である。 肩にかけ、立ちあがった。 世界が灰色に変った。倒れそうになって、彼は壁の銃架にしがみ 伸張函は、タイム・マシンのメカのうちじっさいに時間のついた。 なかを動く部分である。空気補給装置がそなえつけられており、函ケージが停止したのは二十分前。めまいはとっくにおさまってい が時間にそって伸び続けているあいた、内部に新鮮な空気を供給していいはずだ ! しかし長旅だったことは確かである。〇年よ ている。しかし、ここではそれも必要ない。ここは文明のあけ・ほのり過去の世界へケージが送りたされるのは、時間研究所はじまって と をまだ知らない世界ーー放射性廃棄物や、石炭、炭化水素、タ・ハ 以来のできごとなのだ。長い旅であり、奇妙な旅でもあった コ、木材、その他の物質の燃焼によって、大気が汚染されるまえのにかく旅行中すっと重力がスヴェッツの質量をへその方向に均等に 時代なのだ。 引っぱり続けていたのだから : 頭のもやが晴れると、彼は残りの装具をとりつけてあるもうひと 過去の世界にすっかりおびえ、スヴェッツはエクステンション・ ケージの世界に退却した。けれどもドアはしめなかった。なかにはつの壁にむかった。 リフト・フィール いったとたん、気分がよくなったからだ。 トの金属製の棒 , ーー内部に揚カ場 飛行ポールは、長さ五フィ ジェネレイダー そとには、彼が無知であるだけに危険な、未踏の惑星が待ってい発生機と動力源があり、両端にそれそれ操縦リングと・フラシ放電装 る。だがケージのなかは、訓練期間中と変りなかった。これとそっ置がついている。そして中央部に ' ( ケット・シートとシート・ 。宇宙飛行産業の副産物として開発されたものだが、スヴェッツ くりな精密モデルのなかで、コンビューターが操作するダイアルと の時代でも、これほどこじんまりとまとまった製品は珍しかった。 にらめつこしながら、スヴェッツは何百時間すごしたことだろう。 しかし作動していない状態では、その重量は三十ポンド。止め具 運動中の奇妙な付随効果に似せるため、人工重力のおまけまでつい からはずすのに、力を使いはたしてしまった。彼はひどい吐き気を ていた。 馬はとうに逃げてしまったにちがいない。だが大きさはつかめた感した。 飛行ポールを持ちあげようとかがんだとき、意識が遠くなってゆ し、このあたりに馬がいることもわかった。さて、・ほっ・ほっ仕事に くのに気づいた。 スヴ = ツツは、壁に固定されている麻酔銃をとった。そして適当倒れた拍子にドアのボタンにぶつかり、そのまま気を失った。 なサイズ、の麻酔針を選びたすと、銃につめた。ケ 1 スのなかには、 さまざまな大きさの水溶性結品体の針がおさめられていた。いちば 「どこに現われるか、それはまったくわからん」ラー・チェンが話 ん小さな針ならトガリネズミを、いち . ばん大きな針なら象を、同じしていた。ラー・チェンは時間研究所の所長ーーまるまると太った ように命に別状なく眠らせることができるのだ。スヴェッツは銃を大男で、顔の造作がいちいち並はすれて大きく、いつも一言ありそ ェクステ / ・ノョン・ケージ ゼ 0 6
くその長身と空を飛ぶ能力 , ーーに魅入られていた。だがエクステンしたくないのだ : : : そして彼にはもうアルミナはない : 少女はとうとうこっくりした。む変りをしないうちに、スヴェッ ション・ケージは、逆に彼女をおびえさせてしまった。無理もない ことだった。ドアがついた半球は、継ぎ目のない鏡面というだけでツは彼女の手に宝石をころがした。彼女は宝物を胸にしつかりとか 問題ない。だがその反対側の部分は・ほんやりとかすみ、人間の視覚かえこむと、泣きながらケージを出た。 ではとらえることのできない方向に溶けこんでいるのだ。作動中の 馬があとに続こうとした。 タイム・マシンをはじめて見たときには、スヴェッツ自身、歯の根スヴェッツは銃をかまえ、引金をひいた。