二人 - みる会図書館


検索対象: SFマガジン 1973年8月号
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1. SFマガジン 1973年8月号

づいてくる。 「ちがう ! 」 二人のほっそりした身体つきの女たちが、通路を通って、入口の 最初の女の声が、とっぜんとがった。 「わたしは覚めてたわ。どうしようもなく冷えていたんだわ。いく方へ、よろめく足を踏みしめながら歩いていく。 もちろん、心理警察のエージェントたちはもうそのあたりにはい ら気張っても乗っていけなくて、いらいらしてたのよ。そのとき、 ない。彼らは、いちはやく人々の前からは姿を消しーーーたぶん、こ はっきり見たんだわ。あの顔 : : : あれは、確かに、まちがいなくミ のドリームハウスの裏はあたりに待機しているパトロール・コプタ ーに戻っているのだ。そしてそこへ、催眠処置をほどこされたいま これは、ひどすぎる。 振りかえって、そっちを見ようとしたとき、早くも、・ホックスのの二人の女たちが、どう抵抗のしようもなく出頭する。 あいだを、二人の黒の制服の男たちが、影絵のように足音もなく、 抵抗しすぎれば、治療に最低一カ月や二カ月はかかる心理障碍を ューティー信仰の信者 いま人目もはばからず私語していた女たちのポックスの方へ近づい起すことを警告されたにちがいないし になるような女たちに、もともと、そんな強い抵抗力があるはずも ていくのが見えた。 な、かっ 4 ~ 0 「何するのよ。はなして ! 」 一、二度うたれたことのあるその催眠処置薬の効果をー かんだかい女の抗議が、たちまち、くぐもったーーー圧し殺した苦末石は、 ーすべてに抵抗する気力さえ失って、命じられたことに、文字通り 痛の呻きに変った。 末石は、首をのばして呻きの方を見、同じように、そのシーンを泣く泣くでも従う気持に自らなっていく、あのやりきれない切なさ 見ようとして半ば腰を浮かしている何人かの男や女のシルエットがを思いだして、身ぶるいした。そして、同時に、にはしばしば聞 していたミ ューティー信仰に対する取締りが、実際にかなり強化さ ドリームハウスのうすみどり色の光線の中にゆれているのをーーそ れていることを、はっきり知る想いがした。もちろん、それだけ、 して、声がしていたとおぼしいあたりに、さっきの二人の黒服が、 信者が増えたからにちがいないことも : ・ ぬっと立っているのを見た。 心理警察だ。 心がふいにかっと熱く燃え、それから、たちまち冷えていくのが 明瞭にわかる。 それが、いっ頃から民衆のあいだに拡がりはじめたのか、さまざ 周囲の客たちも、彼と全くおなじ反応をおこしたらしく、あわて て、自分のポックスに身を沈め、気がっかなかったふりをしはじめまにいわれてはいるが、確実なところは誰にもわかっていない。お そらくは、数年前ミューティー信仰をきびしく取締まることを公式 3 る。末石もポックスの中で正面を向き直る。 小猫の泣くような圧し殺した女のすすり泣きが通路をこっちへ近に決定した政府筋でも、そこまでは擂んでいないはずだった。 2

