水 - みる会図書館


検索対象: SFマガジン 1973年12月号
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1. SFマガジン 1973年12月号

「多分そうだろう。そして、月の水と一緒に俺たちも取水口へとび「ラークラ」 こんだ。取水口の扉は一定量の月の水をとり入れてまた閉じたの ィーゴルがまた叫んだ。 さ」 「じゃ、なぜィーゴルは溺れないんだ」 「だって、ここには水なんか一滴もないよ」 三波が言う。 伊東が反論する。 「そいつが判ればな」 「常識人間め」 吉永は考え込んだ。 三波が伊東の発言を抑えようとした。 「イーゴルも俺たちの仲間なんだろうか」 「たしかに水はない」 三波はイーゴルの前へまわって、しげしげとそのフランケンシュ 吉永は苦笑したようである。 タインの怪物風の顔を眺めた。 「しかし、この螢光を見ろよ。水でもなければガスでもない、ただ その時、突洞内の螢光が一斉にゆらゆらと揺れはじめた。 の光だが、。 「あれつ」 とうもおかしい。そうだろ。粘るように感じられるし、 少し距離を置くと、先がかすんだように見えにくくなる。こんな光伊東が奇声を発した。 があるもんか」 「上で掻きまわしてる奴がいる」 「そうすると、あれは : : : 」 たしかに、伯爵が浮いている辺りに、何か光を攪拌するようなも 伊東はまた頭上に浮いた伯爵の体をみあげた。 のが見えていた。上に何者かが存在することは明らかであった。 「ロスポ高原へ出た時と同じさ。俺たちはこの次元の人間じゃな い。だから光は光なんだ。しかし、あの伯爵にとっては、この濃密 全裸の美男美女が月の井戸の奥にいる な螢光は水になっていたんだ。溺れて浮きあがったんだ」 「それじゃ、なぜ斜道へ入ってすぐ溺れなかったんだい。それどこ ろか、上のトランシルヴァニア人は、なぜ月の光を浴びても溺れな いんだ」 太いロープにすがって、まず最初に三波、続いて伊東、山本、吉 三波が言い返す。 永の順で月の光に満ちた空洞を登って行った。 「判らない。でも、多分俺たちが抜けて来た斜道に、何か光を濃縮上へいちばん登りたがったのはイーゴルであったが、上からたら して液化させる働きがかくされていたのかもしれない」 された救いの綱は、どういうわけかィーゴルに掴まれるのを拒否す 「そう言えば、下へ来るにつれて光が濃くなったみたいだったよ」るように、たくみにイーゴルのごっい手をさけ、そういう順番で助 伊東が上をみながら言った。 けあげたのだった。 0 3

