太陽 - みる会図書館


検索対象: SFマガジン 1973年12月号
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1. SFマガジン 1973年12月号

ォメガという名前は、運命の、ある皮肉な気まぐれから、彼にあ 「でも、あなたが一人だけであの怪獣を征伐しに行くというの たえられたものたった。彼が生まれたころは、多くの人々が、まだ 0 は私は賛成しないわよ。私も一緒に行く。私たちは力をあわせて、 2 この、私たちの新居にとっての脅威を、壊減してやろうじゃありま水の大量に残っていた、もと太平洋の底の、低い谷間に住んでいた。 しかし年とともに旱魃が進んで、オメガが中年に達する以前に、雨 せんかー はいっさい降らなくなってしまった。大気は、地表に近いところで さすがのオメガの雄弁をもってしても、彼女を説き伏せることはすら、すっかり薄くなって、特殊な機械を使用しないことには食物 できなかった。それで、太陽が沈み、乾いた冷風が熱した岩をさまをつくるために、大気中から充分な酸素と窒素を抽出することが、 したのち、二人は湖岸沿いに進み始め、彼らの敵の姿を求めて、静か困難になってしまった。もう幾時代にもわたって、そういった食品 な湖面を熟心に眺め渡した。銀色の水面を掻き乱すものは何一つな合成法が主としておこなわれていたのである。 漸次、弱い人間から屈していった。しかし各国の生き残りの人達 かった。一塊になった珊瑚の陰にうずくまって、彼らは待機した。 しかし長い静かな夜を徹して、彼らは得ることなく見張りを続けるが、後退する水辺のまわりに集っていた。誰もが最期を予想してい たが、それでも、できる限りは長く生きのびようと腹を決めてい 結果になった。彼らの視界のおよぶ範囲では、何一つ動きはしなか ったからだ。あの稀薄化した大気層の向うの、驚くほど大きく輝かた。頼みになるものは何一つなかった。ォメガが生れる幾時代も以 しい星々は、彼らと未知なる物との間をとりもっ唯一の絆のように前に、地球がいずれは干上ることを知った各国民は ( 他の惑星へ移 思われた。彼らの気ぜわしげな呼吸音と、荒々しく鼓動する心臓の、り、そこの原住民を征服して住みつく試みをするという特権をめざ 押し殺したような響きだけが夜のしじまを破っていた。そして、死して、互いに争った。この戦闘のすさまじさと来たら、戦闘員の三 スペースカー にたえた平野の上に再び陽がのぼると、疲れきり、意気銷沈して彼分の二が戦死したほどだった。勝利者たちは宇宙車に分乗して、我 が太陽系の他惑星へと植民し、地球に居残った敗者たちを、自分で らは船へとひきあげた。 サルマのてまえ、常に豪気さをよそおってはいたものの、オメガ自分を始末するにまかせた。しかし勝者にしたところで、あい変ら の心は暗かった。あの海棲怪物が征服できなかったなら、二人は破ず戦い続け、終焉を待つ以外には何もできなかった。およそ人の手 ス・ヘースカー 減をまぬかれないことがよくわかっていたからだ。あのような恐しになる宇宙車には、外宇宙の冷たい広大な拡がりを浸透して行ける い生物が、いわば太古の靄の中から、彼らの面前に出現したという性能のものは、ただの一台もなかったからだ。ただ、我が太陽自身 ことは信じ難い話だった。しかし彼はそれを見たのだし、サルマものファミリー の間だけを人は航宙できたに過ぎなかった。そしてい ファミリー それを見た。で、それは彼が以前に聞いたことのある、海の怪獣のまや、地球同様、これら、かっての輝かりし太陽系の、すべての惑 ある種のものに似ているのだった。それが生存していることはもは星は、それそれ死んだり死にかかったりしているのだった。火星は 幾百万年の昔に、その赤らんだ光輝を永遠に失い、かっての強大な や疑いの余地はなく、最悪の事態への準備はしなければならない。

