「やはり私は運命に逆らうわ ! 」 「致し方ありません。貴女のようなお美しい方にまで、こうしてお タニアは呟いた。そして部屋に入ると、引きちぎるようにドレス叱りを受けるのは心苦しいことですが、おそらく今後サーディ将軍 と和解することもないでしよう。残念ですがあなたともお別れです を脱いで乗馬服に着換え、拳銃を腰のベルトにさし込んだ。 召使いたちは二階から何かを降ろそうとして騒いでおり、タニアな」 そういってイッフェはメモを示した。「キトのローラという女に の外出には全く気付かなかった様子である。ガレージにはサ 1 ディ の軍用ジープがタニアのスポーッカーと並んでいた。タニアはジー連絡をとれ。彼女はの登録番号の同志だ』 プに乗り込み、アクセルをいつばいふかせて飛び出した。 「そうね。お別れですね。ィッフェ」 タニアはいった。そして歩きかけて、もう一度振り返ると、イツ チカノの街の白い鏡面がタニアをとり囲み、タニアはその平穏さ に逆らうように荒々しくジ 1 プを運転した。首都エリアの国旗の群フェはいっかの彼のように同志に向ける瞳を輝やかせていた。 「さようなら。同志」 れを抜けて行政庁にくるとタニアは車を停止させた。 ィッフェは次官室の奥に国旗を背にして坐っていた。タ一一アが机タニアはロの中でいった。ィッフェも僅かに口を動かせた。 に歩み寄っても驚いた顏をみせず「これはこれはサーディ夫人。何 か御用でしようか」といいながら、手をメモに走らせ『タニア、こ タ一一アはジープをフリーランドに向けた。荷台には街で買った食 んなところへ来てはだめだ』と書いて示していた。 料や毛布が積まれていた。キトの街はフリーランドとの中間付近に 「主人があなたをひどい奴だといってましたわ」タ一一アよ、、よ・、 を、しオカある。タニアは坂を昇ってハイランドの端までくるとジープを停め らメモに書いた。 た。後方にチカ / の街の白い鏡面が輝き続けていた。ホードと話し 「サーディはヨンロエルを連邦から脱退させるつもりです。すぐにたスタジオも、イッフ工と歩いた繁華街も、全てがガラス面に沈み 軍をチカノに向けてくるでしよう。軍部にはサーディ派が強いので込み、太陽の乱反射だけがハイランドに向かって昇ってくる。 クーデターになるかもしれません。それから私はフリーランドへ行 タニアは再びクラッチを踏み、灰色のハイランドへの尾根道に向 ぎます』 けてハンドルをとった。クランのリズムがエンジンの音と共鳴し、 「ええ、御主人とはかなり意見の相違がありました。古いおっき合彼女の口元から組曲フリーランドが流れ出ていた。 いのタニアさんにはお気の毒ですが、これは私と御主人との政治上 アスファルトの道路は間もなく途切れて天色の乾いた土をむき出 したダートコ 1 スに進入すると、ジープの後方には砂嵐が渦巻い の対立です」 ィッフ = がいった。彼はタ一一アのメモを読みながらタニアをみった。太陽の照りつけが厳しく、タニアの褐色の髪の間に汗がにじみ 出る。彼女は乗馬帽を脱ぎ汗をぬぐって、街で買ったストローハッ めていた。そして一瞬二人の空な会話が途切れた。 トの中に長髪を押し入れて被った。ジーゾは激しくゆれ動き、砂埃 ィッフェは嘆息し、やがて頷いていった。 7
ホテルのコーヒーハウスで、ホードは相変らず挑戦的な視線をタ看板の彩色も全てが色あせている。樹木は殆んどなく、広場には光 = アに向けて用件を話した。ホードが彼女を同志とは認めず、利用とナイ。ンで作 0 た疑似噴水があ 0 た。裏通りには市場が開け、野 路地は整然 価値のあるヨーロッパ貴族令嬢として見つめていることは明らかだ菜や魚が売られていたが、そこですら人通りは少ない。 った。彼はその日、三つの演奏予定を伝えた。一つは連邦記念日のとした直線で、すぐにまた大通りと接し、市街では全てがあけっ広 祝典での演奏で、もう一つは小ホールでのコンサ 1 ト、そして最後げであった。 に連邦会議祝賀パーティでの演奏であった。