フレイク - みる会図書館


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1. SFマガジン 1973年6月号

知れない恐怖の実体から自分たちを守ったのだった・ のを聞いたという事実は否定すべくもない・少なくともふたりの充 明らかに噂は隣家から隣家へと伝わり、そのまま生き続けていた分に信ずべき証人がその事実を証言しているのである。そのひと ようである。ひとたび嵐が治まると、土地の新聞社はにわかに関心り、スピリト・ サント教会のメルルツツォ神父は、現場に居あわせ をつのらせた。そして七月七日、ふたりの記者が警官ひとりを伴って群衆を鎮めていたのだった。いまひとり、セントラル署のウィリ て、その古い教会へ乗りこんで行った。決定的なことはなにも発見アム・・モナ ( ンパトロール巡査 ( 現在巡査部長 ) は、つのりゆ されなかったが、階段や腰掛に奇妙にも不可解なしみやよごれが残く恐怖を目のあたりにしながらも、秩序を保とうとやっきになって っていたのだった。 いたのである。モナハンは、最後の稲妻が突っ走ったとき、古びた それから一カ月たらず後。ーー正確にいえば、八月八日の午前二時教会の尖塔から、煙のように発したと思えるめくらめくような″か 三十五分ーーの雷雨の真最中、ハ ート・ ( リスン・・フレイクは、すみ″をい自ら目撃していた。 カレッジ街の自室で窓を前にして坐っている間に、死に見舞われた 閃光、流星、火の玉ーーなんとでも呼べよう がプロビデンス のである。 の上空に。 ( ッとほとばしり、めくらめくような輝きを放っのであ ハリスン・・フレイク 彼の死が発生する前、嵐が次第に高まっていく中で、・フレイクる。恐らくは、町のむこうこ、 冫し 42 ロハ は、心の最深部につきまとっていた〈暗黒の訪問者〉に関する妄が、「それは古代の暗闇に閉ざされたヘムで人間の姿になりさえし 念、苦悩を徐々にさらけ出しながら、狂気になって日記を殴り書き たというナイアルラトホテップの化身なのではあるまいか ? 」と、 していた。あの箱の中に収まった奇妙な水品を凝視したために、ど書いていた、まぎれもないその瞬間に。 ういうわけなのか、この地球上のものならぬ実体と繋がりを持って その数瞬後に。フレイクは死んだのだった。検死医は、彼の死が しまったというのが、プレイクの確信なのだった。さらに彼は、箱″感電″によるものだと判定した。彼の面していた窓ガラスがこわ のふたを閉じてしまったことで、あの生き物を招き出し、教会の尖れてもいなかったのにである。ところがラ・フクラフトも知ってい 塔の暗闇の中に棲みつかせることになったのだということ、彼自身る、今ひとりの医師がその判定に異議を唱え、翌日さっそく問題の の運命が何らかの形でこの怪奇な生き物と、もはや取り返しのつけ解明にとりかかったのだった。警官のひとりも引き連れずに、彼は ようもなく繋がれてしまったのだと信じていたのだった。 単身教会へ乗りこみ、窓ひとつない尖塔へと登って行った。そこ こうしたことはすべて、窓から嵐の進行を見守りながら彼がしたで、くだんの不思議な不均整の箱ーーー黄金製だったのだろうか ? ー ためた、最後の控えの中で明らかにされていたものである。 ーと、箱の中のあの寄妙な石を発見したのだった。明らかに彼が最 一方、フ = ラデル・ヒルの教会自体では、あたりに動揺した群衆初にやったことは、箱のふたを開けて、その石を明るいところへ持 が集い、建物にむかって光をかざしていたのだった。彼らが、板べ って行って確かめてみることだった。次なる彼の行動は、ラブクラ 7 いに囲まれた建物の内部から恐怖におののかせるような物音がするプトによれば、 : ホートをチャーターし、箱と奇妙な多面を具えた石 つど

