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検索対象: SFマガジン 1973年4月号
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1. SFマガジン 1973年4月号

娘は重ねて尋ねた。ポーディは、言葉につまった。 「でも : : : 」 「平気よ。下婢たちによくいっておくから」 「お前の名前は : : : 」 「ええ : 「ポーディⅱサットヴァ」 「ああ、知ってるわ。乳母がお前のことを話していた。うちの羊飼ポーディはうなずいた。遠くからは、幾度かみかけたことはあっ ね」 た。が、こんなにそばでみるのははじめてだった。薄闇の中だった 「はい」 が、長者の娘は、可愛く美しかった。 と、ポーディはいった。別にとがめられているので・はないと知っ壁の前に並んで立っと、娘の丈は彼の肩ほどで、髪にしみこんだ て安堵していた。 香料の香りが、鼻をくすぐった。年頃はきっと同じくらいだった。 ポーディは、ちょっとドキドキしている。体が知らず知らず堅くな 「壁画をみせてもらおうとおもって。い、 しですか」 っていた。 「いいわよ」 この回廊の壁画のことは、村人たちの間にもよく知られている。 と、「どうしたのさ : : : 」娘がいった。「あんた、嘸ロなのね。 黙っていちゃっまらないわ。ねえ、いったい何が描いてあるのか、 「ときどきくるの ? この内園にさ」 教えてちょうだいよ」 といって、娘はいたずらつぼく笑った。 「あの : : : 」と、ポーディはロごもっている。「あまりよくはわか 「ええ」とポーディは正直にいった。「よく観にくるんです」 らないんだけど : : : 」 「そう。けど何が面白いのかしら、こんなものが」 すると、皆までいわせす、娘がいった。 とつぶやいて、娘は顔をかしげた。 「じゃあ、な・せ、観にくるのさ」 「面白いですよ。とっても変な画だもの」 「なんとなく、気にかかるものだから」 「あたしには、なんだかわからないわ。まあいいでしよう。ポーデ こっちへきて、ゆっくり観たらいいわ。けどね、今度からは、 「ふーん」と、大人びた感じでつぶやくと、娘は不意に、「いらっ あたしに断わるといいわ。もし家の者にみつかると大変よ。鞭で仕しゃい。端の方から順番にみようよ」 置されるわ」 といって、彼の手をとった。 「ええ、あの : : : 」 「はい、そうします」 ポーディはおとなしくいった。 ポ 1 ディはどもってしまった。にぎられている手の感触が気にな 「そうしなさいよ」 って仕方がなかった。が、娘は平気だった。あるくと、衣裳の裾が 「けど、お嬢様は、いつも屋敷の中におられるから」 ばつばっと割れて、白い脚がかたちよく姿をのそかせた。 「たったら、遠慮しないで呼びだせばいい じゃないの」 「そう、そう。あたしの名前を教えとくわね。知ってる ? 」 4 っ 4

