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検索対象: SFマガジン 1973年7月号
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1. SFマガジン 1973年7月号

えにでた。なかから現われた老人と老婆が、おれを見つめた。 級というのは、そのとおり韓である 9 唐と書いてからと読ませるの 「何者じゃ ? 」 は、唐文化にかぶれてから、韓の字を使わなくしたからである・ わくご かぞきみいろは 「父の君、母の君、稚子でござります」 東国には、朝鮮半島から渡米した氏族が多い。多いというより、 おれは答えた。この二人の老夫婦こそ、おれを生んでくれた。ほ ほとんどが渡来氏族である。中央におくと危険だと思われた氏族も んとうの父母で、上毛野王家の当主だったのである。 あるし、大王家を頂天とする人種階層が定まりかけた大和を嫌って わくご かんなぎおみな 「稚子とな ? 神巫の老媼がいうには、汝は、はるけく遠いところ移住した氏族もある。 で生きておると。いま戻ったのか」 おれと香織は、わずかのあいだに、上毛野家の人々と、うちとけ 老いた上毛野の君は、おれのほうへ歩みよった。なぜか、かれらることができた。どこからか、おれの思考に働きかけている、大き な意志が、そう望んでいるからであろう。 の言葉は、おれにもよく理解できた。 おおきみみことのり しようじろく とよきいりひこ 上毛野の君は、姓氏録では、崇神天皇の長男と豊城入彦の子孫と「大王の命令で、大和に兵を貸さねばならぬ。なんでも、韓の国に いうことになっている。もちろん、これは、のちになって、大王家兵をだし、新羅を討っためだという」 上毛野の君は、久しぶりにあう、おれの成人した姿に目を細め との血縁を強調する必要ができてからの系図であろう。 きみ くだら 弘仁私記の序には、上毛野の公の先祖は、朝鮮半島の百済からきて、最新の情勢について物語った。この土地の情勢は、まえより厳 くにみやっこ ふひと あそん た思須美、私徳という人だとあり、田辺の史、池原の朝臣なども同しくなっている。武蔵の国造をはさんで、大和と争ったときの上 族だとある。いわゆる帰化人の出身である。この点、しばしば誤解毛野は、大和と対等にちかい国力をもっていた。その後、朝鮮半島 されやすいのだが、今日的な意味での日本人が確立しているところから渡来する人々のうち、有用な人々をかかえこんでいくうちに、 くだら へ、百済人が帰化してきたわけではない。このころの日本には、単大和のほうが強勢になった。朝鮮半島からのルートに近く、そこか 一民族などはいなかった。ポリネシア系の農耕民を底流とし、ツンらの産物を摂取しやすいところに位置していたからである 9 「なにゆえ、大和は、それほどまでに韓の国にこだわるのじゃ ? 」 グース系の騎馬民を表層とする , ーーというふうに模式化できるが、 老女が尋ねると、老人がこたえた。 この二つの要素は、何度もくりかえして重塗りされているらしい 「もともと、大和の大王の一族は、韓の国から海をこえてやってき 上毛野の君が、百済系であるということは典型的な騎馬民族の高 さいし 句麗の血をひいているということである。中央においては物騒なのた。韓の国の南端には、かって大王一族の祭祀があったという、昔 もとっくに ももとせ かたな からの本領があったが、おおよそ百年ばかりまえに亡・ほされてしま で、東国の辺境へ追いはらわれた。上毛野君形名という人のよう った。大王は、この本領をとりかえそうとしているのじゃ」 に、夷蝦と戦っている人もある。 群馬県の地名には、そのため朝鮮半島と関係のある名が多い。甘大王一族の朝鮮半島への作戦行動は、たえまなく続けられてき 羅郡というのは、朝鮮半島にあ 0 た小国の加羅からきているし、た。その作戦を続行するため、上毛野の国〈も兵力の供出を命じて えぞ かん しな わた 9 2

