男 - みる会図書館


検索対象: SFマガジン 1973年8月号
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1. SFマガジン 1973年8月号

ば : : : そのあたりの事情は、やや曖昧だった。殺されたものは調べ出産後かに、自分を騙した男に対する死の復讐が行なわれるのだ。 しかも、寄妙なことに、こうした事件が頻発し、マスコミがあら 5 ようもないが、生きのびた男たちは少なくとも、女たちが彼らをミ ュータントと信じるがままにしておいた者が多かったのは確かだっゆる媒体を通じてこの事実を喧伝し、検察側が精神病者保護条例を た。しかし、最初からミータントを装って近づいたわけではない適用してこの流行の阻止に乗りだしたにもかかわらず、事件はいっ こうに減少のきざしも見せなかった。 . 女たちが、いっ頃からか、彼らをミュータントだと思いこみな じめ・ーー同時に、性感が、それまでとは比較にならないほどに昻ま世間ではいっかこれをミ = ーティー信仰と呼びはじめた。 った。だから、敢えて、それを妄想だと否定するまでもない、と男当局が、学者が、マスコミが、声を大にして、それがたんなる・ ( ラノイア的な妄想であり、信じてはならない愚行であるといえばい たちは考えはじめたのだった。 うほど、それは、人類を何度か襲ったことのある熱病的な信仰とそ 否定した者も、なかにはいた。しかし、否定するとしないとは、 女たちの信念にはあまり関係がなかったようだ。男たちが否定しよっくり同じように、しだいに深く、根強く、世の女たちの中に沈潜 うとするまいと、女たちは、一度そう思いこんだが最後、姙娠するし、まさしく、一つの信仰のかたちをとりはじめたのである。 それはもう、たんなる流行ではなかった。 まで、男たちを自分よりは一段高いところにいる超人として、ほと んど崇拝するに近い献身ぶりをーーー自らを女奴隷と考えているとし女たちの日常には、それまでに決して持ち得なかったものが加わ か思えない無私な奉仕ぶりを示したのだ。 た。いっ 、ユーティー信仰にとりつかれるかわからない、しひ しかし、姙娠がはっきりし、三カ月めあたりから先になると女たれるようなサスペンスとスリルである。 ちは、ひそかにーーーしかししきりに、ミューテーションの証拠を探それは、幻想の中だけにあるはずの真性のエクスタシーをさえ、 しはじめる。 彼女たちにもたらしはじめたらしかった その証拠が、どんなものであるべきなのかは、男たちにも、当の 女たちにも、わからない。 だが、それがどんなものだろうと、姙娠六カ月あたりまでに、証 拠探しは終る。 しばらくののち、末石は、ドリームハウスを出た。 その頃のある日、あるとき、とっぜん女たちは、自分が依然とし混雑する走路を嫌って、超高層ビルの谷間の歩道を歩いた。見あ てただの女であり、腹の中に宿った生命が、ただの赤ん坊であり、げるせまい夜空は、巨大都市の光に駆逐されて、星一つない扁平な 自分を孕ませた男がなんの変哲もないただの男であったことに気づ青みがかった黒だった。歩道にはなぜか人通りもまばらで、、走路か く。そしてその日から、一、 二カ月の逡巡ののち、女奴隷と無私のら降りて、どこかのビルにいそぐらしい幾つかの人影があるばかり ・こっこ 0 献身とは姿を消しーーあとはケ 1 ス・・ハイ・ケースで、出産前か、 3