2. SFマガジン 1973年4月号

なんだか、結論がでたような気持になっていた。ポーディは帰路 ゆるやかに流れつづける自然的時間。そこに彼は身体ごとゆだね につ ) 、。 ている。 と、″世界樹″が、まるで天への昇路をさし示しているように、 また日が暮れた。 日々はこうして反覆する。くりかえされるのであった。自然はかタ陽をその巨大な幹に照りかえしてそびえていた。 いづたい、それは、何を示しているのだろうか。地より天へ、二 。認識を凌駕する長大な時間の中で、た ように単調に推移していく しかに大きな変化もおきるであろうが、それさえも、さらに大いなつの場所をつなぐ階段なのであろうか。その大地に根深くはりめぐ る時間の流れの中では、あ 0 てなきような些細な出来事にすぎならせた巨大な根によ 0 て、大地にあるものを大いなる天へ吸いあげ ようとしているのであろうか。そこに存在するものをして、天へ導 ポ 1 ディは、そんなことを・ほんやりと想っている。考えているのびこうとしている指標なのであろうか。 いま、ポーディは、何かを知りはじめている。が、言葉とはなら ではなかった。そんなふうに、ぼんやり感じているのだった。で、 示ーディは、日々の色々な出来事が、そうした悠久の時間を背景とない してるかぎり、一瞬、瞬時のうたかたの出来事にしかすぎぬことを 村に帰りついて羊を渡した。ポ 1 ディは、約束をはたしに回廊へ 悟りはじめているのだった。 するとなんだか、ひどく偉くなったような気がしてくるのだつおもむく。 た。ポーディは、意識せずに、ねそペ 0 た体の上にはいの・ほってき「おそいわネッ」 とアジタが文句をいった。が、本気でおこっているわけではな た、土の中にすむ小さな虫をひねりつぶしている。可哀そうともお もわず、気にもとめない。 ちょうどそんな風に、何か世界の外側に大きな存在があって、「何か用 : : : 」 と尋ねる。 ーディがたったいまやったように、何かをすることもあるかもしれ 「別に : : : 」 ない。別に、慈悲でもなく、気にもかけずに。求ーディを含めてこ 「じゃ、璧画みる ? また」 の世の存在たちは、その者から、そんな風にしかみられていないの 「うん」 かもしれない。 二人は手をつないだ 6 びととおり観おわるまで、お互いに黙づて とすれば、一切が等しくおなじだ。存在するものは、おしなペ て、同じ地平にある。ただ、一つ一つ、一人一人がそれそれに存在いた。ポーディは、指を組みあわせた手の掌が、汗ばんでいること しているにすぎない。それぞれ、生きている。ただ、そういう事実に気づいていた。 「あたしのお部屋にこない」 しかないのだ。 2 4

3. SFマガジン 1973年4月号

「向こうへ移るんだって ? ムーアの話じや連中は″内集団″をつ宙船のわたしの窮屈な船室に比べたらずっとよかった。火星の文化 かじゅうぶんに進んでいて、板敷の寝床の上にはマットレスを敷い くっているというじゃよ、 十 / し、カ」 たほうが具合いがいいことを知っていたのは嬉しかった。それに、 「そんなら、・ほくもその″内″のなかにはいるんだろうさ」 だが、君が連中の言葉をどうやべッドもわたしに合うだけの長さがあり、これには驚かされた。 「どうもそういうことらしいな わたしは荷物をほどいて、書物の複写をはじめる前に三十五ミ ってマスターしたのか、ぼくには相変わらず見当もっかん。むろん リ・フィルムで寺院の写真を十六枚撮った。 ぼくも博士課程で、フランス語とドイツ語には苦労したがね。だ が、先週、昼飯のときにべティが火星語を披露してくれたのを・ほくわたしは複写をとり続けたが、しまいには、何が書いてあるか知 も聞いたが、なんだか不思議な音がいつばいしたよ。彼女がいってらずにページをめくるのがいやになってしまった。そこである歴史 たが、そいつを喋るのは、タイムズのクロスワード・パズルを解くの本の翻訳にとりかかった。 「見よ。シレン期の三十七年、雨降りきたりぬ。そは喜びをもたら のと同時に、小鳥の声を真似るようなものだってねー しぬ。めずらかにして思いがけざることなればなり。神の授福の証 わたしは笑い出して、彼が差し出した煙草をとった・ 「だが、そしとみえたり」 「たしかに複雑なことは複雑だね」わたしは認めた。 う、君のほうでいえば、まったく新種の菌類をここで突然発見した「されど、そはマラーンの神の、生命を授け賜う精液の天より降り というようなことさーーー君だって夜にはそんな夢を見てるんじゃなきたるにあらず。動脈より溢れ出でし宇宙の血なり。されば最後の 日々はわれらを訪れぬ。最後の舞いの始むべきときこそきたれ」 いのかい」 「雨は死にいたらざる病まいをもたらせり。かくてローカーの最後 彼の眼がキラキラと輝いた。 「そりやえらいこったよ ! ひょっとしたらとは思うがね。しかの局面はそが太鼓の音とともに始まりぬ : : : 」 し、まあ : : : 」 いったいこの筆者のタマーは何のことをいってるのだろう、とわ 「多分発見するさ」 たしは自問自答した。何故なら、彼は歴史家であり、恐らく事実に 拠っているに違いないからである。これは彼らの″黙示録ではな 彼は嬉しそうに笑った。そして二人でドアのほうへ向かった。 いのだ。 「君の薔薇は今夜からはじめよう。あっちでは気楽にやるんだな」 もしも彼らが昔の種族と同一でないとしたら : : : ? 「ありがとう。頼んだよ」 いったとおりのキ / コ気違いだ。だがまったくいい奴た。 いやいや、そんなことはない。わたしはじっと考え込んだ。ティ レリアンにいるわずかばかりの人びとは、明らかにかっては高度に ″ティレリアンの城のわたしの宿舎は寺院とすぐ隣り合ってい発達した文化を持った人びとの生き残りだ。彼らは戦争をしたの た。、それよりは奥にあって、ちょっと左に寄ったところだった。宇だ。だがそれは破滅的なものではなかったのだ。科学は持っていた 幻 3

