アンダーソン - みる会図書館


検索対象: SFマガジン 1973年6月号
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1. SFマガジン 1973年6月号

の玉、のことです」 と明るみはじめた。短いアラスカの夏の夜が終ったのである。アン やっ 「火の玉 ? 」わたしは、男に憐れを感じていたのだが、びつくりしダ 1 ソンは眼をこすりこすり、窶れた顔をわたしへ向けた。 て叫んだ。「あれは何なの ? 」 「ひやー ! きみ、まるで病人みたいじゃよ、 あな 「地窖のものたちです ! 」男はつぶやいた。 「そういうきみの顔はどうなんだ、スター ! 」とわたしは答えた。 男は横倒しに倒れた。わたしたちは急いで男のそばへ駆けよって「あれは恐ろしかった、ほんとうに恐ろしかった ! きみはあれを いった。アンダーソンが膝をついた。 どう解釈する ? 」 「うわー フランク、これを見ろ」と彼は叫んだ。 「答えはそこに寝ている男だけしか知らんのじゃないかな」わたし 彼は男の両手を指さしたのだ。両手首にポロポロになったシャッ たちがかぶせてやった毛布の下で、死んだように動かないでいる形 てのひら の切れ地を巻きつけてある。手が切株みたいだ ! 指が掌へ折れをさして、アンダーソンが言った。「あの光、正体はしらんが、こ 曲がり、肉が裂けて関節の骨が見えているのだ。まるで黒い小象のの男を探していたんじゃないのかな ? あの光にはオーロラの性質 趾のようなかたちである ! 腰には黄色い金属でできたがっしりしはなかったよ、フランク。まるで牧師連中の話す地獄からばっと燃 えあがった火みたいだった。ほら、・ほくたちを震えあがらせようと た・ハンドが回わしてある。・ハンドに大きな環がひとつ、そこから一 ダースばかりの環がつながり、きらきらした白いクサリとなって流していくら説教しても、ちっともびんと来ない : : : 」 れている ! 「今日はもう、ぼくたちこれから先へは行かないことにしよう」わ 「何者だろう ? いったいどこから来たんだろう ? 」アンダーソン たしは言った。「ぼくはこの男、起こしたくない。五つの蜂の間を が言った。「おや、ぐっすり寝込んでいるそーーだけど眠りながら流れている金をぜんぶくれると言われても気が進まん。いや、峰の 腕が何かを攀じの・ほる動作をしている、足が交互に動いている ! うしろに潜んでいる悪魔どもがよってたかって攻めたてても、ぼく それから、ほら、その膝頭 ! こんな姿でよく動けたもんだ ! 」 はこの男・・・・ : 」 アンダーソンの言うとおりだった。深い眠りに落ちてはいるが、 這う男は、まるで三途の川のように深く眠っていた。わたしたち 男の手足はゆっくりと攀じのぼる動作をつづけている。恐ろしい光は男の手を洗滌し、繃帯をしてやった。腕と脚も、松葉杖のように 景だ。まるで手足がそれだけで生きているみたいだ。動かない胴体こわばっていた。介抱してやっている間、男はまったく動かなかっ とは独立に動きつづけている。信号機の腕木のような動きだ。汽車た。男は倒れたままの姿勢で、腕をすこしあげ、膝を曲げたまま、 の後尾に立って、信号機の腕木が上下するのを見たことのある人な死んだように横たわっていた。 わたしは男の腰をしめつけている・ハンドにヤスリを当てはじめ ら、わたしの言う意味がわかっていただけるだろう。 や とっ・せん頭上の囁きがやんだ。光の箭は落ち、二度とは昇らなく た。それは金であったが、わたしがこれまで扱いなれてきた金とは なった。這う男はしずかになった。わたしたちのまわりが薄っすらまるで性質がちがっていた。柔いことは柔いが、それより何か薄ぎ 6 8