けものの首に、血がポ のあわないほどの恐怖をお・ほえたものである。 ツンと現われた。一瞬たじろいだが、すぐ生得の銃剣のきっ先をス 彼女から買ったあと、この場で馬を撃ち、飛行ポ 1 ルを使って運ヴェッツにむけた。 びこむという手はある。だがもっと簡単なのは : かわいそうに ドアへと歩きながら、スヴェッツは思った。 やってみるにこしたことはない。スヴェッツはアルミナの残りを・こ、、、、・ ナカとちらにしても少女は馬を手ばなさねばならない。馬は、汚 すべて加工した。そして宝石を点々と地面にならべると、ケージに染された水を飲んだのだ。さて、飛行ポールを積みこんでしまえば ま、つこ。 し / 仕事は終る。 熱圧加工機には研磨装置よよ、。 ーオしスヴェッツははじめそれを心配視界の片隅で、何かが動いた。 した。できあがる宝石が、みなウズラの卵のようなかたちなのであ性急な断定はしばしば危険を招く。スヴェッツは馬が倒れるのを る。だが酸化第二クロム、酸化第二鉄、チタンを使って、赤、黄、確認しなかった。ふりかえった彼は愕然とした。馬は倒れるどころ 青と色に・ハラエティをつけることはできたし、圧力を変えればキャ か、彼をカクテル・シ = リンプみたいに串刺しにしようと身構えた ツツ・アイやスター ジェムを作ることも思いのままだった。彼ところだった。 は、赤、黄、青さまざまな宝石を、ケ 1 ジのドアまで一列にならべ彼はドアのボタンを押し、身をかわした。 たとえようもなく美しく、たとえようもなく鋭い螺旋状の角が、 びくびくしながらも誘惑にはさからえず、少女はついてきた。すしまりかけたドアに激突した。せまいケージのなかで、けものは白 い稲妻のように身をひるがえした。スヴェッツは必死でとびさがっ でにハンカチのなかは宝石でいつ。はいだった。馬も彼女のあとに続 少女がなかにはいると、スヴ = ツツは手のひらにさらに四個の宝角は半インチの差で彼をかすめて制御盤にぶつかり、プラスチッ 石をのせた。機械が作れる最大の大きさで、色はそれそれ、赤、ク・パネルをつきぬけた。 ハチパチと火花がはじけとんだ。 黄、空色、黒。彼は馬を指さし、ついで宝石を指さした。 少女は煩悶した。スヴ = ツツは冷汗を流して待った。馬を手ばな馬はひたいの槍とスヴ = ツツの位置を見比べながら、慎重に狙い こ 0 8 8
しかしラー・チェンは彼をすくみあがらせた。 うな表情をうかべている。「つまり、ある特定の日、特定の時間を ねら 0 て到着する方法はまだ開発されておらんということだーーーそ「こんなに遠くまでの旅は、われわれもや「たことがない」出発の 8 れをいうなら、年の単位でもまだ危つかしい。ただし = ネルギーの前夜、もう逃げも隠れもできないころにな 0 て、ラー・チ = ンはい 関係で、地底や、物体の内部に実体化するようなことはないから安 0 た。「それだけは忘れんことだ。何か異常がおこ 0 ても、ルール ・フックはあてにするな。計器にもたよるな。自分の頭を使うのだ。 ィートの高さに出たとしても、ケー 心したまえ。かりに空中一千フ ジは墜落しない。われわれの予算女ど無視したとほうもない = ネル頭たそ、スヴ = , ツ。どれだけ役にたっかはわからんが = = = 」 発射を目前にした数時間は、とても眠るどころではなかった。 ギーを使って、ゆっくりと着地するだけだ : : : 」 「きみはすっかりおびえとる」ケージの前に立ったスヴェッツにむ その夜、スヴ = ツツは迫真的な夢を見た。彼をのせたケージは、 「だが、きみにはそれを内に隠す 何回も何回も厚い岩盤のなかに実体化しては、目もくらむような閃か 0 て、ラー・チ = ンはいった。 だけの精神力がある。内心まで見通しているのは、おそらくわたし 光とともに爆発するのたった。 だけだろう、スヴェッツ。だからこそ、きみを選んだのだ。