本銀行券とちゃんと書いてあるが : : : 一万円札なんてあり得ない : ″などと書いてい ″と書くべき所を″使い ″使ひ : ・ ″ : : : している″などと書いてある。送 3 るし、″・ : ・ : してゐる″を さっ 「こういうインチキ紙幣、偽せ札をばらまいて、経済の攪乱をはか り仮名もめちゃくちゃなら、漢字もずいぶんまちがった字を使って り、インフレをおこさせるつもりだと思いますな」と叔父さんはい いる : : : 」 った。「そこに百円の貨幣もあります。銀でも何でもない。洋銀か 「それとまったく同じ、でたらめな書き方を、このやつが自分で書 ニッケルをつかった、安っぽいやつです」 いたらしい書き物の中でもやっています」 「しかしな : : : 」お祖父さんはどうにも腑におちない、といった顔「それはいったい何を書いてあるんだ ? 」 さっ でつぶやいた。「今、出ているお札の偽物を大量につくってばらま とお祖父さんはきいた。 しかし、そんな、 けば、それは経済を混乱させられるだろう。 「これがまったくもって、あきれたものです」叔父さんは、分あっ ひと眼で通用しないとわかっている、めちゃくちゃな単位のお札 とテー・フルにたたきつけた。「奴は い紙東を、また・ハン ! を、どうやって使うんだ ? 」 前々から、しげるに接近していろんな事をさぐり出したり、またこ 「できない事はありませんよ。 たとえば、これは、政府上層部の家族の事をしらべ上げていたにちがいありません。これは、今夜 で、秘密に使っている巨額紙弊だ、といって、無知な運中に、そっ起った事件の、筋書きです」 とわたせば、本気にするものが出てくるかも知れない。なまじ、百「なに ? 」お祖父さんはびつくりしたように、その紙の束に手をの 円礼ぐらいだったら、見た事のあるものもいるでしよう。しかし、 ばした。「じゃーー今夜のさわぎは、あの男が最初からしくんだの 千円礼、一万円礼となれば、そんなものは存在しないし、誰も見た か ? 」 事がないから、かえって度肝をぬいて、だませるかも知れない : 「それをざっとお読みになればわかりますよ : : : 」叔父さんは、う 「少し苦しいな : : : 」とお祖父さんはいった。「外国の間諜がそんす気味悪い笑いをうかべた。「あきれたものでーーー私のせりふまで な事をするかな : : : 」 書きこんである」 「やつが、どうも本当の日本人ではないらしい 老眼のお祖父さんは、紙に書かれたものを、遠くにはなすよう 支那かどこかの工作員らしいという事は : : : この年表や、やつの持に、それを読みはじめた。 一枚目を読むと、それをお父さんに っていた書き物を注意して読めばわかります」叔父さんは、開かれまわし、次に読みすすんだ。読みすすむにつれ、二人とも、何とも た本のページをさした。「ほら、この印刷された文章の仮名づかい いえぬ奇妙な表情が顔にうかび、お祖父さんは不思議な眼つきで、 をごらんなさい。 こんなでたらめな仮名づかい、日本人なら、 ぼくの顔をちらと見た。 小学生でもやりませんよ」 ・ほくは、お父さんが読んだ一枚目を、そっと手にとってのぞいて 「たしかに : ・ : ことお父さんはいった。「私も妙だな、と思ってい みた。 ひょっとすると、
「しげるは : : ・どうしたんです ? 」ねえやたちにささえられなが 「これ・ : ・ : どうしたんだ ? ・ほく・ : ・ほく・・・・ : おじいさんになっちゃ いますぐ、 ら、お母さんは、うわ言のようにいった。「あなた : ・ : しげるをさがさないと : : : 」 そうかすれた声で叫ぶと、おじいさんはヘたへたと畳の上に膝を警察へ電話してくださいましな。 「ぼくはここにいるよ ! 」畳につつぶしていたおじいさんは、涙だ ついた。大粒の涙が、そのしわだらけの顔に、せきを切ったように わから 流れ出すと、おじいさんは頭をかかえて畳につつぶし、わんわん泣らけの顔を上げて叫んだ。「ぼくが、しげるなんだよ ! ないの ! 