2. SFマガジン 1973年8月号

ト・ンレヴァーく ーグの新作長篇『髑髏ののを告白する場面は、圧巻だという。シルヴァしハ エラールの回想』をお手本にしているのは明らかだ 書』 "THE BOOK OF SKULLS ・・ (Signet ーグの最高傑作という声もあり、 & coc.æ誌の書評が、本書はドイルのそれらの作品に十分迫る出来ば Books 950 の評判がしし では、ジェイムズ・プリッシュが「いますぐ買い、 えを見せている」 古代言語を研究している学生イライは、大学図書くりかえして読め」と推奨している。 スタ】リング・ラニアーは今年四十五歳。以前チ 館の地下倉庫から〈髑髏の書〉と題した秘教の古文 ルトン・ブックスの編集者だったことがあり、この と、きにはフランク 書を発見する。この本は、希望者が四人のグルー。フスターリング・ラニアーのフェローズ準将シリー トの最近翻訳の出た を作ってある儀式に参加することを前提に、不死術ズといえば、六八年から & 誌に登場して、ア『デーン / 砂の惑星』を ( ードカバーで出版した の伝授を約東している。この古代秘教の修道院が今ーサー・クラークやス。フレイグ・ディ・キャンプの ( り、ジ = イムズ・シ ミツツに傑作『カレスの魔 でもアリゾナ砂漠の奥に存在するのをつきとめたイ絶讃をうけたシリーズだが、そのうちの七つの中短一女』を長篇に書きのばすことをすすめたり、といっ ライは、友人たち三人と語らって、探険に出発す篇が一冊にまとめられた。『フェローズ準将の奇妙た注目すべき仕事を残している。作家となったい る。彼らは首尾よく目的の修道院を見出し、〈髑髏な功績』 "THE PECULIAR EXPLOITS OF ま、近く二冊の長篇の出版が予定されているが、彫 の守護者〉に迎えられる。だが、不死の伝授にはっ BRIGADIER FFELLOWES" by SterIing 刻家としてもなかなかの腕前で、 トールキンの『指 ぎのような苛酷な条件がつけられている。さまざま Lanier (WaIker $ 5.95 ) がそれ。物語はどれも、輪物語』の登場人物をかたどった金属製の小立像を な肉体的精神的試練を経たのち、不死を与えられるマン ( ッタンのクラブでのタベの一刻、イギリス陸製作し、すでにトールキン自身の許可も得て、市販 のは四人のうちの二人だけであり、あとの二人のう軍退役将校のドナルド・フ = ローズ氏が、葉巻とワ一する計画を進めているとか。 ち一人は友人に殺され、もう一人は自殺を選ばねばインのグラスを手に悠然と語り出す彼自身の体験 ならない。そして、まだ修練の終わらないうちにだ談、という形式をとっている。カリブ海、ス = ーデ定められた一つのテーマに何人かの作家がとりく れかが逃げ出せば、四人とも命はない。それそれ自ン海岸、ケ = ヤ、 = ーゲ海の孤島などの = キゾチッ一むという、変わ 0 た形式のアンソ 0 ジーが二冊出 分なりに不死を熱望する理由をもった学生たちは、 クな風光を舞台にした、現代の怪異譚という感じた。『四つの未来』 "FOUR FUTURES"(How ・ この条件にもひるまず、儀式に参加する。さて、そで、ほかにちょっと類のない作風である。批評の中一 thorn Books $5.95 ) と、『太陽が静止した日』 の結果は・ : から拾ってみると・ーー「ひたすら痛快な冒険物語を "THE DAY THE SUN STOOD STILL" 一見怪奇小説風の設定だが、作者は四人の学生を読者に与えようとする作者の衒いのない態度、簡潔 (Thomas Ne1son $ 5.95 ) で、編者はどちらもロ・、 交互に語り手に据えて物語を進めていきながら、そで明快な筆致が、かえってウィットと知性を感しさート・シルヴァーく れそれの性格をみごとに描き出しており、中でも、せる。『もうひとりの準将の物語を読み聞かせてく前者はアイザック・アシモフの案で、人口増加が 試練の一つとして、彼らがおたがいに一人の相手をれた』父親への献辞からも、作者がアーサー ・コナ。ヒークに達した二〇二五年を想定し、その時代の① 選び、これまでに自分が犯した最悪の行為と思うもン・ドイルの『勇将ジ = ラールの冒険』や『勇将ジ非認可出生児胎外生育児③天才児④死、の四つの LL 」、ス「キャ 新作、新リ・新雑誌 浅 久 ′じ、 2

