〈もし、俺が外へ出るとしたらどうだろう〉 論理的に考えることは出来ないのか ? 〉 〈ワカリマセン〉 〈イイエ。ナゼナラ・ ( 、アリ = ナイコトダカラデス〉 〈わかりませんじゃ困る。それを調べるのがお前の義務だろ〉 〈お前には、あり得ないことを利用することが出来んのか ? 〉 〈宇宙空間ノ場合ナラ、予想スルコトガデキマス。今ノ船外ノ条件 〈ナントイワレテモ、ワタクシ ( 機械 = スギマセン。アリ得ナイか デハ、ワタクシニ ( 見当モッキマセン〉 てごりいヲ考エラレルノハ人間ダケデス〉 〈よかろう。そういうことにしておこう。ところで船外には何があ〈死ぬだろうか ? 〉 〈サア、ドウデショウカ ? 〉 るのだ ? 〉 〈時間がなければ、死ぬこともないわけだ。俺の命は永久通路の運 〈ナニモアリマセン〉 命だな〉 〈どういう意味で、お前はそういうのだ ? 〉 〈ソノ前提ト結論 = ( 意味ガアリマセン。時間ガナクナルコト ( ア 〈タダ、ド / 計器モナニヒトッ記録シナイトイウ意味デ、オ話シテ リマセンシ、生物的対象 ( 死ヌコトニナッティマス〉 イマス〉 〈黙れ ! たかが金物風情に何が分る ! 利ロ振るな、くだらん役 〈だが、船外に実際なにもないということは信じられるかい ? 〉 にもたたんことを詰め込まれた電子頭め ! 〉 〈マッタク、アテニナリマセン〉 〈ノレ ( 、ワタクシ = 電源ヲ切レト命令サレティルノデスカ ? 〉 〈というと ? 〉 〈待て ! そういう意味じゃない。できれば答えろ〉 〈クリカエシマス。コノ矛盾 ( ワタクシニ ( 理解デキマセン〉 クロノメータ 〈奇跡ヲ信ジラレルノ ( 人間ダケニ固有ナモノデス〉 〈測時計の針はどこを指している ? 〉 〈つまり、お前の意見は、俺が外へ出ることはすすめられんという 〈零デス〉 のだな〉 〈じゃ、時間が存在しないということじゃないか ? 〉 〈イイエ〉 〈ソウデ ( アリマセン。ドンナコトデモ、時間ノ流レ / 中デ起ルモ 〈な・せ ? 〉 ノデス〉 〈安全工学デ ( 条件ガ解明サレルマデ ( 、空間へ出テ ( ナラナイト 〈はっきりしろ ! また矛盾だ。お前には歯がたつまい ! 〉 禁止シティマス〉 〈 ( イ、矛盾デス。デモ、ワタクシニ ( 歯ガアリマセン〉 〈それはつまり、比喩的に : : : 連想プロックがオフになっている〈だが、船外には空間がないんだろう ? 〉 、時間ト同ジデナクナルトイウコトハアリマセン〉 〈空間 な ? オンにしろ〉 どうやらこの低能にはなにも教えてないらしい。鸚鵡みたいに同 〈 ( イ、コンドハワカリマス。矛盾 ( ワ参クシニハ歯ガタチマセン〉 じことを繰り返すことしか能がないようだ。 ロ 2
もし、私が神を信じているとすれば、私の置かれた立場は極めて 〈俺の命はあとどのくらいだ ? 〉 厄介なものになっていたろう。神に祈れなかったかもしれない。神 3 〈宇宙船ハ乗組員ト一緒ニ生態学的ニ閉鎮しすてむデス〉 は時間と空間を超越してはあり得ないのだから。私が祈っても神ま 〈分りやすくいえ ! 〉 ・ : もっともくだらん戯言だ。それでな でとどかないかもしれない : 〈デスカラ、対象ノ自然ナ生物学的死ガ生存時間ヲ制限スル唯一 / くったって、祈りが神にとどいたためしがないんだから。私が無神 条件デアルトイウコト一一ナリマス〉 いや、すると俺は時間を超越して不死身論者だからとい 0 て、今の私の状況が少しでもましになるわけでは 〈だが、それは時間に : ない。こういう超相対性的な条件で、私は神に会ってみたいもんだ。 ということになるそ : : : お前には答えられんのだ。