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検索対象: SFマガジン 1973年2月号
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1. SFマガジン 1973年2月号

。气橋の袂に おります。こちらは宮子苦心のお人形とござあい : 「勉強があるんだけどなあ」 街角に・ : ・ : 」 「勉強があるのに、浪花節をきくやつがあるか ? 」 「虎造は、何をやるんだ ? 」とお父さんはきりきり音をたてた長火「うるさいなあ : : : 」とぼくはラジオの前でロをとがらせた。「子 供の時間、きかれやしない」 鉢の炭の上に、薬罐をのせながらきいた。 「もち 「ちえ、生意気 ! 」そういって、姉さんは横を通りながら、ぼくの ″石松代参三十石船″ : : : 气馬鹿は死ななきゃなおらな おでこをぐいと指でついた。 「お前の馬鹿も死ななきゃなおらないぞ」とお父さんは、徳利を銅「ところで、しげるはどうした ? 」 虎造お父さんは徳利があっかったのか、台の上におくと、ちょいと耳 壺の中につけながらいった。「勉強があるならしなさい。 をつまみながらいった。 はお父さんが先にきいといてやる」 「それが : ・ : ・」お母さんは時計を見上げた。「あまりおそいので、 「ほんとにしつかり勉強して、県立へはいってくれなきやだめよ」 さっきから君やにさがさせているんですけれど : : : 」 お母さんが、割烹着をぬぎながらいった。 「气国をたつ日の万才に、ちぎれるほどの感激を : ・ : ・」と姉さんが「奥さま : : : 」君やが顔を赤くして、息をはずませながら、廊下に 「皇軍大捷の歌」とうたいながら一一階からおりてきた。「气こめて膝をついた。「神谷さんのお宅にも、結城さんのお宅にも、お坊ち やまはいらっしゃいませんが : : : 」 振ったもこの旗そーーお母さん、明日学校で慰問袋 : : : 」 : ことお母さんはご飯をよそいながらいった。 「おかしいわね・ : : こお母さんは、ちょっと白っ。ほい顔になってお 「早く言わなきや : 「竹やにいって、一つ走り高田屋さんで詰めあわせを買ってきても父さんの方をみた。「ほんとに、どこへ行ったのかしら : : : 」 らいなさい いくらのにするの ? 」 「いただきまあす : : : 」大兄さんは、茶碗をつかむと、ご飯をかき 「この前、二円のだったから、今度は三円のをはりこもうかなあ。 こみ出した。「ああ、腹がへった : : : 」 「ひょっとしたら、人さらいにさらわれたのかもしれないわねー姉 吉井さんたら、この前五円のを送ったのよ。やつばり・フルジョ つけ さんもお汁をのみながらいった。「怪人赤マントにさらわれて : : : 」 ワはちがうな」 「慰問袋を虚栄心の対象にするものがおるか。ばかもの ! 」とお父「宮子 ! 」お母さんは、血相をかえて姉さんをにらみつけた。「い さんは徳利をひき上げながらいった。「戦地の兵隊さんにはな、た っていい事と悪い事がありますよ」 「まあ、もう少し待ってみよう」とお父さんは柱時計を見上げなが とえ中味は粗末でも、自分の手づくりのものや、自分のお小づかい らいった。「きっとどこかで夢中になって遊びすぎているんだろ でまごころをこめて買ったものが、ほんとうに喜ばれるんだ」 「あらつ、だからもちろん、手紙も作品もいれるのよ」姉さんは箪う。かえってきたら、一つうんと叱ってやらなきや : : : 」 笥の抽出しをあけながらいった。「はいこの通り、千人針もできて「やめとけ : : : 」とお祖父さんは、ゆっくり盃をなめながらいっ 0 2

