タイトル - みる会図書館


検索対象: SFマガジン 1973年4月号
9件見つかりました。

1. SFマガジン 1973年4月号

「スピリット」とびらべージ 「スピリット」の画面 ( 下 ) コミック・・フックに載った作品の場合 には、とびら。ヘージ ( これを、フラッシ ・ページというが ) の上部に、細く、 横長の空間が、とってある。これは、マ ンガ作法上の常識からいえば、明らか に、タイトル文字がおさまるべき空間で ある。ところが、そこは、故意に空白と なっている。ただ、時に応じて、赤とか 青とか黄色にぬられた、細長いフレーム があるたけで、実際のタイトルは、その 下の、広い空間のなかのデザインの一部 として、入れこまれているのだ。これは、相当のダンディれほど珍しいことではないが、故意に、タイトル用の空間 ズムではないか。タイトル文字を、いろいろ工夫をこらしを創っておきながら、そこを、あけつばなしにしておくと いうのは、そこで、〈都会化〉が、一次元進んだことにな てデザインするのは、 ( 特に、日本のコミックスでは ) そ 5 円に了 / ミしも 0 9 0 70 ー

2. SFマガジン 1973年4月号

「スピリット」の女 4 タイトルの工夫にも見られるように、アイスナーは、映 る。アイスナーの世界では、現実の人工化はここまで進め られ、すべてを、タイトル文字という、非現実の〈虚無〉画から多くのことを学んでいる。 へとささげてしまう。 「私は、映画と共に育ち、生きてきた。映画は、い タイトル用空間を残し、いわば、〈本文〉のなかにタイ私に影響を与えてくれた。ひところは、舞台劇に、とても トルを組み込む、いや、〈本文〉を、タイトルに奉仕させ関心があったから、ステージ・デザイナーになろうと思っ るーーアイスナ 1 は、この独自のスタイルのなかに、世界たこともある」 このことばは、彼が、コミックスを、自分の思いのまま を閉じこめてしまった。彼ほど、タイトルに凝ったコミッ コミックス界のスタイリストであつの舞台装置によって描きだすことのできる世界としてとら クスの作者はいない。 ( たとえば、郵便切手の図柄に、ス。ヒリットの姿がうえていて、「ス。ヒリット」のために、とくに、凝りに凝っ たステ 1 ジ・デザインを考えだしたのだということを説明 かび、それが、タイトルになる、という場合もあった ) している。それにしても、ずいぶんしゃれた都会のセッ 2 フリツツ・ラング を、マンガの世界に築きあげたものではないか。さらに、 映画について、彼は、語り続ける 「初期のマン・レイの映画には、とても興味があった。彼 の実験映画は、もう、何度見たかしれない。そのうち、映 画というものは、 . 要するに、一片のセルロイドの上のフレ イムにすぎないと思うようになった。。つまり、紙の上のフ レイムと、なんら異ることはないのだから、すぐに、コミ フィルム ックスは、紙による映画ということになる。ス。ヒリットを 描くのは、映画を創っているようなものだった。そのとき 私は、【役者であり、プ戸デュ 1 サーであり、脚本家、カメ ラマンなど、すべてを同時に行う機会を与えられたことに なる」 映画とアイスナーは、切っても切れない関係にあるが、 とりわけ映画におけるドイツ表現主義 ( 一九二〇年代 ) の 方法を、コミックスに応用した男として認められている。 いわば、彼は、コミックスにおける、フリツツ・ラング派 なのだ。暗い影と、不吉なアングル・ショッ下、暴力と恐 怖を示すグラフィックなクロ 1 ズ・アップ ( 「スビリット」 こ 0

3. SFマガジン 1973年4月号

by KOSEI 72 カ《ト☆水野良太郎 やつは、泥絵具の紙芝居よりも、もっとあかぬけていて、 すべてはタイトルからはじまる 敢えていえば、もっと軽くて、スマートなのだが、それ は、それだけ、オモチャ性が強いということかもしれな 映画というのは、結局は、タイトルが、すべてなのでは なし力と思うことがある。 紙芝居のほうは、近頃、はやらなくなっているけれど 映画館の客席が暗くなって、スクリーンに、その映画会も、私も、小学生の頃「黄金・ハット」なんか、夢中で見て 社のマークが映し出されると、もう、期待感でいつばいに いた覚えがある。あれも、もちろん、なんとも安つ。ほいも なって、わくわくする。この気持は、映画が好きな人たちので、それはいいのだけれど、映画と比べると、オモチャ なら、だれでも知っているはずだ。そのあとに、すぐタイの感じが少ない。・ とうしてなのかと考えてみたのだが、つ トル文字が出る場合もあるし、それまでに、しばらく時間まり、それは、映画は、ただ、パーフォレイションのある 一種の がかかる作品もあって、そのどちらでも、かまわないけれフィルムが、機械じかけでカタカタと動いていく、 ど、タイトル文字が、画面を走り出すと、さあ、紙芝居が高級 ( ? ) カラクリなのに、紙芝居のほうは、大のおとな はじまるぞ、という気分が盛りあがる。まあ、映画という : 、ほんとに、肉声をはりあげて説明しなくてはならない 連載コミックスの世界 続・スビリット き、 68 ー