2. SFマガジン 1973年12月号

は彼をあらゆる危険から保護し、将来の世界で彼が果すべき大きな彼はその岸辺にさまよって行き、ぼちゃぼちゃと水浴びをすること 役割りを彼に指導し、すべてがかかっているあのエレメント , 、ー湖が好きだった。しかし怪獣がいる限り、この遊びには常に変わらぬ 2 2 の水・・・・・ーーを保存する仕事にとりかかったのだった。 危険がともなった。その上、彼が両親の注意深い監視の眠をのがれ て、あの高圧ケー・フルに触れる恐れがあった。 しかし、その長い熱い日々と、凍てつくような夜々の間、怪獣が それでオメガはまた別な計画を試みることを決意した。 ーー湖水 ほど近くにいるという意識が、彼らの魂に影を投げかけ、日中は、 に直接電流を通してやろうというのだ。これが水中のかくれがにひ 彼らの幸福をそこない、夜間は彼らの夢に恐怖をつぎこんだ。太陽、そんでいる怪物に達して、即死させる、ことができればよいがと彼は が湖面をあぶるように照りつけている時など、怪獣がそのすさまじ思った。それで彼は二つの巨大な磁石を造って、それを湖の両端に い頭部を水面から高々と差し上けて、彼らを、その悪意のこもった一つずつ据えたのだ。それから、彼の自由になるすべての電気 = ネ まなざしで、にらみつけているのを、彼らはしばしば眼にしたのでルギーを総動員して、水中に高圧の莫大な電流を、十秒間隔の。 ( ル ある。アルフアが遊んでいる時に、怪獣を見かけたことが二度あっ スで、一時間に渡って流したのである。 た。彼は悲鳴を上げて母親の保護のもとへと逃げこんだが、母親二週間後、彼は巨獣の死骸が浮き上ることを期待して見張ってい も、彼に、何も危険はないのだよと説得するのに、非常な苦労を味た。彼は、もはや問題は水をよごさぬよう、早く死骸をとりのそく わったのだった。が、実際に危険はないように思われた。というのことにあると感じていた。ところがそれは浮き上らないのだ。 は怪獣は垣を乗り越えようとはしなかったからだ。その遠い先祖よ ォメガは湖の水が一インチまた一インチと引いて行くのを観察し りも、たけた狡智にめぐまれており、自分が捕われていることを意て恐怖にわなないた。それから彼は珊瑚の床と岩床上で化学反応を 識しているらしかった。夜間しばしば、オメガとサルマは、光線銃起させることによって、濃密な雲を発生させて、それを湖面上空をお や、その他の破壊装置に身をかためて、もしゃ怪獣が上陸を試みは おうように導いた。このようにして太陽光線から、ある程度、護っ しないかと監視した。時折り、奴は頭を上げて、あまり長い間、た たのだ。しかしこの雲の遮蔽にもかかわらず、一日一日と水は減じ だじーっと彼らをにらみ続けるので、氷のような悪寒が彼らの背すて行った。毎日毎日ォメガは、自然が何かの風の吹き廻しで目醒め じをつつ走り、手はぶるぶると打ち震え、そのため銃の照準を定めて、地球に水をもたらしてくれはしないかと空頼みをしながら計器 ることもできず、見当違いのところに発砲してしまう。すると頭部を動かした。 はまた水に没して消えてしまうのだった。 これらの日々を通じて、そして月々を通じて、怪獣は湖面上にそ なるほど彼らはこの恐しい存在に対して安全に護られてはいたの頭をもたげなかった。 この点についてはオメガは確信を持っ が、それはとうとう彼らの勇気をそぎ始めた。それに湖は、今やわていた。何故なら水がたとえどんなに僅かでも、動きさえすれば、 ずか三歳ではあったが、大きく強健なアルフアの心を奪い始めた。 水震計とカメラとがそれを記録したはずだからだ。ついに怪獣は死

3. SFマガジン 1973年12月号

「そうだ」 「ふーん ? 」 「でも、その・ ( ナラシの巡礼の人は、祈ってたよ。いっしよけんめ「あの、赤い氷になって ? 」 「そうだ」 、祈っていた」 「ほんとに、そんなふうになった ? 」 「どうやって祈るの ? 」 「ガンジス川の水のそばまで、ゆっくりゆっくり階段を降りる。そ「なったとも。わたしが、じっと見ていると、さっきから、全く動 れから、ロをすすぐ。顔を洗う。最後に、川に飛びこんで、服を着かなかったひとの身体から、ビカッと赤い光が射したみたいだっ た。そして、次の瞬間には、キラキラとインドの強い太陽に輝きな たまま水を浴びる」 がら、その赤い光が空にむかってひろがりはじめた。空いつばい、 「きれいな水 ? 」 「見たところは、黄色い汚ない水だね。しかし、それは聖なる水みるみるうちに覆いつくした」 さ。むかし、シヴァという名の神さまがいた。創造破壊の神、つま「そうなんだよ ! 」 空いつばい、真っ赤になって、 りは、あらゆるもの、人間も動物も、山も川も、何もかも、その神少年が叫んだ。「そうなんだー さまが創ったり、こわしたり、生きさせたり、死なせたりする。そキラキラ輝やくんだ ! おじさん、見たんだね ! ほんとに、みた ういう役目を持った神さまだ。その神さまの髪の毛からにじみ出しんだね ! 」 「ああ、見たとも」 た水がガンジス川になった。そういう昔ばなしが信じられてる」 「はっきり、見たんだね ! 」 「ふーん ? 」 「しかし、そうやって身を清めるのは、まだまだ、これから生きて「はっきり見た」 行こうって人さ。もう、そろそろ死んでしまうという人は、もう身「あれは何 ? ねえ、あれは何なの ? 魂なの ? 魂って、あんな 体を洗ったりはしない」 かたちしてるの ? あんなに真っ赤なのかい ! 」 「ほかの祈りかたがあるの ? 」 「そうだな。あれは、やつばり魂だろう。きっと魂の結品かも知れ 「そうさ。じっと空を見ているだけ。そういう祈りかたで、死を待ない。 クリスタル。そう、結晶のことをクリスタルというんだが、 ってるんだ」 クリスタル・ルージュ。ルージュというのは赤というフランス飜 さ。おじさんは、フランス語を勉強する大学生だった。そのうち戦 「ふーん ? やつばり川のそばで ? 」 「そう、ガンジス川のほとり、そのガートという名の沐浴のための争が起った。だから、その・ハナラシのキラキラ光る赤い魂を見たと き、おじさんは、クリスタル・ル 1 ジュ、そんな名前をつけたもの 石段でさ。じっと、あお向けになって空を見ている。齢をとって、 さ。クリスタル・ルージュ。キラキラするすごく明るい感じがする もう、すっかり身体の自由がきかなくなったひとや、ライ病とい う、その国ではほとんど助からない病気のひとや、いろんな死が近言葉だろう ? 人魂とか霊魂とか、そんなじめじめした暗い感じの づいた人びとが、じっと、あお向けになって空を見ている。はっき言葉でなくて、すごく、さつばりした言葉だと思わないかね ? 」 「うん、思うよ。ぼくも人魂なんて言葉、きらいだ」 り、死んでしまうときを、そうやって、じっと待っている」 「クリスタル。ルージュ。 この言葉のほうが好きかね」 「死んで空へのぼるときを ? 」 4