母さん : : : 」 き出した。 「どうしたもんでしよう ? 」お父さんは、またお祖父さんの顔を見 「大変だよう : ・ : ・ほく : : : おじいさんになっちゃったよう・ : : こ ぼくは、自分もた。 と、おじいさんは頭をかかえて泣き叫んだ。 気分がわるくなってひっくりかえりそうになりながら、小兄さんの 「とにかくこの人を応接間にすわらせなさい」とお祖父さんはいっ 泣き方と同じだ、と感じていた。 た。「話をきいてみよう。ー・・警察にとどけるのは、それからでい いったいこれは、なにがどうなったんだろう ? 「どうしたもんですかね ? 」お父さんは困った顔でお祖父さんをふ「さあ、あなた、こちらへ来てください」 りかえった。「この頭のおかしいじいさんを : : : やつばり警察をよ お父さんは、畳の上にべったりすわっているおじいさんの腕をと びますか ? 」 って立ち上らせた。 「いやいや、警察をよぶのは、ちょっとお待ち : : : 」とお祖父さん「もう少しおちついて、話をしましよう」 はいった。「別に乱暴をするわけじゃなしーー・それよりも、もう少「・ほくがしげるなんだったら : ・ : ・」おじいさんは泣きじゃくりなが ぼくの部屋へ し、この人に、しげるの事をきいてみよう」 らい ) た。「ほかにしげるなんていやしないよ。 「でも、この人は、自分がしげるだっていってるんですよ」と大兄つれてってくれたら、すぐしげるだって事がわかるよ。こんな : ・ さんはいった。「もし、ほんとにそうだったらーーー」 こんな年寄りになったの、どうしてだかわからないけど : : : ・ほくが 「いやだ ! ばかな事をいわないで」と姉さんは眉をしかめてい しげるだって事はまちがいないよ : : : 」 った。「それじゃ、しげるがちょっとの間にこんなよ・ほよ・ほのおじ・ほくはだんだん気分が悪くなってきた。 そんな、浦島太郎みた いさんになってしまったとでもいうの ? ーー だって・ーーどうみたって七十以上の、白髪でしわくちゃのおじい さんが、小兄さんそっくりの、子供みたいな口調でしゃべるんだも いな話、今の世の中にあるわけないわ」 ・ : もし本当に、このおじいさんが小兄さんだったら : 「とにかく : ・ : ・」お父さんは後をふりかえった。「君や、良子を奥の。 の部屋に寝かせなさい。それからーーあなた、少しおちついて話をたい何が起ったんだろう ? きかせてくれませんか ? 」 4 2
「ほんとだとも。航研機っていうんだ」 「姉さん、ごはんだよ」 「ふーん : : : 写真ある ? 」ぼくは大兄さんの傍にひろげてある「海といっただけで、すぐ下へおりて行った。 と空」や「子供の科学」をのそきこもうとした。 气母さまいま六時、スイッチスイッチお話よ : と、ラジオは子供の時間の歌をはじめていた。 「さわるんじゃない ! 」 ーーお膳の上に つけ と雷がおちたので、・ほくは逃げ出した。 は、もういい匂いをたてる卵のお汁がくばられ、煮ものと、精進揚 げがはこばれていた。 姉さんの部屋にも小兄さんはいなかった。 去年から女学校へ行っている姉さんは、このごろニキビが少し会社からかえって、着物に着かえたお父さんは、長火鉢の前にす はなれ できだして、しよっ中気にしている。部屋をのそいた時も、ニキビわって、炭をつぎたしていた。ー・離屋から、ごほん、ごほんと咳 取美顔水や、美顔クリームを前において、しきりに鏡をのそいてい をしながら出てきたお祖父さんは、長火鉢をはさんでお父さんのむ た。と思ったら、抽出しの中から、なんか写真をとり出しては、こかいにすわった。長火鉢の横におかれた小さな台の上には、お酒の っそりのそいて、胸にあてたりしている。きっといま、姉さんが夢徳利と盃二つ、それにお刺身の皿が二つ並び、お祖父さんとお父さ 中になっているキリタチノボルとかいう女優の写真なんだろう。少んは、長い時間かけてゆっくりお酒をのむのだ。 