彼女は泣きやみ、ポャッとした目つきでかれを見つめた。そしなし、ってね。ちょっかいだそうもんなら、おれたちは一巻のおわ て、説明するような口調でいった。「最初にかれがグニャグニャッ りでさあーーーやつらがドウーランになにをやったか、わたしやこれ となって , ーー・それから、あれが落ちたの」・フロードリックは胸がわだけでもうたくさん。ひきどきは心得てるつもりですよ」 るくなり、彼女から手をはなした。グラフーズの腕をとって通り「そうだ」グラフ、ーズはいった。「きみにや気の毒をしたな。ド を歩み去っていくとき、彼女がワッとヒステリックに泣きだしたのウーランはまるでなにも知ーーー」かれはフワッとテープルの上につ をもうろうとしてきいていた。 つぶした。・フードリックは長いあいだかれを見つめていたが、や その夜、リ・ハー サイド・ドライプのとあるところで、探偵はきつがて酒の残りをガ・フのみすると、依頼人の肩をこづいた。 ばりといった。「こいつは子供じみたごまかしみたいなもんだとわ グラフューズがもがきながら身をおこす。 かってはいますがね、わたしは今夜は酔っ払いますよ。だって、ド 「火星人どもの」甲高い声でわめいた。「かさかさの、きたねえ、 くせ ゥーランにはことのほか愛着をもっていたんだから。やっこさんだ臭え火星ーーー」 って、こいつがうってつけのたむけだとわかってくれるでしよう「まあ、まあ、まあ」探偵はいった。かれは、近くのテープルにひ よ」 とりきりですわっている女を見た。女が誘いこむような笑みを浮か 「かれはかれなりに、野蛮人の典型として完璧の顔つきをしていたべてかれを見かえした。 な」グラフューズはしみじみいった。「もっと昔の、万事おおまか グラフューズは、ふたりの視線の交換を考えこむようにして見守 だった時代であれば、かれもなにかの神でいられたろうに。わたしっていた。「彼女に近づくな」と、ついにいった。「火星人のひと もいくよ、かまわなかったらね」 りかもしれんーー・やつらはきたねえ いうもおそましい化物 ふたりは、中国風のムードただよう店でいまは亡い鉄人のため死にそこないの世界の、ミイラみたいな怪物だ」はすかいに、また に、しめやかに酒をのみ、それからみこしをあげて通りをくだってテー・フルにつっぷした。 しった。プロードリックは真夜中あたりには相当いい調子になって そのとき、まるでテントのくいを打ちこむ大木づちになにか巻い したが、つぶれちゃいけない、いけないと思ってずいぶんと自制したものでガッンとぶんなぐられでもしたように、プロードリックに ていたのだった。 どっと酔いがまわってきた。かれは酒場のお客のあいだをねり歩い やっと、おだやかに意見をのべたのはグラフ = 】ズのほうだって、異様なほど丁重な調子で「赤い惑星からきた、羽のある小っこ た。「かれらは脅威だよ。これからどうしたものかな ? 」 いお友だち」にたいするかれらのいつわらざる気持ちを、ギャラッ プロードリックは、スプリングフィードからきた男がなんのこと。フの世論調査よろしくたずねまわっているのをお・ほえていた。 をいっているのかはっきりわかっていた。まわらぬ呂律でかれは答かれがスケリーの〈スキッティ・、 / ウス〉であばれまわったのが 5 えた。「やつらから遠ざかってたほうがいい。 さわらぬ神にたたりまずかった。スケリーはつまりこの店の店主であり、カッとなりに
地からすれば いいかね、かれらは進歩しているんだーーーわれわったく愉快な話ですな、こいつは。で、おたくがその集団生活をし れ人類が軍備をもち、略奪を好む種族であるかぎり、われわれの前 ている火星人たちと会った理由はなになにです、きかせていただけ へのこのこ姿を現わしたりするのは愚の骨頂だからね。知能の発達ればのことですがね ? 」 わら しているものなら、そんな危険はおかさない 「好奇心のため、とでもいうのかな」グラフューズは微笑った。 「で、いつごろからそんなエ合なんです ? 」・フードリックは興奮「あるいは、エゴが嵩じたため、とでもいうか。でなきや、ただわ してそうきいた。 