ハット - みる会図書館


検索対象: SFマガジン 1973年4月号
29件見つかりました。

1. SFマガジン 1973年4月号

めがいくつもよせかけてあった・ とポーディは、大声で叫んだ・ 「寄らないか」 容器が、低くカチッと音をたてた・ロをつけたが、おもっていた ほど、うまいものではなかった。 と、アルハットがさそった。 「でも : : : 」 アルハットは、一杯目をひと息でのみほすと、ロのまわりについ た泡を手の甲でぬぐい、 . 「おやじツ」と怒鳴った。振りむいたおや 「まあ、つきあえ。お前もそろそろ大人なんだから」 「じゃあ」ポーディはおもいきっていった。「ごちそうになりまじは、代りを持ってきた・ す。いや、おれが先生におごります」 「どうですか・新しい酒は。先生に教わったとおりやったんです アルハットは目だけで笑った。そして、 が」 「悪くはない。が、まだ早いな・もう少したっとうまくなるぞ・器 「こいつ、わたしの懐工合をちゃんと知ってやがる : : : 」 二人は、店のすみへいって坐った。火干煉瓦のテープルと椅子械の具合はどうかね」 がいくつもある。いつものむものがきまっているのか、店のおや「おかげ様で。手間が半分にへって助かっています」 じが頼みをしないのに、酒を運んできた。店内は混雑している・立 ポーディにも事情がわかってきた・ っている者も、坐っている者も、にぎやかだった。 「先生って、何でも知ってるんですね」 「まあな。ポーディ、腹がへったろう」 ポーディは、急いで銭を数えて、机の上においた。・、、、 カおやじは 手を振った。 「はい、すごく」 「いいんだよ。ポーディ」 「ちょっと、まってろ」 っこ 0 アルハットは、席を立っと、店先でやいていた串ざしの焼肉を山 と、アルハット : 力し十ー 盛り持ってきた。 「でも先生、今夜はおれが : : : 」 「お前はこの方がいいだろう」 しいのさ」 「いいんだよ、ポーディ」と酒場のおやじもいって銭をおしもど「そうですね」 ただ ポーディは、遠慮しなかった。 す。「先生は、無料なんだ」 やがて店を出たが月が昇っていた。星空も輝いていた・村外れの 「へえ : : : 」 家の前までくると、アルハットはたちどまった。着物の前をめくる 「じゃ、乾杯だ」 と、荒野へむかって放尿しはじめた。 一人前になったような気がして、 「お前もしないか」 「乾杯ツ」 さそわれて、ポーディはアルハットの横に並んだ・前を開いて勢 しいかんじだった・