2. SFマガジン 1973年6月号

とを乗せて、ナラガンセ ' ト湾の一番深いみおにそれらを沈めたこのである。ラブクラフトは二こと三こと、彼に警告と忠告を与えた 8 とである。 が、時すでにおそかった。それから十日もしないうちに、あのショ 6 ラ・フクラフトが著わした。一般に認められているフィクション化 ッキングな終焉は訪れたのだった。 されたプレイクの死の顛末に関する物語はここまでで終っている。 フィスクは、彼の最後をその翌日ラブクラフトから知らされた。 そこから = ドンド・フィスクの十五年にわたる探索がはじま 0 たその知らせをプレイクの両親に伝えるのは彼の役目だ 0 た。しばら のだった・ くの間彼は、すぐにもプロビデンスに飛んで行きたい誘惑にかられ むろんフィスクは、物語に概略されている事件のいくつかは知ったが、手持ち不如意と、山積する雑事に追われて思いとどまらざる ていた。プレイクがある春、プロビデンスへ出掛けたとき、フィスをえなかった。若き友人の亡骸がとどこおりなく送り返され、フィ クは、秋になったら自分も行くと一応約束していたのだった。最初スクは、しめやかな火葬の式に参列したのだった。 の頃はふたりの友も定期的に手紙を交しあっていたが、初夏になっ やがて、ラブクラフトは独自の調査を開始したーー結局、あの物 た頃からかプレイクの返事がパッタリ途絶えてしまったのである 9 語として活字となることになった調査をである。事はそこでけりが その時点でフィスクは、プレイクがあのさびれ果てた教会を探険ついていたのかもしれない。 したことを知るよすがもなかった。プレイクの音信不通の理由が何しかし、フィスクにはどうにも満足できないのだった。 も見当もっかなか 0 たので、彼はラ・フクラフト宛に、わけを知らせも 0 とも疑い深い人ですら謎だと認めるにちがいない状況の下 てもらうべく手紙を書いた。 で、無二の親友がこの世を去ったのである。土地の警察当局は、間 ラブクラフトもま 0 たくとい 0 てよいほど事情を知「ていないのの抜けた見当はずれの解釈を下してこの事件に終止符を打 0 てしま だった。・フレイク青年は、最初の数週間こそ彼のところへしばしばっていた。 や「て来て、自分の著作についての意見を求めたり、何度か夜に彼フィスクは、なんとしてもその真実をあばいてみせようと深く心 と連れだって町を散歩したということである。 に決意しなのだった。 ところが、夏に入ってからずっと、・フレイクは隣人づきあいをや めてしまったのだった。他人のことに鼻を突っ込むのは、ラブクラ ラブク ひとつだけ特異な事実を銘記しておいていただきたい フトの世捨人的な性格からして考えられないことであり、そのままラフト、・フレイク、フィスクは三人が三人とも、超自然ないしは超 数週間、彼はプレイクの孤独をあえて侵そうとはしなかった。 常態に関する職業作家であり、研究家だということである。三人 そうこうしているうちに、ラブクラフトはある日突然、ヒステリ は、ともに並はずれて、古代の伝説や迷信を扱った、文字になっ ー同然の状態に陥 0 た青年プレイクの訪問を受け、フ = デラル・ヒている膨大な資料に接する機会を持 0 ていた。それがま 0 たく皮 ルのあの不気味な、禁断の教会で体験したことごとを知らされた肉なことに、彼らがいわゆる " 怪奇小説。をものすにあた 0 て、も

