この行動を抑制していたのは、幾久しい年月にわたる習慣であつものだった。他に類のない動ぎで、のばした指が眼にもとまらぬは た。不可避的にかれは、無数の過去の宿主たちから、その欲望、希やさで突きだされ、ヴィセンテルリの頸の集中部に、強い一撃を加 2 2 望、恐怖ーー・そう、とりわけ恐怖だーーーのいくぶんかを受け継いでえたのだった。 いたのだ。かれらの象徴がいまかれを呑みこんでいた。 殺してしまったのだろうか ? と、かれは考えた。 純粋なペイリーの思考ーー「われわれは永久にこれをつづけるわ そのときヴィセンテルリが身動きして、呻き声を漏らした。 《ティーガス》はヴィセンテルリの頭のところへ行き、かがみこ・ん けにはいかんぜ」 《ティーガス》はペイリーの分担している役割を、そしてカーマイでようすをうかがった。動くと同時に、身体を締めつけていた拷問 服がゆるむのを感じて、頭上のみどり色に光っている装置を見あげ ケルの役割を感じた。それは不思議な自我の結合だった。いまだか たかれは、それのフィード が限定されたものであるのに気づいた。 って、とりことのあいだに経験したことのないつながりだった。 「きれいなパンチを一発、それで終りだ」と、カーマイケルが主張またヴィセンテルリが呻いた。 した。 《ティーガス》は彼の頸の神経の集中部を圧迫した。ヴィセンテル リは呻くのをやめ、ぐったりした。 三ー四」ヴィセンテルリが近々と犠牲者をのそきこみ 「それー二ー 純然たる《ティーガス》の思考が、カーマイケルの神経系のなか ながら言っていた。 とっぜん《ティーガス》は、自分が自己という存在のいちばんはに頭をもたげた。かれは、これまで一世紀以上にもわたって、逆行 ずれから、内側をのそきこんでいるのに気づいた。自分のあらゆるした文明のなかに埋没して生きてきたことを悟ったのだった。彼ら ほとんど完全な管理体制とい 思考の習性が、これまでにもくろんだことのあるすべての行動の型はたしかに新しいものを発明した のなかに含まれているのをかれは認めた。それらの思考は、肉体をうものをーーだがそれは、古いパターンを持っていたのだ。エジプ ト人たちもそれを試みたし、それ以前の多数のものも、それ以後の コントロールするための形、エネルギーの発揚という形をとった。 その激しく燃えあがる一瞬、かれは純粋な行動と化した。これまで少数のものもおなじことをした。この現象を、《ティーガス》は人 《ティーガス》が圧倒してきたすべての獰猛な殺人者が、かれのな間機械として考えた。苦痛がそれを統御しているーーーそして食べも かで立ちあがり、外にむかって打って出て、かれはその経験そのもの : : : 快楽、儀式。 のとなったーー抵抗しがたいまでにそれひとつに専念し、いかなる 制御力。フセルがかれの感覚を苛立たせた。かれは、《・ハシット》 かたちの制限を受けつけず : : : そこにはどんな象徴もなかった。 におさえつけられて不発に終わった行動命令を、かすかなこだまと そしてヴィセンテルリは、その場に昏倒していた。 して感じた。「それー二 ー三ー四 : : : 」そしてそれが消えるととも 《ティーガス》の生存にとって致命的な感情の抑制も消減して 《ティ一】ガス》はおのれの右手を見おろした。それはそれ自身の生に、 命を持つようになっていた。その動きば、いまの一瞬だけの独自のいつ、た。