女歌劇や活動女優の写真なんか持ってはいかん、とお父さんにいっ 「おつ、すごい ーー今夜は広沢虎造があるそ : : : 」 もいわれているのに、もう姉さんは、写真をーーープロマイドとかい 一一階からおりて来て、お膳の横を通りざま、ひょいどじゃが芋の うのを、ずいぶんためている。お父さんにいし 、つけてやったら、う 煮たのをつまんでロにほうりこんだ大兄さんは、夕刊をひろげると んとおこられるそ、と思ったけれど、お父さんだって、シンパとかさけんだ。 いう芝居が好きで、今年のお正月、シンパの女優で、オカダヨシコ「浪花節なそ、きいてはならんぞ : : : 」お祖父さんは、ごほんごほ とかいう女の人が、男の人といっしょに、樺太の国境をこえてロシん咳きこんで、長火鉢の抽出しから、新聞紙を小さく四角く切った ャへ逃げた時、なんだかひどくおこって、家中のものにあたりちらものを出して痰をとり、ちょいと見てから、紙屑箱へほうりこん げち したんだから大きな事はいえない。 ヨシコがアカだとは知らな だ。「人間が下司になる。 , ーー詩吟はどうした ? 何番あげた ? 」 かった、けしからんやつだ、とぶつぶついいながら、お酒のんでた「ええと : : : 三番です : : : 」大兄さんは、新聞の影に顔をかくしな けど、お父さんにしても姉さんにしても、どうしてよその女の人のがら首をすくめた。 事で、あんなに夢中になるのか、さつばりわからない。、 兄さん「まだたったそれだけか ? 」お祖父さんは、白い鬚をしごいた。 は、どうせ姉さんの部屋になんかいないにきまってるし、鏡と写真「身を入れてやらんから進まんのだ。タ御飯のあとで、離屋へ来な をかわりばんこ見ている所をのそいていたなんてわかったら、ひどさい。踏み破る千山万岳の煙 : : : あれをきいてやる」 い眼にあわされるから、部屋の外から、 「うわあ : : : 」大兄さんはまた首をすくめた。 9
「もしもし ! 特高課の第一一係をよんでくれ。おれか ? おれは第イか何かにちがいない。私の考えでは、どうもスパイくさい」 「ス。ハイ ? 」 、出してくれ ! 」と叔父さんはかみつ 二の高木警部補、誰でもいし おれだ、高木警部お父さんは狐につままれたようにいった。 くように送話器にどなった。「もしもし ! ー 「なにか証拠があるのか ? 」 補、至急一一人ほどまわしてくれ。お客さんだ。うん、まちがいな 。拘禁状は、あとでおれがとる。取調べ室をあけておけ。・ー、名「義さん、あなたの会社は、今度海岸の特別指定工場にな 0 たで 前 ? わからん。客はじじいだ。よくわからんが、どうもけしからしよう。・ほや・ほやしていちゃ困るな。防諜に関する警戒心をもっと んものを持っている。ひょっとすると、外事課にまわさなければなひきしめてもらわんと : : : 」叔父さんは、手に持った本を、ばさり らんかも知れん。うんーーー、よぼよばで、ばかかきちがいのふりをしとテー・フルの上に投げ出した。「これを見てください。あいつは、 ているが、泥を吐かせれば、ちょっと大きな事件になるかも知れこんなけしからんものを持ち歩いているんです」 お父さんは、その小さな、うすっぺらい本をとり上げ、ペ 1 ジを ん。ああ、それから : : : 」 一「三度ばらばらとめくるうちに、お父さんの顔に 叔父さんは、片手にもった本の。ヘージをばらばらとはじき、一番ひらいた。 奇妙な表情がうかんだ。 後の所を見た。 「なんだ、これは : : : 」とお父さんはいった。「ふざけたものだな 「おい、お前、東京に文京区なんて区があるかどうか知ってるか ? 。来年の年表まではいっている」 、石川区か豊島区 ? きいたことがない ? じゃ、大塚は ? ーーー とにかく、今からいう住所をびかえろ。そこに石川書店という「来年どころじゃありません。今から三年先ー・ー・昭和十六年の終り 本屋があるか、もしあったら、そこで″昭和史年表″というのを発の方を見てごらんなさい」 「昭和十六年十一一月八日 : : : 」とお父さんは声を出してよんだ。 