どのような思いを持って迎えているのだろうかと彼は一瞬考えた。 こうしたことは、医療にたずさわる人々が、海外での訓練 彼の受けた印象は、母たちが前もって組まれた計画に従って割り当という恩恵を受けることのできた大きな都市では、まあ当然と言え てられた子供を生産するための機械と堕した流れ作業といったものるだろう。間もなく彼は村々を巡察するよう委託されていたが、そ だった。その上、、そのすべてがなんと、そっとするほど公的であるこでは事情はだいぶ違うことだろう。だがそれについて考えるのは ことかー 直面してからでも遅くはない。 「私たちの守護聖人様」と呼ばれた、年輩の医師はたった今、一人 だがここで彼はまた現代アメリカ人の立ち場たけに立った偏狭な の男児の取り上げを終ったところだ。手袋につつまれた手が、この 考え方という陥穽におちいっていたのだ。数え切れない世代の昔か ら、人類は公的な場で生れて来たのだった。現在の世界総人口数びかびか光った、最も新しく補充された、人類の一員を差し上げて いた。調整の一はたき、泣き声と、最初の深い一呼吸とを惹き起さ は、二十一世紀以前に、かって生存したすべての人間の数とほぼ同 数だったにもかかわらず、地球人類の過半数は古代からの伝統を維せるには充分な、しかし出産時のショックにさらに負担を重ねさせ 持して出産を社交上の行事と考え、村落では祝宴の口実となり、あるほどには強くない、巧妙に手加減された、開いた手のひらによる るいはここでは、家族中がうちそろって病院にやって来るという晴「たたき。それから、待っていた看護婦に手渡され、看護婦はそ れを、臍の緒が切られる前に、母親の血液の最後の貴重な数オンス れがましい日となっていた。 この行事の現代的側面を数え上げることは容易だった。例えば母が胎盤から伝い入るように、母親よりも低い位置にして、べッドの たちの態度だ。彼女たちの顔を一警すれば、そのうちの誰々が、お横の小さな・ヘンチに置くのだった。 申し分ない。すべて、現代の最良の処置法に準じている。だがた 産を前にしての、最も進んだ指示を受けているかが見てとれた。そ の眼は閉じられ、その顔には決然とした表情があったからだ。彼らったひとつだけーーー何故あの医師は、赤子を抱いているあのぎごち は自分の胎内でどのような奇蹟が進行中であるかを知っており、そなげな娘に、あんなにもくどくどと忍耐強く説明をしなければなら ないんだろう ? れに抵抗するのではなく協力する姿勢を示していた。よい傾向だ。 チャンスはそれを是認してうなずく。しかし、苦痛よりも、多分、 チャンスが不思議に思ったのは、つかの間だった。すぐに彼は気 がついた。そう、この国ではもちろん、母たちのすべてにそれそ 恐怖におびえて悲鳴を上げている女たちも、やつばりそこにはいた のだ : れ、訓練を受けた看護婦をつきそわせるだけの余裕はありはしな い。だから随時使用できるプラスチックの上っ張りに身をつつみ、 彼は苦心して関心をほかへ移した。結局のところ彼は、ここでな ざれている処置方法の調査をする任務をおびてやって来た者に過ぎその、ちちれけのない黒髪を減菌されたプラスチックのヘアネット の中にたばねこんで、こざっぱりと、しかしおびえながら立ってい 7 専門家たちの最新の意見はほどよい程度に採用されているようだるこの娘たちは、せいいつばい手助けをしようとしている、妊婦の