4. SFマガジン 1973年4月号

1 % 6 年復刊版 ( 2 号 ) の表紙 ( 上 ) スビリット ( 下 ) ワ日、 ONY こ 0 工いつ / にペ′Ⅵ ( ミ 2 ミ ま •HO' 第、冖 ~ 00 どという文字が、白抜きのゆらゆらと、ゆらめく字体で現 からではないかしら、という気がしてきた。 ほんとに声をはりあげる、というところが、なんともなわれたとしたら、これは、もう、まちがいなく、オモチャ 冫冫し力なくなる。 まなましいんだな。どうしても、紙芝居のおじさんの生活だと考えないわけこよ、 というものが、見物している者に迫ってくる。その、ま稲垣足穂は、どこかで、「これからの映画は、タイトル だけになってしまうだろう」と書いていたような気がする あ、いじましさみたいなものが、紙芝居のよさだけれど、 けれど、そもそも、タルホは、活動写真のオモチャ性を、 それだけ、哀れでもあり、野暮になる。 ( 考えてみると、 した いつまでも、いわば、慕いつづけていることで、その青春 生きている人間がやっていることは、なんだって、哀しい があるのではないか。 のだが ) 映画は、そんな生活の匂いをとった、動くセルロイドの オモチャで、それだけに、生活を離れ、いわば、無責任に ウイル・アイスナーのコミックス「スビリット」に於て 見ることができる。その、映画のオモチャ性を、最も端的は、風景全体が、タイトル文字のために奉仕している。た に示しているのが、タイトルの部分だろう。たとえば、大とえば、うずまく水流が、うそ寒い夜の街灯が、ダマスカ まじめな表情の主人公の胸のあたりに、「世界の終り」なスの市場の建物全体が、新聞の見出しが、電報文字が、タ イトル・文 字を構成 する。「ス ッ ト」を読 む楽しみ のひとっ は、こん ど んな形 で、タイ 登場する のか、と いう占に 9 、をある。 を気

5. SFマガジン 1973年4月号

タイトル・べージ をには、恐怖にお ミックスに、真実味を与える不可欠の要素であることを 、ののく血走 0 た ( 表現主義の映画監督たちのように ) 心得ているのだっ 目のアップだけた。濡れた舗道に足音がひびく。枯葉が舞う墓地に立っ ~ 第のコマが、しば男。歩く彼を、ななめ上から見下ろしたショットに、スポ そう しば插入されットライトが当る。そんな照明は、現実には存在しない る ) これらが、それが、この舞台には必要な効果となれば、 ( それこ なが、「スビリッそマンガの自由なところで ) いくらでも描き加えた。 ト」の世界を、 こうした舞台装置のなかでは、人間の傷つきかたも、そ 、をッ他のコミックスして、死にかたも、効果が計算され、リアルになる。ダイ ちから、、、、 に比べて、ずつナミックな力のまっ正直なぶつかり合いを描くジャック・ とリアルにしてカービイの、熱気を帯び、火花がとび、画面が破裂するよ かな しる。ス。ヒリッ うな、・嬉しい単純さ ( それゆえに、大破壊のあとの哀しさ トが浮遊する舞を無意識に漂わせる ) を示すアクション画面と比べ、アイ 〕。台として、彼がスナーの暴力は、冷たく突 0 放して、ロング・シ = ットのな 作りあげた街と かで行われることが多い。それは、抒情的な、しかし、シ スカイライン、 ニカルな、暴力シーンである。甘美ですらあって、死に行 都会のセットは、彼独自の照明や擬音の使用によって、ネく者たちは、しばしば、自分の胸からしたたる赤い血を、 オ・リアリズムの効果をあげていく。 じっと見つめながら、息をひきとる。血が流れて、血だま アイスナーが、霧を描くと、そのページは、どんよりと りを作る。赤い血だまり。まあ、それは、ちょっと強引に にじんでくる。そして、雨。アイスナーは、雨が好きだ。結びつければ、鈴木清順の映画における血に似かよってい いつも、雨。〈スピリット〉というタイトル文字からも、 るといえようか。血ですら、なにか、スタイルを持ってい 水滴が、したたり落ちる・スビリットの青い帽子も、ぐっ ないといけないのだ。 ( 忘れないうちに言っておくと、 しよりと濡れている。コートのえりを立て、うそ寒い外灯「スビリット」はコミックス・コード制定以前の作品であ の、にぶい光のなかを、スビリットは、雨に打たれてひとって、現在のコミックスには考えられないほど、血が流さ り行く。 れる場面がある ) すえた匂いがしてきそうな安ホテルの部屋、雨に濡れた スビリットは、主人公ではあるけれども、案外、あっさ 舗道の冷たい感触ーーアイスナーは、そうした何気ない背りと、のされてしまう。ナイフで、ぐさりとやられる。ト 景、小道具を、さりげなく、実は、力をこめて描写する。 ラックにひかれる。レンガで頭を割られる。射たれる。も それらが、このとてつもなく荒唐無稽なミステリー活劇コちろん、しばらく後には、包帯姿で、また、登場するけれ 72 ~