きみな 「書類のうえでは、馬の送り先は歴史局になっている、ラー・チェ ンよ、つこ。 「だが本当のところは、二十八歳の誕生日を迎えた事らおびえていても、先に進む力がある。手ぶらで帰ってくるな : しー 務総長へのプレゼントなんだ。きみも知っとるように、彼の知能は 所長の声はひときわ大きくなった。「必ず馬を連れてくるのだ、 六つの子供ぐらいしかない。そろそろ王室にも、近親結婚の弊害が 出てきたらしくてな。一三〇年からサルべージしてきた絵本をスヴ = ツツ。頭を使うんだそ、スヴ = ツツ、自分の頭をな : : : 」 スヴェッツは発作的に体をおこした。そう、空気た ! 早くドア このあいた贈ったところ、坊やはお馬がほしいというんだ : : : 」 だがドアはしまっていた。彼はフ スヴ = ツツは、大逆罪ーーーそのような話を聞いた罪によって、わをしめなければ死んでしまうー ロアにあぐらをかき、痛む頭をかかえた。 が身が銃殺に処せられる姿をまざまざと見た。 換気装置はダイアルその他、火星のサンドボートに用いられてい 「 : : : でもなければ政府がこの旅行に金を出すわけがない。なんに しても、よいことだ。国連に現物をひきわたす前に、クローン再生るものとまったく同じたった。ダイアルは、ケージがすでに密閉さ 。わかるたろうーー・遣伝子は暗号だ、暗号なら解れているので、正常な目盛をきざんでいた。 をしておけばいし スヴェッツは勇気をふるいおこしてドアをあけた。十二世紀のイ 読できる。雄をつかまえるんだ。そうすれば馬なんか、ほしいだけ ギリスの芳潤な空気が流れこむと、スヴェッツは息をとめて、目盛 作れるようになる」 が変化してゆくのを見守った。そしてドアをしめると、冷汗をたら しかし馬をほしがる人間などいるのだろうか ? スヴ = ツツは、 時間飛行士が千年前の世界の廃屋から回収した幼児向き絵本の「ンしながら、室内の空気が毒ガスから安全な混合物にかわるのを待っ ビ = ーター複製をしげしげとながめた。何の感興もわかなかった。 こ 0
重力がなくなった。ケージはふたたび自由落下にはいった。馬はろん、・ ( クテリアもほとんど救ったよ“みんな動物園行きだ」 スヴェッツは病院のべッドから起きあがり、専門診断医に片腕を 9 苦しげに攻撃を開始した。 重力が回復した。この瞬間を予期していたスヴ = ツツは、なんなさしだしていた。遠いむかしに絶減した・ ( クテリアが、彼の体内に く床におりたった。そとでは、だれかがすでにドアをあけようとしも発見されるかもしれないのだ。腕を動かさないよう気をつけなが ら、彼は窮屈そうに姿勢をかえた。「あの馬に効く麻酔剤は見つか ている。 スヴェッツは一気にとびだした。馬は怒りにいななきながら、彼ったんですか ? 」 を殺そうとあとに続いた。コントロール・センターにいた男が二人「いいや。そのことはすまんと思ってるよ、スヴェッツ。なぜ針が 効かなかったのか、いまもってわからん。たぶん精神安定剤のよう はねとばされた。 「麻酔がきかないんだ ! 」スヴェッツは肩越しにどなった。さしもなものに免疫があるのだろう。 それはそうと、ケージの空気浄化装置には故障はなかったよ。あ の馬も、ここではデスクやスクリーンに妨害され、駿足を発揮でき なかった。この世界の大気も一役かっているのだろう。馬はデスクれは馬の体臭なんだ」 や人間にぶつかりながら進んだ。スヴ = ツツはなんなく凶暴な角と「そうだったんですか。死ぬかと思いました」 「あのにおいにはインターンたちも悲鳴をあげてたな。センターで の差をひろげた。 も当分におうだろう」ラー・チェンはべッドのはしに腰をおろし ニックはみるまにひろがっていった。 「いま困っているのは、ひたいにある例の角なんた。絵本の馬 には角なんかない」 「ジーラがいなければ手も足も出なかったところだ」ずっとあとに なって、ラー・チ = ンがいった。