2. SFマガジン 1973年8月号

ソイレント・グリーン . ファニチュア・ガールたち ロい日日いⅱいⅱいいいい口いい日いい口い日いいい日いいいい口日いいロいいい口日いいいい日いいいい口日い日い口い日い日ロいい口い口いい口いいい日いい日いⅱいⅡい口ⅱⅡ日いⅱいいい日い日いⅱ日いいい日い日いいいい日い日い日 . へストンとファニチュア・ガール てく自然に「家具になれば、何も考える必要ろ自然だ。だから、この映画は、「猿の惑星」ほ 見もないから、女は楽で、危機感もない」とど、映画的な楽しさに満ちてはいないにしても、 いう意味のことを言ってしまっている。思アイデアをうまく生かしたことによって、「猿の 映わず出てしまったことばだろう。だから、惑星」同様のスリック ( 通俗娯楽 ) としては、成 これは、女の ( 少くともひとつの ) 本音で功作だろう。少くとも、あまりの子どもだまし のあろう。それは、自分のやっていることに、はじめから気が減入ってしまう「赤ちゃんよ 話に、何のうしろめたさも感じず、むしろ、永遠に」などと比べれば、雲泥の差だ。たとえ、 一般の家庭の主婦よりも、ずっと、生き生私の想像力を、もっとも刺激したのは、本筋とは きと生きている娼婦 ( そういうタイプの娼関係のない、家具としての女性の存在であったに 婦は、多く存在しているが ) の心理の基本しても。 にあるものなのではないか。 それにしても、「猿の惑星」 ( 第一作 ) は、見 男はとても、こうよ ーいかない。なにも考事なスリックだったなあ。 えないでいい状態などが、長く続いたら、 Ⅲ発狂してしまうのではないだろうか。つま り、そういう状態を、楽だと考えてしまう ことを、自分の堕落だと、哀れなことに、 「ソラリス」 ( 大平洋映画配給 Ⅲ男というものは、考えてしまうのである。 もちろん、男が、〈娼婦〉に相当する役割 あみ Ⅲを ( 女に対して ) することも、現実として男が、自分が生みだした想念の網にとじこめら Ⅲあるけれども、その場合の男にとっての退れ、身動きができなくなっているときに、ひとっ 廃は、たいへんなものだろう。私は、女性の救いとなるのが、やはり、女の存在なのだ。た には〈堕落〉ということばは無いのではなとえ、その女が、自分の想念が生み出したもので いか、と思うことがある。女は、本当に、あっても。 〈強い性〉だ。 「僕の村は戦場だった」を監督した、アンドレイ ところで、家具としての女など、この映・タルコフスキーの大作「ソラリス」は、真に 川画の、ほんの思いっきの色どりにすぎな映画の名に値する ( あえて、手あかにまみれた 。殺された男が関係していた食品会社が無責任な表現をつかえば ) まれにみる傑作と言い 女 創り出している未来の食糧、ソイレント・ の て グリーンの秘密が、この映画のテーマであこの映画は、息を呑むほど美しいロシアの自然 し Ⅲる。それは、たしかに考えたもので、金をの描写からはじまるーー・静かな池、水面にうつる と 具かけないが故に現実的な背景のなかで、こ木々、陽がそそぐ草原、古びた家。その平和な光 家「の秘密は、なかなかうまくおさまり、むし景のなかに、謎の惑星ソラリスに向おうとしてい