3. SFマガジン 1973年8月号

彼はやれやれといった顔をした。「いいや、冗談じゃない。彼のでもびつこをひいています。こんど発作が来たらもうダメでしょ 研究生たちにですよ ! 彼が受け持っている博士の候補生たちにでう。その発作もいつなんどき来るかわかったものじゃない」 すよ ! 彼らは彼といっしょに研究に従事して来たのだから、その 「それでは、彼は死亡したとお思いですね ? 」 仕事の詳細に就いては私よりも、いや、どの教授たちよりもよく心 「あり得ないことじゃない」 得ておりますよ」 「だがそれでは死体は何処に ? 」 「だってそれはあなた 「それも一法ですな」と何けない調子で私。確かに一法には違いな 、それがあなたのお仕事じゃあないです かった。どうしたわけか、私はそのことを、言われてみなければ気か」 がっかなかった。多分、どんな教授でも、どんな学生よりも物を知 そのとおりだった。私は辞去した。 っていると考えるのが自然だからだろう。 私がいとまを乞おうとして立ち上ると、カイザーは私の上衣のえ私は、研究所という名の、恐ろしく混雑を極めた場所で、タイウ りの折り返しをつかんで、「それに、そもそもあなたの方針そのもッドの四人の研究生と、一人ずつ面会した。二人の短期間の研究生 のが間違っている。ここだけの話だが、そしてこういった異常事態の言によると、こういった、研究生のための研究所は通常、見込み だからこそ私は言うのだが、タイウッドは科学者として、あまり高のある研究生は二人しかかかえていないのだそうだ。というのは年 く評価されてはいないのです。ああ、そりゃあ、学生を教えるぶんごとにメイ ( ーの交替があるからだ。 にはまあまあでしよう。それは認める。だが彼の研究論文が高い評こういった交替がある結果、ここでは実験装置類の堆積が階層を 価を受けたためしなどありはしなかった。いつも実験による確証のなしている。実験用のべンチには、今すぐにも使用される装置類が ともなわない、曖昧な机上の空論に堕する傾向を見せて来た。あな置かれ、最も手近にある三つ四つの抽き出しの中には、使用される たの持っているその一ペ 1 ジにしたって多分、そういったものの一率の高い予備品や補給品が入っている。遠いところにある抽き出し つでしよう。そんなもののために彼を : : : ええと、誘拐しようなんの中や、天井にまで及ぶ棚の層や、目立たぬ片隅やには、過去の世 て企む者などおるはずが無い」 代の研究生たちの使用した装置類のなごりが次第に影を薄くしなが 「そうですかな ? なるほど。では、彼が何故、そして何処へ出奔らもころがっている。 こういった残り物は決して使用されない したかに就いて何か御意見は ? 」 が棄て去られもしない。実際、自分の研究所の全内容を知りつくし 「確かなところはわからない」と彼はロをすぼめながら「でも彼がた研究生は未だかって無いとと言われているのだ。 病人であるということは周知の事実ですよ。二年前に卒中の発作を タイウッドの研究生たちは四人とも心配していた。だがそのうち 起し、その時は一学期間、教壇に出られませんでした。そして完全の三人は主として自分たち自身の地位のことを気に病んでいた。っ にはなおってはいません。しばらくの間、左半身不随たったし、今まり、タイウッドが居なくなったことが自分たちの「問題」にどの 2 2