4. SFマガジン 1973年12月号

と私たちはずうっと二頭の怪獣を相手どっていたわけなのだな。そ好奇心をかき立てたのだ。湖の方へと空中滑走しながら、グリンナ して今や、こいつが私の水の所有権に対して異議をとなえていやが 1 のことを思い出したことによって、な周囲の環境に対する関心 3 2 がかき立てられることになったのかと不審に思った 6 そして湖の中 水面をにらみ渡すォメガの顔がきびしく、けわしくなり、心臓の 頭 0 海棲笛獣を殺さなければならないなあという考えが再 鼓動が早さを増した。人間のなにひそむ闘争心が、またそろ彼のう。 : の、にんだ。ところで・湖と言えば ! 彼は停止して、あちら ちに頭をもたげた。彼は自分が地球上最後の生命を代表する者だとこちらを見廻した。湖は無くなっていたー ただ一、二土ーカーの 考えていた。いかなるけだものも、その栄誉を要求するわけにはい水溜りが残っているばかり。そしてその中央のあたりで、上機嫌で なんと 遊び戯れているのはーー彼が捜していた怪獣ではなく、 かない。彼はそれを殺さなければならない。 このふくれかえった生き物は、泥の中を それからの二週間というもの、彼は、それが再び出現するのを待グリンナーだったのだー ち構えなから見張りを続け、羊許にありったげのすさまじい原子兵ころげ廻る豚そこのけの無邪気な熱心さで、水の中をころげ戯れて いるではないか。 器を用意した。だが彼はもうそれを見か、けなかった。砂の上ですや すや眠っているグリンナーが、見かけることのでぎ唯一の生命形 態だづた。そしてとうとう彼ばハントに・飽きが来た : そのうちまた ォメガはただただ驚き呆れて見まもっていた。やがてかん高い笑 湖水に電流を流してやろう。だが、それもいそぐことはないと彼は声が彼の口からもれ出た。彼はグリンナーを見て、それが深みにい 考えた。 る別な怪獣だなどと錯覚したのだった。これは生物界における最後 ジョーク ついにオメガは自己の周辺のあらゆることに、興味を失った。グの冗談だった。しかもそれが彼に放たれたのだ。 リンナーは帰づて来たり、また出て行ったりを自由気ままに繰り返それから彼は、自分の手になる、この怪奇な被創造物は、その体 し、オメガはそれにほとんど気づきもしなかった。その体軅は相変組織の中に、この乾燥期における、あらゆる動物・ーー人、けもの、 かわき らず成長を続けたが、オメガはほとんど関心を示さなかった。飛行植物、鳥、そして爬虫類ーー・・の味わった渇を蔵しており、その毛穴 船の内部の数々の宝物も彼には魅惑のない物となった。慰安も希望から水を吸い取って、湖を涸渇させて行ったのだと悟った。水を吸 取るとそれを汗にして出してしまい、それからまた吸い取りにか もなく、しかもいこじに生命にしがみついたまま、彼は死者たちのい そばで時をすごしていた 6 かる。水こそ、こやつにとって生活環境であり、同時に食物であっ ひからびた過去から、水を求める自然の絶叫が、立 彼が数週間ほど小屋から離れずに暮していたが、眠れぬ夜の、あた。ほの暗い、 る寒い翌朝、彼は一晩中姿を見せなかった・グリンナーを探しに行かち現われて、オメガが創ったこの怪物という形で、その欲求を表現 なければならないという、なぜか強い衝動にかられた。このようなしたのだった。ォメガが道連れとして創造した物は、彼の残存の、 ことがここ二カ月間ほどの間、頻繁に起っていたことが、オメガの生命の本拠を急速に消費しつくしてしまう、恐しい脅威に成長した

