火星人 - みる会図書館


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1. SFマガジン 1972年9月臨時増刊号

けの絵柄もあった。窓から眼を離して、プレイクは、祭壇の上にあだにこの地方でささやかれているは、偽ではなかったことにな る蜘蛛の巣だらけの十字架に注目した。どう見ても普通のものではる。この場所には昔、人類よりも古く、われわれが知る宇宙よりも クルック・ア / サク ない。影に閉ざされたエジプトの型十字章、つまり古いかたちのさらに広大な、ある邪悪な存在の住む家が、ほんとうにあったのか 十字架によく似ていた。後陣のすぐそばにある礼拝堂で、プレイクもしれない。 は朽ち果てかけている机と、もう黴になってしまって、ポロポロの朽ちた机のなかには、なんだか奇妙な暗号を使って書きこんだ、 粉を吹きだしている書物をギッシリ納めた、天井まである書棚を見革装の小型記録帳がはいっていた。その直筆文は、今日でいうと天 つけた。ここではじめて、かれは現実の恐怖に対する明白な衝撃と文学に使われるような、そして昔だったら錬金術や占星術や、それ 出喰わす羽目になった。というのは、書棚に詰まった書籍のタイト以外の奇怪な術に用いられる種類の、ごくありきたりなシンポルか ルが、かれに多くを語ったからだった。それらの書籍は、普通の市ら成り立っていたーー要するに、太陽や月や惑星や、視座などをあ 民なら聞いたこともないような、あるいは聞いたにしても内密のらわす図案や、黄道十二宮のサインなどを想い浮かべてもらえばい 話として、人目をはばかるように聞かされたはずの、暗い禁断の書 そういった図形が、ひとつひとつアルファベットと対応して 籍だった。人間がまだ幼かったころから、そして人間がまた生まれ いる可能性を匂わせる章分けや分割とを伴って、テキストの頁いっ ない前の、暗く伝統的な日々から、時の流れに乗って今日まで伝え ばいに書きこんであった。 られてきた、ロごもられた秘密と太古の呪文を貯える、禁断の恐る この暗号は後で解読することに決めて、プレイクはこの本を外套 べき書籍たった。そのなかには、かれがもう読んでいる書物もたく のポケットに突っこんだ。書棚にあった大型本のうちには、かれを さんあった。ーーー嫌悪の的となったあの「ネクロ / ミコン」のラテン ひどく魅惑したものがいくつもあったが、それは後で借り出せばい クラーク・アシュトン・スミ、 訳版、無気味きわまる「 = イボンの書」 ( スが創造した架空の魔道書 いという気持になった。こうした奇書が手もつけられずに保存され 悪名高いダレット伯爵の「屍食教典儀」になる架空の鬼書 ていることが、かれには不思議でならなかった。もしかすると、六 ト ) 、そしてルド ン・ンストの「知られざる教儀」ルした架空の禁書 十年間この廃屋を侵入者の手から護ってきた、このとり憑くような ウィック・プリン翁の手になる地獄の書「妖蛆の秘密」 ( 。 ロックが創造威圧的な恐怖を、なんとか打ちゃぶったのは、かれが最初ではない した架空 ) など、すでに内容を知りつくしている奇書のほかに、ただのだろうか ? 噂に聞いていただけだったり、その存在すら知らなかったような書一階をほぼ完全に調査したところで、プレイクは、もういちどあ ラヴクラフトの創造に ) 、「ジアンの書」の恐ろしい本堂の埃を掻きわけて、表玄関の方向へ歩いてい 0 た。 籍 , ーーたとえば「ナ 0 ト写本」 ( なる世界最古の写本 さっきそこで、遠くからずっと見つめてきたーーーあのまっ黒な塔と 予言者ダ《・プラ " ト = キー 9 手に ) それからす 0 かり腐蝕した書物で、 神秘学を研究する者にはなじみ深いシンポルや図形だけが辛うじて尖塔に向かって延びているらしい扉と階段があるのを、目にしたか 判別できる、わけの分からないものが一巻あった。とすると、いまらだった。階段をあがるのは、息詰まるような体験だった。なにし 3

