タイムパトロール - みる会図書館


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1. SFマガジン 1973年10月臨時増刊号

金髪の男は、静かに語りつづけ、銃をホルスターに戻した。 は、どう思う ? やつの狙いのことだ」 なかのおおえみこ 「中大兄の皇子ーーっまり天智天皇の暗殺では ? 」 「あなたは ? 「タイムパトロールのヴィンス・エベレットだ。李局長の要請をう「その可能性も、おおいに有りうる。いま、中大兄の皇子は、難波 けてやってきた者だ。大月くん、きみのおかげで、時間旅行者をとの官にいるという。さっそく行ってみよう」 ヴィンス・エレベットは、大月と同じことを考えていたらしい り逃がしてしまった」 さっそく、二人のタイムパトロールは、難波の宮へ向かった。 ヴィンス・エレベットと名のった男は、そう言って、すでに夜の 暗闇にとざされはじめた山地のほうを見やった。 大月は、そのゼスチュアから、かれが犯した誤りを悟った。 3 中大兄の皇子 工べレットは「いちはやく時間旅行者の行方を探しあて、石舞台 の玄室のちかくで遭遇した。さきほど大月が目撃した閃光は、その東アジア時間局員の大月雄は、たまらなく屈辱を覚えながらも、 時間旅行者が射かけたものであった。そう考えてみると、たしかに タイムパトロールのヴィンス・エベレットに同行しないわけには、 かなくなった。 大きなエネルギーをもっ閃光にちがいなかった。 大月は、暗い山地を見渡した。おそらく、謎の時間旅行者は、追大月は、惨めな敗北感に打ちのめされていた。かれが憎悪してい 手の同士討のあいたに、ゆうゆうと姿を消したにちがいない。もは るところのコーカソイド ( 白人 ) のタイム。ハトロールが、すんでの や、この闇のなかで、その行方を探しあてられるとも思えなかっところで時間犯罪者を捕えるところであった。そこへ行きあわせた こ 0 大月みずからは、タイムパトロールの任務を助けるどころか、軽率 「済みませんでした、エベレットさん」 にも当のタイムパトロールを犯罪者と誤認し、そのため犯罪者に逃 「もういい 。ヴィンスと呼んでくれ。そのかわり、私のほうも、ユげられるという失態をしでかしたのであった。この失態をつぐなう 1 と呼ばせてもらうことにする。さ、これから、次の手を考えねば方法があるとも思えなかった。 ならん。よろしく頼む」 二十二世紀の末にタイムマシンが発明されてからは、世界じゅう エレベットは、手をさしのべた。大月は、そのがっしりした手の国々が、その実用化をめざして開発にあけくれするようになっ オイロ・ヘーイシ を、握りしめた。 た。そして、はじめに実用化に成功したのは、・ (..5 ーーー欧 ュ・ゲマインシャフト 「ところで、相手は、コーカソイドでしたか ? 」 共同体であった。ついで、北アメリカ連盟、大スラ・フ連合など 「判らん。小柄な男ということしか判らなかった。きみは、コーカがつづき「東アジア共同体も、やや遅れて開発を完成させた。そう なってみると、各国ともに、自国の歴史が人類史上にはたした役割 7 ソイドであってほしいだろうが、私はそうでないことを願ってい る。いずれにしても、やつを捕えれば判ることだ。それで、きみを、それそれに重くみようとする風潮が生まれてきた。