4. SFマガジン 1973年4月号

「どこさ。どこにいるのよ」 「そうですね」ポーディはこたえた・ 「ほら、上の方。とかけと闘っている人。それと、村の上の方、何二人ともちょっと声がうわずっていた・壁画の中の女の人は、眉 かかつぎあげている人がいるでしよう」 をくるしげにゆがめていた。そして、おりかさなっている男の背中 「ほんと、本当だわ」 に爪をたてている。しがみついているように、裸わな腕に力がこも っていた。男は、女の人より若そうだった。地面に手をついて、反 彼女は、何か大発見でもしたみたいに手をうった・ りかえったような姿態をみせている女の人の表情を、放心したよう 「それから、一番下に」といって、ポーディは、例の鏡みたいな通 路の描かれている箇所をさした・「ほらね、二人いるでしよう・むにみつめている。筋肉質でたくましく、女の人を地面におさえつけ ているのだった・ きあって、短剣をつきたてあっているでしよう」 な・せか、三つの目の壁画の前にきたとき、アジタは、すっかり大 「まあ、まるで殺しあってるみたいね」と、かわいい眉をひそめ 人しくなっていた。 た。「でもさ、な・せなのかしら」 「前の画、どうおもった ? 」 「わかりません」 「別に : 彼女は、しばらく魅入られたようにその図柄をみつめていた。 ポーデイも、すっかりアジタを意識してしまっていた。 次の壁画では、人物は二人しかいなかった。女と男で、その女の 「あの男の人ね、やつばりあんたと似ていた。どうしてかしら」 人はさっきアジタが気づいたように、どことなく彼女に似ているの 。こっこ 0 と尋ねられたが、 : ホーディにはこたえられない。・ 三番目の壁画は、人の沢山すむ、あでやかな白と緑と桃色の不思 樹が沢山はえた土地で、まわりが嶮しくなっており、火が噴きあ がっている。その外側は、一面が水色で、上方の空に白い皿のよう議な村だった。むろんとても大きい。中央に塔の群があり、放射状 の道が規則的に走っていた。そして、それがそっくり、黄緑色の水 な乗物がうかんでいた。 の広がりに浮んでいるのだった 9 「沢山、果物がみのっているわ」 とアジタがしナ 「この壁画はね、おれの夢の世界そっくりなんだ : : : 」 とポーディはいった。 たしかに、楽園のように愉しげなかんじで、樹々のいたるところ 「あんたも、夢みるの」 に、小さな猿ゃねすみのような動物が、描かれているのだった・ でも、下方の中央の樹の下で、壁画の女と男は、何かしている。 「ええ、すごく変な夢。夢の中で、この壁画の中へいってるみたい アジタもポーデイもちゃんとわかっているが、わざと知らないふり なんだよ。アジタもみるの ? 」 をしている。 「ええ、みるわ」 「次へ移ろうよ」 「どんな夢 ? 」 9 2