2. SFマガジン 1973年7月号

小版のような神州意識をもちはじめ、朝鮮半島や南方の諸国に、い なぜなら、このあたりの景色をまえに見たことがあるからだ。 これまでは、ま「たく想いださなかったが、岩屋古墳へ行ったころわれのない差別を投げかけることになる。いまのうちに、その芽を 2 デジャどュー から、すこしずつ記憶をとりもどしはじめた。心理学でいう既視感つみとらねばならぬ。 声は言った。それは、これまでの一年ばかりのあいだに、おれの 一度も来たことがないのに、まえに来たことがあるように思 う、あの感覚と似ているが、おれの場合には、もうすこし確かな手心の変化をもたらした大きな存在の声であった。 おれは、いまこそ、すべての真相を知った。 応えのようなものがあった。 おれは、自分の出生につながる二品を、ここに持っていた。ひと 「どこへ行くつもりなの ? うぶぎ つは、麻の生衣で、一枚布のまんなかに穴があいている、ポンチョ 「ともかく、上毛野の国府へ行ってみる」 のような仕立てになっている。貫頭衣ーーーポンチョというのは、環 「でも、国府のあとには、今はなにもないってきいたわ」 太平洋文化圏に分布する民俗で、ヨーロッパには存在しない。いま 香織は、つぶやくように言った。日ごろ見なれている景色が、い ひとつは、碧玉の勾玉で、これまで紐を通して、ペンダントがわり っこうに見あたらないので、不安をつのらせているらしい 国府とか国分寺というのは、のちの律令時代にできたもので、こに身につけてきた。この勾玉こそ、上毛野王家の継承者としての証 の時代にはまだなかったであろう。そのかわり、当時は、上毛野とであった。 かみつけぬのきみわくご おれの名は、上毛野君の稚子という。この東国最大の豪族の長子 いう独立国の都にあたる場所が、この近くにあったにちがいない。 おれは、いまや、以前のおれではなくなっていた。岩屋古墳でシとして生まれおちるなり、すぐさま大きな意志の力によって、時と ャッターを押せなくなったとき、おれのなかでなにかが覚醒され空のかなたにある未来へと運ばれ、そこでの教養をつんだのちに、 た。それは、現在と過去をつなぐ強大な意志ーーときには人はそれ生まれたもとの時と所へと連れもどされたのである。 を神とよび、あるいは仏とうやまうーーその大きな存在が、過去と野原を越えていくと、雑木林のむこうは、手入れの行きとどいた 未来をつなぐ存在の輪のなかで、おれにむかって、ある役割を授け水田地帯になって、あちこちの空地には馬がはなしてあり、高床の 家々もちらほら見えるようになっていた。 ようとしているのだった。 ここまで来て、ようやく、香織もただならぬ様子に気づいたので その存在の声はいう。 おまえは、こののち千数百年にわたるこの国の歴史を知ってあろう。 おれたちがすすんでいくと、一群の兵士たちが、おれをとりまい いる。いま、東国の上毛野政権と対抗している大和の大王家という けいこう た。乗馬にふさわしいような珪甲というよろいをつけ、鉄剣をおび ものが、のちの時代にどれほど巨大な怪物に成長するか知ってい る。いま、それを止めなければ、のちのち、この国の歴史が、大きている。あきらかに、騎馬民族の末裔と思われる風俗であった。 く歪んでくる。大王家のもとに統一されたこの国は、中華思想の縮兵士たちにとりまかれて進んでいくと、ひときわ大きな住居のま