しまったといったような剣幕でつめよって来るし、また、俺たちを いったいどうしてわかったのですか ! 」 「落ち着いてください」寄る年波で、やや前かがみになってはいた見殺しにするつもりかと私たちのところに怒鳴りこんで来る人々も 8 いや、まあお察しください。私たちが が、コテイワラの動作にはまだ、威厳があふれていた。「精薄児の大勢おりました。その上 その激増は、私が病院勤務から引退すると、ただちにあなた方の注どのような方針をとってみたところで、悪い結果がくることには変 りなかったんです。 意をひくようになったのですか ? 」 「それから、そのてんわんやのまっただ中に、新手の問題がかぶさ 「いや、もちろん、そうではありません」 って来ました。先天性精薄児の出生率が十 % 、二十 % 、三十 % とい 「どうして『もちろん』ですか ? 」 うように急増してきたんです。いったいどうなってしまったんでし 「私たちは例の問題であまり多忙たったもので・・ーああ、あなたは よう。もう誰もが一つところで堂々めぐりするばかりで、なんの分 消息とは全く無縁でいらしたのですね」チャンスは苦々しげな皮肉 別も湧かなくなっております。なにしろ抗老化薬をめぐってのいざ をまじえて、「医学上の小さな勝利のことで、世の中はもちきりだ ったのですよ。で、はそれにどう対処するかという悩みだけこざをどうにか乗りきりかかれてやれやれと思っていた矢先に、史 で手いつばいでした。私があなたにお目にかかってから二、三日後上最も怪奇といえる危機がやってきたのですからね。しかもそれは に、抗老化のための治療法が公表されたのです。で誰もが自分の伯とどまるところを知らない。もつばら悪化、悪化、悪化の一途をた どっている : この二週間の間に、八十 % の率に達しました。ご 父さんをつれて行列にくわわり、順番をあらそって騒ぎ始めたとい 理解頂けましたか、それともあなたはご自身の迷信の世界にあまり うわけです」 「なるほど」とコテイワラは答え、絶望に打ちのめされたように、深く没入されてしまって、もうそんなことはどうだってかまわない 年老いた肩をがつくりとさせた。 といったご心境ですか ? どの国、どの大陸とを問わず、先週生ま 「本当におわかりになったのですか ? どうしてそんなにがっかりれた赤子の十人のうち八人が、心を持たない動物なのです ! 」 したようなご様子をなさるのです ? 」 「で、私たちがご一緒に診察した子供が、そもそもの最初の患者だ 「失礼。どうそお続けください」 とあなたはお考えになる ? 」年若の相手の語調の手きびしさに頓着 チャンスは身震いをしたが、それは十二月の寒気のせいだけではせずコテイワラは訊く。彼の目は山々の向うの遠い青空に、焦点の なく、ある情景を想い出したからだ。「私たちはせいぜい最善をつ定まらぬままにとらえられていた。 「私どもの調査した限りではそういうことです」チャンスは両手を くして、治療法の公表を、数百万の人たちに充分な量の薬がストッ クされるまで延期したのです。しかしもちろんそれは、実験段階で拡げた。「いずれにせよ、私どもが早期の記録を調べてみたとこ ろ、この病気が報告された最初の子供たちはいずれもびったりとあ 公表したのと甲乙つけがたいほどの悪結果をまねきました。とい うのは、誰もが、自分の家のお婆さんがつい先日の金曜日に死んでの日に生まれているのです。そして私どもが聞き知った限り、これ
うやくモリナリもリーグとの接触を試みようと決意する。 ここで戦争の主題はおっぽりだされて ( どのみち、最初からたい して重要ではなかったのだ ) 、そのあいだにエリック・スイートセ ントは彼の妻になにが起こるかを知るため、八〇をのむ。未と を 来でも、彼女はやはり幻覚剤による脳損傷におかされたままだ。し かし、未来から帰ったエリックは、妻と別れずにいっしょに暮らす去 あ 決心をする。なぜならば さ 「人生は、そんなふうに作られた現実形態で成り立っているから です。彼女を見捨てるのは、わたしはこんな現実に耐えられな 、わたしには特別に手かげんされた条件が必要だ、と弱音を吐 くようなものです」 なぜ悪妻が良妻よりもリアルなのか ? それは 「 : : : じやじゃ馬、低能、わがまま、欲ばり、その他ありとあら ゆる性格上の基本的欠点を備えていることでーーまさにそのこと によって、彼女は彼をしつかりとひとり立ちさせているんだ : これは、人生の逆境というものがもっ役割のすべてを、あらため て考えさせてくれる」 たしかにそのとおりだ。