2. SFマガジン 1973年4月号

よくほとばしらせると、男同士の共感みたいなものがわいてきた。 言葉をききわける仕掛でもあるのか、壁がもやもやと薄れはじめ すっかり、親しくなったような気がしていた。 た。その中に、彼の姿がすーと消えた。 「きれいな夜空ですね」 と、壁の裏側は荒野であるはずなのに、まばゆい光の通路がある 「ああ、きれいだ。けどな、ただきれいだとおもってすませるのはのだった。何か次元の異なる鏡の筒のような道だった。アルハット 女のすることだよ。ポーディ、男の子は星についての色みな知識をの姿が、無限に映っている。ただ映っているのではなくて、ゆらめ 知ろうとしなければいけない」 くように実在しているのだった。その無数の映像に、次々と、あた かも乗り移っていくように、像が光りかがやき点減していく : 「たとえば、道に迷ったとき方角を知るとか」 「そうだ。星の位置で穀物の種をまいたり 、刈り入れをする時期を光のトンネルは、どこへ通じていくのだろうか。というよりは、 知ることもできる。そうした実際に役立っ知識の他にも、星を観て無数の光の部屋が何次元的にもつながっているようでさえあった・ アルハットには、そのひとつひとつの部屋の見分けがつくらしく、 いると、この世界の仕組がわかってくるんたよ」 この部屋の多次元的な迷路を、ためらわずに移り越えていくのだっ ・ : 」ポーディは黙ってきいている。 こ 0 「広いなあ : : : 。宇宙の広さとくらべると我々なんてあっても無い と、紫色の小部屋が、忽然とそこにあり、紫の布をまとった女性 のとおんなじだ、という気がしてくる : : : 」 「ええ」ポーディは、。ほっつりとこたえた 9 が、まるで彼女にだけみえる鏡にむかっているように、髪をすいて 「ポーディ。心を開いてごらん。すると、星の語りかけてくる言葉いた。 がわかるよ」 「だれ。ああ、お前ね」背後にも目があるように、右手にもったく どうも、アルハットは、自分にいいきかせているみたいだった。 しの動きをやすめずに、その高貴そうな女性がいった・「よい報せ が、ポーディにもよくわかるのたった。 を持ってきてくれましたか」 「じゃあ、おやすみー 「はい、女皇陛下様陛下のお子たちのことで : : : 」 「おやすみなさい 「無事でしたか。それはよかった。あの子たちは、いまどこにどう ポーディは、ト屋の入口に消えたアルハットを見送ると、踵をか していますか。アガよりの報せで、蓮華船の街に流れついたことま えした。夜道をあるきながら、ほんとうに変なんたと、あらためてではわかっていたのですが : : : 」 おもっていた。 「それが、陛下。ォルジー様は、あの大浅海の岸辺より旅立たれて 白い崖へ」 「白い崖 ? では : : : 」 「はい。対岸のソルティの街の河が流れ込む大内海の : : : 」 一方、アルハットは、小屋にかんぬきを掛け、小屋の一隅にむか って立っていた。何か呪文のようなものをとなえた。すると、その 7 3 ・

3. SFマガジン 1973年4月号

の誰かのやはりお前同様に夢の中の存在なのかもしない。い や、こ夢を観るのであった。夢の中で彼は、光の迷路のような道をとおっ の現実が、何者かの夢の世界たったとしよう。が、その者が、目覚て、鏡の中の国へいくのだった。他にも、アルセロナという名の石 めた場所が、また、夢であることもありうるわけだ。そんなふうの街や、浅海に浮かぶ白い街をかい間みたりする。夢の中で、時空 に、夢また夢。そのまた夢、夢の夢と無限につづいていくこともあの彼方へ、そしてありえないような、様々なその他の街へよく旅す りうるかもしれない。 とするならば、こうして現象している″世るのであった。彼は、それが、長者の家の壁画の中の世界だという 界″とよ、、 。しったい何なのだろうか。 ことに薄々と気づいている。 「むずかしくてわかりませんよ。先生」 が、なぜ、そうした夢をひんばんにみるのだろうか。意識が睡眠 ポーディは、とうとう音をあげてしまった。 状態に入ったとき、何か、忘れていた部分がよみがえってくるのだ ろうか。 「ごめん、ごめん」と、アルハットはいった。しかし、その瞳は、 深く沈みこんでいた。 それにしても、あの少年や自分の夢に、共通した部分があるのは なぜだろうか。いや、ちよくちよく村の者たちと夢の話をするが それから二人は、並んで、帰途についた。道々も、アルハットは 話しつづけていた。彼と別かれて、ポーディは、小屋へもどる。 おもいがけなく一致している部分があって、驚くのであった。 臥床にもぐりこんでからも、その話が耳に残っていた。 すると、村人たち全員に共通している何か、ある過去の記憶があ アルハットは「この世がだれかの夢にちがいない」というのだつるのかもしれない。が、この村人たち全体に類型的な記憶の正体と た。「そうしなければ、この世界の色々な不思議な事柄が説明できは、何なのであろうか。 ぬ」といテのである。 色々と考えてみるがわからない。そして、不意に、ふっと、だ、 たとえばい″世界″がそうなのだ。なぜあのようなものが、天たい生物が、覚醒状態にあること自体が、異常なことなのかもしれ ない、などとおもったりしていた。 高くそびえているのだろうか。また、長者の家の壁画の意味がわか ドつよ、 0. むしろ意識とは、睡っている状態の方こそ自然なのかもしれな 。現に、胎児はむろんのこと、生まれたばかりの赤ん坊は、睡っ そうした様々な世界の不思議も、もしこの世が何者かの夢の世界 てばかりいるではないか。この睡っている状態の方が、生物にとっ であるとすれば、容易に説明できる。 ては正常なので、生物にとっては、醒めている状態の方が、特異な でも、しかし、いったいその者とはだれなのであろうか。 むろん考えたところでわかるはすはない。 : ホ 1 ディは、知らぬう場合といえるのかもしれない。 ちに眠っていた。 とするならば、意識の目覚めとよ、、 しったい何を意味しているの だろう。第一、意識とはいったい、どこに目醒めたのであろう。 同じころ ( アルハットも臥床に身を横たえていた。彼自身もよく意識は、その大いなる何者かの大いなる夢の中に目醒めたのだろ 4