「あの気違い馬には、センターじ「そうなんです、所長 , ゅう震えあがったそ。それが、不感症のオールドミス、あのジーラ「すると、これはべつの動物ということになる。馬ではないんだ、 を見たとたん嘘みたいにおとなしくなって、彼女のあとをいそいそスヴ = ツツ。きみを送りかえさなきゃならん。たとえ研究所が破産 したとしてもだよ、スヴェッツ」 ついて行くじゃないか」 「お言葉をかえすようで失礼ですが、所長ーー」 「手遅れになる前に病院に入れたんですか ? 」 「他人行儀ないいかたはやめたまえ」 ラー・チェンは憂うっそうな顔でうなすいた。しかしそれは彼の 「けものの血液中「はい。では、 いいかえます。頭をちゃんと使ってください、所 お気にいりの表情で、内面の感情とは関係ない。 からは、五十種を越える未知のパクテリアが発見された。にもかか長」もう二度と馬をさがしに行く気はなかった。「子馬のうちに角 わらず、病気のようには見えんのだ ! 健康なことといったら、とを切ってしまう習慣が、当時あったとは考えられませんか ? あの : とにかく、ものすごいスタミナがあるんたな。馬はもち角がどんなに危険かは、このあいだの騒ぎで見たとおりです。家畜 こ 0
の炭酸ガスの量を、緑色植物がそれを酸素に還元するより何十倍も つぎにケージから出たとき、スヴェッツは飛行ポールのほかに、 速い。ヒッチで増やしていった。スヴェッツは、二千年の歳月をかけ もうひとっ星間探検産業の副産物を用意していた。それは透明な気て、 C02 を濃厚に含む大気についに適応した人類の一員なのであ 泡で、彼はそれを頭にすつぼりかぶっていた。気泡は、選択透過性る。 のある膜でできており、数種の気体だけを透過させて内部に呼吸で 左わきの下のリンパ腺の自律神経を活動させるには、炭酸ガスの きる混合物をつくりだすのである。 集中がおこらねばならない。スヴ = ツツが気を失ったのは、正常に ふちの線をのそけば、気泡はほとんど目に見えない。ふちの部分呼吸していなかったからだ。 だけは光線の屈折が激しいので、距離をおいてながめると、金色の彼のうかない顔は、気泡をかぶ「たおかげで強ま 0 た他所もの意 し輪がスヴ = ツツの頭をぐるりとかこんでいるような感じにな識のあらわれたっこ。 る。見た目には、中世の絵画に描かれている光輪と大した変りはな 彼は飛行ポールにまたがると、上端の制御 / プをまわした。ポー い。だがスヴェッツは、中世の絵画など知るよしもなかった。 ルが彼の下でうきあがり、彼は。ハケット・シートにはいりこんだ。 そして彼は、単純な白いロープを着ていた。胴まわりたけ細く ノブをさらにまわす。 ほかはゆったりした、飾り気ない服である。研究所の判断によれ彼をのせたポールは、風船のように空にまいあがった。 ば、これがセ ' クスや習慣のタブーにも 0 とも抵触する可能性の少緑につつまれた未開の美しい土地が、眼下にひろが 0 ていた。パ ない服装だろうということだった。腰帯には、交易キッ ーーー熱圧 ール・グレイの空には、飛行雲のかけらも見えない。やがて彼は崩 加工機、アルミナをいれた袋、着色用の付加剤のビン数本。 れおちた石壁を見つけ、それに沿って飛びはじめた。 最後に彼は、悲痛な、困惑の表情をうかべた。彼の遠い祖先が住部落を見つけるまで、壁づたいに進むつもりだった。あの伝説が む世界にようやくたどりついたのに、そこの清浄な空気を吸えないもし本当ならーー馬の大きさからいって車をひくぐらいのことはで とはなんということかー きそうだーー人間のいるところには必ず馬もいるはずたった。 ケージ内部の空気は、スヴェッツの時代の空気であり、それはほ まもなく壁と平行に道らしいものが見えてきた。周囲の土地はで ・ほ四パーセントの炭酸ガスを含んでいる。ところが原子力紀元前七こぼこなのに、そこだけは平坦で、草もなく、人間ひとりが歩ける 五〇年の空気には、炭酸ガスはその十分の一もないのた。