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検索対象: SFマガジン 1973年12月号
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1. SFマガジン 1973年12月号

誌にだってそう発表したがらない。裏方で甘んじてるんだ。でも、た。 あいつにあんな皮肉言われる筋はない。そうだろう。こないだの原「人を笑えば穴ふたっか」 稿だってそうだ。すわ雷同だなんて書いてやがる。直してやったの「人を笑わないほうがいいね」 山本はそう言ってまた笑った。 は俺だ・せ」 「早く来いよ。舟が出るそ : : : 」 「憤るな憤るな」 伊東がのん気な声で呼んでいた。 吉永は笑いながら三波の背中を押すように言った。 「自業自爆って書いて来たから、こんな間違いするなって言った ら、ハイジャックのやり損ないだなんて、しゃあしやとしてやがる 2 し、紋切りがたなに、優柔普段、遠からずと言えども当らず : : : 」 今度は山本麟太郎が笑いだす。 ナン・マタル湖の水は、青いというより緑がかっていた。 「危険牌を強引に通しちゃったみたいだ」 湖の中央部にあるメタラニム島へ向って進むポートの中で、・ハン 「頭蓋骨を頭の骸骨って書きやがるし、蜜月のミツが秘密の密」 カー伯爵が言った。 「内緒で結婚したのさ」 「湖の底を注意して見ていてください。このあたりには、大規模な 「単刀直入が短い刀」 地盤沈下があったらしいのです。二十フィートくらいの所に、古代 「菅原文太のことだろ」 の巨石遺構が見えますよ」 「牽強付会が肩強付会」 四人は舷側に身をのりだすようにして水底をのそきこんだ。本来 「名キャッチャーなんだ」 なら二人で漕ぐべき大型のポートを、巨人のイーゴルが一人で軽々 「雨後の大木に姓は源氏」 と操っていた。 「まさか」 緑色がかった水の底に、ときどき巨大な四角いものが見えてい 「言うんだよ、あいつは。姓は源氏、名は義経 : : : 丹下左膳と間違る。 えてやがる」 「メリットのムーン・プ 1 ルでは、太平洋の底に沈んだ古大陸の生 「よせよ、もう」 存者が、地下空間の割目に隠れて生きのびていて、その出口のひと 吉永はいつの間にか不機嫌な表情になっていて、強い口調で言っ つで物語が始っている。スロックマ 1 チン探検隊が全減してしまう こ 0 んだ」 吉永が水の下をのそきながら言う。 「人のこと笑ってる内に、だんだん我身に近づいて来る」 「チャマット族という巨人族の伝説があったね」 三波もそれに気・ついたらしく、首をすくめて自嘲気味につぶやい 9

2. SFマガジン 1973年12月号

し合っているお二人のためにも、早く我々はここを出なければなり ません。池のほかに出口はないのですか」 すると裸で抱き合っている二人は、仲よく同時に右を向いた。よ く見ると、その方角の岩の壁が、どうやら二重になっているらしい のが判った。 「そこにすき間があいているようですね」 「僕はもう、この先に逆戻りの壁みたいなものはないと思うな」 「ええ。わけのわからないガラクタがつまっていますわ。ルグウル 薄暗い倉庫のような場所で山本が言った。 もそのガラクタで作ったのですけれど : : : 」 「どうして。亜空間には、もうこれ以上の世界はないというのか」 「先へ行けますか」 「いや、そうじゃないさ。ここはもうトランシルヴァニアじゃない 「変なんです」 んだよ。三番目の世界へ入ってるんだ」 ィーゴルが言った。 「いっ次元の壁を : : : 」 「ときどきガラクタの量が増えるようなんです。ということは、ど吉永は言いかけて指を鳴らした。 こかに出入口がありそうなものですが、い くら探してもみつからな「そうか。ム 1 ン・プールが壁に相当するわけか。無理に抜けよう いんですよ。僕らはここで満足してますから、出入口があろうとなとすれば結晶化してしまう。ワイナンの時のように、次元と次元の かろうと、どうでもいいんですがー 境い目が、壁のようなものだと思い込んでいたわけだが、こういう 三波が舌打ちをする。 接し方もあったんだな。しかし、それじゃあの二人はどう考えれば いいんだろう」 「僕らはここで満足してますから : : : そりや満足だろうよ。勝手に しやがれ」 「特異体質とでも考えたらいい。次元を超えることは超えてしまっ たんだからね。しかし、二人は愛情であそこに縛りつけられてしま とにかく二人とも美しすぎるのである・まったく欠点の見出しょ うがない若い二人を見ていると : : : ましてそれが来る日も来る日もっている。逃げだすもならず、また逃げだそうとも思わない。実に 裸で愛し合っているのかと思えば、三波や伊東ならずとも、つい我うまくできてるじゃないか。あの二人は、あそこで永劫にお互いの 身とひきくらべて、悪たれのひとつも言いたくなろうというもので愛をたしかめ合うんだよ」 ある。 「一種の極楽 : : : いや、地獄でもあるな」 薄暗い中を歩きまわっていた伊東が、じれったそうに奐いた。 四人は岩の壁の隙間の所へ集った。 「高尚な話も結構だけどさ。すっ裸ってのをなんとかしてくれない と、外へ出たくったって出らんないじゃないの」 刑事の名前にがついている 7 3