2. SFマガジン 1973年2月号

り出したらしし 、、小さな本や、手帳、お札入れ、なにか書かれた紙 「君は行かんのか ? 」 などを、一つ一つこわい眼つきでしらべていた。 「私はもう少しやる事がありますから : : : 」 ばくが地図をわたすと、叔父さんは何も言わずに玄関へ出て行 そういって叔父さんは立ち上った。 「あの男が、しげるだなんて、つまらん妄想はすてて頂くんですなき、外の車で待っている刑事さんを大声でよんだ。 ーしナ「このあたりをできる ・ : 」茶の間の襖をあけながら、叔父さんは、お祖父さんをふりか「大体わかるな : : : 」と叔父さんよ、つこ。 おれか ? まだ、ここにずっといる。ど えっていった。「しげるが、急に年をとったわけではない。さっきだけ丹念にしらべろ しげるの指紋とあいつのをくらべて見ましたがね。ーーー見た所似てうもあいつは、大変な玉らしい いないでもないが、よくくらべると全然ちがうものでしたよ。指紋表で車のエンジンがかかる音がした。ーーー叔父さんは、応接間に だけは、子供の時から、ずっと大きくなってもかわらんもんですかはいってくると、また眉根にぎゅっとしわをよせて、本や手帳をし らな。あの男は、全然別人ですよ」 らべ出した。 だけどーーーさっきおじいさんが言っていたようにしげる兄さんの応接間から出て行きそびれた・ほくは、叔父さんの顔が、本のペー 魂が、全然別の人と入れかわってしまうって事はないのかしら、とジをめくる度に、おそろしくこわくなり、眼がギラギラかがやき出 ほくはだまって叔父さんに言われた地図をかいた。い 思ったが、・ っすのを、ふるえ上るような思いで見ていた。 たって、どうせ、また、子供はだまっていろ、といわれるにきまっ ついに叔父さんは、本を・ハタンとテー・フルの上にたたきつけ、つ ている。 づいて札入れをとり上げて、中のお札らしいものをひつばり出し、 叔父さんが、茶の間を出て行こうとすると、客間の方からお母さ手帳をパラ。 ( ラとめくり、それからなにか細い字でびっしり書きっ んがやってくる気配がした。 けてある、ぶあつい紙の束を、一枚一枚食い入るように読みはじめ ねえ 「ああ、義姉さん : ・ : ・」と高木の叔父さんが言っているのがきこえ た。三分の一も読んだ所で、叔父さんは、テー・フルをどん、とたた こ。「やつは寝ましたか ? ー・ これが身につけていたもの全部ですいて、おそろしい顔で立ち上った。 「そうかー これでわかったそ ! 」と叔父さんは歯噛みするように カ ? 」 いった。「あの野郎 : : : とんでもない奴だ ! 」 「下着は別よ : ・ : ・」とお母さんの声がした「いずれ、撤底的にしら それから、ドアをあけると、大声で茶の間の方にどなった。 べる事になると思いますが、とりあえず、これでいいでしよう」 ちょっときてくれませんか ? 」 「お義父さん、義兄さん ! そういうと叔父さんはまた、応接間の方へ行った。 ばくが描き上げた地図をもって、おそるおそる応接間の方へ行く茶の間の襖のあく音をききながら、叔父さんは、ドアの外の電話 と、叔父さんは、さ 0 き、お母さんからうけとったらしい、あのおの受話器をはずし、大声で交換手に番号をどな 0 た。ー片手に ポケットからひつばは、あのうすい、小さな本を持っていた。 じいさんの洋服をしきりにしらべていた。