お前がなにをい 〈自殺したら死ねるだろうか ? 〉 いたいのか俺にはちゃんと分っている〉 なんてことだ。俺は不死身だ。死が避けられない人間が不死を探〈宇宙船ノ隊員タルベキモノ : : : 〉 : ・だが、なんという犠牲を払「て : ・ : ・俺はこんなも〈俺に宇宙操典を読んで聞かせるつもりか。そんなこと百も承知し し当たのだ ! の欲しくないぞ ! これは記憶の永遠であ「て人間なんてもんじゃている。今、俺が問題にしているのは、行為そのものの持っ原則的 ない。その記憶だって保証できたもんか : ・ : ・無はそんなもの食い尽可能性なんたそ ! 〉 〈原則的ニハソレハ可能デス〉 してしまうにきまってる。防音装置がほどこされ、サーモスタット 〈で、どうやって ? 〉 が取り付けられた暗いプリキ罐の中の剥き出しの処女の脳 : 〈ワタクシニ ( 、ソノョウナ場合フ考慮シタぶろぐらむガ組ミコマ : そうだ、サーモスタットといえば : レテオリマセン〉 〈外の気温は ? 〉叫び声に近かった。 〈また始めたな。俺はお前の意見なんそ聞いてるじゃない。自殺し 〈温度計ハ温度ヲ全然記録シティマセン〉 たい奴が、いちいち人に相談するはずがないだろ ! 俺がいってる 〈それは、ケルヴィンの零度という意味なのか ? 〉 ことは論理的分析の問題なんだ。時間にかかわりなく自殺は可能か 〈イイエ、ナニモ示シティナイトイウ意味デス〉 って聞いてるんだ〉 〈理解できん ! 〉 〈ソレナラ・ハ、明ラカニ不可能デス。一般ニ、変化 ( ドンナモノデ 〈ワタクシモデス〉 〈真似しおって、馬鹿者め。わかるわけがないじゃないか。物質もモ駄目デス〉 ない、運動もない。それで一体どこから温度が得られる。そんなこ〈俺は考えているし、お前と情報の交換もやっている。これは変化 のうちに入らんのか ? 〉 と二掛ける二みたいに簡単なことだ。なんにも存在しない・ 〈ソレ ( 変化デス。ソレコソ、ワレワレガ時間ノ中ニ存在シティル 〈ソレ、、アリ得 : : : 〉 コトヲ証明シティルニ他ナリマセン〉 〈うるさい ! 黙ってろ ! 〉
半期も前たって ! 半期も前 ! そんなことがあるものかー びったりだった。その唇がふるえていた。 「いいですか、わたしはあなたを驚かすつもりはなかったんです。や、そうなのだ ! 半期というのは、大ざっぱにいって、一一百四十 ただ、わたしたちの世界ではある種の、そのう、しきたりがあるん三年ということだー ローカーの一一千二百一一十四の踊りを習い覚えるにはじゅうぶ ですよ。つまり、異性が二人だけで寝室にいるってのは、しかもそ : うーん、なんていったらいいかなんな時間だ。 れが結婚してないとなると : 人間だったら、年寄りになるにはじゅうぶんな時間だ。 あ。おわかりでしよう ? 」 むろん、これは地球の人間ということだけれど : しいえ」 わたしは彼女をあらためて見直した。いかにも白い、象矛のチェ 彼女の眼は冷いヒスイだ。 「そう、なんていうか : 。うん、セックスですよ。それが問題なスの白い女王のような彼女を・ : ーー生きていて、正常で、 彼女は人間だった。魂を賭けてもいい んです」 女だ。わたしの身体もそれ 健康な人間だ。生命を賭けてもいい ヒスイのランプのなかにばっと灯りが点いた。 「ああ、子どもをつくることをおっしやってるんですね ! 」 だが、彼女は二世紀半も年をとっているというのだ。となれば、 「そう、それですよ ! まさにそのとおり」 九六九歳まで生きたといわれる ) のおばあ 彼女は笑った。ティレリアンのなかで笑い声を聞いたのははじめマックワイはさしずめメトセラ ( ノア時代以前のユダヤの族長 てだった。