2. SFマガジン 1973年10月臨時増刊号

クッジャ / えた。 「局長」 うんぬん 大月は、局長の国の言葉で、呼びかけた。 季局長は、こともなげに、手配云々と答えた。だが、それは、甘 ? タイムパトロール本部に照会して 「大月くん、きみの言わんとすることは判っている。白人の時間旅すぎる判断なのではないか 行者が、飛鳥時代へ入りこんで、この国の歴史を根底から覆そうとも、白人のタイムトラベラーの犯罪は、たいていうやむやに葬られ していると言いたいのたな ? 」 てしまう。そのことを、他の誰よりも知りぬいているのは、ここに 李仁圭は、静かに言った。やや興奮ぎみの大月と比べると、冷静いる李局長のはずであった。 クッジャン であった。 「局長、私は、もう一度、七世紀へ戻りたいと思います。もちろ 「そうです。あのタイムホッパーは、東アジア世界のものではありん、航時法違反のタイムトラベラーを捕えるためです。しかし、そ ません。どのくらい未来からきたものかは判りませんが、ともかくのまえに、 一言いわせてください」 欧米のタイムトラベラーのものにちがいありません。今のうちに、 「大月くん、きみの言わんとするところは、判っているつもりだ。 なんとか手を打たなければ : : : 」 例のルネッサンスの三大発明のことだろう ? 」 イインキュ 「よく判っている。時空連続体の位相に、ある変化が起こってい 李仁圭は、笑顔をとりもどし、大月雄を見つめた。 る。電算機によれば、西暦六六〇年から六六三年のあいだの僅か一一一先手を打たれて、大月雄は、しばらく答えられなかった。 年間のことだが、時空が歪曲されはじめている。つまり、この時代ルネッサンスの三大発明を引きあいにだすのは、大月の常套手段 に対して、未来からの働きかけがなされ、不確定な要素が挿入されである。 たからだ。もし、この異変が拡大していけば、東アジア世界の歴史ヨーロツ・ハ、アメリカ、そして時としては日本においてすら、よ は、完全に転覆されてしまう。私は、すでに、このことを、タイムく言われるルネッサンスの三大発明というものがある。羅針盤、火 ハトロール本部に報告した」 薬、金属活字の三つであるが、これら人類の歴史に大きな変革をも 「タイム。 ( トロール本部ですって ? やつらが頼りになるものですたらした発明は、もともとルネッサンスとは、なんの関係もない。 ファンティエン か。かれらコーカソイドー白人は、かれらのものでない歴史を、 羅針盤ーーー航海用コンパスの発明は、伝説にあら・われる黄帝の指 すこしも認めようとしません。かれらにとっては、キリスト教世界南車はおくとしても、遅くとも十世紀の宋のころには、中国で使用 の歴史と文化だけが、唯一絶対無二の存在なんです」 されている。また、黒色火薬も、十二世紀の南宋のころ、震天雷と 大月は、いきりたった。 して活用されている。さらに、金属活字による印刷術は、グーテン 「ま、そう、いきりたつまでもない。すでに、手配はついている」 ・ヘルクより百年もまえに、朝鮮の高麗王朝において実用化されてい これほどの非常事態にあたって、上司の局長が落着きはらってい る。つまり、ルネッサンスの三大発明というのは、ことごとく東ア るのを見て、大月は安心したというより、むしろ腹立たしさをお・ほジア人の手になるものであり、ヨーロツ・ハ人は、それを改良したに 日 0

3. SFマガジン 1973年10月臨時増刊号

「斬れ、斬りすてろ」 その大艦隊は、錦江の入口に迫っているが、河口の奥にある白村江 王の命令をうけて、一人の力士がすすみでて、太刀を一閃させ、 の淀みに停泊する大和の水軍は、まだそのことに気づいていない。 福信の首を打ちおとした。その首は、見せしめのため、醢 ( しおか満潮時には、このあたりまで海水が逆流してくるため、淀みに停泊 ら ) にするよう命じられた。 したままでは、操船が難しくなり、不意を襲われれば、ひとたまり 二人のタイムパトロールは、勇将福信の最期を見とどけたが、予もない。 ちん 想していたような椿事は、なにひとっ起こらなかった。 そのころ、陸上でもすでに戦闘が開始され、唐・新羅の連合軍 そこで二人は、タイムマシンを、さらに二か月ほど先へすすめは、周留城めざして、行軍をはじめていた。 二人のタイムパトロールは、この戦いの最後の山場を見とどける ため、白村江の上空から警戒にあたっていた。 大月とエベレットは、とっぜん、一隻の小舟を発見した。大河の 7 白村江の戦い 北岸から、大和の船団めがけて漕ぎだしていく小舟には、一人の男 天智天皇 ( 中大兄の皇子 ) の称制二年八月、新羅は、百済が良将が乗っていた。さらに接近して漕手の顔を見たとたんに、二人と を斬ったことを知り、大いに兵を出した。このことが伝えられたとも、おもわず叫び声をあげた。その漕手の顔を、どうして見忘れる ことができようか。あのとき、夫余城のちかくで取りにがした、高 き、百済王豊璋は、群臣をまえにして言った。 「聞くところによれば、大和の増援軍一万余が、盧漿の臣の指揮下句麗僧の道顕その人であった。 「いよいよ現われたな」 に、海を渡ってくるという。その到着を待つまでのあいだ、ここに いる将軍たちのあいだで、作戦計画を練っておかねばならぬ。我「行きましよう」 は、みずから白村江におもむき、大和の船団を迎えようと思う」 二人は、タイムマシンを降下させ、小舟の上空二メートルばかり 王は、このときになっても、大和の軍事力をたよることばかり考の低空で、時間装置を停止して、白銀色の機体を実体化させた。 えている。将軍たちに作戦をまかせ、大和の増援軍の接待にでかけその瞬間、上空をふりあおぐ道顕の顔に、恐怖の色が浮かんだ。 ようというのである。 道顕は、とっさに懐中に手をいれ、小刀をとりいだした。タイムパ 白村江は、錦江の上流で、泗泚河との分岐点のあたりにあり、河トロールの追及をのがれるため、未来からもってきた武器は、すべ 口からここまで船を乗りいれることができるため、大和の船団四百て捨てさったのであろう。身をまもる武器は、この時代の小刀一本 隻が停舶中であった。 しか所持していないらしい だが、そのころ、新羅の要請をうけた唐は、左威将軍の孫仁師に大月は、タイム。 ( トロールのドアを開き、いったん空中にぶらさ 3 百七十隻七千人の艦隊を与えさせ、海路から救援におもむかせた。 がってから、小舟のうえに跳びおりた。そのとたんに、道顕が斬り こ 0 ししひしお