3. SFマガジン 1973年7月号

号寺号を見落してしまうくらいの、目だたない寺院だった。さだめはもはや見られなくなった、壮大といっていいくらいの規模を持っ し、なにかの由緒のある名刹なのであろう。唐風のつくりになってている。 いる変った門があり、その奥に講堂があるが、あまり人の気配はな おれと香織は、石室に入りこんだ。石室の入口ちかくには、この かった。 地方都市にもおこっている宅地造成・フームのあおりで、小さなマッ その古墳は、この寺院の伽藍の裏手にあった。一辺五十五メートチ箱のような住宅がひしめいていた。 ルという方墳で、宝塔山と呼ばれている。のちの時代に、その古墳おれたちは、赤や緑の瓦屋根を、見ないようにした。利根川に沿 ちょういぎ の冢域が、そっくり寺院の敷地のなかに組み入れられたためであろった東国文化の中心地のありし日をしのぶためには、現実に目のま う、その名のとおりの石造の宝塔が封土のうえに立てられている。 えにある光景を全部とりはらって、八世紀当時を想像してみなけれ 石室そのものは、寺院とは反対の側にあり、よく保存されていた。 しゅうえん せんどう この宝塔山古墳は、古墳の終焉期の産物であり、仏教の影響が色羨道の石組みはしつかりしていて、崩壊の危険はなく、玉石を組 濃くただよっている。前時代の前方後円墳には比ぶべくもないが、 みあげた前期古墳とくらべると、いかにも壮厳な感じだった。古墳 一辺五十五メートルというのはかなりの大きさであり、石室の規模というより、。ヒラミッドの内部といってもいいくらい、ととのった は北関東では最大クラスといってよい 石組みになっていた。玄室には石棺が置かれていた。たしか、ここ 中央では、仏教の影響で、古墳の規模は縮小している。あの強大では被葬者の人骨がでているが、ほかの沢山の副葬品もろとも、他 な権力を誇った天武・持統の両天皇合葬陵にしても、仁徳陵などと所へ移されてしまい、内部には石棺だけしか置いてなかった。 比べると、いかにもチッポケなものである。そのころ天皇家のもっ 「上毛野の君の本拠たったのね」 人民の動員力は、古墳の築造のためではなく、寺院の建立のほうに 香織がつぶやいたので、おれは、うなずいた。 かみつけぬ 向けられていたのである。 上毛野の君というのは、東国最大の豪族である。上野と書いてこ かみつけぬ 同じころ、地方では、ちがった反応が生まれていた。印旛沼の近うずけと読ませたり、上州と略したりするのは、みな上毛野の呼称 くでは、大寺院と大古墳の造営が、同時におこなわれている。放射 から由来している。そのむかし、毛の国というのがあり、それが、 ティング 性炭素年代測定法によって確かめられているが、法隆寺式の伽藍配上・下にわかれて、群馬県と栃木県になったと考えてよい。 おれたちは、宝塔山をあとにして、すぐ近くにある蛇穴山に行っ 置をもっ竜角寺と、一辺八十八メートルという最大クラスの方墳で ある岩屋山とは、ほ・ほ同時に造られている。仏教を受容したものた。ここは、小学校の校庭になっている。そのため封土がけずられ の、旧来からの神道にもとづく古墳築造を、断念したわけではなかて、もとからの円墳の形すら判りにくくなっているが、終末期古墳 ったのである。 の特徴をそなえたみごとな石室だけは、きちんと保存されていた。 この宝塔山も、古墳時代の終焉期の所産としては、中央の大和にこの石室には、仏教の影響からであろうか、もともと羨道がなく、 がらん がらん かみつけぬ 4 2

4. SFマガジン 1973年7月号

美術部の女秘書は、抱いていたクリスマス・ツリーを下におろう。「なんでも大事件ですってよ」 し、マックス・カーニイにキスした。「あなたに会いたいっていう画板の前から立ちあがると、マックスは彼女の両腕の上に贈り物 男のひとがきてるわよ」そういうと、コ 1 トをちゃんと羽織りなおの包みをのせてやった。「だれだい、むこうは ? プン屋 ? 」 して、もう一度ツリーを抱きあげた。 シェットとかいうひと」 マックスはスツールの上で体をひねった。 「ああ、わかった。よその代理店につとめてる友だちだよ。はいっ 「あしたからクリスマスの休暇だっていうのにかい ? 」 てもらってくれ」 「すみません。その包みをここへのつけてくださいな」秘書がい 「いいわ。このクリスマスは、きっとすてきな計画があるんでしょ PLEASE STAND BY 待機ねカヾいます ロン・グーラート 訳 = 浅倉・久志、画 = 中島靖侃 祝祭日ごとに突然おこる 奇々怪々な象への変身 ? 親友の信じられない訴えに 乗りだした探偵が見たものは ? : ッ当