そしてそれは、フィリップ・ディックの 小説の中での、自己憐憫の強い、ダメな男性たちがもっ役割のすべ てをも、あらためて考えさせてくれる。 『さあ去年を待とう』は、『ーー聖痕』とおなじく、ソープ・オペ ラで水増しされたアレゴリーである。残酷で精神病質的なリリスタ ーは、明らかに地獄あるいは墓穴世界からの使者だろう。最後に地 球人と平和共存することになるリーグは、天国を代表している。工 リックは視者で、幻覚剤一八〇の服用によって、より高次の現 「パーマー・エルドリッチ の三つの聖痕」 地球 リーグ レオ・ビュレロ モリナリ キャン D ェリック医師 火星 ( ノく一 J J ー 180 チュー Z キャシー パーマー・エルドリッチ フレネスキー プロクシマ リリスター 「ザッフ。・ガン」 最高天 パウダードライ イ 実 ( 未来 ) へ上昇し、そ して救済方法をたすさえ てもどってくる。キャシ ーは、これと対照的に、 より低次の現実 ( 過去と 離人症状 ) へ下降し、そ の結果として破減する。 エリックは彼女を救うた めに自分の救済を放棄す る。人びとの病気を感情 移入で自分の身に負い 彼らをリリスターから救 うために死ぬモリナリ は、ディックが六十五ペ ージに明記しているとお ツウ り、キリストの象徴であ こうしてみると、話の 筋道はちゃんと通ってい るように思える。しかし、 果たしてキリストがモリ ナリのように、ズボンの 前ボタンをあけつばなし にしたりするだろうか ? 最後の八つの長篇はき ちんとグループに分ける 3 のが不可能なので、これ までやってきたとおなじ
「拳銃の威力は充分に承知しています。それでは僕らの命はもうな「早く、ダヤン ィーダがせかせた。 いわけですね」 ダーン、と音がした。ダヤンが悲鳴をあげて顔を両手で掩った。 「そういうことになるな」 「では最後にひとつ、面白いはなしをお聞かせしましよう。僕らはガタンと拳銃が床に落ちた。ダヤンが呻きながら部屋を走り出 四人とも、自分の未来を見てしまっているのです。それによると、 僕らはまだ当分死にません。少くともこの世界を出て別の世界〈戻伊東はピン。ヒンしていた。 「ああよかった」 るまではね」 吉永が素早く立って拳銃を拾って来た。銃身が裂けていた。 アル・べニーとイーダの顔色がさっと変った。 「もうこれは使えませんね」 クイサツツ・ハデラッハ・ 「まさか : 「そう考えてもら「ていいでしよう。僕らは " 道の短縮。をして未山本が微笑しながら、アル・ペ = ーとイーダに言 0 た。 「どうです。服をもらえませんかね」 来を見たのですからね。男のベネ・ゲセリットです」 「わ、わかった」 「嘘た。あれはフレーメンの伝説にすぎない」 アル・べニ 1 が辛うじて答えた。ィーダは蒼い顔で夫にしがみつ 「そう思うのならおためしください。一人でも殺せるかどうか。し かし、もし失敗したら、あなたは最大の敵を作ることになりますいていた。 「ぜ、全面的にあなたがたをお助けしよう。そ、そのかわり、メラ よ。僕らは不死身ですからね」 「嘘よ。嘘にきま 0 てるわ。あんた、こんな子供欺しのテにのせらンジの密輸入や、メランジ相場のからくりについては、世間に言い ふらさないで欲しい。その条件でどうかね」 れちゃ駄目よ。ダヤン、撃ちなさい。四人とも殺しておしまい」 山本は強硬な態度に出た。 ィーダがヒステリックに奐いた。 ダヤンは拳銃をゆ 0 くりと持ちあげて近寄 0 て来た。立ちどま「そういうお約東はできません。しかし、僕らは、このトランシル ヴァニアに永住するつもりはありませんし、好んで波風をたてる気 、狙いをつけた。伊東が最初だった。 もないのです。旅人として通過するだけです。その旅に必要なもの 「となりの肥ったほうが的がでかいよ」 さえ整えていただければ満足です」 伊東が手をかざしながらよけた。 アル・べニ 1 とイーダはほっとしたようだった。 「心配するな。社長室に坐ってたんだろ」 「そんな、親分 : : : 」 3 伊東は泣声になる。 ダヤンが拳銃を持つ手に力をこめた。 こ 0 2 4