4. SFマガジン 1973年10月臨時増刊号

いてみれば、すぐ判ることである。紀元前二世紀に東西交通に献身なものではなかった。だが、私は、きみについてあまり早急に結論 ちょうけん した漢の張騫の事蹟や、コロンブスを上まわる七回の大航海をおこを出そうとは思わん。欧米では、はじめて会った相手の能力を、即 ソフィステイケート なった明の和の壮挙などについては、まったく一行の記述すらも座に見抜く眼力が必要とされる。洗練された会話や、紳士的 な身振り態度など、誰にでも要求される能力だ。だが、東アジア勤 大月・は、難波の宮へ向かう途中、新しく相棒になったヴィンス・務が長かったため、どうやら私には、アジア的思考法のようなもの = ペレットとは、必要なこと以外は、ほとんど口をきかず、たたひが身についてしまったらしい。私が、きみにむか 0 て、なんらかの 評価を下すとしたら、それは、この任務が終ったのちのことた」 たすら考えつづけていた。 工べレットは、物静かに言った。どうやら、最初の失態のことに 大航海時代以降、かれが生まれた東アジア世界は、ヨーロツ。 ( 人 種の大攻勢のなかで、しだいに立遅れていった。そして十九世紀末ついて、ヨーロッパ人種にありがちな責任追求を急ぐことをせず、 には、あの強大な中国大陸すらも、欧米列強に蚕食され、しかも大きわめてアジア的に遠まわしに大月を慰めているつもりらしい 「いいでしよう。・ほくも、東アジア人らしく、あなたの能力につい 月の故国日本は、その侵略に加担することさえしたのである。 そのヨー 0 ッパ人種の優位は、二十一 = 世紀にな 0 ても、いまだにて、早急に結論をだすことはしません。あなたが先に謎の時間旅行 揺らいでいなか 0 た。二十一世紀の冒頭に、米ソ接近に対抗して、者に行きあた 0 たのは、ま 0 たくの偶然かも知れない。だから、ぼ 日朝中の三国を母体にして、東アジア共同体が成立したものの、そくは、あなたの経歴をきいただけで、腕ききのタイムパトロールだ とは信じない。その結論がでるまで、せいぜい、お互いに知りあえ れから二世紀たった現在もまだ、かなりカ不足である。タイムマシ ンの保有においても、 = ーカソイドの三大・フロックには、いまだ対るよう、芸者パーティでもや「てみることにしましようか」 抗することができず、地球連邦政府のタイムパトロール本部の下部大月は、 = べレットのものの判 0 たような口調に、ひどく反撥 し、皮肉めいたことをいってから、ふたたび沈黙してしまった。 組織として、東アジア時間局が置かれているにすぎない。 二人が到着したとき、飛鳥の板蓋の宮できいてきたごとく、皇極 タイムパトロール本部から派遣されてきたヴィンス・エベレット は、饒舌であった。しばしば大月の思考を中断させながら、これま女帝と中大兄の皇子の母子は、ここ難波の宮に来ていた。それは、 みちのく えみし この宮へ連行されてきた越の国の蝦夷九十九人と、陸奥の蝦夷九十 での経歴を誇るでもなく卑下するでもなく、淡々と話しつづけた。 えみし このタイムパトロールは、これまでずっと東アジア世界を担当して五人を、謁見するためであった。これらの蝦夷の一部は、のちにな みつぎもの って遣唐使によって唐へ運ばれ、貢物として献上されることにな きた。もともと東アジア語を専攻したというだけあって、蒙古語、 る。 中国語、日本語をよくし、片言ながら朝鮮語も話すことができた。 こうした政策にも、中大兄の皇子の、勇み足のような心理がうか 「ユー、私は、今度の任務についたことで、きみと知りあうことに なった。もちろん、最初の出会いは、きみにとっては、あまり名誉がえる。当時の後進国日本のリーダ 1 として、皇子は、唐の文物を こし