5. SFマガジン 1973年7月号

こ 0 なわれなくなる。おおよそ、そこまでの予測はつくが、そこから先 わくご おれは、この国の歴史における、上毛野の稚子 , ーーおれ自身の役は誰にも判らないだろう。 割を知った。日本書紀によれば、上毛野の稚子は、朝鮮半島への侵「だが、すくなくとも、神州思想のようなものを生みだして、日本 略の先鋒をつとめている。主将として海をわたり、巨勢の訳語、阿がまわりの東アジア世界に迷惑をかけることはあるまい」 ひらふ 倍の比羅夫などの将軍とともに、二万七千人を率いて、新羅の二城おれは、歴史をくつがえす決断をくだしたのち、かたわらの李香 しよく くだら を陥落させる。そこまでは順調にいくが、同盟国の百済に内紛がお織を見やって話しかけた。 こり、唐・新羅の連合軍に攻撃され、白村江で大敗を喫する。朝鮮「そうね、あたしにも、ようやく判ってきたの。生まれおちたと あか の史書である三国史記には、日 , の水が日本人の血で丹くなったと書ぎ、すぐさま、東アジア時間局の手によって、二十世紀の未来へ運 いてある。この無謀な作戦行動によって、遠征軍に巨大な兵力をばれ、潜在していた XZ< 因子が、すこしづつ情報を小出しにして 供出したと思われる上毛野勢力は、一挙に壊減してしまう。それとくれる。それが、いま出そろったところよ」 同時に、敗戦は、そののち千数百年にわたって、この国の人の朝鮮「判っている。おれが送られたあの二十世紀では、偶然とはいえ、 半島への憎悪を決定づける。 日本だけが抜きんでてしまった。日本の個人プレーがすぎると、東 天智政権は、諸国の兵力を失っただけで、結果的には大和の兵力アジア共同体の足なみがそろわなくなる」 の相対的な優位をもたらし、かえって安定してしまい、壬申の乱の 「そうね、わたしたち、時間機をつかって歴史管理をしているの あとの大王権拡大へと、歴史をむすびつけていく。 は、そうしなければ、足並のよくそろったコーカソイドのタイムト おれは、この時代こそ、歴史のひとつの分かれ目であることを知ラベル・センターに対抗できないからだわ」 った。大和の大王家による統一が、その後この国の進路をどのよう「そのとおり、やつらは、なんとしても、世界史を、自分たちだけ に方向づけるか、未来に生きてきたおれには判っているのだ。 で動かしたいんだ。このあいだも、朝鮮半島へ白人の時間旅行者が おれは、上毛野の国の兵力を率いて、大和を攻めようと思いたっ潜入して、金属活字の発明者を暗殺しようとした。グーテン・ヘルグ た。その結果が、どんな歴史になって未来へつづくかは、おれにもより百年もまえに、朝鮮人が金属活字を発明している。やつらは、 判らなかった。 この事実を、なんとかして否定したいんだ」 この国の人の朝鮮半島への憎悪のきっかけは、すくなくともなく「上毛野の君が呼んでるわ。行かなければいけないわ」 なるであろう。白村江の戦いがおこなわれず、しばらくは、交流が「判っている。大王家を亡ぼす作戦会議だろう。こちらの歴史で とだえるかもしれないが、新羅、百済、高句麗のうち、やはり新羅は、それが歴史的事実なのだから」 が覇者となり、やがて半島全域を統一することになる。そのあい おれは、急速に解放された情報が、体じゅうにみちあふれてくる だ、日本国内でほ東西の勢力の戦いがつづき、大王権の伸長はおこのを感じながら、父の待つ高床式の建物のほうへ向かった。 りこう 0 3