3. SFマガジン 1973年6月号

グループ。ーの一会員なのだった・ した建物ーーかっては邪教崇拝の信者たちを参集させた、さびれは フィスクとプレイクが知りあうようになったのはこの文通によるてた教会の廃墟ーーを調べてみたいという誘惑にかられたのであ もので、その後彼らは互いに、ミルウォーキーとシカゴの間を往復る。春もまだ浅い頃彼は、その人も寄りつかぬ建物を訪れ、 ( ラブ し訪ねあったのである。ふたりが共通して文学や美術における怪異 ' クラフトの意見によれば ) 彼の死を避けがたいものとしたある発見 と幻想にとり憑かれていたことが、プレイクが思いもかけない不可をしたのだった・ いしずえ 解な死に見舞われた時、ふたりを肝胆相照らす仲にしていた礎を なしていたのだった。 要約すると、プレイクは板ぺいに囲まれたそのフリー・ウイル教 プレイクの死と繋がりを持つ大部分の事実ーーーそしていくつかの会に入って行き、一八九三年に明らかに同じ調査を試みたと思われ 憶測ーーは、ラブクラフトの物語、この青年作家が物故して一年余るエドウイン・ ・リリ・フリッジと名乗る〈プロビデンス・テレグ も経って活字となった〈暗黒の訪問者〉の中で具現化されている。 ラフ紙〉の記者の骸骨につまずいたのである。彼が不可解な死を遂 ラブクラフトは、事情を観察するまたとない機会を得たのだっげているという事実は充分に驚嘆すべきことのように思えたが、な た。というのも、一九三五年早くに・フレイクがプロビデンスに施しおそれ以上に驚くべきは、その日以来、あえて教会に入って行って たのがほかならぬラブクラフトの勧めによるものであり、彼にカレ彼の死体を発見するほど豪胆な人物がひとりとしていなかったのだ ッジ・ストリートの下宿を世話したのもラブクラフト自身だったかとわかったことだった。 らである。というわけで、この年長の怪奇作家は、ロ・ハート・ ・フレイクは記者の着衣からメモ帳を見つけ出した。そしてそのメ スン・プレイクの最後の数カ月間にわたる常軌を逸した物語をものモ帳から幾分かの事実が明らかになった。 にするにあたって、友人であると同時に隣人としての立場にあった プロビデンスのボウエンという一教授がエジプトを広範囲にわた のである。 って旅行したのだが、一八四三年、彼は、ネフレン・カの納骨堂の ラ・フクラフトは、その物語の中で・フレイクが、ニュー・ イングラ考古学的調査を進めているうちに、ある異常な発見をしたのである。 ンドに今もその跡をとどめるという悪魔崇拝を扱った小説冫 こ着手し ネフレン・カは、いまは〈忘れ去られたファラオ〉で、その名は て苦心惨憺することにふれているが、彼が友人の取材にひと役買っ聖職者の呪詛の的であり、エジプト王朝に関する公式の記録からは いっさい抹殺されている。そのとき、青年作家プレイクはすでにそ たのかどうかについては謙譲にもはぶいている。どうやらプレイク は、自分の計画に基づいて仕事をはじめたらしく、やがて、想像での名をよく知っていた。主としてミルウォーキーの今ひとりの作家 はとても想い描くことができないような恐怖に巻きこまれることとの作品によってだが、彼は〈・フラック・ファラオの神殿〉という作 なったのだった。 品の中で、この半ば伝説化した支配者を扱っているのである。とも 5 ブレイクは、フ = デラル・ヒルに建つ今にも崩壊しそうな黒々とあれ、ボウエンがその納骨堂で行なった発見は、全く思いもかけな

4. SFマガジン 1973年6月号

てるそうした知識はほんの脱線程度にしか利用されていないのであ意味において、過去にいかなる脅威があったとしても、その危険は もはや、デクスター医師が、あの妖魔を呼び出す働きをしていた不 る。読者は彼らが著わした、神話を背骨とした物語を馬鹿ばかしい と嘲弄するが、彼らは自分たちの経験に照らしてみて、決してそう可思議な力を見えた〈光る多面体〉を処分してしまったのだから、 防がれていると、しきりにフィスクを元気づけていたようだった。 いう気にはなれないのだった。 こういったところが彼の報告の大要で、この問題も当座の間はその しかるに、フィスクはラ・フクラフトに宛ててこう書いている。 ままになっていたのだった。 「神話ということばは単なるお上品ないい回しでしかありません。 一九三七年早くにフィスクは、プレイクの死の経緯を自分なりに ・フレイクの死は、神話なんかではなく、恐ろしい現実なのです。是 いま少し深く追求してみようと秘かに意図して、ラブクラフトをそ 非ともあなたに徹底的な調査をして下さるようお願い致します。こ の事件を最後の最後まで解明していただきたいのです。たとえ・フレの家に訪れためになんとか手はずを整えた。ところがその矢先 に、またしてもさしさわりができてしまったのだった。しかもその イクの日記に、こじつけの真実が語られているとしても、この世に なにかがとき放たれたのだといえないものでもないからです」と。年の三月、ラブクラフトが他界したのである。思いもかけない彼の ラ・フクラフトは協力を約したのだった。そして、あの金属製の箱死去に、フィスクは失意のどん底に突き落され、それから回復する には長くかかった。というわけで、エドマンド・フィスクがはじめ とその中味の運命を探り出し、ベネフィット街のアンプローズ・デ クスター医師との面会の手はずをととのえようとした。どうやらデて。フロビデンスを訪れ、プレイクが生命を閉じることになった悲劇 クスター医師は、あの劇的な盗みを敢行し、ラブクラフトのいうの = 。ヒソードの舞台を目のあたりにしたのは、ほとんど一年も後に 〈光る多面体〉を処分した直後に、市から立去っていたようだつなってからのことだった。 こ 0 どういうわけか常に、表には現われてこないのだがどす黒い疑惑 のもやもやが底の方に流れていた 9 当の検死医はべらべらとよくし 次いで、ラブクラフトは明らかに、メルルツツォ神父とパトロー ゃべっているし、ラ・フクラフトは如才がなかった。新聞や一般大衆 ル巡査のモナハンと会見し、〈・フリチン紙〉の綴じ込みを一気に調 べあげて、スターリー・ウイズダム教と、その信者が崇拝した実体は事情をそのまま鵜呑みにしているーーしかし、・フレイクはもはや この世にはいないのだし、かってはあの実体が夜なよな跳梁してい とにまつわる物語を再構築しようと努力したのだった。 むろん彼は、雑誌に掲載した物語にあえて盛りこんだよりもはるたのである。 あの呪われた教会を自ら訪ねることができたら、デクスター医師 かに多くの情報をんでいた。その晩秋から一九三六年の初春にか アウトサ けて彼がフィスクに宛てた手紙には、慎重を期してはあるが〈異次と話してどういうわけでこの事件とかかわりあうようなことになっ 元からの脅威〉に関する言及やら暗示やらがしばしば現われているたのかがわかれば、あるいは新聞記者にいろいろいて、なんらか のである。しかし彼は、たとえ超自然な意味でというより現実的なの関漣のあるいとロ、手がかりを追求していくことができたら、最 9 6