5. SFマガジン 1973年10月臨時増刊号

「西というと、吉備、穴門、あるいは筑紫の国ですか ? 」 「いや、もっと西かも知れぬ」 百済の王都 「すると、朝鮮半島 : ・ 大月雄が驚きの声をあげると、タイムパトロール隊員は、黙って タイムマシンのところに引きあげてきた二人のタイムパトロール ほほえみかえした。 は、すっかり気落ちしていた。ここまで数年間の歴史をたどってき 大月は、これまでの捜査法の誤りを悟った。悲劇の有馬の皇子に たにもかかわらず、なにひとつ手がかりをつかめなかったのであ 感情移入しすぎたため、冷静な予測をたてられなかったのである。 る。 かれの国の人々が示す、判官びいきの心理が、判断を狂わせたので 「時間旅行者は、ひょっとしたら、未来へ戻ったのでは : ある。 「いや、そんなことはない。未来へ戻っているとすれば、確認され 「しかし、待ってください。朝鮮半島における日本の軍事力は、強 ているはずだ。どうやら、我々は、重大な誤りを犯しているよう 大な唐帝国の介入によって、完全に崩壊するはずです。・タイムトラ だ。もう一度、はじめから考えなおしてみる必要がある」 六六三年の白村江の戦い = レベットは、真顔であった。大月も、ようやく、ここまで捜べラーが、歴史変改を犯すまでもなく、 は、日本の敗北におわることになっているのです」 査してきた方法が、誤っていたのではないかと、疑いはじめてい 大月は、いったん納得しかけてから、ひとつの疑問につきあた り、それを口にしてみせた。 そう思って、これまでの経過をふりかえってみると、この奇妙な 「いや、われわれは、相手について、なにひとっ知ってはいない。 任務は、はじめから少しも進展していない。まずはじめに、謎のタ イムホッ。 ( ーが現われ、六六〇年から六六三年までのあいだの時空やつが、明確な目的をもって潜入したかどうかも疑わしい。偶然に が歪曲し、異変が起こりかけていた。つまり、その三年間のあいた犯したことが、歴史の進路を変改する可能性も少くない」 「判りました。問題の三年間の朝鮮半島の歴史のなかへ、入りこん に、今後の歴史の進路を左右するような分岐点があるはずである。 でみましよう」 ノーが、西へ向かったと 「雄、はしめに、きみは、謎のタイムホッ。、 二人は、さっそく、タイムマシンに乗りこみ、七世紀の大和をあ 報告しているな。おそらく、それは、わたしたち二人と遭遇したあ とにした。空間移動能力たけを使って西へむかって飛びつづけるあ とにちがいない。もしかしたら、謎のタイムトラベラーは、大和に は降りていないのかも知れない。きみの報告にも、日本書紀にもいだ、大月とエベレットは、知るかぎりのデータを検索しながら、 大阪湾から西へ向かったという。西へ向かったのだ。やつは、大和これまでの捜査の失敗をとりもどそうとした。 の内部へ入りこんで、歴史を攪乱する気はなかった。はじめから、 大月は、ふと、ひとつの文献を思いだした。そこには、、、、タイムト 西のほうを狙っていたにちがいない」 ラベラーが歴史に介入した事実を示すとも思われゑ奇怪な現象が こ 0 ー 30