3. SFマガジン 1973年12月号

るわけがない」割り切れぬ気分を眼の光に表わして、サルマを見つ人が船のほうにもどり始めた時、彼は希望をこめて言葉を続けた。 めながら彼は言いたした。幾世紀もの間、火山活動や地震が、地殻「湿気はきっともどって来るよ」 の表面を揺り動かしたためしがなかったことを急に思いだしたから それは希望の声であって、確信の声ではなかった。そもそもの初 めに、人類の魂に植えこまれた希望なる物は、この最後の者たちの 「何なのでしよう ? ォメガ」と彼女は畏怖のこもった語調でささがんじような胸の中ででも変ることなく明るく燃えているのだっ 「何も怖がることなどありはしないよ、お前」眼をそむけるように アルフアはまだ胎児だった。ォメガとサルマは男児の出産を決定 して彼は答えた。「おおかた、岩床にとおっていた罅が突然口を開していた。この男児が新しい人類種族の起原となるべきものだっ きでもしたのだろう」 た。そしてこの新種族が科学の力をかりて、地球に再び満ちわたる それから彼は、見いだすことのできたばかりの新しい生活の門出ことを二人は希望していた。だから男児の名前はギリシア語のアル の歓びにかられて彼女をかき抱く。幾世紀もの長い間、言葉は歓喜ファベットの最初の文字だった。これに対し、「オメガ」はその最 と親密さとの表現のために使われるだけで、心と心はテレバシ 1 波後の文字だった。 で通じあってきたのだ。 「なんだか心配だわ、あなた」とサルマが肩越しに平穏な湖を振り 「私たちはアルフアのために準備をしなければな」と歓ばしげにオ返りながら言う。「水をあのように押し上げたのは何だったのでし よ、つ、か」 「だいじようぶ、彼はやって行けるだろうよ。湿気が地球に もどって来るらしいし、もしそうなら、他のどんな場所よりも、こ「気にすることはないよ、お前」船の下まで来て立ち止った時、彼 こにもどって来ると考えられる。鏡が先週、サハラ平野上空に見せは言い、腕を彼女の体のまわりに保護するようにまわした。「さっ てくれた物を思いだしてごらん。 雲の発生したことをさ ! 」 きも言ったように、多分湖底の岩がずれて動いたせいさ。心配する ことはない。それに私たちはこれから先、ずっとずっと、恐ろしい その思い出を心に浮べて、二人は互いにはげましあった。その思 い出というのは、二人が、この間までの住居で、最後の水を消費しことに出合わないような気がするよ。それに先行き、嬉しいことが つくし、隣人や友人の最後の者たちを埋葬するその直前に、反射鏡いつばい控えているじゃないか。アルフアがもうじき生れるんだ。 が、かって人に開墾され、過ぎ去った幾時代かの間、幾百万もの人その児の輝かしい将来を考えてもごらん ! こういったことすべて 人がそこにひしめき住んだことのある、大サ ( ラの上空に、いくつを変革するということを考えてごらん ! 」そう言って彼は手を陰気 かの、きらきらと星のようにきらめく、蒸気のほんの細片が現われな灰色の丘陵に向けてさっと振った。「この世界を再び、住みよい 庭園にしたてなおすってことを、まあ考えてもごらんよ ! 」 ている光景をもたらしたことだった。 「地軸の傾斜は、私たちが知ってのとおり、変化しているのだ」二 ひび かどで こ 0 8 2