3. SFマガジン 1973年2月号

一人で丘の方へ行った : : : 」 「姉さんとこへ来た、新らしい少女倶楽部の表紙の、女の子の顔 「それで : : : それからどうしたの ? 」 に、ひけをかいちゃったからだ : : : 」とおじいさんはいった。「姉 2 ばくはせきこんでたずねた。 さん、かんかんにおこって、物指しもって、・ほくを追いかけまわし 「ちょっとお待ち : : : 」とお祖父さんはいった。「その質問より、 もう少し、お前としげるだけしか知らない事をたずねてみなさい」 「ひげは、何でかいた ? 墨 ? 」 「ぼくと小兄さんが、一一人だけでこしらえた、宝もののかくし - 場所「ううんーー茶色の色鉛筆 : : : 」 お・ほえてる ? 」 「これ、お・ほえてるか ? 」と、今度は大兄さんが、おでこのすみに 「うん : : : 」おじいさんは、ちょっとためらうように、お母さんのある、小さな傷あとをさしてきいた。「どうしてついたか : ・ : こ 方を見た。「松林の向う側を通っている細い道ンとこ : : : むかし、 「うん : : : もうずっと前、・ほくがまだずっと小さかったころ、さと お地蔵さんの立ってた、石の台の下だ。」 る兄さんが、ハモニカなかなか貸してくれないんで、・ほくがそのハ 「何がかくしてあるか言える ? 」 モニカとって、なぐったんだ。そしたら傷になっちゃった : ・ : こ 「言えるけど : : : 」おじいさんは、困ったような顔をした。「まも「いくつの時か、お・ほえてるかい ? 」 る、あれ、お父さんお母さんに内緒のはずだそ : : : 」 「ぼくが三つの時 : : : 」 「言いなさい」とお祖父さんはいっこ。 もうまちがいようがなかった。 お父さんより背が高くて、髪 「ビイ玉百二十個 : : : 色つきの特別にきれいなやっ : : : それから、 が白くて、顔はしわだらけだけど、そのおじいさんは、小兄さんだ べイ独楽三十個 : : : ドアの真鍮の把手、それにレンズ五枚と。フリズ 「小兄さん : : : 」・ほくは思わず体をのり出してきいた。「いったい 「宝のかくし場所をかいた、秘密の地図、どこにある ? 」 : どうしたの ? 丘の方へ行って、それからどうなったの ? 」 「・ほくの机の抽出し : : : 奥の方の箱にはいってる」 「よくわかンないんだ : : : 」おじいさんの恰好をした兄さんは、 「まちがいないよ ! 」ぼくは、お祖父さんの方をふりかえって叫ん また涙ぐみながらいった。「まもるたちとわかれて : : : ぼく、一人 「この人、小兄さんだよ。だ 0 て、小兄さんと・ほくしか知らなで丘の方〈行 0 たろーー、はじめ、向井くん家へ行こうと思 0 てたん い事、知ってるもん」 だ。今日学校休んでたら、お見舞いにでも行こうか、と思って : 「まあお待ち : : : 」お祖父さんは姉さんの方をふりむいた。「今度 。そしたら、丘のふもとン所で、兎を見かけたんだ : : : 」 はお前がたずねてごらん」 「兎だって ? 」ぼくはびつくりしてききかえした。「ほんと ? 」 「おとつい、しげるは私に、ものすごく叱られたわね」と姉さんは「うん : ・ : ・茶色の兎が、丘の草むらン中へとびこんでったから : ・ いった。「どうして叱られたか、おばえてる ? 」 ぼく、あとを追っかけて、丘へあがったんだ。兎のやっ、松林の間、

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見えたりかくれたりしながら、ずんずん逃げてくんで、夢中になった。 てあとを追っかけてたら : ・ : こ 「気がっかなかった。だって : : : まっくらだったもの : : : 」 「あの、丘の上にある穴におっこったんじゃない ? 」 ぼくは、穴におちる前にぶつかった人の事を、もっとくわしくき 「うん : : : 」とおじいさんは、ちょっと考えこむような眠をした。 こうと思った。 なぜだか知らないが、その背の高い人というの 「おっこちたのはたしかだけど : : : その時妙な事があった」 が、小兄さんがこんな恰好になっちまった事と関係があるような気 「どんな ? 」 がしたからだ。 お 「穴の中で、誰かにぶつかったんだよ : : : 」 だが、質問しようとした時、玄関があいて、誰かが来た。 「誰にだい ? 」と大兄さんがきいた。 父さんが出ていって、なにか言っていたが、やがて応接間のドアが 「夢中で走ってたんで、よくわかんなかった。穴の中にころげこんあいて、お父さんが、 だとたん、その人とがん、とぶつかって : : : なんだか、背の高い人「さあ、お前たち、ちょっと茶の間へ行きなさい」 といった。 ・ほくたちがまたそろぞろ出て行くと、入れちがい だった。それから : : : その人も : : : 一しょにひっくりかえったよう にはいってきたのは、お医者の山岸先生と看護婦さんだった。山岸 な気がする : : : 」 「それで、穴ン中でずっと気を失ってたの ? 」と姉さんがきいた。先生は、お祖父さんの学校の時の後輩とかで、いま、大学のえらい 「そうしい おちたとん頭を打ったらしくて : : : 頭がわれるよ先生だそうだ。ぼくたちめったに診てもらう事はない。ちょっとし せんせい うに痛くなって、眼の前にちかちか、いろんな色の光が見えたつけた病気なら、近所の正田医師にみてもらう 0 だけど、ぼくらの家族 ・ : なんだかとても深い深い穴へおっこって行くみたいで : : : それが大病した時は、時々大学病院に入院して、山岸先生に診てもらっ から何にもわかんない。気がついたら、あたりはまっくらで、穴のたり、手術をうけたりする。 ぼくたちが応接間から出てくると、表の方で車のとまる音がし 底にたおれていた」 て、もう一人のお客がはいってきた。ーー・、警察につとめている高木 「深い穴へおちたんだろ ? 」大兄さんは、さぐるようにきいた。 の叔父さんだった。お母さんの妹、つまりぼくたちの叔母さんの旦 「よく一人ではい上れたな : : : 」 「おちる時は、深い井戸の底へおちてくような気がしたけど、気が那さんで、叔母さんは結核で死んじゃった。警察では、えらい人な : ・。なんだんだそうだが、ぼくは何となくこの叔父さんがきらいだった。やせ ついたら、そんな深い穴じゃなくて、すぐにい上れた : ・ か、頭は痛むし、変に歩きにくいんだ。あっちこっちへぶつかったて、頬骨が高く、頗がこけて、顔色が青黒くって、眼がとてもおっ かないし、ひどくいばっている。子供の事も、あまり好きじゃない り、よろよろとたおれそうになったり : : : 心臓はどきどきするし : みたいだった。 「おう : : : 」玄関の所で、ねずみ色のソフト帽をとりながら、叔父 「そんな恰好になってるの、気がっかなかった ? 」姉さんがきい 9 2