5. SFマガジン 1973年6月号

発見した神秘な物体ーーースターリー・ウイズダム教が礼拝の本尊と いものだった。 していた物体ーー奇妙な風に蝶番でとめられたふた付きの不均整な 6 記者のメモ帳には、発見そのものについてはほとんどっまびらか にされていないが、その後に起った一連の事件がきちょうめんに、金属製の箱を見つけたのである。そのふたというのは、もう久しく 年代順に記載されてあった。エジ。フトでその神秘な発見をするや否閉じられたことがないようだった。かくして・フレイクは、その内部 や、ボウエン教授は調査を中止して、プロビデンスに舞い戻り、一をじっと凝視した、ーー七本の支柱によって支えられて収まっている 四インチ大の赤黒い水品の多面体を凝視した。彼は、多面体の表面 八八四年、フリー・ウイル教会を買いこんだ、いわゆる〈スターリ ・ウイズダム〉教派なるものの本部としたのだつな。 のみならず、中までも凝視したのである。ちょうど、あの邪教の崇 明らかにボウエン自らが募った、この宗派の信者たちは、彼らが拝者たちがしかるべき意図をもって凝視したように。そして同じ結 〈暗黒の訪問者〉と呼んだ実体を崇め信仰した。一個の水晶体をじ果が現われたのだった。彼は奇妙な精神的攪乱に襲われたのであ っと凝視することによってその真の姿を呼び出し、血の生贄をもつる。迷信が語り伝えているように″星の彼方にある別世界の陸地や 湾の幻を見ている″ような気がしたのだった。 て忠誠を誓ったのである。 それからプレイクは、彼の一世一代の誤りを犯したのである。箱 少なくともこういったことが当時プロビデンスでささやかれてい た嚀だったーー・そしてこの教会は避けるべき場所となったのであのふたを閉じてしまったのだった。 る。土地の迷信は騒ぎをあおり、その騒ぎが直接行動へとかり立て箱を閉じるというのはーー再び、リリ・フリッジが註記している迷 ていった。一八七七年、この教派は、ついに公衆の圧力に抗しきれ信によるのだがーー異邦の実体そのもの、つまり〈暗黒の訪問者〉 ず、当所によって強制的に解散させられ、数百を数えた信者たちはを招き出す行為なのである。それは暗黒の生き物であり、光の中に 存在することはできないのである。プレイクの行為によってそいっ にわかに町を立ち去ったのだった。 は、板ぺいに囲まれたその廃墟と化した教会の暗闇の中に夜なよな 教会そのものは即刻閉鎖された。以後、個人的な好奇心は明らか に、流布されていた恐怖を圧倒することはできなかったようであ出現することとなったのだった。 ・フレイクは恐怖にかられて教会を飛び出した・が、害はなされて る。なんとなれば、くだんの新聞記者リリプリツ・イ : 、、カ一八九三 年、秘かに不運な調査に乗り出すまで、建物は静寂を破られることいたのだった。七月の半ば、雷雨のために一時間ほどプロビデンス もなく、探検されることもなく放置されることとなったのだから。全体が停電した。その間、教会の近くに住んでいるイタリア人たち こういったところが、彼のメモ帳のべージにしたためてあった事は、闇に包まれた建物の内部からドタン・・ハタンという騒々しい物 の顛末の大要だった。プレイクはそれを読んだ。が、それにもかか音がするのを聞いたのである。 わらず、彼はあたりをさらに詳しく調べてみることを思いとどま群衆は雨の戸外に立ちながら、手にしたロウソクを建物にむかっ りはしなかった。その結果彼は、ボウエンがエジプト王の納骨堂でてかざし光の障壁を築くことによって、あるいは現われてくるかも