2. SFマガジン 1973年12月号

け焦げているばかり。 巨大な胸部がのっていた。自然は地球の大気層の稀薄化に対して、 人間をこのような形に、身を鎧わせたのだった。しかしこの、まこ とに注目すべき夫婦の、最も注目すべき部分は、短い、きやしゃな いまや、遊び戯れる子供たちのように手をむすびあづて、オメガ 頸部の上に据っている重々しい頭部だ。その頭蓋発達は異常なほどとサルマは湖に近づいた。彼らは、ただ地面の高い部分に足をふれ だった。その膨隆した前額は強大な頭脳力を表示していた。広く離るだけで地の上を滑走し、とうとう、温い、静かな水に足をひたし れあった両眼は、大きく丸く、黒く、知性の光にきらめいていた。 て停止した。 彼らの耳は、人生のあらゆる音楽、あらゆる声音のために調整され ォメガは杯の形にした手で水をすくうと、むさぼるように飲ん て、驚くほどに大きかった。その鼻孔が大きく、拡張している反・こ。 面、ロのほうば、感性的で、唇こそ厚かったが、非常に小さかっ 「素晴しい」と低い音楽的な声で言う。「それにふんだんにある。 た。彼らは全くの無毛だった。ーーー人類は幾世紀も前に、その眉毛 ここでなら私たちは長生きできるだろう」 や睫毛すらも失ってしまっていたのだ。そして彼らがほほ笑む時、 サル々はただもう嬉しくてたまらないといったようすで笑い声を そこに歯並みのきらめきをうかがい見ることはできなかった。人類あげる。その赤くふちどられた大きな両眠は、母性的な光と愛情に の進化過程中、自然はとうの昔に、歯を振りすててしまっていたの輝いている。 ・こづこ 0 「嬉しいわ」と叫ぶ。「アルフアもここでなら、きっとしあわせに 空を飛ぶ銀の大船は、いまや、かって太古の海だった地床の、深い育ってくれるわよ」 く、ほ地のなかに休息していた。幾百万年という年月が、太陽エネル 「そうともさ 6 それにお前ーーー」 ギーという吸取り紙と、幾多の風というむち打ちのもとに、その海水ォメガは急に言いやめて、鏡のような湖面の向うを凝視した。そ を吸いつくし、もはや、塩からく浅い湖が残るばかり。百工 1 カー の真ん中辺に、なにやら落ち着きなく波立っているところがあっ あるかなしかの、この湖岸に沿って、黄色がかった緑の草地のふちた。大きな水泡が水面にぶくぶくと浮き上って、片側へ渦巻き寄っ どりが、水ぎわを追い、水分という必要不可欠な物を求めて、ひしていた。やがて突然、大きな水柱が、地下からの圧力で噴射された めきあい、そしてそこここに、草の間から、色あせた花弁と痩せ細ように空中に突き上げられた。二人が無言の驚愕のうちに見まもっ った蕚をつけた花々が、燃え盛る太陽に向って、雄々しく頭をもたていると、この騒擾は突然終りをつげ、湖面は以前同様、平静にも げていた。そしてこの、かっては太平洋の海底をなしていた、山並どった。 みや谷間の間の、最も低いあたりに抱かれたように存在する孤独なー「あすこには火山活動がある」とオメガは恐ろしげに言った。 湖は、いまや地球上における最後の水をたたえていた。世界のそれつなんどき地面が口を開けて、この湖を猛火渦巻く穴の中に呑みこ R 以外の場所は、無慈悲な太陽の下に、不毛で生命の影すらなく、焼んでしまうかわかったものじゃない。だが、いや、そんなことがあ