行しているかどうか : お祖父さんとお父さんは、応接間に顔をのそかせて、けげんな顔「日本海軍、 ( ワイ真珠湾攻撃 : : : 米国、英国に宣戦 : : : 。これは をしていた。ーーー叔父ざなは、受話器をガチャリとたたきつけるよ君ーーひょっとしたら、子供むきの、空想の年表か何かじゃないカ うにかけ金にかけると、相かわらず限をギラギラさせて応接間にはね ? ほら、″日米もし闘わば″とか何とかいうのがあったじゃな いってきた。 ーー昭和一一 「それだけじゃない。もっと先を読んでごらんなさい。 「いったいどうしたんた ? 」 十年のあたりを : : : 」 とお祖父さんは眉をひそめてきいた。 「昭和二十年四月、米軍沖繩上陸 : : : 」お父さんの声は少しふるえ 「どうしたも、こうしたも : : : 」叔父さんは、どなるようにし た。「あいつは、とんだくわせものです。どうもけしからんものをた。「東京、夜間大空襲 : : : 六月、ソ連を通じて和平提案 : : : 八月 六日広島、九日長崎に原子 : : : 爆弾投下。八月八日、ソ連参戦、八 あいつはアカか、でなければ、外国のスパ 一ばいもっている。 4
一人で丘の方へ行った : : : 」 「姉さんとこへ来た、新らしい少女倶楽部の表紙の、女の子の顔 「それで : : : それからどうしたの ? 」 に、ひけをかいちゃったからだ : : : 」とおじいさんはいった。「姉 2 ばくはせきこんでたずねた。 さん、かんかんにおこって、物指しもって、・ほくを追いかけまわし 「ちょっとお待ち : : : 」とお祖父さんはいった。「その質問より、 もう少し、お前としげるだけしか知らない事をたずねてみなさい」 「ひげは、何でかいた ? 墨 ? 」 「ぼくと小兄さんが、一一人だけでこしらえた、宝もののかくし - 場所「ううんーー茶色の色鉛筆 : : : 」 お・ほえてる ? 」 「これ、お・ほえてるか ? 」と、今度は大兄さんが、おでこのすみに 「うん : : : 」おじいさんは、ちょっとためらうように、お母さんのある、小さな傷あとをさしてきいた。「どうしてついたか : ・ : こ 方を見た。「松林の向う側を通っている細い道ンとこ : : : むかし、 「うん : : : もうずっと前、・ほくがまだずっと小さかったころ、さと お地蔵さんの立ってた、石の台の下だ。」 る兄さんが、ハモニカなかなか貸してくれないんで、・ほくがそのハ 「何がかくしてあるか言える ? 」 モニカとって、なぐったんだ。そしたら傷になっちゃった : ・ : こ 「言えるけど : : : 」おじいさんは、困ったような顔をした。「まも「いくつの時か、お・ほえてるかい ? 」 る、あれ、お父さんお母さんに内緒のはずだそ : : : 」 「ぼくが三つの時 : : : 」 「言いなさい」とお祖父さんはいっこ。 もうまちがいようがなかった。 お父さんより背が高くて、髪 「ビイ玉百二十個 : : : 色つきの特別にきれいなやっ : : : それから、 が白くて、顔はしわだらけだけど、そのおじいさんは、小兄さんだ べイ独楽三十個 : : : ドアの真鍮の把手、それにレンズ五枚と。フリズ 「小兄さん : : : 」・ほくは思わず体をのり出してきいた。「いったい 「宝のかくし場所をかいた、秘密の地図、どこにある ? 」 : どうしたの ? 丘の方へ行って、それからどうなったの ? 」 「・ほくの机の抽出し : : : 奥の方の箱にはいってる」 「よくわかンないんだ : : : 」おじいさんの恰好をした兄さんは、 「まちがいないよ ! 」ぼくは、お祖父さんの方をふりかえって叫ん また涙ぐみながらいった。「まもるたちとわかれて : : : ぼく、一人 「この人、小兄さんだよ。だ 0 て、小兄さんと・ほくしか知らなで丘の方〈行 0 たろーー、はじめ、向井くん家へ行こうと思 0 てたん い事、知ってるもん」 だ。今日学校休んでたら、お見舞いにでも行こうか、と思って : 「まあお待ち : : : 」お祖父さんは姉さんの方をふりむいた。「今度 。そしたら、丘のふもとン所で、兎を見かけたんだ : : : 」 はお前がたずねてごらん」 「兎だって ? 」ぼくはびつくりしてききかえした。「ほんと ? 」 「おとつい、しげるは私に、ものすごく叱られたわね」と姉さんは「うん : ・ : ・茶色の兎が、丘の草むらン中へとびこんでったから : ・ いった。「どうして叱られたか、おばえてる ? 」 ぼく、あとを追っかけて、丘へあがったんだ。兎のやっ、松林の間、