5. SFマガジン 1973年12月号

だけだった。この冒険だけは、人類のなしとげた、神の手によるよ岩がからからになるまで舐めつくした。それが最後の一滴たった ! うな、あらゆる業績にもかかわらず、あい変らず神秘の謎につつま その顔に冷静さと諦観とを浮べてオメガは立ち上がった。感謝の 2 れたままだった。 微笑とともに、彼は大空を見上げた。その水は苦かったが、彼は最 もうほとんど無くなりかけてしまったいま、湖は再び彼の注意を後の一カップが自分にあたえられたことを感謝した。 ついで彼は飛行船に乗り込み、青空に駆け上って、別れの世界一 惹き始めた。病人めいた草むらは、もうとうの昔に、後退する水ぎ わについて行くことをあきらめて、いまでは、岸辺からはるか遠く周旅行に出かけた。数時間後に彼は帰って来た。うやうやしく彼は 飛行船をその着陸場に降した。もうこれで使いおさめたのだ。その にとり残された。枯れ果てた陰気な、黄色の帯でしかなかった。 毎日のようにオメガは小さな水溜りのそばに行き、それが日まし有用性はもはや消減した。その偉大な、鼓動する発動機は永遠に沈 に薄れて行くのを冷静に見まもった。恐侑や心痛に襲われることも黙し、まもなく時の経過の塵埃におおわれるだろう。彼はそれを人 なく見まもったのだ。彼は用意ができていた。しかしそういういま類が生きたことの記念碑としてそこに残すのだ。しばらく間、彼は ですら、暑さと疲労に悩みながらも、彼は充分に渇をいやそうとは船内の数々の宝物の間をさまよい歩いた。それらは聖なる物ではあ しなかった。彼は最後の最後まで戦い続けなければならない。そうったが、にもかかわらず、それが死の手を防ぎ止めることができな することこそが人類種族の特権と義務なのだ。彼はその貴重な液体かったのは皮肉だった。 を保存しなければならないのだ。 だが彼はそれらすべてに愛着を持っていたしサルマもまた同様た った。それらはまた、アルフアの遊び相手でもあった。それらの驚 そしてついにある朝、オメガが戸口に立って眺めたところが、い 嘆すべき性能は彼の希望であり、勇気づけであった。真心こめて愛 くら探してもきらきらした水溜りは見あたらなかった。湖のあった撫しながら、彼は、先祖から受けついだそれらの宝物、まもなく死 場所の、彼の眼に映じたものは、ただ岩と砂の褐色の拡がりばかの形見になるであろう宝物に別れをつげた。 り。すでに塩の結晶が、陽を浴びて、ぎらぎら輝いていた。長く尾ようやくにして、一廻りを果すと、彼は静かな空中にただよい出、 をひいた溜息が彼の口からもれた。とうとうやって来た ! かって決然たる表情で住居へと向かった。 は地球の大半をおおっていた、あの強大な海の最後の水が彼を、時死の世界を焼きつくすかのように照りつける真昼の熱した陽光が 代の堆積の死の許にただ一人残して去って行った。 小屋の中に射し込み、最後の人間、オメガがその愛する者たちの間 ほてり、熱つぼく彼は干上った湖床の上空を翔け廻った。そしてにはさまれて横たわっている寝床のあたりに豊かな光輝をふりまい ついに、大地の最も低まった地点に、彼は、岩の小さなくぼみに溜った。その大きな眼は不動のまま、凝視を続けていたが、その顔には ている、ほんの一椀ほどの水を見つけたのだ。渇きに狂した動物のよ平和の微笑が宿っていた。 生命の絶える瞬間の夢を秘めつつ。 うに、彼は大きく喉を鳴らしながら、それを飲み干した。それから、 「後に残るは静寂ばかり」 ひあが にが