5. SFマガジン 1973年2月号

したわけじゃない。おまけにあんなお年寄りだ : : : 」 ころがその子の言う通りにたずねて行ってみると、なにも彼もその 「あのじいさんが、しげるだなんて、まさか本気に信じていらっし子の言った通りだった : : : 」 とう とう やるわけじゃないでしようね、お義父さん : : : 」と叔父さんは唇を「お義父さんは古いですな : ・ : ・」高木の叔父さんはばかにしたよう 歪めていった。「なにかーーあいつなりの理由があって、あんなきに笑った。「インドのような未開国の、おくれた連中の迷信を信じ ちがいじみた事をいいたてて、この家にはいりこんで来たにきまっていらっしやるんですか ? 」 ています。その理由は何か、何のために、しげるのふりをしている「インドは日本よりずっと古い国だ・ーー日本よりずっと早く、大文 のかーーそいつを吐かせてみたいんです」 明をきずき上げた国だよ。今はなるほど、イギリスの植民地になっ 「でも : : : あの人、ほんとのしげる兄さんだと思うよ : : : 」ばくはて苦しんでおるが、一概におくれた国とはいえんぞ」 つい口をはさんだ。 「だって , ーー大兄さんや姉さんも一緒にきいた「おくれていますよ。そんな非合理な迷信を国民が信じているか んだけど、しげる兄さんとばくだけしかしらない事も、ちゃんと知ら、イギリスにやられてしまうんです。そんなくだらん迷蒙は、撤底 ってたよ」 日本が支那と闘っ 的にたたきっ - ぶさんと国がよくなりません。 「子供はだまっていろ ! 」と叔父さんはこわい顔をしてにらんだ。 ているこの非常時に、そんな荒唐無稽な考えを、あまり口に出して とう 「あのじいさんがしげるだと ? ーー そんな・ハ力な事が、実際に起る言われない方がいいですな。お義父さんは古いから、まあしかたが と思ってるのか ? わずか四、五時間で、九つや十の子供が、七十ないとして、小国民によくない影響をあたえますからな。現に、ま の老人になってしまうなんて : : : 」 もるなんか、あの男のいうでたらめを、そのまま信じかけている」 「なんともいえんな : : : 」 「ロがすぎる 「浩太郎くん ! 」お父さんは少し強い声でいった。 お祖父さんは、さっきから手にしていた分厚い本を開いた。 ぞ」 いつも、隠居所の方においてある本で、「印度 : : : 」なんとか、と「今にわかりますよ : : : 」叔父さんはまたロを曲げていった。「と 書いてあったが、下の方の字は、ぼくにはまだ読めない。 ころでーーあの男を連れて、丘へ行ってみるつもりだったんです 「インドではな、ヒンヅー教徒などは、輪廻転生、つまりうまれか が、山岸先生にとめられてしまって : : : 。肝心のしげる探しはどう わりという事を信じておって、また実際そういう事が起るそうだ。 します ? 」 新しく生まれた子供が、ロをきけるようになると、突然自分は「ぼく行って見ましようか ? 」とぼくはいった。「ぼくなら、大体 前の世では、どこそこの村の何という家の子供だった、といいはじ見当がつくけど : : : 」 め、その時の両親の名から顔だちから家の様子、自分の言った部屋「子供が行くには、もうおそい」と叔父さんはいった。「そうだ、 これから部 の事など、何から何まで言う。もちろんその子の両親も親戚も、そまもる。その丘と、穴のあるあたりの地図を描け。 んな村のある事も、まだ生きている前世の両親の名も知らない。と下をやってしらべさせるから : : : 」 2 3