6. SFマガジン 1973年6月号

ウィリアム ・ ( ーレイはアイルランドに生れ、タクシーの運転手にタクシーは・ヘネフィット街の目的地に着いてしまったのだっ となった だからといって彼はおしゃべりである、というのは余た。八十五セントが手渡され、お客と書類カ・ハンが降りると、ハー けいなことかもしれない。 レイは車を駆って走り去った。 その暑い夏の夕暮、プロビデンスの下町でお客を拾いあげたとた その時ハ 1 レイは知るよしもなかったのだが、彼は、このお客が ん、彼はまくし立てはじめたのだった 9 タクシーに乗りこみ、書類生きているのを最後に見たと証言できる、あるいは証言することに カ・ハンを抱えて深々と座席におさまったそのお客というのは、長身なるのであろう人物となったのだった。 痩鴉、年齢の頃は三十歳を二つ三つ出たばかりというところだっ あとは憶測なのであり、おそらくはこれが結果的に一番びったり た。彼がベネフィット街のある所番地を告げると′ 、、ーレイは、タくるものだろう。たしかにその夜、ベネフィット街のその古色蒼然 クシーと舌の両方のギアを高速に転したのである。 とした屋敷内ではなにが起こったかについて、いくつかの結論を下 ( ーレイは、結局ひとり角力に終ることとなったおしゃべりを開すのはそうさない。そうさはないがしかし、そうした結論にいちい 始し、まずその日のニューヨーク・ジャイアンツの試合ぶりを批評ち責任を持つには荷がかちすぎるというものである。 した。お客が黙りこくっているのにひるむこともなく、彼はお天気些細なひとつの謎 ハーレイの乗客が妙に黙りこくっていて、 の模様ーー最近のやっと、現在のやっと、これからのやっ にふよそよそしかったことーーを解き明かすのはいとやすいことであ れた。それでも相手が乗ってこないので、彼はこんどは地元の事件る。 に話題を移した。つまり、その朝報じられた、プロビデンスで興行 くだんの乗客、イリノイはシカゴのエドマンド・フィスクは、十 中のレインジャー・プラザーズ・サーカス団の移動動物園から二匹五年間続けてきた探索をしみじみと思いめぐらしていたのである。 の黒ヒョウが逃げ出したという事件である。ひょっとしてこのけもタクシーに乗りこんだのは、彼の長途の旅がいよいよ最終段階に入 のたちがその辺をぶらついているのを見かけなかったかと、じかに ったことを意味し、彼は座席に深々と腰を沈めてあれやこれやを顧 みていたのだった。 尋ねられたのに対して′ 、、ーレイのお客はかぶりを横に振った。 そこで連転手は、けものたちを捉えられないでいる地元警察の無 エドマンド・フィスクの探索は、一九三五年八月八日、彼の親 ハート・ハリスン・・フレイクの死とともに 能ぶりについて、無作法にもひとくさりぶったのだった。あちこち . 友、ミルウォーキーのロ・ にな に配置されている、法の担い手である一小隊分の警官どもは、たと開始された。 ・フレイクは当時、フィスク自身と同様に、幻想小説を執筆する早 え一年間アイス・ポックスの中に閉じ込められたとしても、風邪の ひとつも満足に引くことはできないだろう、というのが彼の開陳し熟の一青年だった。そういうわけで彼は、〈ラ・フクラフト・サーク ィッ。フ・ラブ た意見だった 9 が、このしゃれも彼のお客を面白がらせるにはいこ ル〉ーーー。フロ・ヒデンスの、いまは亡きハワード・フリ らなかった。そして 、ハーレイがひとり角力の先を続けられない先クラフトを中心に相互に文通を通じて連絡を保っていた作家たちの