「しげるが四時間の間に、五十も六十も年をとったとは思わないのつばり爪兄さん ? 」 ね。 いえ : : : 私、わかりません」小さな清やは、びつくりし じゃ、あのおじいさんがしげるであるはずはないじゃない の ! しつかりしなさい。」 たように、お盆の上にのせかけた漬物の鉢をおっことしかけた。 ・ほくはやりこめられてだまってしまった。 ロの中で、だって「でも : : : 私はなんだか しげる坊ちゃまのような気が : : : 」 さ、あの人、やつばり、とつぶやいていたけど ーーーええ、そうです : : : 私たちもどうも判断に苦しんでおります どうもありがとうございます : ・ 「しげるが急に年をとって、あんなじいさんになったわけじゃないので : : : すぐ来て頂けますか ? ーー 事はたしかだよ」大兄さんは、・おなかをぼんぽんたたいていった。 「もしそうだとしたらだなーーーあの服がおかしいよ。しげるはいっ 一たん電話を切って、お とお父さんの電話の声がきこえた。 もの服であそびに行ったんだろ。もし、あのおじいさんがしげるだ父さんはまた、リ 男の番号をひくい声でいっていた。 「宮子、さとる、まもる : 三・」茶の間にお祖父さんが顔を出してい 「服は破れちゃってるわね。だって、あのおじいさん、しげるより った。「ちょっと応接間に来なさい」 あの見たことのな ずっと大きいんですもの : : : 」と姉さんはいった。「体にあわなく ぼくたちは、そろそろと応接間へ行った。 なって、ずたずたになっちゃってるはずだわ」「そうだ : : : それだ いおじいさんは、椅子にすわって頭をかかえていた。お盆の上にの けじゃなくて、もし、服もしげると一しょに年をとったとするな っている食事には、ほとんど手をつけていなかった。お母さんはむ ら、古くなって・ほろ・ほろになってるはずだろ」 かいにすわって、泣きじゃくっていた。 たしかに大兄さんや姉さんの言うとおりだった。だけど : 「さあ、みんな、この人と話をしなさいーとお祖父さんはいった。 それなら、どうしてあのおじいさんは、兄さんそっくりのしゃ 「この人が、本当にしげると思えるかどうか、みんなの考えをきき どうして、家族の名前を知っているん べり方をするんだろう ? ーー、 たいんだ」 。こつ、つ ?. 「まもる : : : 」と、白いひげのおじいさんは、・ほくを見て、疲れ切 ・ほくは頭が痛くなってきて、こめかみをおさえた。 った声で話しかけた。「言っておくれよ・ : ぼくとお前、今日午 その時、応接間のドアがあいて、誰か出てくる気配がした。 後、学校からかえって、一緒に釘さししたね : ・ : こ お父さんが、電話の受話器をとりあげて、低い声で番号を言うのが「うん・ : : ・」ぼくはごくりと唾をのみこんだ。 きこえた。お祖父さんが何か言っている声がして、清やがいそいで 「あの : ・ : ・誰と誰とでやったか、おぼえてる ? 」 茶の間にくると、お盆の上に、ご飯をよそったお茶碗や、おかずを「お前の友だちの高田のまあ坊と、吉崎のやっちゃんと、それから ・ : 木村くんに太田くんだ : ・ : ・」おじいさんはしわがれた声でいっ . ならべはじめた。 「清や : ・ : こばくはそっとたずねた。「どうなの ? あの人 : : : やた。「ぼくが負けてばかりいたんで・・、・ : 面白くなくって、ぬけて、 6 2
