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検索対象: SFマガジン 1973年3月号
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1. SFマガジン 1973年3月号

、ハア、あのキイキイ言ってるのは、兎の交尾の声らしいぞ。山 れたのである。あたりがひどくさわがしかったのだ。それも町の騒 ( , こぎん 音とは似もっかぬ、生きているものの、聞きなれない叫び声に、否羊みたいなのは、むろん鹿だろうな。万葉集から古今集まで、歌人 応なしひつばりこまれたのだ。 たちお気に入りの声だ。あんなに啼くんだから、なるほど、歌にも ・チュウチュウ : : ・ : ・ミーイミーイ : ・キッキッ ギイギイ 出て来るわけだなア ) 木々も岩肌も呼びかけたり鳴いたりしながらうごめいている感し人間が吐き出す騒音や排気ガスで、都市周辺から動物が姿を消し だ。それはかって聞いたことのない多くの生物の声のようで、 たのは、二十世紀以後のことだ。十一世紀のここでは、この時間に きよみずでら 「何だろう ? 」・ 音羽の滝や清水寺の境内あたりは、鹿だけでなく狸や狐や、ひょっ 足をふみ出すのを思わずためらわせるものがあった。 とするとあなぐまや山大もうろついていたろう。 しかし、やがて、 そう思ったとたんに、肩のあたりへ何か生温かいものが触れたの 「ははアン。やつばり千年前ということなんだ : : : 」 で、ぎよっとしてふり向きざま、ウチダはまたフラッシュをつけ と気がついたのは、思わずつけた電子フラッシ、の光の環の中た。大きな角を高くあげたみごとな牡鹿だ。五、六頭の牝鹿が後の を、一一匹のけものがからみ合いながら走り過ぎるのを見たからで、方で押し合っている。目があちこちできらりきらりと光っている。 それはどうも立体源氏物語にもカラー写真入りで取り上げられてい動物園で見るのとはまるで違ってたけだけしい。しかし、ライトに たむささびのようであった。動物園で見たものとは、比べものにな は、恐いと見え、それ以上は近づいて来ない。 らぬほど大きく、敏捷で、しかもまったく人を恐れない。 ( 何だか、うす気味わるいな。もしおれがフラッシュを持っていな ( そうだ。十一世紀といえば、人間よりもけものが多い時代、それ かったら、あいつら、どこまでもおれについて来るんじゃないかし もすっと多いことでは比べものにならぬ時代だった筈た ) らん ? もともと源氏物語自体に出て来る動物は、四十種以上をかそえる これじゃあ、どうにも、フラッシュをたびたびつけたくなっちゃ のだが、生きているものとして描写されるのは、馬とか雀とか螢、 など数種にすぎない。あとは歌の中にあそびとして出て来るものが 大方である。それなのに頁数の水増しをねらってか、万葉時代にま でさかの・ほり、古典物語や歌集に出て来る動物の総ざらえをカラー 企画でやってのけたということは、出版省としては結局怪我の功名「フラッシは、止なを得ぬ場合以外、使わぬ方がよいでしよう」 だったわけだ。 と族行開発委のリーダーは言っていた。 彼はフラッシ = を消し、一歩一歩ゆっくりと歩きながら動物たち「十一世紀では、これは怪しまれる器具です。あの時代は暗いのが しそくとうしん うつば 当り前で、灯といったら、紙燭か灯心です。何しろ、宇津保物語な の声を深く味わおうとした。

