0 疆酢一 -0 00 0 0 川又君の。ヒンチヒッターなのです。 と、「知っているべき」ことを、知らんぶりしてい ・ジョン・ハリスン。一九四五年、ウォーウィ いつも言訳してばかりいるみたいで、とても気がたりすると、やつばり情けないやね。 ックシャーに生まれる。理工系の教育を受けたが、 とがめるけど ( これも言訳だ ) 、まあいいや。六月どうも・ほくの書くものは、意外に「知識」偏重だ身につかず、馬丁、教師等の職業を転々とする。六 号のスキャナーを書き終えてから編集部に顔を出しったみたいで、よくないなあ。反省しているので八年からニ = ー ・ワールズのリテラリー ・エデイタ たのですよ。そしたら手紙が来てまして、これがなす。そうはいっても、どうあったって同じことやっーとして活動、現在、ロンドン在住。趣味、エレク んと二月頃届いていた手紙なのだな。いくら竹上さているのが、・ほくなので、結局関係ないのかもしれトリック・ギター ん ( の編集部員なのだ ) の顔が見づらくてない。妙に、ひらきなおったりしちゃって。 今年で、歳か。こんな風なことってないかし も、もうちょっと顔出ししとけばよかったなと思っ「はじめてお目にかかります、マダム。もし・ーー」たとえば釦を越した人ってのは、あまり関係ないよ ても後の祭。 女の疲れ切った目が彼に向けられた。しかし彼はうに思えるし、になったばかり位の人も、やつば 横浜の瀬川君、秋田の小松君、返事ができなくて依然として彼女が誰だかわからなかった。 り関りがない。・ほくと同年齢位。つまり歳を境に ごめん。そんなわけなんですよ。 「残念だと思うわ、テジウスークロミス。こんな形前後二・三年位の人たちが一番気にかかる。それは でも、びつくりしたんだなあ。みんなよく知ってでお目にかかりたくはなかった。ノルヴィンはいな本当に気になるんだ。いい ものを書かれたりする いるんだよ。小松君はレオン・ラッセルの「ストレいわーー」 と、がつくりくるんだよね。妙かな ~ ンジャー・インナ・ストレンジランド」の歌詞を書ランプの灯の中にたたずんでいるのは、ノルヴィ 音楽だとそんな感じはないんだけど、文字で書か いてくれたり、瀬川君はノートにびっしり 8 枚、ロン・トリノアの妻、カーロン : ( ンだった。彼女はれたものは、・ とうにもいけない。頭に血が昇るん ックのことを書いてくれたりして感動したのです。年よりもはるかに老けこんで見えた。 だ。・ほくがかってのニュ ・ウェーヴ AJ い - つのに、 それで考え込んだりしてね。 クロミスは思わず立ち上がり、けたたましい音をとても反発を感じたのも、ある意味ではそんなとこ 「知ってる」なんてことは別に何でもないことだ。 たてて椅子が倒れた。これほどまでに彼を驚かせたろが多分にあったんだと思う。困ったことだと思う 要するに時間があるかないか、そいつに尽きる。知のは、彼女の内なる変化そのものではなく、それけど。 識との追いかけっこ。疲れることでしよう ? やつをもたらした貧しさだった。「カーロン ! カーロ・ジョン・ ( リスンの第一作は「 TheComm ・ ばり下手な言訳けしないで、知らないものは知らなン ! わからなかった。どうして ? 」 itecl Men 」 ( 関わった人々とでもいうのかな ) 。 いって、はっきり言えるのが最高だ、などと至極当彼女は、風にも似て、苦い笑みを浮かべた。 よく出来てるらしくて、とても評判が良かった。近 り前のことを考えたりしたのですよ。ただ、どうし 未来に舞台をとった作品。第二作の「パステル・シ てだかわからないけど、「知らない」じゃ済まない ・ジョン・ハリスンの第二作目、「 The PasteI ティ」は何故か、ヒロイック・ファンタシーなんで、 ことが多いみたいでね、きっとあの = クソンさんで CityJ ( パステル・シティ ) の出だしのほうの一ムアコックの再来かと思ってしまうのです。年齢 さえ、そうなんだろうな。「知っている」筈のこ節。 のこともあるし、気にかかって、梅津君て人の本を イ 2
