声 - みる会図書館


検索対象: SFマガジン 1973年10月号
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1. SFマガジン 1973年10月号

オスデンは立ちあがった。戸口でかがみこんだ彼の背中と、包帯 あがる恐怖からのがれるために、トランプをし、おびえた子供のよ をまいた頭が、コントロール・パネルのほのかな光りにうきだして うにペチャベチャとしゃべりつづけている。「あれは、森の中にい 見える。 るのよ、あれはあなたを捕えに 「ノウ、ノ トミコは震えている。頭をあげることができない。 「暗闇がこわいかね ? 」とオスデンがひやかす。 「エクスワナを見てごらんなさいよ、ポーロックも、それにアスナウ、ノウ、ノウ、ノウ、ノウ、ノウ」トミコはささやく。「ノウ、 ノウ、ノウ」 ニフォイルだったーー・」 シナ。フシスを通過オスデンはひそやかに唐突に暗闇へとびおりた。かれは立ちさっ 「あれはあんたたちを傷つけることはできない。 するインパルス、枝を吹きぬける風、悪夢にすぎないんだ」 おれは来たそ ! 声にならぬ声がいう。 彼らはヘリジ = ットでとびたった。エスクワナはうしろの座席で 】フェクスは咳こんだ。立ちあがろうとし トミコは絶叫した。ハ 丸くなってぐっすりと眠りこけている。トミコが操縦した。 ( ェクスとオスデンはだまって、星あかりの灰色の平原を横切る森のたが、立ちあがれなかった。 トミコは収縮した、腹の中のめしいの目にむかって、彼女の存在 黒い線を見つめている。 の中心にむかって。そしてその外側は、恐布以外のなにものもなか 黒い線に近づき、それを越えた。彼らの眠下は暗黒の世界になっ こ 0 それはやんだ。 トミコは低空でとびながら着陸地点をさがした、高くとびあがり たい、逃げたいというはげしい欲求とたたかいながら。植物世界の彼女は頭をあげた。ゆっくりとにぎりしめていた両手をひらく、 強烈な生気は、森の中よりもはるかにはげしく、その恐怖は、はて背すじをのばす。夜は濃く、森の上にかがやく星。そのほかにはな しない黒い波となっておしよせる。行手に、灰色の空地がある。里 「オスデン」と叫んだが声にはならなかった。もう一度呼んでみ いもの、木ではないもの、根のあるもの、全体の一部であるもの、 それらのものよりちょっと高い小山のいただき。トミコは、そこへる、大きな、うしがえるのようなしやがれた声。答えはなかった。 ハーフェクスの様子がおかしいのに彼女は気づいた。暗闇のなか ヘリジェットを着陸させた。下手くそな着陸。操縦桿をにぎる手 にかれの頭をさがした、彼はシートからくずれおちていたのだ。死 が、つめたい石けんをぬったようにツルツルすべってしまう。 のような静寂のなかで、うしろの座席の暗闇で、とっぜん声がきこ 彼らのまわりに森がある、暗闇のなか、黒々と。 えた。 トミコは体をちちめ目をとじた。エスクワナは眠りながらうめい 「良好」とそれはいった。 た。ハーフェクスの息遣いがあらくなった。オスデンがかれの前に ェクスワナの声であった。トミコは明りをつけた。エンジニアは 体をのりだしてドアをあけても、じっと体をかたくしていた。 こ 0 9 6

