ポカリ - みる会図書館


検索対象: SFマガジン 1973年6月号
225件見つかりました。

1. SFマガジン 1973年6月号

「承知した。ただし、保証として、この指輪を私の手元にあずけて ゲイザンは魔術師ポカリの応接室にあって、彼の出会った出来事おいてもらいたい。まず、私は無想の境地に入って、私の魂をやっ を話していた。「ーーそれに私は彼女を探しに帰って来ました。私てョリダを探さなければならない」 は彼女なしには一日もやって行けません。私は宮廷の動物管理人の魔法使いは自分の前の小さな火炉に火をつけると、煙を深々と吸 助手として職を得ました。動物達を餌をやったり汚物をかたづけたい込み、眼を閉じて上体をうしろに寄りかからせた。ゲイザンは長 りしています。それ以外は、彼女をたずねていますが、いまのとこい間いらいらしながら待った。やがて、ポカリは、やおら身を起こ すと、言った。 ろまで何の手掛りもありません」 ゲイザンはこばれる涙を拭き取った。彼は最初にデレゾングから「彼女は、こんどの新しい主大臣の / イシ = 卿の手の者に連れ去ら れた。それから、あすの晩、このノイシュ ョリダを盗み出したことは話さなかった。 がハーシニア人のジック ポカリは自分の狐のような顔をなでたーーその顔は包帯でぐるぐという男のすきなようにさせるために、ヨリダを引渡す積りのこと る巻きにし、打ち傷で変色していた。「私がこの娘っ子を見付けるも分った」 手助をするとして、その代償に何が払えるかね ? これは金のかか 「何んてこった ! 」ゲイザンは叫んだ。「ハ ーシニア人だって ? る仕事のようだが、あんたは身分のある若者や金持の御曹子のようそいつは彼女を食ってしまうかも知れないぞ ! 」 には思えんがの」 ポカリが無想の境に入ったなどというのは、実は嘘つばちだっ ゲイザンは自分の指輪を抜き取った。「これは星形メタルの指輪た。彼はノイシュの子分どもがヨリダをトルツェイシュに連れて帰 です。偉大な魔法使いの鍛冶師、クプのフェカタが本物のタハクか ったことは全部初めから知っていた。また、 / イシュが彼女をジッ ら鍛え上げたものです。これは私の前の師匠で亡くなったサンチェ クに引渡す計画も知っていたのだった。というのは、彼はノイシュ ス・サールの手に渡り、それから私に与えられたものです。調べてからョリダの居所をぜひ探してくれと頼まれ、見つかれば追跡隊を 見て下さい」 派遣することになっていたのだ。 ポカリは、にぶい灰色の鉄を、ぎらぎら光る眼でためっすがめつ ポカリはあまり腕のよい魔術師ではなかった。自分の技術の未熟 さを、ス。ハイをやったり陰謀をたくらんで補っていた。しかし、今 「私の恋人をうばい返してくれたら、それはあなたに上げます」ゲ回はそのお粗末な予言技術で十分間に合った。正確な場所に一隊が イザンは言った。「驤引きの余地はありませんよ。私はその価格が急派されることになったのだった。 どんなものか百も承知ですし、また値打のあるものといえば、それ これらの出来事は、ノイシュがまだ主大臣になる前のことだっ しか持ってませんからね」 た。いまやポカリはノイシュ卿に対して、恨み骨髄に達する思いだ ポカリは指輪を二、三回ひっくりかえして見て、それから言った。 った。金を払わぬばかりか、したたか打ちすえられたのだった・し 5 5