2. SFマガジン 1972年9月臨時増刊号

ろ埃の堆積が厚すぎる。それにこの密閉された場所で、蜘蛛はいちた椅子の後方には、暗い色彩をもっパネル張りの壁に沿って、もう ばんひどい仕事を果たし終えていた。どこを見ても糸だらけなの崩れ落ちる寸前の、黒塗りにされた巨大な偶像が置いてあった。あ 3 だ。そこの階段は、高くて細い木製の足場を持った螺旋階段だつの神秘なイースター島に見られる、無気味な大彫像に、なによりも た。の・ほっていく途中、プレイクはときおり、めくるめくような高よく似ていた。蜘蛛の巣だらけの部屋の片隅には、ちょうど壁に割 みから町を見降ろす窓を通り過ぎた。下のほうにはロー。フらしいもりこませたようなかたちで、窓のまったくない階上の塔に、通じる締 のが見当たらなかったけれど、塔のなかには、ひとつにしても多数め切りの落とし戸へと延びていっている階段が、ひとつあった。 にしても、とにかくきっと鐘があるはずだった。そういえば、この弱い光に眼が慣れだしたところで、プレイクは、黄色つぼい金属 ランセット・ウィ / ドウ 狭くてよろい板の付いた錢頂窓は、かれが双眼鏡の中でよく観で出来たその不思議な箱に彫りきざまれた珍奇な浮彫細工に、注目 察した窓たった。ここまで来て、失望にぶつかった。なぜなら、、 力した。かれは近づいて、手とハンカチーフで埃をぬぐい去ろうとし れが階段の頂きまでの・ほり詰めたとき、塔上の部屋には鐘がひとっ た。そして、そこに彫りこまれたものが、完全に異質な、すさまじい もなかったからたった。その部屋が、想像もできないほど異様な目 ばかりのかたちを持っていることに気づいた。どういうわけか生き 的のために設けられたことは、明らかだった。 生きとしているが、かってこの惑星に住んだどのような生物体にも 十五フィ ト四方ほどのその部屋は、四面にひとつずつ付いた四似ていないものが、そこに描かれていた。四インチほどの球形は、 つの鋭頂窓によって、・ほんやりと照らしだされていた。四つの窓に ほとんど黒に近いが、わずかに赤のはいった不規則な平面部をたく は、腐ったよろい板のスクリーンの内側に、ガラスが取りつけられさん有する多面体であることは、はっきりしていた。ある種の際た てあった。さらにそこのところに、びったりとした不透明なスクリ った特徴をもっ水晶か、それとも、彫りきざまれ磨きこまれた鉱物 ーンが嵌めてあったが、それはもう大部分が腐っていた。埃だらけ質のようだ。その物質は、箱の底には着いておらず、箱のまん中に の床の中央に、高さ四フィ 、平均直径二フィートの、奇妙な角ある金属・ ( ンドによって宙吊りにされている感じで、頂部に近い箱 よすみ 度をもった石柱が立っていた。どちらの面にも、奇妙な、粗けずりの内側の四隅に突き出ている、独特なデザインを持った支えの上に の、判読不能なヒェログリフがびっしりと彫りこんであった。この乗っていた。いちど目がついたら最後、プレイクの心に、ほとんど 石柱の上に、見たこともないような幾何学模様をもった金属の箱が危険ともいえるような魅惑が浮きあがった。そこから、どうしても ちょうつがい 置かれている。蝶番付きの蓋が、うしろに押しひらかれていて、何目が離せなくなった。その輝かしい表面を見ていると、なんだか内 十年にもわたる埃をかぶった内部にはーーそう、卵形といったらい部が透明になっていて、その奥に、驚くような半世界がたくさん群 いのだろうかーーー・四フ ィートほどの長さがある、どことなく不規則れているような感じがした。かれの心のなかに、とても大ぎな石の な球形の物が納められていた。石柱の周囲を見ると、背の高いゴシ塔を持っ異界の星や、大山脈に取り巻かれていて生きものの気配さ ック風の椅子が七つ、まだ痛みもせずに、まるく並べてあった。まえ見えない星が、い くつも浮かんできた。そして、もっと奥のほう

3. SFマガジン 1972年9月臨時増刊号

この忌わしい事件の報道が検閲を受けたのはこれ以後のことであ る。な・せなら、地球上の過去の歴史に関しての既成の研究が一切無 効であるとわれわれは意見の一致を見たのであるから。天井からの 光が陰気なケースの中味と室内の息を飲む惨状を照らし出してい 二人の侵入者・ーー彼らは閉館まぎわに館内にひそんでいたという ことがのちに確認されたーーは夜警の殺害に対する償いをすませて 横たわっていた。 一人がビルマ人、もう一人はフィジー生まれであり、二人とも地 下宗派の悪辣な手先で、すでに警察にマークされていた人物たっ た。すでにこと切れた二人を調べればしらべるほど、彼らの死因に ついて謎と恐怖はつのるばかりだった。二人の身体の状態にはかな りな相違があったが、共通しているのはどちらもその顔に老練の捜 査官でさえ見たことのないほどの言語に絶した動揺と驚愕の表情が 表われていることであった。ビルマ人は、ガラスを四角く巧みに切 り取られたミイラケースの前でくずおれており、右手にはねずみ色 の皮膜状の巻き紙ーー・のちに地下の閲覧室に置いてある巻き紙と詳 細に照し合わせた結果似てはいるが微細な相違が明らかになったー ーが握られていた。体には乱暴を受けたあとは認められないし、苦 痛に引きつった表情からして真からの恐怖がこの男を襲い、死に致 らしめたとしか考えようがない。 7 近くにころがっているフィジー人にもそっとさせられた。始めに 3 彼に手を触れた警官の一人が、真夜中の異変におののく近所の人々