2. SFマガジン 1973年10月号

きたいと思ったのである。「つまり、あなたがエン・ ( シー能力で捕・ハマーゲルド博士にしたことは、自閉症を裏返しにしたにすぎない えるものって、どんなのなの ? 」 のね三 : ・」 「くだらんものた」とオス ' デンはキイキイした声でいう。「動物の 「かわいそうなひと」とオレル 1 はいった。「ねえ、トミコ、今 心理的排泄物。ぼくはあんたらの排泄物のなかをおよぎまわってい晩、 ハ 1 フェクスにここに来てもらってもかまわない ? 」 るんだ」 「彼のキャビンへ行ったらどう ? ナインで、あの皮をむいたカ・フ 「事実が知りたかったのよ」見事なほど冷静な声だとトミコは思っと顔をつきあわせているのはそっとするの」 こ 0 「あなた、あのひとを憎んでいるんでしよう ? あのひとにはそれ がわかるのよ。でも 「あんたは事実を求めているんじゃない。・ほくに近づこうと思った ハーフェクスとはゆうべも寝たの。アスナニフ んた。い くばくかの恐布こ、 ~ いくばくかの好奇心、それからおびた オイルが妬くんじゃないかと思うの、同じキャビンだからこっち だしい嫌悪をもってね。大の死体をつつついて、うじ虫がわいてい のほうが助かるのよ」 るかどうかしらべるみたいに。ひとつご理解いただきたいんですが「両方にサービスしたらどう」トミコは、憤りをつつましやかにつ ね、近づかれるのは、めいわくなんだ、ひとりにしておいてもらい つんだ声でいった。地球の文化培養地、東アジアは、。ヒューリタン たいんだ」皮膚に赤とすみれ色の斑点があらわれ、声がうわすった主義であるから、トミコはいまだに純潔を守っている。 ようになる。「自分のくその上でころがってみたらどうだ、この黄「一晩にひとりでたくさん」オレルーは、無邪気にいう。・ヘルディ 色いメス大め ! 」だまりこんでいるトミコを彼は罵倒した。 ン星では、純潔とか童貞という言葉はない。 「おちついて」とトミコは静かな声でいって、すぐに自室へひきと「じゃあ、オスデンをためしてみたら」とトミコはいった。彼女の った。彼女の動機についてのオスデンの言葉は正しい。彼女の質問性格的不安定さは、ふだんはこれほどおもてにはでない。深い自己 は、オスデンの興味をひこうという前置きにすぎない。でもそれの不信は、破壊的な言動となってあらわれる。彼女がこの仕事を志願 どこが悪いのだろう ? こういう試みには、相手への敬意がこめらしたのよ、 ーいかなることがあっても、そうする必要がないからだ。 れているのではないだろうか ? 少くとも質問をした時点では、か かわいいベルディン人は顔をあげた。刷毛を手にもち、目を見開 すかな不信があった程度である。むしろ彼に、傲慢で毒舌家の彼いて。「ト、いコ、そんなこというなんてひどい」 に、オレル 1 によれば〈皮なし男〉に同情を感じていたのだ。いっ 「どうして ? 」 たい彼はなにを期待していたのだろう ? 愛だろうか ? 「いやしいことだわ ! あたしはガスデンに惹かれていないんだも 「あのひと、同情されるのがいやなんじゃないかしら」ペッドに寝の」 そべって乳首に金粉を塗りながらオレルーがいった。 「あなたがそんなことを気にするとは、ちっとも知らなかったわ」 「いやあ、、人間関係をつくることは、彼にはできないわけね。彼のとトミコはそっけなくいった。実は知っていたのだが。書類をまと 8 4