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つかのポイントになる時代をおさえ、捜査をつづけなければなりま ( 技術者 ) を借りなければならない状態にある。だが、そのなか じようせ、 で、強烈な民族的な自我が醸成ざれつつあり、それら先進諸国の影せん」 響を、つとめて排除しようとする動きがみられた。中大兄の皇子「そのとうりだ。これより半年きざみ、一年きざみでタイムマシン 力なら は、民族主義的急進派であった。さきに、朝鮮半島との窓口の役をを動かし、しだいに歴史をくだっていく。そのあいだには、、 いわば漸進改革主義者の蘇我氏を亡ぼしてしまず謎の時間旅行者と遭遇するチャンスがあるはずだ」 っとめた温厚な ヴィンス・エベレットは、今後の方針を大月に言いわたした。 ったため、この国の技術導入はともすれば停滞しがちになり、スム ーズには行なわれなくなった。だが、それに代わる国産の技術者この時代に、難波の宮のうえを、問題のタイムホッ。 ( ーが通行し は、いまだ養成されていない。このジレンマが、治世者である皇子たことは、ほぼ間違いない。だが、それに乗っているはずの時間旅 行者が、この海港に降りたった痕跡はまったくない。したがって、 を苦しめている。 大月と = べレットは、謎の時間旅行者を求めて、この難波の宮の相手の所在をつきとめるには、この六五五年から六六三年までの八 うちを見てまわったが、あいかわらず探知器は反応を示さなかっ年間におこる、あらゆる歴史事件を、ひとつずつ丹念に根気よく調 べていかなければならない。 た。もし、求める相手が、歴史変改を謀んでいるなら、ここはうつ 「気をつけねばならないことがある。それは、有馬の皇子の動静 てつけの舞台である。 だ。もし、時間旅行者が、中大兄の皇子を暗殺し、この国の歴史を 「なぜ、謎の時間旅行者は、現われないのでしよう ? 」 ひととおり見まわったのち、大月は、たまりかねて叫んだ。この覆えすつもりなら、かならずや有馬の皇子に注意を向けるにちがい ない」 工べレットという男に助言を求めたくはなかったのだが、そうしな ヴィンス・エベレットは、ひとつだけ気をつけるべき点をあげ いわけこよ、 「うむ、奴は、われわれに追われていることを知ってしまった。だ から、迂濶に動きだしては危険だと思っているはずだ。こうなれば大月は、黙ってうなずいた。うなずきながら、このタイム。 ( トロ ールを、空恐ろしく思った。 根くらべだ」 ヴィンス・エベレットは、落ちつきはらって言った。このタイム東アジア時間局にも、しばしばコーカソイド ( 白人 ) が訪れる。 パトロールは、これまで多くの時間犯罪を手がけてきた。いくたびかれらタイムパトロールは、ほとんど東アジア世界の歴史を知らな い。なぜなら、いま現在の白人の隆盛ぶりに安心して、東アジア世 か過去の歴史のなかに入りこみ、それら犯罪者を捕えたこともあ る。そうした数多くの事件から、このたびの事件が長びきそうだと界の歴史を、たかをくく 0 た眠で眺めているからである。かれらに は、徳川十五代の将軍が、まったく区別がっかない。また、二十世幻 判断したのである。 紀のころ、フランスのラルース百科辞典によれば、東郷平八郎は明 「それでは、われわれは、この時代の歴史のなかに入りこみ、いく こ 0 なにわ