5. SFマガジン 1973年4月号

もない。かれの感覚器官は不完全なのである。 くだした。それから、依頼人をじっと見つめた。「おたくにはおど こう 近所とはいえよく知らないところを歩きまわるのがかれにはすころきますね、まったく」と、ついにいった。「そうではない、 ぶる苦痛だった。ゆくてに消火栓や交通信号があり、このひとつひ かもしれない、とつぎからつぎへといろんなことをおっしやる。そ げんなま とつを目安にして方角をさだめなくてはならないていたらくなのれにはいちいちおたくの現金がかかってるんですよ。そしていった まち だ。かくて、・フロードリックに指定されていた、都市のその街区にん、はっきりした結論がでたかと思うってえと、それを信じようと たどりつくのに三十分もかかったのだった。プロードリックは、とはなさらない。ねえ、 いったいなにが望みなんですーーおたくのい あるシガー・ストアの中で神経質に足をカタカタやりながら待ちくわゆる火星人自身の口からかれらが一〇八号に住んでるんだという たびれていた。 宣誓でもとりつけたいんですか ? 」 「やっこさん、まぬけでしてねーーーまったく、とんまったらありや 「まあまあ、そうあせりなさんな」グラフューズはいった。「きみ しない」と、探偵はグラフ、ーズに打ち明けた。グラフ = ーズはソのドウ 1 ラン君が首尾よくやってくれてりや、 しいがね」 ーダ水売台でコークをすすっている。プロードリックが先をつづけ「くどいようですが、アイアン・マンはあまりおりこうじゃありま る。「とはいっても、こんな仕事をやるのはかれひとりきりなんせん。しかし、やっこさん、ボタンを押すことには慣れてまして で。かれらはドウ 1 ランをわずらわすと思いますか ? 」 ね。だれかが玄関へ出てくれば、小型カメラのボタンを押すんで グラフューズはストローをパクパクやりながらあやまるようにいす。わたしはその小型カメラをやっこさんのーーー」 った。「たぶんね。もし一〇八号がそれだとするとーーこ最後まで かれは悲鳴をきいていいやめた。通りのむこうで大気をつんざく いわずにしみじみ考えこみ、グラスの中をのぞいている。 ような甲高い悲鳴がおこったのだ。ついで、鋼鉄がコンクリートに 「いや、それにまちがいありませんね」プロードリックはきつばりぶちあたる音がした。ふたりは店をとびだすと、歩道そいにかけて っこ 0 といった。「。ヒクからマンチェスター・カーディアンまでありとあ らゆるものをとっているのが火星大使館でないとすりや、いナし かれらは、鉄人ドウーランの三百ポンドの肉体が重い金庫の下敷 なんだっていうんです ? 」 になってねばねばしたものを飛び散らし、グロテスクな格好で横た 「ポーランドの革命党員の隠れ家かな」スプリングフィールドからわっているのを見、 ( ッとして立ちどまった。ひとりの若い、やせ きた男は意見をのべた。「あるいは、ただの病人の集まりかもしれた黒人娘が泣きながら単調な声でひとりごとをつぶやいていた。 ん。だが、われわれがあそこにあたりをつけて張りこんでからまだ「最初にかれがグニャグニャッとなってそれからあれが落ちた 二週間もたっていない。データと呼べそうなものはなにもっかんじの。最初にかれがグニャグニャッとなって、それからーー」 ゃいないよ」 ・フロードリックは彼女の肩をつかんだ。「なにがあったんだ ? 」 探偵は神経質にしやっくりをし、いそいそと。へ。フシン錠剤を嚥みしやがれ声でさけんだ。 「なにを見た、えッ ? 」 4 6

