/ んノ かれは一時に幾千もの言語で、言葉の概念を形成していた・ ヴィセンテルリはなにをしているのだ ? 制御カプセルからパルスが発せられるのを《ティーガス》は感し た。片脚がびくりと動いた。コントロールをとりもどすために、か れはその部分の神経に反射作用・フロックを押しこんだ。片眼があ き、くるりとまわった。《ティーガス》は視覚の中枢をおさえよう として奮闘し、真上にワイヤーやクリスタルから成る多面体がある のを認めた。ぼやけたみどり色の動きが見えた。すべてが制御力。フ セルに集中していた。宿主の身体は、かたくつつばった皮膚につつ まれてしまったように感じられた。 ヴィセンテルリがかれの視界にはいってきた。 「さて、これでおまえがどれだけ隠しとおせるか見ようじゃない か。われわれはこれを拷問と呼んでいる」そう言いながらヴィセン テルリは、制御装置のなにかを動かした。 《ティ 1 ガス》は警戒心がもどってくるのを感じた。そっと左足を 動かしてみると、苦痛が膝とくるぶしをざくりと切り裂いた。 かれは喘いだ。あまりの激痛に、背と胸が弓なりにそった。 「よろしい」ヴィセンテルリが言った。「いまのおまえが動いたた めだ、わかったろう ? じっとしていろ、そうすれば苦痛はない。 動けばーーー苦痛だ」 《ティーガス》は宿主に深く息を吸いこむことを許した。とたんに ナイフが胸と背骨に突き刺さった。 「息をする、手首を曲げる、歩くーーーすべておなじだ、苦痛が伴 う」ヴィセンテルリは言った。「この仕掛けのいいところは実質的 な害はなにもないってことだ。だが白状しないかぎり、いまにおま 2 えは単純な傷かなにかのほうが、よっぽどましだと思うようになる
かけはじめると、身体をこわばらせた。 。フロローグ 「力を抜いて。ここで手間どって、ほかのお客のところへもどるの 0 「左手」痩せた男が無表情に言った。「手首を出して」 が二時間も遅れると、彼らは硬直しちまうんだ : : : 困るんだよ、そ ダグラス・べィリーはカフスをめくりあげた。痩せた男はなにか うなると。官給品の箱はたった一サイズしかないからな。おれの意 ひんやりしたものをそこにあて、それから最寄りのドアのほうへあ味、わかるだろう ? 」 ごをしやくった。 やわらかな暖かい波が、仰臥しているべィリーの全身を洗った。 「あそこをはいって。右側の最初の仕切りだ」男は言った。 「おい、あんた、ここ一日ばかりなにも食べていないのか ? 」そう 「ちょっと待ってくれ」べィリーは言いかけた。「ぼくはーー、ー」 言う痩せた男の顔は、・ほやけたビンクのしみになっていた。 「さあ、なにをぐずぐずしてるんだ」痩せた男は言った。「あいっ 「ぼかあ、あー、うむむむ」べィリーは自分が言っているのを聞い は利き目がはやいんだぜ」 べィリーはなにかが心臓の下を突きあげるのを感じた。「という「オーケイ、ぐっすり眠りな、ぐっすり : : : 」痩せた男の声が、わ これでもう : : : すべて終わりなのか ? 」 ーんと唸って、消えた。果てしない暗黒が押し寄せてくる寸前、最 「そのために来たんだろう ? さあ、一号の仕切りだ。行こう」 後にペイリーの意識にあったのは、安楽死センターの御影石の門に 「しかしーーー来てからまた二分ぐらいしか : : : 」 刻まれた文字のことだった . し 「いったいなにを期待してるんだーーーオルガンの伴奏かね 2 「 : : : 疲れし者、貧しき者、望みなき者、自由に憧るる煮わがも か、あんた」痩せた男はちらりと壁の時計を見あけた。「おれはもとにきたれ。我、真鍮の門のかたえにて、燈火を掲げて待たん : う休憩時間なんだ。これがなにを意味するかわかるかね ? 」 「ぼくは、すくなくとも多少の時間が : : : 余裕が : ・・ : 」 「こっちの身にもなってくれよ、おい。あんたが自分の足で歩いて 身体が死んでゆくのと同時に、《ティーガス / ・ハシット》はめざ くれれば、おれはあんたを引きずりこまないですむんだ、そうだろめた。