4. SFマガジン 1972年9月臨時増刊号

リアが知っていた二十万年前に全盛を誇ったと書かれている。古代身体が風化して崩壊する以前に気がふれてしまうが。そしてその魔 大陸のナーと呼ばれた王国或いは一地区に虚空より降臨した未知な力はヨゴス人の時代からまったく不変であるので、ガタノソアを見 3 る生物がそこに住みつき、年齢を重ねつつ揺籃期の地球に生存してた人間はいないといわれていた。 いた巨大な遺跡を最初の人類は見いだした。 ナーではガタノソアを崇拝する信者が、毎年毎年十二人の若い戦 ナーは、その中心部に、天空に向かってそそり立っャディス・ゴ士と十二人の乙女を犠牲としていた。ャディス・ゴの山に登り巨石 山の絶壁をもつ。その山頂は地球上に生命が誕生する以前地球に移づくりの砦へ近づけるものがいないので、それらの犠牲者達は、ふ 住して来た暗黒星人ョゴスの建設した巨石による巨大な砦の築かれもとに大理石で建てられた神殿にしつらえた燃える祭壇の上にささ ている聖域となっていた。ョゴス星人は、はるか以前に減亡してしげられた。ガタノソアを鎮めておくことが出来るかどうかは、彼 まったが、彼らは不老不死の悪的な一つの生命体を残していつら、僧侶の腕にその一切がかかっていたのでその権力はナーばかり た。それは、彼らの邪神でありまた守護神でもあるガタノソアであでなくムー大陸全土に渡って強大だった。 り、ヤディス・ゴの砦の地下暗い墓地で不気味に沈黙し続けている サボウ帝王をもしのぐ実権を握るイマシュ・モ 1 を長にいただく のであった。誰一人として近づいた者もないャディス・ゴを人はた暗神につかえる僧達が百名いた。そしてその一人一人が、大理石の だはるか遠くから空へつき出たその冐の山の輪郭をうちあおぐの大邸宅と金銀財宝と二百人の奴隷と百人の妾をかかえ、一般市民へ みであったが、その巨大な石の砦の地下深くひそみ、うごめくガタの法の支配を超越したところで長寿を保っていた。ところが守護者 ノンアの存在を否定するものは誰もいなかった。 たる彼らといえども、山中のガタノソアが人間世界へ出現する恐怖 からのがれられなかった。そこでのちになると彼らは人々に対し 人々はヨゴスの子らの時代のようにそれが地下から人間世界へは い出して米ぬようにいけにえを与えるのを習慣としていた。万一そて、恐ろし気な空想や電測をすることさえ禁じてしまった。 れがとだえたら、ガタノソアは白日の下へとおどり出て、ヤディス ガタノソフによる理不尽な脅成に人間がためらいつつも初めて抵 ・ゴの玄武岩の絶墅をはいおり、人々を減亡させるであろうと信じ抗したのが赤い月の時代だった。この剛気な異端者は名をティーヨ られていた。なぜならガタノソアを探りに行って生きて帰ったものグと言い、シャプ = グラ ( 一の女神で豊饒を司る神。その姿は千匹の れしの高 僧であると同時に「千匹の子をつれたヤギ」の銅ふき神殿の守護職 はいないし、その形を写し取ったどんな小さな絵も存在していない のだから。それを見たものには単なる死以上の恐怖をともなうたたにあった。ティーヨグは様々の神々のもっ魔力を研究し、当時の世 りが与えられるという。ョゴス人の一致して伝えるところによる界と邪神に関し、変わった夢や啓示をたびたび経験していた。その と、この邪神の姿を見たたけで、人は生きながらその身体を石に変結果彼はガタノソアの人間に対する圧制と無礼に抗して蛇神イグ えられてしまうたけではなく、命の続くかぎり永遠に意識を保った ( 南アメリカ土民の間に 神 ) 同様 = プ、ナグ、シャプ = グラの善神はわれわ まま野ざらしになっていなければならない。もっとも普通の人閭はれに加勢するであろうと確信するようになった。 よわい