・ハイオリニストが高いほうの絃を弓で短く断続的に打っちゃんぐらいの勘定だ。そうした連中が、言語学者として、また詩 ような響きだった。それは聞いていて必すしも楽しい思いばかりの人としてのわたしの才能を繰り返しほめていたことを考えて、わた するものではなかった。それはとりわけその笑い声が長すぎるためしは内心得意になった。この高等な生物たちがほめていたのだー 。こっこ 0 しかし、「もういまは、そんな必要はないのです」とは、いナ いどういう意味なのだろう ? どうしてあんなにヒステリーみたい 笑い終わると彼女は近くに寄ってきた。 「思い出しました」彼女はいった。「わたしたちにも前にはそんなに笑うのだろう ? なんでマックワイが、あんな奇妙な眼つきでわ 規則がありました。半期も前のころ、またわたしが子どものころたしのことをしけしけと見たのだろう ? に、そうした規則がありました。でも : : : 」ーーー彼女はまるでまた美しい少女のかたわらで、わたしは突然重要なことをつかみかけ 笑い出しそうになっているとでもいうような様子だった 「もうているのを感じた。 いまは、そんな必要はないのです」 「ねえ」何気ない調子の声を作ってわたしはいった。そのことは何 わたしの頭の中は、三倍のスビードで回るテープレコーダーのよかタマーの書き記している " 死にいたらざる病まい″に関係がある うに回転した。 んでしよう ? 」 幻 5
〈それこそだって : : : お前をゾログラムした奴はなんて野郎だ。俺なところならどこでもいい〉 たちの話が首尾一貫しているという証拠を、お前はみせられるの 〈可能性ガナイワケデハアリマセン〉 か ? 時計はこの通り止っているそ〉 〈それでもお前はちゃんとした論理的な思考をしてるのか ? 〉 〈デモ、ワタクシニハソレ以外ニ証明 / ショウガナイノデス。ツマ〈絶対ニソノ通リデス〉 かてごりいトシテノ時間ハ・ 〈ああ、なんてことだ ! お前流の考え方でいくと、空間日時間の 〈そんな説明ならしてくれなくてもいし 教条主義ってのは人間消減はあり得ないと : : ↓ だけがかかる病気だと思っていたが、どうやらロポットにも免疫性〈アリエマセン〉 : ないらしいな。ひどい話だ〉 〈な・せ俺はお前なんかと話をしてるんだろう ! 〉 〈ワタクシニハワカリマセン〉 いったいどうしたらいいのだ。どうしたもんだろう。この際限な い呪いをどうやってやめさせたもんだろうか ? これ以上、忌々し〈俺はまだ正常でいるかい ? 〉 い堂々巡りを抜け出さなくてはー 〈ハイ〉 〈われわれの現在地は ? 〉 〈じゃ、お前の方は ? 〉 〈マエニモアナタハソレヲワタクシニ聞キマシタ。ワカリマセン。 〈ソノ意味ガ理解出来マセン〉 ドコデモナイトコロデス〉 〈お前も正常かって聞いているんだ ! 〉 〈じゃ、引き返すことは出来るのか ? 〉 〈全しすてむガ正常ニ働イティマス。タダ一カ所入口ノ安全装置ガ 〈イイエ〉 マモナク駄目ニナリカカッティマス。今スグ、取リカエマス〉 〈なぜだ ? 〉 〈必要ない〉 〈現在地がワカラナイタメデス〉 〈ナゼデスカ ? 〉 〈それだけのことでか ? じゃ、あてずつ・ほに飛んでみたら ? 〉 〈俺がいなけりや、お前の存在なんか意味がないからだ。たった 〈不可能デス。計器類ガ働イティマセン。ワレワレニ ( 運動ト静止今、俺はお前を捨てる ! 〉 ノ規準ガナクナッティマス〉 〈ドウャッテデスカ ? 〉 〈きっと今動いているのじゃないのかい ? 〉 〈外へ出る ! 〉 〈ソノ可能性ガナイワケデハアリマセン〉 〈宇宙操典ニョレ・ハ 〈それじゃ、偶然帰れることもあるかもしれないんだな ? 〉 〈操典なんそくそくらえだ、断固外へ出る〉 〈ソレハホトンドアリエナイデショウ〉 〈少ナクトモ、高性能防御服ハ着用シティッテクダサイ〉 〈じゃ、帰れなくたっていし どこか他の所で、空間 " 時間が正常〈なにから身を護る必要があるのだ ? 無からかい ? 〉 に 5