《ティーガス》である部分にとって、意識の混濁はいつもの ? 」痩せた男はそう言いながらドアをあけ、べィリーをせきたてとおりほんの一瞬しかつづかなかった。かれがそれから脱けだした て、薬品と屍肉の匂いのする部屋に連れこんた。それから、片隅のとき、《バシット》である負の主体のほうは、歌うように言ってい カーテンで仕切られた小部屋へ行くと、そのなかの簡易寝台をゆびた。「 : : : じゃない おれはダグラス・・ヘイリーじゃないーーーお さした。 れはダグラス・べィリーじゃな、 おれはダグラス・ペイリーじ 「仰向けに寝て、腕と脚をまっすぐのばす」 べィリーは指示された姿勢をとったが、痩せた男が足首に革紐を それは苦痛に満ちた、単調な繰返しだったーーー分裂的たが、きわ と
「たれが緩慢な死を望むでしようか ? 」 きわめて容易だった。《ティーガス》は、見込みのある宿主の内部 いまこの瞬間に《ティーガス》が願っているのは、その緩慢な死に深い感情が存在することを、絶対的に要求する。これなくして 0 以外のなにものでもなかった。あのときもうちょっとくわしく調べは、神経の総体に集中することは不可能なのだ。ともすると、宿主 ておきさえしたら。かれはこの場所が、さまざまな感情で沸きかえの意識の中心がすこしずつこ・ほれだす傾向がある。これは致命的で 冫しまかれがとじこめられている罠に っているとばかり予想していたのだ。ところがあにはからんや、こあるーーー致命的である点でよ、、 まさるとも劣らない。 こは感情的には死んでいたーーー墓場のように静まりかえっていた。 殺人。 このへたなジョークが、かれの内なる静寂にうつろに響きわたっ 見捨てられた宿主の肉体から、みるみる流出してゆく生命、新た な宿主の感情的な集中ーーーそして、当人も知らぬまに、殺人者は と、谷ハシット》が目下の急務である距離の問題を投影して、 ″かれら″の合成された自己を立ちすくませた。冗談を言っている《ティーガス》のとりこになる。おのれ自身の肉体の内部にとらえ 場合ではない、二十メートルの距離が問題なのだ。《ティーガス》られる。とりこの意識は無言の悲鳴をあげ、狂乱して内へ突進す る。が、それもやがて吸収されてしまう。 が新しい宿主に飛び移れる距離の限界、二十メートルが。 こうして《ティーガス》は、人生を楽しむというおのれの仕事に とはいえ、ここが感情的には真空であることなど、《ティーガ ス》がここにはいってきて、周囲をさぐってみるまで、知るべくもとりかかることができるのだ。 なかったことなのだ。そして、いまかれが自分を発見したこれらのけれども、ダグラス・ペイリーの時代のこの百年間に、この世界 は大きく変化した。新たな予報技術と、データ・センターのコンピ 小部屋は・外の通りからは二十メートルよりはるかに離れている。 ューターの働きによって、殺人は事実上この世から姿を消してい ちょっとのあいだ、《ティーガス》は非難まじりの恐怖のなかに た。いたるところにアンドロイドの警官がいて、暴力を予知し、そ 埋没した。しかし、この死はぜんぜん殺人のようじゃないじゃない れを未然に阻止していた。これはいわば社会の省略的な発展であ なのにかれは、これが殺人のようだろうと想像していたのだ。そり、とうにこれを考慮に入れておくべきだった、と《ティーガス》 はほそを噛む思いだった。だが人生は、それがけっして終わらない して殺人こそは、《ティーガス / ・ハシット》を幾久しい年月にわた って生かしつづけてきたものなのである。殺人者には、完全な感情という幻想を持っときに、もっとも快いものとなる傾向がある。こ 的かかわりあいを期待することができる。彼らは巧妙に近くへおびれまで宿主たちとともに宇宙を渡りあるいてきた《ティーガス》、 きよせこるとができる : : : 近く : : : 近く : : : 二十メートルよりはる生の暗闇にひそむ奪者として動いてきた《ティーガス》にとって かに近く。人間を刺激して、この暴力的な行動に走らせること、主は、この幻想は事実となりうるのだった。 それがここで終わらないかぎりは。 体の跳躍に理想的な状況をつくりあげるごとは、これまでのところ