6. SFマガジン 1973年2月号

ろきき出して、しげるのふりをしているのかも知れない」 「だけど、何のためにそんな事をするんだい ? 」大兄さんは、食べ 終ったお茶碗にお茶をつぎながらいった。「なんだって、しげるの 子供たちは茶の間においはらわれ、応接間には、お父さんとお祖ふりをしなきゃならないんだ ? 」 父さんだけが、あの不思議な人と一しょにはいって行った。 お「それはわかンないけど : : : 」姉さんは深刻な顔になって、頬に指 母さんは、君やと竹やにつれられて奥の間に行き、ちょっとの間横をあてた。「だけど : ・ : ・きっと何か理由があるにちがいないわ」 になっていたようだったが、心配だと見えて、五分もたたないうち「ぼくは、何だか小兄さんのような気がする : ・ : ことばくはいった。 に起き出してきて応接間へはいって行った。 「恰好はあんな、見た事のないおじいさんだけど : ・ : ・あのしゃべり お汁もおかずも、冷たくなってしまっていたが、・ ほくはとてもご方や泣き方は、どうしても小兄さんとか思えないんだけど : : : 」 飯のつづきを食べる気がしなかった。ー姉さんもそうらしく、青「じゃ、どうして、しげるが突然あんなおじいさんになっちまった い顔してお膳の前にすわっているだけだったが、大兄さんときたの ? 」姉さんはかみつくようにいった。「今朝、ちゃんとしげるの ら、平気でばくばく、何杯もおかわりして、とうとうおかずをきれ恰好で、学校に行ったわよ。まもるだって、学校が引けてからずつ いに食べてしまった。 といっしょだったんでしょ ? 」 まったく大兄さんの食いしんばうには呆れてしまう。 「そうだよ : : : 」ぼくは、姉さんの見幕におされて、すわったまま 「ねえ、どう思う ? 」ばくは、とてもだまっていられなくなって食あとじさりしながら答えた。 べている大兄さんにきいた。「あのおじいさん : : : ほんとにしげる「その時は、まだ、しげるの恰好してたんでしょ ? 」 兄さんだと思う ? 」 「うん : : : 」 「そんなばかな事があるわけないでしょ ! 」と姉さんが怒ったよう「それ、何時ごろだった ? 」と大兄さんは、お茶を飲みながらきい にいった。「あんなよ・ほよ・ほのおじいさんが、どうしてしげるなのた よ ? 」 「うーんと : ・ : ・三時半ごろかな : ・ : こ 「でもさーー・あのロのきき方、小兄さんそっくりだ「たよ。声はし「それじゃ、た「た四時間ほどの間に、しげるがあんなよ・ほよ・ほの わがれているけどさ」ばくはロをとがらせた。「それにーーーもし、 おじいさんになったとでもいうの ? ーー そんな浦島太郎のお伽ばな 本当によその人だったら、どうしてひと眼見て、清やや、ぼくたちしみたいなことが、実際に起ると思ってるの ? 三年生になるの の名前がわかったんだ ? 」 に、まだそんな事わからないの ? 」 「あの人、ひょっとしたら、しげるにあってるのかも知れないわ」 「小兄さんが、あ 0 という間に年をと 0 たなんて思わないよ : : : 」 と姉さんは考え考えいった。「それで : : : うちの家族の事、いろい ばくはロごもりながらいった。「だけど : : : 」 つけ