ールをとりもどせるだろうか ? どんな攻撃ができるだろう ? ヴ出くわした。 イセンテルリの尋問は、ひょ 0 とすると二度ともとにはもどらぬか「どうしておまえはここにいるんだ、ジョ ー・カーマイケル ? 」か 2 2 もしれぬほどに、宿主のなかの各主体をこんぐらからせてしまってれはたすねた。 いるのた。 宿主の肉体はカプセルの指令にしたがって、円形会議場の床をま 制御カプセルは脈動した。 っすぐ横切った。 カー「イケルの肉体は、新たな指令にしたが 0 た。締め具がはず「なんでおまえ、逃げるか、それともおれと戦おうとしない ? 」 された。《ティーガス》は無感覚な足で水槽のなかに立ちあがっ 《ティーガス》は重ねて詰問した。 た。液体から出ている胸の部分に、感覚がもどってきつつあった。 「それには及ばんよ」カーマイケルは答えた。「おれたちはみんな さかさにしたドームが引きあげられた。 いっしょにこれに巻きこまれてるんだ、ごらんのとおりな」 「おわかりだろう、彼は完全に服従している」周囲の見物人にむか 「どうして恐れない ? 」 ってヴィセンテルリが言った。 「恐れていない ・ : わけでは : : : そうでなきゃいいんだがね」 内部では、カーイケルが要求した。「ティーガス、あんたあの連「なぜティーガスのことを知 0 てる ? 」 中に探りを入れて、連中がこれをどう感じているか調べてみてくれ「知らないわけがあるかね ? おれたちはおたがい同士じゃない ないか。彼らの感情のなかに解決の手がかりがあるかもしれんそ」 か」 「やってみろ ! 」《バシット》が命令した。 この返事に、《ティーガス》は虚を衝かれた驚きを味わい、《ス 周囲の空間をさぐってきた《ティーガス》は、退屈を感知した。 シット》の居心地悪げな意識の投影を感じた。《ティーガス》のこ その下に一抹の疑惑、そして、舌なめずりする猫のようなカ〈の自れまでのどんな経験においても、内部でこのような手ごわい相手に 信。そう、ねずみは彼らの爪の下におさえつけられて、身動きでき遭遇した記憶はない。宿主が戦 0 て、そして敗北してしまえば、 ずにいるのだ。 《ティーガス》はそこでやめる。そうして敗れた宿主は : : どこへ アンドロイドたちが手を貸して《ティーガス》を水槽から出し、 行く ? 恐ろしい疑問が《・ ( シット》から投げかけられた。 そばの床に立たせて、支えた。 あのいまいましし尋問め ! 「完全な制御だ」と、ヴィセンテルリが言った。 このあいだに宿主の肉体は、カプセルの指令にしたがって、とあ 制御力。フセルの命ずるままに、カーマイケルの眼は、うつろにま る戸口を通り、青い廊下にはいっていた。感覚がもどってくるにし っすぐ前方を凝視した。 たがって、ティーガス / カーマイケル / ・ ( シットは、ヴィセンテル 手近の神経系にそって探索の手をのばしてみた《ティーガス》 リがあとからついてくるのを意識しはじめた : : : それとほかの足音 は《・ ( シット》 . に、カーマイケルに、・「その他無数の自我の断片に ア - ンド卩イド警官だ。
「時間ならいくらでもあるんだ」と、ヴィセンテルリは言った。 「きさまはけだものだ ! 」かろうじて《ティ 1 ガス》は言った。痛「おれよりも長くがんばろうったって、そうはいかんそ。さあ降参 2 2 みがあごからくちびるをなめ、こめかみをずたずたにした。 しろ。ひょっとすると、おまえになにか使い途を考えてやれないで 「白状しろ」ヴィセンテルリは言った。 もないかもしれん。おまえがそこにいることはわかってるんだ、た 「けだもの」《ティーガス》はかすれ声で言った。《・ ( シット》側とえおまえがなにものにもせよな。おまえだってもうこのことには の半身が、苦痛どめの・フロックを神経系にそって投げこんでいるの気がついてるだろう。おれとなら腹蔵なく話せるんだそ。白状しろ を感じて、かれは浅く息をしようと努めた。この動作にたいして、 よ。おまえの正体を明かせ。なにものなんだ、おまえは ? おれは かすかな痛痒さが返ってきたが、かれはわざと激痛があるように装どういうふうにおまえを利用することができる ? 」 って、眼をつぶった。眉にそってじわじわと火がひろがった。すば多大の苦痛をおして言っているように、くちびるをかすかに動か やくプロックが投げいれられ、痛みをやわらげた。 しながら《ティ 1 ガス》は答えた。