この行動を抑制していたのは、幾久しい年月にわたる習慣であつものだった。他に類のない動ぎで、のばした指が眼にもとまらぬは た。不可避的にかれは、無数の過去の宿主たちから、その欲望、希やさで突きだされ、ヴィセンテルリの頸の集中部に、強い一撃を加 2 2 望、恐怖ーー・そう、とりわけ恐怖だーーーのいくぶんかを受け継いでえたのだった。 いたのだ。かれらの象徴がいまかれを呑みこんでいた。 殺してしまったのだろうか ? と、かれは考えた。 純粋なペイリーの思考ーー「われわれは永久にこれをつづけるわ そのときヴィセンテルリが身動きして、呻き声を漏らした。 《ティーガス》はヴィセンテルリの頭のところへ行き、かがみこ・ん けにはいかんぜ」 《ティーガス》はペイリーの分担している役割を、そしてカーマイでようすをうかがった。動くと同時に、身体を締めつけていた拷問 服がゆるむのを感じて、頭上のみどり色に光っている装置を見あげ ケルの役割を感じた。それは不思議な自我の結合だった。いまだか たかれは、それのフィード が限定されたものであるのに気づいた。 って、とりことのあいだに経験したことのないつながりだった。 「きれいなパンチを一発、それで終りだ」と、カーマイケルが主張またヴィセンテルリが呻いた。 した。 《ティーガス》は彼の頸の神経の集中部を圧迫した。ヴィセンテル リは呻くのをやめ、ぐったりした。 三ー四」ヴィセンテルリが近々と犠牲者をのそきこみ 「それー二ー 純然たる《ティーガス》の思考が、カーマイケルの神経系のなか ながら言っていた。 とっぜん《ティーガス》は、自分が自己という存在のいちばんはに頭をもたげた。かれは、これまで一世紀以上にもわたって、逆行 ずれから、内側をのそきこんでいるのに気づいた。自分のあらゆるした文明のなかに埋没して生きてきたことを悟ったのだった。彼ら ほとんど完全な管理体制とい 思考の習性が、これまでにもくろんだことのあるすべての行動の型はたしかに新しいものを発明した のなかに含まれているのをかれは認めた。それらの思考は、肉体をうものをーーだがそれは、古いパターンを持っていたのだ。エジプ ト人たちもそれを試みたし、それ以前の多数のものも、それ以後の コントロールするための形、エネルギーの発揚という形をとった。 その激しく燃えあがる一瞬、かれは純粋な行動と化した。これまで少数のものもおなじことをした。この現象を、《ティーガス》は人 《ティーガス》が圧倒してきたすべての獰猛な殺人者が、かれのな間機械として考えた。苦痛がそれを統御しているーーーそして食べも かで立ちあがり、外にむかって打って出て、かれはその経験そのもの : : : 快楽、儀式。 のとなったーー抵抗しがたいまでにそれひとつに専念し、いかなる 制御力。フセルがかれの感覚を苛立たせた。かれは、《・ハシット》 かたちの制限を受けつけず : : : そこにはどんな象徴もなかった。 におさえつけられて不発に終わった行動命令を、かすかなこだまと そしてヴィセンテルリは、その場に昏倒していた。 して感じた。「それー二 ー三ー四 : : : 」そしてそれが消えるととも 《ティーガス》の生存にとって致命的な感情の抑制も消減して 《ティ一】ガス》はおのれの右手を見おろした。それはそれ自身の生に、 命を持つようになっていた。その動きば、いまの一瞬だけの独自のいつ、た。