2. SFマガジン 1973年6月号

たがって、彼としてみれば、ゲイザンにヨリダを喜んで奪い返して「これはお世辞のお上手なこと」デレゾングは言った。「ところ やりたいぐらいだった。とはいうものの、めったに手に入らない大で、お話というのはどういう事ですかな ? 」 「ええ、ヨリダという名の娘がおりましてーーー」そして、ポカリは 枚の報酬を、ゲイザンから絞り取らないという手もなかった。 「そうかも知らん」彼は落着いて言った。「私はこれから私の先祖自分の知 0 ている、この女の過去や危険にさらされた未来について の霊と万物の魂にお伺いを立てるので、私を一人にしておいて欲し繰返して話した。デレゾングの眼はするどく輝いていたが、彼はそ し。明日没時にまた来なさい。その時は食事をすませておいて欲しのことについて何も分らなかった。 「そこで」と、彼は話を終った。「私は今晩ョリダをこの獣のよう い。急がしい晩になりそうだからな」 ゲイザンは立去った。彼は魔法使いに前払いして、阿呆をみるこな呪術師へ引渡すのを、裏をかいてやらねばなりません。このため あなたの敵うものなき助力を必要とするのです」 とにならないかと気になった。しかし、それ以外の条件では、あい 「これをやって私の取分はどうな つはやってくれないだろう。ゲイザン自身でも、自分のような見知「ふうむ」デレゾングは言った。 るのかね ? 」 らぬ者がやって来たら、同じようなことをしたにちがいない。 しかし、ポカリは自分の先祖の霊や万物の魂にお伺いを立てはし「純金で百ナ 1 スをお払いします」これはゲイザンの指輪の値段に なかった。もっとも、彼はほんの少しばかりの魂や悪霊を統制して比べれば、ほんのはした金に過ぎぬことは、ポカリもよく知ってい いたが、これは彼にとってはほとんど役に立たなかった。彼はまじた。 ないを間違えて、役に立っ奴に逃げられてしまったのだった。あと「このゲイザンという男は、あんたにいくら払っとるのかね ? 」 「真に申し訳けないことですが、それは申し上げるわけには参りま に残ったがらくたどもでは、彼はほとんど何も出来なかった。 そこで、お祈りの代りに、彼はさっさと寝床についた。翌早朝、せん」 彼はデレゾングをおとずれた。彼はトルツ = イシ = で新しくのし上「ああ、なるほど、と、言 0 てデレゾングは無邪気な笑をもらした。 「あなたのお話を聞いて私はたいへんお気の毒に思っているので、 って来た魔術師デレゾングの評判を聞いたのだった。ゲイザンもノ これ以上値段の駆引はやめて、お申出を受入れしましよう」 イシュも彼にはデレゾングのことは話していないので、デレゾング あまりに易々と引受けてくれたので、ポカリはびつくりした。彼 がすでにセデラドのヨリダの運命に関与していることは知らなかっ にしてみれば、長い長いうんざりするような取引があると思ってい た。お定りの挨拶の交換ののち、ポカリは言った。 「私がここに参りましたのは、トルツ = イシ = 中にかくれもない大たのだった。 魔術師としてのあなたの名声を聞き及んだからです。そして、私の実際、彼は多少不安な気持にもかられた。あの異様な眼の輝きの 引き受けている仕事が、この分野で私のよりもはるかに優れている底に、デレゾングがこの件について何か特別な興味を持っているの だろうか ? しかし、ここまで来た以上、もう引返すことは出来な 技倆を必要としておるのです」 6 5

3. SFマガジン 1973年6月号

事うまく行きますよ」 ゲイザンは頼りない気持で輿に乗った。彼は輿の天井で頭を打っ その晩、ゲイザンは言われた通りにポカリの家に現われた。ポカた。肩輿はビ = ーセイディア人の体格に合せてはこしらえてなかっ たのだ。 リは彼に言った。 「もう一、二時間したら、ノイシ、は自分の家を出てカートヴァン金もなく女を連れて見知らぬファイアクシアに旅立っということ には、彼はいささか不安の念をいだいた。彼は狂熱的にヨリダを得 の塔に行くのはたしかだ。彼とヨリダは別々の輿に乗って、例によ たいと願望したが、これがうまく行くかどうか心もとなかった。だ って子分どもの護衛付きで行くだろう。多分ターニップ街を通るだ が、ここまで来た以上もう引退る気持はなかった。 ろう。あんたは、私の方で借上げといた輿に乗って行きなさい。 「輿の担ぎ人どもの親分が、私の合図によって、あんたの乗った輿担ぎ人達は輿を肩にかつぐと、闇の中をゆさゆさと運んだ。角を いくつか回って、やがて止まった。彼等は闇の中に黙然と立ち、時 、、ノ・ ( ースミス街を通ってターニップ街との四つ角まで運び、そ こでノイシ、の行列をふさぐように置く。乱闘が起こるが、それに時たかる蚊を叩いていた。ゲイザンは輿を降りて手足をうんとのば した。彼等の中の一人が四つ角までさきに行っていた。ゲイザンは あんたは一枚加わる。だが、数で圧倒されて、あんたと担ぎ人たち は追払われる。ところで、私は私の魔術のカで、ヨリダを輿からう町の地理にあまり精しくなかったので、今自分がどこにいるのか分 らなかった。担ぎ人達は低い声で話していた。ゼラースは、闘牛師 ばいさる」 ゲイザンは言った。「彼女のいなくなったことをノイシ、が知っのなれのはてで、かっての競技場での自分のはなやかな過去を、長 たら、彼は町中探させるでしよう。彼女はその時どこにいるのです長と話していた。 ずいぶん長い間、しん・ほうして待ったあとで、さきに出ていた男 が走って帰って来た。「合図だ ! 」彼は言った。「奴等が来る ! 」 「あんたと一緒に逃げてるだろう」 「どっちの方向だ ? 」ゼラースが尋ねた。 「私はどこへ行けばいいのですか ? 」 「魔術師の言うようにターニップ通りだ」 「ファイアクシア人は、文明人で外国人を歓待してくれるそうだ ゼラースはゲイザンの方を振り向いた。「すぐ輿に乗って下さ が、そこで生活出来るのではないかな」 。出かけますぜ」 ポカリはゲイザンに頑丈な棍棒を渡し、外へ連れて出た。そこに ゲイザンが乗り込むと、輿は大揺れに揺れて担ぎ去られた。すぐ は輿と担ぎ人達が待っていた。 「乗りなさい」ポカリは言った。「ゼラースが場所を知ってます」に前方で声が聞こえた。声がますます高くなって来ると、輿が止ま 7 「だがあなたは ? 」ゲイザンは言った。 った。ランタンの燈火が、カーテンを通してさし込んで来た。ゼラ 5 「私は別の道を通って行く。私の命令に従いなさい。そうすれば万 ースがわめいていた。輿がどすんと降された。 かった。