この世界ほどの幅が一定してとってある。土をかためただけのものが道だと では、人間はまだ珍しい動物なのだ。呼吸する空気はほんの少し、 は、とても思えないが、スヴェッツは事情を理解した。 森林を伐採してもいなければ、時のあけぼの以来、消費した燃料も彼は十メートルの高度を保って、道づたいに飛んた。 とるに足りない。 すりきれた茶色の服を着た男がいた。頭巾をかぶり、杖にすがり しかし産業文明は、すなわち燃焼である。そして燃焼は、大気中ながら、はたしで辛抱強く歩いている。スヴェッツには背中しか見
ア . ンテ・アトミック いいかえれば一二 ~ 、かに大きい。また「絵本のなかの馬はたてがみが短く、つややかな 時代は、ほぼ七五〇年 ( 原子力紀元前 ) 、 ェクステンション・ 〇〇年 ( キリスト紀元 ) 。」パンヴィル・スヴ = ツツは伸、張栗毛だったが、いまスヴェッツとむかいあっているけものは全身ま 8 っ白であり、そのたてがみは女性のロングへアのようにふさふさと 函から出ると、あたりを見まわした。 スヴ = ツツにとって、原爆は千百年もむかしの発明であり、馬はたれさがっていた。ほかにも違うところがある : : : だが「そんなこ 千年前に絶減した生物である。これは、彼がはじめて経験する過去とはどうでもいい。見れば見るほど絵本に生写しであることからい っても、これが馬以外の生き物とは考えられなかった。 への旅であった。これまでの訓練など問題ではない。タイム・トラ ベルの実習は、一回の発射に数百万コマーシャルの経費を要するた馬はスヴ = ツツの動きをうかがいながら、彼がわれにかえるのを め教程に含まれていないのだ。タイム・トラベルに伴う重力の奇妙待っていたようだった。そしてスヴ = ツツが麻酔銃のないのに気づ な付随効果で、スヴ = ツツの頭はまだくらくらしていた。彼は前産いてうろたえているすきに、一声たからかに笑うと、くるりと尻を 業時代の空気を胸いつばい吸いこみ、自分をここに導いた不可思議むけ、走りだした。それは驚くほどの速さで姿を消した。 なめぐりあわせを心にかみしめた。しかしその反面、心の奥底で スヴェッツは全身ががたがた震えだすのを感した。馬に知覚力が は、どこか別の世界ーーいや、いっか別の時代にやってきたという あるかもしれないなんて、だれひとり教えてくれなかったではない ことが、まだ納得できないでいるのだった。 か ! それにしても、あのけもののあざ笑いは人間味がありすぎ 彼は麻酔銃を持っていなかった。馬を生捕りにするのがこの旅行る。 スヴェッツはようやく思い知った。彼がいまいるのは、遠い遠い の目的なのだが、そとに出たとたん、お目あてのものに出くわすと は思ってもいなかったのである。そもそも馬とは、どれくらいの大過去なのである。 きさなのか ? どこへ行けば見つかるのか ? 研究所にある資料と それ以上に彼を思い知らせたのは、馬が消えたあと、そこにぼっ いえば、サルべ 1 ジされた幼児向き絵本のなかの挿絵数点と、かっ かりと生まれた空虚感であった。地平線のかなたまで林立する高層 て馬は車をひく動力として利用されていた ( ! ) という眉唾な伝説住宅群もなければ、空にたなびく飛行雲もない。人類の存在すら知 らぬげな、樹木と花々となだらかに起伏する草原の世界。 そして静けさーー・耳がつん・ほになってしまったようだった。馬の 曇り空の下にひろがる空虚な世界をながめながら、スヴ = ツツは ェクステンション・ケージの湾曲した外壁に片手をおき、身を引き笑い声のあと、物音らしいものを何ひとっ聞いていないのだ。原子 締めた。まだ頭がくらくらする。目の前に馬がいることに気づくのカ紀元一一〇〇年の世界では、このような静けさは地球上 どこをさがしても見つからない。耳をすましながらスヴェッツは、 に数秒かかった。 それは前方十五ャードほどのところに立ち、利ロそうな大きな茶ここがまちがいなく彼の目的地、文明の到来以前のプリテン諸島で 色の眼でスヴ = ツツのようすをうかがっていた。予想したよりはるあることをついに確信した。彼はタイム・トラ・〈、ルをなしとげたの ケージ アトミック ポスト・