そのおじいさんは、おろおろしたように、両手を前につき出し晩飯時に、勝手に他人の家に上りこんでもらっちゃ困る。警察をよ て、せきこんだ声でいった。 ぶそ ! 」 。お父さんも : ・ 「どうしてそんなに : : ぼくの事見るんだよ : ・ おじいさんは、後によろよろとよろけて、わけがわからない、と 兄さんも : : : 姉さんも : : : ・ほくがどうかした ? 」 いうように、悲しそうに。ほかんと口をあけた。 その眼には、涙 「ちょっとうかがいますが : : : 」お父さんが、お母さんをかばうよがいつばいたまっていた。 うに前〈出て、咳ばらいしながらいった。「あなたは、うちのしげ「待ちなさい : ・ : 」みんなの一番後から、お祖父さんが声をかけ るにおあいになったんですか ? 」 た。「君や : : : ちょっと手鏡をとっておいで」 「はっ : 「おあいになったんですかって : : : お父さん : : : ・ほくが : : : ぼくが ・ : はい ! 」と君やが叫ぶようにいって奥の間へ走って行く のがわかった。 しげるですよ ! わからないんですか ? 」 お母さんが、小さな叫びをあげて、ふらふらとたおれかかった。 「まもる : : : 」と、おじいさんは、ばくの顔を見ていった。「お前 : お父さんとお母さんになんとかいってくれよ。 君やと竹やが、あわててお母さんの体をささえた。 : いったいお : だけど・ : ・ : 」 「ねえ、みんな : ・ ・いたいどうしたの ? : : ・ ・・ほく、ひどくつかれ前までどうしたんだよ : そうしいかけて、おじいさんは、急にぎよっとしたように・ほくを て : : : 気分がわるいんだ : : : 。体もおかしいし : : : あちこちいたい し : : : おなかもすいてるんだ : : : 。早く休ませてよ。 ・ : 晩ご飯、見おろした。 「まもるーーーお前どうして : : : そんなに急に小さくなっちまったん もうできてるんでしょ : たい ? 」 、どうしたのよ ! 」姉さんが、突然金切り声をあげた。 : どこ その時、君やがかけてくる足音がきこえて、みんなの肩ごしに、 「気もちわるい あなた : : : しげるなんかじゃないわー 手鏡がお父さんの手にわたった。 の人なのよ」 「さあーーー」お父さんは、手鏡のうつる面を、そのおじいさんにむ 「姉さん : : : 」そのおじいさんは、ぽかんと口をあけた。 その 顔が泣きそうにゆがんだ。「ひどいや : : : ・ほくが : : : わからないのけて言った。「あんた、自分の事しげるだなんていいはるなら : まあ、自分の顔かたちを見てみなさい」 「あなたがしげるなもんですか ! 」姉さんはちかよってくるおじい 鏡をのそいたとたん、おじいさんの顔は、天色になった。 さら顔をそむけながら叫 ~ だ。「しげだと」うなら、自分がぼ〈と 0 らかれ、しわだらけ 00 どが、何度も = くごく動一 鏡をみてごらんなさい ! 」 た。両手がのびて、鏡をつかむと、 「君 : : : 」お父さんは、手をつき出して近よってくるおじいさんの 胸をおしかえした。「子供たちをおびえさせんでくれ。ーそれに という泣き声が、おじいさんののどの奥からひびいた。 3 2
ばくは、何だか、 : カくんと顔をひつばたかれたみたいな感じがし 今日の夕方、ばくやお母さんのしゃべったことが、そっくりその まま、そこに書かれている。 しかも、それが、ぼくが書いたような形で書かれているのだ ! 「浩太郎 : : : 」お祖父さんは、紙の束から眼を上げた。「これはー ー単なる筋書きじゃない。なんだかーーまことに変なものだそ」・ 「そうですーー」お父さんも、ぼんやりした声でつぶやいた。 れはーーー今夜起ったことがみんな書いてある。しかもーー・まもるが 書いたようになっている : ・ : ・」 「ぼく、知らないよ ! 」ばくは金切り声で叫んだ。「ぼく : こんなもの書いたおぼえはないよ ! 」 すこし読みにくい文章だけど、書き出しはこんな風に書かれてい ラジオの「子供の時間」がもうじきはじまるのに、 兄さんはまだ帰ってこなかった。 