たしの理論をたしかめてみたいだけ、といってもいいだろう」 「そうですか」と・フロードリック。「ところで、当所としてはです 「火星の地質から判断して、数百年以前からだろう」グラフュ 1 ズ は夢見るような顔つきで答えた。「以来かれらは観察し、じっと待ね、次のようなサービスをさせていただけるんですが。まず第一 ボデーガードですーーー例のあの、表にいるアイアン・マン。か 「かれらのことを説明できるとおっしゃいましたね ? 」探偵はびしれの必要があるとお考えで ? 」 「せん・せんないね、その必要は」ス。フリングフィールドの男はいっ やりといった。「どんな外見をしているんです ? 」 た。「火星人が暴力に訴えるといった、恥ずべき行為にでるなどと 「かれらの外見についてはなにも説明することはできない」ふたた しいかね、かれらは知能的に進んでいるんた」 び現実にもどると、グラフ = ーズはいった。「しかし、かれらはだ考えてはいかんよ。 「いや、いや。なにもべつに無理におすすめしているわけでは : いたいこんなエ合ではないだろうかー・ー普通の外見をした人々の集 ・ : 」探偵はいった。「じや二番め、大きな新聞社や雑誌社の予約購 まりで、共同生活をいとなんでいる。場所は一一ユーヨークの下町だ な、新聞や出版物が手にはいりやすく、ニ = ース回線や通信センタ読部をかたつばしからあたってみることができますがね。三つめ は、無線装置の引き込み線の調査。四つめが不動産業者のチェッ ーが近くにあるところ、金銭を入手するに都合のいいウォール街の ク。五つめ、六つめ、七つめは、これらの調整。八つめは付随的な 近辺だ。観察するのがかれらの職分であり、四六時中そのことにか 問題。これでしめて : : : だいたいのところーーー」かれは手数料の金 まけているからして、かれらにははっきりした一定の収入手段がな い。かれらの奇妙な無線装置に好奇心をいだくせんさく好きの監理額をい 0 た。会見の残りはも「ばら手数料の折り合いをつけること で終始した。 人がいない、自分たちの持ち家に住んでいることはまずまちがいな いだろう。 そして、これはかれらの手掛かりをつかむ一番の近道なんだがー 鉄人ドウーランはあまり利ロではなかった。歩きかたは知って ーかれらはまちがいなく、世界のあらゆる国語の主要な新聞、雑誌 いたものの、たまにそれを忘れていっぺんに両足を踏みだそうとす をことごとく購読しているね」 ることもあるのだった。そのおかげで顔面や四肢にちょっとした打い 「なるほど、なるほど」とプロードリック。「ましりけなしの、ま撲傷、あざ、切り傷をつくるのだが、この元警官には痛くもかゆく アイア / ・マン
たすごい。本の綴こそ左側だが。和紙使用の袋綴で日本身軽に機上の人となる 語版そっくりに作られているなど、非常に凝っている。 次に同詩集から「地球を弔ふ」よりも、さらに的ロケットの酸素と食物は あと 興味の高い、スペース・オペラ風の一篇を紹介する。 後三十年は大丈夫で 僕はとても朗らかだ 地球別離 あゝ早く早く地球の引力が さやうなら地球よ 支配せぬ空間に飛んで行きたい 二足獣の世界よ 地球の青い空気層を突破するとロケットは宇宙のひろ 僕は今お前から離れて びろとした 遠く宇宙の彼方へ飛び去るのだ 真空圏へ突入するのだーーすると 獣類の文明にたまり兼ね まっくろ 空気の尽きた大空は真黒で やっと造りあげたロケットで あこがれ 太陽と月と星が一時に燦爛と輝いてゐる ! 僮憬の無窮へ飛んで行くのだ 二度と地球へ帰って来るものか おゝ思っただけでもうたまらぬ でも正直にさういふと俗衆が 早く僕はその壮観に見惚れたいのだ ! このロケットを壊すかも知れぬので びよっとするとこのロケットは 僕は几帳面な科学者の態度で 彗星の奴と道づれになるかも知れぬ 地球と星の通路開拓と称したさ 素的な話が沢山に聞かれよう 僕の悦びは輝く黒の喪服 さようなら地球よーーー広い大地よ でも民衆は決死の装束と賞讃し さようなら地球よーーー月の大さの 学界と人類の先駆者だと感激し さようなら地球よーー・星の大さの 見よこの僕といふ勇士 ? を やがてそれも見えなくなって ば見送ってくれる旗歓呼 盲目のロケットがぐんぐん進まう 僕はロ笛を吹きながら 或星は玻璃の陸地に虹の海 花環の群からヒマラヤとアルプスの 蜘蛛の巣で造った家が建ち 月光で張った窓の中から 匂ひ高い地球の花を採り 真理の精霊が合唱しつゝ ロケットの胴に結びつけて