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し、いま一人のみそおちを拳でつきあげ、ようやく自由をとりもど いおり 二人のタイムパトローレ・ : 」 ノカ前後から庵に近ずいたとき、探知機した。そのときには、エレベットも、背後から締めあげる手をふり の反応は、ひときわ強くなった。その方向にむかって山林のなかをほどき、巨体を利して体当たりをくらわせ、拳をかためて叩きのめ かきわけると、白銀色に輝く物体が見つかった。簡易タイプのタイし、庵の外へとびだしてきた。 ムマシン タイムホッパーであった。 だが、謎の人物の姿は、どこにも見当らなかった。 おそらく、山地のほうへ逃げこんだのであろう。庵の手前にあっ 証拠物件のタイムホッ。 ( ーを確認して、庵のなかへ二人が踏みこ / ーには手をつけていなかった。この場合、へたにホ んだとき、僧形の中年の人物が、土間に端座して冥目していた。迷たタイムホッ。、 ツ。、 をし力にも神々しくみえるポーズだ 信ぶかい古代人をあざむくによ、、、 / ーに乗りこめば、かならず捕えられる。だが、道顕は、未来か が、二人のタイムパトロールは、そんなことでひるみはしなかつらきたという素姓を示すものを、すべてかなぐりすて、山地へ隠れ さった。もはや、探知機も役にたたないし、あらゆる手がかりが失 「道顕、おまえが時間旅行者だということは判っている。いさぎよなわれた。 く縛につけ」 「このうえは、ここ三年の歴史の動きを、丹念に探っていくしかな い」 大月は、麻痺レベルにセットした光線銃を擬し、謎の人物に迫っ た。だが、相手は泰然としたまま顔色ひとっ変えなかった。 工べレットは言った。大月は、百済をとりまく国際情勢を探るた 「タイムパトロールの到来か。ご苦労なことだ。だが、わたしは、 め、やむなく夫余城に滞在することを決意した。 けんけい きみたちには捕まらぬ」 そのころ、唐の高宗は、かの国の年号で顕慶五年 ( 六六〇・ しよう とし 道顕は、なめらかな日本語で答えながら、あるゼスチュアを示し =) の歳に、左衛将軍の蘇定方に詔して、十三万の大軍を率いて来 た。そのとたんに、大月は、背後から首をしめあげられ、つよく引征させた。この唐軍には、新羅の武烈王ーー・・金春秋も、国力をあげ ぎんゅしん きもどされた。かたわらで、エベレットの背後からも二人の男が組て加わった。武烈王は、一族の名将金庚信に、五万の兵力を授け みつくのを目撃したが、大月自身どうすることもできなかった。 て、唐軍に合流させた。 道顕は、ゆっくり立ちあがり、 一方の出口から出ていこうとす百済の義慈王は、これをきいて群臣に会い、戦うべきか守るべき る。大月は、光線銃を発射したが、狙いはそれた。うしろから屈強かを問うた。 ぎちよく な男たちに押さえられているので、うまく照準できなかったのであ佐平 ( 宰相 ) の義直は言った。 はてしないうみわた る。 「唐軍は、遠く溟海を渉って来ます。したがって、水に慣れてい それから、しばらくのあいだ、二人は、道顕配下の男たちと、もない者どもは、船上で困っているにちがいありません・上陸すると 3 みあっていた。すきをみて、大月は、一人を一本背負で投げとばきにあたっては、いまだ元気を回復していないことでしよう・ただ こぶし