4. SFマガジン 1973年6月号

ックに入れたままで」「小島君の家 家々の窓や入口から住民達が顔を突出していた。そして、お互いさかさにしたような形をしていて、 2 へ運ぶ途中で、突然いなくなってし 表面は鋳物のような鈍い銀色に光っ に何かと呼び交していた。ランタンが一つ落ちて消えていた。男が ていた。そして、裏側には、「見方まった・これが、この怪物体を見た によっては古くから日本に伝わるさ最後になった」というのである ! 一人倒れていたーー味方か相手か、どちらか分らなかった・いま一 ざなみに千鳥の風景画にも見える」 これはまったく奇々怪々な物語 人は手と膝ではって逃げていた。 何か奇妙な図案が浮き出していた、 で、我々″空飛ぶ円盤″の諸現象を ゲイザンはナイフを低く構えて来た奴をひつばたくと、そいつは 専門的に研究しているものでも、初 ハという・ この間に、少年たちは、いろんなめて聞く現象である。 半回転してごみための中に吹き飛んだ。彼がもう一人の奴の腹をめ ) ことをこの物体に対してやってみ しかも、この本を読んで、当会の がけて棍棒を突込むと、そいつは身体を二つに折ってへたばった。 た・たとえば「森君らは、その物体会員の一人 ( 林一男君 ) が早速現地 の裏側の丸い小さな穴から水を入れへ急行し、間題の少年たちに会って そいつの左腕をしたたか打ちすえて、ゲイザンは自分が単身で闘っ たことがある。すると、ジージーと よく話を聞いて来てくれたが、やは ていることに気がついた 9 彼の仲間が逃げ始めているのが、ちらっ 奇妙な音を立てて鳴き出した・そし り事実であった。それによると、こ と目に入った。敵が剣をかざして襲って来たので、彼はうしろにさ て、こあ穴にエナメル線を通して天の出来事には、始めから終りまでた 井にぶらさげたら、突然丸い裏ぶた った一つの″物体〃が関係している がると、仲間と一緒に一目散に逃げ出した。 がバクリと開いた。驚いて中を見る ことがわかった・というのは、最初 ほどなくゲイザンと担ぎ人達は四つ角に到着した 9 そこには誰も 1 と、何か無線機の道具のような変なにある少年がそれを捕えた時に、そ ものがのぞいていた。気味が悪くなの上部と下部に夫々別々の塗料のた いなかったが、仲間が一人ひどくやられて倒れていた。置きざりにハ ったので、ふたを閉めようとしたら、 ぐいをぬったところ、その後現われ された輿に、負傷者をのせた。後程、・ゲイザンと一行はポカリの家 十度ばかり残してどうしても閉まらた物体が、いつも同じ色彩をその表 ) についた。 なかった。放っておいたら、閉って面に見せていたのである。 しまったので、今度はまた開けよう そして、この物体を、少年たちは ゲイザンは戸を叩いて合図した。かんぬきが外される音がして、 3 とドライバーでこじたが、どうして何度も捕えたが、その度ごとに、そ 彼は中に入り、ゼラースが続いて入った。 も開かなかった」と語っている。 の物体は全く魔訶不思議としか言い盟 全く夢みたいな話であるが、この ようのない方法で消えうせてしまっ 居間にはポカリ、ヨリダ、ザメルとデレゾングがいた 9 後者は指 1 物体のもう一つの特長は夜間周期的たのである。たとえばその物体が最 輪や地金で百ナースの金を量り終えたところだった。彼はこれらの に点減して、青色もしくはやや黄味後に消えうせた時にはビニール袋へ がかった青色に光っていたことであ入れ、それをナッブザックの中へ入 金をちりんちりんという音を立てて小さな雄じかの皮の袋に入れて ) る。この点は、少年たちばかりでなれておいたのに、いつの間にか忽然 いた。ポカリはゼラースに言った。 盟 く、少年たちの一人がその捕えた物として消えうせていたのだった。 体をナッブザックに入れて家へ持ち 全くちょっと容易には信じ難い不 「お前と仲間の者に交易貨を量ってやるそ」 こんで来た時、その少年の母親も見思議な物語であるが、この物体は、 「ヨリダ ! 」めんくらったゲイザンは叫んだ・「デレゾング。あん て確認している・ 本当の空飛ぶ円盤とどんな風に結び その後この物体は忽然として消失っくのであろうか ? たは何の用でここにいるのですか ? 」 した・すなわち、「後日、ナッブザ ( 近代宇宙旅行協会提供 ) 甲 ロルスカ人の魔術師は、にこにこと笑った・「ああーーまよい出 世界みすてり・とびつく = = 、 = = - = した財産の一つを取返しにたよ」 9 5