6. SFマガジン 1973年4月号

「それじゃあ、君はどうして逃げ出したんだ ? 火星で妊娠するこわたしたちは死ぬんです」 とにどんな不都合がある ? タマ 1 は間違っている。君たちはまた「死なない」わたしはいった。 「じゃ、どうするの ? 」 生きることができるんだ」 1 ニが弾いているよう「ほくといっしょに地球へ行くんだ」 彼女は笑った。またあの、狂ったバガニ な、気違いじみた・ハイ十リンの音だった。あまりひどくならないう「だめよ」 「よし。じゃあともかく、いまはぼくといづしょにきてくれ」 ちにわたしがそれをとめた。 「どこへ ? 」 「どんなふうにしてそれができるの ? 」彼女はやがて頬をこすりな 「ティレリアンへ戻るんだ。、ほくが教母たちに話そう」 がら説いた。 「そんなことだめよ ! 今夜は儀式があるのよ ! 」 「君たちはぼくらよりずっと長く生きられる。もし・ほくたち二人の わたしは笑った。 子どもが正常だったら、二つの種族は結婚できるってことになる 「君たちを打ちのめし、そのうえ踏んだり蹴ったりする神のための 君たちの種族のなかには、ほかにもまだ受胎できる女の人がいるに 儀式かい ? 」 違いない。どうして生き伸びられないわけがある ? 」 「それでもやはりマラーンは神よ」彼女は答えた。「わたしたちは 「あなたはロ 1 カーの書をお読みになったでしよう」彼女はいっ た。「それでもまだそういうことをお訊きになるの ? 死は決めらやはりその神の民なんだわ」 れたこと、可決され、宣告されたことなんだわ。こういう形で現わ「君と・ほくのおやじとは、きっとよく話が合ったに違いないよ」わ ほくはいくそ。君も連れていく。たとえ でも、ずっと前からローカーの信者たたしは毒づいた。「だが、・ れてきたすぐあとでね : ・ なにしろ・ほくのほうが君より大きいからな」 ちは知っていました。ずっと前にそう決めていたの。″われらすべかついでもだ 「でも、あなたはオントロほゼ大きくはないわ」 てをなせり″その人たちはいってます。″われらすべてを見たり。 われらす・ヘてを聞き、感じとりぬ。舞いそよかりき。いまやそを終「そのオントロってのは何者だい ? 」 わりとやせん″とね : ・・ : 」 「あの男ならあなたを止めてしまうわ、ガリンジャー。それはマラ ーンの″拳″とされている男なの」 「君はそんなこと信じてはいない」 「わたしが信じようが信じまいが、そんなこと問題じゃないわ」彼 4 女は答えた。「マックワイ様と教母たちが、わたしたちは死ななけ ればならないと決めたのです。あの人たちの肩書きなんかもうお笑 い草だわ。でもその決定はこれからも支持されるでしよう。予言が わたしは車を飛ばし、わたしの知っているただひとつの入口、つ たったひとっ残されてはいます。でもそれは間違っているんです。まりマックワイの居所に通ずる入口の前で停めた。さっき、ヘッド 226