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ように全身をねじれさせ、ロと鼻から血の泡を噴いて死んでいる。 くは平然としていたーーー・ほくのとりつつある行為は動機はどうであ と、ふいにその死体が半身を起す。その顔はぼく自身の顔にすりれ、ともかく本心から出たものであり、事実に基いていたからだ。 変っている。残照を浴びて悪魔的な表情を浮べながら詰め寄ってく ばくは二時間前、その目を初めてヴィデオフォンのスクリーンに るのだった。 見出だした時のことを反芻していた。 ・ほくは死にものぐるいで悪夢の沼から浮び上り、顔の脂汗をぬぐ「君は誰だ」 って、べッドサイドのトランキライザーのカプセルに手を伸ばしな冷たく歯切れのいい声が言った。 がら呟いた。 「主席代表にはお子さんはおられぬことになっているそ」 レティシア。君は・ほくにすべてを預けると言った。その信頼「シティ・カレッジの学生、ミス・レティシア・マンのことを・ほく を悪用させてもらうことにするよ。 は言っているんですが」 「待て」 かすかに彼の表情が動き、早口になった・ 「今、・・ 0 ・ cn を入れる。そのままで待ってくれ」 双方向盗聴防止スクランプル・システム えらく値の張る代物 翌日の午後八時に、ばくはサン・ビーチ・ホテルの—専用の で、なみの市民では買えるようなシステムではない。それだけに、 超高速シャフトに乗って、五十階をめざしていた。 スパイ・キラーと呼ばれるほどの偉力を発揮する。 むろん一人でではない。屈強なボディガード二人とーーーおそらく サイボーグ・メンだろう トム・スコットの三人がばくをがっ数秒、スクリーンは激しいノイズで揺れ、それが拭い去られる と、かすかに顎をこわばらせた彼の顔があらわれた。 ちりと取り囲んでいる。ばくのチュニックスーツは、シャフトに乗 り込んた途端、四つの緻密きわまりない手先で徹底的に調べられ「失礼した。余り他人には聴いてもらいたくないような話なので な。話を続けたまえ」 リンメイ 例のメッセージ・リングをはめたぼくの指に、かれらの一人の視「ぼくは林・明。カレッジで、彼女と同じセミナ 1 に属していま 線が止まった瞬間、ぼくは手をポケットに突っ込んでしまいたい衝す」 動をからくも抑えつけた。しかしその男の視線はいそがしく次に動「なるほど、そう言えば君のことは聞いた。問題をおこしたようだ いて行った な。あの連中の起した騒ぎにまきこまれたのだろう ? 」 トム・スコットは、初老の、よく光る広い額をもち、細い目に超「そうです。そのために・ほくは火星のカナリアへ飛ばされることに 硬金属のようなしたたかな輝きをのぞかせる男だった。今、彼はそなりました。その前に、レティシアと結婚したいと思っています。 の鋭い目をぼくの横顔に当てたまま離そうとはしなかった。が、ぼそのことで、彼女の父親としての主席代表に、是非お目にかかりた こ 0 2