6. SFマガジン 1973年7月号

: 。、連Ⅱサイエンス 3 ジャーナル 第疾風濤時代の天文学 ~ 第を加藤髞喬ッ 四月末、ワシントンで、アメリカ科学アカデミーとスミソニアン協会の主殆んど変らないほどの小天体になってしまう。 催でコペルニクス生誕五百年記念集会が開かれ、四百人以上の天文学者、科 これが、いわゆる白色矮星である。 学者が集って、最近の天文学における革命について討論した。 しかし、最近まで、太陽よりも質量の大きな恒星の進化のメカニズムは、 ここ十年あまりの天文学の分野のデッドヒートぶりは非常なもので、新ら天文学上の謎とされてきた。 しい観測事実に基づく新らしいセオリーが、つぎつぎに現われて、その都 これを説明しようとする仮説は、もちろんさまざまあった。その一つが、 度、宇宙構造理論と世界像そのものとを書き直そうとする様子は、新らしい ・オッ。ヘンハイマーその他の主張する中性子星説で、彼らによる シトルム・ウント・ドランク 科学上の疾風怒濤時代の到来といってもよいほどである。 とそうした恒星は、標準型の星とおなじように赤色巨星または超巨星とな じっさい、この十年間に、観測技術そのものも、それまで予想できなかっ り、その後大爆発を起して、質量の大半を宇宙空間に放散する。これが、い たほど発達した。天文学者は、従来の光学観測装置ーー天体望遠鏡や、電波わゆる超新星ーーースーパーノヴァ現象だが、その際、あとに、直径わずか五 ュート 0 ン・スター 望遠鏡に加えて、 X 線探知器や紫外線、赤外線検出装置を、それらが地表に ~ 一〇キロ程度の超高密度の天体を残す。これがつまり、中性子星で超強 達する以前に吸収してしまう大気圏の上を飛ぶ人工衛星に積むことによっ力な重力のために、原子もつぶれて、殆んど中性子だけがぎゅう詰めになっ て、それまでの天文学の常識を破る全く新らしい天体ーークエーサー ( 準 た状態の天体であって、一平方センチメートルあたり数千万トンから数億ト 星 ) やパルサー ( 脈動星 ) や X 線星、さらにはプラックホ】ルなどさまざま ンもの重さを持っと、理論的に予測された。 の天体を発見し、その上に新らしいセオリーを展開することができた。 中性子星は、長いことたんなる理論上の存在にすぎなかったが、一九六七 そうした発見は、やや誇張していえば、毎日のように行なわれて、天文学年、イギリスのケン・フリッジ大学の電波天文学者のグルー。フが発見したパル 者たちの論議に新らしい材料を提供しつづけているのである。 サーと呼ばれた天体ーーきわめて小型で、迅速な脈動運動をつづけている。 こうした発見の幾つかは、従来の天文学で謎とされてきたものを解明する しかも標準型の太陽の一万倍もの強力なエネルギーをもっ電波を発散してい ことに役立っている。とくに、この五年間、はっきりしてきた謎の一つは、 るーーが、事実上の中性子星ではないか、という発表を行なって、世界を驚 恒星の死のプロセスである。 かせた。そして、現在では、この仮説は、世界中の大半の科学者によって認 従来も、恒星の進化は、ある程度わか・つていた。われわれの太陽と同程度められている。 の恒星ーーっまり、この宇宙での標準型のサイズの恒星が、老化現象をおこ、 つぎに登場したのは・フラックホールであった。 したときには非常な短期間ーーわずか二、三百万年のあいだに、赤い巨人星 これは、太陽よりも十倍以上大きな恒星が崩壊したときできる、一種の物 レッドジャイア / ト いわゆる赤色巨星となることが、観測されてきた。赤色巨星は、その最質のかたまりであって、大きさはパルサーⅡ中性子星よりもさらに小さく、 盛期には、ノーマルな時の二五〇倍ーーたとえば、】われわれの太陽の場合だ せいぜい直径二 ~ 三キロのものと考えられているが、これが、従来の天体物 と、直径三億七五〇〇万キロメートルの球となり、地球はもちろんのこと火理学の常識を踏み破るふしぎな性質を持っている。 星もすつぼりとその中に呑みこまれることになるーーーの超巨大な光球とな たとえば、この天体は全く光を発しないが、それは、あまりの超高密度で る。そして、最大に達すると同時に収縮をはじめ、たちまちのうちに地球と物質が詰まっているために、そこに発生するおそるべき大重刀が、光でさえ ホリイト・ドりーノ ニュート第ン・スター ワ 8