医師の手の動きを見るために身をかがめ、その右手を差し出して、毎日一八万ほどの、養うべき赤子が誕生しているのだった。人口爆 危惧に身をこわばらせている産婦が慰安をもとめて握りしめられる発の最盛期には、一日につき、ちょうど、二十五万弱だった。それ ようにしてやっていた。 から現代医学が効果を発揮したのだ。インド、中国そしてアフリカ チャンスは、自分自身の水準からおしはかって、コテイワラにの国民さえもが、自分たちが養い、衣類を与え、教育をほどこす余 は、特に注目に価するような点は全くないと思った。この医師は明裕のあるだけの子供をつくるための計画の必要性を認識しはじめ、 らかに有能であり、患者たちは彼になついているようだ。しかし彼危機は遠ざかった。 とはいうものの、最盛期に生れた子供たちが、教師となり、労働 は年老いており、やや動作が遅かった。交代時間が近づいてき、ま た疲労もくわわってきたいま、操作に非常に慎重を期しているのが者となり、医師となって、とほうもない困難と取り組めるようにな 見てとれた。 るのはまだ幾年も先の話だった。こういった事に思いをめぐらして また一方では、このような出産の流れ作業場で、人情味が感じらいた時、最近もつばら彼の関心を惹いていた、ある問題が彼の頭に れるのは立派だった。チャンスは到着早々、婦長に、患者の平均入浮んだ。で彼は思わずひとり言をつぶやいてしまったのだ。 「まさにこの職業の、あのような人物こそ , ーーーそう、あの人こそ選 院時間はどれほどかといたのだった。すると婦長は苦笑を浮べな がら、「そうですねーー・軽いほうで二十四時間。こじれたケースのばれるべきなんだ ! 」 場合には三十六時間ぐらいでしようかね」と答えたものだ。 「なんとおっしやられたのですか ? 」と婦長はひどく英国調のあら コテイワラ博士の態度を見ていると、まるで時間はたつぶりあまたまった態度で訊ねた。英国人は、この国の知識階級に、ぬぐい去 っていると言わんばかりだった。 りがたい影響を残していた。 アメリカ人の見地からすれば、そのことすらも、聖人と呼ばれる「いや、なんでも」とチャンスはロごもった。 資格とまではなり得なかった。しかしインド人の眼から見ると、疑「でもいま、誰かが何かのことでコテイワラ先生を選ぶべきだとか いもなく物事はおのずと違ってみえるものらしい。婦長は彼にこう言われたようでしたよ」 口にしてしまったことに当惑しながらも 間もなく世の中に出 警告していた。彼が来たのは、子供をつくるのには最も縁起のよい ディレ と考えられている、春の宗教上の大祝日の九カ月後にあたるから、現することになっている板ばさみ状態をひとたび意識してしまった 口をつぐんではいられなくて、チャンスはこう言った。 忙しい時期に来たわけだと。この警告も、彼に現実に対する気構え後では をととのえさせるまでには至っていなかった。病院は文字どおりす「今日がコテイワラ先生のここでの最後の日だとあなたはおっしゃ しづめだった。 いましたね」 だがもっとひどいことにだってなりかねなかったのだ。彼はいさ「ええ、言いましたとも。先生は明日、引退されるのです」 さか身震いした。この問題の根源は破壊された。しかし今もって、 「後継者は誰かについて腹案はおありですか ? 」 9 6