2. SFマガジン 1973年3月号

それよりもだ、そもそもおれはどうやってそれに乗ったのか ? 死の連続は、永久につづくのだろうか ? おれはとうにほんとうの ″化身″がおれの生涯の最後の部分をおおい隠し 知るもんかー 死を死んでしまい、地獄に引き渡されたのだろうか ? ちがう。なぜなら、なんのためにそこにいるのかが思いだせなけている。汝ら神よ、魔法使いよ、おれはある気違いじみた世界で、 つぎつぎに横死をくりかえすよう運命づけられているのか、最後に れば、地獄に送ったところでどんな意味があるだろう。 はとうとうほんとうに狂ってしまうまで ? 彼はそのただひとつの謎にすべてを集中した。おれはだれだ。な ぜおれなのだ。今回はいままでほど混乱もしていなければ、怯えて考えろ、彼は高まりゆく絶望のなかで考えた。一心不乱に考える もしなかったので、こうして一心不乱に考えていると、過去のそれんだ。いったいおまえがなにをしたら、ここからべつの生涯へ、ペ それの一生におけるすべてを思いだせるのがわかった。そして、あつの紛い物の一生へはじきとばされることになる ? る点までは、それはみなおなじだった。平凡な少年時代、学問、旅「一千百十一」 行、書物、音楽、友人、結婚、離婚、べつの女たち、その他の趣最後におまえがいたのはどこだったかを考えろ。彼らの問題処理 味、そして仕事。サン・フランシスコの大学医学センターで、研究法のどこが間違っていたかを見きわめろ。おまえがよりよい方法を 員として将来を嘱望されていた若手の社会学者。それというのも、見つけられることを信じるのだ。そうすれば《神》がかちっと言っ かっては、精神障害の発生率増加によって起こる諸問題を学位論文て、おまえは新たな立場で問題に取り組むことになり、けつきよく のテーマにとりあげ、いままた、専門分野の立場から、その原因とそれも引きあわないということを悟るようになるだろう。 治療法をつきとめようとしているからだ : : : それがいくつかの生涯 たとえばこの最後の世界をとりあげてみるがいい。彼らはたしか に分岐するのは数年前、彼に思いだせるかぎりのところでは一九八にある思いっきの胚芽を持っていた。弱い人格を歪めるもとにな る、さまざまな圧迫を取り除くこと。ただ問題は、社会はある程度 四年である。 の不寛容と強制なくしては立ちゅかないということだ。 「一千、一千一、一千十」 しかし、この四つのうちのどれが、おれのほんとうの生涯なのだすくなくとも、この世界はそうだった。科学技術的な、都市に支 いや。そんなはずは配された、合理主義万能の社会は、どこかでそのひずみを人間に負 ろう ? それともそれはぜんぶそうなのか ? ない。共通の過去におけるいかなる出来事も、彼の精神が将来分裂わせることになる。そしてそれらのひずみはつねに、ある人びとに するだろうことを暗示してはいない。にもかかわらず、それは分裂とっては過酷すぎるものであるかもしれないのだ。しかし、まった しているのだ。四度も。してみると、これらのエビソードは幻想でく異なる文化ならばどうだろう。もとより″高貴な野人″といった ものではない。しかしーーそう、ポスト科学技術人、機械を使うの はないのか、どこかでとびおりねばならぬあまり愉快でないメリー 9 ー・ラウンドなのでは ? は、つらい、単調な、危険な仕事にだけーーーそれ以外は、いっさい幻 の虚飾と過剰な複雑さを切り捨て、安全かっ清潔化された原始にか しかし、どうやってとびおりる ?