5. SFマガジン 1973年8月号

1 載劇画ノヴル 新・幻魔大戦 第四章、。魔人・正雪⑥ ノ .- ィ彡 2 ィクイ : イみ " ′・ ー 47 石森章太良 5 十平井不ロ正

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いたのだ。 った。カまかせに二本のゴムを引き絞り、シャフトに掛ける。手づ くりの旧式なものだが、信頼のおける手慣れた銃だ。 「坐れよ。・ヘッドのそっち側はどうだ ? 」 ドアを叩きあけて風雨の中へおどり出た。男の姿は消えており、 ぼくは水中銃をロッカーにしまい、言われるままの場所に腰を下 カジ = アライナの藪のざわめきが一瞬目をとらえる。盲目的な衝動ろした。 のみちびくままに藪に飛び込んだが、葉々に弾ける雨しぶきと、小 「彼女には手をつけなかっただろうな」 暗い緑の壁がばくの前を閉ざしていた。 「むろんだ。ひどい熱を出して眠っている病人に何もする訳がな アドレナリンの奔騰が静まると同時に、理性が戻って来て囁いた い」もう一人のぼくが言った。 追ってもむだなことだ。 ぼくは吐息をついて言った。 「ーーーでは、まだ残っていたんだな」 「そうとも。他の十人は死んだが、おれたち二人がまだ残ってい る」 うわて ぼくらは視線を見交わした。ばくにはない何かが、彼の顔を微妙 ーー奴の方が一枚上手のようだな。 に個性づけていた。酷薄とも見える顎と唇の線。狩人のそれのよう 苦笑すら浮んで来たが、その底にはうねるような恐怖があった。 に、はるかな獲物を見すえるのにふさわしい、細い鋭い目。ボディ なぜ、あいつはぼくの顔を持っている ? その論理的な解答を、 シャッとショ ーツと身につけ、盛り上った右胸にショルダーホルス カ本能がそ じつはぼくは潜在意識の水平線にとらえていたのだ。 : 、 ターのベルトが走っている。エネルギー・ガンの銃把がわずかに覗 の顕在化を抑えていた。 おそろしい疲労にのしかかられながら、開いたままドアまで戻いて見える、 る。うなだれた頭のなかで、意識は光に駟らしたフィルムのように傷ついた自我の、最初のとおい雄叫びが聞えた。鏡張りの部屋に 幽閉されて発狂する囚人のそれに似た、精神の変調のかすかな兆し 空白だった。 がちらりと地平をよぎった。 「おれならば、探すことはないぜ」 低い男の声が言った。・ほくは目をあげ、・ヘッドの脇に坐っている「それで、ばくらに何の用がある ? 」 男の姿を見た。まるで、、さっきまでの・ほくのようだ。 が俺をここによこした。この島を突き止めるのに、ツ 「その妙な飛び道具をしまえよ。おれも銃を使う気はない。もう分アモッからソサエティ諸島にかけて二か月ほっつき回ったぜ。 プラ挙ー - ・イン・ヴィトロ マッド ニックネーム っているだろうが、おれたちは兄弟だ。″試験管の中の兄弟だ ついでながら、俺は″気狂いジェリー って仇名を奉られてい ・せ。のつけから殺し合うことはあるまい ? 」 る刑事だ。なにしろ命を粗末にしたがると言うんで、そう呼ばれて そうだ、分っていた。彼女の最初のことばで、すでに分って いるんだな。ネオ・ニューヨークのマンハッタン界隈では一寸した 6 230

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いのですが」 思うが」 「ちょっと待て。彼女と主席代表との関係を誰に聞いた ? 」 背後からトム・スコットが言った・ 「彼女本人にですよ。親のはなしになると彼女が口をつぐんでしま廊下をゆるやかに進み、突き当りのドアの前に立つ。それは音も うので、ちょっとあこぎだとは思ったんですが深層催眠術にかけてなく左右に滑った。目の前に現われた部屋は、ラウンジになってい しゃれ 訊き出したんです。ぼくはわりとリべラルな方でしてね、・ほくの妻て、洒落のめした ' ( アに負けぬほどの設備がととのっているようだ スリー・ディ になる人間の親にはぜひ会って置きたかったんですよ」 った。おそらく電子ビュアーシステムや 3 テレビスクリーン、 丿ーサルずみの嘘が、よどみなく口をついて出た。 コンピュ 1 タなどがその凝ったっくりの背後に隠されていて、一旦 「結婚かーー」 ことがあれば会議室に早変りするのだろう。 トム・スコットは彼にきわめてふさわしくない真似をした。つまその部屋を通りぬけ、奥のドアを、トム・スコットが古風にノッ 、溜息をついたのだ。 クした。 「そいつは確かに、デリケートな問題だな。よし、そのまま待って「入りたまえ」 くれ。ともかくボスの耳に入れてみよう」 テレビで耳慣れた太い声が聞えた。トムがドアを排して・ほくを招 待つほどのことはなく、彼の顔が再び現われた。 き入れ、気づくとぼくは「二人の娘を背後に従えてッキングチェ 「主席代表は会うそうだ。但し十分間だけだがね。すぐサン・ビー ア風の神経浴チェアにおさまった″ビッグ″・マンの、あのカリ チ・ホテルへ来られるか ? 」 スマ的な磁力をたたえた瞳に向いあっていた。 「はい。飛んで行きます」 「こんな恰好で失礼させてもらうよ。私のリューマチは相当手ごわ い相手でね」 「よし、裏手の—専用口に八時十分前に来たまえ。そこのガー ドに通じておく。 ・ほくは彼の、荒けずりで意志的な顎のあたりに、ちらりとレティ だが時節柄、多少不愉快な目に合うかも知れんことは覚悟しておシアの面影を見たと思った。 きたまえ」 「レティシアは元気かな」 「必要とあれば、スードにもなって見せますよ」 おだやかな声で主席代表が言った。 ・ほくは熱意をこめて言った。それは、本心からのことばだった。 「病院に入れるに当っては充分なことをした積りだが」 シャフトから吐き出される。ソフトな間接照明に浮び上る廊「はい。まもなく退院できるでしよう」 ・ハイオレンス 下の要所要所に、抑えようもなく暴力のプロのムードを発散させ「私に何も謝まる必要はないぞ。あれは子どもではないし、君もど ている幾人ものボディガードの姿が見えた。 うやらそうではなさそうだ。二人の立派なアメリカ市民が何をしょ ナーヴァス 「主席代表はいささか神経過敏になっていてね。無理もないこととうと、私の知ったことではないからな。ところで、私に会いに来た ナープ・マッサージ 2