2. SFマガジン 1973年6月号

ってしまいたい衝動でわたしの全身を満たした。マストに縛りつけを背景に、そのギザギザした山顛が淡くそれらしい輪郭をみせてい られたユリシーズが、水晶のように澄んだ、甘美なサイレンのいざたのだった。そして今、わたしたちを導いてきたあのふしぎな光芒 ないの唄に魅せられたとき、やはりこのような、どうにもならないによって、それが目指す山だとはっきりわたしたちは知ったのであ る。 衝動に身悶えしたに相違なかった。 アンダーソンが凝然と立ちすくんだ。囁き声のなかに、奇妙な足 囁き声は大きくなっていった。 「大のやつら、どうかしたのか ? 」スター・アンダーソンがうわず音が聞こえる。足音、それとサラサラという葉ずれの音だ。あたか も小さな熊がこちらへ近づいてくるかのような音である。 った声で叫んだ。「あの様子、みてみろ ! 」 わたしは焚火へ薪の東を投げこんだ。それが炎をあげはじめたと マレミ - ュート大どもは、けたたましく吠えながら、光のほうへま っしぐらに駆けだしていった。いくばくもなく、動物たちは木々のき、わたしは何かが茂みのなかをとおるのを見た。それは四つ足で 間に消え去ってしまった。悲しげな吠声がひとっ響いてきたのだが歩いていた。だが熊のような歩き方ではない。とっぜん、比喩が浮 それも遠のき、あとにはただ、しつこい囁きだけがわたしたちの頭かんだ・・ーーそれは階段を這いの・ほってくる赤ん坊に似ていた。前肢 が、幼児の匍匐のようにぎこちなく持上がった。グロテスクであ 上に残っていた。 わたしたちがキャンプした林間の空地は、まっすぐに北に向いてる。が同時に恐ろしかった。それは近づいてきた。わたしたちはガ ンを取上げた。だがおろした。這ってくるものが人間だとわかった 空いていた。わたしたちは、ユーコン河をめざして溯行していくコ からであるー スコクウイム川が、最初にまがる大きな彎曲部から、三百マイルば かり北のあたりに達していたと思う。わたしたちはたしかに、人跡まさしく人間であった。ぎごちなく、攀じのぼるような妙な這い 未踏の礦野のまっただなかであった。わたしたちは春まだきにカナ方でなおも近づいてきて、焚火のそばへ来ると、身を投げだすよう ダ領のドーソンから出発し、五つの山峰の間に埋もれた名もない山にして止まった。 をめざしたのだった。わたしたちは充分に他の。 ( ーティーよりは先「 : : : 安全だ」這う男はささやいた。まるで頭上の囁き声のこだま 駆けていた。アサバスカ地方のインディアンの魔術師が、握った拳のような声であった。「ここにいれば安全です。かれらは、あそこ のすきまから。 ( テがはみだしてくるように、五つの峰の間から金がから出てこれない。かれら、あなたがたをまえることができませ んーー・あなたがたがあれに答えないかぎりーー」 流れだしてくると、わたしたちに教えたのである。 「狂人だよ」アンダーソンが言った。そして、そのかっては人であ わたしたちは案内のインディアンを一人も傭うことができなかっ 0 たたれた生きものに向 0 てやさしく呼びかけた。「きみ、大丈 た。手の山の国には呪いがかけられている、と彼らは言張って肯か 夫だよーーーだれも追ってくるものなんかいないよ」 なかったのである。 わたしたちは前夜からひとつの山に気づいていた。脈動する輝き「あれに答えてはいけません」這う男はなおも繰りかえした。「火 5 8