く内なる絶叫たった。やがてそれはまたたきつつ消え : : : あらわれ その声には、これっぽっちの妥協もなかった、愛情もなかった。 ・ : 消えた : あるのは荒々しさだけ。その険しい言葉のはしばしが、邪推ぶかさ 静寂。 と憎しみをあらわしている。 「おれはジョー ・カーマイケルだ」と、《ティーガス》は思った。 いや、もうけっこう元気そうに見えるよ。 それはジョ ・カーマイケルの思考で、かすかに《ティーガス》 ふと、《ティーガス》のおののきがカーマイケルの身体を走り抜 の抑揚と、《・ハシット》の非難ーー「あぶないところだったな」 けた。かれはそのさぐるような、猜疑に満ちた眼を観察した。これ ーがまじっていた。 は《ティーガス》の避けてきた種族のひとりだ。内面の戦いにたい 自分が床の上に仰向けに横たわっているのに《ティーガス》は気して、超人的な機略を有する支配者たちのひとりだ。それがあるか づいた。かれはあの浅黒い顔を見あげて、宿主の記億によりそれをらこそ、彼らは支配する立場に立 0 たのだ。そもそも、支配者とい 確認した 「チャドウィック・ヴィセンテルリ、犯罪防止局長うやつには、《ティーガス》も何度か煮え湯を呑まされている 官」。 吸収され、敗北を喫したのだ。こういう種族を避けることを《ティ 「カーマイケル君ーと、ヴィセンテルリが言った。「いま助けを呼 ーガス》が学ぶ前、遠い原初のころにはいろいろ失敗があった。こ んだ。しばらく安静にしていたまえ。動いてはいかん」 の世界にきてからでさえ、最初はしばしば闘争を経験したし、そこ なんと険しい、無表情な顔なんだ、と《ティーガス》は思った。 までいかない場合も、結果として風説や習慣や、神話や、種族的恐 ヴィセンテルリの顔はまさに能面だ。そしてその声ーーー油断がな怖が残った。どんな原始人でもこの掟は知っているーー・「けっして く、冷ややかで、猜疑に満ちている。いまの暴力的な出来事は、きおまえのほんとうの名を明かすな ! 」。 っとどんなコン。ヒューターの予想にもなかったにちがいない : そして、いまここにその支配者のひとりがいる。最高の危険性を れともあったろうか ? どうでもいし 問題は、疑りぶかい男が帯びた時代において、あまりにも多くを見てしまった支配者が。疑 あまりにも多くを見てしまったということだ。なんとか措置を講し惑は呼び覚まされた。鋭敏な知性が、けっしてそれに与えられては なければーーー早急に。足音がすでに廊下にひびいている。 ならなかったデータを比較考量している。 「いったいわたしはどうしたんだろう」と、《ティーガス》は言っ 二人の赤い上着を着たアンドロイド警官があらわれた。その温和 た。べィリー時代からの記憶の助けを借りて、なんとかカーマイケな顔にあらわれた熱心さたるや、従順な犬そっくりだった。小部屋 ルらしき声をつくりだしたのだ。「眼がまわる : : : 全世界が真っ赤のカーテンを押しわけてはいってきたかれらは、まっすぐヴィセン になったようだ : : : 」 テルリの前へ行くと、命令を待った。それはいささか気味が悪いく 「いや、もうけっこう元気そうに見えるよ」と、ヴィセンテルリがらいだったーーアンドロイドの場合ですら、被支配者はまず支配者 言った。 を見て、命令を待っことをためらわないとは。 幻 0
「ええ」 コードにしてみれば、ディンの意識を覚めさせておくことはなか 「いまは筏の種子の成熟期なのよ。よく似たものはほかにもあるったのだ。筏は近くの岸に向っているのではなかったからである。 わ。たぶん、種子のための活性食料なのね、筏のためのものじゃなアシの茂みと水路はすでに背後へと退いたが、『おじいちゃん』は くて。誰だってそんなことまで考えつけやしないわ。コ 1 ド ? 」 さっきから毛ほども方向を変えていなかった。びろびろとした湾へ をいここにいますよ」 と進んでいくのだーーーしかも、仲間といっしょになっている ! 「わたし、できるだけ長くはっきりした意識のままでいたい。で それまでに、コードは二マイル以内に七頭の大きな筏を数えるこ も、ほかにもひとつ、大切なことがあるのーーこの筏は、どこか、 とができた。そして、最も近い三頭には、新しい緑色のツルが生え ある特定の、自分に都合のいい場所に行こうとしているのよ。それているのが見えた。彼らはそろって一直線に進んでいて、彼らがめ ば非常に近い岸かもしれない。そうだったら、あんたは間に合う可ざしている共通の地点は、いまでは一二マイルばかりのかなたに迫づ 能性はある。でなかったら、あとはあんた次第よ。でも、あわてな た、ヨガー海峡の怒濤逆まく真只中であった。 