って総ての交界」以上にスポ 1 ッ ( 特に野球 ) 振興に力を注いでいる 通機関は此混のが目立っ程度だ。ここでも春浪は精力的に創作、評論 乱の渦巻の中を発表した。ほんとうは、この「武侠世界」こそが春浪 に運転を中止の真価を発揮し得る最高の舞台になるはずだった。とこ したのだからろが惜しいかな、大正三年一一月、日本界最初の巨 歩いて行くよ星押川春浪は、過度の飲酒から身体をこわし三八歳とい り外はないのう若さで、まったくあっけなく他界してしまったのだ。 「海底軍艦」シリーズに登場する段原剣東次などとい う、ヒロイック・ファンタジイのヒ 1 ロー達も顔負けの 今月の大英雄の産みの親としては、あまりにつまらない最後だ った。「武侠世界ーは大正一二年まで続いたが、春浪没 ~ 籘 ~ ) を読まな」 ファン後はさほど見るべき作品もない。 したがって、三大冒険雑誌の中で一番味に欠ける は、絶対に損だ。川崎競馬場が火星人の熱線に焼かれる などという場面の登場する「宇宙戦争」なんて、そうかのはこの「武侠世界」ということになる。ただ、この雑 んたんにどこででも読めるものじゃない。紀伊國屋に行誌はにこそ見るべきものが残っていないが、怪奇小 ったって、岩波書店に行ったって、そんなメチャクチャ説の分野においては、一人の特異な作家をデビューさせ な本は売ってはいない。編集部には内緒だが、今ている。純ではないが、やはり古典史上素通り 月のは、この「日本こてん古典」でもっていできない作家村山槐多がその人だ。村山槐多とは、い、 ン なる人物か。前記中島河太郎氏の「日本推理小説史」よ るようなものだ ! ( ウソいうな日編集部 ) フ り、槐多についての解説を引用しよう。 囹『武侠世界』 村山槐多は明治二十九年九月十五日、横浜市に生まれ 「冒険世界」から手をひいた押川春浪は、友人で同誌のた。父は山形県の出身で、当時神奈川の中学校教論であ お お表紙やさし絵を担当していた小杉未醒らと組んで、新しった。父が京都府立一中に転じたので、小学校に入った 号 い冒険雑誌を創刊した。これが、明治四五年一月に創刊のは京都だった。 刊 小学校で首、京都一中でもはじめ組長をしていた された「武侠世界」。もちろん主筆は春浪で、武侠世界 が、悪戯がはげしいので、組長を免・せられた。二年生か : 界社という新出版社を設立してのスタートだった。 この「武侠世界」も前述の二誌とほとんど内容的にはら文芸に熱中し、詩や戯曲を回覧雑誌に発表し、これら 武 し。なし。たた、創刊の理由が理由たけに「冒険世が死後単行本に纒められている。 第表第 、第ー第 牆新 66 ー
らの最初の子供たちの出産時刻は、私たちがお会いした時刻の一時し、村人たちは次第に落ちつきを失って、互いにひそひそ話し合っ 間かそこら後であるということに、私はたまたま気がついたのです」た。 「その日に何が起ったのですか ? 」 とうとう老人が口をきった。「その、抗ーー・抗老化薬のことた 「その原因と考えられるような事柄は何一つ起ってはいないのでが、それは完全に成功したのですか ? 」 す。国連のあらゆる機関は動員され、私たちは世界中のあらゆる記「そうですとも。ありがたいことです。このごたごたのただ中に、 録を底の底まで調べつくしました。単にその日のことだけではな こういったなにがしかの心の慰めでもなかった日には、私たちは皆、 はら く、その九カ月前の頃、つまりこの子供たちが胎に宿った時期のこ気が狂ってしまうでしよう。死亡率は空前の低下を見せました。そ ともです。ーーーだがそれも適切なことではありませんでした。何故れにがっちりした計画を立てていますから、余剰の人口を養う希望 ならその中には六週間ほども早い早産児もおりましたが、他の者とは持てますし、それからーー・」 「どうやら」とコテイワラが突然口をはさんだ。