最後のものが最も重要高台には奇妙な形の記念モニ = メントが立っていて、そこからは であることはホードに指摘されるまでもなく、タニアにはわかって街中が見渡せた。タニアの歩いてきた方角には繁華街が、その逆方 向には首都エリアの純白の高層建築が並んでいる。首都エリアでは ホードが帰ると、タニアは街に出た。 僅かな緑がうかがえた。 ヒ方よ海岸にそった低地が続き、そこはこの街とは逆に密生した ホテルから数分歩くと大通りにそった繁華街に出る。街でみかけ」を る人々の肌の色は多彩で、アルビラの原住民の多くも混血と思え植物群に支配されており、更に奥の ( イランドでは灰色の不毛地帯 た。そして純粋な白人や東洋人、黒人などの数も多く、それらは高が広がっている。このチカ / もまたハイランドの端に位置している 級車に乗っている人々から浮浪者まで各層に渡っている。それでもが、フリーランドはハイランドの遠い果ての砂漠地帯の手前にある 浮浪者はヨーロッパに較べると少なく、治安はほぼ完璧に行き届いはずだった。そしてその彼方の広大なオフタン砂漠が隣国オフタン の領土であり、また石油産地として著名な一帯でもある。 ており、タニアの印象では極めてのどかな国としか思えなかった。 タニアはヨーロッパ風のカフェテラスでジュースを飲みながら英タニアの父はこのハイランドのいずこかで死んでいったはずであ 字新聞を開いた。フリーランドに関する記事も、このアルビラ連邦る。 でのゲリラ活動の記事もどこにも見当たらない。ョン州でのオレン ジ栽培の成功や・ハ・フースク海岸のハイウェー計画、そして遠いヨー 次の日からタニアはホードが準備してくれたスタジオに通ってビ ロッパで発生した銀行強盗のニ、 1 ス、それらによって紙面は埋めアノを使っての練習に入った。式典での演奏曲目はこの地の作曲家 つくされていたのである。 による序曲とヘンデルである。タニアはビアノをハ 1 プシコードの このチカノの街には、まだフリーランドの影がどこにも入り込んような音にするために電気装置をとりつけて演奏した。ホードは満 でいないのだ。フリーランドは僅か三百キロ程度離れたところにあ足した様子で小さな頭を下げ、小さく「とても結構です」といっ り、そこではゲリラたちがこの街を狙っているはずなのに タニアはヘンデルを演奏し始めた時「フリーランドのことを話し タニアは再び街に出ると、高台をめざしてゆっくり坂道を昇って しった。この街ではアスファルトまでが白く変色しており、商店のて下さい」とホ 1 ドにいった。ホードはしばらく間をおいてタニア こ 0
利用価値があることは確かであり、二日続きのデートを引き受けるることはできません。つまり、私がっかまれば、簡単に高級官吏の ことにした。そして午後になると決心してホードのスタジオに出かゲリラを補充するというわけにいかないからです。それはあなたも 同じです。あなたはおそらくサーディ将軍と結婚なさって、お子さ けていった。だが、そこにホードは来ていなかった。 彼女はスタジオをすぐに出て行政庁に向かい、戸ビーでイッフェんをもうけて、生涯このチカ / とヨンロエルの邸宅でお過しになる そのおつもりになっていただきたいの を呼び出した。ィッフェは危険だからといって彼女を一度追い返ことでしよう。つまり、 です」 し、半時間後にホテルへやってきた。 「昨夜はとても立派でした」 いっかィッフェの黒い瞳に鋭く刺し貫くような視線が生まれてタ ィッフェはそういって落着きなくソフアの端に腰を降した。 ニアを捕えていた。それは明らかに同志に向けられたイッフェの長 「ソホラー。フ将軍とサーディ中将がひっかかってきましたわ」 い間隠してきた本性であった。それはまた、やさしいタンテ・ルー タニアは笑った。 スの視線と共通するものでもあったのだ。 「どちらも最も重要な人物です。ソホラープは連邦のフリーランド タニアは黙って頷いた。 作戦の司令官だし、サーディ中将は鷹派の代表です。