いで機会を待つのよ。ヒロイックな気持になっちゃだめ、わかった海峡の向うは、冷たいッランティ海淵ーー渦まく霧、広漠たる大 わね ? 」 海原 ! 筏にとっては、 いまが種子の成熟期らしいが、見たとこ 「はい、わかっています」とコードは言った。だが、そう言いながろ、彼らは湾内に種子を散らす意志はないようだった : らも、自分が相手にしているのは惑星評議員ではなく、グレイヤン コードは水泳にかけては名手だった。それに銃を持っていたし、 みたいな小娘かなんかで、安心させるみたいな口調で話しているのナイフも持っていた。ディンはあんなふうに言ったが、湾の殺し屋 に気づいた。 どものなかをかいくぐって、助かる見込みがないではない。しか コ一ールキンドが一番ひどくやられてるわ」とディンは言った。 し、その見込みは、どんなにうまくいったところで、きわめてわず 「グレイヤンはすぐに気を失ったから。わたしのこの腕さえなんとかなものだ。それに、ほかにまだ希望がないわけでもない、と彼は かできたらーーーでも、五時間ぐらいのうちに助けがくれば、なんとっこ。 ナここはいちばん、あわてず、じっくり考えることだ。 かなるんだけど。もし、なにか起ったら知らせてちょうだい、コー もちろん、偶然でもないかぎり、救助に間にあうように彼らを探 しにくるものなどあろうはずがない。誰かが見つけるとすれば、そ 「わかりました」とコードはこんどもやさしく言った。それから、 れは湾の牧場の近くでだろう。あそこにはたくさんの筏が浮んでい ディンの肩胛骨のあいだの一点に、注意ぶかく銃の狙いをさだめる。そして、そのうちの一頭を誰かが使っていることは考えられ た。ふたたび麻酔弾がぶすっという軽い音をたてた。ディンの緊張る。いままでにも、時おり、思いもかけぬことが起って、人が行方 していたからだからゆっくりと力が抜けてゆき、それですべてはお不明になることがあった。こんども事件のいきさつが判明したとき わっこ。 には、もう手おくれなのだ。 0
たひとり、・フルー・グレイのガラスを通して外を見ていた。諦めしれないという事実に思いあたった。この認識はかれに、にわかに て、かれはやわらかいプラスチックのシートに背をもたせかけた。深い疲労感を覚えさせた。かれは自分に時の鱗がこびりついている ェアカーはプラストリート の発着場を飛びたって、安楽死センタのを感じた。自分が誤った取扱いをされた道具のように、傷ついて いるのを感じた。 ーの巨大な台地のような屋根の上を、遠い—O の人造の蜂にむかっ いったいおれはどこで誤りを犯したんだ ? かれはそう自問自答 て飛びはじめた。この政府機関の集中している複合ビルの一画は、 した。そもそもこの惑星を選択したことに誤りがあったのだろう これまでつねに《ティーガス》の避けつづけてきた場所だった。い またって、それを避けつづけられるのなら、なにをおいてもそれをか ? いつもは内面的考察にたいする しただろう。 かれの谷ハシット》側の半身 ふと、おれの宇宙は瓦解したのだという考えがかれを襲った。か反応の点では、きわめて率直である半身が、かれらの共通の意識の れはここに閉じこめられてしまっているーーこの、—O というプラ面に、前途に横たわる未知のものという感覚を投影してみせた。 の要塞にむかって飛ぶェアカーのなかのみならす。この これは《ティーガス》を立腹させた。未来はつねに未知のものと 惑星の生態系のなかにも閉じこめられてしまっているのだ。それ決まっているのだ。それでもかれは、おのれの宿主の自我を探索し は、いまだかってかれの経験したことのない感覚だったーー永劫のて、きたるべき対決においてなにが利用できるかを評価した。それ むかし、かれがある条件づけられた宿主の身体を借りてここに到着は優秀な宿主だったーーー健康で、強靱で、その筋肉組織ならびに神 したころにすら。長旅の果てに、その宿主の生存能力は、限界いっ経系は、十二分に《ティーガス》の補強や強化に耐えそうだ。この ばいまで使いつくされてしまった。