3. SFマガジン 1973年8月号

荒野のストレンジャーくソラリス クリント・イーストワッド クリスと幻の妻 てソ連で「ウスリー紀行」を映画化しようとせて進む。行く手には、静かな湖がひらけてい 見 ( している黒沢明監督も、この映画を見て、て、そのほとりに、ほんの一五棟ほどの建物が集め っている。そのラーゴの町へ、クリント・イース 画途中で眠った。 映それは、ごく自然なことだと、私は思トウッドは、いつもの無表情で、乗りこんでくる う。もとは四時間の大長編だったというのだ。 の「ソラリス」は、ゆっくりと進行する美し私は、西部劇というのは、景色が良くなければ 話い夢のようにゆるいテンボで進む。断じてダメだと思っている。カリフォルニアのモノ湖で スリックではないこの作品を見て居眠りすロケをしたこの映画を見ていると、アメリカに 】ることこそ、むしろ、この映画の長さのあは、こんな美しい場所があるのだなと、改めて感 心してしまう。湖面は、青空と、白い雲をうつ らわれだと思うべきなのですよ。つまり、 これは ( 皮肉ではなく ) 、つい眠ってしまし、イーストウッドのストレンジャーが、町には うほどの、すぐれた作品なので、公開されいると、酒場の窓には、湖と、男の影がうつる。 たときには、眠るつもりで、必ず見に行っ水鳥が、とぶ。町の住人たちが、じっと見守るな Ⅲてください。もちろん、眠らなかったとしかを、馬をあずけた男は、酒場にはいっていく。 」ーーー白髪の・ハーテンに向って言うこの ても、映画が悪いせいではないのは、いう「ビール 短いことばが、この映画における、彼の最初のセ ーまでもない。 いつ、どこで眠くなってぎても、この映リフだ。 画の価値には、いささかの影響もない。そクリント・イーストウッドは、自分というもの を心得ている。マカロニ・ウエスタン「荒野の用 れほど、「ソラリス」は、傑作なのだ。 心棒」で売り出したこの男は、柄で見せる役者で あり、ロ数少なく、無表情で、ヒゲ面に葉巻をく わえて目を細め、遠く見る目つきをしていれば、 荒野のストレンジャ いちばんサマになるのであり、この映画でも、そ ュニヴァーサル映画 O — O 配給 のとおりのことを、しているにすぎないが、この 澄みきって乾いた自然と、そして、なによりも、 ( 脚本は、「フレンチ・コネク 「ソラリス」は、めったにない美しい映画変ったストーリー たか、クリント・イ】ストウッド監督・主ション」のアーネスト・タイデマン ) にびったり の演のこの西部劇も、美しい場面からはじま合っている。 てる 私は、西部劇が好きなことにかけては、人後に スビリト し 砂漠のかげろうの彼方から、ひとりの男落ちぬつもりだが、幽霊 ( というより精霊 ) を主 と が騎馬でやってくる。白い砂けむりをあげ人公にした西部劇を見るのは、これがはじめて 具 家 て、白ぶちの馬は、ほこりまみれの男をで、それが、この異色西部劇を、「マガジ

4. SFマガジン 1973年8月号

イロットだと信じているもの、オリオン座の暗黒星雲を支配するシ ツ・ハでも、同時に、あちこちで起りだしたのである。 リウス星の皇帝だと名乗るもの、古代アトランティス帝国の女王の それでも、最初のうち、それはたんなる偶然の一致だと思われて 再生と自ら信じているもの、その他、種々さまざまな英雄や美女た いた。一種の流行現象の一つだろうと考えられた。 じっさい、二十世紀末からこのかた、奇矯な流行現象は、珍らしちの幻影が、この時代の街のあちこちに棲んでいるようだった。 くもなくなっていた。系の幻覚剤の飲用はー・・ー・とくに、病的 ーマン・コンプレックスのこの女たちには、他のパ ・た、刀、ス 1 ーパ な習慣性や中毒性を持たず、兇暴性を発揮する精神障碍を起こすこラ / ィアたちと区別される一つの共通点があったーー彼女たちに ともない、新種のトリッビング・ドラッグが開発されてからは は、ほかの患者たちに、多少ともみられる神経衰弱的症状も、精神 一時、酒や煙草を追い越すほどに流行したし、ホモ・セクシュアル病質の傾向も、病的性格さえ発見できなかったのである。 やレズビアン・ラヴやそれに類する異常性欲の流行もかなりなもの彼女たちは、ただいちずに、自分が、超人に生まれ変ったと信じ ュータントと性交し、彼ら で、その後それらがかなり下火になってからも、もう昔ほどにそれていた。しかもそれは、彼女たちが、ミ らを極端に異常視したり犯罪視したりする習慣を、完全に社会からの子を孕んだ結果で、そのため遺伝子に突然変異が生じて、自らも 払拭してしまったほどだった。また、自殺も・ー・まったく、直接的ミュータントに変化したのである : な理由を持たない、自殺そのものを目的とした自殺が、とくに若者彼女たちが、実は強度なヒステリー症状を呈していることは、専 の精神分析医に診せれば、すぐわかった。表面は、飽くまでも冷 たちの間で流行し、手のつけられない猖獗ぶりを示した一時期もあ門 静で、忍耐づよく、どんな迫害にも、偏見にも微動だにしない母親 そんな時代風潮の中では、古めかしい情痴事件の復活も、泡沫的の役割りを演じているーーーしかし、その深層心理では、ミュータン トと称する男たちに騙され、自らミュ 1 タントに成り替れると信じ なたんなる一つの流行現象と思われて当然だったのだ。 だがそのうち、警察は、妙な事実に気がっきはじめた。 こんで苦い絶望を味わわされたことを知っていた。そして、その事 犯人の女たちの中に、つよい精神分裂病の症状を示すものが、か実を、頑として認めることを拒絶していたのだ。 なりの数いることがわかってきたのである。しかも、彼女たちは例騙されたと知って、相手の男を、あるいは産み落した子を殺し 外なく、自分を、不老長寿で不死身で、さまざまの超能力を身に備た、その瞬間から、彼女たちの現実拒否が成就していたのである。 えたミュータントだと思いこんでいた。 もちろん、殺された男たち、あるいは、辛うじて生命を拾った男 いうまでもなく、こうした。 ( ラノイア的な症状を示す精神病者たたちを調べた結果は、とくに常人と変った資質を持ったものは一人 ちの激増も、この二、三世代の時代的特徴だった。巷には、すこしもいなかった。超能力どころか、あたりまえのさえ、さほど高 ごくありきたりの男たちだったのだ。 極端にいうなら、さまざまの種類の誇大妄想狂たちに満ちていた。 それならば、そうした男たちが、女たちを騙していたのかといえ 宇宙探検のヒーローで、アルフア・ケンタウリ一番乗りの宇宙パ 5