7. SFマガジン 1973年2月号

そのおじいさんは、おろおろしたように、両手を前につき出し晩飯時に、勝手に他人の家に上りこんでもらっちゃ困る。警察をよ て、せきこんだ声でいった。 ぶそ ! 」 。お父さんも : ・ 「どうしてそんなに : : ぼくの事見るんだよ : ・ おじいさんは、後によろよろとよろけて、わけがわからない、と 兄さんも : : : 姉さんも : : : ・ほくがどうかした ? 」 いうように、悲しそうに。ほかんと口をあけた。 その眼には、涙 「ちょっとうかがいますが : : : 」お父さんが、お母さんをかばうよがいつばいたまっていた。 うに前〈出て、咳ばらいしながらいった。「あなたは、うちのしげ「待ちなさい : ・ : 」みんなの一番後から、お祖父さんが声をかけ るにおあいになったんですか ? 」 た。「君や : : : ちょっと手鏡をとっておいで」 「はっ : 「おあいになったんですかって : : : お父さん : : : ・ほくが : : : ぼくが ・ : はい ! 」と君やが叫ぶようにいって奥の間へ走って行く のがわかった。 しげるですよ ! わからないんですか ? 」 お母さんが、小さな叫びをあげて、ふらふらとたおれかかった。 「まもる : : : 」と、おじいさんは、ばくの顔を見ていった。「お前 : お父さんとお母さんになんとかいってくれよ。 君やと竹やが、あわててお母さんの体をささえた。 : いったいお : だけど・ : ・ : 」 「ねえ、みんな : ・ ・いたいどうしたの ? : : ・ ・・ほく、ひどくつかれ前までどうしたんだよ : そうしいかけて、おじいさんは、急にぎよっとしたように・ほくを て : : : 気分がわるいんだ : : : 。体もおかしいし : : : あちこちいたい し : : : おなかもすいてるんだ : : : 。早く休ませてよ。 ・ : 晩ご飯、見おろした。 「まもるーーーお前どうして : : : そんなに急に小さくなっちまったん もうできてるんでしょ : たい ? 」 、どうしたのよ ! 」姉さんが、突然金切り声をあげた。 : どこ その時、君やがかけてくる足音がきこえて、みんなの肩ごしに、 「気もちわるい あなた : : : しげるなんかじゃないわー 手鏡がお父さんの手にわたった。 の人なのよ」 「さあーーー」お父さんは、手鏡のうつる面を、そのおじいさんにむ 「姉さん : : : 」そのおじいさんは、ぽかんと口をあけた。 その 顔が泣きそうにゆがんだ。「ひどいや : : : ・ほくが : : : わからないのけて言った。「あんた、自分の事しげるだなんていいはるなら : まあ、自分の顔かたちを見てみなさい」 「あなたがしげるなもんですか ! 」姉さんはちかよってくるおじい 鏡をのそいたとたん、おじいさんの顔は、天色になった。 さら顔をそむけながら叫 ~ だ。「しげだと」うなら、自分がぼ〈と 0 らかれ、しわだらけ 00 どが、何度も = くごく動一 鏡をみてごらんなさい ! 」 た。両手がのびて、鏡をつかむと、 「君 : : : 」お父さんは、手をつき出して近よってくるおじいさんの 胸をおしかえした。「子供たちをおびえさせんでくれ。ーそれに という泣き声が、おじいさんののどの奥からひびいた。 3 2