3. SFマガジン 1973年12月号

けず、権謀術数は高貴さのあかしにな 0 ていた。権力者の嘘だけを「今夜、俺たちは嫌でも地底のムーン・プールに達する」 許し、民衆の嘘を封じていた。そういう社会よ、 をいったいどう育っ 吉永は読みあげるように言った。 て行く。あれは嘘を封じられた社会ではなく、嘘を助けていたの 「ここにムーン・。フールがあるのかね」 だ。あそこではどんな嘘も信じられてしまう。権力者の嘘を許すと伊東はふり返 0 てナン・タウア ' チを眺めた。 ぎ、そこには民衆を支配する権力者同志の争いだけが演じられる。 「ムーン・プールかどうか判らないだろ。変な船が迎えに来るかも ひょっとすると、あそこは人間が権力に対してどう反応するかの実知れないぜ」 験場ではなかったろうか」 三波が急に冷たくなった風に首をすくめながら言った。 吉永は顔色を変えた。 「変な船って : : : 」 「するとここは魔術の : いや、人間の精神力の実験場か。科学で「白と黒に塗りわけた奴さ」 ルナティック はなく、月的な力を活力源にする、オカルティズムの実験場だと 吉永が軽く笑った。 い、つの、か 「イシュタルの船か」 「判らないが、そんな気がしていたところへ、君が同じような感想「メリットならね」 を洩らしたんだ」 「いや、それはないだろう。このナン・タウアッチを見ろよ」 太陽が空にあり、月の時間はまだ遠かった。 四人は正方形をした巨石の島の、いちばん高い所に立っていた。 そこは例のトンネルの出口がある、目のない神像の下であった。 月光を攪拌する者が現われる 「外界に通じる唯一の出口がここだ。そして、ここがいちばん高 。中央へ行くほどへこんでいて、あの円筒形の壁に囲まれた中央 の祭壇のような所が最も低くなっている。あべこべじゃないか」 「あべこべ : 伊東と三波が異ロ同音に言った。 四人はナン・タウアッチの廃墟で、一瞬の遅滞もなく、山の蝌に 没して行く赤い太陽をみつめていた。 「そうだ、あべこべだ。いいか、普通神殿や祭壇はこうした場合、 たとえそれが贋の太陽であるとしても、赤く巨大に膨れあがり、 いちばん高い所に作られるはずだろ。ところがここでは、外界に通 揺れ動くように見えながら沈んで行く光景は、四人の心に夜〈の期じる門がいちばん高くて、重要な建造物ほど、中央の低い場所に配 じようご 待と不安を呼び起させるに充分な眺めであった。 置されている。最も重要らしいあの円筒形の壁は、漏斗の底のよう やがて太陽は完全に没し去り、湖面をひんやりとした一陣の風な場所だ。断言しても、 しい。ここの神は天にいるのではない。地の が、夜のはじまりを告けるように吹きわたった。 底の神だ」 4 2

4. SFマガジン 1973年12月号

時計の下には天色のスーツを着た男が退屈げに待っていた・ 「マドモワゼル・タニアですか ? 」 男はいった。 ・イッフェですね」 旅客機は嵐と戦いながら成層圏に昇り、全速力でアルビラ地方に「ええ、ムッシー 向かって飛んだ。紫色の空が宇宙の虚無世界に解き放たれ、白い太タニアは片手で帽子の縁を僅かに上げた。男の浅黒い顔には奇妙 陽は孤独に耐えているかのように煮えたっていた。薄い橙色の照明な虚無感を持った黒い眼があった。男は歩き始め、タニアが重い荷 に閉ざされた機内の乗客は、タニアと白い軍服の将校だけで、その物を持っていることにも全く関心を示そうとせず、白い円柱の並ん 男は逆の窓のカーテンによりかかって離陸以来眠り続けたままであだ回廊を早足で進んでいった。回廊を抜けると白い光の中に乗用車 る。 が停っており、運転席からは顔の小さなアルビラ人が、なぜか敵意 を感じさせる視線をタニアに向けていた。 タニアは虚空に何かを捜し求めるように窓の外を見つめていた。 沈み込んだ青色の海面を這うように小さな雲塊が群らがり、地平線確かにここはヨーロッパではない、とタニアは思った。タニアは にはヴァーミリオンのもやが連っている。タニアはヨーロッパでのヨ 1 ロッパでずっとマドモワゼルとしての特権に甘えてきたので、 生活が急速に去っていくのを知った。幼い時代のベルリン、少女時若い男の無愛想な顔すら異常なもののように思えたのである。 代のアムステルダムと・ハルセロナ、そしてミラノとパランツアでの「音楽マネージャーのホ 1 ド君です。あなたのスケジュールに関し そては彼に相談して下さい」 二年間。そこでの乗馬やスキーやヨット、絵やハープシコード、 して詩ーーーそれらが今のタニアを育ててきたのである。アルプスの ィッフェがいった。 雪と地中海の太陽、古都の街並などの全てが彼女の絵の舞台とな 車が走り始めると、イッフェはようやく僅かな笑顔を作り、とり り、彼女の肌に焼きつく濃厚な光となって長い年月に同化してきたっくろうように話した。 のだ。タニアはヨーロッパそのものであった。 「疲れたでしようね。今日はホテルでゆっくり休んで下さい。私へ 機がアルビラ連邦の首都チカノの上空にきて、着陸準備の翼手をの連絡は連邦行政庁で行います。私は連邦の文化行政全般を担当す 出し、ジ = ット噴出を下に向けるともう一人の乗客が目を覚ましてる一等行政官です。それから、このホ 1 ド君も o の登録ナン・ハ ベルトを締めた。髭でどうにか将校らしい風貌を装ってはいるが、 の同志です」 おそらく二十代か三十そこそこだろう。機が停止してタニアが乗降ホードは車を運転しながら振り返って、笑顔を作らずに頷いた。 ロへ向かっても、なぜかその将校は席を動こうとはしなかった。 チカノの街は太陽を乱反射する鏡のように白く輝いていた。全て 、空港ビルにも僅かな人影しかなく、巨大なガラス壁に面したロビの色彩は砂嵐に吸いとられて失われ、赤と緑の信号ランプだけが置 ーでは数人の東洋人が疲れたような目をタニアに向けている。電光き忘れられたように見慣れぬ光を放っていた。 8 5