5. SFマガジン 1973年8月号

「ほうりこんだんだ」と、シルヴェーラ・ 「まあ、ホセ・シルヴェ】ラじゃないー彼を見ると、その美女は言 った。彼女の声は、やわらかで、ハスキーだった。「尼僧女学校に 「どっちにせよ、おかげで温室のガラスはめちゃくちゃだ。 - , じつの いたころから、わたし、あなたのファンだったのよ」 ところ、あの温室は捨ててこなくちゃならなかったよ。座礁しちま ヒアノのそって、いっかな飛ぼうとしないんだ。さよう、きみはあの男にちが 「この男の作品を読んでるのかね ? 」そう言ったのは、・ ばに立っている痩せた白髪の男だった。 いない」 「ジョーはきわめて才能ある、人好きのする人物だよ」コイヌール 「しいえ、本は一冊も読んでいないわ」その娘は言った。「ほかの 作家のものは読まないことにしているの。だけど、ある本のジャケは手をのばして、ビアノの蓋をどんとたたいた。「今夜はわたしの ットでシルヴェーラさんの写真を見つけて、その本を盗んできた責任において彼を連れてきた。彼とマクリュウ・スクリプリーが、 わ。そして写真を切り抜いて、日課祈書の表紙の裏に貼って、毎行きがかりを捨てて、永久に仲直りできるようにね」 「温室の壁に執事を投げつけるような人物は、信用できんと相場が 日ながめてたものよ。たいがいの作家って、あんまりばっとしない “ジョンズは言った。「それを考えれ 風采をしてるでしよう。その点シルヴェーラさんは反対よ、体格もきまっとるよ」プレスター いし、キュートだし。ねえシルヴェーラさん、わたし、ウイラ・ ば、近ごろ若い連中が、おとなよりも自転車のほうを信用している デ・アラゴン、はじめまして」。ヒアノの腰掛から立ってぎた彼女のも不思議じゃない」彼は鋭い指先で、もういつぼうの手のひらを つついた。「わしが『 ' ハイコクラシー』誌でこの情況を要約してみ は、ほほえみながら、ばかに暖かい指で彼の手に触れた。 「きみ、熱でもあるのか ? 」シルヴェーラは説いた。 たところでは、問題の責任は : : : 」 「いいえ、ふだんからすごく熱情的だから、それで身体がかっかし「やっちまうかね、ひとおもいにつまみだすかね ? 」部屋にもどっ てるのよ」彼女は答えた。「どういうわけで黒鷹荘においでになってきていたダブズが言った。 「さよう、同席して楽しい手合いじゃないことはたしかだな」 たの、シルヴェーラさん ? わたしのもらった招待状には、あなた コイヌールがまたがんと。ヒアノをたたいた。 のことなんか一 , 言も書いてなかったわ」 「きみはあの男じゃないのかね ? 」と、痩せた老人が唐突に言っ 「なにもそうまでびりびりすることはないじゃないか、“、 こ 0 《コマンド・キラー》がまだっかまっていないからといって、そこ コイヌールが急いで近づいた。「こちらはホセ・シルヴェーラまで警戒する必要はないはずだぜ」 プレスター 、こちらは現代の代表的哲学者、 ジョンズは深く息を吸った。あまり深く吸いこみす レスターⅡジョンズ」 ぎて、身体がふらっとしたくらいだった。それから彼は、痩せこけ 「きみはあの男じゃないのかね、ドウイギンズを温室からほうりだた手で皺のある頬をこすった。 したという ? 」 「ああ」ダブズが唸った。