4. SFマガジン 1973年12月号

け焦げているばかり。 巨大な胸部がのっていた。自然は地球の大気層の稀薄化に対して、 人間をこのような形に、身を鎧わせたのだった。しかしこの、まこ とに注目すべき夫婦の、最も注目すべき部分は、短い、きやしゃな いまや、遊び戯れる子供たちのように手をむすびあづて、オメガ 頸部の上に据っている重々しい頭部だ。その頭蓋発達は異常なほどとサルマは湖に近づいた。彼らは、ただ地面の高い部分に足をふれ だった。その膨隆した前額は強大な頭脳力を表示していた。広く離るだけで地の上を滑走し、とうとう、温い、静かな水に足をひたし れあった両眼は、大きく丸く、黒く、知性の光にきらめいていた。 て停止した。 彼らの耳は、人生のあらゆる音楽、あらゆる声音のために調整され ォメガは杯の形にした手で水をすくうと、むさぼるように飲ん て、驚くほどに大きかった。その鼻孔が大きく、拡張している反・こ。 面、ロのほうば、感性的で、唇こそ厚かったが、非常に小さかっ 「素晴しい」と低い音楽的な声で言う。「それにふんだんにある。 た。彼らは全くの無毛だった。ーーー人類は幾世紀も前に、その眉毛 ここでなら私たちは長生きできるだろう」 や睫毛すらも失ってしまっていたのだ。そして彼らがほほ笑む時、 サル々はただもう嬉しくてたまらないといったようすで笑い声を そこに歯並みのきらめきをうかがい見ることはできなかった。人類あげる。その赤くふちどられた大きな両眠は、母性的な光と愛情に の進化過程中、自然はとうの昔に、歯を振りすててしまっていたの輝いている。 ・こづこ 0 「嬉しいわ」と叫ぶ。「アルフアもここでなら、きっとしあわせに 空を飛ぶ銀の大船は、いまや、かって太古の海だった地床の、深い育ってくれるわよ」 く、ほ地のなかに休息していた。幾百万年という年月が、太陽エネル 「そうともさ 6 それにお前ーーー」 ギーという吸取り紙と、幾多の風というむち打ちのもとに、その海水ォメガは急に言いやめて、鏡のような湖面の向うを凝視した。そ を吸いつくし、もはや、塩からく浅い湖が残るばかり。百工 1 カー の真ん中辺に、なにやら落ち着きなく波立っているところがあっ あるかなしかの、この湖岸に沿って、黄色がかった緑の草地のふちた。大きな水泡が水面にぶくぶくと浮き上って、片側へ渦巻き寄っ どりが、水ぎわを追い、水分という必要不可欠な物を求めて、ひしていた。やがて突然、大きな水柱が、地下からの圧力で噴射された めきあい、そしてそこここに、草の間から、色あせた花弁と痩せ細ように空中に突き上げられた。二人が無言の驚愕のうちに見まもっ った蕚をつけた花々が、燃え盛る太陽に向って、雄々しく頭をもたていると、この騒擾は突然終りをつげ、湖面は以前同様、平静にも げていた。そしてこの、かっては太平洋の海底をなしていた、山並どった。 みや谷間の間の、最も低いあたりに抱かれたように存在する孤独なー「あすこには火山活動がある」とオメガは恐ろしげに言った。 湖は、いまや地球上における最後の水をたたえていた。世界のそれつなんどき地面が口を開けて、この湖を猛火渦巻く穴の中に呑みこ R 以外の場所は、無慈悲な太陽の下に、不毛で生命の影すらなく、焼んでしまうかわかったものじゃない。だが、いや、そんなことがあ