「もしもおれがあんたのほのめ 「な・せ苦痛を長びかす ? 」ヴィセンテルリが言った。「さあ言え、 かしているような存在なら、あんたみたいな人間のなにを恐れるこ おまえはなにものだ ? 」 とがある ? 」 「きさまは気違いだ」《ティーガス》はささやき、苦痛プロックが 「ようし ! 」ヴィセンテルリはくつくっ笑った。「多少前進した かちりと押しこまれるのを待った。 な。おれのなにをおまえは恐れなくてはならんか ? はー ならば ぎらぎらする光の矢がヴィセンテルリの眼に走った。「おまえ、 だ、おまえのなにをこのおれは恐れなくちゃならん ? 」 ほんとうに苦痛を感じているのか ? 」そう言って彼は、コンソール 「気違いめー《ティーガス》はかすれ声で言った。 のハンドルのひとつをいじった。 「あはは、そこだよ」ヴィセンテルリは言った。「気違いかどう 制御カプセルから閃光に似た指令が走って、宿主の身体は床に投か、これを聞いてみろ。おまえにたいする調査の結果はこう出てい げだされた。 る、おれはただひとつ、おまえの死ぬことだけを恐れなきゃならん 《・ ( シット》の指導にしたがって、かれは然るべき苦痛をあらわしとな。したがって、おまえを殺しはしない。おまえは死にたいと思 て身をよじり、それがゆっくりと静まってゆくのを待った。 うかもしれんが、おれがそれを許さん。おれはその身体を永久に生 「やはり感じているらしいな。よし」ヴィセンテルリは言って、手かしつづけることができるんだ。それは楽しい人生じゃないぞ、だ をのばしてぐいと犠牲者を引き起こした。 が人生は人生だ。おれはおまえが呼吸できるようにしてやる。おま 《・ ( シット》は、いまではほとんどすべての苦痛を統御下に置いてえの心臓を動かしてやる。どうた、実地に証明してもらいたいかね しまい、そのつど適当な欺瞞の反応を指示していた。宿主は顔をゆ がめ、動きに抵抗し、ふらふらと立ちあがった。 内面のささやきがまた聞こえだし、《ティーガス》はそれと戦っ
/ んノ かれは一時に幾千もの言語で、言葉の概念を形成していた・ ヴィセンテルリはなにをしているのだ ? 制御カプセルからパルスが発せられるのを《ティーガス》は感し た。片脚がびくりと動いた。コントロールをとりもどすために、か れはその部分の神経に反射作用・フロックを押しこんだ。片眼があ き、くるりとまわった。《ティーガス》は視覚の中枢をおさえよう として奮闘し、真上にワイヤーやクリスタルから成る多面体がある のを認めた。ぼやけたみどり色の動きが見えた。すべてが制御力。フ セルに集中していた。宿主の身体は、かたくつつばった皮膚につつ まれてしまったように感じられた。 ヴィセンテルリがかれの視界にはいってきた。 「さて、これでおまえがどれだけ隠しとおせるか見ようじゃない か。われわれはこれを拷問と呼んでいる」そう言いながらヴィセン テルリは、制御装置のなにかを動かした。 《ティ 1 ガス》は警戒心がもどってくるのを感じた。そっと左足を 動かしてみると、苦痛が膝とくるぶしをざくりと切り裂いた。 かれは喘いだ。あまりの激痛に、背と胸が弓なりにそった。 「よろしい」ヴィセンテルリが言った。「いまのおまえが動いたた めだ、わかったろう ? じっとしていろ、そうすれば苦痛はない。 動けばーーー苦痛だ」 《ティーガス》は宿主に深く息を吸いこむことを許した。とたんに ナイフが胸と背骨に突き刺さった。 「息をする、手首を曲げる、歩くーーーすべておなじだ、苦痛が伴 う」ヴィセンテルリは言った。「この仕掛けのいいところは実質的 な害はなにもないってことだ。だが白状しないかぎり、いまにおま 2 えは単純な傷かなにかのほうが、よっぽどましだと思うようになる