もしどちらか「おそらくホ 1 ドはフリーランドへ向かうでしよう」 を選ぶとしたらサーディ中将の方がいいでしよう。ソホラープの行 ィッフェは初めてフリーランドの名を口にしたのだった。タニア 動や考え方については或る程度わかっています」 はイッフェの瞳の炎をとらえたまま静かに呟く「あなたはーー」 そして決めつけるようにいった。 「わかりました」 タニアはいった。 「私の父を御存知なのね」 「それに、サーディ中将の方がハンサムですね」 ィッフェは一瞬目を閉じ、すぐにタニアを見つめて頷いた。 ィッフェは皮肉つぼくいう。タニアはその冗談冫 こ笑うことなくイ「本当のことを申し上げます。あなたのお父上は裏切者でした。現 ッフェを見つめ返していた。 大統領がこのチカノの首相だった時、当時フリーランドの指導者だ 「ホードさんはどうなさったのですか ? 」 ったお父上は取り引きをしてアルビラ連邦にザコフグラッド首相と 「ホード君は、今日」 して参加しようとしたのです。そしてハイランドで私が暗殺しまし た。だから、あなたに関してはこのアルビラ連邦上層部では信用が ィッフェはそういって言葉をつ・まらせる。 あります 0 、それがお父上の長い計画の一つであったのかもしれませ 「あの人は昨日、何らかの行動があるっていっていましたわ」 ん」 「ええ、彼は何かを計画していたようです」 「そのことを私を育てた人達は知っていたの ? 」 「では、あなたは関係がないということですの ? 」 「おわかりでしよう。私のような立場の人間は直接作戦にはかかわ「いいえ、殆んどの人々は極めて一部の情報しか持っていません。
タ一一アはいった。女はやはりやさしく笑いかけたままゆっくり頷なのだろう。同化しながら、次々と大切なものを失っていくーあ の偽タンテ・ルースの誘惑的な笑顔、そしてアムステルダムに似た タニアは再びジープに乗った。曲がりくねって昇っていく石畳の路地。路地は入り組んで迷路を形成している。その迷路が全てを吸 この街の時間 坂道には革命戦争の跡は全く発見できず、もう何千年も昔から同じ収する複雑な時間の停滞を生んでいるのだ。時間 は恐しい質量を持っている ! 状態が続いているように重々しい時間をとり込んでいる。 タニアはこの街を脱出しなければならないと思った。重厚な時間 「嘘よ。何もかも嘘だわ ! 」 タニアはロに出していた。すでに朝の生活が始って家々からは笑に押し潰されない間に脱け出なければ自分のこれまで隠し持ってい たものの全てを失ってしまうように思えた。坂道を昇り続け、全て い声が飛び出してくる。そしてラジオの音楽が聞えた。クランのリ ズムが踊り、組曲フリ 1 ランドが流れ出る。タニアはチカノでの生の分岐点で意識の流れに逆流するように曲がっていった。偽アムス 活を思い出していた。ホードのスタジオでの演奏や、祝典の夜のカテルダムを脱け出て、偽ミラノを偽パランツアも脱出した。そして いっか彼女は広大な草原に出て街を見降していた。背後には確かに ニ・ハル。ィッフェやサーデイやソホラ 1 プ。そして、 チカノに続くハイランドが開けていたのである。 「わかったわ。タンテ・ル 1 ス」 彼女は叫んだ。だが、それがオランダのタンテ・ルースに向けら タニアはジ 1 プを停めて汗を拭いた。陽はすでに沈みかけてい れたものか、今別れてきた偽のタンテ・ルースに向けられたものる。彼女はそこから全速力で果樹園まで走り、前日とほぼ同じ場所 か、自分でもわからなかった。更にまた、本当に何がわかったのかで眠りについた。 すらもわからなかったのである。ただ、その瞬間、タニアの意識の 奥底に潜んでいた何かが彼女の意識世界から消えていったように思次の日も早朝に目覚めたが、今度は用心深く明るくなるまでジー えた。舌く摺り切れた石畳や苔の生い繁った壁が永遠の時間を吸いプの座席で待った。 込んでいくように、タニアの心の中の何かもこの街の風景に吸収さ昨日自分が迷い込んだところは本当にフリーランドだったのだろ れて簡単に同化してしまったのだろうか ? うか ? 