5. SFマガジン 1973年6月号

二日後、ノイシュが彼の新しい職務についている時、召使いが一 も余の名誉を毀損し、辱しめを与えおった・お前のような奴の顔も の来訪を告げた。 人の客ーーー魔術師のポカリ 見たくない、犬めーー」 護衛兵は ( ルドウ卿の上におどりかかった。彼は何の抵抗も示さ「何んだ ~ 」と、ノイシュは言った。彼は不機嫌な顔をしていた。 なかったが、一生懸命ロごもりながらもしゃべった。「お、お、王「お早ようございます、殿様」小男の魔術師が言った。「私達の計 様 ! ふ、不遜なことを申し上げる、つ、積りはありませぬ。ど、画は、まことにみごとに実を結びましたな」 どうしたことか口からつい 「話の要点は何だ ? 帝国全部は、わしの命令を待っておるのし 「首を撥ねろ ! 」主は絶叫した。 ゃ。むだに使う時間はないのだ」 護衛兵は無理矢理に ( ルドウをひざまずかせた。一人の護衛兵「分りました、偉大で慈悲深い殿様。あなた様が現在の『神々しく が進み寄ると、青銅の大剣を振りかざし、 ( ルドウの首を切り落しも高貴な』お位におっきになりましたについては、私の助力に対し た。首は床を転がると、血を吹き出した胴体は崩れ落ちた。 て、ご褒美を頂きたいとお願いするだけでございます」 護衛兵達は遺骸を運び出したート三人が胴体を一人が首を運ん「いくら欲しい ? 」 だ。奴隷達は床に落ちた血をふきとった。イクシヴン王の奴隷が、 「あなた様のような、さながら生ける神様のような方にとっては、 王のコップをそっと拾ってまた酒を注いで置いた。顔面蒼白でぶるほんのささいなものでございます。金で一千ナースでございます」 ぶる震えていた王は、肘掛椅子に倒れるように腰を落すと、酒を一 「お前は気狂いか ? お前のしたことは、わしにあの野蛮人のこと 息にあおった。彼はやがてコップから顔を上けて言った。 を知らせてくれただけだ。褒美を受取るのはあいつで、お前ではな 「余がライオンに面と向える勇気があるなしに拘らず、このような 無礼と扇動に対しては、当然処罰せねばならぬ。その方がもっと重「しかし、一般開業師は専門家と謝礼を均等に分ける習しになって 大なことなのじゃ」 おります」 「仰せの通りでございます、王様」と、 / イシ = が言った。彼は位「それならジックに話して、お前の分け前をもらえ。さっさと消え 置についた音楽隊に手を振ると、熊遣いに芸をやらせるよう合図しされ ! 」 こ 0 「ノイシュ卿 ! 公正を要求します ! ポカリは声をふるわせた。 「ノイシュ」と王は呼びかけた。「卿は、この不幸な狂人の後任と・私はだまって私の謝礼を踏み倒されませんそ。いくらあなたがタ】 して主大臣の職務をうけついでくれるか ? 」 テシア最高位の人であろうと , ーー」 ノイシ = はひざまずいて、その任にふさわしくないことを申し述「ポルケディオ ! 」ノイシ、は大声を出した。「このならず者にう べたーーしかし、それほど強くではない。 んと鞭をくれて放り出せ。今度やって来たら、かまわんから切り捨 てろ」 4 5