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の、ドイルと言う名の作家が彼の出現を予知していたのかとも疑 「シャローム、先生」 う。アウストラ戸ビテクスさながらのご面相にすさまじい筋肉をよ 彼は野牛のように鼻を鳴らした。 ろった短擧ーーことほど左様に、このユダヤ人は「失われた世界」 へプライ語なそ、どこで覚えおった」 彼を見るたびに、・ほくは最高の知能がも 0 ともそれにふさわしくという古典的小説の中で異彩を放っチャレンジャー教授にそっ ない肉体に宿ってしまったと嘆かざるを得ない。・ほくは二世紀前くりなのだ。 只ファー 3

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いということですよ。だから私が正しいとして、しかもそれを阻止 リシャ語の該博な知識も含まれていたことを確認するまでに半時間 する方法がなかったとしたら ? 」 ほどかかった。 「そうなったら、君、わしはこの二週間と半分の間、猛烈にいそが だが偶然なことに、 : ホスが帽子に気をのばしかけた時、オフィス しくたち働くよ。君にもそうすることをお勧めする。そのほうが時の電信機がカタカタと鳴り始め、ほかならぬマイクロフト・ジ = ー 間のたち方が早いからね」 ムズ・ポールダーが次の間に入っており、今の今まで二時間ほどの 勿論彼の言ったことは正しい 間、ポスに面会したいと言い張っていたことがわかったのである。 「何から始めますかね ? 」 ポスは帽子をもとにもどすとオフィスのドアを開けた。 「最初に必要なのは、タイウッドの配下にあって、政府からの給料マイクロフト・ジ = ームズ・ポールダー教授は灰色の人物だっ グレイ 支払いを受けている男女すべての名簿た」 た。その髪が灰色、その眼も灰色。その衣服もまたグレイだった。 「何故ですか 2 だが何よりも、彼の表情が灰色だった。その痺せた顔の線を歪め 「推理は君の十八番のはずだがなあ。タイウッドがギリシア語がでているかのような緊張をおびた灰色の表情だった。 きないということは、仮定して、まず間違いのないところだろう。 ポールダーは物柔かに言った。「私はこの三日間というもの私の だから誰か他の者が翻訳を引き受けたに違いない。そういう仕事を話を聴いて頂く機会を求めていたのです。責任ある地位の人にね。 無料でやる者があるとは考えられないし、タイウッドが自腹を切っで、あなた以上に高位の人は、望むべくもなかったというわけで てその支払いをするとも考えられない ーーなにしろ大学教授の給料す」 ではね」 「私もお役に立てるほどには高位のはずですがね」とポス。「どう 「殊によると」と私は指摘した。「彼は政府からの支払い金より いうご用事で ? 」 も、ことの秘密のほうを重大視したかもしれませんよ」 「非常に重大な用件のため、私に是非タイウッド教授との面会を許 「どうしてかね ? 少しも危険なことはないじゃないか。化学の教可して頂きたいのです」 科書をギリシャ語に翻訳することが罪になるかね ? そのことか「彼が何処にいるのは御存知ですか ? 」 ら、君が話したような陰謀を嗅ぎつけるなんて誰にもできはせん「彼が政府命令で拘留されていることを私は確信しております」 「何故 ? 」 ページを繰って「コンサルタント」という肩書きでリストされて「私は、彼が安全規則を破る結果を伴なう、ある実験を計画してい いたマイクロフト・ジェームズ・ポールダーという名前を見つけ、 たことを知っているからです。私の関知する限り、それ以来の成り この人物が大学の要覧に哲学科助教授として記載されていることを行きは、安全規則が事実破られたのだと断ぜざるを得ないような進 発見し、さらに電話で、彼の習得した数多くの学問の中に、古代ギ展を見せております。したがって私は、その実験が少くとも試みら 6 3