4. SFマガジン 1973年4月号

が、ここに存在しているのか、それが解けずにいた」 「きのう、先生の背中をながしてあげたでしよう」 「いや、お前のおかげで、やっと、いま、わかったような気がする 「そうかなあ。じゃあ、先生。きのう、先生とむかいの酒場にいっ よ」 たね、おれ」 「いや、ポーディ。ちょっとおかしくなっているみたいだそ。湯気といって、アル ( ットはひとりで幾度もうなずいている。 「すると、あっちのアルハットさんは、一体だれなのかなあ」 にあたったんしゃないのかね。どうだい、詳しく話してみないか。 「夢の中のわたしということになるな。が、その人物と、一度、逢 相談にのってもいいんだよ」 ってみたいもんだ」 「ええ、 ・ : けど」 「そりや、無理だよ、先生」 ・ホーディはためらっていた。 「まあ、そうだな」 すると、昨日の出来事からして夢の中だったのだろうか。あのア アルハットは大声で笑うと、また真面目顔になって腕ぐみした。 ル ( ットは夢の世界のアルハットだったのか。背中を流してやり、 「先生、まだ何か考えているの」 酒場へいったあの人は。 「うん。お前たって、そうすると、あっちのお前とは逢えないわけ がのそきこむようにい 「何をつぶやいているのだ」と、アルハット だな」 った。「夢、夢っていったい何のことだね」 「そうですよ。もちろん」 「別に。たた、おれ、ずうっと夢の中にいたらしいんだ。ああー 「じゃ、おあいこだ。いやこれは面白いな」 あ、何がなんたかわからなくなってきた」 「なん「ちっとも」 「ああ、そうか」といって、そのアルハットはうなずいた。 カ先生はかまわずにいう。 ・ホーディは鼻をならした。・、、 た、そうだったのか」 「お前の夢の中のお前がまた夢をみるとする。すると、夢の中のお こんどは、先生の方がおかしくなってい 「変んだよ。先生ッ : 前は、夢の中のお前が夢みたお前とも逢えないことになる。また、 るみたいだ」 「いや、ポーディ。ちっとも変になってはいないよ。わたしがなぜその夢の中のお前が夢みたお前が夢をみるとすると : : : 」 ここにいるのか、以前から考えていてわからなかったんだけれど「先生、こんがらがってきましたよ」 「うん。しかしだ、とすると、お互い同士が知らないお前が、無数 も、いま、やっとわかったよ」 にいることにもなるんだなあ。いや、現にいまわたしの目の前にい 「以前って、先生」 「ずっと前からさ。記憶のとどく限りず「と前からさ。わたしにるお前だって、だれかが夢みている世界のお前なのかもしれない。 は、ここに自分のいる理由がわからなかったんだ。な・せ、わたしすると、お前といま一諸にいるわたし自身は何者なのだろうか。そ 2