7. SFマガジン 1973年6月号

に包まれるのだということを、あなたは忘れていたんだ 9 恐らくは信じている。姿かたちは同じでもね。ほかでもない〈訪問者〉が 〈訪問者〉にしたって、あなたに思い出してもらいたくはなかったあなたのもとへやって来たとき、そいつは、殺さなかった代わり だろう。あなたは、・フレイクがやったと全く同じように、あの石をに、潜りこんだのだ。なにを隠そう、きさまは〈暗黒の訪問者〉な じっと見つめ、同様の超自然的な繋りを持ってしまった。そしてそのだ ! 」 いつを放り出したとき、あなたはそいつを永遠の暗黒にさらすこと「ミスター・フィスク、本当にー」 「デクスター医師などいやしないのだ。そのような人物は、もう何 にしてしまったわけだ 9 暗黒の中では、〈訪問者〉の能力も活発に 年も昔から存在してはいなかった。この世界よりもなお古いあの実 なり、増大するのだからね。 「そういうわけで、あなたはプロビデンスを逐電したーー〈訪問体、人類に破減をもたらそうと素早く、ずるく立回る実体に取り付 者〉がちょうどプレイクのもとを訪れたように、あなたのもとへやかれた抜け殻があるばかりなのだ。″科学者に転向してしかるべ って来るのが怖かったからなんだ。しかもあなたは、そいつがもはきグル 1 プにまんまと取り入り、愚かな人間どもを暗示にかけ、そ や永久に跳梁し続けるであろうことを知ってもいたからた。 そのかし、手を貸して、早急に核分裂の″発見″を成さしめたのは デクスタ 1 医師は、ドアの方へ寄って行った。「即刻、おひきときさまだった。最初に原爆が投下されたとき、きさまはどんなにか り願おう。わしが電灯をつけつばなしにしておるのが、入訪問者〉腹を抱えて笑ったのにちがいあるま い ! そして、いまやきさま が・フレイクの後を追ったように、わしの後を追ってくるのを怖がつは、彼らに水爆の秘密を解き明しているんだ。いや、それだけじゃ ているせいだというつもりなら、そいつは大きな間違いだそ」 ない、もっともっと教えこみ、次つぎと新しい方法を彼らに示し、 フィスクは苦笑いした。「そんなことをいってるつもりは全然あ彼ら自身の絶減を招くようにしむける魂胆なのだろう。 りませんよ」彼は答えた。「あなたが今、そんなことを怖がっちゃ ラ・フクラフトの書いたいわゆる狂気の神話を解明する糸口、鍵を いけないことは、先刻承知しています。いくらなんてったって遅す発見するまでに、わたしは、何年もの間考えに考え抜いてきたの ぎますからね。〈訪問者〉はとっくの昔にあなたのもとへやって来だ。彼は作品を、たとえ話、寓話にしたてあけているけれども、真 たのにちがいない・ーー恐らく、あなたがあの多面体をナラガンセッ実を書いていた。しばしばそれを活字にしているのだ、きさまがこ ト湾の暗黒に托すことによって、そいつに能力を与えてしまった後の地球へやって来るという予言をねーー・プレイクはついにそれを擂 一両日の間にね。そいつはあなたのもとへやって来た。が、プレイんだ、びったりあてはまる名前で〈訪問者〉の正体を見破ったの クの場合とはちがって、あなたを殺しはしなかった。 そいつはあなたを利用したのだ。そういうわけであなたに暗闇を「で、その正体というのは ? 」医師が。ヒシリといった。 恐れる。〈訪問者〉自身が発見されるのを恐れるから、あなたには「ナイアルラトホテップだ ! 」 暗闇が怖いのだ。暗闇の中では、あなたも異って見えると、わたし褐色の顔がしわくちゃに歪み、笑いの表情を作った。「きみも、 9 7