5. SFマガジン 1973年12月号

させたので、オメガとサルマは生活に新たな希望をかけられるようわしげにく。父親の膝の上のアルフアも、不思議そうに見とげ になった。もはや怪獣はいなくなったのだから、アルフアとその子る。 供たちが平和裡に生き、そして死んで行くビジョンを二人は心にえ「何んでもない」とオメガは努めて平静をよそおい、少年を愛撫し : いた。さらに防護設備をいっそう充実させれば、とオメガは考えながら答えた。「私がつまらぬ取り越し苦労をしてるだけさ。さ をめぐらした、水はまだまだ永年の間保たせることができるだろう。あ、そろそろ寒くなって来たから下に行ったほうがいいだろう。あ そしてそれがいよいよ、完全に涸渇するまでには、自然の何んらかあ、こ・の世界を、着実に、・冷酷に押しつつんで来るこのすさまじい の気まぐれから、また大雨が降らないとは限らないのだ。 寒気は本当に嫌なものだなあ ! 」まだ太陽から眼をそらそうともせ いまや、時間をつぶすために、 というのは、周囲の装置類を操ず彼は柔かな口調で言いたした。 作する以外に何もすることがなかったのでーーこの人類の最後のト いつもの甘い徴笑を浮べながらサルマはあいづちを打つ。そして リオは、海棲怪獣の脅威はもはやなくなったこと故、陽が西に傾く彼らは舞い上り、下へとただよいおりる。谷底の岩床にたどりつく と、好んで小屋から出て、崖下の影の中を逍遙し、夜の冷気が彼らと彼らはその場に止り、湖面を遮蔽している雲を眺めた。 を屋内へと追い込むまで、過去を偲ぶのたった。時折り、タやみの「調子が良いな」とオメガ。「あれのおかげで水が何年も保つ」 中でその場に坐りこんだまま、サルマとアルフアは、オメガがその「ええ、それもみんなこの子のためになのね」と誇らしげにサル 声量豊かな声で語る、遠い昔の生活のはなばなしい物語耳を傾けマ 9 アルフアは彼らから離れて、水辺で遊んでいた。 るのだった。そういうわけで今日もまた、飛行船の上にそそり立っ 「もうそろそろあの子の遊び相手をつくり始めにゃあならんなあ」」 絶壁の上にそろって坐って、彼らは陽が沈むのを見まもっていた。 とオメガは物悲しそうに続けた。「妹が必要だ、そうだろう」 サルマとアルフアが話をせがんだが、オメガはことわった。しばら「そのとおりですわ」と彼女は嬉しそうな微笑を浮べて同意す くの間、彼は黙したまま坐り続けた。その大きな輝く限は、大地のる はてへと沈んでゆく燃えるような太陽に向けられていた。非常なる ォメガの言葉は切実だった。配偶者がいなければアルフアはその 孤独感が突彼を襲ったのたった。それを彼は何か大きな不幸の予種族を永続させることができない。遠からぬ日のうちに新しい生命 感として受け取った。それは理性による予測を超絶していた。しかが誕生しなければならない。 し彼は生まれて初めて、あの沈む太陽を押しとどめたい気持ちに迫科学は常に人間の寿命をひきのばして来た。アルフアが生まれた られたのだ。なぜか彼は、夜の到来が恐しかった。朝の光が再び大地時 1 ォメガは二百歳たった。だがそれはまだ中年に過ぎない。サル を満たす前に、とてつもない災難が彼らを襲うように彼には思われマは彼より二十七歳若かった。人間の出生率は世紀をへるご、とに低 てならなかった。 下し、今や自然は人類種族を維持して行くために、最も苛酷極まる 「どうしてそんなに悲しげな顔をしているの ? 」とサルマが気づか条件を要求していたのである。サルマはその年齢からして、長いド 222