7. SFマガジン 1973年7月号

このフィルムに現われてこないのだろうか ? そして今、ふた スクリーンいつばいに、天と地が映った。「そして、生命が生まれに、 たびめざめたからには、彼は歩みを進めて、想像の中で人間を造ら だがまず手はじめに、このフィルムが警 「シンポリズムかな ? 」とロポットはつぶやいた。少なくとも、地なければならないのだー 質学と天文学は、彼の知識の一部であった。それでもなお、神秘的告していたような危険を、とり除かなければならない。 な美しさに満ちて、これは十分に真実であ 0 た。頭上にある生命体彼は体をシャンとのばし、目的をもって上へあがっていった。そ の足どりには、ある決意がうかがわれた。外へ出ると、太陽はまだ は、スクリ】ンの上に造り出されたものと一致する。 それから、彼自身の共鳴力と似ていないともいえない別の声が、輝いていた。彼は、ひどく乱れた = デンの森をさして、歩いていっ ス。ヒーカーから流れた。「こんどは地上に目を移して、想像のうちた。今、下生えを分けて前進しながら、彼には、そ「と忍びあしで いこうという気持ちが湧いてきた。その姿は、まるで大きな金属の に人間を創造してみましよう ! 」そこで神を象徴する光のもやが現 われ、大地の粉末から人間をかたち造り、それに生命を吹き込ん亡霊さながらで、両眼はきよろきよろとあたりを見まわし、目にも とまらぬ光のようなス。ヒードで、枝を払いのけようと両手をか、よえ だ。アダムは、一人で成長した。そして彼のあばら骨から、イヴが 造られ、エデンの園が現われ、まっ黒な蛇の形をした霧に、そそのている。 そして遂に、彼はそいつをみつけた。大きな岩の傍で、体をまる かされる。そして彼女は、心弱いアダムを誘惑し、やがて神にその トほど 罪を見破られ、追放されることになる。だが追放の場面は、フィルめている。思 0 たより小さいやつだ 0 た。ほんの六フィ ムが修んでいて不明瞭な形で途切れた。スビーカーも、音を出さなの、黒くうすぎたないやわらかなやつである。だがその形と、ふた またにわかれた舌は、紛れもなく、そいつであった。彼は、意気揚 くなった。 ロポットは機械を止めて、その意味を読みとろうとした。これは揚と叫び声をあげ、体を一つ大きくゆさぶって、その上にのしかか っていった。彼が体を離すと、岩の上の生命のない物体は、もっと きっと彼自身に関係あることに違いない。なぜなら、彼だけが、こ れを見るために、ここにいるのだから。彼がこの登場人物の一人でも愚直なイヴの姿になり果てていた。 かっては野生の豚であった物体の上にかがみこみ、片手でナイフ なかったら、どうしてそんなことがあり得ようか ? イヴでもな く、サタンでもない。き 0 と、アダムなのだ。だが、それなら、神を正確に使 0 ている 0 ポ ' トを、朝の太陽が照らした。彼は実に手 はこの 問いに答えるべきであった。見方を変えて、もし彼が神だ 0 際よく心臓を開き、弁の動きを観察しながら、処理してい 0 た。生 たら、おそらくこの記録は完成されず、アダムもまだ造られていな命というものは、えらく複雑にできているもんだ、と彼は納得し た。一瞬、疑惑が彼の脳裡をかすめた。フィルムでは、簡単そうに いことになる。従って、答えは与えられない筈である。 彼はゆ 0 くりと、わが身にうなずいた。世界が終り、アダムを求みえたではないか ! そして、ときどき不思議に思うのだが、なぜ めているというのに、な・せ彼は、自分の役割を思い出させるため自分は、天界の複雑な秩序を知っているのに、自分自身の成りたち