6. SFマガジン 1973年4月号

抜 て刊行されている。・ほくがこの本を古書店でみつけた ( 大鯰 ) 遠からん者は地鳴 抛時、まず目についたのは「閻魔裁判鯰髯抜」のタイトル の音にも聞け。近くばよ 裁 もさることながら、サ・フ・タイトルの震災記念おとぎ歌 って、目にも蚯蚓の餌な 閻舞伎という文字だった。この震災記念になんとなく どには、とても掛からぬ 臭さを感じて買ってみた。 C ほくは、たいへん小心者な大鯰。この持前の大髯 ので、どうも立読みがでぎない。だから、いつでもペー を、一ト振り振れば家を ジをパラバラとめくっただけで買ってしまう ) こういう覆へし、二タ振り振れば 買いかたをすると、五回のうち四回までは期待はずれで蔵をたふす。まして去年 おおゆり がっかりするものなのだが、この本はちがった。期待ど の大震には、さしも文化 おりおもしろかったのだ。的要素の強い童話風歌舞を誇りたる、日本の都大 伎の脚本で、閻魔大王、髯右衛門、龍王、乙姫、浦島東京を只一日で粉徴塵、 太郎、はてはムカデ退治でその名も高い俵藤太まで登場再び元の武蔵野や、その する豪華キャスト作品だ。童話とのポーダーライン 月さへも草ならぬ、灰よ 上の作品といえるだろう。 ( 本当かな ? ) り出でて灰に入る、無惨 時は大震災からちょうど一年目。大鯰が大暴れをし な態にしてやった、安政 以上の手柄者、我と思は て、たくさんの人間の命を奪い、亡者を続々と地獄に送 りこんだため、地獄は近来にない大繁盛。三途の川の渡む奴ばらは、ちとあやか し賃だけでもレコード破りの収入があったので、閻魔大 っておれ様の、お髯の塵 をいただいて、貧棒ゆす 王は大喜び。 一一一一第・ ~ 、 ( ~ 一、感謝。意を表りでも「募、カ、力し おみす 右衛門を閻羅 と大見得を切る、鳴物にて御簾まき上がると、正面 に閻魔大王、左右には見る眼の左大臣、嗅ぐ鼻の右 ~ 、殿へ招待、大 《愛ヤを饗宴を開くこ 大臣、その他冥官、獄卒大勢居ならび御簾上る間、 。きま学ス 皆アリヤ / 、とはやす。 。とになった。 さっそうと髯 ( 大王 ) さて大鯰殿 ! 初めてのお入来故、出来る丈の 右衛門が登場もてなしは、必ず致す所存でござるが、この地獄の掟 して幕が上が として、何者にもあれこの所へ、初めて来る程の者 は、その娑婆での所行の程を善悪共にこの口から、親 三っ依ル い「 、つ - ヘリく、、