8. SFマガジン 1973年6月号

刊されたもののラテン語訳版の黄変した頁をパラ・ハラとめくってみ「お願いします」フィスクは、褐色の男をじっと見つめた。その完 璧なポーズの背後には一体なにが隠されているだろうかと、いぶか 7 それから彼は、やおらデクスター医師をふり向いた。細心の注意しく思うのだった。 「わしは、きみの友人のロ・ ハート・ハリスン・プレイクには一度し を払って持していた平静は、跡形もなくかなぐり捨てられていた。 「それじゃ、あの教会でこれらの本を発見したのはあなただったわか会っておらんのだよ」デクスター医師はいった。「あれは、一九 けですね」と、彼はいった。「アスプの横の聖具室の中でね。ラ・フ三五年の七月も下旬のある晩のことだった。彼は、一患者としてこ クラフトは、物語の中でそのことにふれているのですが、わたしは こへわしを訪ねてやってきたんだね」 常々どうなったのかと不思議に思っていたのですよ」 フィスクは熱中するあまり、思わず前へ乗り出した。「そいつは デクスター医師は、重々しくうなずいた。さよう、わしが持って知りませんでしたよ」と、彼は叫んだ。 きたのだよ。そのような書物が当局の手に落ちるのは賢明なことじ「知らなかったといって、どうこういうわけのものではないよ」医 ゃないと思ったもんでね。それらの内容がどういうものか、かかる師は答えた。「単なる患者にすぎなかったのだからね。彼は、不眠 知識が悪用されたらどんなことが起こるか、それはきみも承知してに悩まされていると訴えた。そこでわしは、診断してやり、鎮静剤 おるじやろう」 を処方してやった。はなはだおぼっかない推測からだが、最近なに フィスクは、しぶしぶその大冊を書架に戻し、暖炉わきの医師にか異状な緊張、ないしはショックに見舞われたことはないかと訊い 向きあって、椅子に腰を下した。彼は、書類カ・ハンをひざの上にのてみたんだよ。そのときなんだな、彼があのフェデラル・ヒルの教 せ、落ち着かなげにその止め金をまさぐっていた。 会を訪れ、そこで発見したものについてわしに話してくれたのは。 「落ち着きたまえよ」デクスター医師は、やさしい徴笑を作ってい手前味噌になるが、彼の話を単なるヒステリックの所産だとして片 けいがん った。「おたがい、いいかげんないい抜けはやめにして、話を進めづけてしまわなかったのは、わしも慧眠だったといわずばなるまい ようじゃないかね。きみは、親友の死亡事件にわしがどのような役ね。わしは、このあたりでは旧家の出であるからして、すでに〈ス ウイズダム教〉および、いわゆる〈暗黒の訪問者〉なる 割を果たしたのか、それをつきとめるためにここへやってきたんだターリー・ ろう」 ものにまつわる伝説はよく知っておった。 「そうなんです。お説きしたいことがいくつかありましてね」 「・フレイク青年は、〈光る多面体〉について恐怖しておることをい 「どうそ」医師は、きやしゃな褐色の手をあげた。「わしは健康がすくらか打ち明けてくれたーーそれが、根本的な邪悪の焦点なのだと ぐれておらんのでな、きみにはほんの数分程度しか時間をさいてあほのめかしておったね。さらに、彼があの教会の怪異とどういうわ げられんのだよ。失礼だが、きみの質問を訊く前に、わしが知っておけか繋がりを持ってしまった、それが不安でならないのだといって おった。 るだけのことーー大してじゃないがーーを全部話してあげよう」 こ 0 えみ

9. SFマガジン 1973年6月号

んがいつも書いてる、あのとっぴな話の中に出てくるような悪魔だ ポックリいってしまってーー」 フィスクはかぶりを横に振った。あるいは情報源となりえたかもとか、怪物だとか、あるいは妖怪変化のたぐいなんそを見たという しれない今ひとりの人物がこの世を去っていたのである。・フレイクつもりはありませんよ」 モナハン巡査部長は、自分のいうのが正しいのだというように肩 が死んだ、ラブクラフトが死んだ、メルルツツォ神父も死んだ、そ してこんどはシーリーが。記者たちは散りちりになっているし、デをすくめてみせて、かかってきた電話に答えるために受話器をすく い上げた。会見は明らかにこれで打ち切りだった。 クスター医師は謎の失踪をとげている。彼は溜息をつきつつも、め そんなわけで、フィスクの探索は当分の間いささかの進捗も見せ げることなく先を続けた。 「あなたがかすみをごらんになったあの最後の夜のことですが」彼なかったのである。しかし、彼は望みを捨てはしなかった。一日、 はたずねた。「どんな些細なことでも、なにか他にありませんでし彼はホテ 9 自室で電話の前に構え、失踪した医師の親せきを見つ け出そうと電話帳に載っている″デクスター″をかたつばしからあ たか ? 物音がしたのですか ? 群集の中でだれかが、なにかいい たってみた。・、、 カそれも無駄だった。また別の一日は、小舟に乗っ どんなことでもけっこう ませんでしたか ? 想い出して下さい なんです、わたしには大いに助けとなるかもしれないのですからてナラガンセット湾で過し、フィスクは刻苦精励して、ラブクラフ トの物語の中でふれられている″一番深いみその位置をしつかり ね」 と頭に叩きこんだのだった・ モナハンがかぶりを振った。「そりや、どえらい騒動でしたな 9 しかし、プロビデンスにおける実りない一週間の最後を迎えてフ でもね、かみなりやらなにやらで、物語の中にあるように、教会の イスクは、かぶとを脱いだと白状せざるをえなかった。彼はシカゴ 内部からなにか物音がしたのかどうか、そいつはなんともいえませ んでしたよ。群集はというと、女は泣き叫び、男はひそひそささやに帰り、自分の仕事や日常の雑事に戻ったのだった。この問題は徐 かみなり きあい、そんなのが雷鳴や風の音とごっちゃになって、わたしはも徐に彼の意識の表面から脱落していったが、決してすっかり忘れ去 う、職掌柄自分のいっていることを連中にちゃんとわからせるようってしまったというわけでもなければ、いずれはその謎ーー謎があ にうてき に絶えずどなっている自分の声をこの耳で確かめているので、なにるとすればのことだがーーをあばいてみせるという意志を放擲して しまったわけでもなかったのである。 しろ精一杯でしたからな」 「それで、かすみのことはどうなのです ? 」フィスクはなおも続け 一九四一年、エドマンド・フィスク一等兵は、基本訓練を終えて ・ヨーク市に向かう途中でプロビ 「あれは確かにかすみでしたよ 9 それだけのことです。二度目の雷三日間の休暇を許可され、ニュー が落ちる前のことで、煙というか、雲というか、ただの影というデンスを通過し、再びアンプローズ・デクスター博士の所在をつき か、なにかそんなものでしたな・でもわたしはね、ラブクラフトさとめようとしたが、これは不首尾に終った・ 7