彼女は薄く白い光がにじみ始めた東方の空を見つめながら 犬が一匹駈けてきて、ジープの前で立ち停まると、問いかけるよ考えていた。むしろ彼女には、自分のフリーランドへの積もり積も うに耳を立ててタニアを見る。そしてすぐに首を廻して駈け出し、 った期待が、何か狂った幻想を生み出していたように感じられるの 煉瓦の壁の影に入り込んでしまった。ラジオの組曲フリーランドはである。例え昨日ジープを走らせた道が全て実在していたとして まるで初めて耳にするかのようなよそよそしい別世界の音楽をタニも、それを見つめてきたタニアの意識が長いフリーランドへの幻想 アに伝えた。確かにここでは時間単位で失われていく何かを感じを投影していたはずだ。確かに現実は存在するが、それを理解する - る。ここは同化するか、はじき出されるかどちらかしかできない街のは常に意識であり、意識によってこそ現実は意味を持つものであ
亡命者も多かったので、イッフェの素性は暴露されることもなかっ 「お前はこれから毎日できるんだ。最後に俺に接吻させろ」 たのだろう。ィッフェはそのまま連邦政府の行政庁に入ったのであ ソホラープは笑いながらいう。会場の緊張が解かれ笑い声と拍手 6 る。 が起きた。サーデイも笑いながらソホラープに手を差し出した。二 またっタキア自身不思議に思ったことは、アルビラ連邦側がフリ 人は握手して肩をたたき合い ソホラープはタ一一アのほほに接吻し 1 ランドのスパイに対して、さほど神経を使っていない点である。 た。フラッシュライトが三人を包み、ウェディングマーチが鳴り響 それはのんびりしたこの国のお国柄とも思えるし、この国で事実上 いた。タニアはそれでも笑うことはなく、時折カメラが彼女に向け 戦争相手であるはずのフリーランドに関する話題が殆んど出ない点られると僅かに唇をゆるめた。そして窓際ではシャンパンを持った とも何らかの関連を持っているように思えた。 ままィッフェがそんなタニアをじっと見つめていた。 果してフリーランドは本当に戦っているのだろうか ? タニアにはそんな疑問まで生まれるのだった。 タニアの結婚生活はバルセロナやミラノでの生活と似ていた。殆 んど物質的な苦労はなく、様々な贅沢が認められ、他人行儀な付き タニアとサーディの結婚式は華やかに大統領の来席のもとで開か合いと孤独だけが永遠に続いていた。タニアは ( ープシコードの演 れた。白いウ = ディングドレスはおそらくタ = アに最も似合う服装奏と乗馬で虚ろな時間をどうにか充たし、可能な限りの社交性を発 だっただろう。パ ーティ会場にタニアが入場すると人々は思わず息揮し、週に一度はイッフや他の連絡員に暗号を送った。 を飲んだ。そして盛大な拍手が起った。サーディはタニアと腕を組サ 1 ディのチカノの家は首都エリアの端にあって後方は丘に接し ている。タニアは馬で丘を昇り、記念碑の近くから積雲の下のフリ んで得意気に頷いた。だがタニアの表情には何の変化もみられなか ーランド方向を眺めた。時には馬を走らせてハイランドに向かうこ った。白い手袋をさし上げて最少限の返礼をしただけで、遠いフリ ともあったが、いつも二キロも行くと馬を返した。チカノの街はい ーランドを見つめるようにシャンデリアのキラメキを眺めていた。 褐色の髪を白いヴ = ールに包んで僅かにゆらめかせ、長いすそを床つも白く輝き、全ての影を拒絶するかのように太陽光線を反射し続 すれすれに滑らせて、彼女はウェディングケーキに近付いていつけていた。この鏡のような街が何かを隠している。白いウェディン グドレスの中の私のように、ロを閉ざして作り笑いをして装ってい サーディがタニアに接吻をしようとすると最前列の席にいたソホる。だが、何を ? チカ / の街は何を隠しているのだろう ? ラ 1 プが急に立ち上がり、「まった ! 」と叫んだ。一瞬会場がどよ めき、サーディは当惑して身構えた。二人に歩み寄ったソホラープ タニアの中のフリーランドのように、 このチカノの中にフリーラ はタニアの手をとった。タニアは無関心に為されるままになって いンドの革命の炎が燃えているのだろうか ? ィッフェの空虚な瞳 や、ホードの敵意の眼孔のようにー こ 0