は孤につかれたような女史が未来をにらんでいる、といったエ合だち変え、右手を引抜く。我々は魚どもを見たが、異状は無く、悠々 本当に『永久動力』を発明して、実施に証明してみせることも出来と泳いでいる。私はその時フェオナズの中へ、手と一諸に肩と顔の る御仁にとつつかまるおそれもあるんだ こっちもその男の話半分を入れた。レンズに入った部分はすぐ向うに現れ、私の顔の半 を聴いてやる代りに、その話が終ったら、すぐこっちの発明した分が二つ、鼻と鼻を突き合わせることになった。私が頭をレンズの 『万能プレーキ』の話を聴いて貰う約東をさせるという時代だから中心から遠ざけると、もう一つの顔の半分が同じ距離だけひきさが なあ。誰もおどかすことは出来なくなった。私の時代には、というつこ。 クリスタルの中 ナここで自然に新しい試みが頭に浮かんだ のは私の若い頃は、我々は自分の仕事以外にも何かに興味を持っこへ足、胴体を入れ、いったんまったく反対側へ出てから、戻って来 とが出来たんだがなあ」 るということだ。最初にこれをやる決心をしたのは天体物理学者 赤ら顔の男は嘆息した。 で、この男は当時我々のところでまる一週間ぶらぶらしていた。彼 「なぜ君は『私の時代』なんて言うんだ ? 」と私は訊ねた。「見たが我々に背を向けて入ると、出て来た者は我々に顔を向けていた。 ところ、ー君は私よりもそう年上でもないようだが。いまいくつなんそのあとですぐ同じことを反対の方向にやった。ここで注意すべき は、彼がクリスタルをまさに偶数回通過したことだ この場合は 「いまいくつかって ? 」彼は眼をあげて、考えこむように低い天井二回だ。他の連中も皆、よそから来た者も、研究所の人間も、なぜ を見詰めた。「この騒ぎが持ち上った時には五十たった。あれから かフェオナズを二回すっ通り抜けた。地下室へ誰か旅行者が来る いまではもうはっと、我々はクリスタルのことを教えてやる。旅行者はそれに入って 二十年たった。で、いまは六十五ばかりかな きり計算することも出来やしない。何年かは逆に数えなければなら抜け出ることを一回やり、その後しばらくしてもう一回やりーーそ んからだ。年ばかりではないーー・・月も日もだ。また何をか言わんれで納得した。ここにどんな力が働いていたのか知らないーーー何か や、私はこの私が本当の私であるかどうかにさえまるで自身がないの本能かも知れない。だが、あとでクリスタルに入った人全部の人 んだ」 生にとって、このことは大きな意義を持ったのた。莫大な ! 」 彼はもう一度嘆息した。 「なぜだい ? 」 「まあそういったわけだ。人々はその時地下室でちょっとびつくり「いまにわかるよ : : : 一言で言えば、毎日毎日が過ぎてゆき、我々 して、また自分の仕事へと散って行った。ところで、我々のところは依然としてこの不可思議なレンズを慰みにしていた。実はコップ の窓に金魚鉢が置いてあって、十匹の小さな黒い魚ーーーたしか『グスはまだクリスタルを磨いて、あの実験所のための仕事ができると ラミ』という名だったーーー A 」三匹の金魚が入っていた。天体物理学 いう妄想を抱いていた。何回か奴はダイヤモンドの型を持ってフェ 者がこの金魚鉢を右手に持ち、それをレンズに差入れるーー・・勿論金オナズに近づき、その度毎に切削の道具が力も入れないのにクムイ 5 5 魚鉢はそれを持った指と一諸に突き出て来るーー・金魚鉢を左手に持ス色の靄の中へめりこんでしまい、すぐ隣に出て来るということを