6. SFマガジン 1973年12月号

マが叫ぶ。「さあ、もう一度、世界一周族行に行きましよう。アル んだ。そして彼らはそのことを深く感謝した。もはや彼らは、地球 フアはまだ遠くへ行ったことがないのですから」 最後の水の、議論の余地のない所有者たったのだ ! 今やアルファ 「そうだな」と彼。「さっそく出発だ」 は、平和に安全に岸辺で水遊びしたり、浅瀬で泳いだりできるの 彼らは銀の飛行船に乗り込み、熱く乾燥した不毛の荒野を飛び越 だ。それで危険な垣はとりのそかれた。 え、古代の都市跡の上空を通過して行く。ニ = ーヨーク、ロンド ノ丿その他、古代の商業中心地の廃墟を彼らは命をかけた捜索 ォメガは、初めに創造の神が人間に、自己の運命を支配する能力を のために訪れた。しかしこれらの都市の遺跡の位置すら定かではな あたえ給うたことを知っていた。神は人に理性をあたえ、大地を人の かった。ただ、ワシントン記念碑や、オフィス・ビルの摩天楼な 管理に委ねた。ォメガは宇宙を支配する神の力をよくよく認識して ど、最高の建造物の頂上だけが、幾世紀もの塵埃や砂の堆積面から 。彼は幾十億の世界の中心部にまで浸透している神の命令を正 頭をのそかせているばかり。雲の一片の影すらも見いだせない。だ しく認識していた。それだからこそ彼は地球人類がもうおしまいで が彼らはなおも飛行し続けた。極地の暗い荒野をかすめ、水の有無 あることを認識していた。にもかかわらず彼は、人間を万物の霊長 を探しに深い谷間に降り立ったりすらしたのだった。新しいよりよ たらしめた、あの、何物にも屈しない執念を持っていた。彼は宿命 いすみかを求めて、赤道地帯を二周もしたが、徒労に終った。水を 論者の徴笑を浮かべながら、独自の人工降雨機を設置した。幾百マ 求める絶えざる叫びは、彼らの魂の中で燃え、そして彼らはまた小 イルにも渡って、そのくねくねとした電波が大空へと駆け上り、あ さな湖ーーー自然がその最後の子供らにあたえた最後のおしめり たかも巨大な、餓えた大蛇のように、うねりにうねって、その吸収 へと帰ったのだった し、受容する大爪を振って荒れまわり、うねりつつ地球にもどって 来たが、ただの一滴の水すらもたらさなかった。 日中は相変らず暑かったが、夜は冷え込み、岸辺に近い湖面には しかしある日、鏡面が再び、小さな、かすかな雲を映し出した。 氷が張り、陽に照らされるまではとけきらなかった。ォメガはその それは世界の様々な場所に散在しており、そのような雲の存在はオ 事態を理解し、再びひやりとした恐怖が彼の心臓をわしづかみにし メガには劈に落ちなかった。その存在する理由がないように思えた た。天からの何らかの奇蹟によって、地球に充分な湿度が帰って来 のだ。 冫ーいかなる人間の ない限り、日中の高温と夜間の氷点下の気温こよ、 「私にはこの雲がわからない」と彼は、サルマとアルフアと一緒に 珊瑚樹の影に坐 0 ていた時、妻に言 0 た。「恐らく湿気を保 0 た場生命も長くは堪えられないのだ。 所かどこかにかくれているのだ。それが今まで、鏡の受信光線にひ湖の貴重な水をさらに長く保存するために、オメガは今度は雲の カーテンの層を湖岸にまで引き下し、それによって湖面を完全につ つかからないでいたのだな」 つみ込んだのだった。そしてこれが、蒸発の量をさらに著しく低下 「さあ、行って見ましようよ」眠に新たな希望の光を輝かしてサル 22 ー