3. SFマガジン 1973年10月号

の心をうつのは、このへんの価値感の問題なんだな。浄土はこの世 にある。汝ら我を信ぜよ : : : そう言うのとおんなじことなんだ」 2 若様も幾分感動しているようだった。 「嘘なら俺だってつけるぜ」 「おおい。おおい ~ : : ・」 伊東が言った。 ガル・ ( ランの村へ進むザウロの部隊へ、道のわきの丘の上から一一 「お前なんか嘘ばっかりじゃねえか」 人のロスポ兵が声をかけた。 三波がからかった。 「ザウロ殿の部隊ではありませんか」 「あっ、敵 : : : 」 おう、と大声で大薙刀を持った巨漢が答えた。 突然伊東がヴァレリアの背後を指さした。ヴァレリアはさ 0 とふ「おとどまりください。差しあげたいものがあります」 り向いて剣を抜く。 二人の兵士は丘をおりはじめた。一。人は縛りあげた山賊の繩尻り 「嘘だよ、ヴァレリアさん」 を持ち、もう一人が抜き身の剣をつきつけてその山賊を歩かせてい る。 ヴァレリアは茫然として伊東の四角い顔をみつめた。 「やっ : : : それはヴァレリアではないのか」 「あなたまで嘘をおっきになれるのですね。なんというすばらしい だいぶ近づいたところでザウロが甲高い声をだした。昻奮のあま かたがたでしよう」 り声がかすれ、黄色い声になっている。 「嘘ついてほめられたの、はじめて」 「いかにもヴァレリアめです。みごとに生けどりました」 伊東は照れている。 部隊が停止した。ザウロはただ一人隊列を離れ、ころがるように 「よしきま 0 た。嘘つき大作戦のはじまりだ。俺たちの嘘を武器丘をおりてくる兵士たちのほう〈近寄 0 た。 に、ロスポを徹底的にやつつけてやろう」 「どこの手の者か知らんが、よくやった。褒美をとらせるそ」 吉永は立ちあがった。 「我々はガスポン殿の兵士ですが、このさきでヴァレリアをみか 「とにかく、早くその味方の結集地点とやらへ行こう。ザウ 0 を倒け、追いに追 0 てや 0 ととらえました。しかし部隊にはぐれてしま したら一挙にあの略奪部隊を殲減た。連中があの村でもたついてい る内に先まわりだ」 「そうかそうか」 四人はヴァレリアを先頭に走りだした。小川をとびこえ丘をかけ ザウロは駆け寄るとヴァレリアの前に立った。 登り、ガル・ハランの村はずれへひた走りに走った。 「ヴァレリア : ・ : ・」 ひげづらの粗野な大男だが、ヴァレリアをみつめる瞳は、明らか 9

4. SFマガジン 1973年10月号

「やあ、旅のかたがた」 テコトルは不満そうに言う。 近寄って行く四人に気がついて、ひときわ背の高い剣士が声をか「今日のたたかいの指揮はこのテコトルがまかされている」 「そうじゃないの。この人たちはどうやらワイナンの事情には暗い けた。その声で五十人ばかりがいっせいに四人のほうを注視する。 「出撃の準備をなさっているらしいので見に来ました」 らしいし、相手は何しろザウロよ。今日のところはたたかいに加わ 吉永が言った。その横で若様が鷹揚に微笑している。 らず、うしろで見ていてもらいたいのよ。私もテコトルのたたかい 「ロスポの部将ザウロが、不敵にもベルヴェラスの山のすぐ近くまには手をださないわ」 で来ているのです。今までロスポの徴税隊が、こんな山近くまで来「それならいい」 テコトルは言い、部下の隊伍を整えはじめた。 たことはなかったのに」 「徴税隊 : : : 」 「自分たちでそう言っているのです。しかし実際は略奪部隊です。 2 きのう我々が襲撃に失敗したので、図に乗ってこんな山近くまで入 りこんで来たのでしよう」 どうやらテコトルの部隊は、四人がヴァレリアと登って来た方角 「お邪魔でなかったら、一緒に連れて行っていただけませんか。そとは逆のほうへ下って行くようであった。 の、ロスボとかいう連中のやり口を見て置きたいし、あなたがたの 岩ばかりの山肌に、次第に黒い土が顔をのぞかせ、やがて木が現 たたかい方にも馴れて置きませんとね」 われはじめて林の道となった。 「結構ですとも」 林が切れるとすぐ一面の葡萄畑である。小さな丘が続き、ところ その男は両手をひろげて言い、ふり向くと武装した男たちに向っどころに果樹園もある。ときどき二、三十戸ばかりの石づくりの家 が並ぶ村を通りすぎる。 「お客人に敗けいくさなどごらんに入れるなよ」 村人たちはテコトルの部隊に全く敵意がなく、それどころかロス と叫んだ。男たちが、おう、と声を揃える。 ポ軍にたち向って行く山賊たちをはげまして、ワインや焼肉をふる まっている。 「私はテコトル。この襲撃の指揮をまかされています」 背の高い剣士はそう言って四人のこの腕を招んでまわった。握手「山賊とは言え、ちょっと様子が違うようだね」 のようなことらしい 若様がそれを見て言った。 「なあ山本」 「私も行くわ」 吉永は奇妙そうにあたりをみまわしていたが、たまりかねたよう 四人の背後でヴァレリアの声がした。 に若様の顔をみつめた。 「な・せだ、ヴァレリア」 て、 9