私たちがお会いし 同じでした。つまり空々白々とした欠損の : : : もし私たちが完全な 行き詰まり状態に達していなかったなら、私は、あなたを捜しにやた日に何が起ったかを、あなたにお話しできるようですね」 って来るなんていう狂気じみたことはやってのけはしませんでした呆然としてチャンスは彼を凝視した。「それたったら、さあさ よ。結局のところあなただって、なにか私どもの助けになるようなあ、いますぐ話してください ! 先生は私が最後に希望をかけたお ことを思いついてはくださらないでしようからね」 方だーーー・私たち人類の最後の望みの綱なんですよ」 到着早々、チャンスの裡に燃えさかっていた激情のほのおは今や、 「希望をお与えするわけにはまいりません」不吉に鳴り渡る最後の 灰となって絶えてしまい、もはや何も言うべき言葉を知らない様子審判の鐘の音のような響きが、この物柔かな言葉を彩っていた。 だった。コテイワラは一分間ほど物思いにふけりつつ、立ちつく「でも私よ、、 をしわゆる学門的推測をすることができる。この二十一 く好評発売中 > 恐竜の発見翁世甑し 虫の惑星「 ん入られ 0 る 昆虫の世界 恐竜研究の権威が恐竜にとり憑かれた男たちの 世界を豊富なエピソードで描き、興奢を呼よー ロ」・コル・、 / ート / 小畠・亀山訳 / 八八〇円房 昆虫との共存を願い、ゴキプ リ、ハエなど身近早 にいる昆虫の生態をユーモラスに描いた秀作ー ・エヴァンズ / 日高敏隆訳 / 一三〇 0 円 3 8
が、毅然として佇立してりにここへ くなったので、大切に扱われるべきだ いるのを見ると、それを手本として彼らは勇気をえ、同じようにふ彼は手の甲で顔をぬぐった。 チャンスと申します。お忘れですか。私たちは、 「私はペアリー・ てぶてしくつっ立ったのだった。 ヘリコプターは砂埃の渦を巻き上げて、通りと呼ばれている踏みあの病院でお会いしました : : : 」 サニャーシはさえぎって、「それはよく覚えてますよ。ありがと ならされた道からややはずれた場所に着陸し、一人の男がそれから う。しかし、私のような者を、どうしてあなた方はそのように時間 跳び降りた。長身の、肌の白い外人た。彼はあたりをゆっくりと見 廻し、サ = ャーシが眼にとまると感動の声をあげた。自分の仲間と労力とをはらわれて、探しまわられたのですか ? 」 ヴィダナル に、何やら声をかけると、彼は大またに通りを歩みはじめた。さら「私たちの知っている限りでは、あなたは、無生病患者を発見した に二人が降りてきてヘリのわきに立ち、低い声で話し合った。青と最初の人だからです」 緑のサリーを着た二十歳ほどの娘と、パイロットの、飛行服を着た沈黙があった。その間、チャンスは、サニャーシの人格が薄れて 消え、コテイワラ博士の人格がそれにとってかわるありさまがほと 若い男だった。 赤ん坊をしつかりと抱きしめた若い母親も成り行きを見んものとんど目に見えるような気がした。その変化は、それ以後の言葉を「ポ ンべイ産ウェ 1 ルズ語」訛りで続ける彼の声に反映されていた。 外に出てき、彼女の最初の子ーーよちょち歩きの坊やーーーが、のば した手で母親のサリーをつかんで・ ( ランスをとりながら、こころも「私のラテン語はとるにもたらぬものです。医学に必要なだけを学 んだのですからね。でも、その病名はヴィタ、つまり生命と、ナラ とない足どりでそれに続く。 つまり、ここに 「コテイワラ先生 ! 」と、ヘリコ。フターからの若い男が呼びかけス ( 皆無 ) から来たものだと私は解釈します : ・ やまい いるこの子のような病を意味するのですか ? 」彼は横にいた若い母 る。 「たったのです」とサニャーシは錆びついたような声で肯定する。親に、一歩前に出るように身振りでうながし、それから赤ん坊の背 英語のすべての語彙は、蛇がきつくなった皮を脱皮したように、彼に軽く手をあてがった。 