が何度もタニアの顔を襲った。それでもタニアは快い解放感に侵っ 2 ていた。フリーランド 今こそフリ 1 ランドへ向かっているの 謎の古代貨幣 だ。エンジンのクラン・リズムにジープの震動や風の音も加わって 5 タニアの内部には組曲フリーランドがオーケストラの交響詩となっ コロンプスよりも前に、初めて旧を手に入れた二人は、喜びいさんで て演奏され続けていた。 大陸から米大陸に足跡を印したもの 自分の家に帰って行ったが、その後 は、荷者か ? これは、非常に興味ある宝石商に見せたところ、銀で出 , ・やがて巨大な岩壁の突き出たべアロックに出ると岩影に車を停め のある問題であるが、結論は、研究来ているということだったので、そ て昼食をとった。岩の上にワインやチーズ、コールドビーフ、オイ の進展につれて、更に過去へとさかれをその宝石商に売ってしまった。 のぼっていくように思われる。 その後、・それはその宝石商から、 ルサーデン、ローストサーモン、キャビア、などチカノで買ってき そんな時、この問題について、一例の遣跡の発掘で、シェトローン教 た最後の西洋風昼食を並べ、ゆっくり時間をかけてタニアは食べ っ非常に研究者たちの頭を悩ませた授の手助けをしたベネット・・ケ た。頭上には二百メートルもの巨岩が熊の顔のようにタニアをみつ ものがあった。それは、米国オハオ リーという人に贈られた。 この真っ黒なコイン状のものを受 め、そよ風が貧しい草を天色の砂の中に泳がせていた。前方の崖下イ州。ス郡のチリ、ースという所の ; 西にある「セイス土墳」で、今からけとったケリー氏が、早速点検して には樹木の密生したパ・フースク平野がうかがえる。それは純白のチ : ちょうど半世紀ばかり前の一九二五 みると、その一方の面に ( もう一方 ~ 年の冬、発見されたというコイン状の面は、腐蝕がひどすぎて何も識別 カ / の街や灰色のハイランドに対し奇妙な異和感を与えていた。 ; のものである。 出来なかった ) 翼をつけた人物のよ タニアはデザートのオレンジを食べ終えて食事を済まし、またジ この、西暦五一年に、ホープウェ うなものが右を向いているのが、辛 ル族によって築かれたという大きなうじて判別された。ただその人物 ープを走らせてフリーランドに向かった。 が、男なのか女なのか、衣服をつけ 道は史に登り続け、周囲には岩石が群が 0 た。一面に奇形の墓石一土墳は、発見された年 0 初めごろか ら、オハイオ州立大学の O ・・シ ているのかつけていないのか、走っ をまき散らしたような岩山であった。或いはその褐色の岩のどれか エトローン教授によって大がかりなているのか飛んでいるのか歩いてい 1 がタニアの父の墓石であるかもしれない。そしてまた、それら全てハ組織的発掘が行われていたが、冬期るのか、までは全然識別出来なか。 にそれを一時中断中にアイザック・ た。その人物は、何か。ーー多分勝利 がフリーランドで死んでいったゲリラたちの墓石かもしれない。 アプラムズという男ともう一人の男者の花輪のようなものーーを左手に とが、その発掘個所をあちらこちら持ちもう一方の手は、体の右下の円 タニアは組曲フリーランドの中にゆくゲリラたちを口ずさんでい つつきまわっていたおりにふと見つ いものーー多分地球の縮小した図ー 7 た。単調なメロディがくり返し、くり返し、音階を変えて登場し、 ーの方へ伸ばされているように思わ ハけたのが、そのコイン状のものであ る。大きさは米国の半ドル貨幣とはれた。その構図は特に西暦二三五 そこに不調和な幾つかの和音が割り込んでくる。、和音は小さく現わ ぼ同じ位だが、厚さは少しうすく、 年に王座にのぼったローマのマクシ れて、急にフォルティッシモとなってすぐに消える。再び単調な柔 両面共花崗岩のように固い腐蝕にお ミニス王時代のコインのそれに非常 おわれていた。ナイフでそ . の端を少によく似かよっていたので、これは 軟なメロディが始まるが、すぐに別の不協和音が出て消えていく。 しけずってみるとそれは銀色をした ローマのコインだろう、と推測され 闇の中から現れ出たような合成音。それは誰もの中にある闇だった 金属だった。 た。 この思いがけない「古代の遺物」 のだろう。タニアの父も、イッフェも、ホードも、そしてタンテ・ ところが、それは、西暦五一年に卍