5. SFマガジン 1973年10月号

ンと、刃の折れたナイフを貸してやった。 水の樽はそのままにしておいた。べつにこれ以上いい置き場所があ 午後じゅう彼はその道具で穴を掘りつづけ、土をすくいだしてるわけでもないし、とにかくここは納屋のなかだーーー涼しくはない は、また掘りにかかるのだった。夕方には、穴は、彼がそのなかに にしても、沸騰点以下ではあるだろう。 ティ 坐って、肩まで隠れるほどに大きくなっていた。 ーのことを思いだしたのは、・ほくらが家に引き返しかけた おかあさんはメリーをおぶってポーチに立ち、しばらく見ていたときだった。穴のなかから彼の頭だけが突きだしているのを見て、 あとで言った。「前庭の芝生がだいなしだわ」そして笑った。「芝おとうさんは立ち止まり、それから、足に土をひっかけられないよ 生ですって ? だいなしですって ? 」それからもう一度、今度は涙う、急いで身を引いた。 「いったいなにが始まったのかね ? 」おとうさんはたずねた。疲労 声に近い声で笑った。 その夜遅く、ようやく涼しい夜気が農場に忍びよるころ、・ほくらと失意とから、声がとがっていた。 ミーが穴を掘ってるんだよ」・ほくはわかりきったことを答え は馬具の触れあう音と、つ。ついて荷馬車の軋み、ぼこ。ほこと土を踏「ティ たが、それしかばくに言えることはなかった むひずめの音を聞いた。 いまとっ・せん、おとうさんがい 「もうちょっとましな場所を選べなかったのかね ? 」そう言ってお おとうさんが帰ってきたのだー ーに声を ないとすべてがどんなにちぐはぐになってしまうかを意識しながとうさんは足音も荒く家にはいっていった。ぼくはティ、、 ら、・ほくらは木戸まで出迎えに走りでた。・ほくが木戸をあけ、荷馬かけ、穴からひつばりあげてやった。彼は頭から足の先まで泥まみ れだったので、ぼくがなんとか彼をはたいて、家に連れこめるほど 車が通れるように大きくそれを引きあけた。 おとうさんの顔は埃まみれで、その埃の仮面は、・ほくらにむかつにしてやったころには、おとうさんはほとんど食事を終わりかけて 、こ。・ほくらはテープルをかこんで坐ったものの、 いつものように て笑顔をつくろうとはしなかった。おとうさんの抱擁は、ほとんど 絶望的にすら感じられた。おとうさんがおかあさんと低声で話しあ本を読みもせず、ばつり。ほっりと言葉をかわすだけだった。ティ っているひまに、・ほくは荷馬車のうしろをのそいてみた。樽は半数ーはぼくにくつついて坐って、・ほくの手首に指をかけていた。 「うまくいけば、あの水を使いきるまでに、いつもの水汲み場にす しか満たされていなかった。 「お金が足りなかったの ? 」よくもこんな場合に、命の水と引換えこしは水がたまっているかもしれないわ」おかあさんが力なく言っ こ 0 にお金が請求できるものだと思いながら、・ほくは説いてみた。 おとうさんは答えなかったし、・ほくも黙ってテー・フルを見つめて 「水が足りなかったのさ」おとうさんは言った。「ほかにも待って いるひとが大勢いてね。われわれに分けてもらえるのはこれで最後いた。さっき、プリンスとニグの二頭の馬が、たちまち水・ ( ケツを 空にしてしまった光景がまざまざと目に浮かんだ。 だそうだよ」 やがておとうさんが言った。「やはりよそへ行くことを考えるべ ばくらは馬を馬車からはずして、かいばをあてがってやったが、 幻 6