8. SFマガジン 1973年7月号

頭上で、紅冠鳥がけたたましく鳴きだしたので、ロポットは顔をた。その間には、コンクリートのかけらと、ほこりがあるだけであ ナカっては、書物やフィルムがぎ 0 しり詰めこまれてあった場 あげた。そのどことなく無神経な顔に、驚きの色があらわれた。しつこ。、 ばらく鳥の鳴き声に聴き入っていたが、鳥は、ロポットののっそり所であるが、今は、台無しになってしまった本の綴じロのきれつば した図体をみて、逃げてしまった。がっかりして溜息をつくと、ロしや、使いものにならないテー。フのくずなどが、ガラスのかけらと ごっちゃになって、床の上のごみの中に散らばっている。 ポットは森の中を、木々の枝を擦り、踏み潰しながら歩きまわり、 彼のいた個所だけは、全壊を免れていた。そこには、小さな実験 やがて、洞窟の入口近くへ戻ってきた。 太陽は空高く、明かるく輝いている。彼はそれをじっくりと観察室の器械が、まだずいぶん使える状態で、残されている。ゴトゴト した。太陽という言葉は知っていた。その中で、複雑な有機化合物と音をたてている原子力発電機から、テープルの上に置かれたプロ の原子分解が行なわれていることさえ知っていた。だが、どのようジェクターやスクリーンにいたるまで、彼は、一つずつ名前をつけ にして、それが行なわれるか、なぜそういう現象がおきるのかにつていった。 ここには、そして彼の心の中には、秩序と論理があった。ところ いては知らなかった。 ほんのわずかの間、彼は黙ってそこに立っていたが、大きく口をが、洞窟の上の世界は、不可解なパターンに従って形造られてい る。彼たけが、目的なしに存在しているように思えるのだ。なんで あけて、泣き叫ぶように長く尾をひいて呼びかけた。「アダムー アダム、出てこい ! 」だが、今は、これまでになん度もくりかえしこんなところにいるのだろう ? なぜ、自分自身について記憶がな た呼びかけについて、疑問を感じている。彼はちょっと首の動きを いのだろう ? 目的なしに存在しているというのなら、どうして知 止めて、待った。すると、森のさわがしい音が、かえってきた。 覚なんそが備わっているのだろう ? こうした疑問を解きあかして 「もしかしたら神様かな ? 神様、わたしの声がきこえますか ? 」くれるものは、なにもなかった。 プロジェクターの中に保存されている、プラスティックのテープ だが、かえってくるのは、同じ答えであった。野ねずみが草の中 からチョロチョロと出てきた。森の上には、鷹が舞っていた。木々の屑には、不思議な言葉が録音されているだけだ。だが、その中で の間を、風がサラサラと吹きぬけていく。だが、創造主からのしる少しでも理解できるものは、彼自身、承知していることばかりであ しは、なにもなかった。すがるおもいで、後をふり返ってから、彼る。彼はあかりを消し、プロジェクターの後にうずくまり、機械を はのっそりとトンネルの入口に向きなおり、体を振って、自分の洞まわしながら、スクリーンをじっとみつめた。 窟めざして、トンネルをおりていった。 なにか暗いものが渦巻いている短い断片があって、やがてそれが 中は、たった一つまだ壊れていない電球から、光が送られてい いくつかの点になり、あかるい球体になり、太陽になり、惑星にな り、なにもないところへとび出していって、天体の様相をなした。 た。彼は、厚い壁のひび割れた裂け目から、昔爆発によって砕けた コンクリート 「始めた」と声が静かに言った「神は天を造り、地を造り給うた」 が、向い側の壁に吹きとばされたあたりへと目をやっ