6. SFマガジン 1973年12月号

丁度その時、 「おおい。着る物があるぜ」 と三波が呼んだ。 「ほんとか。どんな服だ」 吉永を先頭に、みんな声のほうへ駆けよって行く。 得体の知れないガラクタの山の中から、 ()n マンガの主人公みた いな、銀色に輝くびったりとした服を着た三波が現われた。 「何だそれ。テレビ映画の衣裳みたいだな」 と伊東が文句をつけた。 「だったら裸でいろ。短小め」 三波がからかった。 「あるある。なんだか古くなった制服をまとめて棄てたみたいだ」 吉永はそう言い、手早くその中の一着をまといはじめた。 「伸縮性があるから、どれでもだいたいフィットするらしい」 山本も着た。それを見て伊東も慌てて着はじめる。 「こいつは具合がいい」 結構気に入ったらしく、着おわると屈伸体操をして見ている。び ったりと体にフィットして、しかも程よく暖かい。 「いったいここはどういう所だ」 吉永はあらためてあたりを見まわした。 「ゴミ棄場だよ」 伊東は体操を続けながら、いとも簡単に言った。 「よく見てみろよ。壊れた集積回路だとか、光電管らしいものと か、そんなのがいつばいころがってる」 すると山本が感心した。 「なる程、君はエレクトロニクスの専門家だったね。おい、吉永。 幻の超新星 天文学の歴史の上では、間違いな の超新星なのだ。国際天文同盟から く発見されたはずの天体が、その後早速発せられた電報で世界中に報ら 忽然と消えてしまい、ニ度と姿を現せられたこのニュースは、大きなセ ンセーションを呼びおこした・ わさなかったという実例がよくあ る。 ところが、この天体は、どうした 最近も、天文学者の間にそのようわけか、他にはまったく報告されて な事件がおこり、盛んな議論を呼ん来なかったのである。 でいる。その目撃者は、今年の六月 この日、皆既日食を見ようと空に 三十日、アフリカ地方で目撃された 望遠鏡を向けていた天文学者は、世 皆既日食の際、ケニアで観測に当っ界中で何千人といるはずである。し ていた・ドサン、・ペックとい かも、天体観測に一応の経験を持っ う二人のベルギーの天文学者であた者ならば、その日突然太陽の近く る。ニ人は、月のかげにかくれて約のべテルギュースとプロシオンの間 五分間光を失っていた太陽の近くに に現れたシリウスよりも明るく輝く マイナス 2 度という非常に明るい天見なれない天体に気がっかなかった 体を発見した。二人はもちろんのこ はずはない。ところが、この二人以 と、この発見を二台のカメラを使っ外には、どこからもそんな天体を発 て二十枚の写真に収めた。 見したという報告は来ていないので ある。 その天体の正確な位置は赤径六 もっとも土地によって観測条件の 時五一一分、赤緯プラス五度一一十一分 で、太陽の位置からは約十八度のあよくなかった所もある。しかし、モ ウリタニア島の沖合でモヤの多い空 たりにあるが、銀河系の赤道からは わずか四度しかはなれていない。も に苦労していた英国船上の人々でさ ともとそのあたりはよく新星の発見えも、それを通してシリウスをはっ される所でもあるし、そのけた外れきりとみつけ、それを規準として他 の明るさからも、これは超新星にち の星の位置を確認している。だの に、シリウスよりも明るく輝いてい がいない、と断定された。 しかし、マイナス二度といえば一 たはずのそのナゾの「闖入者」見 五七二年と一六〇四年に見られた超ていないのである。 そこで、何とかこの天体の存在を 新星以来見られたことのない超級 8 3