7. SFマガジン 1973年4月号

大伴さんの仕事場へ行った者も少ない。私は二回ほど入れてもら えた。立派な独立家屋で、内部には大量な資料が、きちんと整理さ れてあった。「ここで生活しているのか」と聞いたら「いやあ」 と、またもはぐらかされた。 そして、あの悲劇的な死である。「身よりがいないのじゃない か。われわれでお葬式を出してあげなければならないのでは」と の友人たちがお通夜にかけつけてみて、だれもが、あっと驚い 仕事場のとなりの家にご両親が健在で、大伴さんが上流階級の資 産家の子息だったことが、はじめてわかったのである。彼の父上と 私の亡父とが友人だったことも、その時に知った。 地味な服装をし、こまめに動きまわっていた大伴さんの印象と、 そのこととのずれを、私たちはどう理解したものか、それそれ呆然 と持てあました。 時にはどなりあったり、苦言を呈しあったりした経験者ばかりで ある。彼の家庭を知っていたら、ある距離を意識した交際となって いたことだろう。大伴さんはそれをきらって、最後までかくしつづ 一けてきたのだろうなと、いまになって思い当るのである。恥ず・ヘき ためでなく、よすぎるがために、かくすという演技をしつづけた。 告別式の日、小松左京は葬儀委員長なり、各誌の締切りをほうり 出し、二日がかりで弔辞を書いた。心のこもった文章で、私もこみ あげる涙を押さえきれなかった。 彼について語りたいことは、山のようにある。今後、作家が 会えば、必ず彼が話題に出てくるだろう。いつまでも。彼と交友の あった者が生き残っている限りは、思い出がくりかえし語られるに ちがいない。そのさきにおいても、伝説の人となって残るのではな かろうか。子供らには空想力と夢があり、巨大な生物へのあこがれ がある。そのなかのだれかが、ふと「こんなの、だれが作ったの」 と思う時、答えられるおとながいなくても、そのたびに大伴さんは どこかで満足した笑いを浮かべることだろう。 こ 0 筒井康隆 最初皆は、彼のことをャカモチと呼んでいた。それがいつのまに かトモさんになった。 ぼくが彼とはじめて親しく話したのは、彼が大阪へやってきて、 ・ほくのやっていたスタジオへふらりとあらわれた時だった。話しな がら、世の中には変った人もいるものだなあと思ったりした。 作家には喜劇的人物が多い。彼も喜劇的人物であったが、他 の人のように、モデルとして類型化することはどうしてもできなか った。それだけ特異で、複雑な人物でもあったわけだ。 笑い顔、笑い声も独特だった。 ・ほくが何かつまらない冗談をいう。 一秒か一一秒、彼は黙っている。その間彼はぼくの言った冗談と結 びつく、自分の内部のもっとも笑いを誘う事象を模索しているの だ。そして突然笑い出す。口を大きくあけ、あまり大きくない押し 殺した声で、本当に面白そうに笑うのだ。たいへん高度なユ 1 モリ ストであったと思う。 彼への親しみが次第に深まった。 最近は疎遠だったが、思い出せばいつでもまざまざと瞼に浮かぶ 人物だった。 トモさんにはもう会えないのだろうか。おそらくもう会えないの だろうが、そうだとしたらたいへん淋しい だが、トモさんのした仕事の中のいくつかの傑作は、ぼくの胸に 残っている。四歳になる・ほくの息子の心にさえ、傑作「セラファ ン」三部作として残っている。スト 1 リイを暗記してしまっている のだ。 まだまだ楽しく、面白おかしく交際したい人物だったが、広瀬正 がタイム・マシンに乗って去っていった直後、彼も怪獣の背中に乗 ってどこかへ行ってしまった。もう戻ってこないのだ。・ほくが歳を とってから見るであろう、作家馬鹿話時代の夢の中にしか戻っ トモさんの思い出 9

8. SFマガジン 1973年4月号

一例をあげれば、天井は丸天井にな 0 ており、肘木でささえられ これが二重言語のケースだとは知る由もなかったーー・つまり俗語と ていた。また他の例をあげれば、壁溝の彫られた側柱が並んでい 古典語の二つである。彼らの俗語ーーー古代インド語でいえばプラー そこは宏大だった。 クリ , トに当たるものは、いくらかわたしも知 0 ていた。今度は彼た。また他の例では・ー、・ああ、きりがないー らのサクリ ' トに当たるものを全部学ばなければならないこと壮麗だ「た。も 0 さりした外部からはとうてい想像もできない眺め ・こっこ 0 になったのだ。 わたしは身体をかがめて儀式用のテープルに施された金細工を調 「ええい、畜生 ! 」 べてみた。マ , クワイはわたしの熱心な様子に気をよくしたようだ 「何といわれましたか ? 」 ったが、こっちは何くわぬ顔をよそおったりするのがもうすっかり 「いや、これは訳することはできません、マックワイ様。しかしご 、やこよっこい境だった。 自身も、急いで " 高等語。を学ばなければならないという場合をごし ~ オナ、・ テ 1 プルには本が山と積まれていた。 想像ください。それがどんな気持かはおわかりいただけましよう」 わたしはつま先で床のモザイクをなそってみた。 彼女はまた面白がっているように見えた。それからわたしに靴を 「あなたがたの都市は、この建物ひとつのなかにすっかりおさまっ 脱ぐように命じた。 ているのですか ? 」 彼女はわたしの先に立って片隅のくぐりを通り抜け : 「そうです。山の向こう側にまで達しています」 : ・そしてビザンチン風のまばゆい光景がいきなり眼の前に広が 「なるほど」とわたしはいったが、その実何もわかってはいなかっ こ 0 以前に地球人がこの部屋まできたことはなか 0 た。さもなければ彼女に道案内を頼むことはまだとてもできなか「た。 嚀ぐらいはわたしも耳にしていたはずである。第一回探検のときの彼女はテー・フルのそばの小さな腰掛のところ〈いらた。 言語学者カーターは、医学博士 / アリー・アレンなる人物の助けを「さあ、あなたの " 高等語 ~ の学習をはじめましようか ? 」 わたしは、おそかれ早かれ、なんとかしてここに写真機を持ち込 借りて、わたしが知っている限りの文法と単語とを習得していた が、それは控えの間であぐらをかいて坐りながら習い覚えたものだまなければならない、と考えながら、このホ 1 ~ を眼のカ , ラに写 しとろうとしていた。わたしはやっとの思いで小さな像から視線を ったのだ。 われわれはこういうものがあるとは思 0 てもいなか 0 た。わたし振りもぎるとうなずいた。 よろしくお願いいたします」 は夢中になってあたりに眼を凝らした。装飾の背後には高度に洗練「はい。 わたしは腰をおろした。 された美の様式がうかがわれた。火星人の文化に対するそれまでの つぎの三週間というもの、わたしの瞼の裏では、眠ろうとするとき 評価を、すっかり改めなければならないように思われた。