3. SFマガジン 1973年3月号

情熱を持っている人々は、学者サークルのこうした遅まきながらの十二世紀の子供用の玩具である「人間製造セット」を送られる。主 認識に、喜びと困惑とのまじった復雑な感情を覚えている。作人公は説明書の指示に一つ一つ従って自分自身の生きた複製をつく 家たちは、ずっと以前から、彼らの仕事が、ほかのポビュラーな小るが、けつきよく二一五三年からやってきた人口調節官に複製の方 説ジャンルの大半を占めている一語いくらの小説類ーー・たとえば西と間違えられて解体されてしまう ) 部小説とか、ミステリーとか、ゴシック小説のようなものとは、本「当時のわれわれの作品は文学ではなかったかもしれないが、文学 質的にちがうものだという信念を持ってきた。だがトロント大会の以下のものではなかった」とクラスはいう。「かりに他の何者でな 聴衆の中にいたある作家にとっては、このスーヴィン博士の〈分類くとも、われわれは、柔軟な精神の持主のための遊園地を提供して ーであるようにーーー思 いたのだ。いまになって誰かからわれわれの見も知らない壁が存在 法〉はやや大袈裟にーー日曜剥製師がオー われた。大会のあとで、フィリップ・クラスーーー以前からの読者にしていたといわれても、ただ、恐るべき喪失感を味わうばかりであ にウィリアム・テンの名でよく知られているーーは、学者評論家先る」 生たちはどうやら「全分野に定着液をぶちまけてわれわれを壁に貼クラスがかくもこよなく愛し回想するサイエンス・フィクション りつけようとしている」らしい、といっている。クラス自身が、実のすばらしい小世界は、すくなくとも部分的には、サイエンス・フィ は、決して反学術派とはいえない存在なのだ。彼は過去六年間にわクションのファンダムというきわめて独得なグループによって支え 、ゴシック小説などの受 たって、ペンシルヴァニア州で創作法の講議をしてきた経験を持つられたものであった。西部小説やミステリー ているからである。しかしクラスは、「サイエンス・フィクション動的なーーー消費一方の読者とはちがって、真のアディクトたち の黄金時代」を懐しげに振り返り、一九四〇年代から五〇年代にかは、ただ気に入った小説を読むだけでは決して飽き足りなかった。 けては、パルプ雑誌の勢力もまだ強く、彼自身もなかまの作家たち非常な量の時間とエネルギーを費して雑誌や単行本を蒐集する も、最良の作品をきわめて規則正しく発表していた、と述べてい ばかりでなく、自らアマチュアの〈ファンジン〉を発行しーーーこれ コレクティヴ・ク , 工 る。この時期を通じて、ジャンルは、特別な一種の集団的創が、多数のこの分野の才能ある作家たちを育てるファームの役割り イティヴィティ 造性を育てていた、とクラスはいう。「われわれは、どこまでもを果した。若き日のレイ・・フラッドベリもその一人だったのだ 永遠に前進できるように感じていた。つねにお互いの先を行き、おさらに、銀河宇宙的規模とはいわないまでも、地方的、あるいは全 互いのアイデアに新らしいツイストを加え、従来のどんな文学ジャアメリカ的な規模でのファン同士の集会を組織し、実現したのであ ンルにもない新らしいものを創造していけると信じていた」と、彼る。第一回の世界大会またはワールドコンは、一九三九年ニュ はごく最近書いた。 ( 四〇年代のウィリアム・テンのよく知られて ーヨークで開催された。三〇回めのワ 1 ルドコンはこの ( 一九七二 いる作品には『クリスマス・プレゼント』がある。ごく普通の若者年 ) 九月ロサンジェルスで開催の予定である。特に初期のこうした である主人公がある日、理由不明の時間のオーダーの狂いから、二大会の雰囲気は大学の同窓会と伝道集会のあいの児のようなものだ