5. SFマガジン 1973年4月号

「″白い環のことですか」 ちがいありません」 カ重い口 3 陛下と呼ばれた髪すく女性は、しばらく考えていた。 : 、 をひらく。 「すると、わたしを探し求めて、はるばる時空の旅を : : : 」 「さあ、それはわかりかねます。あるいは、我らが背後のある意志 ・、、はたしてよいことかどうか、少 フ世界″の意味を教えることカ あるものが、何事かのために : : : 」 なからずためらいますが、しかしやむえないでしようね。わたしの 「かもしれません。しかし、できることなれば、逢ってやりたい」従者セビアの″陰″もあちらにおりますゆえ、わたしの″陰″を助 けてくれることでしよう。が、アルハット。はたしてうまくいくも 「が、かないませぬ。陛下 : : : 」 「そうですね。せつかく″時の葦舟″にのって、はるばるやってくのやら : : : 」 るというのに。アルハット、何かよい思案でもありませぬか」 が、わたしの感ずるところで 「わかりませぬ、わたしにも・ : すれにしても は、まもなく白いあの船が″白い環″に参るはず。い・ 「鏡のむこう側の世界へ働きかける手段でもあれば」 あちらの使者がそこへいくでしよう。そのとき何がおこるか」 「それは名案。わたしの″陰″が、ほら、あちらにおります」 「おお、あの左利の女性ですね」 「お前は、はや知っておるのでしよう」 「はい 9 何者かの夢想した事柄が、数枚の壁画の中に描かれておる 「が、どうして連絡したらよいものやら」 のです」 「わたしが参りましよう」 「おや。まるで我々は、物語作者の夢想する世界の、登場人物では 「お前が ? 」 「ま、、ほらごらんください。わたしの″陰″は、あちらには映りありませんか。我々は、一切の運命を、彼によって支配される : : : 」 高貴な女性は、また静かに笑った。ものうげに、鏡のむこうに瞳 ません。わたしは、この鏡の内側の世界には所属せぬゆえ」 「おお、お前の能力を忘れておりました。お前ならば、この鏡の世をさまよわせる。 「そして、その使者は、おのれと刺しちがえるのです」 界より出て、対岸へ渡ることができますね」 「その短剣は、オリハルコンでは ? 」 「そうです、陛下」 オリハルコンの剣が、おのれの″陰″と重なりあったと 「が、さそ、″陰たちは、鏡よりあらわれたお前をみて、驚くこ き」 とでしようね」 「・ : : ・秘められたる内なる力が、解放される。″鏡は崩壊し、消 「はい。されば、時空旅行者とでも名乗ることにいたします」とい って、アルハットは静かに笑った。「いささか″世界″の真相を伝減やもしれぬ : : : 」 その女性の眉が、かすかにゆがんだ。 えて、″陰たちに彼らの在る意味を教えましよう。むろん多くの 「で、わがいとし児はどうなるのでしようか」 者どもは理解せぬでしようが、陛下の″陰″は、一切を悟られるに

6. SFマガジン 1973年4月号

「それはおかしいよ。アジタ。だってさ、君と壁画の前であってか そして ・。どろう」 らずっと一諸で : ようやくボ 1 ディにも、長者の館の異様な広さがのみこめてい 「そおかしら。あたしは、あんたこそ夢の中の人とばかりおもって た。館の外と内とでは、何か広さを支配している規則が異なってい いたわ」 るみたいだ。何といったらよいだろうか。が、館を外から眺めてい るときの感じでは、とても想像できぬような広さが、その内側にあ「そんなはずないよ。おれ、ちゃんと起きてるよ」 るのだった。 「そんなはずはないわよ。ここは、夢の世界よ。あたしは夢みてる 幾つもの大きな天井の高い部屋部屋をとおりぬけていったが、不のよ。あんたは夢の中の人よ」 二人はいい争って、はてしがない。いつまでも・ : 意に、前と同じ部屋にきていることに、ポーディは気づいた。 「なんだ。ぐるぐるまわっているんじゃないか」 と、だまされたような気持になっていった。 「ちがうわよ。前とはちがうわよ」 「どうしたい、ポーディ。だれかに叱られでもしたのかい」 「どこが、ちがうのさ」 「いや」 「ほら、あそこにわたしたちがいるじゃない」 「じゃあ、なぜ浮かぬ顔をしている」 「うん」 ポ 1 ディは目を丸くした。。そこに、彼自身とアジタが仲良く並ん「ああ、アルハットさんか」 ポーディは、はじめて我にかえっていた。 で、世界儀を眺めているのだった。 「背中を流しましようか」 「でしよう」 と、アジタが自分の正しさを証明するようにいう。 いよ」 村の共同浴場の中である。湯気の中で、裸の村人たちが、笑いざ 「まるで、夢みたいだ」 ポーディは正直にいった。すると、アジタが、 わめいていた。 「アルハットさん。おれ、ずっと、ここにいましたか」 「どっちが」 「いたよ。それがどうしたんだ」 と尋ねる。 「おれ、いま、先生の背中を流さなかった」 「むろん、むこうがさ。だってそうだろう。むこうが夢なのさ」 「いや」 が、「ちがうわ」とアジタの意外な返事がかえってくるのだっ こ 0 「じゃあ、やつばりきのうだったんだ」 「ポーディ。きのうってなんのことだい」 「こっちが夢よ」 3