福島正実 大伴昌司とのつきあいは、確かぼくが、作家、編集者を始め とする関係者の、。フロ意識を確立する必要を痛感して作家 クラブを創設して間もなく、はじまっている。当時の彼はーーそれ は、その後もずっとそうだったけれどもーー恐ろしく忙しなくよく 働く男だった。彼は作家クラプへの入会を、ほかの誰よりもー ーことによったら・ほく自身よりもーー・・熱望し、しばらくして会員に なり、そしていつのまにか事務局長になっていた。 ・ほくのマガジン時代の彼とのつきあいは、編集者と寄稿家と してのそれは別として、かなりの部分、事実上のクラブ世話役と、 作家クラ・フ事務局長とのはずだ。それだけに・ほくは、他人のい やがる繁雑な仕事ーーーたとえば、クラブ例会の時間の打合わせとか 場所の設定、旅行のスケジュールなどといったーーーを、嫌な顔もせ ず、きわめて能率的に片づけていくビジネスライクな彼を、強く印 象づけられているといっていいだろう。 死者に非礼に当るとすれば許してもらうほかないが、彼は当時、 決して人から敬意を払われる存在ではなかった。クラブの雑事に手 を汚せば汚すだけ、調法がられて蔑ろにされるという傾向は確かに あった。だがそれに彼はもちろん気づいていて、あまり意に介しは しなかった。それが、余りに忙しない彼の性格のせいだってのか、 それとも内心、ニヒリスティックにそんな周囲を嗤っていたのか、 一今は知るべくもない。とにかく、彼は、人の嫌がる事務局長を、人 一倍多忙な活動家でありながら、長いこと務めてくれて、そして死 んた。思えば損な男だった。 編集者を辞めてから、ここ一「三年、べつな意味でつきあいはし め、それまでよりも人間的に共感を抱きかけていた矢先の死だった 通夜の日、深夜、石川喬司と、もうすこし親身になっているべ きだったかというようなことを話しあいながら、・ほくは、彼の死が 実感できないのに焦燥を感していた。 損な男 信じられない、信じたくない 平井和正 僕は感情的な人間だから、こんな文章を書くのは極端に苦手だ。 照れ屋の大伴昌司もさそかし困惑するだろう。 ( 彼は本当に照れ屋 だったのだ。あの有名な秘密癖、自己を隠蔽することに異常な熱意 をはらったのも、照れ性のなせるわざだったと僕は信じている ) 僕はいまだに心の整理がついていない。大伴昌司の急逝を、本気 で信じる気になれないのだ。理性はともかく、、感情が納得すること を拒んでいるらしい。彼の死後、二週間以上経過したいまでも、朝 方まで呆然となすすべもなく机の前にすわりつづけながら、電話器 を眺めすごしている。彼から電話がかかってくるような気がしてな らないのだ。 大伴昌句が唐突に生存をやめた夜、僕は彼からの電話を待ってい た。当夜、会うはずだったのだ。だから、電話が鳴り、異様な声音 の星さんに彼の急死を知らされたとき、雷撃に似た衝撃と同時に虚 ろな非現実感を味わわずにいられなかった。 彼の倒れた新橋の料亭に車をとばす間も遺体の運ばれた警察署の 粗末なわびしい霊安室で対面したときも、それに続くあわただしい 数日間も、その非現実感は執拗につきまとってはなれなかった。 彼の柩の重さは、骨身にこたえたし、お骨あげで、年齢相応に 若々しいしつかりした遺骨に心身ともにショックを受けはしたもの の、それでも実感はわいてこなかった。いまだにそうである。信じ たくないから、信じられないのだろう。 だから、僕には形だけを整えた追悼文はとうてい書けない。書く ( この一文すらもな べきことはあっても、書く気になれないのだ。 かなか書けず、編集部に迷惑をかけた ) 悲嘆や哀悼は純粋に個人的 なものであり、公けの文章にすることに抵抗があるせいだろう。 よしなよ、平井さん : : : という大伴昌司の声が聞こえる。おお ナししち、みつともない いに迷惑がっている声音だ。ーーー困るよ。ど、、 よ。だから、僕は書くのをやめることにする。