初めからわかっていたとおり、彼女の受け答えはけなげだった。 まり良くなかったろう、特に操行の点がさ : : : そうそう、プライア 地球の暗い側から彼女の返事がもどって来た時、彼は愛情と同時にン、例の写真、撮って来てやったそ。それにアリスタルコスから岩 誇りを感じた。 のかけらも取って来た : : : 」 「心配しないで、クリフ。きっと助かるわ。私たちは予定していた 三十五歳で死ぬのはつらいことだ。でも十歳で父親を失うのも、 とおり、休暇旅行に出かけることになるに間違いないわ」 やつばりつらいことなんだ。これからの年々、プライアンはどのよ 「私もそう思う」と彼は嘘を言った。でも万一つてことがあるか うな想い出を彼に対して持つだろう ? ことによると宇宙からの薄 ら、子供たちを起して来てくれないか。事故のことは子供たちに言れかけた声としてでしかないかもしれない。彼が地球で過した時間 っては駄目だよ」 は極く短かったからだ。月から飛び出し、また月に舞いもどる間 永久とも感じられた三〇秒の後、子供たちの眠そうな、しかし興の、最後の数分間に彼にできることは、彼が二度と飛行することの 奮した声が聞えてきた。クリフは、彼らの顔をもう一度見ることさないだろう宇宙の空虚をつらぬいて、愛情と希望とを投射すること えできれば、彼の生命のこの最後の数時間は打ち切ってしまっても以外、ほとんど何も無かった。あとはミラに託するよりない。 よいといった思いにかられたが、カプセルには通話用受像スクリー 子供たちが楽しげに、しかし不審がりながら去って行った後、す ンのような贅沢な設備はなかった。しかし恐らくそれがかえってよましておかなければならないことがあった。今や、頭を冷静に保 かったに違いない。彼が彼らの瞳に見いったならば、真実を隠しとち、ビジネスライクな、実際的な態度をとるべき時だった。ミラは おすことができなくなるに違いなかったからだ。彼が話さなくて彼無しに将来にたちむかわなければならない 9 しかし少くとも彼は も、彼らはたちまち察してしまうだろう。 いっしょに話しあえるこその境遇の変化を、よりたえやすいものにしてやることができる。 一個人に何が起ろうとも、生活は続くのだ。そして現代人にとっ の最後の瞬間には彼らにはただ幸福だけを与えてやりたかった。 それでも彼らの質問に答え、すぐに会えると彼らに言い、はたすては、生活には抵当証書とか賦払い義務とか保険証券とか銀行共同 ことのできない約東をしたりするのはつらかった。彼が前に一度忘口座とかいったものがっきまとう。まるで他人ごとのようにーー事 れーーー、今度は覚えていた月の砂のことをプライアンが念を押した実間もなくそうなるのだーー客観的な調子でクリフはこれらの事柄 時、彼はありったけの自制力をふるい起さなければならなかった。 を話し始めた。心情を吐露してよい時と、理性的にならなければな 「持って来たさ、プライアン。びんの中に入れて私のすぐ横に置らない時とがある。今から三時間後、彼が最終的に月の表面に接近 いてあるよ。もう間もなくお前はそれを友達に見せびらかすことがし始めた時には、胸の底からの最後の言葉を発することになるだろ できるんだ」 ( いや、これは間もなくもとの世界にもどってしまう んだ ) 「それからスウジー よい子にしていろよ。ママの言う誰も二人の通話をさまたげなかった。調整係りたちが二世界間の ことは何んでも ( イハイとよくきいてな。お前のこの前の通信簿あ絆を保っため、無言で調節を続けていたに違いない。しかし彼ら二 ひと