7. SFマガジン 1973年12月号

しよう ? 」 に違いないことを知っていたがーーー水面下にかくれていた。しかし 妻の指さすほうを目で追って、・彼は恐怖に麻痺したような表情で 水面の混乱ぶりは、強大な四肢がうごめいていることを物語ってい 凝視した。前日、水の騷擾を見た、湖面のあの中央のあたりから、 こ 0 鱗におおわれた巨大な頸が上方に突出し、その先端には長い蛇状の 「そうだ、あいつはここへ死ににやって来た」ォメガは繰り返し 頭部がついていた。その円形の赤い眼は、黒い、角質のひだの下に た。「地球の水分の最後の一滴を戦いとろうとやって来た。いまや 護られていた。身の毛もよだつようなこの動物の頭部ば、黒い舌が あいつは湖の主だ。私たちがあいつを殺さなかったら、あいつが私 鋭い歯の一列にならんでいる大きく開いた両の顎から出入りするご たちを殺す、あるいは私たちを追いはらうだろう」 とに前後に揺れ動いていた。湖面からまるまる十五フィートの高さ その言葉を終らぬうちに、オメガは原子銃をひつつかむや、怪獣 で、そのすさまじい両眼が、陸地のほうを見つめていた。そして揺 の頭部に向けた。しかし照準を定め、引き金を引く前に、怪獣は、 れ動く頭部と同じリズムでその頸が動くにつれて、鱗は上下に互い あたかも危険を感知したように、突然、その頭部をぐいと引き下 に重なり合って、滑り動くように思われた。頸部を保護する、・まさ げ、一瞬後には水面下に姿をくらました。 に完璧な甲胄だった。 「行ってしまったわ ! 」とサルマが叫ぶ。彼女は悪寒に襲われたよ プレジオ / ールス 「蛇頸竜じゃないか ! 」とオメガが望遠鏡をその怪物にあわせな うに身を震わせ、その眼は恐怖に大きく見ひらかれていた。 がら絶叫した。「いや、ー・ーそんなことがあるはずがない」当惑げに 「また現われるだろう」とオメガ。「そうしたら殺してやろう。水 彼は言いたした。「その怪獣は幾時代も以前に絶減したばずだ。そは人間のものだからね。明らかに、あの図体のでかいけだものは、 プロ / トゾー れに蛇頸竜はなめらかな皮膚をしていた。ところがあいつは雷 私たちを別にすれば、地球上の生命の唯一の生き残りに違いない。 竜のような鱗をまと 0 ている。だが雷竜は陸生の動物だ。してみる今夜、お前が船内で寝ている間に、 , 私は銃を持って、湖岸の岩山の とあいつは、進化の過程中に生じた、この二種の動物の混血に相違背後に身をひそめ、あいつの出て来るのを見張 0 てやる。私の考え ない。いずれにせよ、あいつはこの種族の最後の生き残りだ。そし では、日が暮れた直後の岩が冷えた時に、あいつは水から這い出 てあいつがここにやって来たのはーーー死ぬためなのだ」 して、ありもしない餌をあさりに陸地に上りこんで来るだろう。何 「私たちと同様、水を追「てここにや 0 て来て、ここで果てようと故 0 て、海苔とかそうい 0 たものを別にすれば、湖の中のあらゆる しているのですわ」とサルマも望遠鏡を構えながら言う。 物を奴が喰らいつくしてしまったことには疑問の余地がないから 数分間というもの二人は揺れ動く頭部を見まもっていた。それはだ・しかし奴が人以外の、あらゆる同時代の生物を尻目に、一匹だ 餌を探しているらしく両眼をぎらっかせながら、たえず頭部をあちけ生き抜いたということからすると、私たちが奴をやつつけなかっ らこちらへとひねりまわし、顎からは白っぱい唾液をしたたり落したなら、奴はこれから幾世紀も生き抜くことだろう」 ていた。怪獣の胴体は、 二人はそれがとほうもなく巨大である「でもあすこには、そんな幾世紀分の水などありはしない」とサル ルス ぬし