6. SFマガジン 1973年8月号

うのはもったいないような気がするからよ。そう思わない ? 」 とんできた。「いよう、殺人犯」 シルヴェ】ラはやなぎ細工の籠から立ちあがった。「きみはまた シルヴェーラは、大理石の仔鹿の像のそばに立ち止まった。 ずいぶん積極的なんだね、おとなしい若い女性向きのものを書いて 「一足とびに結論にとびつく人間は、えてして軟弱な地面で足をと る小説家にしては」 られるものですよ」格子縞の厚地の外套を着た、まんまるな頭の男 「そうなのよ」ウイラは答えた。「それでわたし困ってるの、ときが言った。 どきそれが書くものにあらわれるんじゃないかって」 「なに、からかってみただけさ」スクリ・フリーは言った。 シルヴェーラはにんまり笑うと、彼女を・フルーのタイルの上から「わたしはラッド警部です」と、まるい頭の男は言った。「あなた 抱きあげ、寝室に運んでいった。 の名前を聞かせてもらいましようか」 「この男だよ、被害者をここへ連れてきたのは」と、プレスター シルヴェーラがウイラの部屋を出たのは、翌日の朝になってからジョンズが口をはさんだ。今朝の彼は、べイズリ織りの部屋着を着 だった。廊下を通って階下へ行こうとした彼は、ひとりの制服の警ていた。 「ぼくはホセ・シルヴェーラ。コイヌ 1 ルが殺されたのか ? 」 部補に前をふさがれた。 広い、彎曲した階段を曲がって姿をあらわしたその警官は、前に「死は、風で吹き飛んだ屋根板のようなものです」警部は言った。 「下を通るもの、だれの上にでも落ちかかる。さよう、ユーゴー・ 立ちふさがったまま言った。「あなたも容疑者の仲間入りをしてい ただきましよう。それから、ミス・デ・アラゴンよ、、 をしまどこにおコイヌールは殺されました。見たところ、《コマンド・キラ 1 》の 仕業と思われます」彼は滑るような歩きかたをした。一種スケート られるかご存じないですか ? 」 に似た動作で、彼はシルヴェーラに近づいてきた。「記憶は、とき 「部屋で靴をはいてるよ」シルヴェ】ラは言った。「容疑者とは、 なんの ? 」 に、塵芥運搬車のようなものになる。誤って貴重な品物が投げこま 「殺人の、ですよ」暗緑色の制服を着たその男は言った。「居間でれると、コーヒー潭やすいかの皮のなかをひっかきまわすのが大変 警部が待っています。逃げようなんて考えんほうがいいですよ、外だ。もっとはやくあんたと気がっかないで、失礼したな、シルヴェ には猛犬がうようよしてますからね」 「いや、はじめて会うんだからしかたがないさ」 「大のことぐらい知ってるよ」 「あんたはほんとにあのホセ・シルヴェーラなんだろうな、『惑星 「その大じゃ、ありません。われわれの連れてきた本物の警察大で 世界犯罪実話』誌に、一連のすぐれた評論を書いた ? 」 シルヴェーラはひろい肩を軽くひとゆすりすると、階下へ降りて「殺人者の典型的手口に関するシリーズを連載したことはあるよ、 いった。居間にはいったとたん、マクリュウ・スクリ・フリーの声がたしかにね」 ー 05