5. SFマガジン 1972年9月臨時増刊号

ロイの論旨には、まったく私情のはさまる余地がない。この鯨狂 は、ただひたすら、地上最大の哺乳類の保護を願っている。そこに は、私利私欲のファクターは、まったく作用していない。 一九〇〇年の一二月の六日六晩、 ムーアは、ヘブリデス諸島の村人 おれは、海洋資源シンポジウムの開催のまえから、すでにロイの語すさまじい強風が〈プリデ , 諸島を達がこれらの島 0 には妖精とか、ケ おそい、大西洋上の十七マイル沖に ルビーという水の妖怪とかが住んで 主張の強力なシイハサイザーになりかわっていた。 奇ある遠いフラナン諸島の一つである いるのだとずっと信じ続けてきたと 日本語でいえば、コケの一念というのだろうか ? この類の人間怪アイリーン・モアの灯台からは、生 いうことを知っていたし、それにー ンフィステイケーション 界きているという様子が何もうかがえ ーよい天気の時でさえーー土地の人 は、会話の洗練度という西欧流の尺度からみれば、〈面白味の 世 なくなった。 人はいつもフラナン諸島には決して グット・フォア・ナッシング・フェラ そこで灯台を守っている三人の男近づかなかった。実際、村人達はそ ない男〉とか〈居ないよりましな奴〉とか定義されるのだろう。し 達からの遭難信号もなかったので、 の小人をたいへんおそれていたの かしそれでいて、ロイの態度には、ひとっことに打ちこむ男に共通 チームの四人目のメンバーであるジ で、島々はいつも「遠い国」と呼ば ョゼフ・ムーアは心配にった。 れていたのである。 する、ある法則が働いているようにみえた。 三人の友人達が病気のために持ち 諸島にむかうため待機していた北 話題といったら、鯨に関することだけ。しかも押しつけがましい 場につけなくなったということは考部の灯台局の配達船へスペラス ( 金 えられそうになかった。」しかし、も星 ) 号の船長は、嵐がやむまでは海 ところがあり、他人の意見に耳を貸そうとしない。あのときおれな しそういうことがおこったとしてを渡ろうとしなかったので、ムーア も、彼らのうち一人はきっと遭難信はだんだんと苛立ってきた。「配達 どは、ロイの一人演説のとどまるところを知らない流れのなかへ、 号を送ってくることができたはず品はともかくとしてあいつらへのク 本来の母国語でない英語で割りこんでいくことに、ひどく苦労をお だ。それなのに、望遠鏡で遠い島を リスマスプレゼントも積んでるんだ みても、ムーアには何の動きも見え ぜ・今夜あいつらに渡してやらなく ・ほえたものだった。しかし、そんなロイの態度は、かならずしも不 なかった。・そこには誰もいないかのちゃあ」しかし、そう言いながらも ようであった。 ムーアは彼の三人の相棒がその贈り 愉快なものではなかった。それどころか、一種異様なさわやかさす 灯台は動き始めてからまだ一年し物を決して見ることがないだろうと ら感じられた。 かたっておらず、その近代的な設備いう予感がした。 は専門の職員によっ . て正規の職務の 新しい年の夜明けに嵐はしずま 翌日、おれは、事務局のオフィスに、動物図鑑を持参したものだ 一部として点検されていた。その設り、ヘスペラス号は灯台にむけて出 備が完全にこわれてしまうなどとい航した。船は上陸の準備をする前に った。むこうが、その気なら、あくまでつきあってやろうという気 うことはあり得なかった。もしもそ三度島のまわりを巡航した。いつも になったからだ。さすがに、ロイのほうも、あきれたとみえて、そ ういうことが仮におこったにして の信号旗を揚げたが、それに答える も、それではなぜ火災信号やそのほ旗はいつものようには揚げられなか の日のあいだだけは、あまり、おれを患わそうとしなかった。 った。 かの信号が灯台から発せれらなかっ たのだろうか。 当然来るとわかっているはずの配 開催の三日ばかりまえになると気の早い参加者は、つぎつぎに アイリーン・モアはフラナン諸島達船をむかえる準備もされていなか 到着しはじめている。しかし、会期中はともかく、そうした連中の の中では一番大きく、ほとんど岩ば った。桟橋には積荷も積んでなく、 かりといってよいくらいで、灯台が もやい綱も用意されていなかった。 物見遊山まで、こちら側で面倒みてやる必要はない。連中も、それ レジストレーション 建てられる前には多くの船がここで海はまだ荒れていたが、ムーアは上 なりにプランを立ててきているのだろう、オフィスで登録を済 難破したのであった。 陸することに決めた。そこでポート こ 0 ーティシ・ハント ■三人の男が虚空に消えた ロ 4