をさだめた。スヴェッツにできることはひとっしかなかった。彼はの部分の配線が切れたのかわからないが、とんでもない時代に出て 帰還レ・ハーを引いた。 しまうことだってありうる。そこは時間の果て、病み衰えた黒色太 自由落下をはじめて経験して、馬は狂ったようにいなないた。ス陽の輝く不毛の世界だろうか ? ヴェッツのへそを狙っていた角は、呼吸用気泡を破壊し、彼の片耳 いや、帰ろうにも、その未来すらなくなっているかもしれない。 を切り裂いた。 彼は飛行ポールをおき忘れてきた。人びとはどのように扱うだろ と、重力が戻った。だが、それは運動中のケージに生じる特殊な 一方の端に制御ハンドル、もう一方の端に・フラシ放電装置、 重力だった。スヴ = ツッと馬は、詰め物をした壁に押しつけられまん中に座席というこの奇妙な機械を見て、人びとは何を連想する た。彼は安堵のため息をついた。 だろう ? あの少女が乗ったとしたら ? スヴェッツは、満月の光 とつ。せん奇妙なにおいが鼻孔をおそった。今までかいだことのな に照らされながら夜空を飛ぶ少女を思いえがいた : : : 歴史はどう変 い強烈な悪臭たった。恐るべき角の一撃で、空気浄化装置がこわれってゆくだろう ? たにちがいない。 もしかしたら、いま吸っているのは有毒な空気か 馬はいまにも卒中をおこさんばかりだった。横腹は激しく波打 もしれない。手遅れになるまえに帰らないと : ち、眼はギョロギョロと動いている。室内の炭酸ガスが濃すぎるの だが帰ることができるのか ? 象牙色の角がぶつかったとき、ど だろう。でなければ飲んだ有毒な水のせいだ。 72 年度 S F M 臨時増刊号予告 恒例三大企画 全て大型強力作品 ■第一企画 く精選穴ード SF 特集〉 小松左京光瀬・ 豊田有恒荒巻義雄 0 第二企画 く特選 SF コミック特集〉 松本零士藤子不ニ雄 第三企画 く恐怖のクトウルー神話特集 ラブクラフいロング ハワー下当プロ。グ ロ星新一 特作ショトスト、リイ 0 巻頭特集 テレビ日誌野田昌宏 第特別読物 世界の超自然事件簿 ~ 8 月中句全国一斉発売 い : 宅ト
としては危険すぎる」 ような黒い眉をつりあげた。「もちろん、これは秘密だそ」 「はい、所長」 「では、な・せわれわれの馬には角があるのだ ? 」 「だからはじめて見たときに、わたしは野性の馬だと思ったので 「それから」ラー・チェンは立ちあがった。「診断が終ったら、四 す。角を切る習慣が定着したのは、ずっと後の時代なんでしよう」週間の休暇た」 ラー・チェンは憂うっそうな顔のまま、満足げにうなずいた。 っ 「わたしもそうではないかと思っていたよ。そこで問題は、事務総「これをつかまえてもらいたい」四週間後、ラー・チェンがい 長だ。自分の馬には角がある、絵本の馬には角がない。いくら馬鹿た。彼は動物物語集をひろげた。「一〇年の市民公園で回収し でも、それくらいは見分けがつく。わたしはきっとその責任をとらてきた本だ。といっても、子供がカーボランダムのかたまりで遊ん でいるすきにかすめとってきたんだが」 されるだろう」 スヴェッツは絵をながめた。「すごいやつですね。こんなにグロ 「フムムースヴェッツはどう答えてよいのかわからなかった。 テスクなのも珍しい。馬と・ハランスをとるんでしよう ? 馬が美し 「角を切除するほかあるまい」 すぎるから、こういうのを捕えてきて並べないと、宇宙の天秤がひ 「しかし、だれかが傷あとを見つけるでしよう」 つくりかえってしまう」 「そうなんだ、そのとおりだ。宮中には、わたしの敵も多い。事務 ラー・チェンは悲しげに眼をとじた。