チャンスは小児を一とおり調べてみたが、結局、肩をすくめた。 の心から剥げ落ちてしまっていた。 「いやになるなあ ! 」若い男の声はにがにがしげだった。「私たち「先生がそう言われるのなら」と彼はつぶやく。「この子の齢は二 はあなたを見つけるのにそりゃあ大変な苦労をしたんですよ。それカ月ぐらいですね ? それではテストもせずに : : : 」 だのにやっとここで見つけたと思ったら、あなたは私たちと言葉の彼の声は一瞬とぎれた。 お遊びなどをしようとなさる ! 私たちは途中で十三カ所の村に着「そうだ、テストもせずにだ ! 」と彼はだしぬけに大声を発した。 「そこが重大なんです ! 先生がーーーええとーー引退される前、一 陸しなければなりませんでした。そうしては手がかりを得てたんで す。昨日、あなたがここへ来られたというのを聞いて、それとばか番最後に診られて、どこかが異常たと言われた男児のその後の経過 8 7
は、いまの段階では罪深いものなんだよ。カルチオフォ枢機卿が個何度も折りたたんでから、それを祭壇の前へささげていき、大きな 人的野心を犠牲にしたことは、きみのいうほど利己的な行為ではな金の聖杯の中へ入れる。これとおなじことを、彼らは停頓状態のつ 7 づいていたあいだ、毎朝毎夕、何日も何日もくりかえしていたの ケネスはそれでも、あわれなカルチオフォの立候補辞退の動機をだ。 攻撃するのをやめない。 ' ヒヴァリーがときどき、彼の毒舌に拍手す「二、三日前のヘラルド・トリビューンで読んだんですけれど」 ーショーは、ローマ教会が機械を首長にいただくことと、ミス・ハ 1 がいう。「アイオワからのロポット代表団二 になったら、自分はもう聖体拝領を返上したい、などとしきりにつ百五十名が、デモイン空港で選挙の結果を待ちわびているそうです ぶやく。わたしはこの議論にすっかり嫌気がさし、椅子をくるりとわ。もし、お目あての候補者が当選したら、さっそく待たせてある 回してテープルに背を向ける。このほうがずっとヴァチカンが眺めチャーター機に乗って出発し、新法王の最初の祝福を受けられるよ やすい。いまごろ、シスチナ礼拝堂には大ぜいの枢機卿が集ってい う、要求を出すつもりなんですってよ」 ることだろう。ああ、一度でいいから、その席にのそんでみたいも フィッツバトリック司教がうなずく。「あれが就任すれば、合成 のだ ! あの陰欝で豪華な大広間の中で、どんなすばらしい秘儀が的な出生をとげた人びとがどっと教会のふところにはいってくるだ 進められていることだろうか ! 枢機卿たちは、いま、紫色の天蓋ろうことは、疑いがないね」 のついためいめいの座席にすわっている。それそれの席の前の小卓「そのかわりに、血と肉をもった大。せいの人びとが追いだされるん には、大鑞燭の炎がゆらめいている。司式者たちが、投票用紙のは ーが金切り声でいう。 いった銀盆をもって、おごそかに広間の中を進んでいく。これらの 「それはどうかな」と司教。「もちろん最初は、ちょっとした衝 銀盆は、祭壇の前の大卓の上に置かれる。枢機卿たちは順順に大卓撃、狼狽、あるいは侮辱された気持や、ある種の喪失感を味わう人 、ユーラー師 に近づき、投票用紙をうけとって、自席に帰る。いまや、鵞ペンをびともあるだろう。しかし、それもやがては消える。 手にとって、彼らは記入をはじめる。「わたし、ーーー枢機卿は、ももさっきいわれたが、新法王の生得の善が、すべてにうちかつだろ っとも尊崇すべき首長なる最高の司教職に、わがーー枢機卿猊下をう。また、テクノロジーに関心の深い世界各地の若者を、教会に参 加させる刺激にもなると、わたしは信じるね。全世界が、抑えられ 選挙する」さて、彼らはどんな名前をそこに記入するのだろう ? コルチオフォか ? アシウガか ? それとも、ロポット排斥派が最ない宗教的衝動に目ざめるにちがいない」 「二百五十のロポットが、サン・。