6. SFマガジン 1972年9月臨時増刊号

をまた驚かす悲鳴を上げることとなった。浅黒かった顔が、なめし この太古の祖先の眼を写すレンズのうちに、この室内の反射以外 皮のようなねずみ色に変わっていることやしつかりと懐中電灯を握のちょっとした何かが見えたとしても、死者の網膜に、死の瞬間の 3 3 ったまま骨つぼくなった腕などから、誰か一人くらい気づいていて光景が焼きついているという学説に対して、懐疑的な立場に変わり もしかるべきであった。今でもこの時のことは身震いなしでは思い はない。しかし、この場合明らかに、網膜上に永劫の過去の太古の 起こせない。手つとり早く言えば、少なくとも一時間前までビンピ世界がぼんやり認められた、しかもそれは古代をけみしたこのミイ ンしていたメラネシアの邪教に身を捧げるこの侵人者が、今では硬ラが最後に目撃した光景に相違ないことを私も認めざるをえなかっ 直して灰色の岩石のごとくなっており、その姿はどこから見てもケた。それは刻々と薄らいでゆくばかりなので、私はしじゅうレンズ ースに収まっている太古のミイラとまったく変わりがなくなってい を調製しなければならなかった。どれほど小さいといえども、二人 たのである。 の侵入者を驚愕のあまり変死させるほどであったからには、それは しかもそれだけではなかった。われわれの恐怖はミイラの状態に正確で輪郭のはっきりしたものであったはずである。私は高性能レ 気がついて最高潮に達した。その姿勢がそれまでとはまるつきり違ンズを通してうかがった。生前ミイラが見た光景の詳細のすべて を、畏怖の念にかられながら耳をそばだてる周囲の連中に話してい っていたのである。全体に、硬直が取れた感じで、緊張がゆるみ、 落ち込んだ姿勢になっており、もはやその腕も下にさがって、顔をつた。 かくしているものは何もなくなっていた。そしてーーー神よ、助けた 一九三二年、ここポストンの一市民が、まったく現在とはその相 まえー 恐ろしく飛び出た眼球がばっちり見開かれ、その凄惨なを異にする別世界、永劫の時の流れに埋没してしまった世界を目撃 ありさまは、二人の侵人者が驚愕と嫌悪のあまり命を落したとしてしていた。そこは、広々とした室内・ーー巨石建造物内の個室 も不思議とは思われなかった。 で、私はその一ぐうから見てゆくことにした。彫刻のほどこされた われわれは思わずその死魚のような凝視に射すくめられてしまっその壁は、一部を見ただけで、かけねなしの冒濆性と非人間性にヘ た。二人の死体を調べているあいだずっとそれはわれわれの行為をきえきさせられるものだった。その彫刻者が人間の先祖だとは思え みつめていたのだ。不思議なその魔力のため、われわれの身体は他ないが、あるいは、見る者を圧倒するこの構図を描いたとき、すで 人のものになったように思うように動かなかったが、ヒェログリフに人類を知っていたということは考えられる。室内の中央に大石を の書かれた巻き紙の周囲にあつまると、その東縛から自然にのがれ利用したはね戸があり、それが開かれて、穴から異様な物体が姿を ていた。どういうわけか、そのいまわしい眼に引きつけられるので、現わしていた。この物体は、始めに眼が開かれたばかりのときは、 死体の調べが終ってから階下の事務室まで苦労の末その体をうごか明瞭に写っていて、侵入者はこれを見たに違いないのだが、すでに し、強力な拡大鏡を取ってきた。みなが胸をときめかせながら取り私のレンズの下では、それは奇怪なくもりにしか見えなかった。 囲むなかで私はミイラに接近して、どんよりした瞳を観察し始めた。 このとき私はもつばらレンズを右眼ばかりに集中して使用してい