「まだ調査中です。 三〇秒後にこちらから呼びかけます」それが、重大な結果をともなわずに起るということはめったに無いので ある。 からやや遅れて、「御無事で何よりでした」とつけ加えた。 点火回路の最終的点検が完了した今、彼はその重大結果に直面し 待ちながらクリフは前景スクリーンのスイッチをいれた。前方に 見えるのは星ばかりだった これは当然そうあるべきだ。少くとていたのだった。手動自動いずれの操作によってもロケットは噴射 も彼は予定された速度に極く近い速度で離陸したのであり、ただちしない。彼を安全圏に誘導しただろうカプセルの適量の貯蔵燃料は その発射 に逆もどりして月の表面に落下する危険はないのだった。しかし遅全く役に立たない。五時間後には彼は飛行を完了し、 地点へともどってしまうのだった。 かれ早かれ落下することには違いがなかった。脱出速度に達してい たはすがないからである。彼は巨大な楕円周そいに宇宙へと上昇し新発見の噴火口には俺の名前がつけられるのだろうかとクリフは クレイター ているに違いなくーーーしたがって、数時間後には、その出発点に帰考えた。「レイランド噴火口】直径 : : : 」何が直径た。誇張もいし りつくだろう。 加減にしろーーーさしわたし一一百ャード以上あることはないだろう。 「ヘロー クリフ」と突然発射コントロールが呼びかけた。「何が地図にのるかどうかだってあやしいもんた。 おこったかがわかりました。線路第五区を通過中、回路遮断器がト 発射コントロールは沈黙したままだ。しかし驚くにはあたらな リップしたのです。そのため離陸速度が時速七百マイルだけ不足で 。既に死の決定した人間に対して言えることはいくらもありはし す。ということは、丁度五時間と少々で月にもどることになりまない。それでいて、彼の弾道は何ものも変更できないことは承知の 上でいながら、今となってすら、自分の体が間もなく月の裏面いっ す。でも心配無用。カプセルの針路修正用ロケットを使用すれば、 あなたは、安定した軌道にのることができます。ロケット噴射の時ばいに、ちりちりにばらまかれるのだということを彼は信じること 期はこちらから指示します。それがすめばあなたはただじっと坐っ ができないのだった。彼は相変らず月から遠ざかりつっ飛行を続け て、こちらからさしむける救助を待っていればよろしい」 ながらその小さな船室の中に安楽におさまりかえっている。最後の 少しすっクリフはくつろぎに身をゆだねていった。彼はカプセル瞬間までに誰に対してもそうであるように、死の観念は全くそぐわ にそなわった修正用ケットのことを忘れていたのだった。それは ないものだった。 動力こそ低かったが、彼を、月をそれて通る軌道へと蹴り上けるこ その時、一瞬の間、クリフは自分の当面している問題を忘れ去っ とができる。彼は、月面から数マイルのところまで落下し、息を呑た。前方の地平線はもはや平板ではなかった。月の、燃えるように むほどの速度で山脈や平野をかすめ去るようなことになっても、全明るい景観よりもさらにいっそう輝かしい何かが、星々を背景にせ く安全でいられるのだ。 り上って来た。カプセルが月面にそってカープするにつれて、ただ と、ここで彼は先刻の、操縦室からのがちゃがちゃんという破壊一つの可能な「地球の出」 つまり人工の「地球の出」を演出し 音を想い出し、彼の希望は再び薄れた。宇宙船内であのような破損ていたのだ。一分後にそれは完了した。彼の飛行速度がそれほどだ レイル クレイター