3. SFマガジン 1973年6月号

たない、ねばっこい生命のようなものがこの金にはあるようだっ わたしたちは男を見詰めた円するとまたわたしの胸のなかに、火 の玉がいっしょに持込んできた、あの奇妙な、狂いだしそうな衝動 金属はヤスリに吸いついた。切りこんでいくと、まるで生きものがかすかに戻ってくるのをわたしは感じた。 のように身をよじらせた。わたしは勢いよくこすりたてて割り、捻「洞穴のものたち : : : 」男は繰りかえした。「ノアの洪水以前に何 じまげて男の腰から外すと、放り投げた。恐ろし、 し、いとわしい金かの悪神が創造した生きものなんです、それが善い神の復讐をどう 属であった ! にかしてのがれて、生ぎのびているんです。かれらはぼくを呼んで その日一日中、男は眠った。暗くなったがまだ眠っていた。たが いたんです ! 」男はあっさりとつけくわえた。 その夜は、五つの蜂のうしろで青い靄は現われなかったし、怪しい アンダーソンとわたしは顔を見合せた。どちらも同じ考えが去来 光の小球も昇らず、囁き声もしなかった。恐怖の呪力は退いているしていた。 かにみえた だが遠くへ潜んでしまったとは思えなかった。アン 「ちがいますよ」這う男は、わたしたちの心を読んで言った。「・ほ ダーソンもわたしも、その何か恐ろしいものが、おそらく退いては くは狂っているんじゃありません。ほんのすこしでいいから飲むも いるのだろうが、依然として絳々のうしろに待っていると感じてのをくれませんか。・ほくはもうすぐ死にます。死ぬ前に、・ほくをで きるだけ南へ運んでくれませんか ? そして後で、火を焚いて、ば 這う男が眼をさましたのは翌日の昼ごろであった。快さそうな、 くの体を焼いてくたさし 、。ぼくは、かれらが悪魔の計略をもちい 間延びのした声がしたので、わたしはびくっとした。 て、・ほくの体を曳きずってゆけないような姿になっていたいので 「にく、どれくらい眠っていたんでしよう ? 男がいた。わたしす。ぼくが かれらのことをお話すれば、あなたがたもきっとそ が見詰めていると、男の淡い碧眼が不審げにまたたいた 9 うしてくれます : : : 」男はためらいながらつけくわえた。 「一と晩だねーー二日近くだ」とわたしは答えた。 わたしたちが・フランデーと水を口のそばへつけてやると、男はそ 「ゆうべあそこに火はあがりませんでしたか ? 」男は真剣な表情でれを飲んだ。 北のほうへ視線をやった。「囁き声もですか ? 」 「腕も脚もぜん。せん死んでしまっているんです」男は言った。「ぼ 「でなかったよ」わたしは答えた。男は頭をのけそらせ、空を見上く自身がもうすぐ死ぬようにですね。じゃ、あの手のうしろに何が あるか話してあげましよう。くそッ げた。 聞いてください。・ほくの名はスタントン シンクレア・スタン 「かれら、諦めたんですね ? 」男はようやく言った。 「誰が諦めたって ? 」アンダーソンが訊いた。 トンです。エール大学の一九〇〇年の卒業です。探検家なんです。 あな 「地窖のものたちです ! 」這う男の口から、もう一度この言葉がでぼくは去年ドウソンを出発したんです。魔の国に、手のようなかた 7 ちにそびえている五つの峰を探検しようとしたんです。あそこには こ 0