7. SFマガジン 1973年12月号

彼らが眺め渡した景色は、実際荒涼極まるものだった。どの方角った。他の世界を訪問したことすらあったし、神を知り、理解もし を見ても、山岳や丘陵の上にも、岩塩の浮いた平野上にも、岩山のた。にもかからず死は、その冷酷な行進をやめなかった。それとい いけにえ 表面にも、過去の生命の骸骨や貝穀がころがっていた。動物及び植うのも、天地創造の根源的な瞬間にすら、天地はその犠牲の目星を 物界の化石が、どこへ行こうとたちまち目にとびこんで来る。とうつけていたからだ。ゆっくりと、しかし確実に、死はその冷やや の昔に消減した海洋生命の不気味な名残りをまといっかせた、深海かな手を地球の周囲に閉じて行った。太陽は高熱の光線を放射し の巨大海草の葉が、く・ほ地や高地に、ひょろ長くやつれ、わびしげて、地球の湿気を次第に吸いとり、宇宙空間に消散させて行った。 に、さびを浮かせてつっ立っていた。いまや、砂漠の砂と同様にから森林は少しずつ消失し、次いで河川や沼湖が縮んでは消えて行っ うみごけ た。この時までには、大気層はほとんど存在を感じとれぬまでに稀 からに干上り、死減しきった海草や海苔の長い茂みは、まだ海水に 洗われていた、はるか昔と同じように花輪や花ずな状をなして、相変薄となり、ただ科学器具の助けによってのみ、人はその稀薄度を量 らず岩や植物にしがみついていた。かっては、白色や。ヒンクや赤色り知ることができた。雨量はいよいよと・ほしくなり、ついには極地 いろど の万年氷も小川となって流れ去った。この地方は長い長い夜の間、 に彩られ、うようよとした生物のひしめいていた珊瑚の大樹林は、 今や物憂く死にたえながら、なおもめいめいが、かっての美を、年冷え冷えと物寂しい陰の中に、音も無く生命も無く横たわってい 月という埃によって、蔽いつくされ歪められてしまった腕々を、上た。それが静寂な夏の陽光の中に天色の幽霊のような姿をゆっくり 方に差し上げていた。鯨や鱶や海蛇や、その他多種多様な種や大きとさらけ出した。太陽は仮借なく燃え盛り続け、七つの海の岸辺は さの魚類が、巨大鰻や、深海の怪獣と枕を並べて地上にぎっしりと時代を経るごとに後退した。しかし科学力と機械力とをそなえた人 横たわり、ミイラ化した残骸は強烈な熱にあぶられて縮み上り、そ類は退去する海岸線を、かたくなに追い求め、海洋利用に精根を使 い、かくして生命の絆をなおもとりとめていた。 のそっとするすさまじさを、年月の天によって柔らげられていた。 しかし今や、ついに、地球上の生命は、最後の戦場にたちいたっ 闘争ーーー迫り寄る死に対抗する地上の生物の戦いーーーが始まって 以来、幾百万年という星霜が転び去った。そしていまや死は、邪悪なていた。戦闘計画は鋭意練られはしたが、その帰趨には疑いの余地 、いたるところを堂々とのし歩いてもなかった。このことをオメガ、は誰よりも熟知していた。太陽はい 勝利の快感にほくそ笑みながら いた。もうあと一勝負を果しさえすればいいのだ。すでにその気味ささかも減じることのないカで照り続けたからだ。しかし、地球の の悪い把握の手は、勝利の旗じるしを一握りするばかりに迫って い自転は、二十五時間が一日をなすまでに遅くなり、いつぼう、一年 は三七九日と少々の長さになっていた。新しい条件と環境とに次第 る。人類は生命を思うがままに支配できた。しかし死を克服するこ とはできなかった。科学という魔法のつえによって、人類は宇宙にに適応して来た人類は、負け戦に直面しながらもなお、勝利の快感 5 ほこら 到達し、はるかかなた・の世界の生活ぶりを望見した。迷信と恐怖とを味わって来た。何故なら、死のうつろな洞にほほ笑みをむけ、人 R 利己心とを駟逐した。疾病を追放し、自然のあらゆる秘密を学びと生のむなしい約束ごとに、滑稽を感じることを学んだのだから。 まろ