6. SFマガジン 1973年6月号

ゲイザンは言った。「いい力し 。ョリダを取戻してくれるお礼と鎖や斧頭を型どった小さなくさび類ーーをさらって、自分の財布の して、私はあの指輪をあんたにあげたのだ。彼女は取戻せなかつ中に収めた。家の奥から足音が近づいて来た・ た。指輪を返してもらおう」 ゲイザンはあわてて外に飛び出すと、そっとドアを閉めた。それ 「彼女のもとの所有者が現われて、権利を主張したのは、お前さんから、自分のロ・ハをつないだ馬小屋に走った。 にとって気の毒だった。だが、われわれの契約とは関係ない 9 私は 約束通り彼女を見付けたのだ」 ノイシ = 卿の輿が再度ジックの門にやって来た。上部の覗き窓が 「この悪党め ! 俺の言っていることは分っとるくせに。お前はこ再びあいた。響き渡るような声が命令した。 の仕事にデレゾングを引入れた 9 そうでなければ、彼に分るはずは 「ノイシュ卿は、婦人を連れて入られよ。他の者は入ってはなら なかったのだ」 「彼が娘の所有者だったことがどうして私に分る ? お前は私に何 / イシ」は奇妙に静かなョリダを連れて門を入った。驚いたこと も話さなかった。とにかく娘がお前さんを好いとらんことは、私のに、女は八フィートもあるライストルゴニア人の傍を通ってもたじ まずしいへスペリア語の知識からでも分った。これで失礼するとすろぎもしなかった。ノイシュは彼女が何か喪神のような状態にある る。私はもう寝るんでな」 のたろうと思った。 クーモは二人を塔の内部に案内し、入口を閉じてかんぬきをおろ 「あの指輪を返せ ! 」 した。それから彼は螺旋階段を上って二階に導いた。 「お前には返さんよ。さっさと立ち去るんだな、坊や ! 」 ジックは前と同じように裸で、クッションの中に坐り込んでい 「俺によこせ ! 」 た。今度は食っていなかった。ノイシュが前回おとずれた時、散ら 「出てうせろ、下司め。出て行かんと呪いをかけるそ ! それ一ー ばっていた残骨は、きれいに片付けてあった。ジックはぎらぎら光 ゲイザンは飛びかかると、ポカリの顎に栄螺のような拳を一発おる眼で、恐ろしいほどョリダを見つめた。彼の白目が熱でもえてい 見舞した。小男の魔法使いは一回転するとふき飛んだ。ゲイザンはるように見えた。唇がひきつれて来た。口からよだれが垂れ始めた。 「ノイシュ卿が借りを返しに来たな、そう 追いすがると、殴り蹴とばした。ゲイザンが彼を壁にたたきつける「ああー」彼は言った。 だな ? 」 と、彼は悲鳴を上けた。家の奥の方から女の声が呼びかけて来た。 ポカリは壁にもたれてふらついていた。鼻から血がしたたり落ち「そう」ノイシ = は言った。「娘を連れて来たよ」 た。ゲイザンは彼の指から星形メタルを抜き取ると、あたりを見回「けっこうだ。もう行っていい」 した。魔術師の頑丈な箱が、鍵が錠にささったままで置いてあっ 「さて、わしは大臣だが」ノイシュは言った。「我々は将来もっと た。ゲイザンは箱をあけて、ひとっかみの金・銀・銅ーー指輪や首利益になる取引ができると思うがな、わしには思い切った計画があ 6