7. SFマガジン 1972年9月臨時増刊号

″ン・ハイハの封じ石″も見つかってし「もう来てるよ」トウク・トウクは、ツバ星人特有の変てこな笑顔 いた言葉を思い出した。 をつくって、穴を指した。「今朝早く、ワープ・ステーションから まったし : : : 。 「こいよーー」と、トウク・トウクは言った。「あの石を見なが鉄砲玉みたいにとび出して来た。彼のおかげで、古代地図が解読で きて、ここが見つかったんた。今、 穴の底にいる」 ら、穴の周囲をまわってみろ」 さっきから、三人のすぐ傍にあるウインチドラムがまわってい 二人はトウク・トウクのあとについて、六角形の穴の縁にそって た。ーー・滑車が鳴ると、穴の底から、四、五人ものれそうな・ハケッ 歩き出した。ーー今度先に見つけたのはダニエルだった。 「おい ! まさか : : : 」とダニエルは、トウク・トウクのひょろ長トが上って来た。 い腕をつかんだ。「あの岩は : : : 」 「どうだった ? 」穴の底から上って来た考古学班のメイハーにトウ 「そうだ。ー、ー宙に浮いてる・・・・ : 」とトウク・トウクは言った。 ク・トウクは声をかけた。「なにか見つかったか ? 」 「穴の底におりてみるか ? もっとはっきりする・せ」 「ンカ・・ハ教授が、どうやら碑文らしいものを見つけたようです」 「いったい何のカで浮いてるんだ ? 」アイも呆然として、そのまると班員はいった。「それからーーー穴の底のビラミッドは、人工のも い岩塊を見つめた。「穴の中央部に : : : 何のささえもなしにうかんのではありませんでした。長年月の間に流れこんだ土砂が堆積した でいるのか ? 」 ものらしいです」 「今の所、磁力だと思うんだがね : : : 」とトウク・トウクはいっ 「おりてみるか ? 」デリックが首をふって・ハケットが三人の方に近 た。「たしかに、まわりからの強い磁場があの岩塊を極として走っよって来ると、トウク・トウクはふりかえって言った。「百メート ているのはたしかだがー・ーそれもよくしらべてみん事にはな。あの ルほどた。 少し炭酸ガスが多いから、代謝装置をつよめにした 岩塊がよほどかるいか、それとも、磁カ以外の何かの力も、くわわ方がいい」 っているのか、まだはっきりしない」 三人がのりこむと、デリックはまた大きく首をふって、穴の上に 「あれカ ; 、″ン・ハン・ハの封じ石″だとどうしてわかった ? 」 ハケットをさし出した。 ゆらゆらゆれる・ハケットの下に、六角 「あちこちに見つかったムムの超古代遺跡の、いたる所に書かれて筒形の穴が、暗黒のロを、地下にむかって垂直にひらいている。ト ・ハケットはゆるやかにゆれなが た文章からだよ : : : 」トウク・トウクはやや得意げに言った。 ウク・トウクがボタンをおすと、 ヒェログ 「星間言語学のンカ・・ハ教授が、とうとうムムの神聖古代文字を解ら、地下にむかっておりはじめた。まわりの壁は、鋼鉄色に光って 読したんだ」 が、すぐそのなめらかな光沢は消え、漆黒と言っていい 闇が三人をつつんた。 「なるほどーー」ダニエルは肩をすくめた。「ンカ・・ハ教授か。 ー彼はまた、きちがいみたいになって、この星へ来たがるだろうな星のかけらのように宙にういて、上部をにぶく光らせている岩塊 の傍を通りすぎると、・ ( ケットはぐぐっ、とゆれて、穴の中心部に 2 4

8. SFマガジン 1972年9月臨時増刊号

ールしたんだろう」 ラルド色の光点を十四箇くみあわせた結晶星団の空間模像があり、 「とにかく、本部から現在出ているのは、待機命令で、中止命令じその中心部から流れ出す赤い光の帯が、ゆっくり上から下へ動いて ゃないんですね」とダニエルはいった。「われわれの方は、一応予いる。 定通り作業をすすめますからね。いまから三時間後には、一切の準「隊長はどうだ ? 」と・ハラは、二人の方を見ずに言った。「本部か 備が完了します。ーーそのあと二十七時間の間、い つでも探査を開らの許可はおりたか ? 」 始できるようにしておきます」 「まだだ : : : 」とダ一「エルはこたえた。「だが、こちらの作業をお 「よろしい , ・ーー準備が終ったら知らせてくれ。その時点で、私も本さえにかかっている連中がいる事はわかった。考古学班だ」 部に決断を仰ぐ」 間にうかぶ光 ・ハラはダニエルの話にはまるで注意をはらわず、空 点を、ひょいとつまんでひねったり、光点と光点の間をひょいと七 アイとダニエルは、手をあげて司令室を出た。 まっすぐキャ本の指をそろえて切るようなしぐさをつづけた。・ハラの扁平で大き ンプの外へ出る気もせず、二人は司令部のカプセルのつづきになっ な頭部の、地球人のこめかみに相当する所のコンセントに電子脳に ている探査用ワー。フ装置のあるドームへむかう廊下を歩いて行っ 四本の触手を、たくみに つながるコードがさしこまれている。 踊るように光点の間をひらひら泳がせながら、ラは作業をつづけ ドームの中では、巨大な発振装置や、螢光をはなっパイプ類がやた。 たらにこんがらがった装置に、数人の隊員がとりつき、最後の準備「これでいい : : 」と、・ハラはつぶやいた。「これであと、装置と をいそいでいた。 接触さえさせれば、ビーム発生装置は自動的に星団中心部とこの惑 「よう、アイ : : : 」と、装置の上にいた一人が声をかけた。「また星との間の″通路″を追跡する」 君と御対面かい ? 」 そういうと・ハラはやっと二人の方をふりかえった。ー・・ー・度の強い 「今日はいい よ」と、アイは手をふった。「正直いっていささかう近眼鏡そっくりの眼球の第二角膜が上にはね上り、下からずっと小 んざりだ」 さい、まんまるいガラス球そっくりの第一眼球が出てきた。 「これ、わかるか ? 」 二人は装置をまわって、ドームの一隅の区切られた一廓にちかづ そういうと 、・ハラはテー・フルの上から白いポードをとり上げて、 いて行った。 その一廓の中では、アルクトウルスから参加している天体物理学結晶星団の模様の中心部から出ている赤い光の帯をさえぎった。 ーポードの上に、赤い、扁平な楕円の光斑がうかんだ。 者の・ハラ隊員が、超指向性歪曲波ビームの照準装置を調整してい 空間に、ただやたらに黄や青や赤、緑の光点がふわふわう「この赤い光が、今言った空間の″廊下″だ。歪曲波ビームはこの 9 空間を通って星団の中心部にはいる。それにのって、君は全宇宙の かんで明減しているにすぎないように見えるその装置の傍に、エメ こ 0 こ 0