「つべこぺいわんで毒トカ 総長のペットを傷ものにしたと喜んでいいたてるたろう」ラー・チ エンはスヴ = ツツをにらみつけた。「よし、そこで、きみの考えをゲを捕えてくるんだ、スヴェッツ。事務総長が毒トカゲをご所望な んだよ」 きこうじゃないか」 スヴェッツ一は後悔していた。な・せ余計な口をはさんでしまったの「大きさは ? 」 二人は挿絵をのそきこんだ。手がかりはなかった。「この格好か か ? あの美しい凶暴な馬が、角を抜かれて見るかげもない姿に : ・ : 胸のわるくなる考えだった。理性では考えられても、感情がうけらいって、大きなケージを使ったほうがよさそうだな」 つけなかった。角を抜く以外に、何か方法はないだろうか ? 彼をいった、「絵本を修正してしまうんです、馬ではなく。絵本スヴェッツは半死半生で帰還した。疲労のあまり動くこともでき の複製を作るくらいコン。ヒューターなら簡単でしよう ただし、ず、半身に二次性の火傷を負っていた。彼が運んできた生き物は、 絵のなかの馬に角をかき足すんです。センターのコン。ヒューターを全長三十フィ 、背中にコウモリのそれを思わせる退化した翼が 使って、あとでテー。フを処分してしまえばいし あり、ロから火を吹き、挿絵とあまり似ていなかった。しかし彼が ラー・チェンは不機嫌にいった、「それはわるくない。わたしの見つけたなかで、いちばん近いのがそれだった。 知っている男を使えば、絵本はすりかえられるはずだ」彼は毛虫の事務総長が大喜びしたことはいうまでもない。 9
うかべてスヴェッツを見た。スヴェッツもほほえみかえし、さらに 1 ーを見たことがなかった。機械の動きは知りつくしているが、それ 二歩進むと、イエロー ・サファイアをころがした。 とは似ても似つかない。思いあたるのは、男女の性行為だけたっ た。よどみないリズミカルな動き、目的へのひたむきな精神集中、 なぜ同じ馬に二度も行きあたったのか ? それはスヴ = ツツにも運動の快感たけのためにある運動。馬の疾駆する姿には、人を畏怖 わからない。しかし馬がどうやって彼に先回りしたかは、まもなくさせるような美があった。 明らかになった : これを形容する言葉は、馬とともに減びたにちがいない。 スヴェッツは少女にすでに宝石を三つわたしていた。彼はもう一一一馬はまったく疲れたようすがなかったが、少女のほうが先に疲れ つを手のひらにのせ、彼女を飛行ポールにのせようとした。少女はてしまった。少女がたてがみをひつばると、それはとまった。スヴ 首をふった。行きたくない、 というのだ。そして馬の背にまたがっ ェッツは持っていた宝石をわたし、さらに四つ作って、そのひとっ をわたした。 少女と馬は、スヴェッツのつぎの動きを待ちうけている。 風の強さがこたえたのか、彼女は泣いていた。宝石をうけとり、 彼は妥協した。飛行ポールに少女を乗せ、馬を誘導しようと思っ泣きながら笑った。宝石がうれしいのだろうか、それとも競走が楽 たのである。だが少女が馬にのってついてくるなら、結果は同じたしかったからなのか ? 彼女はあえぎながらぐったりとすわりこ っこ 0 み、体をやすめた馬の温かに脈打つわき腹にもたれかかった。そし 馬は、飛行ポールのすこし斜めうしろにびったりとついて走って片手をあけ、銀色のたてがみをくりかえしくりかえしなでた。馬 た。少女が乗っていても、走りにくそうなようすはなかった。当然の茶色の眼は、悪意をこめてスヴェッツを見つめていた。 少女は不器量だった。化粧していないからではない。体にはビタ だろう。そういった労働のために飼育されていた動物なのだから。 イ 1 ト足らず、そして痩 ミン欠乏の症状が現われていた。背も五フ どのくらいの速度が動きやすいか確かめようと、スヴェッツは目盛 をあげた。 せていた。幼児期にかかった病気の斑痕もあった。だがその不器量 彼はぐんぐんスビードを速めていった。