するものだ : : : そして愛は有機物の中の疾病だ いや、無機物たのあたりに見ることになるのだ。わたしは眼をこすり、指を鳴ら ったかな ? し、爪先をさすった。 わたしは頭を振った。もう半分眠りかけていた。 血が頭にの・ほってきた。深呼吸を二、三回した。腰をかがめ直し 「ムナーラ : たとぎ、ドアのところにかすかに人の動く気配がした。 わたしは立ち上がると身体を伸ばした。彼女の視線は今度はわた マックワイといっしょにはいってきた三人の目には、わたしがか しの全身をむさ・ほるようになめ回した。そこでこちらからもその視がみこんでなくしたおはじきを探してでもいるような格好に見えた 線をとらえると、相手は眼を伏せた。 に違いない。 「疲れてしまいました。少し休みたいと思います。昨夜はあまり寝わたしは弱々しく笑って、背筋を伸ばした。運動の影響以上に顔 なかったものですからーー」彼女はうなずいた。地球人の″イエ が赤くなった。こんなに早く彼らがくるとは思っていなかったの ス″に当たる仕草だ。わたしから学んだのだ。 「休みますか。そしてローカーの教義を十一一分に表わしているもの 急にまたハヴェロック・エリスのことを , ーー今度はそのよく知ら を見ましようかね ? 」 れている分野のことでーーー思い出した。 「え、何ですって ? 」 小さな、赤い髪の人形のような娘が、火星の空の色をした透明な 「あなたはローカーのダンスを見たいと思いますか ? 」 衣裳ーーー・サ 1 丿ーのようなものをまとって、不思議そうにわたしを見 「おお」ここではもののいい方がまったく回りくどい。朝鮮以上上げていた。竿の先のきれいな旗を眺めている子ども、といった風 だ。「ええ、むろんですとも。いつなん時なりと喜んで拝見したい情たった。 と思っています」 「やあ」というようなことをわたしはロにした。 わたしはつづけていった。「ところで、写真も撮らせていただき彼女はあいさつを返す前に頭を下げた。どうやらわたしは身分が たいとお願いしてございますが : : : 」 上がっているようだった。 「いまお見せしましよう。坐って休んでおりなさい。演奏のものを「わたしが踊らせていただきます」白い、いかにも白いカメオ 呼びましよう」 彼女の顔ーーの中の赤い傷口がそういった。夢の色をたたえ、衣裳 彼女は、わたしの通ったこともないドアから急ぎ足で出ていっと同し色をしたその眼がわたしから離れた。 彼女は流れるように部屋の中央に進み出た。 フ , ーズ ローカーによると、ハヴェロック・エリスを待つまでもなく、ダ 立ちどまると、古代エトルリアの小壁の中の彫像のように、黙想 ンスは最高の芸術であった。わたしは間もなく、火星の何世紀も前するとも、床の模様を眺めるともっかぬ姿勢をとった。 に死んだ賢者が、それがどう演じられればよいと思っていたかを目床のモザイク模様に何か象徴としての意味があったのだろうか ? 8 2
こ 0 「わたしがニ = ーヨークへやってきたわけは . と、グラフ = ーズは っこ 0 「ここに火星人がいると確信しているからだよ」かれはそ「おどろいたな」紙幣をまさぐりながら私立探偵所の所長はつぶや いた。「まさかおたくが平気だったとはね」いそいそとまた椅子に つくりかえってフッと煙の輪を吐くと、それがくずれながら換気ロ すわると、出ていけというように手を振ってドウーランをさがらせ から抜けていくのを冷たい、灰色の目で追った。 アイアン・マン 「鉄人 ! 」・フロ 1 ドリックは、選手交代だといわんばかりに早ロた。 「ま、ぶっちやけて申しあげるってえと」かれはグラフ 1 ズの名 にどなると、椅子のうしろをまわってあとずさる。そのときオフィ さっ ・ウランが双刺をもてあそびながら説明した。「これだけのお札をきれいさつば スのドアがあいて、見るだに恐ろしげなミスタ りあきらめるのは大いに心残りですな。その、おたくのおっしゃ の拳をかまえて現われた。 「こいつは気ちがいだ ! 」グラフ、ーズを指さし、・フロードリ ' ク 0 ているこの、まだらの小 0 ちゃなお友達、火星人のお話はこ 0 ち へおいといて・ : ・ : と。そのオ、うちはちつ。ほけなところでしてね、 は断言した。「ニューヨークに火星人がいるなどとふいている」 ドウーラン これまでに警察から放りだされたうちでおそらくそのうえ、仕事をはじめてまだ日も浅く、捜査のテク = ックにあん もっとも筋骨たくましい、そしてまちがいなくも「ともとんまな警まり慣れておらんのですよ。