9. SFマガジン 1972年9月臨時増刊号

緩と軟化現象を報告して来たが、二、三度収東剤を吹きつけるにとわすかに開いた眼球にあててのそきこもうとミイラに手を触れたと どめて、荒療治はさしひかえた。これらのことが大衆に与えた影響たん、ミイラはその厚いまぶたを再びかたくとざしてしまった。眼 3 3 は変わったものであった。 を開かせようといろいろ試みてみたが、彼は早急な手段はひかえた これまで、新聞で新しい事件が報道されれば必ず、入館者の洪水ので、すべて失敗に終わってしまった。彼から電話で報告を受けた とき、私は明瞭な事態の成りゆきに恐怖感がつのってゆくのを感じ となって現われた。ところが今回はーー・新聞はミイラの変化につい て際限もなく書きまくり続けているというのにーー・大衆自身の中た。なにか、時間と空間を越えた深淵から飛来した邪悪な霊気のよ うなものが博物館に陰気さと威嚇とを与えているという大衆の印象 で、不健全な好奇心よりも、確実に恐怖心の方が強まって来たよう だ。人々は博物館の中にただよう不吉な雰囲気を感し始め、入館者が理解できる。 は熱狂からさめきって、悪感におそわれるようになって出てくる。 二晩のちには、一人の陰険なフィリビン人が閉館時間に物陰に身 一般入館者は減少したが、風変りな外国人達は相変わらず現われ続をかくしていてとらえられた。警察署につれていかれたが、黙秘し け、どう見ても彼らが減少するきざしはなかった。 て名前もあかさないので、怪しい人物として拘留された。そのうち 十一月十八日には一人のベル 1 ・インディアンがミイラの前で血に、厳しい警戒体制に異国人たちは盗み出す気勢をそがれたのか、 「歩きながら見る」規則の実施以後変人の入館者は眼にみえて減少 を流してもだえ苦しむヒステリ 1 のようなテンカンの発作で倒れ、 運ばれた病院のべッドの上で「彼が眼を開くーーテ ィーヨグが眼をした。十二月一日火曜日未明、恐怖のクライマックスへと続く事件 開く、そして私を見る ! 」と絶叫した。この時こそ私は展示室からが発生した。真夜中の一時頃、恐怖と苦痛の張り詰めた悲鳴が博物 このミイラをはずす機会であると考えたが、保守的な局長会議で、館内から聞えて来たので肝をつぶした周囲に住民による通報を受け あえて命令を発する気にもなれなかった。しかしながら、博物館が一団の警官と私自身をも含めて数人の職員が博物館へ急行した。警 市内の穏健で厳格な人たちの悪評を買い始めていることもまたまぎ官に建物の周囲の警備をまかせて、残り全員で用心しながら中に入 れもない事実たった。そこで私はこの事後の対策として、この太平った。悪質な侵人者に対して様々な手段をこうしておいたにもかか 洋からの遺物の前では誰も数分間以上続けて立ち止まることを禁止わらず、中央廻廊で夜警が絞め殺されているのを発見した。首に する命令を出した。 は、インド大麻の切れつばしが巻きついたままだった。この事件の 十一月二十四日、五時に博物館が閉館したのち、番人の一人が、すべてを明らかにするに違ないミイラ室への階段を登りながら、 ミイラの眼が少し開かれているのに気付いた。それはぎわめてわずあたりをつつむ墓場のような静けさに、我々はほとんど息がつまり かなものであり薄い三日月形をなしていて、良く注意してやっと見そうになった。廻廊に灯りが点され落ちついたあと、やっとのこと で曲りくねった階段をの・ほり、ミイラ展示室へ通ずるアーチの下を える程度にすぎないが、それでも重大な出来事なので、すぐさまミ くぐった。 ノー博士を呼びにやった。彼が検査をしようと、拡大鏡を用意し、