「おかしいわね」 晩御飯の仕度をしながら、お母さんは時計を見た。 「竹や、また吉井さんの所かも知れないから、電話して みてちょうだい」 「はあい」 小ち 「子供の書いたような形にしたのは、見つかった時、ごまかすため でしよう」叔父さんはいった。「いずれにしても、今夜のこの事件 は、はじめからしくまれたもので : : : 」 「たとえ、あの人がしくんだにしても : : : 」とお祖父さんは、なお も読みすすみながらいった。「いったい なんだって、そんな筋 書きを、簡単に見つかるようにポケットに入れておいたりするんだ 「いや、お祖父さん、こりや単なる筋書きじゃありませんよ ! 」お 父さんは、終りの方をいそいで見ながらいった。「筋書きだって、 あの老人がやる事ならともかく、ほかの人間のやる事まで、きちん ときめられますかね ? これは : : : 今度起った事の記録としか思え ん」 「ばかいっちゃ困るな」叔父さんはぎゅっと口を曲げた。「奴のし くんだ 1 ー・何のためかわからんが、要するにこの家に接近しようと してしくんだ、芝居にきまってますよ。奴はこの紙束をはじめから 持っていた。まだ起っていない事を、どうやって記録するんです ? 」 その時、門の方に車がとまる音がして、玄関があいた。・ーー叔父 さんは玄関に通ずるドアをあけた。 「警部補 : : : 」息をはあはあ切らせながら、刑事さんが、手に持っ ていたものをつき出した。「しげるさんは見つかりませんでした。 そのかわり、穴の一つのふちに、足のすべったあとがあり、穴の底 にこれがおちていました : : : 」 ・ほくはひとめ見てわかった。 小兄さんの運動靴の片つぼだっ 「しげる : : : と書いてあるな : : : 」叔父さんは、その運動靴の片っ 7 ぽをつかんで、唇をかんだ。「やつばりーしげるは、あの男につ
さんはぼくたちの方をじろっと見て、低い声でいった。「おかしなんらしい人をつれて二階へ上ってきた。ぼくと小兄さんの部屋へは いってくると、 やつが来たそうだな。どこにいる ? 」 「しげるの机はこれか ? 」ときいた。 「おかしな奴じゃないよ。小兄さんだよ」 と、・ほくはロをとがらせた。 ほくがうなずくと、刑事さんは、、もってきた黒い箱の中から、 ろんな道具を出して小兄さんの机の上の、筆箱やセルロイドの下 「小兄さん ? そんな事はきかなかったぞ」と高木の叔父さんは、 こわい眼をしていった。「子供はロを出すな。 こちらか ? 」 敷、三角定規なんかに、しきりに白い粉をふきつけ、かわいた筆で 「えん 」と姉さんがいった。 粉をはらっては、すきとおったセロファンみたいなものをおしつけ 「よし、お前は車で待ってろ」と、叔父さんは半開きのガラス戸のていた。 叔父さんたちが、またどやどや下におりて行ってしまうと、・ほく 外をふりかえっていった。 は、いったいなにがはじまったのか、どうしても知りたくなって、 外には叔父さんと同じように、ねずみ色ソフトをかぶって、オー ーの襟をたてた人がいて、ちょっと手を上げて失敬すると門の方便所へ行くふりをして下へおりた。 へ出て行った。 階段をおりた所で、お祖父さんとお父さんが、なにかひそひそと 叔父さんはつかっかと上りこむと、応接間のドアをあけて、中へ話をしていた。 はいって行った。 「なぜ、浩太郎なんかよんだ ? 」とお祖父さんは、しかりつけるよ ・ほくたち、ちょっとの間、応接間でこれから何が起るのか知りた うにお父さんにいっていた。「あいつにかかったら、誰でも彼で くて、廊下でたっていた。 そのうち、紅茶をはこんで行った君も、はじめから犯罪人あっかいだ : : : 」 とう やが、・出てくると、そっとささやいた。 「でも、お舅さん、表だって警察に知らせたら、もっと厄介なこと みうち 「あの、旦那様が、みなさん明日の勉強をしたら、さっさと先に寝になりますよ。なんといっても、あれで身内ですからね : : : 」とお るように、とおっしやっていますけど : : : 」 冫しナ「どっちにしても、私にはまだ、 父さんはなためるようこ、つこ。 