5. SFマガジン 1973年12月号

どこまで下り続けなければならないのかと少々心細くなりはじめ徴光がいっそう濃密になり、螢光が靄のようにまつわりつくのだっ こ 0 た頃、一行の背後でドーン、というこもった響きが聞えた。 四人と伯爵は思わず立ち止った。ただ一人、先頭のイーゴルだけ「ガラン洞じゃないか」 三波があたりを見まわして言った。 は、どんどん先へ走って行く。 「この光は粘っこいね」 「出口がふさがったそ」 伊東はそう言い、右腕を振りまわしてみせる。腕の動きにつれ、 伯爵が叫んだ。 螢光が残像のように尾を引く。 「どうしよう。もう帰れないじゃないか」 「ラークラ : 伊東が泣声をだした。 ィーゴルが上をみあげてまた叫んだ。 「かまわん。一度あいたものなら、またあくにきまってる。それよ 、俺たちの出口はうしろじゃなくて、前にしかないんだそ。元気「随分高いな」 をだせ」 山本が言ったとおり、空洞はそう大きくないが、やけに天井が高 吉永が叱りつけた。 いらしかった。 ・ : らしいというのは、上が空洞に満ちた螢光にか 「畜生。次から次へ変なことばかり起りやがって」 すんで、よく見とおせないからである。 伊東はやけくそのように罵り、それでもどうやら気をとり直して「おかしいぜ。光が濃すぎてよく物が見えないなんて」 また走りはじめた。歩いて下ってもいいのだが、何しろかなりの下吉永が首をひねる。 り勾配で、足どりはどうしても走るようになる。みんな、トンネル 「伯爵。どう思います : : : 」 をみたした徴光のため、幽霊のような色に染って走っている。 吉永は伯爵に意見を求めたが、伯爵はななしく唇を動かすのみ 「ラークラ : で、何も喋らなかった。 前方でイーゴルの物凄い叫び声がした。伊東は斜道を駆けおり、 「どうしたんです」 仁王立ちになって叫んでいるイ 1 ゴルに、もう少しで体当りする所吉永は慌てて伯爵に近づいた。伯爵の体はぐらりと前に傾き、本 ・こっこ 0 来ならそのまま倒れてしまうような角度のまま、倒れもせず喉をか 辛うじてイーゴルの巨体をよけ、その先へ突っ走って、すべすべきむしりはじめた。 「いけねえ。有毒ガスじゃないのか」 の岩肌にぶつかってとまった。 そこはあまり大きくない空洞であった。ずっと入口から続いて来吉永は振り返って山本に言った。 た斜めの通路はそこでおわり、床が水平になっている。 「どうしたんだろう。僕は今のところなんでもないよ」 空洞の内部は靄がかかっているように思えた。斜道を満していた 山本は苦悶する伯爵を悲しそうにみつめて答えた。 8 っ -

6. SFマガジン 1973年12月号

0 めて見た人には見当がっかないかもしれないが、これは今、ジガバ チの幼虫がアオムシの体液や組織を息もっかずにすすりこんでい るところナノデス。おっと、息もっかずに、と言ったのはまちが よとうむし ジガ・ハチの幼虫も、アオムシや夜盗虫と同じように腹にたくさ んの気門があり、そこで呼吸をするのだから、アオムシの体の中に 頭をつつこんでいるからといって、ジガ、、 ( チの幼虫が息をしないで いるわけではない。しかしそのかっこうはどう見てもどんぶりの中 へ顔をつつこんで息もっかずに汁を飲み干そうとしている意地汚な さでは第一等の喰いしん・ほうの姿だ。 実際、かれらの食欲はすさまじいとしか言いようがない。卵から かえったジガ・ハチの幼虫はすぐ自分の頭の下のアオムシのひふに小 さな歯をたてる。そこが出発点なのだ。あとはひたすら食いつづけ る。アオムシのひふにあけた穴から頭を押してみ、周辺の組織を片 端から休みなく平らげてゆく。ちょうど地面に穴をほるように深く ほり進んでゆく。したがってアオムシの体内にもぐりこんでいる部 とくり 分は細く長く、体外に出ている部分はまるまると太って徳利のよう になってくる。アオムシ一頭を食いつくすのに二日か三日。そこで もうからになったアオムシの体からはい出て用意されているもう一 頭へかぶりつく。おかわり分のもう一頭はまだ元気だ。触れればロ じんつあま 器を活発に動かすし、時おり脱糞もする。四、五日前に、吉兵衛氏 のダイコン畑で。ヒン。ヒンしていたときと全く変らない。動けないだ けなのだ。新鮮といえばこれだけ新鮮な食物はほかにないだろう。 どんなにすぐれた電気冷蔵庫でも、また死体保存技術でも、保ち得 るのはあくまで死体としての新鮮さにすぎない。生きているものを 捕えてその場で食うという点では、釣ったハゼを釣舟の中でテン。フ ラに揚げて食う釣師も、飛んでいるハエなどを自分も飛びながら捕 えて頭からかぶりつくオニャンマも本質的に異なるところはない が、さて、その捕えたものを四、五日先まで生かしておいて食うと いうことになるとこれはえらいことになる。先 ( 一四五頁に続く ) 6