10. SFマガジン 1972年9月臨時増刊号

人はあわただしくあの家を売り払 て四時間もしないうち、彼は夕食の 大脳に住みついた意識が教えるとおりに、なそってみたものだ」 い、オーストラリアへ行った・数年 ために階下におりてきてアリスに言 ロイは、そういって、・ハッグのなかから、画用紙をとりだした。 った。「あんなに召使いが見つかる たって戻ってくると、ルーシイこの そこには、ひとつの姿が、クロッキイされていた。 なんて、君も運がいいんだね。最近あたりの話題になった、今はジョー じゃ、召使いは高くつくし、見つけ ンズ夫人と呼ばれていたからであ おれは、それをみて、おもわず、目を疑った。そこに描かれてい る。マーカス少年のことを訊ねられ るのは難かしいし・ ~ : : 」 た生物の姿は、まさに、われわれ人類と生写しだった。だが、まっ ると、彼女は答えた、彼はシドニイ アリスはしばらく彼を見つめた・ たく同じではなく、小さな点で異なっていた。 で死にました、と・ 「うちには召使いはいないわ : : : 」 ひれあし て ひら 「二人が少年を殺したのですか ? 」 「でも、今ここにおりてくる時、ち あの鰭脚が変化したものであろう、手の掌の部分がやけに大き とう ゃんと三人見たよ」ジェイムズが答カーターが訊ねた。 、上腕骨と尺骨および橈骨の長さが、いちじるしく短縮してい えた。「男と女と子供だ」 「気をつけてお答えしなくちゃなり る。後肢のほうも同様で、直立に適応したためだろう、もと鰭脚で アリスは手短かに幽霊のことを話ませんな、ジョーンズ氏はまだこの したが、スミスは修道士であった近くに住んでおられるのですから」 あった足首から先の部分がきわだって大きく、フィンをつけたスキ と不動産屋は答えた。「私の知って ので、そのいわゆる「悪魔の事件」 ンダイ・ハ 1 あるいはペンギンの足のような感じで、左右に大きく開 いる限りでは、殺人の疑いはありま に手をだすのをひどくいやがった。 脚している。つまり、二次的に地上にもどり直立したため、なるべ せんでした。マーカス少年が財産を 訓彼は翌日、辞去した。 リチャードは、この謎の因縁をあつぐんだという墫はあったんですが く安定のいいように、接地面が大きくなっているわけだ。そして、 ね。二階の押し入れに閉じこめられ かそうと決心して、彼にこの家を売 上肢とおなじく、ここでも、大腿骨と脛骨および腓骨は、アシカで ていた、とも言われてました」 った不動産屋に行った・不動産屋は カーターは電話帳を操って、ジョ あったときより幾分ながくなっているものの、われわれと比べた場 ついに、前に住んでいた人達も幽霎 ーンズ夫妻の住んでいる家の住所を が出ると文句を言った、と認めた。 ムロにま、 - 、 力なり短いままになっている。 彼は、 . セパスチャン・ジョーンズと見つけたーーたいへん立派な邸宅 総じて、その生物の印象は、かなり胴長で、手と足の先だけがウ だ。道に迷ったふりをして、彼はド いう人が一一十年前、家政婦のルーシ アをノックした。 イ・アントロバスという女とマーカ チワのように肥大し、ズングリした感じになっているが、かならず スという小さな甥といっしょにあの ずんぐりしたはげ頭の男がでてき語 しもグロテスクではなく、それなりに優美なスタイルになってい たー・・、間違いなく、あの晩、手に斧物 家に住んでいた、と説明した。 る。 彼らについては、ほとんど知られを持「て知らぬ間に二階にあが 0 て奇 ていない。マーカスという少年は病いた男だった。 造化の妙と呼ぶべきだろうか、まったく異質の起源をもちなが 界 そのうしろに一人の女性があらわ 気がちで、めったに家の外へ出られ 世 ら、二足歩行、道具の使用という方向に適応したため、期せずして なかったからだし、ジョーンズもうれた。「どなたなの、セバスチャン ホミナイゼーション ? 」と女は訊ねた。その左手には人 偶然にも人間化の究極の形態と、きわめて類似したデザインにお 1 ちとけない人だったからだ・ルーシ 差し指がなかった ! イもめったに買物に出なかったし、 ちついたわけである。 主人とその甥について何もしやべら 5 「これは、人間ーーーホモ・サビエンスそのままじゃないか」 なかった・その後ジョーンズ家の人