7. SFマガジン 1973年6月号

「違うわ ! 」ョリダは言った 9 「でもーーーどうしてーーー」 「何んだって ? 」ゲイザンは悲鳴を上げた 9 「お前さんとヨリダが逃げ出してすぐに」デレゾングは言った・ 「違うと言ったのよ」娘は繰返した。「あなたは、デレゾング様の 「 / イシュの手下どもが彼女を探しにわしの家をおそって来た。い くら探しても彼女はいるわけはないので、うまく言いくるめて難を気持のよい家やおいしい食物や柔かいクッションのある所から、私 のがれた。だから、わしにはお前さんに悪い感情は持っとらんのじを無理矢理に引きずり出したのよ。そして、私を山の中に連れ込ん ゃ。結局のところ、お前さんはわしのためにヨリダを救ってくれたで、臭い洞穴に住んでごみの中で寝させたのよ、食べるものといえ ことになったのじゃ。もう夜も更けたから、わしとヨリダは家に帰ば、かさかさの大麦パンにあんたの殺した堅い肉の年とった雄羊。 ることとしよう」 あんたのした事といえば、自分のことばかりしゃべって、私がくた 「 / イくたになるまで一日に三回も四回も私にいどみかかってくること 「いったいこれはどういうことだ ? 」ゲイザンはわめいた。 シ = 卿からョリダをどうして取返したのだ ? 私は喧嘩でみてる暇よ。私はこわくて何も言えなかったわ。あんたがおこったら私を殺 しそうだったもの。デレゾング様は、立派なやさしいご主人で、私 などなかった」 「それについては」デレゾングは言った。「大臣とその手下どもがにおいしい食物を与えて、一週間に一度ほどしか私に用がないの お前さんに気をうばわれている間に、わしとポカリさんが第二の輿よ。私はデレゾング様のところに戻れてとてもうれしい。そういう ことなのよ」 から女を連れ出した。そして、彼女の誘拐が都合の悪い時に見つか らんように、わしはアンスアンの呪いをして、シル粉のひとつまみ「どうやら」デレゾングは言った。「そのようだな。それでは、皆 を吹きかけておいたのじゃ。それで、輿の中にヨリダの像が坐っとさんおやすみ」 るというわけしゃ。本物の娘をしばっとった繩を切って、大急ぎで「お休みなさい、皆様」と、ザラースは言ってデレゾング、ザメル 彼女を連れ出した。ノイシュは、もう一人のヨリダをカートヴァンとヨリダのあとについて出て行った 9 ポカリは言った。「お前さんも出ていった方がいいな、お若い の塔に連れて行って、ジックにやっただろう。そうなると、今晩は もっと面白いことになるそ。さあ、行こう」 の、ええツ。 / イシュ卿はどうやって騙されたかを知るだろう」 「待った ! 」ゲイザンは言った。「彼女は私のものだ ! 」 「どうやって彼に分るのか ? 女を手に入れたのはデレゾングで、 「どういう権利があって ? 」デレゾングはやんわりと尋ねた。ザメ私じゃない」 「だが、お前さんは戦闘の真先に立って、奴の手先どもを叩き伏せ ルが、ナイフの柄に手をかけた。 「征服の権利ですよ。彼女は私を愛している。誰であれ、私から彼ていた。私はお前さんから離れておったが、お前さんは奴のすぐ近 くにいたのだ。ノイシュがお前さんの姿を見損うなどと思ってはな 女を奪う者には、死をかけて闘う ! 」 らんそ。奴は馬鹿ではない」 「それは本当のことかな、お前 ? 」デレゾングはヨリダに言った。 まじな