4. SFマガジン 1973年3月号

最終的な通告がきたんだ。それでいまおれは、こうして酔っぱらう い。いくらだって賭けてやるそ、あいつがわざとあんな本を書き、 のに忙しいってわけさ」 演説をしてまわったってことに」 「なぜ資金がない ? 」べィリーは問いかえした。「そういった計画 「いったいだれのことを言ってるんだ」ペイリーはたずねた。 のためなら、 Zcg«が窒息するほど金をつぎこんでくれると思って「知ってるだろうが。あの大学教授だよ。フランス野郎だ。こむず たがねー かしい名前で、発音もできやしない。キじるしを保護しなけりゃな 「なんだって ? いったいおまえさん、どこに行ってたんだ。 Z らんって考えを持ったやっさ」 がそういう金をばらまいてた時代はとうに過ぎたんだよ。「ちょっと待てよ」べィリ 1 は椅子の上で身をこわばらせた。膚が だっておんなじさ。われわれはどっちにも申請を出してみた。い ぶつぶっと粟立つのがわかった。「まさかミシェル・シャンソン・ や、目につくかぎりのあらゆる団体にさ。だめ。精神衛生法があまドワゾーのことじゃないだろうな ? 」 りに高くつぎすぎてるんだ。それ以外は、政府といえども、残った「それだよ。その男だ。シャンソン・ドワーゾー。あいつ、ほんと わずかな計画を維持するのにせいいつばい。たとえば国防省・ーー・・国うは中国の秘密機関員かなにかじゃないのか ? あんなおかしな名 防省ならこれに興味を持つはずだと思うだろう、え ? ーー そのとお前しやがって。あいつは知ってたんだ、このばかでかい、涙もろ いかにも彼らは興味を持ってる。だが、彼らの財政状態がどん 、、心のやさしい、脳足りんの国が、やつの考えにいかれちまうだ なだかは知るひとそ知るさ。空軍は有料の旅客を運んでるし、軍艦ろうってことをーーー・すっかりやつに夢中になって、汚穢の海に落っ 《。フェルトリコ》は、浮かぶカジノとして世の荒波を乗りきってるこちるだろうってことを。あいつなんだ、われわれをだめにした張 ・ : それもこれも、一セントでも多く防衛費を稼ぎだそうとする涙本人は。おれの計画をためにし、おれの祖国をだめにした張本人 ぐましい努力だよ。去年、ガイアナ紛争から手を引いたのもそのた は。おかげでいまやわれわれは、山ほどの役立たすの気のふれたの めさ。そりや、大統領は面子を救おうとして懸命だった、軍事力にらくら者を養う以外、なんにもできないときている」ワイマンはグ ラスをあげた。「乾杯だ、シャンソン・ドワーゾーの破減のために よらない名誉ある解決とかなんとか、たわごとを並べたててね : だけど、実際はどうかってんだ、軍事強圧が加えられたことは世界 ! 」 中が知ってるーーーーわれわれにたいしてーーーこともあろうに・ヘネズエ 「よせ」ペイリーは立ちあがった。椅子ががたんと音をたててひっ ラからだよ、まったく ! 」 くりかえった。 一滴の涙がワイマンのグラスに落ちた。「あんちくしようめ」彼「どうした ? 」ワイマンは目をばちくりさせて彼をながめた。 はつぶやいた。「あんな野郎、地獄の穴の底に落ちゃがれ。この世怒っちゃいけない、べィリーは自分に言い聞かせた。おれはまだ の終りまで呪われやがれ。あいつだ、おれたちをこんな目にあわせ治りきっていないんだ。、だからじゅうぶん注意して、興奮しないよ たのは。きっとフランス政府があいつの尻押しをしてるにちがいな うに。もうちょっと神経が安定するまで、いつも感情を平静に保た 207

5. SFマガジン 1973年3月号

太陽が祝福をたれた。大地が香をくゆらせた。ひばりが詠唱歌をたろうか ? よく思いだせない。 うたった。 「けれど・ほくはいつもきみに忠実なんだ、シナラ、ぼくなりに・ 一同は思い思いに包みをひらいて、サンドウィッチをつくった。 べィリーとシナラは並んで腰をおろし、とある樫の木に背をもたせそうさ、・ほくはいつもきみに忠実なんだ、シナラ、ぼくなりにー かけた。たまたまそこへェイヴィスが通りかかった。「これはこれー」 は」彼女はほほえんた。「友愛関係を発展させてるってわけ ? 」 女の悲嗚がした。 「気になるかい ? 」ペイリーは言った。 彼女は二人の髪に手をつつこんでかぎまわした。「なるものですその声は、さながら丸鋸の音のようにしじまに響きわたった。・ヘ ィリーはうしろにとびすさった。シナラがかすれた悲鳴をあげた。 ばかね」 食事を終えると、一同はめいめい身に着けた衣類の上に祈用の彼らより先を歩いていた仲間たちが引き返してきて、棒立ちにな り、信じられないというように目を見はって立ちつくした。 マントをはおって、木立ちに向かった。森林監視員が家から出てき ただひとりの男を除いてみんなが。その男は、うつぶせに小道の た。一行がひざまずくと、老人は彼らに祝福をたれ、それから彼ら 血だまりのなかに倒れ、その現実とは思えないほど鮮明な赤が、ど はその木洩れ日の落ちる林間のしじまへはいっていった。 ・ヘイリーの目は、たえず前方にのびている寺院のアーチからそれこまでも、どこまでも、とめどなくひろがりつつあった。 ては、かたわらのシナラにそそがれた。しかし、そうしてなにが悪男を見おろして、殺人者がにやりと笑った。そいつは途方もなく い ? と彼は考えた。かりに今日の宗教のもとでもだ。いや、とく大柄で、逞しく、悪臭のする毛皮をまとっていた。垢じたもじゃ に今日の宗教のもとだからこそだ。人間にとって、幸福を与えかつもじゃの髪とひげのあいたから、例の天然痘の痕のあばたが見えて 受け取り、土地を愛しかっ土地から愛され、そして自分が宇宙とひいた。鮮血のしたたる不恰好な山刀が手に握られていた。 ペイリーは、とっさにある本能をもって行動した。それは、自分 とつであることを知る、これ以上に気高い目的があるだろうか。 ひとつであること、そう、われわれの仲間の人間たちともだ。おのなかに残されていたとはついそ気づかなかった本能だった。シナ ラの腕をひつつかむなり、山火事によってできた大きな木のうろに れがこの娘とひとつになったとき、ある意味でおれはエイヴィスと ひとつになる。おれが = イヴィスまたは他のだれかといっしょにい彼女を押しこみ、つづいて自分もとびこんで、彼女をうしろにかば って身構えたのた。 ったとき、ある意味でこのシナラともいっしょになる。こうしてわ れわれは、二度と他人に不親切であったり、不誠実だったりするこ最初のやつに劣らず不潔な蛮人の一隊が、どやどやと姿をあらわ とはなくなるのだ。高らかな旋律がペイリーの心を駆けぬけた。むした。彼らは奇妙な甲高い声で、もとは英語だったらしい言葉を口 かし知っていたなにかの曲、それとも詩、でなければその両方だっ 口に喚き散らした。ペイ・エリアの男たちのうち二人が、ばっと駆 カ 228