7. SFマガジン 1973年12月号

そこは、たしかにガラクタ置場か、さもなければ廃棄物集積所でと諦め切っちゃってる」 あった。着衣してほっと一息ついた四人が調べてまわると、あるわ 吉永は山本をみつめ、低く沈んだ声で言った。 あるわ。電子機器の部品から食糧品のパッケ 1 ジらしいものまで、 「でも、ラクラとイーゴルだって、夢のような愛ばかりで結ばれた ありとあらゆる古物が乱雑に棄てられている。 んじゃないと思うぜ。二人とも相当な過去を持ってるはずさ」 「間違いないね。ここは夢の島だ」 「どうしてそう思う」 吉永が断言した。 山本はラクラとイーゴルの二人に対する甘美な感情に水をささ 「ムーン・プールの裏にゴミ棄て場か。幻減だな」 れ、幾分ムキになったようであった。 伊東が言うと、三波がその肩を叩いた。 「俺はこういう人間さ。甘い所より嫌な所を先に見ちゃう。ラクラ 「現実なんて、こんなもんさ」 が永遠の美女だというのはたしかだろう。でも、落ち目の王と、そ 「あの二人、ちょっと可哀そうに思えて来ちゃった」 れに叛乱した蛙王、死人王の噛み合せを考えると、ラクラはそう綺 「ゴミ棄場のとなりにとじこめられてるからかい」 麗ごとで月の井戸へ逃げこんだとも思えない。ハ 乂王をたすけよう 「そうだよ。 いくら愛の巣だって、もうちょっとマシな所へ移してと、二人の邪悪な王を操ったんじゃないかな。二人の悪王が共同で やりたいね [ ラクラの父を減したということは、最後に両方が操られたことを悟 すると山本が言う。 ったからじゃないのか」 「でも、あれは男と女の絶対境だね。二人の愛以外に何もない世界山本は目を剥いた。 「それは考えすぎだ。いくらなんでも : : : 」 「へえ、若様でも他人を羨やむことがあるんだね」 吉永はおしかぶせるように言う。 「それはしよっ中だよ。僕はいつだって人を羨ゃんでる」 「ルグウルのことを考えてたら、自然そっちのほうにまで考えが向 「俺もかい」 ってしまったのさ」 伊東が自分の鼻の頭を指さした。 「ルグウルのこと : ・・ : 」 「うん。やり甲斐のある立派な職業についてるし、君みたいに地に 「召使いか、あれは」 足のついた人生を送りたいよ。それは三波君だって同じさ。僕にと「そのために合成したんだろ」 っては、君たちは憧れの対象なのさ」 「じゃ、なぜィーゴルが現われたら嫉妬したんだ。あの時のラクラ 三波と伊東が顔を見合せた。 の言いようで、俺は ( ッとしたんだ。イ 1 ゴルは、ラクラの孤独を 「贅沢言ってんじゃないかね、若様は」 いやす為に造り出されたんだ」 「そうだよ。俺なんか、若様みたいになりたいけど、とても駄目だ「セックスの相手だって言いたいのか」 9