6. SFマガジン 1973年10月号

の農場のなかを通っているのだ。こんなわけで、ぼくらの新しい家なにしろああいう外国人ってのは、抜け目がないんだから ? 彼女 は、池をとりまく若い黒クルミと、シダレャナギの木立ちに建てらの伯母さんが言うには、大病をして、言葉を最初から覚えなおさな れているのだ。こんなわけで、家の一方の壁には、ずらりとゼラニきゃならなかったので、あんな喋りかたをするんだそうですけど ウムの窓框が走っているのだ。こんなわけで、いまやわが家の果樹ね」女は打明け話をするようにおかあさんのほうに身をのりだし、 園には、お金という実がなりはじめているのだ。そして、こういう声をひそめて言った。「ですけど琳に聞いたところじゃ、あの娘に わけだからまた、ある日一台の馬車がはるばるテソレーション峡谷はたしかにおかしな点があるってことですよ。あのひとたちのほん を横切ってやってき、池のほとりのキャン。フ場でキャン・フを始めた との娘じゃないんじゃないかしら。どこかよそからきたんだと思い のだ。 ますよ。きっとほんとうは外国人にちがいありませんよ ! 」 夕食後、・ほくらはニュースを交換しに、そのひとたちのキャン。フ「へえ ? 」いたって無関心に、ちょっぴりうんざりもして、おかあ を訪れた。ティ の目はもうあいていたが、たんに明暗がわかるさんは言った。 だけで、ものが見えるまでにはいたらなかった。 「なんでも奇妙なことをするんだそうです。・こ、、 オししち名前からして その一家の主婦は、男たちとぼくらが話しているあいだ、ティ 奇妙なんですから。じっさいね ! ああいうふうにしていつのまに 1 の横顔の深い傷痕を恐ろしそうにちらちら見ていた。ティ か割りこんでくるのが、ああいった外国人の常套手段じゃ 口をきくと、はっきりそれとわかるほどに耳をそばだて、そのあげ「それで、あなたがたご一家はどこからおいでになりましたの ? 」 くにおかあさんにむかって、好奇心いつばいの声でささやいた。 おかあさんは言った。相手が″外国人″と言うときの声音が、おか 「あの子、おたくのお子さん ? 」 あさんをいらいらさせたようだった。 「ええ、うちの子ですわ」おかあさんは答えた。「ただ、うちで生女は真っ赤になって、「あたしはこの土地の生まれですよ ! 」と まれたんじゃないんですの」 言うと、あごを突きだした。「なにもあたしの両親がーーーイギリス 「なるほどね。どうりで外国人みたいな口をきくと思いましたよ」が外国ってわけじゃあるまいしーーー」彼女はロをへの字にした。 ・ライサ・なんと その女の声は非難がましかった。「なんだかこのところ、このあた「アビゲイル・ジョンソンという名は、マー りにはばかに外国人がはびこってるみたい。マージンのあの小生意やらかんとやらよりも、はるかにましだと思いますけどね ! 」 気な娘もそうですけどね」 ライサ ! ティ ーの声のない叫びをぼくは聞いた。ライサ ? 「あら、そうですか ? 」おかあさんはメリーのドレスの裾をつかん彼は、・ほくのはじめて見るお・ほっかない足どりで、よろよろとその で、馬車の下からひつばりだした。 女に歩みよった。女はあわてて彼を押し返そうとするように手をあ 「そうなんですよ。やつばり外国人みたいな喋りかたをしてね。もげると、嫌悪に顔を引きつらせた。 っともまわりのひとに言わせると、以前ほどじゃないそうだけど。 「気をつけて ! 」彼女はけたたましく叫んだ。「足もとに注意して 2 引