8. SFマガジン 1973年2月号

さんはぼくたちの方をじろっと見て、低い声でいった。「おかしなんらしい人をつれて二階へ上ってきた。ぼくと小兄さんの部屋へは いってくると、 やつが来たそうだな。どこにいる ? 」 「しげるの机はこれか ? 」ときいた。 「おかしな奴じゃないよ。小兄さんだよ」 と、・ほくはロをとがらせた。 ほくがうなずくと、刑事さんは、、もってきた黒い箱の中から、 ろんな道具を出して小兄さんの机の上の、筆箱やセルロイドの下 「小兄さん ? そんな事はきかなかったぞ」と高木の叔父さんは、 こわい眼をしていった。「子供はロを出すな。 こちらか ? 」 敷、三角定規なんかに、しきりに白い粉をふきつけ、かわいた筆で 「えん 」と姉さんがいった。 粉をはらっては、すきとおったセロファンみたいなものをおしつけ 「よし、お前は車で待ってろ」と、叔父さんは半開きのガラス戸のていた。 叔父さんたちが、またどやどや下におりて行ってしまうと、・ほく 外をふりかえっていった。 は、いったいなにがはじまったのか、どうしても知りたくなって、 外には叔父さんと同じように、ねずみ色ソフトをかぶって、オー ーの襟をたてた人がいて、ちょっと手を上げて失敬すると門の方便所へ行くふりをして下へおりた。 へ出て行った。 階段をおりた所で、お祖父さんとお父さんが、なにかひそひそと 叔父さんはつかっかと上りこむと、応接間のドアをあけて、中へ話をしていた。 はいって行った。 「なぜ、浩太郎なんかよんだ ? 」とお祖父さんは、しかりつけるよ ・ほくたち、ちょっとの間、応接間でこれから何が起るのか知りた うにお父さんにいっていた。「あいつにかかったら、誰でも彼で くて、廊下でたっていた。 そのうち、紅茶をはこんで行った君も、はじめから犯罪人あっかいだ : : : 」 とう やが、・出てくると、そっとささやいた。 「でも、お舅さん、表だって警察に知らせたら、もっと厄介なこと みうち 「あの、旦那様が、みなさん明日の勉強をしたら、さっさと先に寝になりますよ。なんといっても、あれで身内ですからね : : : 」とお るように、とおっしやっていますけど : : : 」 冫しナ「どっちにしても、私にはまだ、 父さんはなためるようこ、つこ。 あれがしげるだとは、信しられんのです。あの老人が、しげるがど すくなくとも、 こに行ったか、何か知っているにちがいない あの老人の言っていた、丘の穴のあたりをさがしてみる必要があり こんな事になって、勉強しろといわれたって、勉強なんてできる 「こんなにおそいのにか ? 」 もんじゃない。 明日の算術や国語の予習も、まったく上の空だ った。 , ・・ーそれでもなんとか教科書をひろげて、読もうとしている「ですからーーやつばり身内の浩太郎君にでも来てもらわないと : ・ と、どかどかと足音がして、高木の叔父さんが、もう一人の刑事さ 4 0 3

9. SFマガジン 1973年2月号

た。「帰りがおくれた時はな、大変だ、と思って、気もそそろにな穴はいくつもあったし、中にははい上れないほど深いものもあるか っているものだ。叱っちゃいかん。何も言わずに、あたたかいご飯も知れない。底の土がやわらかくて、もぐってしまうのもあるかも 知れない。それに : : : あさくても、小兄さんがおちた時、うちどこ を食べさせてやれ : : : 」 「でも : ・ : ・」お母さんはおちつかない様子で時計を見上げた。「もろが悪くて脚か何か、ひねってしまって、歩けなくなったのかも知 れない。底の石に、頭をうって、気を失ってしまうことだって考え う七時になりますわ・・ーーあの : : : 警察へ : ・ : ・」 ぼくも大好きな精進揚げを食べながられる・ : みんなはしんとした。 ら、なんだか、のどにひっかかって味がわからないみたいだった。 そうだーきっとそうだ ! ーそう思うと、ぼくは、心配で心配 「ばかな事をいうな : : : 」お父さんは、ぐっと盃を上げて、少しかで、ご飯など食べていられなくなってきた。ーーもしそうなら : ・ すれた声でいった。「もう少し待とう : : : 」 この寒い二月の晩に、小兄さん、凍えて死んでしまう ! 柱時計の振子の、かったり ・ : かったり・ : という音が、いやに大ぼくが、その事をみんなに言おうとした時、突然玄関の方で、も きくひびくみたいだった。ーー長火鉢の上で、薬罐がしゅんしゅんの音がした。 っゅ 鳴っていた。みんなが、おかずをかむ音や、お汁をすする音が、ヘ がたがたっ、と、なにかにぶつかるような音がして、 んにはっきりきこえた。 「ただいま : : : 」 小兄さんたら、ほんとにどこへ行ってしまったんだろう。 という声がきこえたような気がした。 ・ほくもだんだん心配になってきて、ご飯がのどにつかえてしかた「小兄さんだ ! 」 と、ぼくは思わず、お茶碗をお膳の上にほうり出して叫んだ。 がなかった。ーー姉さんが言ったみたいに、ほんとに人さらいにで お祖父さんもお父さんも、わざとゆっくりと盃をあげ、お母さん もさらわれたんだろうか ? と、・ほくはぎよっとして、思わは腰をあげた。ーーー食いしん・ほの大兄さんは知らん顔してご飯をか それとも・・・・ : ああ、そうだ ! そうだ、ひょっとしたら、小兄さんがぼくたちきこみ、姉さんは自分でおかわりをよそったが、二人とも内心ほっ ず答をおいた。 とわかれて歩いて行った、あの丘の上にある、穴にでもおちたのかとしたのがひと眠でわかった。 「小兄さん、おかえりなさい ! 」 も知れない。丘の上は松林になっている。だけど、その松林の中に、 ぼくは、お膳の前からたちあがると、玄関へむかってかけ出し むかしあの丘で、壁土にするため赤土をとったのだ、という穴がい くつもあいている。いまは、ほとんどうまってしまって、あまり深た。 「どうしたの ? ずいぶんおそかったね」 くない。ぼくも一度、殫とりに行っておっこったがすぐはい上が お祖父さ れた。そのころ、まだ小学校に上っていなかったぼくでさえはい上お母さんはもう、小走りに廊下へはしり出ていた。 れたんだから、小兄さんにはい上れないはずはないんだがーでも、ん、お父さん、大兄さん、姉さん、みんな廊下の方をふりむいてい 2