8. SFマガジン 1973年6月号

「ノイシュ様でねえすか ? 」ひどくなまった腹の底に響くような太トルゴン人は、ノイシュ卿が入ると、門をばたんと閉じて、巨大な かんぬきをがっしりと掛けた。 い声が返って来た。 「わしが輿から降りて一人で来いというのだな ? 」 「こっちへ、どうそ」と、彼は言った。 「そんです」 この巨人は、ノイシュを塔のもとまで案内すると、扉をあけてノ 彼は自分の禿げ頭を叩いてうなった。こいつが第五階層か第六階イシュを中に入れた。 層に属するありきたりの住民なら、ノイシュは家にとって帰って自 カ 1 トヴァンの塔の一階には、壁龕にあかりが一つだけともって いた。扉をしめた風のいきおいに、燈火がゆらめいた。一階はがら 分の召使いや家来の一「三十人を武装させ、ここを襲ってうばいと ったであろう。 んとした円い部屋で、壁に沿って二、三の箱や家具が散らばってい しかし、ここは事情が違う。このジックという男は異邦人であり た。このライストルゴン人は、広大な部屋と横切って二階に登る螺 大した法的な保護も権利も保証されてはいまい。これを侵したと旋階段のところにノイシュを案内した。 て、ノイシュは自分の富と権力と社会階層の重みで、これを正当化 二階は燈火がいくつもともされていた。床の上に積重ねたクッシ してしまこともできる。だが、彼にはジックの助力が、どうしても ョンの上に、ジックが裸で坐っていた。ジックは色黒のずんぐりし 必要だったのだ。自分の構内をカづくで奪われては、ジックも協力たからた付で、のつべりした顔と張ったあごを持った男で、丁度皿 はしてくれまい。 のような顔付をしていた。黄褐色のはだ色をしているようだった ちょうあい ノイシュは野望を持っていた。ターテシアのイクシヴン王の寵愛 ・、、はっきりは分らなかった。というのは、彼は顔の右半分は赤 を一身に集めるため、自分の最大の敵である主大臣ハルドウを呪いく、 左半分は白く、絵具をぬっていたからだ。身体にも絵具をぬり あか 殺そうと、自分のお抱えの魔術師ポカリにそれを命じていたのだっ たくっていた。絵具のかけた部分は、垢でどす黒くなっていた。す た。ポカリは期待に反した。この種の任務は、自分のようなありきっかり丸坊主にしていた頭に、黒い頭髪がまばらに生え始めてい たりの術師には荷が重すぎて、専門の呪術師にまかせねばだめだとた。人間の遣骨類ーーー指の骨、歯、ひからびた耳やその他の部分を 言った。そして、ジックがその専門呪術師だった。 左右対照につけてーー首にかけていた。 ノイシュの従者頭が、自分の主人の向う見ずをとどめようと声を ジックは骨付の肉にかぶりついていた。牛の肉塊だった。ノイシ 出しかけたが、ノイシュは手を振って黙らせると、あいた門に向っ ュはほっとした。床には食尽された残骨が、彼のまわりに散らばっ て歩き始めた。ランタンの光りが門番の姿を浮び上らせた時、彼はていた。彼は猛獣が肉にかぶりつくような勢いで、むさばり食って 思わずたじろいだ。そいつは長い黒髪を盛り上った肩まで垂らした レイストルゴン人だった。そいつは棍棒を携えていたが、その一撃ノイシュは近づいて行って、悪臭に思わず顔をそむけた。 「お前がジックだな ? 」 でノイシュなどは虫をつぶすように叩きつぶせたろう。そのレイス 3 4

9. SFマガジン 1973年6月号

き、ノイシュの悲鳴がやんだ。 るのだがーーー」 「分った、分った。しかし、いまは帰ってくれ@ すぐだ」 半ば猛獣のようなうなり声を発すると、ジックは飛び上り、白い ゲイザンがトルツェイシュの都を出て、河沿いの道を、ロバのド 歯をむき出して、ヨリダをめがけて飛びかかった。 ステーンを駆った時、太陽はすでに昇っていた。彼は出発の時ずい 彼が両手でつかみかかると、どうしたことか、当リダの姿は忽然ぶん時間をむだにした。最初は暗夜に道をまよって、馬小屋を見つ と白い煙と化して、ただよい消え去った けるのに数時間をついやした。次にぶつぶつ言う馬小屋の主人を起 「あツツツ」ジックはうなった。「奴をつかまえろ、クーモ ! 」 こしてロ。ハを外に出さねばならなかった。さらに地理不案内の城内 ライストルゴ = ア人は、ノイシと彼がいま向っている階段の降を探し求めて案内に到達し、朝の交通のため城内があくのを待たね り口との間に立ちふさがっていた。ジックの叫び声で、ノイシュは ばならなかった。 振返った。 + カリが役人 ゲイザンは非常に不安だった。だが考えてみれば、 : 「やあ ! 」彼は叫んだ。「どうしたのだ ? 我々が家を出た時にに自分のあとを追わせることは、まずあり得なかった。そうするに は、彼女はまぎれもなく本物だった : : : 」 は、大臣に訴え出ることになるが、その本人からョリダを奪うのを 「お前はこのジックを馬鹿にしたな、ええッ ? 」口から泡をふいて手助っているのだ。その他に一番問題になるのは、ノイシュ自身が 呪術師は叫んだ。「お前娘連れて来ない、娘の代りになれ ! 手のものを使って自分の後を追わせているかも知れないのだ。そこ ジックはノイシ = に向って来た。ノイシ = は短衣の内懐をさぐっで自分が目的地に向って進んでいるのがうれしかった。 て青銅の短剣を取り出した。彼が腕を振り上げると、後からライス ョリダ ? ふん ! 自分があれだけ尽してやったのに、それを何 トルゴニアン人の毛深い手が、彼の手首をがっしりと握った。クー んともわぬ女に未練があるか ? デレゾングのもとで、ぬくぬく モはその手首をやすやすとひねりおろすと、ノイシ、の背後に回しと暮すがいい。女はいくらでもいるんだ。 て、短剣が床に落ちるまでひねりあげた。彼はさらにひねり上げる ゲイザンが聞いたところによると、・ハイティス河を源流まで遡る と、関節をそのままへし折った。 と、馬の通れる間道が山間をくねってアンテミアス河の源流に到達 ノイシ = は苦痛と恐怖で悲鳴を上げた。クーモはノイシ = の右腕する。そこから道が河に沿って下り、ファイアクシアの土地に至 を噛みちぎると、それをしゃぶり始めた。 / イシュは眼を見ひら いる。苦い経験も積んだし、ポカリからかつばらった交易貨の持合せ て悲鳴を立て続けた、ジックが口をかっとあけて近づいて来たのもあるので、文化人のファイアクシア人の仲間に入っても、少しは 大きな顔をしておれよう。 ジックは彼の頭をおさえて一方に傾けると顔を突込んで、がっと彼はロ・ハにゆられて、大きな声で歌を唱い出した・ かみついた。ハ ーシニア人の歯が彼の喉に食い込み合わされたと 2 6