とはいえ、それが《ティーガ宿主なら、りつばにかれの役に立ってくれるだろう。おそらくは、 ダグラス・べィリーよりももっと長く。時間の余裕のあるいまのう ス》の新しい惑星に到達する、新しい宿主に到達する方法なのだ。 正しい種類の惑星を選び、発達の途上にある正しい種類の生物形態ちに、なすべきことをしておこうと《ティーガス》は考えた。より を選ぶことは、第二の天性になってしまっている。正しい種類の生はやい、より円滑な神経反応のために、不要な抑制を取り除き、心 物は、つねに恒星間飛行を開発し、《ティーガス》をまた新たな旅臓と導管系統の緩衝器を設置してしまうと、かれは自分の仕事にい ささかの誇りを覚えた。宿主に生存能力があるかぎり、かれはけっ へ、新たな探検へ、新たな経験へと送りだしてくれる。かくして、 退屈がのさばりでることはぜったいにないというわけだ。この惑星してその身体を乱用したことはない。 このとき、《ティーガス》の生得の弾力性、これまでかれを生か の生物もまた、恒星間飛行の方向に向かっていたーー時間さえ与え るなら。 しつづけてきた、動かしつづけてきたものーーー底知れぬかれの好奇 が、ふと頭をもたげた。これからなにが起ころうとしている けれどもいま、かって経験したことのない恐怖を味わっている心 《ティーガス》は、自分がその恒星間飛行の恩恵にあずかれぬかもにせよ、それは新しい経験になるだろう。かれは宿主のなかでしゃ 2 は
「議論する気はありませんよ、お父さん。神のみそ知るだ。僕も同 サイモン・エイムスは、年をとっていた。そして、凝りかたまっ の厚い壁に、 た理想主義者特有の、にが虫を噛み潰したような顔をしている。そじ気持ですよ」ダンは、作業員たちが二十四フィート ドームのような形をした建物の、小さな入ほんの些細な割れ目もできないようにと、最後の仕上げのコンクリ れが今、作業員たちが、 ートを流しこんでいるのを、みつめた。「とにかく、生き残る者が 口に、セメントを流しこんで固めようとしているのを見て、複雑な いるとしたら、お父さんは、その人たちのために、できるだけのこ 感情の入り混った奇妙な表情が、一瞬、その顔をよぎった。だが目 とをしたのですよ。今となっては、すべて神の御手にあるというわ は、その中にいる、辛うじて見えるロポットのところへ戻った。 「エイムス川型の最後のやつだ」彼は息子に向って、名残り惜しそけです」 サイモン・エイムスはうなずいた。だがふり向いて息子を見た顔 「これでもまだ完全に、メモリイ・コイルにインブッ うに言った。 トできなかったー こいつには自然科学の知識を入れ、生体の仕組には、満足の色はなかった。「できるかぎりのことはなーーーそれで みは、もう一つの男性型のロポットに入れ、文化芸術の要素は女性も十分とはいえん ! そして神か ? この三つのロポットのうち、 型のロポットに入れた。これから書物を調べて、ほかのロポットたどれに生きのびてもらうよう願うべきか、わしにはわからんーー科 ちを密閉する準備をしなければならん。すでに、。兵隊ロポットへの学と生命と文化の三つのうちな」彼は、溜め息をついて、黙りこん 改造は完全に終った。これ以上、ヒューマノイドの実験は、必要なでしまった。その目は、セメントで塞がれてしまったトンネルに戻 っこ 0 い。ダン、戦争がおこるのを回避する方法はないものだろうか ? 」 若いロポット隊のキャプテンは、首をすくめ、おあいにくという彼らの後には、醜悪なドームが、地面の上にかたくなに建ってい 顔でロもとを歪めた「ありませんね、お父さん。彼らは殺戮の栄光た。やがて神の雨と人間の破壊の雨が、その上を洗った。雪が降り のもとに、食っているんだし、長い間掠奪をやっているので、兵隊積もり、そして解け、その上にいろいろな植物が生え、夏の陽も射 さぬほどになり、いつの間にか、地面の高さが屋根と同じになって ロポットの軍隊を動かす口実が必要なんですよ」 しまった。森林が少しずつ侵蝕を始める。一世紀にわたって、徐々 「馬鹿なあき盲どもが ! 