8. SFマガジン 1973年12月号

のた「た。しかしな・せかォメガは苦にしなか 0 た。そしてこのばけるうちに、こいつは苦悶の徴候を見せ出した。のたうち始め、しわ ものじみた動物が、とうとうのたうちもがきながら岸辺に上って来、がれた。苦痛の叫び声を上げ始めたのだ。すさまじく白眼をむき出 あえぎながら、日射しの中にへたりこむさまを見まもりながら、オし、その巨大な樽状の胴体は持ち上げられてぶるぶると震えた。長 い両腕を振り廻し、足はばん・はんと地上を蹴った。こいつはその、 メガは、それが、深みにひそむ別な怪獣でなかったことを喜んでい 水への異常な欲求の犠牲になったのだなとオメガは悟った。大食漢 一瞬ォメガの眼は、彼の上方の斜面で死んで横たわっている怪獣の、はてしない喰い気のため、こいつはその奇妙な食餌を、その巨 の乾燥しかかった姿にそそがれ、それから身震いとともに、彼はグ大な胄袋をもってしてもなおかっ消化し切れないほどに大量摂った のだまもなく身もだえはいっそう激しさを増し、その体は苦痛に リンナーの方に向きなおった。 彼は近寄って行き、その恐しい眼をのぞきこんだ。その眼は彼歪んでころげにころげ廻 0 た 6 汗は滝のよラに流れ、哀れつぼいう めき声が気味の悪い口から発せられちだがついにそれも静まっ に、まばたきを返し、、そのロは、なかし眼をおくったことにより、 横に拡が「た。すでに汗が、その皮膚の、ぬらぬらしたたるみを伝た。そのうめき声は長く尾をひいたのち、沈黙した。その体が痙攣 0 て流れ、したたり落ちては、水に餓えた大地に呑み込まれて行 0 的にばね上 0 たと見るや、もう動かなくな 0 た。 ォメガは近寄って、手を心臓部にあてた。鼓動は無かった。グリ た。こいつば巨大な吸水獣だった。とほうもない量の水を摂っ てば、それに含まれる有機物質を養分にし、次いでその皮膚から排ンナーは死んだのだ。 泄するのだ 0 た。太陽光線に手助けされながら、こいつば急速に湖溜息をついてから、オメガは小屋へともど 0 た。いまや再び彼は 一人・ほっちになったけれども、もう気にしなかった。彼のなすべき を澗渇させて行ったのだった。 いまや、オメガが驚異と畏怖の念とともに立ちつくし、打ち眺めことはただ一つ、来たるべき「偉大なる冒険」への用意をすること アイザック・アシモフの最新科学工ッセイ集ー 房 売 発 わが惑星、そは汝のもの山高昭訳 好 ウォーター・サッカー 23 ー

9. SFマガジン 1973年12月号

誌にだってそう発表したがらない。裏方で甘んじてるんだ。でも、た。 あいつにあんな皮肉言われる筋はない。そうだろう。こないだの原「人を笑えば穴ふたっか」 稿だってそうだ。すわ雷同だなんて書いてやがる。直してやったの「人を笑わないほうがいいね」 山本はそう言ってまた笑った。 は俺だ・せ」 「早く来いよ。舟が出るそ : : : 」 「憤るな憤るな」 伊東がのん気な声で呼んでいた。 吉永は笑いながら三波の背中を押すように言った。 「自業自爆って書いて来たから、こんな間違いするなって言った ら、ハイジャックのやり損ないだなんて、しゃあしやとしてやがる 2 し、紋切りがたなに、優柔普段、遠からずと言えども当らず : : : 」 今度は山本麟太郎が笑いだす。 ナン・マタル湖の水は、青いというより緑がかっていた。 「危険牌を強引に通しちゃったみたいだ」 湖の中央部にあるメタラニム島へ向って進むポートの中で、・ハン 「頭蓋骨を頭の骸骨って書きやがるし、蜜月のミツが秘密の密」 カー伯爵が言った。 「内緒で結婚したのさ」 「湖の底を注意して見ていてください。このあたりには、大規模な 「単刀直入が短い刀」 地盤沈下があったらしいのです。二十フィートくらいの所に、古代 「菅原文太のことだろ」 の巨石遺構が見えますよ」 「牽強付会が肩強付会」 四人は舷側に身をのりだすようにして水底をのそきこんだ。本来 「名キャッチャーなんだ」 なら二人で漕ぐべき大型のポートを、巨人のイーゴルが一人で軽々 「雨後の大木に姓は源氏」 と操っていた。 「まさか」 緑色がかった水の底に、ときどき巨大な四角いものが見えてい 「言うんだよ、あいつは。姓は源氏、名は義経 : : : 丹下左膳と間違る。 えてやがる」 「メリットのムーン・プ 1 ルでは、太平洋の底に沈んだ古大陸の生 「よせよ、もう」 存者が、地下空間の割目に隠れて生きのびていて、その出口のひと 吉永はいつの間にか不機嫌な表情になっていて、強い口調で言っ つで物語が始っている。スロックマ 1 チン探検隊が全減してしまう こ 0 んだ」 吉永が水の下をのそきながら言う。 「人のこと笑ってる内に、だんだん我身に近づいて来る」 「チャマット族という巨人族の伝説があったね」 三波もそれに気・ついたらしく、首をすくめて自嘲気味につぶやい 9