8. SFマガジン 1973年12月号

れ出たくなるのかも知れない」 初老の男は云い、短く乾いた声で笑った。 「うん、好きだよ。クリスタル・ル 1 ジュ。・ほく、完全にお・ほえち「外へにじ出るの ? 」 「そう、にじみ出る場合もあるだろうし、蒸発して行く場合もある やったよ」 だろう」 「そうか、お・ほえてくれたかね」 「そうか。だったら、そのガンジス川で死のうとしてる人は、魂が 「でも、どうして、あんなふうになるの ? 」 出やすいように、蒸発しやすいように、してるわけか」 「そうだな。そいつは、きっと : : : 」 「なるほど、そこまでは考えなかったが、きみは、すばらしい頭を 初老の男は、歩きながら、しばらく考えている。はるか遠いむか し、まだ男が青年だった頃、あの大学の階段教室で取ったノートのしてるな」 「だって、太陽の光あびてるでしよ。インドって、すごく太陽ギラ 一ページを、懸命に思い起そうとする。 「結晶 : : : そうだな。わたしは専門じゃなかったからね。はっきりギラしてるでしよ。何だってすぐに蒸発しちまうよ ! 」 とは覚えてないが。結晶というのは、たしか方向によって、物理的「ああ、その通りだ。彼らの魂は、早いこと、蒸発しちまおうと思 性質を異にする均値な固体である。そんなふうに習った気がするってたんだ。だから、身体に、灼けた石の上に横たわるように命令 な。くわしいことは、とてもむつかしくて忘れてしまったが、金属したんだな」 「分っちゃったね」 とか石とか、木とか、われわれの身体を作ってるいろんな材料だっ 「うん、きみと会ったおかげで、おじさんも、いろんなことが分っ て、みんな結晶質だ。そういうふうに、教わったね。それが、はっ きり目にみえるのは、水晶だの、氷砂糖だの、塩だの、きみが、そて来た」 つくりだと云った氷の結品だの、そういうものなんだ。結晶質で「ほくだって、そうだよ。だって、空にひろがって行く魂の結晶な ないものは、ガラスだとか特別な例だけらしい。ガラスは熱で溶けんて、ぜん・せん、誰も信じてくれなかったんだもん。おじさんだ ちまったものが、だんだん冷えて来ても結品にはならない。水は、け、信じてくれたんだもん ! ・ほく、逃げて来てよかったよ。失敗 反対に、だんだん冷えてくると氷の結晶になってくる。それを晶出したらどうしようって、ほんとうは怖かったんだ。でも、いっしょ とかいうんだな。品出する途中、新しい結晶が現われると、どんどけんめい必死で逃げて来たんだ」 ん、つながって、大きくなったり、ひらたい場所なら、ひろがって「そうか。必死で逃げて来たか : : : 」 行ったりする」 初老の男はつぶやくように云った。 「魂も結晶なの ? 」 ふいに立ちどまった。 「きっとそうだ。何か身体を構成する液体に溶かされ、脳のすみず目の前に、街の灯がいつばい、きらめいていた。駅に続く商店 みに浸みこんでいる。それで人間は、いろんなことを感じたり、考街、人々のざわめき、ガードを過ぎる車輪の音、店々の呼びこみ、 えたりすることができる」 自動車の警笛。通常なら、誰もがなっかしさを感じる、そんなタ暮 「死ぬときは、それが出て行くんだね ? 」 の街の気配を、まるでジャングルの野獣の気配でもあるかのよう 「そうだね。きっと息がとまると、酸素不足で苦しくなり、外へ逃に、身がまえ、鋭い目をあたりに走らせながら、男は立ちどまって 5

9. SFマガジン 1973年12月号

る。しかし、それ故に彼女はこのフリーランドを出なければならな タニアは再び坂道を昇ってチカノ側のキト着いた。店の戸は開い いといえるだろう。タニアはある意味で、ここにきて初めて自分のていたが、そこにもローラの姿は見えない。 「セニョリータ・ローラ ! 」 目的を自ずから認めたともいえるのだ。 タニアは大声で叫んだ。店内で小さな物音がして、カウンターに 空は急速に青くなり、太陽は真赤な炎を地平線に燃え立たせた。 地平線の霧はその炎を屈曲させ、一面の大地に広げていった。 男物の帽子が持ち上げつた。タニアは思わずジ 1 プの背後に飛び降 りながらベルトの銃を抜いていた。 「わかったわ、タンテ・ルース」ローザは地平線の炎上を見つめな 「セニョ 1 ラ ! 」 がら呟いた。「フリ 1 ランドはいつまでも遠いところなのね ! 」 彼女はエンジンを始動してクラッチを踏み込んだ。ジ 1 プは坂道カウンターから現れた小さな頭は確かにホードのものだった。ホ を昇り、朝霧は谷底の街へ降りていく。そして小岩石の高地までく ードは勢いよくカウンタ 1 に飛び来ると身軽に店の外まで一気に走 ると太陽は完全に空に浮き上がって強力な白光を放出し始めた。 り出た。 フリーランド側のキトへ着くと、相変らずタ・ハコを吸っている老「ホード ロ 1 ラが、眠っているような笑っているような眼でテ 1 プルからタ タニアもジープを飛び越えて叫んだ。ホードのあとからは武装し ニアをみつめていた。 た三人の男とロ 1 ラが現れた。 「セニョーラ、チカノへ戻りたいのです」 「タニアさんがおいでになったとローラがいうので、きっと戻って タニアがジ 1 プを降りて店の前からいうと、老ローラはゆっくり いらっしやると思って待っていたのです」 立ち上がり、店を出て空を見上げた。 ホードまいっこ。 「たぶん、向こうのローラが兵隊と話し込んでいるはずだから、そ「ずっとあなたを捜していましたのよ」 の間に検問を走り抜けるといいよ」 タニアはいった。 「もし、セニョリータ・ローラがいなければどうすればいいの ? 」 「チカ / では戦争が始っています。ィッフ工とソホラープが大統領 タニアがいうとと老ロ 1 ラは煙を大量に吐き出した。 を暗殺してクーデターを起こし、サ 1 ディ将軍がソホラープと戦闘 「やはり検問を一気に走り抜けることね」 中なのです。我々だけでなく、フリ 1 ランドからは次々ゲリラがチ 老ロ 1 ラはいっこ。 カノに向かっているのです。同志タニア、これは全てあなたの工作 タニアはジープに乗り込んで坂道を降りた。草原を走って検問のの御成果です ! 」 手前で車を停めたが、検問には人の姿が見えなかった。アクセルを「わかりましたわ。みなさんジープにお乗り下さい。荷物を捨てて いつばいに踏み込んで小屋の前を走りながら覗き込むと、やはり兵下さって結構です」 タニアがいうと、ホードが助手席に、三人のゲリラが荷台に乗り 士の姿はなく、屋根についていた小さな旗も折られて倒れていた。 9 7