」老人は、体を震わせた「ダン、なんだか 昔の女房どもの恐れたことに似ているね。だが、今じゃ、それは現に破壊されていく目に見えない変化のうちに、年月が流れていく。 実になった。なんとかしてこの戦争を回避するか、あるいは、あっその内側では、ー川の。ヒカ。ヒカに光ったケースが、不動の姿で、 という間に勝利をおさめないかぎり、ひき続き戦争をやる者は一人ひたするに時を待っていた。 そして遂に、木に落雷があり、それは木をひき裂き、ドームにま もいなくなってしまうだろう。わしは「一生をロポットに賭けてき た。彼らのやることは、わかっておるーーー絶対にそんなことをさせで達し、電線を伝って、こわれたタイム・スイッチにショ 1 トし ては、ならんのだ ! おまえは、わしがこの保存用建築に、ただのて、地下へ抜けていった。 気まぐれから財産を浪費していると思うかね ? 」 に 9
ニコロ・マゼッティは救物の上に腹這いになり、頤を片方の小さ ードは、ニコロが突然注意をそらしたことをいっこうに意にか な手のひらに埋め、味気なさそうな顔で、 1 ドの話に耳を傾けて いさないといった様子で、なめらかに語り続ける。ポールが入って 3 いた。その黒い瞳には、どうやら涙すら浮べているらしかったが、来た時、 ードはこう言っていた。「 : : : すると、ライオンは言い これは十一歳という年頃の子が、一人・ほっちでいる時にだけ浮べるました。『もしお前が、エボニイ山の上空を十年毎に飛び越えるあ ことのできる贅沢な涙だ。 の鳥の卵を見つけてくれたなら、わしはーーー』」 ・カし ? ・ ハードは語った。「昔々、深い森林のまん中に、一人の貧しい樵「君が聴いてるのは。ハート 君が・ハ ードを持ってたなんて知 夫と母親を持たぬ二人の娘が住んでおりました。娘たちはどちららなかった」とポール。 も、それはそれは美しくありました。年上の娘は、からすの濡れ羽 ニコロは顔を赤くし、もの悲しそうな表情が彼の顔に舞いもどっ を思わせるような長い黒髪を、年下の娘は、秋の午後のお日さまのた。「僕がまだ小さい時分に持ってた古物さ。あまり上等じゃな きん い」彼は・、 ような明るい黄金の髪をしておりました。 ノードを蹴とばし、多少疵だらけで変色しかけたプラスチ 「父親が森での一日の仕事を終えて帰って来るのを待っ間、年上の ックの被覆に忌ま忌ましげな視線を投けた。 娘は、よく鏡の前に坐っては歌を歌ったものでしたーーー」 ードは、発声装置の連結部がショックで一瞬すれたので、しゃ 彼女はなんと歌ったかは、ニコロは聞かなかった。というのは部つくりをしたが、また語り続けた。「ーー・一年と一日の時が流れ、 屋の外から「おおい、ニッキー」という呼び声がしたからだ。 鉄の靴もとうとうすりへってしまいました。王女は道ばたに立ち止 ニコロはとたんに晴ればれとした顔になって、窓辺に走り寄り、 「おお、ポール」と叫んだ。 「うわあ、これは旧式だなあ」とポール。そして批判的な目つきで ポール・レー・フは昻然と手を振った。彼はニコロより痩せつ。ほしげしげと眺める。 で、六カ月年長なのに、 ニコロより背が低かった。その顔には気の ニコロ自身、 ハードに対して苦々しい思いを抱いてはいたもの 高まりを押しかくした表情がみなぎっており、激しくまばたきをすの、優越感を意識した相手の語調にはたじたじとなった。一瞬彼は ることで、それがはっきり見てとれた。 ポールを部屋に入れたことを後悔した。少くともバ ードを地下室 「おい、ニッキー。入れてくれよ。僕はちょっとばかりいい考えをの、いつもの置き場所にもどしてしまうまでは入れるべきじゃなか ったんだ。これを持ち出したのは、退屈でどうしようもなかったの 思いついたんだ。聞いて驚くなよ」彼は、立ち聴きする者がいない かどうかというように、素早くあたりを見回した。だが、前庭はどと、父親といくら議論してもらちがあかなくて、とうとうやけにな う見ても全く人の気配がなかった。彼はささやき声でもう一度繰りってのことだったのだ。そうしたらその結果は案の定、こんな馬鹿 返した。「聞いて驚くなって」 げたことになってしまった。 「よしきた、ドアを開けてやる」 正直、】・ニッキーはポールに対してちょっぴり恐れを抱いていた。 かさ ヾ、