いまどき、一九四二年のいまどきに、 官 , ー・・・・は訪問者のグラフ = ーズをポャ ' とした目つきで見ながら、火星人がわれわれの目の前に現われるなんてことはありません。だ から、そのオ、なにかほかにもっ . とあたりまえの方面の調査でもお その肩を万力のような手でギュッとっかんだ。「立っちしろ」こと ありなら、ひとつお役に立てーーー・」 ばを探すようにしていった。「出て失せるんだ。とっととな」 「つまり " 早々におひきとり願いたい″といってるんですよ、かれ「けっこう、なにもないね」スプリングフィールドからきたグラフ は」プロードリックが説明した。・・「わたしもかれとまったく同じ気 = ーズはいった。そして、机上から札入れと名刺をとりあげた。 「それにしても、もうちょっと心を開いてきいてくれたらーーー」 持ちだね、あんた」 「そりやもう、地獄の門より広く開いてますよ」私立探偵は、目の グラフュ 1 ズはおもむろに立ちあがり、 , 胸ポケッ下からシャーク おあし スキンの札入れをとりだすと、それを机の上に放ちた。「ま、中味前から逃げだしていきそうになった紙幣を目で追っかけながらいっ 「うかがいましよう、話してごらんなさい」 をあたってみてくれたまえ」といった。「時間をさいてもらうだけこ。 グラフューズはシガーをもみ消した。「きみが火星人だったと思 の手数料は充分に払うつもりだが」おっとりした風情でつっ立 9 て いなさい」といった。 いる。プロードリックが札入れから大きな札を数枚、引っぱりだし 6
いる。冒頭で、主人公は、仲間たちと狩猟の旅に出かけるが、その 武装といえば剣だけ、ほかには、訓練した鷹に似た猛禽を連れてい るにすぎない。彼らは、力を併せて、村人の食料として巨大なト フォール・ヴォーテックス カゲ様の野獣をたおす。小説の最後で、主人公は〈牧東渦動〉 と呼ばれる不思議な現象によって、厖大な宇宙空間を一瞬にして運 ばれていく。その結果、彼は文字通り人間の運命を管理する三人の フェイト 〈運命〉と直面することになる。〈運命〉たちは、ある種の異次元 の世界に住んでいるが、主人公は彼らが狂っていることに気がっ く。そして彼の種族をひきいて、すでに他の全人類をほろ。ほしてき たこの狂気の〈運命〉と、命を賭けた戦いをはじめるのだ : ・ が、ジェ コンウェイは、この『真夜中のダンサー』の。フロット ムズ・ジョイスの『若き芸術家の肖像』を下敷にしていること、そ して最初の長編としては、すこし野心的すぎる試みであったことを 自ら認めている。たとえばーーーと彼はいうーーー「小説は、終りに近 づくにしたがって尻すぼみになっていく」がその理由は、最後の五 十ページを、彼がたった一日で書き上げてしまったためである。す でにサイエンス・フィクションに中毒している読者ででもなけれ ば、十九かそこいらの全く無名の作者の手になる、宇宙の秘密の物 語 一三一ページもあるのだー を読もうという気持そのもの が理解できないだろう。明らかにそれは、コンウェイの文章の魅力 ではない。たとえば以下に掲げる文章などは、ジェームズ・ジョイ スよりも、マーヴェル・コミックス・グルー。フの影響の方を、より 強く見ることができる。 流れがぼくを捕え、ぼくを運び去った。ぼくは戦った、流れに 抵抗した が、流れから自由になるにはあまりにか弱かった。 RUMOUR CBSY ラ洋 3 を F ヤ ' をぞ彡、共同企画 、、 s 村レコ発売記念戸ンみ言。ト ☆曲目『デマ』筒井康隆原作市原宏祐原案佐藤允彦作・編曲 ☆《演奏》佐藤允彦・翠川敬基・田中保積・市原宏祐・市川秀男 直居隆雄・水谷公生・寺川正興・石川晶 《講演》筒井康隆 ☆日時・場所 3 月 24 日田 / 18 : 30 開演 / イイノ・ホール / 1300 \ ☆内容 この作品は , C B S ・ソニーレコードが , S Q 4 チャンネル システムの LP 企画として制作してきたサウンド・ディスプ レイ・シリーズの一環で , 筒井康隆の書きおろし異色 SF 短 篇「デマ」 ( 本誌 73 年 2 月号掲載 ) をジャズ化したものです。 ☆マネージメント CBS ・ソニーレコード、 SF マガジン☆後援スウイング・ジャーナル TCP 株式会社 TCP 03 ( 208 ) 田日 ~ 2 ☆主催 早川書房 ◆ 3