7. SFマガジン 1973年8月号

もちろん、それほど前のことではない。ことによったら、取締りデートになった。二十世紀なかば頃から、人々の意識の奥でひそか のきっかけになったれいの殺人事件から、そう前ではなかったかもに進行していたセックス・モラルの変動が、その時代、ついに臨界 5 点に達し、世界中の先進国家とその周辺とを巻きこんだあの混乱し しれなかった。 ューティー信仰とは、まったく別の興味かた地すべり的な崩壊現象へと発展した。あっという間もない大変動 その殺人事件も、ミ だった。古いモラルへの信仰は、みるみる壊減してしまった。 ら、マスコミの関心を誘いたのだ。 ある未婚の OÄが、彼女に子を産ませた男と、その子とを毒殺もちろん形は残ったが、形だけだった。 セックスは、騙してまで奪うほど神秘的なものでなくなった。依 し、自分も車を歩道橋に激突させて死んだ。男には妻子があったか ら、三角関係の清算を目的とした殺人と自殺であることは、きわめ然としてかなりな牽引力を持っ衝動でこそあれ、そのために我を忘 れるほどのものではなくなった。 て明瞭であるように見えた。 もちろん、マスコミの興味を誘いたのは、まさにそのこと自体だ いや : : : それだけ人間が理性的になったというわけではない。と った。なぜなら、こうした型通りの痴情の結果の殺人や自殺は、こ いって、突如としてセックスを嫌悪しはじめたわけでもない。 こ十年あまり、まったくといっていいほど影をひそめてしまってい ただ、セックスが潤沢になったため、クールになったにすぎなか たからで : : : その物珍らしさが、ちょうど夏枯れ気味だった風俗社った。セックスに飢えることが少なくなったために、セックスの周 会面のニュースだねに、持ってこいだったからである。 辺に過剰にふりまかれていた神秘的なムードに酔うことがなくな なんといっても、男に騙され、もてあそばされて、子を産まされり、むしろセックスに神秘的なものを要求することがなくなったに た腹癒せに、相手と子を殺して自分も死ぬなんそというのは、あますぎなかった。 そしてもちろん、子供は、孕むべくして孕むものであり、産むべ りに古風に過ぎる事件だった。 くして産むものだったから、それが男と女の間の争いの原因になる ナンセンスだった。 それは、一「三十年前ーー・二十世紀も、八、九〇年代までの古めことも、ごく稀れになってしまったのだ。 だから、その殺人事件が起きたとき、世間が起こした反応は、た かしい情痴の・ハターンにすぎなかった。 、っそグロテスクなものへの薄気味悪さか もちろん、そのころまでは逆に、それは、あまりにも世の中に数だの物珍らしさか、し 多くありすぎて、珍らしくもない事件だったしーー世間一般も、そいずれにしろかなり面白半分のそれであって、毎日のように起きて うした・ハターンが、かなり長い : : : 少なくとも二、三百年の伝統をは消えていく、世紀末特有の泡沫現象の一つと受けとられていたの もつものであるだけに、そうそう簡単になくなるものではなく、まだった。 だが、意外なことがつづいて起った。 だしばらくのあいだ、五十年や百年は続くと思っていたようだ。 同じような事件が、日本でだけではなく、アメリカでも、ヨーロ それが、九〇年代に入って間もなく、突如としてアウト・オプ・