・・ディレー = イで、一九四二年 ( ーレムに生まれ、一九六〇年へのジャンプである。 ( 岡部宏之訳 ) ・フロンクス科学高校を出て、のち、一一、三年のあいだ大学に間欠的 に出席し、一九六二年最初の長編を出した。それ以来、数冊の また別の作品では、標準型の冒険式プロットを抛棄せず、それ 長編とほぼ同数の中編、十篇の短編を書いているが、これは、このを、彼一流の目的に沿 0 てつくりなおす。いま、学者仲間では、ポ 分野の標準からいえばかなりの寡作である。彼の、仲間の作家たちビラー・アート形式の〈神話学的下部構造〉について語るのが流 〈の影響力の大半はーー大学の講師としての名声についてはいうま行しつつある。古い西部劇に旅から旅のガンファイタ 1 が登場する でもないがーー彼が、その作品を非常に長い時間をかけて磨きあげように、初期のスペース・オペラには光線一挺を腰に銀河宇宙を るという事実に基いている。彼の最もよく知られた長編『パベル 股にかけて飛びまわる宇宙船船長が登場し、いっしかの主人公 』 ( 一九六六 ) "The Einstein lntersection" ( 1967 ) "Nova" の原型的な地位を獲得した。初期の批評家たちは、こうした宇宙大 エスケー・ヒ・スム ( 一 9 ) などは、空想的な未来世界として、稀にみるすばらしい 冒険を、子供っぽい逃避趣味の象徴として退けたが、これが再び、 出来栄えの見本で、きわめて高い知的想像力と同時に、美学的欲求聖杯を求め、竜を殺し、世界を危難から救うというような衣をつけ をも満足させるものを持 0 ている。すくなくとも、ディレー = イはて最登場しはじめたのだ。そしてディレー = イのの、超現実的 自ら望んで必要な危険を冒しているーーその結果、不可避的な欠点な主人公たちは、こうしたすべてのことをやってのける。たとえ は持っているものの これらの作品は、すべて、刺戟的な魅力ば、危胎に瀕した全太陽系の運命を賭けて活躍する。両者の間にあ と、楽しさと、そして伝染性を持つ自信の強さとを兼ねそなえている相違は、古いス。〈ース・オペラの作家たちが、彼らのインスビレ る。 ーションの隠れた源泉に全く気づいていなかったのに対して、ディ ランニング・コメンタリー ある意味で、ディレー = イは、饐えかかっていた因襲的なのレ】ニイがこれに気づき、彼独得の〈実況放送〉をやってみせ アフォリズム 中に、普通ではちょっと考えっかないような隠喩を用いて、新しるところにある。『アインシタイン・インターセクション』 ( 一 い生命を注ぎこんだのだ。 ( この作品は、同年のアメリカ作家九六七年ネビ = ラ賞 ) では、事件は、人類が全く未知の理由で姿を クラブのネビ = ラ賞を受賞した ) たとえば『パベルー』にはこん消してしまい、その代りに棲みついた異星生物が、あらゆる犠牲を な一節がある 払って人類文明を再建しようとしている世界で起る。だが、この小 説の真のテーマは、ディレーニイがくりかえし明白にしているよ 濃い油の中に宝石を落す。まばゆい黄色の縞がゆっくりと琥珀うに、人間には時代と環境の変化に応じた新しい神話が必要だ、と ′イ・ハースティシス 色になり、最後に赤くなって、消える。これが超静止空間へのジ いうことなのだ。この小説の主人公ロビーは、柄から切先まで中空 マチェト ャンプである : いつばい入った宝石箱に、一粒の宝石を投げこ になった山刀を持っていて、打ちふれば音楽を奏でることができ む。これが、超静止空間からアームセッジ星の同盟兵器廠の領域る。小説の冒頭で、彼がオルフ = ウスであり異星生物にとっては過 ー 74 ー