つい最近、伍長に昇進して袖に山形の袖章をつけ、それと同時にか 分の吐く息を見ることができなかった。 平原はちかちかと微光をはなってい、やがて遊び場となり、つぎれらの目にもそれなりのほこらしさがそなわっていた。 こんだ・ハーの仕切り席にふたりの娘がすわって、ジンジャ 1 には湖となり、それからたこつばとなり、最後に夏のとある街路と 1 ルをすすっていた。ミネリはそっちへ進んでいって、黒髪の、背 なった。驚いたことにかれは、それらの場所のいちいちに憶えがあ った。遊び場はかれが少年のころに遊んだところであり、湖はかれの高いほうの娘に熱心に話しかけている。クリスはうしろのほうで が青年のころに釣りをしたところなのだった。たこつぼは、かれがもたもたしていた。黒髪の娘となら、まあ、つきあってもいい気が プロンド その中で負傷して血を流し、いま少しで死にそうになったところでしたが、彼女といっしょにいる丸ぼちゃの金髪娘のほうは一杯のお あ力、夏の街路は、かれが車を駆って戦後はじめての仕事場へむか茶をともにするのもごめんだった。だから、ミネリがいいかげんに った通りなのだった。かれはおのおのの場所へまい戻ってきていたあきらめてカウンターへもどってき、はやくビールを飲んでしまえ のだーー遊び、釣りをし、泳ぎ、負傷して血を流し、車を駆ったそばよいのにと思っていた。そうすれば、かれらは・ハ 1 を出ていける れそれの場所へ。どの場合も、そのころの生活をそっくりそのままのに、と。 くりかえしているようだった。 ミネリはいっかなそんな気をおこす様子はない。背の高い娘とい 死んで、時をコントロールし、過去をよみがえらせことができるつまでも話しつづけてい、やがて座席の彼女のかたわらへそのずん など、可能なのだろうか ? ようし、ためしてみるとしよう。いまぐりしたからだをずらすようにしてすわりこむことに成功した。と どのつまり、そうなるしかなかったのだろう。ミネリがこっちへこ にくらべたら、昔は文句なしによかった。しかし、どの瞬間にまい いというように手招きしたので、かれはそっちへいき、かれらにく 戻りたいというのだ ? そうだ、なによりもかれにとっていちばん 貴重な瞬間は、むろんーーかれがローラに会ったときだ。時間を、月わわった。丸ぼちゃの金髪娘はパトリシアといい、背の高いほうの さか 々つはローラといっこ。 を、年をあらがい逆の・ほりながら、かれはローラのことを考えた。 「ローラ ! 」と、かれは星々に照らされた平原の夜の冷気のなかで かれらは四人そろって散歩に出かけた。しばらくのあいだアメリ さけんだ。 カ滝を見、そのあとでゴート・アイランドをおとずれた。ロ 1 ラは と、平原は陽光のふりそそぐ街路となった。 ミネリより数インチ背が高かった。それに、やせているために実際 よりも上背があるように見えた。かれらはいわば不つりあいなカッ かれとミネリは警備動務が非番になると、十二時間の臨時外出許プルを組んでいた。ミネリは気にかけているふうではなかったが、 可証をもらってアメリカ滝 ( 瀑の一部 ) 〈出掛けた。戦争がはじまローラはなんとなくぎこちなさそうであり、肩ごしにちらちらクリ ってまだはじめのころの、お天気のよい十月のある日のことであスをふりかえって見ていた。 り、かれらはやっと基本訓練を完了したばかりだった。ふたりともやがて彼女と・ハットは、そろそろ家へ帰らなくてはいけない時間 3