6. SFマガジン 1973年3月号

は、もうひとつ、マルコール・ゴートとかいうヒッジみたいに毛の らいなんだ。ま、手近かなカロリー源だと思ってね。それなのに、 どっから持って来たか分りやしない山羊乳まで飲めるかね。防腐剤多いやつがいるが、ペゾアール・ゴートというやつが、普通われわ れの目にしている乳用山羊の先祖らしいんだ。日本にいるやつは、 入りはよくないと云っても、大腸菌入りよりまだましさ」 」いたい、ザーネン種というやつだが、こいつはヨーロッパ系の改 良種なんだな」 「へへえ、おかしなことにくわしいんだな」 盛夏、走る男はランニング姿だ。 「いや、ガヤがいきなり、・ヘゾアール・ゴートって何かって訊きや ーベル運動やっ 早朝と云っても午前三時半ごろ、道路ぎわで、・ハ がるから、何のことだって云ったら、妙なパンフレットを突き出す ているのを見た者がいるが、そのせいか、かなり筋骨たくましい。 ーベルを終えると彼は大型リ、ツクサックを背おい、私鉄の駅かのさ。御存知、走る男の配ったやっさ。で、読んでやったら、そう いうことを書いてあった。あ、そうだ。ガキから取りあげたのを持 ら始発電車で仕入れに出かける。それから帰ると直ちに配達。そし て、ひるまは、宣伝パンフレットとサンプルを持ち、近郊の町々をつてたんだ。読んでみるかね。とにかく、こいつあ、おもしろい いうならば若き日のホー マラソンだ。鬚もすっかの鬚らしくなり、 はタ・フロイド型新聞様のパンフレットを一同に見せる。山羊の ・チ・ミンと云ったスタイルだ。 宣伝パンフレットは活版となり、その第一面にでつかい活字が踊写真が大きく出ていた。 かね。さすが、野性だけあっ 「へへえ、これがペゾアール・ゴート っている。 、雌雄一対、アフガニスタンより太陽牧場にて、いいかたちしてるな」 〈ペゾアール・ゴート 「だいたい山羊ってやつは、家畜の中では、たくましいほうだ。あ 導入 ! 本格的な自然乳時代へ ! 〉 れは、あまり食いものを選ばないほうらしいからね。毒草以外な 、リ・ハリ食う。要するにほっと ら、雑草だろうが、木の葉だろうが・ / が云った。 いても育つんだ。だから、野性のたくましさを残して来たんだろう 「ペゾアール・ゴートって知ってるかい ? 」 な。しかし、まあ、理想を云えばきりがないというか何というか、 「ゴ 1 ト ? 山羊のことか ? だったら何か山羊の一種かい ? 」 「そうなんだ。・ヘルシャ、、まはイランか、とにかくべルシャだと彼ら自然食協会は、栄養価とか乳の量とかばかり考えた改良種は、 かアフガニスタン、いまはパキスタンの・ハルチスタン、小アジア各天然自然のもっ・ハランスからみれば異常種であると考えたんだな。 地なんかの山地にいる野性の山羊さ。ほら、よくヒマラヤ登山隊な人間だって、肉食すればみせかけの発育でどんどん大きく育つが、 んかの記録映画で、山岳民族の小屋のまわりでうろうろしてる茶褐大男、総身に知恵はまわりかねで質的に低下するというんだよ」 「おツ、そいつはここに書いてある・せ。人間をあまり大きくしては 色の山羊がいるだろう。ああいうやつなのさ。ヒマラヤあたりに ー 05