10. SFマガジン 1973年12月号

け焦げているばかり。 巨大な胸部がのっていた。自然は地球の大気層の稀薄化に対して、 人間をこのような形に、身を鎧わせたのだった。しかしこの、まこ とに注目すべき夫婦の、最も注目すべき部分は、短い、きやしゃな いまや、遊び戯れる子供たちのように手をむすびあづて、オメガ 頸部の上に据っている重々しい頭部だ。その頭蓋発達は異常なほどとサルマは湖に近づいた。彼らは、ただ地面の高い部分に足をふれ だった。その膨隆した前額は強大な頭脳力を表示していた。広く離るだけで地の上を滑走し、とうとう、温い、静かな水に足をひたし れあった両眼は、大きく丸く、黒く、知性の光にきらめいていた。 て停止した。 彼らの耳は、人生のあらゆる音楽、あらゆる声音のために調整され ォメガは杯の形にした手で水をすくうと、むさぼるように飲ん て、驚くほどに大きかった。その鼻孔が大きく、拡張している反・こ。 面、ロのほうば、感性的で、唇こそ厚かったが、非常に小さかっ 「素晴しい」と低い音楽的な声で言う。「それにふんだんにある。 た。彼らは全くの無毛だった。ーーー人類は幾世紀も前に、その眉毛 ここでなら私たちは長生きできるだろう」 や睫毛すらも失ってしまっていたのだ。そして彼らがほほ笑む時、 サル々はただもう嬉しくてたまらないといったようすで笑い声を そこに歯並みのきらめきをうかがい見ることはできなかった。人類あげる。その赤くふちどられた大きな両眠は、母性的な光と愛情に の進化過程中、自然はとうの昔に、歯を振りすててしまっていたの輝いている。 ・こづこ 0 「嬉しいわ」と叫ぶ。「アルフアもここでなら、きっとしあわせに 空を飛ぶ銀の大船は、いまや、かって太古の海だった地床の、深い育ってくれるわよ」 く、ほ地のなかに休息していた。幾百万年という年月が、太陽エネル 「そうともさ 6 それにお前ーーー」 ギーという吸取り紙と、幾多の風というむち打ちのもとに、その海水ォメガは急に言いやめて、鏡のような湖面の向うを凝視した。そ を吸いつくし、もはや、塩からく浅い湖が残るばかり。百工 1 カー の真ん中辺に、なにやら落ち着きなく波立っているところがあっ あるかなしかの、この湖岸に沿って、黄色がかった緑の草地のふちた。大きな水泡が水面にぶくぶくと浮き上って、片側へ渦巻き寄っ どりが、水ぎわを追い、水分という必要不可欠な物を求めて、ひしていた。やがて突然、大きな水柱が、地下からの圧力で噴射された めきあい、そしてそこここに、草の間から、色あせた花弁と痩せ細ように空中に突き上げられた。二人が無言の驚愕のうちに見まもっ った蕚をつけた花々が、燃え盛る太陽に向って、雄々しく頭をもたていると、この騒擾は突然終りをつげ、湖面は以前同様、平静にも げていた。そしてこの、かっては太平洋の海底をなしていた、山並どった。 みや谷間の間の、最も低いあたりに抱かれたように存在する孤独なー「あすこには火山活動がある」とオメガは恐ろしげに言った。 湖は、いまや地球上における最後の水をたたえていた。世界のそれつなんどき地面が口を開けて、この湖を猛火渦巻く穴の中に呑みこ R 以外の場所は、無慈悲な太陽の下に、不毛で生命の影すらなく、焼んでしまうかわかったものじゃない。だが、いや、そんなことがあ