10. SFマガジン 1973年6月号

後には真実をあばくことができ、少なくとも、今は亡き友が精神のむろん他にも追うべき糸口はいくつかあった・その週の間にフィ ・ ( ランスを乱したのだという忌むべき汚名をそそいでやれる望みがスクは、それらをすべてとことんまであたってみた。紳士録は、彼 がアンプーズ・デクスターについて想い描いていた印象に、大し あるかもしれない、とフィスクは感じたのだった。 そういうわけで、プビデンスに到着して、とあるホテルに記帳て重要なことはなにもつけ加えてくれなかった。医師は、。フロビン をすませたあと、フィスクがまず最初にとりかかったのは、フェデス生まれで、生涯同地に居住、年齢四十歳、未婚、内科医、数カ所 の医師会会員ということだった が、彼がこの事件にかかずりあ ラル・ヒルのさびれ果てた教会を訪れることだった。 しかし教会の探索は、のつけから彼を回復もしがたいような失意うような手掛かりを提供してくれる、特に変った〈趣味〉ないしは のどん底に突き落す運命にあった。教会はもはやなかったのであ〈関心〉を示すものはなにもないのだった。 セントラル署のウィリアム・・モナハン巡査部長を捜しあて、 る。前年の秋とり壊され、その土地は市当局に帰属していた。あの 黒々とした不吉な尖塔がヒルの上空に妖気をただよわせることはもフィスクははじめて、プレイクを死へと導いた一連のできごとに直 接関係したと認める人物と実際に口をきくことができたのである。 はやなくなっていたのだった。 フィスクはすぐさま、一一、三街区先にあるス。ヒリト・サント教会モナハンは丁重だったが、慎重にことばをにごすのだった。 のメルルツツォ神父に会うことにした。だが、丁重な家政婦から、 フィスクが心の内を忌憚なく打ち明けたにもかかわらず、この警 メルルツツォ神父は一九三六年、・フレイク青年の一回忌もすまない官は恐ろしく用心深くて、多くを語ろうとはしなかったのである。 「いや本当に、お話しできるようなことはなにもありませんな」 うちにこの世を去っていると知らされたのだった。 がっかりしながらも辛棒強く、フィスクは次に、デクスター医師と、彼はいうのだった 9 「なるほど、ラブクラフトさんがおっしゃ の自宅へ出掛けて行った。ベネフィット街にあるその古めかしい家ってる通り、あの夜わたしが教会にいたのは確かですよ・荒っぽい 敷は、しかし厳重に閉されていた。医師連盟事務局に電話してみた群衆が集ま ~ ていましてね、あの付近の連中のうちには、カッカす が、アンプーズ・デクスター医学博士は期間不定のまま市を立ちるとなにをやらかすやらわからんようなのがいくらかいましたから 去っているという、いわくありげな情報を損んだだけに終ったのだ な。ラ・フクラフトさんの物語でもいってるように、あの古い教会は っこ 0 評判が悪かったです・シーリーだったら、お話しできるようなこと 〈プリチン紙〉の編集者を訪ねてみたものの、なんらましな結果は がうんとあったんじゃないかと思いますがね」 得られなかった。フィスクは許可をもらって資料室に入り、・フレイ「シーリー ? 」フィスクがさえぎった・ クの死に関する腹立たしいほど短い、無味乾燥な記事を読んだが、 「ええ、 ですーーーあのあたりは彼の巡回区域でし プレイク事件を担当し、フェデラル→・ヒルの教会を訪れたことのあて、わたしのじゃなかったんですよ。あの頃、彼は肺炎に罹ってい ましてね、わたしが代わって巡回してやってました・それで、彼が るふたりの記者は、いずれも転職して他市に移っていたのだった・