4. SFマガジン 1973年6月号

カリフォルニア州メンロー ークのスタンフォード研究所 ()o まげたり、精神集中によって磁カ計や電子器械に変化を与えたりするのを確 といえばアメリカ最大のシンク・タンクとして有名である。常時一一六〇〇人認した、と書いていた。そしてこの実験にたずさわったの他のメイ ( のあらゆる部門での専門家たちを擁し、政府、軍、および民間企業のさまざ ーとして、物理学者 ( ロルト・プソフ、ケント州立大学の物理学者ウィリア まのプロジェクトを引き受け、大きな成果を挙げていることはよく知られて ッチェル ム・フランクリン教授、さらに、退役した宇宙飛行士エドガー・ミ いて、去年一年間の同研究所の売上げはゆうに七〇 0 〇万ドル〈一八〇 ~ 九の名前をあげていゑ 〇億円〉に達したといわれているが、この超一流の科学・技術開発の中心地 エドガー・ミッチェルは、宇宙飛行士を辞めてから、心霊現象を研究する で現在、超能力の実験が行なわれつつあって大いに話題を呼んでいる。 団体を自ら創立して、この種の実験を熱心にやっているが、彼はタイム誌の もちろん、超能力の実験を、各国の各種団体が秘密裡に行なっている、と記者とのインタビューで、「アンダースンを始めの研究者たちの多く ジェスイン いう噂は従来でもしばしば流されて、とくに最近では、ソ連で〈生物学的無がゲラーは本物だと考えている。彼らは実験結果が科学的に有効であること 線通信〉あるいは隠された人間の頭脳領域の研究としてこれがかなり積極的を立証できると言明している」と述べている。 に行なわれつつある、という話がしきりと伝わってくるし、じっさいそうし ただしこれについて当のアンダースンは、「ミッチェル氏の意見は た本も出版されている。しかし、一般にこの種の〈超能力〉は、科学的研究の公式見解ではない。しかしゲラーは、被験体としてわれわれに提供された 対象としてあまりに漠然としている上、その決め手があるいは統計学的に不ものであり、計測値は、われわれの研究所で行なわれた実験にもとづくもの 十分であったり、あるいは科学的な反復性に乏しかったりして、話題となるであるので、その意味では信憑性があると考えていいだろう」と、やや異る わりにはあまり信憑性のあるものといえなかった。 意見を述べている。 事実、今度のでの実験でも、その信憑性をめぐってたちまち多くの しかし、これにつづいて国防省が動きだしたことは事実で、この実験後、 論争が起っている。被実験者は今年二十五歳になるウリ・ゲラーというイス同省の科学コンサルタントをつとめるオレゴン大学心理学教授のレイ・ ( イ ラエル人で、彼はの研究者たちの眼前でテレ・ハシーによる交信をはじ マンと、同じく同省の高等研究開発協会 ( ) のプロジェクト・マネー め、完全に隠蔽されている物体を発見しあるいは精神力で金属の器具をまげジャーの一人ジョージ・ロ 1 レンスとがに派遣され、ヴァージニア大 るなどの実験をしてみせ、最初この種の実険には頭から反対の態度をとって学の心理学者で長年にわたって超心理学の研究に従事してきたヴァン・ド・キ いた所長チャールズ・アンダースンの気持ちを変えさせ、研究を継続ャスルとともに、再調査を行なっている。その結果ヴァン・ド・キャスルは することに踏み切らせたという。 「ゲラーは確かに更に研究するに値する」と言明した。しかし、ハイマンと このことを最初に一般に公表したのは、の物理学者ラッセル・ター ローレンスとは、これに同調せず、むしろ、ゲラーは結局偽物だという見解 グで、彼はあるアメリカ有数の科学雑誌に手紙を送り、のチームが心をとった。とくに ( イマンは、実験中「さまざまの疑わしい抜け道や曖味な 霊術の実験に従事していること、それについて記事を書いてもよいことを提部分」を発見したばかりでなく、あきらかなトリックーーターグやプソフは 案したのである。 これに全く気がっかなかったーーを使っている現場を目撃したとさえいう。 ターグはこの手紙の中で、れいのゲラーが全く手を触れずに金属のものを たとえばゲラーはテレ・ハシーの実験中にローレンスにむかってから川まで ャ ジシクタン。と、 震鬣阜、 - 弩まを 加藤 ' 喬 8

5. SFマガジン 1973年6月号

「ないわ。わたしが強化したいものは、ル、ツ ′リク産業だけ。うちすごく熱くなり、比較的涼しい隅へたどりついて、フリツ・ハーには の統計部長が、前にこういったことがあるわ。『ミス・ルハリ ッきかえるとほっとした。 おしろい ク、太陽系内のコールドクリームと白粉を一手に販売することがで ぼくたちは ( ーネスを着け、装備を点検した。彼女はびっちりし きれば、あなたは幸福になれますよ。それに金持にもね』彼のいう たグリーンの水着に着かえていた。その眩しさに・ほくは思わず目を とおりだった。これがその生きた証拠よ。わたしはこんな顔かたちそらせてから、またふりかえった。 にもなれたし、なんでもできるし、系内の化粧品の大半を一手に売 ぼくは繩梯子の端を固定し、足で船べりのむこうへ蹴り出した・ ってもいるわーーーだけど、意地でも、わたしはなんでもできなくちそれから、〈城〉の壁をどんどんと叩しナ ゃならないの」 「なあに ? 」 「きみは事実クールで有能に見えるがね」 「左舷船尾の〈城〉には話したか ? 」ばくはどなった・ 「でも、この暑さじやクールとよ をいかないわ」彼女は立ちあがっ 「あっちは準備完了」と、返事がもどってきた・「繩梯子も引繝も た。「ひと泳ぎしない ? 」 ぜんぶ下りてるそうよ」 「きみ、この船はかなりスビードが出てるんだぜ」 「ほんとにやる気ですか ? 」彼女の宣伝係、アンダースンなる名の 「わかりきったこと、いわないで。さっき、突きおとされても泳い日焼けした小男がきいた・ で帰ってこれるといった人はだれ ? 前言を取消す ? 彼は〈城〉のかたわらでデッキチまアにすわり、ストローでレモ ネードを吸っていた・ 「じゃ、スクー・ハの道具を二人分持ってきてよ。テン・スクエア号「危険かもしれませんよ」すぼまったロで、彼は観察をのべた・ の下で競争しましよう。 ( 彼の歯は、かたわらの別のグラスの中にはいっているのだ ) いっとくけど、負けないわよ」と、彼女はつけたした。 「ええ、そうよ」彼女はにつこりした・「たしかに危険・でも、大 ・ほくは立ちあがって彼女を見くだした。そうすることで、いつも騒ぎするほどじゃないわ」 女たちに優越感をもてるからだ。 「では、すこし撮影してもいいかな ? 一時間でライフラインへ送 「リア ( リ たので、後妻はそれを嫉炻して子供たちを白島に変えたル ) の娘。。ヒカソれますよ。すると、今夜には = = ーヨークに着く。こりやいい宣伝 の目。よろしい、挑戦に応じる・右舷船首の〈城〉で会おう。十分だ」 以内に」 「だめ」彼女はいって、・ほくたち二人に背を向けた・ 「十分以内に」彼女は応じた。 そして、ひたいに手をかざした。 まさしく十分だった。中央ドームから〈城〉までは、ぼくのよう「ねえ、これ預ってて」 , に大荷物をかかえているといどうしても二分はかかる・サンダレ ノが彼女は箱いつばいの角膜をアンダースンにわたした・つぎに向き 幻 5 1