あれがしげるだとは、信しられんのです。あの老人が、しげるがど すくなくとも、 こに行ったか、何か知っているにちがいない あの老人の言っていた、丘の穴のあたりをさがしてみる必要があり こんな事になって、勉強しろといわれたって、勉強なんてできる 「こんなにおそいのにか ? 」 もんじゃない。 明日の算術や国語の予習も、まったく上の空だ った。 , ・・ーそれでもなんとか教科書をひろげて、読もうとしている「ですからーーやつばり身内の浩太郎君にでも来てもらわないと : ・ と、どかどかと足音がして、高木の叔父さんが、もう一人の刑事さ 4 0 3
。气橋の袂に おります。こちらは宮子苦心のお人形とござあい : 「勉強があるんだけどなあ」 街角に・ : ・ : 」 「勉強があるのに、浪花節をきくやつがあるか ? 」 「虎造は、何をやるんだ ? 」とお父さんはきりきり音をたてた長火「うるさいなあ : : : 」とぼくはラジオの前でロをとがらせた。「子 供の時間、きかれやしない」 鉢の炭の上に、薬罐をのせながらきいた。 「もち 「ちえ、生意気 ! 」そういって、姉さんは横を通りながら、ぼくの ″石松代参三十石船″ : : : 气馬鹿は死ななきゃなおらな おでこをぐいと指でついた。 「お前の馬鹿も死ななきゃなおらないぞ」とお父さんは、徳利を銅「ところで、しげるはどうした ? 」 虎造お父さんは徳利があっかったのか、台の上におくと、ちょいと耳 壺の中につけながらいった。「勉強があるならしなさい。 をつまみながらいった。 はお父さんが先にきいといてやる」 「それが : ・ : ・」お母さんは時計を見上げた。「あまりおそいので、 「ほんとにしつかり勉強して、県立へはいってくれなきやだめよ」 さっきから君やにさがさせているんですけれど : : : 」 お母さんが、割烹着をぬぎながらいった。 「气国をたつ日の万才に、ちぎれるほどの感激を : ・ : ・」と姉さんが「奥さま : : : 」君やが顔を赤くして、息をはずませながら、廊下に 「皇軍大捷の歌」とうたいながら一一階からおりてきた。「气こめて膝をついた。「神谷さんのお宅にも、結城さんのお宅にも、お坊ち やまはいらっしゃいませんが : : : 」 振ったもこの旗そーーお母さん、明日学校で慰問袋 : : : 」 : ことお母さんはご飯をよそいながらいった。 「おかしいわね・ : : こお母さんは、ちょっと白っ。ほい顔になってお 「早く言わなきや : 「竹やにいって、一つ走り高田屋さんで詰めあわせを買ってきても父さんの方をみた。「ほんとに、どこへ行ったのかしら : : : 」 らいなさい いくらのにするの ? 」 「いただきまあす : : : 」大兄さんは、茶碗をつかむと、ご飯をかき 「この前、二円のだったから、今度は三円のをはりこもうかなあ。 こみ出した。「ああ、腹がへった : : : 」 「ひょっとしたら、人さらいにさらわれたのかもしれないわねー姉 吉井さんたら、この前五円のを送ったのよ。やつばり・フルジョ つけ さんもお汁をのみながらいった。「怪人赤マントにさらわれて : : : 」 ワはちがうな」 「慰問袋を虚栄心の対象にするものがおるか。ばかもの ! 」とお父「宮子 ! 」お母さんは、血相をかえて姉さんをにらみつけた。「い さんは徳利をひき上げながらいった。「戦地の兵隊さんにはな、た っていい事と悪い事がありますよ」 「まあ、もう少し待ってみよう」とお父さんは柱時計を見上げなが とえ中味は粗末でも、自分の手づくりのものや、自分のお小づかい らいった。「きっとどこかで夢中になって遊びすぎているんだろ でまごころをこめて買ったものが、ほんとうに喜ばれるんだ」 「あらつ、だからもちろん、手紙も作品もいれるのよ」姉さんは箪う。かえってきたら、一つうんと叱ってやらなきや : : : 」 笥の抽出しをあけながらいった。「はいこの通り、千人針もできて「やめとけ : : : 」とお祖父さんは、ゆっくり盃をなめながらいっ 0 2