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いたの。 た。すべて彼女には承知の上だったのだ。 彼は妹もそのグループに引きずり込み、私を孕ませた。彼女は私があざむかれたという怒りは湧いて来ず、憐みだけが、澄んだ音 ごう を生む前後から発狂し、私が最初の誕生日を迎える前に死んだわ。 を立ててぼくの胸に鳴っていた。彼女の業ーーーそいつは・ほくのそれ そのあと彼は私を連れて、承認された社会にドロップ・ハックしたのよりはるかに深いものだったのかも知れない。 よ。 「でも、苦しいわ、明」 彼は私をにくみ、それ以上に恐れたわ。私は彼にとって悪夢その のみおわってから囁いた。 もの、彼の人生の辿るべき路上にふかく打ちこまれた楔だった : ・ 「私、死ぬようなことがあるかしら」 「つまらないことを言うと怒るよ。君はこれから・ほくらの子を生ま そして私が、私の父親ではありえない可能性をもっ男をどうしてなくちゃならないんだ」 ジニエタル 愛せるの ? 母はそのグループの共有の性器だったのよ。 「すばらしいアイディアね。 でも、メッセージを運んで来た男 はどうするよ。あなたに瓜二つの男。私たちはもう二人切りじゃな 生化学的な暗合などで、一体何が認証されるって言うの ? 」 レティシア、ぼくには今君が真底から分った。 いし、安全でもないのよ」 ・ほくはゆっくりと呟いた。 そうだ、奴の問題が残っている。おそらしく鼻の利く追跡 君も、自分がどこから来たのか分らずに苦しんだ訳だな。 者、そして悪意をひめた謎を投げかけた男。 「レティシア、もういい」 「谷ね。また私幻を見ているのかしら。あなたが二人いるわ : : : 」 ぼくは自分の声が湿っているのを知っていたが、それを恥とは思彼女の視線は眩しげにぼくの背後をさまよった。 わなかった。 「私の前にいるのもあなた、そしてあの窓から覗いているのもあな 「君の体が元に戻り切ったときに、あらためてその話はしよう。眠た : : : 」 るんだ、今は」 ばくは背筋に悪寒が走るのを覚えながら振り向いた。すでに戸外 「疲れたわ。でも気が晴れた。あなただけに心の負い目を負わせては暗くなり、風雨が激しさを加えているようだった。その陰惨な闇 おくのには耐えられなかったの」 を背景に、キッチンの窓からひとつの顔がぼくらを覗き込んでい 透きとおった微笑を浮べて言った。 た。 「水をのみたいわ」 それはアクリルガラスに貼りつけられた白い仮面ーーそれもぼく 「いいとも」 の顔を模した無表情な仮面のようだった。 水を汲みにキチンへ立ちながら、ぼくは、市から脱出するあわた アドレナリンが怒りとも畏怖ともっかぬ感情でぼくの血をわっと 2 だしい段取りに、彼女がさしてたじろがなかったことを思い浮べ沸き立たせ、ばくはドアの脇のロッカーに突進し、水中銃を掴み取 シティ くさび ・ハズル スビア・ガン トラッカ