ヒエトロ寺院へギイギイガタガタ 後の瞬間に破れかぶれで選んだ人物、マドリッド、、 カ / イデルベルク 出身の老いぼれた無名の枢機卿だろうか ? それとも、彼らはあのとはいっていくところなんて、想像するのもいやですわ」とミス・ 名前を書いているのだろうか ? ペンのきしる音が礼拝堂の中に大 きくひびく。枢機卿たちは記入を終え、投票用紙に封印し、何度もわたしは遠くのヴァチカンに思いをはせる。朝日は眩ゆいばかり
は他にはないのだ。ーーー数時間が経った。 一の生き残りの象。孤独と飢えが、彼の巨大な天色の頭部のなか ローヴァー 私が生涯 を、なかば気のふれたものにしているに違いない。元来、迷い象は緊張がゆるむにつれ、追憶が私を引き寄せ始めた。 精神的な欠陥をも 0 た、いわば、性悪ない 0 びき狼である。猟獣とに射ち倒した無数の獣たち。さまざまな動機で私はかれらを射 0 して、これほど手強わい相手はない。気楽な狩ではなさそうた、とた。最初は純粋なカタルシスを求めて、次には職業としての必要か ら、ある時は害獣を除くという名目で。さらには飢えをしのぐため 私は思った。 に。私はかれらを殺し、そして忘れた。そのために眠れぬ夜を過し たことはなかった。 4 かれらに対して終始フェアであったと、私には言い切れる。いか なる闘牛場の牛も、私に対した獣以上に、敵を倒しうる可能性を与 すばらしい月夜だった。風は殆どなく、月光の降る音がきこえて えられたものはいないだろう。 くるような静けさが盆地を支配している。 あるいはこれは、優越者の立場を正当化すべく捏造された愚かし なにかがおかしい、と畑の外れの立ち枯れた・ ( オ・ハ・フの樹の根元 シェルター いスポーツマンシップの受け売りかも知れない。さもなければ、す の、射場に身をひそめながら私は思った。ーー静かすぎる。夜のア べては私にとって業だったのだ。最初の一頭に熱い鉛の弾を射ちこ フリカに欠かせぬ背景音楽である筈の、すだく虫の音が絶えている んだ瞬間から、それが、 " 真実の瞬間″となり、その瞬間の体験を のだ。長らくの干魃で、虫さえもが死に絶えたのだろうか。 深化させることが私の人生の目標となったのである。 キリング サファリの客の背筋を冷させるジャッカルの奇怪な哄笑も、もう 私の生涯は殺しの歴史そのものだったが、私にとっては、猟獣ー 私の耳は聴くことはない。ふたたび疑いが私の胸に兆し始めた。す ー尊敬すべき私の敵ーー、・との幸福な邂逅の連続に他ならなかった。 でに歴史の伝説となりかけている地上最大の哺乳動物。エネルギー かれらが、私との対の一瞬に存在を燃焼させ切ったであろうこと に充ちた巨大な肉塊。この不毛の原野に、まだそのような存在が許 を私は信じて疑わない : されているのか。 何かがかすかに、しかし鋭く軋んだ。次の瞬間、私は研ぎすまさ 畑は、蒼みがかった夜の底に、深海の奇怪な海草の集落さながら れた目と耳だけの存在になりおおせていた。静かに、水平二連ライ に、ひっそりとうずくまっていた。その平穏をみだすものの気配は フルの安全装置を外す。 どこにもない。 私はひとりで、小枝を組み上げた射場にこも 0 ていた。手を貸す巨大な灰色の幽霊のような姿が、畑の外れにぼう 0 と浮び上 0 て いた。二メートルはありそうな唯一本の成長し切った牙が、銀灰色 というマサイをすべて断わったのた。ライオンをよく単身で倒す勇 にきらめいた。マサイのことばは正しかったのだ。 猛なマサイでも、牡象は手に余る相手である。むしろ下手な手負い スタンピード ( ニックに襲われた暴走の際は別として、あの六・七トンにも にさせてしまう公算が大きい。そして、手負いの象ほど厄介な獲物 1 ) う 9 9