10. SFマガジン 1973年6月号

いんしん カートヴァンの塔は、勢威並びなきターテシア帝国の首府トルツ したがって、この種族の一人が殷賑を極めるトルツェイシュで、 = イシ = の最古の地区の一つに立っていた。暗赤色をした石造の円家と土地を買うのに十分な交易貨を集めることができたとは、不思 筒形の塔が、四囲をかこむ壁の中からその先細りの塔頂を突き出し議なことであった。例えば、ガラサ人は普通売買のことは全然分ら ていた。ノイシュ卿が塔に近づいた時、それはユースケリアの春のないし、取引きをしようとすれば怒り出す始末たった。なんでも贈 タ焼けを背に黒々と佇んでいた。 り物の交換でなければならなかった。ハーシニア人にいたっては、 いちべっ ノイシュ卿は乗っている輿の幕を引いて塔を一瞥したが、その景カづくで奪おうとする他は何も分らない有様だった。 色は不快な念を彼に与えた。かってノイシュの時代よりはるか以前それはそうとしても、トルツェイシュの第二階層中の一番の大金 に、この塔に住みなし、今は亡き著名な魔法使いの名を取って、こ持ちの / イシ = が、現にこうして輿にゆられて、古めかしい塔を囲 の建造物がカートヴァンの塔と名付けられたのを、ノイシ = は知っむ煉瓦塀にとりつけた門の所に来ているのだった。薄暗の中で声が ていた。戦火に内部を焼かれたぬけがらが幾世代にも亘って立ちっ聞こえたと思うと、魔術師のポカリがやせこけた顔を輿の中に差し づけていた。この塔にさまよっているかも知れない悪霊のたたりを入れてきた。 恐れて、誰もこの塔を取りこわしたり復旧しようとする者はいなか「なんと、ノイシ = 様 ! 」ポカリが言った。「奴等は我々を中に入 った。だが、誰も気付かぬうちに新しい居住者が移り住んで廃墟を れないと言ってます」 修復し始めた。 「何んだと ! わしを入れないと言うのか ? 」 この新入者の素性を知る者は誰もいないようだった。ある日の 「門番はあなたはお入りになっていいというのですがーーー一人で 朝、構内から大工が板や柱をけずったり打ちつける槌や斧の音が響歩いて入って来いと言ってます」 いてきた。ノイシュは前もって登記所で調べて、それがハー ノイシュ卿は輿からやっと身体を持ち上けた。でつぶり肥えて陽 人のジックという男の購入したものであることを知っていた。 気な顔付をした男た。彼はよたよたと門に歩み寄った。この門は変 しかし、これはまことに奇妙なことだった。ハーシニア人はギャ わっていた。普通の門は、内側のかんぬきの上方に銅のふた付のの ラサの荒野のはるか東の方に住んでいる人食人種だというさだ。 一つは通常 ぞき窓が一つあるが、これにはのそき窓が二つあった。 ギャラサ人を野蛮人だというのなら、 ( ーシニア人は本物の残忍なの目の高さにあり、いま一つはそれより二、三フィート 高い所にあ 原始人だった。ノイシュはトルツェイシュに二人の / 、ーシ = ア人がった。その上方の窓があいていたが、門番が内側で箱の上にでも乗 奴隷として連れて来られたのを見たが、それらは野性むき出しで、 ってのそいているようだった。 恐怖におののきおまけに馬鹿そのものだったので、到底売物になら ノイシュは、従者の差伸べるランタンの明りで、窓からのそいて なかった。結局それらに食わせるえさ代を節約するのに殺すより他 いる顔を見定めようと上をあおぎみた。彼は声を張り上げた。 まなかっ亠」 0 「門番、わしが誰か分っとるな ? 」