10. SFマガジン 1973年12月号

山本はそう言ってから、ふと気づいたように、ポートを漕ぐィー 吉永は頷き、三波と伊東を見た。 ゴルの巨大な体をみつめた。 「月や太陽が作りものなら、外の本物の世界でメリットが作りだし 2 「巨人チャマット族がいつの日か地底から現われて全世界を支配すたムーン・プールと同じには行かないはずだろう」 るんだ」 伊東は頭を掻いた。 「メリットを読んでないんだよ」 吉永がそれに答えた。 「例の約東によって、このムーン・プールらしいナン・マタル湖の「何だお前。それでよく質の日会へ入って来たな」 三波が怕い顔をする。 ことを、的に先まわりして考えてみると、どうもメリットのス 「だって、親分が入れって言ったんじゃないか」 ーのようには行かないんじゃないかという気がするな」 三波は返事につまってまた湖底をのそきこんだ。 「山本、それはどういう意味だ」 「何のお話かよく判らんが、メタラニム島が人工の島であること 吉永が顔をあげた。 は、着けばすぐ判ります」 「ほら、ムーン・プールの入口には、月の光の力を利用した扉があ ったろう。あの月光理論を思い出してみてくれ。月光は太陽光線の 伯爵が言った。メタラニム島はすぐまちかに迫っていた。 反射にすぎないが、月面にあたって反射し、地球へ届くまでに光線「メタラニム島とひと口に言いますが、実際には何本もの水路で仕 はひどく変質してしまっているという奴さ。ところが、ここの太陽切られていて、その仕切られたひとつが、ナン・タウアッチという を僕らは本物とは認めていない。月もだ。亜空間内部は人工的にコ名前なのです」 ントロールされ、自然もすべて作りものだ。青い空と来れば白い雲巨人ィーゴルは、伯爵が何の指示もしないのに、黙々とオールを と来る。類型的だと笑 0 たが、亜空間を支配するものが、その程度操 0 て水路のひとっへ乗り入れて行った。湖底へ垂直に落ちこんで の変化で充分だと思っていれば、類型的であることの裏には、恐る いる巨石の壁の間へポートが入りこむと、しばらくの間、誰も口を べき権力の意志があることになる。ありとあらゆる色彩の衣服を売ひらかなくなった。 りつけ、不要な種類の車まで作り出して民衆を操る政治が高度で、 その沈黙は重苦しいものだった。 同じデザインの服を全国民に着せてしまう政治が幼稚だとは断言で メタラニム全域が、何か巨大な謎を秘めていることはたしかなよ きないだろう。同じ服を着せてしまう政治のほうが恐ろしいとは思 うだった。その神秘的なものは、理窟抜きに、じかに四人の肌へつ わないかい」 たわって来た。 「つまり、亜空間の支配者は、内部の人間たちを、蔑視していると謎の聖域 : : : 四人はメタラ = ムをそう感じていた。たしかにその いうのだな」 ような宗教的雰囲気に溢れ、それが四人を威圧して重苦しい沈黙に 「そうだよ。ところで、月の光の問題だが」 追い込んでいる。メリット的表現を用いれば、無数の死霊が墓場へ