7. SFマガジン 1973年4月号

めてこの壁画をみる人のように、しげしげと鮮やかなその画を眺め 「あんた、本当は知ってんでしよ。隠さないで教えてよ」 るのだった。「けどさ。何のことなの、ぜんぜんあたしには、わか 2 「本当なんです」ポーディは、困りはてていた。「でも : : : 」 「でも、何さ」 らないわ」 「前に、アルハットさんが教えてくれたことがあるんです。この壁「無理ないですよ。アルハットさんだって、そうなんだから・あの 人、すごく色々なことを知っている人だけどさ、それでもわからな 画のことを : ・ : こ 「誰なの、その人は」 い」 「へえ : : : 。ずいぶん、彼の肩を持つのね。尊敬しているの」 「村外れで、おかしなことばかりしている人だけど : : : 」 「ええ、してますよ。村の人はみんなして、馬鹿にしてるけど」 「ああ、それなら知ってる。あの変人ね」彼女は大声をだした。 「あの人が、あんたの先生ってわけ。それなら納得がいくわ。だっ 「うーん」と彼女はまたうなずいた。「でも、わかんないんじゃ、 しようがないでしよう」 てさ、あんた方、どことなく似かよっているもの」 「そうかなあ」ポーディは首をすくめた。「よく知ってるみたいで「いや、少しはわかる : : : 」 すね、あの人のことを」 「なにさ。もったいつけてさ。さっさと、話してよ」 「うん。たまに、父上のところへくるの。いやちよくちよくだな。 アジタは、改めてこの壁画にえらく興味を抱いたふうだった。 あたしをみかけると、しげしげと視るのよ。いやったらしいくらい 「アルハットさんの考えでは : : : 」 ポーディは、そこでちょっとばかり息をついた。何か、大切な秘 「まさか」とポーディは抗議するようにいった。「あの人は、そん密を、自分だけがアルハットと共有していて、それを話してやるこ とが、すごく得意な気持だったのだ。 な人じゃありませんよ」 「だって、そうなんだもの。でもさ、あの人、土地の測量だとか暦「さあ、早くうツ」 をつくるときなんか、普段はあんなでもさ、なかなか役に立つんだ アジタは、また、つないでいた手を強く引いて催促した。 って。父上がいっていたわ」 「せかさないでくださいよ」 「そうですよ。アルハットさんは、見かけとはちがって、本当はす彼は、少し大胆となり、そっと手の掌に力をこめてにぎりかえし ていた。アジタは、気づかぬふりをしている。横顔が、じっと壁画 ごーく、偉い人なんだ : : : 」と、ポ 1 ディは得意気にいった。 へむけられていた。 「彼は、なんて教えてくれたのさ」 ポーディはいった。「これはね。五つの物語で構成されているん 「この壁画はね、絵物語にちがいないって。きっと、大昔に起った 出来事を、絵でもっていい表わしたものらしいって : : : 」 「ふーん。ぜんぜん知らなかったわ」といって、彼女はまるではじ「そんなの、わかってるわ。だって、壁画の数は五つだもの」