8. SFマガジン 1973年12月号

「ええ。あなたがたは、あれがイーゴルという名前だと思っていた 吉永が上へ着くと、伊東がわざとらしく両手で顔を掩っていた。 吉永はすべっこい岩肌に手をかけ、やっとのことで這いあがり、三んですか」 「じゃ、この池の下にいるのは何者なんだ」 波に助けられて平らな岩の床に立った。 すると、全裸の美女がおかしそうに笑いだした。全裸の美青年 「やつばりムーン・プールたったな」 吉永は、這い上ったばかりの空洞を眺めて言った。上から見るも、その笑顔に目をむけて、優しく微笑した。 いったい誰が僕とルグウルをとり違えた と、えも言われぬ真珠色の液体でその空洞は満たされており、表面「あれはルグウルですよ。 んです」 にはさざ波さえ立っていた。 イ 1 ゴルと名乗る美青年はそう言った。まったく大した優さ男で ロー。フは下にイーゴルを残したまま、すると引きあげられてしま あった。男でさえ惚れ・ほれするような美貌で、逞ましさこそない う。真珠色の池の水の底で、イーゴルの巨体が両腕を振りまわし、 上をみあげて怒り狂 0 ているのが、魚影のようにゆらゆらと揺れてが、そのかわりいかにもしなやかで、・ ( ネのきいた体つきをしてい た。小さく締った腰、長い脚、へこみかげんの腹部、そしてふつく 見えた。 引きあげられ、するすると岩の床の上をすべって行く口ープの端らと盛りあがっていないのが不思議なくらいの胸 : : : 唇は朱く、鼻 は高く、目は大きく、額は広く、髪は優雅にカールしていた。しか を目で追った吉永は、あっ、と低く叫んだ。 いちじく 伊東がわざとらしく両手で顔を掩 0 ていたわけである。ロ 1 プをも股間には、無花果の葉さえなく・ : 引きあけたのは、すらりとした体つきの、全裸の美男であった。そ「やつばり俺は短小なんだな」 と、三波は絶望の呻きを洩らした。 のロープは、岩の床がテー・フル状に隆起したつけ根にまきつけら 「俺もさ」 れ、四人が登って来る重量を支えていたのだ。 両手で顔を掩ったまま、伊東が慰めるようにささやいた。指の間 そして、そのテープル状の岩の隆起の上には、ふわふわと柔らか そうな白い塊りが敷きつめてあり、その上に、もう一人全裸の美女から見えているのだ。 「・ハンカ 1 伯爵がそう言っていた。だから俺たちはてつきりあの巨 が横坐りに坐って吉永のほうをみつめていた。 人をイーゴルだと思いこんでいたんだが : : : 」 「なぜィーゴルをあげてやらないんです」 吉永は伯爵の姿を探した。ムーン・プールの上に浮いて、誰かに 吉永は生唾をのみこみ、眩しそうな表情で言った。 引きあけられたらしいのは、下から見あげて知っていたのだ。 すると、ロ 1 プを外した全裸の美青年が、丁寧にロー。フを巻きな 山本が黙って指さした。 がら答えた。 「イーゴル : : : それは僕の名前ですよ」 吉永は愕いて、岩の床に横たわった伯爵の傍へ駆け寄った。シャ 「君がイ 1 ゴルだって言うのか」

9. SFマガジン 1973年12月号

二人は異ロ同音に言った。 「その可能性は否定できない。召使いロポットは決して嫉妬なんて できない。あの時ラクラは顔をあからめていた・せ」 「服も着たし、お二人さんにお別れの挨拶をしておこう」 山本は唸った。 山本はそう言って螢光の洩れだす隙間へ向った。 「男女の愛の理想像だと思ったのに : ・ 四人が不用意に岩の隙間から、美男美女の愛の巣へ入ったことを 「今はたしかにひとつの理想像に昇華している。それは否定しない責めてはなるまい。ビアもなかったし、ノッカーもなかったのだ。 さ。でも、彼らが内にこもって自分たちの愛を永劫にみつめつづけ岩のべッドの白い綿のようなクッションの上で、ふたつの裸体が からみ合っていた。白い肌は。ヒンクに染まり、互いの名を呻くよう て行こうとしている姿勢には、それなりの理由があるはずじゃない に呼び合っていたのだ。 か。若い二人の愛なら、もっと積極的に未来へ向うはずだろう」 四人は声も出ず、そっと引きかえした。 「たしかに、言われてみればあの二人は、過去も未来も見てはいな いようだ。見つめているのは現在だけだな」 「だろう。あれは刹那主義じゃないか。ただ、次元の境い目の特殊 な環境を利用して、刹那の愛を永劫に続けているにすぎない。ィー ゴルにだって、見たくない過去があるのさ」 出口を発見したのは、伊東の手柄であった。 「ハンカー伯爵か」 「ここんとこのゴ いきなり盛りあがったぜ」 「ああそうだ。ラクラと会う前、イーゴルと伯爵の間に愛情関係が実を言えば、伊東は出口探しに飽きて、そこにしやがみこんでサ あったと考えてもおかしくない。それでなかったら、あのルグウレ ノボっていたのである。 を、イーゴルの変身したものと信じこんで、醜怪さをしのんで身辺しやがみこんでいると、目の前のゴミの山が、急に何メートルか に置いていた理由が判らないだろ。伯爵はイーゴルを愛し、イーゴ 盛りあがったのだという。 ルもまた伯爵にどれほどかの愛を与えていなかったら、ルグウル、 「どういうことだろうね」 イコール、イーゴルという伯爵の勘違いの図式は成立しない」 山本が首を傾げた。 「よそう」 「これと似たようなことが、ロスポのてつべんで起ったじゃない 山本は急に背筋をしやっきりと伸し、その話を打ち切った。 か」 「でも、僕はそういう見方のできる吉永も羨む」 吉永は目をキラキラさせていた。 「実は自分が一番人から羨ましがられているくせにな」 「ロスボで : ・・ : 」 吉永は三波と伊東に同意を求めた。 「ほら、鉱石の山が一度に消え、かわりに倉庫に製品が入っていた ろう。あれとおんなじだよ」 「そうさ。若様って贅沢すぎるんだよ」 3 4