6. SFマガジン 1973年6月号

のうえに伸びていました。すると、地溝へおりている石段が見えたれはちがう、という気になったんです。 そう、かれこれ半マイルぐらいも下降したでしようか、ぼくは踊 のです ! 」 り場に達したのです。そこのところからは石段は字型に屈曲して、 「石段が ! 」わたしたちは異ロ同音に叫んだ。 「石段です」這う男は、前のように冷静に繰りかえした。「岩そのまた同じ角度でどこまでも下降しているんです。こんな屈曲を三カ ものを刻んでつけた段々というよりは、石でつくって篏めこんだも所も経験すると、ぼくは、この調子でジグザグ型にどこまでも下降 ート、幅五フ ののように見えました。どの石も長さは二十フィ していくんだなとわかってきたんです。そうするといったい、どう トはあったでしよう。 石段はプラットホームから降りはじめて、青 いうことになるんです ? 露頭の層がこんなに均等に存在すること は不可能だ。すると、ああ、これはやつばり人間が造ったものなん い靄のなかへ消えていました」 「絶壁の面にーーー」とアンダーソンがとても信じられないというふオ ど ! しかしいったい誰が ? また何のために ? ばくにもわかり あな うに言った。「階段がつくってあって、底のない地溝へ降りていつません。答えはあの、地溝のふちにある廃墟が握っていますーーで てるってのはーー」 すがぼくはこれは永久に解読できないナゾのような気がします。 あな 「底なしではないんです」這う男がさえぎった。「底はあったんで 正午になると、ぼくはもう地溝のふちを見失ってしまいました・ す。ぼくは底へ着きました 9 石段を降りて、だんだんと降りて ! 」上にも下にも、たた青い靄がかかっているだけーーそうなんです。 男は自分の心をしつかりと擱むかのように見えた。 周囲を見まわしても、まったく何もありません。自分のすぐそばか 「そうなんです」男はしつかりとした語調でつづけた。「ぼくは石ら手の岩肌はみんな同じ靄のなかに掻き消されていたからです。ぼ 段を降りていきました 9 だけどその日ではありません。・ほくは門道 くはめまいも感ぜず、恐怖もお・ほえませんでした。ただひどく好奇 のうしろでキャンプを張っていたんです。・ほくは夜明けに、リュ 心が昻まっていました。何が発見できるだろうか、と。北極と南極 クサックに食料と水を詰めて、水は門道のそばの泉から水筒二つにが熱帯の花園であった太古にこのあたりを支配したすばらしい古代 満たしてですね、それで彫刻のある一枚岩の二つの間をとおって、文明か ? 新世界か ? 人間存在の神秘を解くカギが見つかるか ? あなふち とにかく生きものはまったくいない、と・ほくは確信に近いものを持 地溝の縁をまたいだのです 9 あな っていました。すべてが古すぎて、生きたものが近くにいるはずが 石段は地溝の内壁にそって、四十五度の傾斜でついていました・ 「ぼくは降りながら、石段をくらべました。地溝の内壁をつくってないのだと 9 しかしこれだけすばらしいものを残していっているの だから、それをたどっていけばほんとうに驚異的なものが発見され いる花崗岩質の斑岩とはまったくちがった、緑つにい岩でできてい るんです、石段は。・ほくもはじめは、これをつくった人類は、内壁るかもしれない。それは何だろう ? とにかくぼくはさらに降りて いきました。 の露頭を利用して、それを刻んで石段にしたんだろうと思ったんで す。ところが、、石段の下降角度がどこまでも一定なので、どうもこ ばくは一定の距離を降りるごとに、小さな洞の入口に出会いま あな