もない。かれの感覚器官は不完全なのである。 くだした。それから、依頼人をじっと見つめた。「おたくにはおど こう 近所とはいえよく知らないところを歩きまわるのがかれにはすころきますね、まったく」と、ついにいった。「そうではない、 ぶる苦痛だった。ゆくてに消火栓や交通信号があり、このひとつひ かもしれない、とつぎからつぎへといろんなことをおっしやる。そ げんなま とつを目安にして方角をさだめなくてはならないていたらくなのれにはいちいちおたくの現金がかかってるんですよ。そしていった まち だ。かくて、・フロードリックに指定されていた、都市のその街区にん、はっきりした結論がでたかと思うってえと、それを信じようと たどりつくのに三十分もかかったのだった。プロードリックは、とはなさらない。ねえ、 いったいなにが望みなんですーーおたくのい あるシガー・ストアの中で神経質に足をカタカタやりながら待ちくわゆる火星人自身の口からかれらが一〇八号に住んでるんだという たびれていた。 宣誓でもとりつけたいんですか ? 」 「やっこさん、まぬけでしてねーーーまったく、とんまったらありや 「まあまあ、そうあせりなさんな」グラフューズはいった。「きみ しない」と、探偵はグラフ、ーズに打ち明けた。グラフ = ーズはソのドウ 1 ラン君が首尾よくやってくれてりや、 しいがね」 ーダ水売台でコークをすすっている。プロードリックが先をつづけ「くどいようですが、アイアン・マンはあまりおりこうじゃありま る。「とはいっても、こんな仕事をやるのはかれひとりきりなんせん。しかし、やっこさん、ボタンを押すことには慣れてまして で。かれらはドウ 1 ランをわずらわすと思いますか ? 」 ね。だれかが玄関へ出てくれば、小型カメラのボタンを押すんで グラフューズはストローをパクパクやりながらあやまるようにいす。わたしはその小型カメラをやっこさんのーーー」 った。「たぶんね。もし一〇八号がそれだとするとーーこ最後まで かれは悲鳴をきいていいやめた。通りのむこうで大気をつんざく いわずにしみじみ考えこみ、グラスの中をのぞいている。 ような甲高い悲鳴がおこったのだ。ついで、鋼鉄がコンクリートに 「いや、それにまちがいありませんね」プロードリックはきつばりぶちあたる音がした。ふたりは店をとびだすと、歩道そいにかけて っこ 0 といった。「。ヒクからマンチェスター・カーディアンまでありとあ らゆるものをとっているのが火星大使館でないとすりや、いナし かれらは、鉄人ドウーランの三百ポンドの肉体が重い金庫の下敷 なんだっていうんです ? 」 になってねばねばしたものを飛び散らし、グロテスクな格好で横た 「ポーランドの革命党員の隠れ家かな」スプリングフィールドからわっているのを見、 ( ッとして立ちどまった。ひとりの若い、やせ きた男は意見をのべた。「あるいは、ただの病人の集まりかもしれた黒人娘が泣きながら単調な声でひとりごとをつぶやいていた。 ん。だが、われわれがあそこにあたりをつけて張りこんでからまだ「最初にかれがグニャグニャッとなってそれからあれが落ちた 二週間もたっていない。データと呼べそうなものはなにもっかんじの。最初にかれがグニャグニャッとなって、それからーー」 ゃいないよ」 ・フロードリックは彼女の肩をつかんだ。「なにがあったんだ ? 」 探偵は神経質にしやっくりをし、いそいそと。へ。フシン錠剤を嚥みしやがれ声でさけんだ。 「なにを見た、えッ ? 」 4 6