7. SFマガジン 1973年3月号

ているらしかった。 というわけで、法律を改正して、われわれを精神病者として認定す 「あなたは連転免許を持 0 ておられるのですか ? 」べィリーはとまることに賛成した候補者は、全員・ーーそう、国中でひとりの例外も どい顔でたすねた。 圧倒的多数で当選しましたよ。あんなにもたくさん同志が ジ、ールはうなずいた。「このためにわしは、わしのささやかな いるとは思わなかったくらいです。さて、とにかくまあお乗んなさ 交友圏内で、おおいに有用な人間とされておりますよ。ご承知のと きみ、さっそく楽しいドライプに出かけることにしましよう おり、われわれの仲間で運転を許されているものは、そう多くはあや」 りません。それを非常に憤っているものも一部にはありますよ。し べィリーは、自分の気の弱さを噛みしめながらも、それにたいし かし、これはここだけの話ですがね、きみ、社会だってわれわれ不てどうすることもできず、うながされるままに機械的に車に乗り 幸なものにたいして、多少の権利を持っていることは認めなきゃな こんだ。おまけに、と彼は弁解がましく考えた。目下おれは失業中 らんでしよう。多くの、じゃない、多少の権利です。とはいうもの だ。ついていけば面白いことがあるかもしれん。もしそうでなかっ のですよ、同性愛者が運転をしてはならんという理由がどこにあり たら、いつでも引き揚げればいいんだからな。まあそう願いたいも ますかな ? そんなものがあったらお目にかかりたいものだ、そうのだが。 でしよう ? 」 車は高台を越えて西へ、ハイトアシュペリー地区へ向かった。 「なんですって ? しかし、その、しかしーーあなたの場合はー途中、目についたものがあると、そのつどジ、ールはゆびさして教 えた。イシュタル寺院では 「まあわしにもわしなりに偏見があ ジュールはさえずるように言った。「おやおや、きみ、、つこ、 しナしるかもしれんが、それにしても、男女を問わずああいった淫乱者の 連中はナバできみをどう扱っていたんですかな ? 新聞は読ませて患者 0 てやつは、ずいぶん俗悪な連中だと思うねえ。カリフォル = もらえなか「たんですか ? = 、ース放送は ? それがじつはこのア州法のもとで、自分たちの宗教を法人組織にしちまうんだから。 前の選挙の最大の争点だ 0 たんですよ。われわれの仲間うちでさえきみはそう思いませんか ? それもあんな無用のものを」 ( 。 意見が分かれましてな。マタシーン協会はこう主張しました、われン遊園地のマリファナの雲を見ては 「例の訴訟は最高裁へ持ち われは自分たちを認めさせるために長年力を尽くしてきた、たとえだされましたよ。認定患者の両親は、子女の教育についてなにをす 平均的な市民でなくとも、すくなくとも正常な市民として認めさせることが許され、なにが許されないか。最高裁ではこう判断しまし るために、って・ーーばかな連中だ。まったく非現実的でお話にもな た、憲法修正個条第十四条に照らして、いかなる肉体的な害も加え らん。″不幸なひと。の認定を受けることによって得られる代償られていない場合に、そのような家族にたいして官憲が権力をもっ は、じゅうぶんそのレッテルを貼られることにあたいします。それて干渉することは差別である、とね」オークランドの黒ずんだ廃墟 に、どっちにしろそれは汚名というわけじゃない、そうでしよう ? を遠望しては 「じっさい悲劇的だ。しかしわしに言わせれば、 幻 3