7. SFマガジン 1973年6月号

純金の鉱脈があるんです。あなたがたも同じ目的たったんでしょ道路なんてす・道路は山までまっすぐに走っていました。ええ、そ う ? そうだと思っていましたよ。去年の秋のおわりにぼくの仲間りや道路は道路なんですが、何百万何千万の足が何千年もの間踏み 8 は病気で倒れたんです。インディアンのポーターをつけて送り返しつけたというふうな、ひどい傷みようなんです。道路の両側は砂、 ました。それからしばらくして、ぼくのインディアンたちは、ま をくそして石の堆積でした。しばらくすると、ぼくは石に注意が向いて の目的が何であるかを知って、逃げてしまいました。ぼくはあくまきたんです。石はちゃんと人間が切ったものです。石の積み方から で目的を貫徹しようと決心して、小屋をつくり、食糧とともにそこみて、ぼくは何やら、一万年以前にすでにもう、これらの石は住居 に立籠って冬を越そうとしました。越冬はまあ悪くはなかったんの廃城だったのではないだろうかと考えました。とにかく、それほ ですーー・ご存知のように穏かな冬でしたからね。春が来て、ぼくはど古いものと見えたのです。わたしは堆石に人間を感じました。そ また出発しました。それから二週間たらずで、五つの峰を見たんでれとともに、石はどれもとほうもない古代性の匂いがしていたので す。ですが、こっちの側からじゃありません。もうすこしプランデす。 1 くれませんか。 例の峰が真近にせまっていました。廃墟の堆石はますます密とな ぼくはすこし迂回しすぎていたんです。あまり北へ行過ぎていた り、足の踏場もないくらいです。それらの上には、どう表現のしょ ので、引返してきました。あなたがたも、こっちの側からでは、手うもない荒寥とした、なにかしら陰気なものが漂っていました。そ のふもとまでびっしり埋めている森林しか見えないでしよう。とこれらの石から発する何かが、まるで幽霊のように、ぼくの心臓を搏 ろが、反対の側から見るとーーー」 ちました。幽霊にさわられたような感しなのです。幽霊といって しばらく口をやすめた。 も、あんまり大昔のもので、いっそ幽霊の幽霊とでも形容したいよ 「反対側にも森林はあります。ですが、そう深くまでは埋めていなうな、一種の鬼気というやつですね。ばくはとにかく進みました。 いのです。そうなんですよ ! それでぼくは森林を突破したんですると、峰々のふもとに隆起した低い尾根だとばかり思っていた す。ぼくの前には平坦な原が何マイルものびていたんです。平坦なものが、実はさらに大きな廃墟たとわかったんです。手の山はずい 原は毀れた・ハビロン都城をとりまく砂漠のように、荒廃した太古のぶんまだ遠いのです。道路はこの大きな廃墟のなかへ通じていまし ものの感じなんです。その平原の端に例の峰々がそびえていたんでた。そして、ちょうど門道といったらよいか、両側に高く積重ねら す。ぼくと五つの峰ーーずっと遠くにそびえるその山との間に、一れた高い石塁のあいだを道路はとおっていたのです」 見低い堤防のような、岩を積み重ねたものがあったんです。すると 這う男はことばをやすめた。男の両手が、またあの、嘔気をもよ ぼくは道路につきあたったんです ! 」 おすような、一歩一歩攀じのぼるようなしぐさに動いた。男の額 「道路 ! 」アンダーソンが信じられんというロ調で叫んだ。 に、血のにじんだ汗が粒をなしていた。だがしばらくすると男は冷 「道路なんですよ」這う男は言った。 「りつばな、坦々とした石の静になった。につこりと微笑した。