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と加ら のために、これほどの大工事を行なったかは、ながいあいだ歴史家は起こっていなかった。都賀羅の国の男女六人が筑紫に漂着したと いうが、この都賀羅人というのは、フィリピンのタガログ族であ の理解に苦しむところであった。だが、これは、唐都長安の城郭を る。古代のころから、海上の道がさかんに利用されていた証拠であ 模したつもりであったにちがいない。この国の都市計画において、 キャッス心・シティ 城郭都市の思想が現われるのは、このときと、戦国時代の堺と、合るが、二人のタイムパトロールの手がかりになることは、なにひと 計二度しかない。平城、平安の両京も、あれほど唐都長安を模倣しつ見つからなかった。 そこで、二人は、有馬の皇子の館を訪れた。タイムマシンで時間 ながら、城壁たけは採用していない。中大兄自身は、唐へ行ったこ とがあるわけではないから、遣唐使としての経験をもっ官人からどをすすんだ二人にとっては、つい数日まえの約東であるが、この間 れほど説明されても、平地に大城郭がある状態を想像できなかつに一年の月日が流れている。はたして、有馬の皇子が二人をお・ほえ た。そこで、山城のまわりに木造の垣をつくるという、役にもたたているかどうか疑問であったが、ふたたび大和へ来たと言いつくろ って案内をもとめると、皇子はよろこんで二人を迎えてくれた。 ない工事にとりかかったのである。 女帝の治世における工事は、それだけにとどまらなかった。唐都歌などうたい、大声で笑ったかと思うと、きゅうに沈みこんだり して、皇子の様子がおかしいので、二人は、しばらくあっけにとら の繁栄を人伝えできいて、運河をつくろうと思いたった。しかし、 いわば基本的な土木知識もない れていた。乞われるままに、筑紫の物語などするあいだも、皇子は 水は高みから低みへ流れるという、 いそのかみ から、石上の山地を掘りすすむという誤りを犯し、まったく無用の尋常でない素振りをしめした。 工事に、のべ十万人の労力をつぎこむという結果をまねいた。 やがて、館の板敷の間から、侍人が立ちさったとき、とっぜん皇 ここでも、中大兄一派のショーウインドウ外交は、重大な損失を子は真顔に戻った。 たれごころみぞ たぶれひと あれ いまし こうむっていた。時人が謗って狂心の渠と呼んだと、日本書記に 「汝ら、さそ驚いたことであろう。この吾は、さだめし狂人にみえ みえている。 たにちがいない。だが、吾は狂れてはおらぬ。皇子の尊に生命を狙 「して、貴方さまの御名は ? 」 われているゆえ、このように振まっているだけじゃ」 皇子は言った。 大月は、目のまえの若い貴人にむかって、名を間いかけた。 あれ 「吾は、有馬の皇子。、大和にくる折には、わが館〈参るがよ大化の改新を断行し、権力の座についた中大兄の皇子は、みずか ら皇位につくことをせず、まずはじめに母を立てた。この女帝が、 ちょうそ 貴人の名をききながら、二人のタイムパトロールは、おもいがけ皇極天皇で、のちに再び斉明天皇として重祚する。中大兄は、皇極 ぬ邂逅に、声もでなかった。 退位ののち、叔父にあたる孝徳天皇を即位させ、有力なライ・ハルと 大月と = べレ , トは、有馬の皇子とわかれて、ふたたび歴史の旅思われる古人の皇子を粛清している。この天皇には、中大兄の妹に はらからたわけ はしひと をつづけた。それから一年ばかりのあいだ、とりたてて大きな事件あたる間人の妃を嫁がせている。中大兄は、この妹と、近親相姦の そし たち さ力い たぶ たち

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子のところへ導かれた。 の歌を詠んだ。ひとつは、家にあれば : : : の歌であり、いまひとり 蘇我の赤兄、大化の改新で減亡した蘇我氏の一族ながら、中大兄は、 とどまりまもるつかさ の皇子からは信頼され、飛鳥の留守司を命じられている。都を ゆだ あかえ はなれた中大兄が、すべてを委ねるほど信頼している蘇我の赤兄 磐代の浜松が枝を引きむすび かえ が、年若い皇子のクーデター計画に、おいそれと乗ってくるはずが 真幸くあらばまた還りこむ ない。それは、はじめから仕込まれた罠であるが、総明な人ではあ ったが世事にうとい皇子には、そこが見抜けなかった。 という歌である。 「天皇の政事には、三つの誤りがあります。大きな倉庫をたてて、 このときには、有馬の皇子自身も、みずからの運命を予測してい 人民を収奪したことが第一。長い運河をつくり国費を損耗したこと たにちがいない。もし運がよかったら、また、この土地の松を見た いちる が第二。舟に石をのせて運び城壁をつくったことが第三。この三つ いという歌には、一縷の望みが託されていて、そぞろ哀れをさそう です」 ものがある。 むろ 蘇我の赤兄は、有馬の皇子にむかって告げた。このことをもっ 有馬の皇子は、牟婁の津の温泉に連行され、中大兄の訊問を受け て、若い皇子は、すっかり赤兄を信頼してしまった。クーデター計 こ 0 あかえ あれ 画に赤兄が同調してくれたものと解釈し、とうとう大事を打明ける 「天と赤兄だけが知っている。吾は何も判らない」 、こっこ 0 有馬の皇子は、訊問の際に、この答えをくりかえした。どのとき あれ 「今こそ、吾が初めて武力を用いるときである」 になって、皇子は、この仕込まれた悲劇のからくりを悟った。すべ 赤兄が帰ってから数日後、二人のタイムパトロールは、一群の兵ては中大兄の差し金であり、自分のせいではない。皇子は、その事 士が生駒山にちかい有馬の皇子の館を包囲するのを見届けた。蘇我実を、自分に納得させたかったのであろう。 の赤兄は、中大兄から命じられていたのであろう、有馬の皇子のま そして、この悲劇の皇子は、二首の万葉歌をのこして、謀叛人と えで、わざと天皇批判を口にし、皇子の叛心をたしかめたうえで、 して絞首され、十九歳の短かい生涯を終えた。 兵をさしむけたのである。 いかにも、権謀家の中大兄にふさわしい、あざやかな手並であっ 捕えられた有馬の皇子は、牟婁の津にいる天皇と皇太子のもとに 護送されることになった。二人の未来人は、それを追 - 「て紀州へむ有馬の皇子の死を目撃した二人のタイムパトロールは、ここまで ひなた かった。二人は、飛鳥からほぼ四日の行程を、影になり日向になりきて完全に行きづまった。 して、護送隊を尾行していった。 謎の時間旅行者は、まったく姿を現わさず、すべては歴史のまま 途中、磐代というところで一泊した折に、有馬の皇子は、ふたつに進行していた。 いわしろ むろ こ 0 いわしら まさき 8