7. SFマガジン 1973年10月号

上階駐車場も、もう膝の高さまで水がきていた。 沈黙。このドアが蹴ゃぶれるだろうかと、ぼくは考えはじめてい さらに驚いたことに、その水はなまあたたかく、風呂の残り湯のた。それとも、このホールで待ったほうがいいのだろうか ? ようで、その中をわけていくのは気分がわるかった。陽気が水面にれは彼女も 渦をまき、それから、地獄の叫びのような咆吼をこのコンクリート ドアがひらいた。レスリーの顔は、まっさおだった。「そんな、 の屋内に反響させている風に、吹きさらわれていく。 ひどすぎるわ [ 低い声だった。 昇りがまたもうひとつの試練たった。・ほくの考えは、はかない望「まだ確信があるわけじゃない。 もっと黙ってるつもりだったの みにすぎないのではないか。いまにも高温蒸気の風が襲ってくるのに、きみがしゃべらせたんだ。。ほくはず 0 と、太陽は本当に爆発し ではないか : : : 自分がとんでもない間抜けのような気がする : : : だ たのかどうか、疑ってたんだよ」 が、エレベーターは動いてくれたし、照明は、またたきすらしなか 「ひどすぎるわ。やっとその気になっていたというのに」ドアの柱 を、じっと見つめた。疲れている、彼女は疲れているのだ。なにし レスリーが、中にいれてくれない。 ろ、いままで眠っていないんだから : 「あっちへいって ! 」ドアをロックしたまま、彼女はどなった。 「聞いてくれ。どうも経過がおかしいんだよ」と、・ほくはいった。 「どこかほかへいって、そのチーズとクラッカーを食べてりやいし 「当然、オーロラが、北極から南極までずっと、夜空を輝かせるは んだわ ! 」 ずだった。太陽の爆発にともなう粒子の波が、光よりわすかおそい 「べつのデートでもあるのか ? 」 ス。ヒードで、太気へとびこんできて、そいつがーーーそうだ、あらゆ これは失敗たった。 , 彼女は、返事もしなくなった。 るビルの屋上に、青い炎がもえ立つのが、ぼくらにも見えたはずな 彼女の観点も、およそ見当はつく。もう一度下へいって余分の荷んだ ! 物をとってきたって、たいした意味もないのに、どうしてこんなこ それに、嵐のやってくるのもおそすぎた」雷鳴に負けまいと、・ほ とをしたのか ? どっちにしろ、愛の営みが、あとどれだけ続けらくは声を張りあげた。「新星なら、惑星の大気の半分を、もぎとっ れるのか ? いいところ一時間かそこらだろう。な・せそんなはかなて吹っとばしてしまう。衝撃波が夜の側へまわってきたら、そのひ いものをさきにのばして、こんないいあいをする羽目にな 0 てしまびきで、世界じゅうのあらゆるガラスは、瞬時にくだけてしまう ! ったのか ? コンクリート や大理石も砕けるー・ーレスリー、 そういうことは、ひ 「こんなことをしてるわけにはいかないんだ」ドアをとおして彼女とつも起こらなか「た。それで、ふしぎに思「たんだ」 に声がとどくことを祈りながら、・ほくは叫んだ。向こう側では、風彼女が、つぶやくようこ 冫いった。「で、何なの ? 」 の音は、ここの三倍も高いだろう。「一週間ぶんの食料が、必要か「フレアだと思う。最大規模のーー」 もしれないんだよ ! それと、隠れ場所が ! 」 「フレアですって ! 」非難のこもった声だった「太陽面爆発 ! じ / ヴァ ・フレア 6