むろんわかるはずがない。・、、 カ何か心配そうに、二人の嬰児を囲でに流れすぎた時間は、心なしか青味を暗くしている。むろん透明 んで相談しているようにもみえた。 だが、そこに時が封じこめられてしまっているようにおもえる。一 窓の遠くに青空と海原があり、その次に平野があり、村のような方、これからおこる時間の方は、頼り気なく稀薄である。そんな異 ものが点在している。一面が耕されて、水路が縦横に走っていた。種の時間の中で、二つの同じ海は広がっていた。風が吹いているの 沃野である。それからもっと近づくにつれて、街の屋根が密集してか、青いまま、うねりをみせている。遠くに、白い峰のような雲が おり、 いったん大きな壁でしきられていた。まるで、高いところか光っていた。 ら下をみおろしているような景観だ、とポーディはおもっていた。 三人姉妹のいるところは、その壁の内側で、高い塔のような建物「まだなの」 アジタに声をかけられて、ポーディははっとした。 の屋上にちがいない。そこが、庭園になっているのだった。美しく 「ああ、 : うん」彼は、置物のひとつをさした。「これ、なあー 花が咲き、小鳥がいた。 「教えてよ、だれなのさ」 「アトランチスの女皇様と二人の妹」 丸くて、表面に模様がうきでていた。これが皿のようなものの上 「ふーん」 で、何の支えもないのに浮きあがりながら、ゆっくり回転している のたった。 「あの三人姉妹が、この街を支配しているんだって」 「うーん。何してるのかな」 「世界儀というのよ」 「街が沈むのよ。海の底へ。それで相談しているの」 アジタは、椅子から立ちあがるとそばまできていった。 「よくそんなことがわかるね。アジタ」 「だってそうなんだもの。あの人たち、いつもああやって相談して ポーディは、首をかしげる。 いるの」 「時がたっとね、模様がかわるの。面白いでしよう」 「へええ」 「ほとんとだ」目をこらしていたポーディは、思わず嘆声をあげ こ 0 三連のその窓の左右の二つは、ただ、青海原である。他に何もな い。が、まったく同じ海の風景の中にあるはずの時間は、ちがって「何に使われるものなの」 「さあ」彼女にもわからない。「でも、きれいでしよう」 「うん、そりやきれいだけどさ。でも、なんだろう」 十ーディにはなぜ 一つは過去、一つは未来″かもしれない。 : 「そんなこと、どうでもいいじゃない。さあもういこうよ」といっ か、そんなふうに読みとることができるのだった。無限の遠方にひ ろがる海の景色は、たしかに違った時間で支配されているのだ。すて、アジタは彼の手を引いた。「さあ」 : : : と。 2
「スピリット」予告篇 ( 上 ) 「スビリット」の女 ( 下 ) PREViEW 0 おドすお 5 い ー S 当 R いぎを = ミ , クスが、載 0 て一 いるけれども、それ 7 冫いかにも単純なス , ト・ 1 ーリ . 1 ー で、しかも、 どれも変りばえばしな 。それと比べると、 「スビリット」の七ペ ージ読切りは、なんと 内容があることか。 ( 正直のところ、私の 記憶の底では、「スピ リット」は、もっと長 い作品たとばかり意識 していたので、今回、 調べるに当って、すべ て七ページと知り、改めて感嘆したものである ) さん目を通した。そこから、私は、多くのことを学んだ。 アイスナーは、この七ページを、いかにも内容豊かに仕 毎年毎年、とっかえひっかえ、そんなにも多くの人たち が、コミック・ストリップを読んでいるのなら、そこに上げるために、骨身をけずっていたようにみえる。映画的 は、なにかとても面白い点があるにちがいないと思った。手法も、単に、画面の構図という、小さい次元のなかで応 用したのではなく、物語進行上の、時間のテンボのとりか で、私は、それが、とても面白いってことがわかったよ。 