10. SFマガジン 1973年10月臨時増刊号

すぎない。 よく言われる猿真似は、どこその国だけの専売特許では ないのである。 全世界の歴史を、かれらだけのものにしておきたいコーカソイド ( 白人 ) は、東アジア人の手になる発明さえも、かれらのものとし ておかねば、気がすまなかったのである。 李局長は、大月が口癖のようにしている例証を、自分からロにす ることによって、この信頼する部下から抗弁する機会を奪い、つぎ の任務へ駈りたてたのであった。 大月は、さっそく、航時機を駈って、東アジア時間局をあとにし た、歴史の進路が妨害されるのを看過することによっ て、歴史の進路を妨害してはならない。 第二条時間旅行者は、出発した時間的空間地点に、出発時と 同様の諸条件を具備して復帰しなければならない。 第三条時間旅行者は、前記二条に反せぬかぎり、自分の身を 守らねばならない。 航時法には、この三条を基本として、さまざまな細則が設けてあ ダイムマシン 、航時機によって過去へ渡航する人を守るための、あらゆる場合 が想定されている。 しまのところ、基本三条に いま大月が追っている時間旅行者は、、 抵触するような違反を犯したわけではない。無断でタイムホッ。ハー 2 飛鳥板蓋の宮 を動かしたのは、それ自体は重大な違反ではないが、そうした無茶 大月雄を乗せた航時機は、斉明天皇元年 ( 六五五年 ) の日本へむをやってのける時間旅行者の多くが、そのうえの違反ーーたとえば そくこう けて、時空を遡行していった。空間装置は、二上山にセットしてお歴史変改というような暴挙にりやすいのも、統計上の事実であ なにわ いた。ここは、当時の竹内街道の要路にあたり、難波の海港へでるる。 うちつくに 、ったい、謎の時間旅行者は、なにを狙っているのか ? それに対 にも、内の飛鳥に入るにも、都合のいい位置をしめているからで ある。 する明確な答えをだすには、大月のもっ資料は乏しすぎる。もっと ぐはん タイムホッパ 1 に乗った謎のタイムトラベラーに関しては、かれも、タイムパトロールの持っ権限は絶大であるから、虞犯というだ けんそく が追跡したとき目撃した事実が、そのまま日本書紀の記述となっけで、該当者を予備牽束できるが、それにはます居所をつきとめね ばならない。 て、後世に伝わってしまったということ以外には、まったく何も判 らない。謎のタイムトラベラーは、航行計画も提出しないまま、時東アジア時間局の電算機は、西暦六六〇年から六六三年までの三 間旅行をおこなっている。これは、明らかに航時法違反である。 年間、時空連続体の位相にはなはだしい歪曲現象が起こっているこ とを、はっきり教えてくれた。その異変と、謎の時間旅行者とを、 ただちに結びつけることは、現段階では早計にすぎるが、あながち 航時法 第一条時間旅行者は、歴史の進路を妨害してはならない。ま無関係とも決められない。当該時点より僅か五年まえの時代に、問 いたぶき