8. SFマガジン 1973年10月号

ぞ」 「あん畜生、ヴァレリアさんに惚れてやがるな」 「まあ待て」 三波が口惜しそうに言った。 吉村は近くの窪地へ四人を連れて行って、柔らかい草の上に腰を 9 おろした。 「誰があんな人殺しなんかと」 「ヴァレリアさん。さっき逃げ散った味方は、いずれどこかきまっ ヴァレリアはけがらわしそうに眉をひそめる。 た場所へ集ってくるんでしよう」 「ザウロの兵隊たちが村へなだれこみましたよ」 「ええ。敵をいためつけるだけいためつけたあと、形勢が悪くなる 若様が立ちどまって言った。 茶色い革の武具に身を堅めた兵士たちは、黒い服の荷かつぎたちとああやってさっと八方へ逃げ散るのが私たちの戦法なのです。一 を残して、二十戸ばかりの家々のドアを蹴破り、道路に品物を抛り方へかたまって逃げれば敵も一団となって追って来ますからね。逃 げたあとでまた集結し、敵に向って行くのです」 だしはじめていた。 「次に集まる場所を知ってますね」 「村人たちはとうに逃げだしているでしよう」 「ええ」 ヴァレリアは痛ましそうにそれを眺めていた。 「ザウロたちのこの次の進路は」 「酷い奴らだな。どこでもあんな風ですか」 「あの村の次はガル・ハランという村のはずです。多分その村へ着く と若様。 「ええ。ワイナンの村という村は、ああやって定期的に略奪される頃は夕暮れ近くで、奴らはそこで泊ると思いますわ」 のです。ロスボに近いところに住んでいる人たちは、諦らめて言う「そのガル・ハランの手前で、奴らを追い散らしてやりましよう」 なりに税を払っていますけど、それがとほうもない重税で : : : 」 「できるのですか。あなたがたに」 「若様。これ以上たしかめることなんてないんじゃないのかな。俺「みんなで力を合わせるんですよ。ただ、あなたは僕らを徹底的に たちは不死身なんだし、やつつけちゃおうよ」 信用する必要がある」 「な・せ。今までもずっと信用していたのに」 伊東がじれったそうにゴロゴロ声で言う。 ヴァレリアは不審そうだった。 「そうだね。ヴァレリアさんたちのお役にたてそうだからね」 「よっ。待ってました。これからあの村へのり込んでって、ザウロ 「僕らはヴァレリアさんをザウロに引き渡す」 の兵隊たちをやつつけちまおう」 ヴァレリアが悲鳴に近い声をあげた。 すると吉永が憤ったように言う。 「ザウロの兵士の服装をして、あなたを縛りあげ、ザウロのところ 「そうは行くか。テコトルたちが五十人かかって逃げだした相手だへ連れて行くのです」 「なぜ : : : どうしてそんなことがあなたがたにできるんです」 ヴァレリアは声を震わせて言った。 「じやどうするの」

9. SFマガジン 1973年10月号

そいつは大谷石ならまだしも味があるが、灰色のコンクリートて、自宅に帰ったのである。 ・・フロックで土止め工事がほどこされ、ポンプ車がめぐって洋芝の果して何人来るであろうか。 種をまぜた緑色の綿クズと水をまき散らし、その上にべらべらした先生が息をはずませ、押入れの奥から、もう、うっすらカビなど 新建材とカラー・トタンの屋根の家がポンポン建って行く。 生えている硯、墨、筆の類いを引っぱり出しているうちに、 その軽薄なムードは、全く苦々しい限りではあったが、とにか こんちわー く、あたりは、みるみる町になってしまった。 おじいちゃん、早く見てよー さまざまな商店も出来て便利になり、その点、正直なところ、先そんな声が、つぎつぎ飛びこんで来る。 生にはありがたい限りだった。 子供たちにとっては何のことはない。 というのは、やはり遺伝がけ響しているのか、長い正座の生活の新建材の分譲地の中、屋根にペンペン草を生やして、ひ 0 そりと せいか、はたまた、冷水浴の結果か、先生も父に似て五十の声を聞静まりかえ 0 ている、あばら家が、何だか忍者の家か、ゲゲゲの鬼 こうかという年齢で、早々、血管に異常を生じ、幾分、歩行が不自太郎の家のようで前から興味を持 0 ていて、ただ気むずかしそうな 由になっていたからである。 年寄りがいるから敬遠していたにすぎないのだ。 そんなある日、先生は買物の帰り、信じられないものを見たので だが、先生にとっては、まさに青天の霹靂、千客万来、・ハン・ハン ある。 ザイとはこのことである。 黄色い帽子をかぶった小学五年生あたりの一団が、それぞれヒラ その日の ( プニング書道教授がを呼んで、翌日には母親である ヒラと、かのなっかしい書道の習作をひらめかして、帰 0 て来るで付近の奥さんたちがゾロゾロ玄関口へ現われた。 前日、たまたまついて来た奥さんのひとりに、黄色く変色した、 坊やたち、ちょっと見せてくれないかねー かっての神童を証明する新聞切り抜きを見せたのが、反響を呼んだ 声をはずませて先生は云われた。 のだ。 ほんと、ちょうどよかったわ。こんな近くにお習字の先生が 礼儀知らずで乱暴だが、最近の子は物おじしない。 いて。。ヒアノや・ハレエ、学習塾はいくらでもあるけど、お習字のほ ふーむ。これは、きっと、きみの筆の持ち方がわるい。姿勢うはなかなか見つからなか 0 たんですものねえー もよくないようだな。 それに、実費以外、いたたこうとは思いませんですって。今 とかなんとか、つぶやいている先生のまわりに、みるみる群がつどきねえ ! て来て、ぼくも見て ! わたしもと手渡して来る。 ほんと神さまみたいな先生だわ。 結局、先生は、カ・ ( ンを置いてから家に来るようにと云い置い 列を作って待っている奥さんたちの中では、そんな会話が弾む始 に 3