私は、コミックスを通じて、アメリカ人のキャラクター たにその手法を生かし、つまり、七ページのなかで、時間 アメリカ人のユ 1 モアに、理解をもったし、いまももっての進行速度を、自由自在に変えて、単調さを避けると同時 に、七ページを、七ページ以上に用いたのであった。 いる。特に、スラングを学んだものだよ」 たとえば、ストーリー を、ずっとひとつのテンボで運ん 3 ヒットラー、 できて、最後の大詰めの結果を、新聞記事や警察のファイ ニューヨークを行く ルなどのドキュメントを並べてみせることで、あっさり 「スビリット」について、いちばん驚くのは、エビソ 1 ドと、しかし、意味ありげにしめくくってみせる手ぎわの良 が、すべて、たった七ペ 1 ジで完結しているという点だろさをみせる。そして、自分の思いのままに、物語のなかの う。現在のコミック・ブックにも、七ページほどの〈短篇〉時間を伸ばしたり縮めたりするその時間感覚を、画面のサ
なんだか、結論がでたような気持になっていた。ポーディは帰路 ゆるやかに流れつづける自然的時間。そこに彼は身体ごとゆだね につ ) 、。 ている。 と、″世界樹″が、まるで天への昇路をさし示しているように、 また日が暮れた。 日々はこうして反覆する。くりかえされるのであった。自然はかタ陽をその巨大な幹に照りかえしてそびえていた。 いづたい、それは、何を示しているのだろうか。地より天へ、二 。認識を凌駕する長大な時間の中で、た ように単調に推移していく しかに大きな変化もおきるであろうが、それさえも、さらに大いなつの場所をつなぐ階段なのであろうか。その大地に根深くはりめぐ る時間の流れの中では、あ 0 てなきような些細な出来事にすぎならせた巨大な根によ 0 て、大地にあるものを大いなる天へ吸いあげ ようとしているのであろうか。そこに存在するものをして、天へ導 ポ 1 ディは、そんなことを・ほんやりと想っている。考えているのびこうとしている指標なのであろうか。 いま、ポーディは、何かを知りはじめている。が、言葉とはなら ではなかった。そんなふうに、ぼんやり感じているのだった。で、 示ーディは、日々の色々な出来事が、そうした悠久の時間を背景とない してるかぎり、一瞬、瞬時のうたかたの出来事にしかすぎぬことを 村に帰りついて羊を渡した。ポ 1 ディは、約束をはたしに回廊へ 悟りはじめているのだった。 するとなんだか、ひどく偉くなったような気がしてくるのだつおもむく。 た。ポーディは、意識せずに、ねそペ 0 た体の上にはいの・ほってき「おそいわネッ」 とアジタが文句をいった。が、本気でおこっているわけではな た、土の中にすむ小さな虫をひねりつぶしている。可哀そうともお もわず、気にもとめない。 ちょうどそんな風に、何か世界の外側に大きな存在があって、「何か用 : : : 」 と尋ねる。 ーディがたったいまやったように、何かをすることもあるかもしれ 「別に : : : 」 ない。別に、慈悲でもなく、気にもかけずに。求ーディを含めてこ 「じゃ、璧画みる ? また」 の世の存在たちは、その者から、そんな風にしかみられていないの 「うん」 かもしれない。 二人は手をつないだ 6 びととおり観おわるまで、お互いに黙づて とすれば、一切が等しくおなじだ。存在するものは、おしなペ て、同じ地平にある。ただ、一つ一つ、一人一人がそれそれに存在いた。ポーディは、指を組みあわせた手の掌が、汗ばんでいること しているにすぎない。それぞれ、生きている。ただ、そういう事実に気づいていた。 「あたしのお部屋にこない」 しかないのだ。 2 4