た。「われわれは逃げられん。完全にとじこめられてしまった」 「おまえがおれの質問に答えさえすれば、こういったことはその場 ト》がためらいがちに不安を投けてきた。 で終りになるんだそ」ヴィセンテルリが言った。「おまえはだれ べィリーの思考 ー三ー四。おまえはだれだ ? それー二ー 「これは悪夢だ ! わかるか、悪夢だよ ! 」だ ? 一 宿主の肉体は指令にしたがって、ぎくしやくと動きつづけた。 《ティーガス》は驚いて立ちすくんだ。べィリーの思考とはー 《ティ 1 ガス》はまたしても何千という古い言語が、自分のなかで 《パシット》の叱責が割ってはいった。「静かにしろ。われわれは とりとめのない無駄ロだ。奇妙に 力を合わせなきゃならないんた。落ち着け : : : 落ち着け : : : 落ち着形をなしはじめるのを感じた ひとごとのような気持ちで、かれは自分こそさまざまな古い存在 《ティーガス》は自分自身が静かな波にのって漂いだしてゆくのをや、記憶されたエネルギーの博物館であるにちがいないと考えた。 感じ、「おまえじゃない ! 」という《・ハシット》の絶叫に、はっと「自分の身体に説いてみろ、あとどれだけこういったことに堪えら してわれに返った。 れるかってな」ヴィセンテルリが言った。 「おれはジョー ヴィ七ンテルリがコンソールの装置のひとつをいじった。 《・カーマイケルだ」《ティーガス》は喘ぎあえぎ言 両腕が急激に上へ引きあげられるのを感じて、《ティーガス》はった。 くぐもった悲鳴を漏らした。 ヴィセンテルリは近よって、明らかな苦悶の証拠を検分した。 つづいてヴィセンテルリがつぎの操作を行なうと、《ティーガ 「それー二ー ス》は二つ折りになって前に倒れ、またびくんと直立した。 それでも、べらべら喋る声はやまなかった。かれはエネルギーの ・エネル 《・ ( シット》にうながされたかすかなすすり泣きの声が、かれのく流出なのだ、と《ティ 1 ガス》は気づいた。エネルギー ちびるを漏れた。 : エネルギー。エネルギーは、宇宙のなかで唯一の確固とし 「おまえはなにものだ ? 」ヴィセンテルリが気味の悪いほどの猫な て不変のものだ。かれは言葉の花壇に坐っている知恵た。だが知恵 で声で言った。 は賢者を打ち懲らしめ、敬意を表しにやってくるものに唾をひっか 内部で《・ハシット》があわただしく該当の神経連接を捜し、それ ける。知恵は写字生や事務員のためのものだ。 をプロックするのを《ティ 1 ガス》は感じた。汗が宿主の身体をぐ ならば、カだ、とかれは思った。 っしよりと濡らした。 けれども力は、それを働かせたとき、こなごなになる。 「ようし、それじや長いハイキングに出かけるとしようか」ヴィセ いまここでヴィセンテルリを襲うことは、なんと容易なことだろ ンテルリが言った。 、つとアイー・ カスは考えた。われわれは二人きりだ。だれも見てい 宿主の両脚が勢いよく足踏みを始めた。《ティ 1 ガス》は偽りのるものはない。あっというまに、やつをたたきのめしてやれるの 2 十ー 苦痛に眼をとびだしそうに見びらき、まっすぐ前方を凝視した。
ふと、《ティーガス》は、肉感的に静められる自分を感じた。どス ) は、、三度と人間の大衆のなかにもどることはできないのを知っ こにも凝縮した感情というものの残っていない世界、 = 瞬発的な主体ていた。この新しい人間機械族は、どんな隠れ場をも与えてはくれ ないだろう。彼らの支配する新しい時代においては、こちらもまた の移動にさいして、自分が目標とすることのできる標識の存在しな 新しい手段を試みねばならないのだ。 い世界を、かれは思い浮かべた。 これにたいするきわめてティーガス的な反応をそのままに、カー 《ティーガス》は背中の制御カプセルに手をまわし、その下に指三 マイケルの肉体がおののいた。《・ハシット》が身動きして、急げと本をさしこんだ。《・ハシット》の苦痛プロックの助けを借りつつ、 かれはカプセルを背の肉から引きちぎった。 いう感覚を送ってきた。 そう、急がねまよらよ、。、 。