8. SFマガジン 1973年4月号

に海底に沈んだはず」 みれば、何か越えがたい窓ごしに眺めるように、谷間のタ陽が、 「しいえ・″砂時計冫 ま、アルセナに移されておりました。石鐘その夢のなかの部屋に射しいっていた。 楼の頂に据えられて、それは : : : 」 「では、参ります。此の岸の向う側へ、彼の岸へ : : : 」 アルハットは、次元の壁を越えて消えていった・・ 「それが、時を支配する装置であることを、セミラミスは知ってい ましたか」 、え、陛下以上にあの方は、″砂時計〃の秘密に気づい そこで、ポーディは目醒めていた。まだ夜明前である・きっと、 ておられた御様子でした」 長者の娘とあの壁画をみたためだった。その印象が、いつもみる蓮 ともおもっていた・ 華の街と同様、あらわれたにちがいない、 「にお : : : 」 紫布の女性は、嘆息するようにつぶやいた・ 起きだすにはまだ早い。ポーディは、枯草の中にもぐりなおし 「陛下、実はわたし自身、セミラミス様の知力におどろいたのでごて、・ほんやりとしている。と、一旦さめたのに、ポーディは、また ざいます。教えられてはたとひらめくものがあり、夜更に昇ってみまどろみの中におちていた。 ました。その石鐘楼の上に : : : 。陛下、あれは、無限へ流れる時を今度みたのは、アジタの夢であった・二人で、あの壁画の前に立 くぎりとって、人為に反転させる装置であったのでございます」 っていると、彼女はそのひとつを指して、しきりに、その画の中へ いこうとさそうのであった。 「陛下。時がある時点より逆転して流れはじめるのです。が、その 「そんなことが、できるわけがない」 と、彼がいっている。 極限・のとき、何が起こるのか : : : 」 「流れが、そのむきかえるその″瞬時″のときですね」 「いや、できるわよ。いらっしゃいよ」 せかされるが、彼は尻ごみしている・ 「そうです。ゆるやかな時の流れが、次第に速度をまし、やがて無 「なにさ、男のくせに弱虫ね」 限なる極限へ到る」 「時の流れの中に組みこまれたあらゆる存在は、そのときどのよう といって、アジタは一人でどんどん中へ進んでいってしまう・ 「おおー に意味をかえられるのか」と女皇は、息をとぎるように尋ねてい まってよ。まってよ、アジタ」 彼は、あとを追おうとして、壁の面ではじきとばされ、尻もちを た。「お前には、おわかりでしよう」 「存在するものは″虚 4 なるものとなります。対岸のソルティの街ついている。壁画は、まだ現われていないはずの六番目の画で、は の〃陰たちが、″虚にすぎぬ像であるのと、また意味を異にしつきりと浮き出しているのであった 9 て、いや同じことかもしれませんが : : : 」 たしかにそれは画かれていた。が、二度目に目覚めたときは、何 アルハットも言葉をとぎらせるのだった。 もお・ほえていなかった・ 9