9. SFマガジン 1973年4月号

つく。頭のてつべんの禿には毛が生え、眼は輝きを帯び、顔の皺はが、本人が委員会へ出頭すると、向うの連中が胆を潰した。頸など の腕白どものサッカーチームで攻撃の主力 5 伸び、大体が大変元気旺盛になった。我々は途方に暮れ、頭をかかは牛みたいで、アパート えた。正確に一一一口えば、頭をかかえたのは私で、この時分にはコップになる。ところが最近一、二年はまた痩せて来て、耳などはまった ーを集め出し スにはもうどうでもよくなっていたのだ。しかしながら永遠の若さく洗わず、近頃では、見ていると、マッチ箱のペ 1 たようだ : ・ : ときに君は以前、まだ本物の事務長だった時のコップ ということは非常に結構だが、実際に人間が年を取らないであべこ べに若くなって来ると、これはもう冗談ではなくなる。あちこち走スを知らなかったかい ? 」 り廻って、どこかにフェオナズの組成が書留めてないかと探し廻っ 我々は勘定を払って、酒場を出て、いまは街路を歩いていた。 て、クリスタルを復原しようとするんだが、当時は万事がいい加減「以前にも知らなかった」と私は言った。「いまだって知らない。 ったい彼は、何といったらいいか、その、いまもピン。ヒンしてい で、クリスタルの組成など確めてもなかった。その間にも時がた ち、表向きにはコツ。フスは定年が近くなるんだが、知的にも、肉体るのかい ? 」 ? コップスが ? さっき酒場の店先で私が話を交したのが 的にも万事逆のことが起るのだ。容貌も、習慣も、しぐさも変って「誰が くる。以前は奴はひとり暮しの家へ。あらゆる新案特許の家庭用品奴なのだ。昼めし代を遣ったのだ。いまはもう奴を見棄てることは を持ち込んで喜んでいたものだった。テレビでサッカーの試合を観できない。ずいぶん長い間一諸に暮して、クリスタルの事件もみな るのも嫌いじゃなく、推理小説以外は何も読まなかった。時がたっ私の眼前で起ったことだ。そのまま一諸に暮しているよ。私は研究 に従って、居心地のいい家にも関心が無くなり、自分の道楽 , ーー例所を勤め上げて、恩給を貰うことになった。私個人としては生盾費 のクリスタルーーも捨ててしまい、図書館では『人生問題を扱っはあまりかからないし、奴だっていまでは同様だ。十八歳の頃は流 た』小説を探すようになり、集合では暴露演説をやらかす。また何行の背広をつくるんで、裾の切り込みを一つにするとか、二つにす 年かたっと、一人住まいの家では退屈になり、アパート へ引越しとるとかで、大変だったがね。十四歳になっては、もうどうってこと : ・ところで、奴は知っていたことをどんどん忘れて行くん 来るし、サッカーも直接竸技場で観る。『人生問題を扱った』小説もない : も顧みなくなり、スポーツ雑誌ばかり購読する。また何年か過ぎるで、この秋には小学校へ遣ろうと思っている、九年へね。それから と、スポーツも捨てて、ジャズに熱中する。ギター、オートバイ、 八年、七年、六年、五年とだんだん下って行くわけだ。まったく教 ーティに女の子と来る。さらに何年かたっと、また変化が起る。育をしないでもいられないからなあ」 女の子は以前の通りだが、もつばらプラトニックな愛というやっ赤ら顔の男は嘆息した。 で、自分の髪型をあれこれ変えてみたり、詩をつくったりする。仕「私の最大の希望は、勿論、誰かがこの間題に関心を持って、クリ 事のことは頭になくなり、研究所をクビになる。私は奴のために恩スタルを復原する手段を発見し、コップスを元通りにしてくれるこ 給を請求してみたが、飛んでもないこった。書類の上では六十歳だとだ。だが、誰にも自分の仕事があるし、皆時間が足りないんだー