も、外部の空間に逃げだすことを不可能に 橋 " 釈しようという動きがある。ク = ーサーの内部に、プラックホールや しているからである。 巨大な中性子星が存在し、それが、その厖大なエネルギーを放出して カ いるのではないか、というわけである。またこの現象は、一つの島 したがって、・フラックホールは、事実上 に宇宙ーーー銀河系の誕生か、あるいは進化の道程を終ったときの死か、 見ることができず、光学望遠鏡でも、電波 間 いずれかを現わすものだ、という主張もある。 望遠鏡でも、その他の放射線検出装置でも の これに真向から反対する天文学者も、少数ながらある。 にもかかわら 発見することができない サこれらの天文学者は、クエーサーを、他の天文学者たちが考えてい ず、この数年、天文学者たちは、こうした るほど遠い天体ではなく、むしろ比較的近い天体にすぎないのではな 工 ・フラックホールを幾つか発見した、と考え クいか、という疑間を提出しているのだ。 ている。それらは、多く一董星で、その星 レブドノブト と 彼らの疑問は、この半世紀、天文学的常識となった赤方偏移に絡ん の線を観測すると、全く原因不明の増減 宇で起されている。従来の考え方によると、地球に近づく星は実際より を定期的にくりかえしていることがわか 島 青く見え、反対に遠去かりつつある星は赤く見える。遠去かるス。ヒー ゑこれが、目にも見えず、電波その他の ドが早ければ早いほどその天体はいっそう赤く見える。したがって、最も早 放射線を手がかりにし直接的には発見の不可能なプラックホールの存在を間 く運動する天体は、われわれから最も遠くにあるということになるーーーそし 接的に示す現象だと科学者たちは考えているわけで、最近話題になっている て、クエーサーは、われわれから光の速度の九〇。 ( ーセントという驚くべき 白鳥座などがそれにあたる。 スビードで遠去かっていることになり、その距離はおよそ一 8 億光年と考 こうした発見は、従来の天文学上の謎の幾つかを解明しつつあるわけだ えられてきた。 が、同時に一方では、全く新らしい種類の、予期されなかった謎を提供する ところが、カリフォルニア工科大学の天文学者チームは、これが計算のあ 役割りも演じている。それらのなかで、最も典型的なのが、一九六三年発見 やまりで、クエーサーはせい・せい三〇〇〇万光年から三億光年の間にある天 されて以来、多くの天文学者たちを白熱の議論の渦に巻きこんでいるクエー 体だと主張した。彼らがその証拠として提出したのがこのページに掲げた天 サー ( 準星 ) である。 ク = ーサーは、巨星とくらべれば比較的サイズは小さい。ところがその明る文写真である。写真の中の大きく見える島宇宙と、小さく見えるク = ーサー ( 下 ) の間には明らかに、両者をつなぐ光の橋がかかっているが、この橋 さは、ノーマルな恒星の何百万倍もある。しかも、ふつうの恒星がその進化 が、クエーサーに対して赤方偏移を起しているーー従ってクエーサーはそれ の一生をかけてーーっまり五〇億年から一〇〇億年平均ーー費すエネルギー ほど遠いものではありえない、というのである。 を、わずか一年のあいだに消費してしまうという恐るべき大食漢なのである。 他の天文学者たちはこれを、たんなる光学的錯覚にすぎないと退けている しーし 、このクエーサーの想像を絶するエネルギー源は何なのか。 天文学者は、さまざまの仮説を出しているがその中には最近の天文学の発が、真相は果してどうなのか。ともあれ、天文学のシ、トルム・ウント・ド 見ーーっまりプラックホールや巨大な。 ( ルサーなどと関一つけて、これを解ランク時代は、いっそうはなばなしくなりそうな形勢を示している。 ン 4 一葛 ( 一物のö'IENCE 第、 ~ OTJRN#ÄtLW& ィリッジ ! 79