9. SFマガジン 1973年4月号

るのでいつでもたやすく彫塑できる人間像である。一夜の終りを老死神あまりにも遅すぎた。そう、お前さんは自動車事故を起こ して愛しい者たちに二重に保険金を残す計画を立てた。おまえは地 哲人と過ごすことは常に結構なことである。 宇宙の白線が薄れようとしていた。 ( イニーは舵を取って船を線点まで選んでいたが、勇気がおまえを失敗させたのだ。 に近づける。パパのお話とは違って猫が戻ってこなかったことを思ゴット ( 呶鳴り散らす ) お前に教えてやろう、このわしはゴッ くそ トフリ 1 トであるだけではなくへルムートでもあるのだそ い出す。 カリッジ ジェーンは繋がれずに″こどものいえ″から飛び去って行く子供度胸のアドラー様だ ! 哲人 ( 困惑するが会話を維持しようと努めて ) まことに空威張 たちの上に鉛筆をさまよわせる。子供たちの一人が月を蹴上げる。 哲人 ( ごわごわした寛衣を整えて欠伸をする ) 今宵の饗宴のりの綽名ですな。 死神そのくそ度胸が峡谷の縁でおまえをしくじらせたのだ。 話題は、かの広漠にしてすべてを包含せるもの、″空〃じゃよ。 ( 親指がなく黒い冬の枯枝のような三本指の手でゴットを指して ) ゴット ( へり下って ) ″空″ ? それは興味深いものですな。 おまえは今、死にたいか ? 近頃わたしはそれに没入したいと思っておりますよ。わたしは生に ゴット ( 目に見えて黒ずむ ) 臆病者は幾度も死す。 ( 全くの暗 は倦きました。 微笑を浮かべた不明瞭な黒いされこうべが、哲人と共に大略の形闇の中でマティ = 水の最後の一口を呑み干す ) 豪傑の味わう死は を整えて、哲人の肩越しに眺めていたが、やがて佝僂の黒い骨格を一度だ。シーザー し力に 死神 ( 闇の声 ) 臆病者め。まだわしに説教しおるわ 伸び上がらせる。 おまえがわしを貧相に形造ろうと、わしは正真の死神なのだそ 死神 ( 静かにゴットに ) まことかね ? ゴット ( 大いに震えるが、表面はとりつくろって ) 今夜は黒いおまえの他にも旅に出ておる者は大勢おるわ。更に長い旅をする者 刺激のようだ。白い骸骨さえ作れない。崩壊せよ、汝ら両名。おまもな。″空″への旅だ。 イム・フリシス 哲人 ( 別な声 ) うむ、左様、″空″じゃ。最初に えたちも人生とほとんど同じくらい退屈だ。 死神まことかね ? もしあんたが笠貝のように人生に執着して死神静寂。 いないのであれば、ナショナル・モーターズを馘になった時、自動大いなる忠順な静寂の中で、ゴットはソフアの背後から剥き出し の床を横切ってハイニーの宇宙船に向かう死神の緩慢なコッコッと 車衝突して妻や子に保険金を残したはずだ。 いう足音を耳にする。ゴットは闇の中で伸び上がり、己れの心にし ゴット ( ヒステリックな冷静さで ) 多分わたしはおまえを真鍮 がみつく かアルミニウムで鋳造すべきだったのだろうな。そうしておれば、 ジェーンも緩慢なコッコツを耳にした。それは台所の時計が刻む 5 少なくとも事態を輝しいものにしてくれるのにな。だが今では遅す 音。「今だ。今だ。今だ。今だ」 ぎる。速やかに崩壊して一かけらの残滓も残すな。 シンポジウム ヘルズ・

10. SFマガジン 1973年4月号

by KOSEI 72 カ《ト☆水野良太郎 やつは、泥絵具の紙芝居よりも、もっとあかぬけていて、 すべてはタイトルからはじまる 敢えていえば、もっと軽くて、スマートなのだが、それ は、それだけ、オモチャ性が強いということかもしれな 映画というのは、結局は、タイトルが、すべてなのでは なし力と思うことがある。 紙芝居のほうは、近頃、はやらなくなっているけれど 映画館の客席が暗くなって、スクリーンに、その映画会も、私も、小学生の頃「黄金・ハット」なんか、夢中で見て 社のマークが映し出されると、もう、期待感でいつばいに いた覚えがある。あれも、もちろん、なんとも安つ。ほいも なって、わくわくする。この気持は、映画が好きな人たちので、それはいいのだけれど、映画と比べると、オモチャ なら、だれでも知っているはずだ。そのあとに、すぐタイの感じが少ない。・ とうしてなのかと考えてみたのだが、つ トル文字が出る場合もあるし、それまでに、しばらく時間まり、それは、映画は、ただ、パーフォレイションのある 一種の がかかる作品もあって、そのどちらでも、かまわないけれフィルムが、機械じかけでカタカタと動いていく、 ど、タイトル文字が、画面を走り出すと、さあ、紙芝居が高級 ( ? ) カラクリなのに、紙芝居のほうは、大のおとな はじまるぞ、という気分が盛りあがる。まあ、映画という : 、ほんとに、肉声をはりあげて説明しなくてはならない 連載コミックスの世界 続・スビリット き、 68 ー