9. SFマガジン 1973年7月号

ウエスタランドがアパートにはいるのを見すまして、マックスはふたが開いている。中はテーゾレゴーダーだ。マイクはアンの手の 車から離れ、さりげないようすで四つ角まで歩き、通りのむこう側中にあった。もう一方の手には、ホッチキス、で綴じた書類をもって 7 へ渡った。それから脱兎のように芝生を横切り、アソのアパートの 横手の暗闇にとびこんだ。ゴミ・ハ . ケツを踏み台にして、々ックスは ウエスタ - ランドがコーヒ 1 - ・テー・フルをアンの前に押しやると、 音のするはしごを使わずに、非常階段の最初の踊り場へ体をひきず彼女はその上に書類をのせた。アンの目は、まださっきまでメダル り上げた。 がくるくる回っていた場所に焦点を結んでいるようだった。 マックスは非常階段の手すりに腰かけて、マッチの炎を手で覆い テーゾレコーダーを膝の上にのせたウエスタラソドは、テーノの かくしながらタ・ハコをつけた。一服しおわると、吸いがらをはしご スプールをはめた。二言一二言マイクにしゃべづてから、彼は々イク でもみ消した。それから建物の外側の出 ? ばりにぶらさがり、それをアンに返した。ふたりは、なにかの脚本らしいものの録音にとり を伝ってポーチの屋根の上に出た。あとは腹這いになって、ゆるい ・カ・カュ / ったたちあおい 傾斜をのぼるだけだ。蔦と立葵の葉むらに身をびそめ、左の目で窓ウ = スタランドの顔つきから見て、彼はいくつかの声を使いわけ をのそいた。 ているようだった。アンのほうは、まったく表情を変えずにしゃべ それはアンの居間の窓で、さっき彼のすわった椅子にアンがすわっている。マックスにはなにも聞きとれない づているのが見えた。いまの彼女は黒いカクテル・ドレスに着かえ ふたたび腹這いになって、彼は古い屋敷の端までひき返し、非常 ており、ほどいた髪が肩まで垂れている。彼女はウエスタランドを階段へ伝いおりた。しばらく待って、だれにも見られなかったのを 見つめていた。スーツケースは、マックスとアニメ作家のあいだの確かめてから、非常階段につうじる窓をこじあけにかかった。錠が 敷物の上に置かれてあった。 おりていないので、さほど苦労はない。・こ : ナしふ長いこと閉めつばな ウエスタラソドは、二本の指で銀の鎖をつまんでいた。鎖のはししだづたらしく、ギーツときしんだ。マックスは廊下にはいり、窓 で、ビカビカの大きな銀のメダルがくるくる回っている。 を閉めた。それからゆっくりとアンの部屋に近づいて、ドアに耳を マックスは目をばちくりさせ、蔦の葉の後ろへ首をひっこめた。 くつつける。 ウスタランドはアンを催眠術にかけているのだ。まるでパルプ雑こんどはかすかに声がきこえた。ウ土スタランド・よ、、 をしくつかの 誌のイラストにあるようだった。 役を演じている。アンの使っている声はたづたひと色で、それは彼 マックスがもう一度中をのぞきこむと、ウエスタランドが上着の女の地声ではなかった。マックスはうしろになにかの気配を感じて ポケットへメダルをしまいこむとこらだった。ウ土スタランド が窓ふりかえった。隣の部屋のドアが半開きになっている黒縁のメガ のほうへ歩きかけたので、マックスはまた首をすっこめた ネをかけた大柄な娘が、彼を見つめていた。 しばらくして、もう一度のそいてみた。こんどはスーツケースの 「なにしてるの ? 」

10. SFマガジン 1973年7月号

連截 思考の應え描き 真鍋専 気球計画 てきるだけ素直に解釈すれば、 気球は〃気の球〃てある。つまり 空気の球体なのだ。気球が空気の 球体だとすれば、気球は地球上に は絶対存在しないとい、つことにな る。何故なら、この大気圏のなか ては、大気は連続して存在してい て、けっして球体として分離して 存在したりはしないからてある。