オオししつアンドロイドたちがもどってくる下半身からあらゆる感覚が失われた。ヴィセンテルリに折り重な かわからないのだ。でなければ、ヴィセンテルリの仲間の支配者たって倒れたかれは、カプセルを眼の前に持ってきて、しげしげと観 ちがその後の状況を調べようと、スクリーンのスイッチを入れる気察した。カプセルの除去によって、カーマイケルの肉体には致命的 を起こすかもしれない。 な損傷が与えられていたが、かれらの共通の意識からは、それにた かれは背中に手をまわして、制御カプセルにさわった。平たい、 いする抗議は送られてこなかった。あるのはただ、カプセルにたい 先細りのパッケージ : : : ひんやりして、かすかに脈動している。そする深い好奇心だけだった。 の下に指をさしこもうとしたかれは、肉が抵抗するのを感じた。あ単純な、だが恐るべき装置ーー作用は明白だ。内側にあたえる表 あ、だめだ。その悪魔的な装置は、しつかりかれの脊柱に接合され面いつばいに、刺のある針が突きだしている。かれは手早くそれに ている。かれは内側からその接着状態をさぐり、時間と適当な手段付着した肉片をむしりとっていった。宿主はこうしているあいだに さえあれば、それが取りはずせないものではないのをたしかめた。 も死につつある。背中からどくどく血液が流れでているのだー・ーそ して合髄液も。かれは片肱をついてやっと半身を起こすと、ヴィセ けれども、いまのかれには時間がない。 ヴィセンテルリのくちびるが弱々しい動きを示したーーー乳首を求ンテルリの身体をころがして、上着とシャツをはぎとった。背骨の 尾根が露出した。 める赤児のくちびるだ。 人体の地理学については、カプセル内部の検査の結果からよくわ 《ティ , 1 ガス》はヴィセンテルリに注意を集中した。支配者。いか かっていた。《ティーガス》は必要な位置を測定すると、そこにカ にも、この人種を避けた《ティーガス》の判断は正しかった。ヴィ センテルリのような人種は、精神への侵略に抵抗することを知ってプセルをたたきつけた。 ヴィセンテルリが悲鳴をあげた。 いる。彼らにはエゴの力というものがあるのだ。 とはいえ、彼らヴィセンテルリたちは、自ら減亡への鍵を用意し彼はあやつり人形のようにはね起きると、床をころがっていっ 2 たのだと言えるかもしれない。なにがあったにせよ、《ティ 1 ガて、びよこんと立ちあがった。
《ティーガス》は、ジェイムズ・ダゲットの背骨にとりつけられたケルへの乗り移りは、かねて疑われていたダグラス・べィリーの面 制御カプセルのことを思いだした。新たな戦慄が体内を走った。宿前で行なわれたーーダグラス・べィリーが死体であることは、この 主のロは、純粋なカーマイケルの恐怖のためにからからに乾あがっ場合問題にはならない。それはたんに疑惑をいっそう増すのみだ。 かねてから、ダグラス・べィリーのなかに未知の存在を感知してい 「これはジョゼフ・カーマイケルだ」と、ヴィセンテルリがゆびさたヴィセンテルリは、当然それが、死体からカーマイケルに飛び移 「この男を—0 へ連行したい。徹底的な取調べとったと推定するだろう。 しながら言った。 動機の解剖のためだ。向こうで落ちあおう。適当な幹部諸君に知ら「われわれはきみに興味を持っている」と、ヴィセンテルリが言っ た。「非常な興味をだ。その興味はいよいよ深まった、きみのいま せておいてくれ」 しがたの んんと、発作を見てからはな」彼はアンドロイドにあ 警官たちは《ティーガス》を支えて、新しい足で立たせた。 インヴェスティゲーション・セントラル ごをしやくった。 — 0 ーー中央捜査局だな、とかれは考えた。 と《ティーガス》は思った。 「なぜわたしを—O へ連れていくんです ? 」と、かれは詰問した。 発作だと ! 