10. SFマガジン 1973年12月号

れ出たくなるのかも知れない」 初老の男は云い、短く乾いた声で笑った。 「うん、好きだよ。クリスタル・ル 1 ジュ。・ほく、完全にお・ほえち「外へにじ出るの ? 」 「そう、にじみ出る場合もあるだろうし、蒸発して行く場合もある やったよ」 だろう」 「そうか、お・ほえてくれたかね」 「そうか。だったら、そのガンジス川で死のうとしてる人は、魂が 「でも、どうして、あんなふうになるの ? 」 出やすいように、蒸発しやすいように、してるわけか」 「そうだな。そいつは、きっと : : : 」 「なるほど、そこまでは考えなかったが、きみは、すばらしい頭を 初老の男は、歩きながら、しばらく考えている。はるか遠いむか し、まだ男が青年だった頃、あの大学の階段教室で取ったノートのしてるな」 「だって、太陽の光あびてるでしよ。インドって、すごく太陽ギラ 一ページを、懸命に思い起そうとする。 「結晶 : : : そうだな。わたしは専門じゃなかったからね。はっきりギラしてるでしよ。何だってすぐに蒸発しちまうよ ! 」 とは覚えてないが。結晶というのは、たしか方向によって、物理的「ああ、その通りだ。彼らの魂は、早いこと、蒸発しちまおうと思 性質を異にする均値な固体である。そんなふうに習った気がするってたんだ。だから、身体に、灼けた石の上に横たわるように命令 な。くわしいことは、とてもむつかしくて忘れてしまったが、金属したんだな」 「分っちゃったね」 とか石とか、木とか、われわれの身体を作ってるいろんな材料だっ 「うん、きみと会ったおかげで、おじさんも、いろんなことが分っ て、みんな結晶質だ。そういうふうに、教わったね。それが、はっ きり目にみえるのは、水晶だの、氷砂糖だの、塩だの、きみが、そて来た」 つくりだと云った氷の結品だの、そういうものなんだ。結晶質で「ほくだって、そうだよ。だって、空にひろがって行く魂の結晶な ないものは、ガラスだとか特別な例だけらしい。ガラスは熱で溶けんて、ぜん・せん、誰も信じてくれなかったんだもん。おじさんだ ちまったものが、だんだん冷えて来ても結品にはならない。水は、け、信じてくれたんだもん ! ・ほく、逃げて来てよかったよ。失敗 反対に、だんだん冷えてくると氷の結晶になってくる。それを晶出したらどうしようって、ほんとうは怖かったんだ。でも、いっしょ とかいうんだな。品出する途中、新しい結晶が現われると、どんどけんめい必死で逃げて来たんだ」 ん、つながって、大きくなったり、ひらたい場所なら、ひろがって「そうか。必死で逃げて来たか : : : 」 行ったりする」 初老の男はつぶやくように云った。 「魂も結晶なの ? 」 ふいに立ちどまった。 「きっとそうだ。何か身体を構成する液体に溶かされ、脳のすみず目の前に、街の灯がいつばい、きらめいていた。駅に続く商店 みに浸みこんでいる。それで人間は、いろんなことを感じたり、考街、人々のざわめき、ガードを過ぎる車輪の音、店々の呼びこみ、 えたりすることができる」 自動車の警笛。通常なら、誰もがなっかしさを感じる、そんなタ暮 「死ぬときは、それが出て行くんだね ? 」 の街の気配を、まるでジャングルの野獣の気配でもあるかのよう 「そうだね。きっと息がとまると、酸素不足で苦しくなり、外へ逃に、身がまえ、鋭い目をあたりに走らせながら、男は立ちどまって 5