7. SFマガジン 1973年4月号

「スピリット」タイトル・べージ ( 上 ) 女にやられるスピリット ( 下 ) 籌 0 み餮一冫さをな 4 らないでくてしまおう」 ださい」ゴ セントラル・シティの警察署では、スビリット・ : カ身元 8 キプリが答不明の水死体のことで、首をかしげていた。「殺された男 えたから、 には、まったく身よりがないらしい。これも、また、迷宮 メキシコ人入りかそのとき、どこ きも は、肚をつからか、奇妙なメキシ ぶした。「あコなまりの英語で声が ナ ~ こしよ、しした。「ピート・グリ がないゴキフターが犯人だ。やっ ・フリだけ が、メキシコ人を殺し ~ ( 广、《 たましい ど、・魂は、 たんだ。かわいそう」 に ! 」「おかしいな、 」あるんだ。 一つい、空腹誰だ。この部屋には、 の余り、た ・ほくらのほかは、しオ べちまった いはずだ」ス。ヒリット - んですよ」 が、署長にいう。「と こうして、メキシコ人と、物言うゴキ・フリ、ラ・クカラ にカく、グリフターを、 チャとの旅がはじまったのである。メキシコ人は、この虫調べてみよう」 をつかって、ひと財産つくるつもりでいた。ところが、世立ちあがったスビリ ットは、足もとのゴキ の中は、うまくいかないもので、彼は、ダイヤモンド密輸 ・フリを、ふんづけてし の事件にまきこまれ、ある殺人の目撃者となってしまう。 まう。「また、ゴキ・フ 「つまり、こういうわけなのさ。おれは、ロが堅いから、 人殺しのことは、黙っているけど、このラ・クカラチャの リが出てきたな。あと やつは、真相をしゃべるかもしれない。五万ドルのダイヤで、殺虫剤を、まかな がからんだ事件のカギは、こいつが握ってるのさ」「なるくちゃ」かくして、真羲 ほど」レストランのおやじは、うなずくと、奥にはいる。犯人は捕ったが、謎の そこには、実は、メキシコ人が目撃した殺人犯人ビート・ 声の正体は、ついに不 グリフターが、かくれていたのだ。殺人犯は、ビストル明のままだったという で、メキシコ人を射ち殺してしまう。「死体は、河に沈め

8. SFマガジン 1973年4月号

表した。この時の聴衆の一人に、ソ連のサイエンス・フィクション私にコミッグ・ブックの面白さを教えました。三十歳で、サイエン・ についてのパネル・ディスカッションに一役買うため招聘されたレ ス・フィクションを読むことをならいました。そして五十三歳の今 ズ 日、彼らは私にソー。フ・オペラを見ることを教えたのであります」 リー・フィードラーがいた。フィードラーはこの会議に出席した 主流文学の世界からの客のなかの最大のビッグネームたったから、 フィードラーはつづけて、いま彼が大衆芸術の中での自己修練につ その彼が、パンシン夫妻の講演が終ると立ちょって、二人の話に全いてのエッセーを書いていることを打ちあけた。このエッセーは 面的に賛成だといったときには、会場に大きなどよめきが起ったも『国境を越えて間隙を埋めよ』というタイトルになるはずである。 のたった。 もしこうしたフィードラーの、現代文学の趨勢についての分析が 「ただ一つ不満をいわせてもらうならば、あなたがたの主張はまだ正しいとすれば、ジェラルド・・コンウェイという若い作家のキ 足りない」と、フィドラーは重ねていった。「あなたがたはまだ、高ャリアにも注目していいかもしれない。まだ二十歳にもなっていな いこの青年は、クイーンズのビショッ。フ・ライリー高校の二年の年 級な文学と、低級なものとを区別しようとしている。しかしこれは 、ら、コミック・・フックの世界では。フロの作家として書きつづけて 無意味な区別で、すでに誰一人信じてはいない等級的な区別の考えカ る。そしていまでは、マーヴェル・コミックス・グルー。フ ( デアデ 方に根ざした偏見です。今日の文学のすべての流れは、すべてのもい のを一つに抱合しようというように動いている。芸術としての文学ヴィル、ソア、スパイダ、ー・マン ) のために月四ないし五冊のスー ・ヒーローもののコミックを出し、年間一万五千ドルの収入を はもう死んだのだ。パルプ雑誌やコミック・・フックからの、ポツ。フ / 的材料の注入も、そうした意味から、小説を再生させようという試得ている。コンウェイは、自分の仕事を楽しんでやっている、とい ほくにとっておそらくこの時点では みです。アメリカの初期の作家たちは、自分のやっていることうが、それは、「コミックが、・ いちばん映画に近いもの」だからである。しかし、彼の文学的な興 の意味を知らなかったーー彼らは、世界が、もう過去のものになっ たと考えていた神話の材料に手をつけていたのです」 味は、もつばらサイエンス・フィクションに注がれている。コンウ その翌日、ソ連のサイエンス・フィクションについての討論の席ェイの最初の長編『真夜中のダンサー』は去年エース・・フック 上でフィ ー・ハックで出版され今までにすでに四万部を売りあげ ードラーは、文芸評論家たちが「いまや文学の大家然とし社からペー たロをきくことに汲々とすることをやめ、楽しみのために読むあらている。彼はいま第二冊を執筆中である。 ピルドウングスロマン ゆるものについて、個人的なレヴェルで話すことに努めなければな『真夜中のダンサー』はおそらく、教養小説に分類できるだろ らない」時が来たのだ、と主張した。フィードラーは自分が、サイう。この小説の若い主人公はワールドという名の惑星のある長の エンス・ ' フィクションを、かなり年配になってから知ったことを告息子だが、この惑星はかって恒星間旅行をした人々によって開拓さ 白してこういった。「私にサイエンス・フィクションを教えたのれたところだった。しかしいまその種族は原始的な狩猟・農業社会 にもどり、人間の住む他の宇宙については全く無知のまま暮らして は、私の子供たちであります。二十五歳になったとき、子供たちは