力強い、妥協を許さぬ手がかれをせきたてて、カーテンの奥の小 「わたしは医者へ行かなくては : : : 」 「医学設備ならわれわれのところにもある」ヴィセンテルリがさえ部屋から大部屋へ、廊下へ、さらに、防腐剤的な白さを持った従業 員用更衣室へ、そこを抜けて裏口へと連れだした。 ぎった。彼はそれを不吉に聞こえるように言った。 つい先刻、ダグラス・べィリーとしてかれが訣別した世界は、カ 医学設備 ? なんのための - ~ ーマイケルの眼には、奇妙な変貌を遂げているようにうつった。も 「しかし、なぜ : : : 」 とより、眼の高さのわすかな相違というものはあるーーーカーマイケ 「つべこべ言わすと、指示されたとおりにしろ」ヴィセンテルリは ルのほうがおよそ三センチは高いだろうか。過去二世紀以上にわた 言うと、ダグラス・べィリーの死体を見おろし、またカーマイケル に視線をもどした。その眼はまざまざと物語っていた、彼が深い疑って、べィリーの眼の高さからっちかわれてきた視覚上の習性と、 惑をいだき、筋道たった仮説を立て、なかば真相に近づきかかってそれに伴う反応を、かれは打ち破らねばならないのだ。とはいえ、 それにはなにかそれ以上の変化があった。どういうわけか、より多 いることを。 くの眼でーー宿主の二つだけではない、それよりはるかに多数の眠 《ティーガス》はちらりとダグラス・べィリーの死体をながめた。 内なる記憶がかれを揺さぶり、かれの新しい意識を押しひしいだ。 で世の中をながめているような気がする。 この多重視覚の感覚は、かれを混乱させた。が、それについて吟 それはすばらしい宿主だった、愛情にあたいする肉体だった。が、 すぐに郷愁は過ぎ去り、かれはうつろな困惑の眠でヴィセンテルリ味してみるひまもなく、かれは警官たちの手でエアカーのガラスの を見かえした。それは必ずしも偽りの反応ではなかった。カーマイ檻に押しこまれた。ドアがしゆっと音をたててしまり、かれはたっ
った。《。ハシット》がすべてを心得ている。 かたらけておけ」と、その声は言った。 かれはそれにしたがい、かってジョー けれども《・ハシット》は、、 カれの周囲で駈ぎたて、かれはもはや ・カーマイケルであった空 ・カーマイケルは、かれとい 肉体を支配してはいなかった。肉体が逆にかれを支配しており、しつぼの肉体を見おろした。だがジョー かもそれはかれを窒息させようとしていた。 っしょにこの肉体のなかに、ヴィセンテルリの肉体のなかにいるの 肉体がおれを窒息させるはずがない、とかれは考えた。そんなこだ。その肉体は、背景のカプセルから送られてくる指令にたいし、 いまだにかすかに反応を示していた。 とはできないのだ。おれはこの肉体を愛しているのだから。 「なるべく早く、あのカプセルを取り除かにゃならんな」と、《・ハ 愛ーーそう、ここに足がかりが、接触の萌芽があった。肉体は、 シット》の声がうながした。「どうしたらいいかはわかってるだ かれが苦痛をやわらげてくれたことを記億していた。他の肉体の 記憶もそこに割りこんできた。結合の蔓がのびた。かれはこれまろう」にわかにその声にめだちはじめたヴィセンテルリの口調に、 でこの世界で愛してきたすべての宿主を思い浮かべた。彼らの大き《ティーガス》は一驚した。かれはヴィセンテルリを通して、ふい に自分自身の暗い面を垣間み、これまでけっして考えたことのなか な眼、頭にびったりはりついた耳、なめらかなふちなし帽然とした 》の一側面を見た。かれは、かれらの幽囚生活を楽 頭髪、美しいロと頬。そう《ティーガス》はつねに宿主のロに注意った《バシット した。ロはそれをとりかこむ肉体について、じつに種々さまざまなしんでいる存在の網の目なのだ、とかれは気づいた。幽囚生活のな かで強くなり、他のどんな生活ともそれを交換しようとは考えな ことを教えてくれる。 いのだ。 ヴィセンテルリの自我が、鏡に映るまぼろしのように、ふわふわ とかれの意識にはいりこんできた。《ティーガス》は、彼の散文的かれらは実際には《ティーガス》そのものにほかならない。