10. SFマガジン 1973年2月号

「丘の方なら、吉井くんのとこだと思うけど : : : 」お母さんは、天 ぶら油をじゅっ、といわせながらつぶやいた。「五時までにはかえ ってきなさいって、あれほどいってあるのにねえ : : : ひょっとして、 まもる、ちょっと ラジオの「子供の時間」がもうじきはじまるのに、小兄さんはまかえって二階にでもいるんじゃないかしら ? ーー、 見て来て」 だ帰ってこなかった。 「はあい 「おかしいわね」 かえってるはす といって、ぼくは幼クをふせて立ち上った。 晩御飯の仕度をしながら、お母さんは時計を見た。 なんかないんだけどな。小兄さん、かえって来たら、おなかすい 「竹や、また吉井さんの所かも知れないから、電話してみてちょう た、ご飯まだって、やかましいんだから : ・ 一一階へ上る階段がもう少し暗くなっててこわかったけど、電灯に 「はあい」と、新しく来たばかりの女中は答えたが、あおいでいた 七輪の前から立っと、もじもじしたように割烹着の裾をひつばっ背がとどかないから、そのまま上っていった。階段の下の電話のと ころで、君やが、もしもし、吉井さんのお宅でいらっしゃいます た「だけんども : ・ : ・おくさま : : : おら : ・」 「電話まだかけられないの ? しようがないわね。じゃ君やにたか、といっていた。 二階の部屋を一つ一つのそいたけど、小兄さんはいなかった。 のみなさい。早くかけかたぐらいおぼえなきやだめよ」 はあい、といって、竹やは裏口から外へ出て、お君さん、お君さー大兄さんの部屋をのそくと、大兄さんは、气桜は匂う日東の : と「神風号」の歌をうたいながら、模型飛行機の翼をけずってい ん、と、・洗濯物をとりこんでいる君やをよんだ。 「またあんな大声出してーーー御近所に外聞が悪いって、いくらいった。 「しける兄さんいないね」 てもきかないんだから : : : 」お母さんは、油の加減を見ながらぶつ とぼくは襖から首だけ出してきいた。 ぶついった。「まもる、どこでわかれたの ? 」 「こないそ・ : : こ 「さっきいったでしよう。松林ンとこ : 兄さんは、切り出しで木を削っては、ちょいと削り具合を見て、 ばくは幼年倶楽部の「三休さん」を読みながら答えた。「まもる ほんとにまもるでしようね。またからかってるんじゃないわね」顔も上げなかった。 「あ、それ″神風号″だね」 お母さんは、台所の方から首をのばした。 「ああ、ーーー今度はな、神風号より、もっとすごい飛行機がとぶん 「ぼくですよー・ , ーー高田くんなんかと、釘さししてたんだよ。 兄さんうまくないんだ。そいでね、やーめたって、一人で丘の方へだそ」 「へえ、ほんと ? 」 行ったよ」