馬にも限界があるはずだな顔は幸福に輝いており、それが宝石を持った彼女を、ほとんど愛 らしくさえ見せていた。 時速八十マイルまであがったところで、彼はやめた。少女はけも少女の疲れがとれたころを見はからって、スヴェッツは飛行ポー ルにのり、出発した。 のの背中に腹ばいになり、その首にしがみついて強い風から顔をか ばっていた。だが馬は、スヴェッツを上目づかし冫冫 、ここらみながら走ケージに着いたときには、アルミナはほとんど底をついていた。 り続ける。 だが問題は、そのあとにおこった。 その動きをどう表現したらよいだろうか ? スヴェッツは、バレ それまで少女は、スヴェッツの宝石とスヴェッツ自身ーー・・おそら こ 0 7
えない。 完全にツキに見はなされた感じだった。人間を何人か見かけはし スヴ = ツツは、おりていって馬のことをたずねようかと君った。 たのだが、みんなこの界隈から立ちのこうとしているところなの 8 だが思いとどまった。ケージがどの時代に止まるかもわからないのだ。そして人口の密集地はどこにも見当らなかった。 で、古代語は覚えなかったのだ。 途中、丘の上に不自然なかたちでそびえたっ岩の露頭を見かけ 、ユニケーションには役にたたないが、コミ ュニケーションのた。地質学のどんな法則に照らしあわせても、このような角ばった かわりになる交易キットのことを考えた。また実地にテストされた岩の集積体は考えられなかった、好奇心にかられて、彼はその上空 ことはないが、いずれにせよ、この程度のことで使ってはいられなを旋回したーーーそして、ふいに内部が空洞なのに気づいた。あちこ アルミナの量は限られているのだ。 ちに長方形の穴があいているのだ。 下から悲鳴があがった。見おろすと、れいの茶色の服の男が、杖人間の住居だろうか ? 信じたくはなかった。こんなもののなか を放りだして一目散に走ってゆく。先ほどの疲れたようすはどこにに住むのは、地底に住むのと同じことだ。だが人間は建物を直角に もない。 組みたてることが多く、この物体もすべて直角からなっていた。 「何に驚いたのかな」あたりに目をやったが、男を驚かせるような この空洞の岩石構造の周辺には、乾燥した草で作った不格好な小 ものは何ひとつ見当らなかった。たぶん小さな恐ろしい生き物でも山が点々とちらばり、そのどれにも人間の背丈ほどのドアがついて いたのだろう。 いた。おそらく大きな虫の巣だろう。スヴェッツはいそいで退散し 研究所の推定によれば、スヴェッツの時代までに人類がーーー不用た。 意に、あるいは意図的にーーー減・ほした生物は、哺乳類、鳥類、昆虫彼の前方で、道はこんもりと盛りあがった緑の丘を迂回してい 類あわせておよそ一千種にの・ほるという。だからこの世界では、な た。スヴェッツは速度をおとした。 にが命取りになるかわからない。彼はそくっと身震いした。茶色の 丘のいたたきに泉があり、せせらぎは斜面をくだって道を交叉し 服を着たひげづらの男は、 ( ンヴィル・スヴ = ツツを殺そうと待ちていた。何か大きな生き物が小川の水を飲んでいる。 かまえていた毒虫から逃げたのかもしれないのだ。 スヴェッツは中空で急停止した。自然水・ーー猛毒だ。馬を見て驚 スヴェッツは気短かに飛行ポールのスビードをあげた。この仕事いたのか、それとも馬が自殺を図っていたので驚いたのか、彼自身 にもはっきりしなかった。 は時間をくいすぎる。人口密集地がひとつひとっこんなに離れてい 馬は眼をあげ、彼を見た。 る世界なんて、だれが予想しえたろう ? 同し馬たった。 ミルクのように白く、豊かな純白のたてがみと尻 パラボロイド・フォース・フィールド それから三十分後、抛物面カ場で風をよけながら、スヴ尾が流れるようにたれていた。それは、スヴェッツをあざけって逃 げたあの馬にちがいなかった。それはすぐ彼に背を向けたが、スヴ ェッツは時速六十マイルで道の上空をとばしていた。