思考 な記録を、石を刻んだような口もとを思った。いささかのおふざけの習性によってかれを動かし、無数の仲介作業から行動の原理をか も許さぬーーそれがヴィセンテルリのロのあらわしているものだったちづくる。《・ハシット》である半身は、このひとつの世界でだけ でも、すでに四十世紀以上にわたって仲介をつとめてきた。そして だがこれからは彼も、楽しむことを学ばねばならなくなる、とこれ以上前にも、無数の世界が蓄積されているのだ。 《ティーガス》は思った。 言葉と思考。 それからかれは、しつかりと床を踏む足を意識した。そして《・ハ 言葉は知的生物の道具であるーーーが、同時にまた、その生物は言 シット》もかれとともにいた。けれども《・ハシット》は、内部から葉の道具であるのだ。ちょうど《ティーガス》が《・ハシット》の道 かれの聴覚中枢に触れてくる声を持っていた。それはダグラス・べ 具であるように。この新しい知覚のなかの、意味ふかい内容をさぐ 3 ィリーの声であり、他の無数のものたちの声でもあった。 ろうとして、かれは《・ハシット》の冷笑を浴びた。内容をさぐろう 2 「アンドロイドのもどってくる前に、こういった格闘の痕跡を取りとすることは、限界のないところに限度をさぐろうとするのに等し
「もしおれが正しければ」と、ヴィセンテルリはつぶやきつづけ ンドロイドは例によって、冷ややかな、感情のない殻にすぎなかっ た。「あいつは宿主の体内で永久に生きていられるんだ。あいつは た。ヴィセンテルリひとりが、抑圧された怒りをめらめらと発散さ 生きてーーー・楽しんでいる : : : もしも生きることが : : : 楽しくなくな せていた。 声は、実験室の天井のコミュニケーション・スクリーンから降っつたとしたら ? 」 てくるのだった。「いいかげんに終わらせろ ! 」「そいつを処分し「この人間には死が命じられました」と、「アンドロイドのひとり て、これにけりをつけろ ! 」「こんなことをしていても時間の無駄が言った。「わたくしどもは遠慮しましようか ? 」 「遠慮 : : : ああ、そうしてくれ」ヴィセンテルリは言った。 だ ! 」「あんたの考えちがいだよ、ヴィック ! 」「われわれの時間 アンドロイドたちの冷ややかなオーラが遠のき、消えていった。 を無駄にさせるのはやめろ ! 」 スクリーンごしに見まもっていた他の支配者たちは、ヴィセンテ 彼らはカーマイケルを殺すことを要求しているのだ、と《ティ ガス》は悟った。かれはひとつの闘技場を想像した。そのふちからルリの考えちがいだと結論したのだ、と《ティーガス》は思った。 ・ほた・ほたとしたたっているもの、死だ。ああ、あのころはよかったしかし同時に彼らは、カーマイケルの死をも宣告した。それでアン ドロイドたちが退出させられた。人間の死には、かれらはいっさい 短命な宿主たち、いたって簡単な乗り移り。だがいまはどうだ ろう。はたして、ヴィセンテルリに乗りうつる勇気がかれにあるだ関与してはならないのである。 カーマイケルがふるえあがって、しきりに問いかけているのを ろうか ? それはまず確実に失敗するだろうし、《ティーガス》は それを知っていた。支配者のエゴの堅固な殻は、どんな攻撃にもび《ティ 1 ガス》は感じた。「どうする ? おい、どうするんだ ? 」 《・ハシット》が宿主の左腕の筋肉をためしてみた。宿主がいまだか くともしないのだ。 ってその存在を意識したことのない筋肉は、こまかく波打ち、そし 鋭い「ばちっ ! 」という音が、実験室のなかに響きわたった。コ て弛緩した。 、ユニケーション・スクリーンが真っ暗になった。 「発覚は最終的な消減につながるんだぞ」《ティーガス》は警告し さて、つぎはなんだ ? 《ティーガス》は身がまえた。 「もしもべィリーの死がやつを抹殺できなかったのなら、カーマイた。これはもっとも基本的なかれの禁忌だった。