8. SFマガジン 1973年3月号

「スピリット」の画面 1 ークである。しかし、アイスナーが、その人あり、と知らは、スタイルを確立していなかった。ひとつの方向に、自 れた代表的なキャラクターは、疑いなく、「ザ・ス。ヒリッ 信を持って、まっすぐ進んではいなかった。まだ、迷いが あった 9 ト」なのだった ) 一年後、彼は、徴丘 ( され、陸軍にはいった。ワシントン 「スビリット」を創ったとき、アイスナーは、二十三歳。 初期のスピリットは、さまざまな小道具をつかい、機械装で、—のための教材に、イラストを描いた。そのとき、 置で空をとんだり、ちょっとしたジェイムズ・ポンドであ彼は、「まぬけのジョ ー」というキャラクターを創り出 ・コ・フラのような、エキセントリし、マンガのなかで、つかった。兵隊たちに、武器の保守 った 9 悪人も、ドクター ックな大犯罪者が多かった。まだ、ウイル・アイスナー や、使用法を説明するのに、コミックスのテク一一ックを応 用したのである。そうした目的のためにマンガ をつかうということは、当時としては、例がな かった。アイスナーは、その面でも、先駆者で あった。 彼がいないあいだも、「スビリット 」のコミ ックスは、工房の手によって、続けられてい た。しかし、四年間の兵役期間の後に、帰って きたアイスナーは、「ス。ヒリット 」のコミック スを、ずっと、めりはりの効いたものにするこ とが出来たのだった。彼自身、成長をとげてい た。テクニックはとぎすまされ、いまや、確信 一をもって、彼は、新しいコミックスの実験に、 は うちこむことができた。彼は、夜を徹して、描 きはじめた。ひとつの独自の視点をもった、ス タイルをもったコミックスが、完成されたので ある。 4 都市の夜景 「私は、都会で育った。子どもの頃、街角で、 新聞売りをしたものさ。私の・ハックグラウンド を第 0 0 「 ー 99

9. SFマガジン 1973年3月号

の不均衡や、その他、その能力を半分以下しか発揮させず、その人 フォーゲルザンクはからからと笑って、彼を驚かせた。「そいっ そいつはすばらしい考えだ。わしもお相伴するがかまわ物を極端な不幸に陥れるすべてのものから解放された知能をな んでしような ? 最古の精囀安定剤であり、そしていまもって最良ああ、きましたそ、飲み物が」 の良薬でもある、そうでしよう ? スコッチでいいですかな ? 」彼盆を持った看護婦がはいってきた。盆の上には、酒壜、アイス・ ・ハケット、グラス、ソーダなどがのっていた。看護婦は、博士同様 はインターコムを使った。 ペイリーは、相手のきらきらした目をまともに見ることができなに暖かくべィリーにほほえみかけた。 「ではあんたの健康を祝して」フォーゲルザンクは乾杯した。 かったが、それでも思いきってたずねた。「どうしてぼくがここへ 「で : : : ぼくをどうなさるおつもりです ? 」ペイリーは勇を奮って 連れてこられたんです ? 」 「ああ、いろいろと情報があってな。あんたの幸福を心から願ってたずねた。 おる人びとですよ。その人びとが、あんたを調べてみることをすす「どうって、べつにたいしたことは。まずさまざまな角度から診断 めてくれた。それに正直なところ、あんたの記録には多少不穏な点を行なって、それから、なんらかの処置をとるかどうか決めます。 がないでもなかった。本来なら、もうとうに綿密な検査をされていまあ心配せんでよろしい。クリスマスまでには、ここから出してあ て然るべきだったところのものーーそしていずれはそうされたであげられるようになるとわしは確信しとりますから」 ろうところのもの。だがさいぜんも言ったとおり、われわれは非常スコッチは上等だった。会話は快かった。これまで、診療所のな な人手不足でしてな。これまでは、ある程度まで、患者の自覚に頼かで行なわれているということについて、聞かされていた奪は誇張 らざるを得なかったわけです。彼が教養ある人間として、初期の徴されていたのではなかったか、とペイリ 1 は疑いはじめた。 そしてたしかに、最初の数日間は、インタビューや、多角度から 侯に気づき、教養ある人間としての自覚をもって、まっすぐわれわ ノ・テスト、麻酔総合分析、生理実験など れに助けを求めにくるのをあてにしておったわけですよ」フォーゲの質問や、ロールシャツ、 くたびれるし、ときには当惑させられることもあ ルザンク博士は相好をくずした。「しかし、あんたがそうしなかつで明け暮れた たからといって、だれかが怒っているとお考えになっては困る。目ったが、けっして我慢できないものではなかった。 下のところ、あんたが必ずしも自分を意志どおりに統御できない状ところが、それらのテストの結果、ようやく彼らは彼が第八病棟 態たということは、よく心得とりますからな。われわれの願いはたに相当すると診断した。これは、重度の障害があると認められたこ ったひとつ、あんたを治してさしあげることだ。よろしいか、・ヘイとを意味した。 リ 1 さん、あんたは本質的にすぐれた知能を持っている。知能指数第七病棟では、まず、インシュリンと電気、両方のショック療法 5 からいけば、上から五パーセント以内にはいるだろう。社会はあんが試みられた。このために、彼のすぐれた知能指数は、いちじるし たのような知能を必要をしとるんですーー罪や、恐怖や、新陳代謝い割合で低下した。だがこの療法に効果がないとわかると、彼らは

