を肩にあてると、リフトを前後に揺すりはじめた。約 ト上方、目にはいるかぎりのもっとも高い大枝を選んだ 先発隊の説によれば、原住民がこれらの樹のそばに村落を建設し八十フィ たのは、樹がかれらの宗教上のシンポルだったからだという。たしかれは、揺れるリフトが樹のウインチ側の最先端に達したところを かに、これらの樹が枯死しはじめると同時に、かれらが北部の荒野見はからって、狙いを定め、引き金を引いた。 にある″死の洞窟″に集団移住したという事実は、ある程度この説それはちょうど、蜘蛛が繊細な糸を吐きだすのに似ていた。細い を強めているように思われる。しかし、ストロングとしては、このケー・フルは空中を小蜘蛛の糸のように舞いあがり、めざす枝にひっ これらの民家の建てかたから見かかったかと思うと、そこから、重りのついた先端にひつばられ 一三をにわかには受けいれがたい。 て、かれらは芸術的であると同時に実際的な種族でもあったと推定て、かれののばした指先数インチのところへ、まっすぐ花や葉叢の されるが、実際的な種族というものは、たとえ自分たちの宗教的なあいだを縫って落ちてきた。つぎの揺りもどしでかれはそれをつか シンポルが病害を受けやすいとわかったからといって、それだけでむと、依然としてリフトを漕ぎながら、その先端を三角形のリフト 集団自殺などするものではない。のみならず、これまでストロングの頂点に押しつけた。先端に仕込まれた極徴のファイ・ ( ーがしつか ケープル は多数の新開拓惑星において樹木の伐採に従事してきたが、その経りリフトの鋼鉄に根をおろすと、かれはその″新しい 験から、先発隊の意見が誤っていたと判明することが、すくなからを、ポケット・ニッパ 1 で打出し銃から切り離し、銧を底辺の横棒 田 6

10. SFマガジン 1972年7月号

っへ投げあげ、さらに登高をつづけた。三回それをくりかえしたと もしも、夜のうちに、この樹を去って、無人になっている家々の ころで、頂上の枝のいちばん下の一本に達し、かれはほっとしてそひとつにでも身を隠したのでないかぎり。だがかれには、彼女がそ うしたとは思えなかった。もし彼女が現実のものであり、かれの空 の涼しい葉蔭に身を引きあげた。全身の筋肉が悲鳴をあげ、肺臓は 想でなければ、けっしてこの樹を離れはしないだろう。またもし彼 焼けるかのよう、そして喉はまるでかたまった泥のようだった。 いくらか呼吸が楽になったところで、かれは水筒の水をちびちび女が実在しておらず、かれの空想の産物であれば、この樹を離れる と飲み、そのまま、なにも考えず、なにも感じず、身動きすらせずことはありえないということになる。 明らかに彼女はそのどちらでもなかった。頂にはなにもなかった にその緑蔭に横たわった。・ほんやりと、ライトの言っているのが聞 彼女の花のかんばせも、葉のチュニックも、小麦色のすんなり こえた。 「きさまは大馬鹿野郎だよ、ストロング、だがいまい した手足も、明かるく輝く髪も いっさいが空だった。かれは吐 ましいほど、 しいツリーマンだ ! 」だがあまりに疲れきっていて、か 息をついた。ほっとするべきか、がっかりすべきなのか、自分でも れは返事をする気にもなれなかった。 徐々に全身の力がもどってきたところで、かれは枝の上に立ちあわからなかった。彼女を発見することをかれは内心恐れていた。な がって煙草を吸った。吸いおわると、頭上の葉叢を見あげ、最初にぜなら、もし彼女が梢にいたら、どうしたらよいか判断に迷っただ サドル・ロープをかけたあのまたを捜しあてて、それに向かって口ろうから。だがいまかれは、彼女を発見しないことをもまた、自分 ープを投げあけた。そのまたに達したかれは、そこから梢のあたりが恐れていたのを悟った。 「そこでなにをしてるんだ、ミスター・ストロング。きみのドライ を仔細に点検した。必ずしも彼女が見つかると期待していたわけで はなかったが、それでも、最初の樹頭切除を始める前に、彼女がそアドにさよならを言っているのかね ? 」 こにこないことを確認しておかねばならなかった。 はっとわれに返ってかれは、はるか下の広場を見おろした。ライ トとスーレと・フルースカイズの三人組は、ほとんどそれを見分けら ハハハ鳥たちが半月形の目でかれを見つめた。枝々のあいだに、 この樹の花が咲いていた。かすかな風を受けて、木洩れ日にまだられないほどのちっぽけな点だった。 「ただ彼女をながめているだけ になった葉がふるえた。 ですよ、ミスター ・ライト」かれは言った。「つまり梢のことです 彼女にかれは呼びかけたいと願ったが、残念ながら彼女の名を知がね、・ほくの言うのは。梢は約九十フィートあります。これだけい っぺんに扱えると思いますか ? 」 らなかった。 / 彼女にもし名があればだ。いてみることをついそ思 いっかなかったとは、なんと間が抜けていたのだろう。その不思議「いちかばちかやってみよう、ミスター・ストロング。しかし残り な枝のよじれを、類のない葉の紋様をかれは見つめた。長いあい は五十フィートずつに切ってもらいたい、樹の直径がそれを許すか だ、枝に咲いた花を凝視した。もし彼女がここにいないなら、どこぎりはだ」 にもいないということになる 「じゃあどいていてください、 ミスター・ライト」 幻 8