10. SFマガジン 1973年4月号

あれほどりつばな、社会的功績のある御両親を今はただ、安らかに眠ってほしいと思う。 生前君を誰よりも深く愛された御両親がおられ一一 もちながら、 る。 その構想が未完に終ったのは、 生前君が、仕事関係の人たちにも、親しい友人君のために惜しみてあまりあるが、 御親族の方々もおられる。 たちにも、 しかし、君がやりかけていた事は、 私たち友人、仲間、知己もここにいる。 ただの一言も、その事を話さなかったのは 君といっしょに仕事をして来た人たち、 そして、この会場の外、日本中にも、 それを証明しているように思う。 君が育てた人たち、そして、 君の仕事と作品を知る若者たちや子供たちがい て、 君の作品に夢中になった子供たちによって 君の抱いていたその巨大な構想は、 いっかはきっと完成されるだろう。 みんなが君の魂を見まもっている。 男一匹、人生を賭けるに足る夢だった。 私たちみんなが、君という存在を通して抱いて君の魂の、休息と安らぎを、 そして君との生前の交遊をふりかえると、 いた期待にこたえて、 心からねがいながら : 君はようやくここ、 二、三年の間に、 だから その夢に、形をあたえるきっかけを 伴さん 今ここで、私たちは、 つかみかけていたように田 5 う。 大伴昌司くん 形ある君に、おわかれを言わなくてはならない 長い、多方面にわたる模索の末、 四至本豊治くん カ 君はやっとこれから、 今こそゆっくりと休みたまえ。 私たちの心は、いつでも、そしていつまでも、 社会に「勝負」に出ようとしていた所にちがい 生前の君は、あまりに忙がしすぎた。 君の傍にいる。 鋧敏すぎる神経をはりつめさせ 一人々々の心の中に、 その矢先の、突然の死である。 あらゆる事に気をくばり 終生消えぬ、君の思い出を抱いて、 君自身にとっては、かぎりなく残念な事だった大きすぎるほど大きな夢を実現させるために ろう。 あまりにもはげしく働きすぎた。 では、 そして、君をここまで育て上げられた御両親に生前の、忙しすぎた君、 伴さん、 とってはもちろん、 つんのめるように生きてきた君を知る私たち大伴昌司くん、 君のこれからの仕事を、期待していた 四至本豊治くん 私たちにとっても、 今こそ君に、ゆっくりと休み、 今こそ、安らかに眠りたまえ、ただ安らかに、 かぎりなく惜しく、かぎりなく悲しい事だ。 おだやかに、ただひたすら安らかに、 さようなら。 眠ってほしいと思う。 だが、伴さん。 私たちみんな、それを心からねがっている。 人一倍大きな構想を抱いて、 そしてまた君は、ひとりぼっちで眠るのではな 一九七三年二月一日 人一倍はげしく、忙がしく生きて来た君の上 生前の君は、 会葬者代表 まわりの誰もあたえる事のできなかった休息の意気地を持ち、企てを抱く男の 時が、今ようやく来たのだ。 誰もがたえねばならない 人の子たるもの、誰もが一生に一度はあたえら人生の孤独にたえてきた。 れる安らぎの時が、 私たちはその事を知っている。 私たちより一足先に、君の上に来たのだ。 だが、今こそ君は、ひとり・ほっちではない。 君の人生の、闘いの時は終った。 ここに、 松左京 6