9. SFマガジン 1973年4月号

大正 13 年刊行詩集「火星」 時は去り だ。はじめての詩作は、一九一〇年あのハレー彗星が近 時は過ぎた づいた時という。その後、父親が実業家を望んだので、 あゝどれだけの時が 自然科学者をあきらめ早稲田大学商学部へ入学。やが あれから過ぎたのか て、マルキシズムに影響されたが、大正初期に勤皇社会 この詩に対するあなたの評価はいかがなものだろ主義と称する極右思想の社会主義者に方向を転じる。三 う。旧かな使いがいささか気になるが、それ以外は「現〇歳の時、日本医学の実状のおそまつを指摘、医者の資 代宇宙詩シリーズ」にも決してひけをとらないとぼくは格を持っていないにもかかわらず漢方療法をはじめ、こ 思うのだが。もっとも、ぼくは詩にかぎらず詩と名れを皇漢医学と称し、数多くの患者を治療した。さらに のつくものにはあまり強くないのでエラそうなことはい は絵画にも通じ、三冊の画集を自費出版。大正一三年処 えないが、この詩が大正八年の作というから、やはり注女詩集「火星」を刊行してから、昭和一六年までに漢方 目に価するだろう。 医学書、思想書など一三冊の著書を著わしている。あら 作者の紹介が遅れてしまったが、中山忠直という人ゆる分野の学問に通じた人だ。もともと、詩人として生 だ。現在の界はもちろん、文学界・詩界からもまつ計をたてていた人ではなく、数多い著書の中でも、詩集 は二冊しかだしていないので、見逃がされてきたのだろ たく無視されている人で、・ほくの手元にある資料でもあ まり詳しいことはわからない。 う。太平洋戦争の敗戦がなければ、もう少し後世に名を 明治二八年 ( 一八九五 ) 日清戦争終結の年に金沢の教残した人ではなかったろうか。 師の息子「地球を弔ふ」は昭和一三年 ( 書物展望社刊 ) の第二詩 鑄鬟 3 を第、ま。 ( 「、、を鑿蕊第、」第として生集の表題作だ。この詩集は収録されている一一篇のうち 、」第まれる。半数以上が詩という、古典ファンにはまことに 第五歳の時貴重な本。ただし、二〇〇部の限定版なので、実物には には、もなかなかお目にかかりにくい。ただ、翌一四年に内部が う天体に一部変更された普及版がでており、このほうが入手しゃ 興味を持すいようだ。 ー手ちはじ驚くべきはこの極右思想の著者の同著の英語版が、昭 め、一二和一六年四月、太平洋戦争勃発直前に刊行されているこ 、」、 = 歳で自然とだ。英語版タイトルは「 AN ELEGY ON THE 科学者に EARTH 」、出版元はごそんじ丸善。価格五 ドル。限定 なること版のほうのほぼ忠実な英語訳で、巻末には著者の日本画 を曩をい ( を ~ ー第きを、社いをい」 ( ま , に編に ~ を望ん十数葉が高級ア 1 ト紙で収録されている。この装幀がま 著啓、いミ中 : : 709 ・