8. SFマガジン 1973年6月号

わたしたちの北に一本の光芒が天頂を半ばまでつきさすように立「・ほくたちがさがしていた山だ」と彼も同じおろおろした声で答え や 昇っていた。光の箭は、わたしたちが一日じゅうそれを目指して強た。 行軍をくわだてていた峨々たる山嶽のまうしろから発しているので「だけどあの光ーーー何だろう ? オーロラでないことはたしかた あった。光線は靄をつらぬいて天空を射していた。雨を落とす雷雲が」 「こんな季節にオーロラがでるなんて聞いたこともない」 の前線のような鮮鋭な縁どりの、ひとむらの青ずんだ靄であった。 こうこう 彼はわたしが思っていたことを声にだしてくれた。 まるで青い靄をつきぬけるサーチライトのように煌々と照らしてい るが、影をつけないのが、不思議であった。 「ぼくは、あそこで何かが狩りたてられているような気がしてなら 光が天頂をめざす一方、それをパックにした五つの峰々は硬質にないんだ」彼は言った。「光の点々は何かを探しているんだよ 黒々と輪郭をくぎられた。まるで、天空へぬっと突きだされた片手それにしても恐ろしい狩り方だ。ぼくたち、近よらないほうがよさ が、巨大な指をいつばいにのばしているように見えた。手はまさしそうだ」 く何かを押し返しているかたちだった。一瞬、光芒はぐっと持ちこ「光が射しのぼるたびに山が動くように見えるが」とわたしは言っ たえたが、やがて砕けて無数のほのめく小球となった。光の小球は ・ほくはあれ た。「山は何を押し返しているんだろう、スター ? 前後にゆれながらしずかに下降していった。光球の群れは何かを探 が、シャン・ナドウルが墓をあばく砂漠の食屍隗どもの出入口を塞 しているようにみえた。 いだ、凍りついた雲の手みたいに見えるんだがな。ほら、魔王が食 森はおそろしいまでに静まり返ってきた。森林全体が息をひそめ屍鬼どものために、山を掘って巣をつくってやったーー」 た。わたしは犬どもがわたしの脚へからだを押しつけてくるのを感彼は手をあげてわたしを制し、聴きいった。 じた。犬どもも声をださなかった。だがからだの筋肉一本一本が震 北のほうから囁き声がひびいてくる。ずっと高いところからだ。 リリス えている。背中の毛が剛く逆立っている。しずかに下降してくる燐オーロラの衣擦れではない。天地開闢のとき、大魔女をかくまって 光性の閃球をみつめている動物たちの眼は、ガラスのような薄膜に いる古木の骸骨の葉をとおって吹いていた風の幽霊のそれのよう な、騒がしい、カタカタと鳴る物音であった。この囁き声には要請 おおわれ、あきらかに恐怖に霞んでいる。 わたしはスター・アンダーソンを見やった。彼は北空を凝視してのけはいがあった。せがんでいる響きだ。それは、光が射しのぼっ いた。そこでは、またもさっきの光芒がいきおいを新たにして天空ている場所へ来いと、わたしたちに呼びかけている。光芒が退い を射し返しているのであった。 「山が手のかたちだ」わたしは唇を動かさずに声をだした。わたし囁きには、冷酷なまでの執拗さが感じられる。それは恐怖の毒液 ラオ・ツアイ 肺のこと一 ~ れが恐怖の粉をわたしの咽喉をつけた百千の小さい指で、わたしの心臓にさわ 0 た。それはわた のロは、まるで癆療 ( 人 しを浮き立たせ、あの光芒の根元へとんでゆき、光といっしょにな へそそぎこんだかのように、カラカラに乾いていた。 ひかり エプリス 4 8