「われわれは、顔 つきからもそぶりからも、あくまでも尻尾をつかまれないようにせ ケルの死がちがう結果をもたらすとどうして予想できる ? 」ヴィセ にゃならん。どんな背景とも区別がっかないようにするんだ」 ンテルリがつぶやいた。「なにがやつを阻止できる ? やつはシン 「とっくに発覚しちまってるんだそ ! 」これは純粋なジョー を長生きさせた、そしてそれ以前にも、どれだけおなじことをやっ ているかわからんのだ」 マイケルの思考だった。「いったいどうするんだ ? 」 このとき、制御力。フセルを通じて、水の流れるような感覚が宿主 2 《ティーガス》は、おのれの《・ハシット》側の半身が、眼に見えな の背骨に伝わってきた。 い膜を屈伸させるのを感じた。
コントロール。それがこの社会の狙っているものだったー、ーー超高かれの心をじゃんじゃん打ち鳴らし、凶暴な檻に放たれたなにかの ように、 《ティーガス》の意識を揺さぶった。 度管理社会。 いままでかれの宇宙であった虚無の空間に、質問があらわれた。 ヴィセンテルリの顔が、光の柱のなかにもどってきた。 「便宜上、これからもおまえをカーマイケルと呼ぶことにしよう」それが口頭による質問であることを知っていたにもかかわらず、か れはそれを見た。激流に翻弄される言葉の形を見た。 と、彼は言った。 「おまえはだれだ ? 」 その言葉は、かれが窮地に追いつめられていること、ヴィセンテ 「おまえはなにものだ ? 」 ルリがそれを知っていることを露骨に物語っていた 9 もしも《ティ 「おまえがなんであるかはわかっているのだ・なぜなにものである ーガス》に多少の疑念があったとしても、いまのヴィセンテルリの かを認めない ? われわれは知っているのだそ」 言葉が、それを完全に払拭してしまった。 「自殺しようとしてもむだだそ」ヴィセンテルリが言った。「いま周囲を埋めた見物人のオーラが、非難がましい震動を伴ってかれ おまえのはいっているその装置は、たとえおまえ自身がいささかもに追ってきた。「われわれは知っているーー知っているーー知って いるーーー知っている : : : 」 それを望まなくとも、おまえを生かしつづけておくことができるん 《ティーガス》はその言葉が自分を揺さぶり、屈服させつつあるの ふいに《ティーガス》は、自分のカーマイケルである部分は、こを感じた。 ティーガスは催眠術にはかからないんだ。そうかれは自分に言い こで恐慌に襲われて然るべきだと気がついた。ここには、ティーガ 聞かせた。にもかかわらず、自分の存在がずたずたになって浮きあ スの用心ぶかさや伶淡さはありえないのだ。 がりつつあるのをかれは感じた。なにかが離れだしている。カーマ かれは恐慌に襲われた。 《ティ 1 ガス》は宿主にたいする支配力を失いかけて 宿主の身体が液体のなかでのたうち、締め具に抵抗した。液体はイケルだ ! いる ! なのに、身体のほうは、催眠術にかかった白痴と化そうと とろりとしていたーー・油のようだが、しかし油ではない。それはニ ラスティックの拘束服さながらにかれを締めつけ、かれの動きを遅しているのだ。分裂感はいよいよ深まった・ と、とっぜん、内部でなにかがうごめきだす、めざめだす感しが らせ、つねにその無活動の、死魚のように浮いた状態にかれをもど した。宿主のエゴがめざめつつあるのをかれは感知し、それにたい すのだった。 してなんらなすすべのない自分を感じた。 「やれ」ヴィセンテルリが言った。 「だれ : : : なにもの : : : おれになにを : : : 」 大きなかちりという音がひびいた。 《ティーガス》はその質問にむかって、むちゃくちゃにパンチを浴 光がカーマイケルの眼をくらませた。その光のなかに、色彩のリ ー・カ」マ、イケルだ : : : おれはジョ ズムがあらわれた。リズムは癲癇性のビートを帯びていた。それはびせかけた。「おれはジョ 幻 6