8. SFマガジン 1973年8月号

いたの。 た。すべて彼女には承知の上だったのだ。 彼は妹もそのグループに引きずり込み、私を孕ませた。彼女は私があざむかれたという怒りは湧いて来ず、憐みだけが、澄んだ音 ごう を生む前後から発狂し、私が最初の誕生日を迎える前に死んだわ。 を立ててぼくの胸に鳴っていた。彼女の業ーーーそいつは・ほくのそれ そのあと彼は私を連れて、承認された社会にドロップ・ハックしたのよりはるかに深いものだったのかも知れない。 よ。 「でも、苦しいわ、明」 彼は私をにくみ、それ以上に恐れたわ。私は彼にとって悪夢その のみおわってから囁いた。 もの、彼の人生の辿るべき路上にふかく打ちこまれた楔だった : ・ 「私、死ぬようなことがあるかしら」 「つまらないことを言うと怒るよ。君はこれから・ほくらの子を生ま そして私が、私の父親ではありえない可能性をもっ男をどうしてなくちゃならないんだ」 ジニエタル 愛せるの ? 母はそのグループの共有の性器だったのよ。 「すばらしいアイディアね。 でも、メッセージを運んで来た男 はどうするよ。あなたに瓜二つの男。私たちはもう二人切りじゃな 生化学的な暗合などで、一体何が認証されるって言うの ? 」 レティシア、ぼくには今君が真底から分った。 いし、安全でもないのよ」 ・ほくはゆっくりと呟いた。 そうだ、奴の問題が残っている。おそらしく鼻の利く追跡 君も、自分がどこから来たのか分らずに苦しんだ訳だな。 者、そして悪意をひめた謎を投げかけた男。 「レティシア、もういい」 「谷ね。また私幻を見ているのかしら。あなたが二人いるわ : : : 」 ぼくは自分の声が湿っているのを知っていたが、それを恥とは思彼女の視線は眩しげにぼくの背後をさまよった。 わなかった。 「私の前にいるのもあなた、そしてあの窓から覗いているのもあな 「君の体が元に戻り切ったときに、あらためてその話はしよう。眠た : : : 」 るんだ、今は」 ばくは背筋に悪寒が走るのを覚えながら振り向いた。すでに戸外 「疲れたわ。でも気が晴れた。あなただけに心の負い目を負わせては暗くなり、風雨が激しさを加えているようだった。その陰惨な闇 おくのには耐えられなかったの」 を背景に、キッチンの窓からひとつの顔がぼくらを覗き込んでい 透きとおった微笑を浮べて言った。 た。 「水をのみたいわ」 それはアクリルガラスに貼りつけられた白い仮面ーーそれもぼく 「いいとも」 の顔を模した無表情な仮面のようだった。 水を汲みにキチンへ立ちながら、ぼくは、市から脱出するあわた アドレナリンが怒りとも畏怖ともっかぬ感情でぼくの血をわっと 2 だしい段取りに、彼女がさしてたじろがなかったことを思い浮べ沸き立たせ、ばくはドアの脇のロッカーに突進し、水中銃を掴み取 シティ くさび ・ハズル スビア・ガン トラッカ

9. SFマガジン 1973年8月号

「シルヴァーナは、正雪を信用できない、悪魔よりも恐しい 男に思えるとそういったのかえ ? ・」 : わたいをよこした人と話したいと。その方こそ、 本当の味方になってくれる人だとそう申しました」

10. SFマガジン 1973年8月号

ずんぐりした男は、どんとこぶしを内庭のテープルにたたきつけえたエールのジョッキのふちであごをこすりながら、「さっき、あ た。それから、期待の眼でテープルごしにホセ・シルヴェーラをうんたの話には問題があったと言ったのは、あんたがどういうふうに テープルをたたいたかじゃなく、・ かがった。「ざっとまあこんなところだな、おれのやったのは」 とこでたたいたかという意味だっ 「基本的には、あんたのテー・フルのたたきかたは悪かあないよ」たんだ。要するに、ばくがあんたに書いてやった演説のせいじゃあ と、長身で肩幅のひろいシルヴェーラは言った。 ないってことさ」 コイヌールま、 いまだに握ったままだった手をあげ白いフラノの上着を着た給仕が、せかせかと近づいてきた。「な て、せりだした腹をさすった。「だが、それほどうまくはない、そにもテープルをおたたきになるには及びませんでしたのに、いまこ う言うんだな、ジョー ようと思ってたんですから」 シルヴェーラは青く澄みきった午後の空を見あげた。そして、冷「用じゃないんだ。ちょっと練習してただけなんだよ」コイヌール 私は変身する ロン・グー一フート 訳 = 深町真理子面艫畑農照雄 空飛ぶ可動住宅の着陸地周辺に ひんびんと発生する殺人事件ー だが殺人鬼とびったり符号する男は 屋敷の中には一人も存在しなかった ! ・ ( ティホ 6 9