遺稿「まったくへンなことですが、生物界第への憧れを語り、その世界の消息を読者テーマへの肉迫ぶ 司 0 学でいうところの先祖返り現象が、いま十代に伝えようと試みている。北海道の精神病院りが注目される。 のあいだで起っているのです。仕事の必要上のシーンでフチ取りされた構成はなかなか巧なお巻末の平井和 喬 ョ いろいろなリサーチを集めてみると、テレビみで、テーマや手法も従来の日本にはな正論が面白い。見 とマンガしか見ない。い わゆる劇画世代の半かった新鮮さがあって興味深い。しかし・ほく事な自己 ( ? ) 分 には二つの点で大きな不満が残った。ひとっ析で、これに他者 三分数は社会に出てしまっていて、そのあとにつ づくはずの世代、とくに高校から下の小学校は文章ーーたとえば「品のある端正な横顔がの目による「美し 上級までの年齢層は、活字に対する欲求が強白く冴え、憂いの翳を宿らせていた。白樹のき誤解」が加われ本 当 日 く、むさ・ほるように読みあさっているので顔は、深い苦悩を滲ませていた」といった紋ば申し分ない。 日一 ひび・こうじ『最 007 を切り型は、このテーマにふさわしくないので す小五クラスで松本清張、乱歩、 はないか。それと風景描写の安易さーーーであ後の文明人記録』 読み、中学に進むと古典となった本格派の探 偵小説を好む。しかもそれが流行現象にまでり、もうひとつは物語のポイントになる記憶 ( 金剛出版社・ 780 円 ) は、電子機器の会 なっていて、結局二十代の大学生を含むャン喪失の動機の軽さである。さらに下敷き作品社を経営している著者が十五年前に書いた長 グとよばれる層が、いちばん本を読まず、読が単なる意匠として ( 作者の表現を借りれば篇で、核戦争に生き残った最後の文明人たち を借景みとして ) しか生かされておらず、まが巡礼の旅で、。ハプア島の奥地に特殊な苔に む根気もない世代といわざるをえなくなり、 この連中と最もかかわり合ってきた私たちた彼岸世界を支える論理的整合性の脆弱さよって放射能汚染をまぬかれた地球最後の楽 は、大きなショックをうけています」 ( さる ( たとえばランドル・ギャレットの『魔術師園を発見、そこに残されていた日本青年の興 味深い手記が紹介されるーーーという趣向。木 一月二十七日急逝した大伴昌司ーー本号別項が多すぎる』などとくらべて ) 物足りない。 参照ーーーが「日本推理作家協会会報」肥月号「あとがき」はない方がよかったように思う。原伸朗『鬱虫』 ( 新潮社・ 650 円 ) は平凡 しかしこれは・ほくのようなトウの立った人間なサラリ ーマンの腹の中で精神の排泄物を食 の会員消息欄に寄せた文章 ) べて成長した奇怪な虫が外へ飛び出し、世間 の感想であって、若い世代はまた別の味わい を騒がせる物語で、作者みずから描き添えた 荒巻義雄の処女長篇『白き日旅立てば不死』方をすることだろう。第二作で期待される。 ・ 2 漫画的挿怯が楽しい ・ 670 円 ) が出た。かって本誌平井和正『死霊狩り』 ( 早川文庫 ( 早川書房 30 円 ) はアクション〈ゾンビ 1 稲垣足穂『青い箱と紅い骸骨』 ( 角川書店 に掲載されて〈人気力ウンター〉でプラッド ・ 1800 円 ) は、初期作品篇を収録した べリ作品をおさえて一位になった『ある晴れタ 1 〉シリーズの第一弾。朝日ソノラマから ソ 3 た日のウィーンは森の中にたたずむ』を長篇四冊本で出た『テス ( ンター』を全面的に改愛蔵版。同『ミシンと蝙蝠傘』 ( 中央公論社 ・ 7 8 0 円 ) は、表題作のほか『天守閣とミ 化したものだということなので、未読だった稿したもので、三部作になる予定らしい。宇 ・ほくは併せてそれを読み、さらにこの作品の宙からの恐るべき侵略者を迎えうっために世ナレット』『墜落』『稲生家Ⅱ化物コンクール』 「下敷き」になっているサドの『ジュスティ界中からタフガイが集められ、殺人機械としをおさめた新作集。詳しく紹介する余裕がな とちらもタルホファンには見 くて残念だが、・ ーヌ』を読み返した。記憶を喪失した日本のて養成される。そのひとりである日本の若い 青年建築家がルーレットでかせぎながらヨー レーサーが主人公。「人間性の奥底にひそむ逃がせない。渋沢竜彦の新しいアンソロジ】 悪の本能、攻撃性を描きたかった」と作者は『幻妖』 ( 現代思潮社・ 980 円 ) については ロッパを放浪するーという物語をとおして、 作者は現実の彼岸にあるもうひとつの世いう。〈ウルフガイ〉シリーズとともに暴力来月ご紹介しよう。 S F ててくたあ