10. SFマガジン 1973年10月号

丸くなって、片手をちょっと口にあてて眠りこけている。 は「あの晩はげしい恐怖の湯のなかで着陸した小山が、どれである そのロがあいて、こういった。「すべて良好」 かはっきりとおばえていなかったが。彼らは、オスデンのために、 「オスデン 五年分の食料や服やテントや道具をおいてきた。捜索は続行されな 「すべて良好」エスクワ - ナの口から、しずかな声が流れだす。 かった。隠れようとしているたったひとりの人間を、根をはりめぐ 「どこにいるの ? 」 らした、ったのからみあう果しない、うすぐらい迷路のなかでさが 沈黙。 すすべはない。彼のすぐそばを通りすぎても、見えないだろう。 「もどって」 しかし彼はそここ 冫いた。なぜなら、もはや恐怖はないから。 風がたちそめる。「ぼくは、ここにとどまる」しずかな声がい 永遠の無心さを求める、より高貴な理性、 トミコは、オスデンの したことを理性の上で理解しようとした。しかし言葉にいいあらわ 「だめよーーー」 すのはむずかしい。彼は恐怖を自分のなかへとりこんでしまった。 沈黙。 そして受け入れたことによってそれを超越した。かれは自我を異形 「ひとり・ほっちになってしまうわ、オスデン ! 」 の生物にあけわたした、無条件の降伏、そこには悪をいれる場所は 「きいてくれ、声は、かすかに、不明瞭になる、風にかきけされる残されていない。彼は他者の愛を学んだのだ、だから彼はすべての ように。「きいてくれ。きみの幸運を祈る」 自我を相手に与えたのである。だがこれは理性でわりきれるもので それからトミコはオスデンの名を呼んだが、返事はなかった。工はな、。 スクワナはしずかに眠っている。 ハーフェクスは、もっとしすかに 調査隊の人々は木の下を歩いた、まどろむ沈黙、彼らをなかば認 眠っていた。 知し、しかも無視する静かさにとりかこまれ、人々は広大な命の 「オスデン ! 」トミ = は、ドアから体をのりだし、暗闇にむか 0 て「 0- = ーを歩きまわ 0 た。時間というものがなか「た。距離もなか っこ。 さけぶ、風にざわめく森の沈黙にむかった。「もどってくるわ。 ーフェクスをベースに連れていかなくちゃならないの。でもきっと ・ : 惑星は太陽と大いなる暗闇のあいだをめぐり、冬と夏の風が もどってくるわ、オスデン ! 」 しずまりかえった海の上に、蒼白い美しい花粉をまきちらす。 葉すえの沈黙と風。 グムはおびただしい調査を完了して、数世紀前まではベスムのス メミング・ポートであったところへ帰還した。そこには、信じられ 彼ら八人は、四四七〇星の予定した調査を完了した。四十一日をないことだが、調査隊の報告をうけ、その損失ーー生物学者 ( ーフ 要した。アスナ = フォイルと女たちは、はじめのうち毎日森へ行っ ・ = クス、恐怖のため死亡、感覚担当オスデン、植民者とし・て瀞留ー て、あのはげ山の周囲でオスデンをさがしまった。もっともトミコ ーを記録する人間がいた。 0 7