10. SFマガジン 1973年3月号

りの百姓は、みな広い田をひらき、秋になると黄金色のふさふさと を投げかけて来ることがあるのを忘れてはならない。 民話を収集し、その発生や伝播の経路、分布を研究する時、私たした稲をみのらせていたからです。庄ノ内だ 0 て今にきっとあのよ 3 ちは古拙な立ち姿の背後に恐るべき真実が隠されているのを知「てうになるに違いない。宗左衛門は見わたすかぎりの稲穂に、黄金色 の波をうたせる日を夢みていたのです。 愕然とすることがあるのだ。 それは田の草をとる頃の或る夜のことだったといいます。昼間の これから紹介する東北の庄ノ内地方の民話の幾つかは、或るひと つの事実から発生した一連のものであると思われる。もちろん民話疲れで宗左衛門がぐっすりと寝入っていると、誰かが外に立って、 トントン、トントン、と板戸を叩きはじめました。随分長いこと叩 には、相互の間に順序があるはずもなく、発生の時期もおおよその いていたようでした。 ことしか判らない。したがって配列の順は筆者の推理による独断で ある。 やっと宗左衛門がその音に気づいて起きだし、寝・ほけまなこをこ だが心ある読者は、筆者同様この一連の民話の背後にひそむ、或すりながら板戸を繰ると、そこには月の光をいつばいに浴びて、見 る事実を感じとってくれるに違いない。 知らぬ旅人がひとり立っていました。 その夜の月の明るさと言ったら、まるで蠑燭を百も一度につけた ようだったといいます。 見知らぬ旅人は言いました。 「旅で難儀をしております。水を一杯いただけませんか」 むかしむかし、この広い庄ノ内にもまだごくわずかの民家しかな旅人がとても疲れている様子なので宗左衛門は気の毒に思い、さ っそく裏〈行って水を大きな木の椀にいつばい入れて持って来てや かった頃のことです。 りました。 その頃の庄ノ内は田も今のようには多くなく、たくさんの小 ところが、旅人はそれをおしいただいてひとくち口に含むと、ゴ と、その間に自然のままの野原がひろがって、わがもの顔に歩きま わっているのは、狐や狸ゃうさぎなどのけものたちと、それを追うクリと呑みこんでから目を丸くして叫んだのです。 「これはおいしいお酒だ」 猟師だけでした。 だが、そうした野原に小川から水をひき、田を作って一生懸命稲宗左衛門は酒など与えた覚えがないので、キョトンとしていまし た。旅人はうまそうにゴク、ゴクと一気に残りを含みほし、 を育てようとしている働き者の百姓も何人かはいました。 いつの頃から庄ノ内へやって来て、小さな岡の上へ粗末な小屋を「こんなおいしいお酒ははじめてです。すみませんがもういつばい いただくわけにはいかないでしようか」 たてて住みついた宗左衛門もその一人です。 と重ねてねだります。 宗左衛門は一生懸命働いていました。すぐ北の酒田や鶴岡のあた 一石ころ長者