9. SFマガジン 1973年6月号

日本電と戦うキャップ ( 上 ) 戦時のキャップとバッキー ( 下 ) D\tADTAl N 0 ことである。 われわれは、きみに、新しい肉体を、いや、きみのからだ だが、この愛国的な青年のことは、軍から忘れられたわを、生まれかわったように、してあげよう」そして、将軍 が見守るなかで、博士は、スティー・フに、薬品を、注射し けではなかった。欧州状勢は悪化し、ルーズベルトはチャ ーチルと秘密会談をもち、マンハッタン計画を指令し、さたのだった。四週間にわたる特殊医療をうけ、彼の肉体 らに、対ナチス用の、極秘計画をたてた。そのひとつ「再は、変貌していく。手足の骨格には、ステンレス鋼がうめ 生作戦」は、戦争で消耗した兵士の肉体を、化学的に再生こまれ、強化食品を与えられ、筋肉をきたえる訓練が続け させる研究で、生化学のラインシュタイン博士が担当しられた。スティ 1 ・フ・ロジャースの肉体構造は、生化学的 た。そして、博士は、化学薬品の合成に成功したが、実験に、変えられたのである。 してみなくては、ならない。は、そのとき、貧弱な再生作戦は、成功した。「わが国の兵士に、みな、この 肉体をもったスティー・フ・ロジャースを、リストのなかに 、 ~ 化学的改造をほどこし、』トラーに、目にものみせてや ろう。ところで博士、その新薬品の合成法は、書類にして 選んでいた。 「きみは、生まれ変ってみたくはないか ? 」によっおいていただけますか ? 」アンダースン将軍がいうと、博 士は答えた「いや、私の頭のなかだけの秘密にしておいた て、秘密研究所に連れてこられたスティー・フに、将軍がい った。「もちろん、ぼくのこのお粗末なからだが、もっとほうが、安全だ。だが、もっと一度に大量の人体改造が出 大きく、強く、たくましく、お国のために役だてるように来るよう、この研究設備を拡大して、早く、全兵士の改造 なるのでしたら、どんなにうれしいことか」「よろしい が進むようにしたい」 とたんに銃声がひびき、 博士が、血に染って倒れ る。研究所に、ナチのス。ハ イが潜入していたのだ。改 造人間スティープのはたら きで、スパイも倒されるけ 第第れども、薬品合成の秘密 は、ついに、だれにもわか らなくなってしまう。つま り、〈再生作戦〉によって 生まれた改造兵士は、ステ イ 1 プ・ロジャースただひ 7 とりとなってしまったの 0

10. SFマガジン 1973年6月号

マスクラット せ、においねずみを散歩させているあいだに、ジーンはスライダー へ夕食を届けさせた。そのあと、彼女はスライダーの中に簡易べッ トを組み立てさせた。ぼくはラジオの〈ディープ・ウォーター・プ ル 1 ス〉に合わせて歌い、彼女がうるさいと文句をつけるのを待ち かまえた。だが、なにもいってこない。きっともう眠ったのだろ そのあと、ぼくはマイクにチェスをやらないかと誘いをかけ、ゲ 1 ムは夜明けまでつづいた。おかげで会話よ、、 一口ーしくつかの「王手」 と、一つの「詰み」と、一つの「くそ ! 」とに限定された。マイク が負けを認めたがらない男なので、さっきの話題はそれぎりにな り、それは望むところだった。朝食にビフテキとフライド・ポテト を食べて、ぼくはべッドにもぐりこんた。 十時間後、だれかに揺りおこされて、片肱つき、頭をもちあげた が、目があかない。 「なんだよ、 「ミス・ルハリック 「起こしてすみません」若手の乗組員だった。 がクネクネ虫をはずしてほしいそうです。船を進めたいので」 手の甲でこすってやっと片目をあけたが、笑うに笑えなかった。 「船まで引きよせりやしし 、、。あんなもの、だれでもはずせる」 「もうひきよせました。でも、ミス・ルハリックはそれが契約の条 件だから、そのとおりにしなくちゃいけないといってます」 「それはご親切に。うちの組合もきっと彼女に感謝すると思うよ」 「あー、それから、新しいトランクスに変えて、髪をとき、ひげを 剃ってほしいそうです。ミスター・アンダースンが撮影するんで」 「わかった。すぐ行きますといってくれ。それと、きいてほしいな ペディキュア・セットを貸してもらえますか、って」 ランプル お詫び このたび小社より刊行いたしました「現 代作家論」シリーズ第一回配本「ウィリア ム・フォークナー』編に、編集委員として 大橋健三郎、橋本福夫、丸谷才一の三先生 の御名前を表示しておりますが、これは先 生方の . 御諒承を得ないうちに発売してしま ったものでございました。御迷惑をおかけ した先生方にお詫び申し上げると同時に、 軽卒な挙措に深く反省をしております。 なお、大橋健三郎先生にはウィリアム・ フォークナー、橋本福夫先生にはアーネス ・ヘミングウェイ、丸谷才一先生にはジ ェイムズ・ジョイス、それぞれの編集を御 担当いただいたことをあらためて確認し、 読者各位の御諒承を得る次第であります。 昭和四十八年四月二日 早川書房編集部 225