ライズ / めているのとすこしも変らなかったのだ。雲平線もふつうの距離にがいくすじか見えるだけ。宇宙空間に近いそのあたりでは大気も冷 たいが、降下するにつれ気圧も温度も急速に高まった。コンチキ号 あるようだった。直径が地球の十一倍もある世界にいるような感じ は、どこにもなかった。やがて、下方の大気の層を測定している赤が現在ただよっているこの高さでは、温度は氷点下五十度 O 、気圧 は五気圧に達していた。さらに百キロも下れば、地球の赤道地帯に 外線レーダーを見やった彼は、そこではじめて誤りに気づいた 匹敵する暖かさとなり、浅い海の底と大して変らない気圧になるだ なんとみごとに欺かれていたことか。 ちょっと見にはおよそ五キロほどのところにある雲の層、それがろう。生命にとっては理想的な環境だ。 じっさいには六十キロも下にあったのだ。そして二百キロぐらいと短い木星の一日は、すでに四分の一過ぎていた。太陽は中天まで 見当をつけたホライズンは、じっさいには船から三千キロにも離れの道のりを半分ほど消化しているが、下方のとぎれない雲海を照ら す日ざしには、とろりとした奇妙なやわらかさがあった。五億キロの ているのだった。 水素とヘリウムから成る大気の水晶のような透明さと、惑星の途余計な隔たりが、太陽からすべての力を奪い去ってしまったのだ。空 方もない曲面が、彼の感覚を完全に狂わせていたのだ。月の上で距は晴れわたっているというのに、ファルコンはひどい曇り空の印象 離を目測することはむずかしい。だが、この世界ではそれ以上にむをぬぐいきることができなかった。日暮れどきになれば、闇はみる ずかしいのだった。とにかく眼にはいるものすべてを、十倍に拡大まにおりてしまうだろう。まだ午前中でありながら、あたりには秋 しなければならないのだから。 の黄昏を思わせる雰囲気がただよっていた。しかし、もちろん木星 考えてみれば単純なことであり、最初から考慮してかかるべきでに秋が訪れることはない。この世界には、季節は存在しないのだ。 この惑星でもっ あったのだ。だがその事実は、なぜか彼を心の底から動揺させた。 コンチキ号が降下したのは、赤道地帯の中心 木星の巨大さをのみこむことができず、かわりに自分が縮んでしまとも色彩の乏しい部分だった。見わたすかぎり続く雲海は、淡いサ ったようにーーー本来の大きさの十分の一になってしまったように感 ーモン色に染っている。黄ゃ。ヒンクもなければ、高緯度地帯を帯状 じられるのだった。時がたてば、この世界の非人間的なスケールにに彩っている赤も見えない。大赤点ーーこの惑星のもっとも壮大な も慣れてくるだろう。しかし信じられぬほど遠いホライズンに眼を特徴ーーーは、南へ数千キロメートルはすれたところにある。そこへ こらしたとき、彼の心を吹きぬけていったのは、周囲の大気よりもおりたい気持は充分あったが、熱帯南部の擾乱が異常に激しく、時 さらに冷たい風だった。彼のさまざまな論証にもかかわらず、ここ速千五百キロの気流も観測されているため断念せざるをえなかっ は人間の立ちいるところではないかもしれない。木星の雲のなかに た。未知の力がせめぎあうメイルストームの中心をめざすなどと おりるのは、彼が最初にして最後となる、そんな可能性も大いにあ いうのは、自殺と同じことだ。大赤点とそれにまつわる数々の謎 るのだ。 は、将来の探検に待たなければならない。 見上ける空は漆黒に近く、二十キロほど上空にアンモニアの巻雲 地球で見るそれの倍もの速さで動いてゆく太陽は、いまや天頂に に 0
「あのじいさん、山本の仇名を知ってる」 黄色っぽいの。と焦茶のと、四角い良質の板が細かに組合わさってい あるじ 伊東は感じ入っている。 る。凝った細工の帽子かけに、その昔従者が主を待って坐ったかも 2 「莫迦。あいつは家でそう呼ばれてるんだ」 知れない堅苦しい感じの椅子が壁際に幾つか並び ' 中世風の古城を 三波が小声で叱った。 克明に織り描いた重厚な壁かけ。窓に濃緑の厚いカーテンが絞って 「若様ってか : : : じゃ、はしめつから仇名じゃないんじゃないか」あり、留めた紐の房がゆたかにたれさがっている 9 「俺たちの間では仇名になるんだよ、若様が」 ドアが三つある。左横手には恐らく別荘番の部屋へ通じるのだろ 「判んねえな。仇名ってのはどういうんだい、本当は」 う、細めのドア。正面の壁の左に、同じく勝手方面へ行くと思われ 「知るか」 る同じような細いドア。そして中央やや右寄りに、両開きで片方が 三波は伊東を睨みつけ、別荘番夫婦のほうを向くと、コロリと柔二段に折れる大ドアがあって、今そのドアが老爺の手でいつばいに 和な笑顔に変えた。 押しひらかれたところだ。 広間が見える。明るい茶色に輝く幾つものキャビネットに豪華な 「お邪魔します。・いい眺めですね、こちらは」 「どうそどうそ : : : 」 テープル、カーベット、そして王候貴族のすまいにふさ 老人は若様のスーツケースを持ちあげながら言った。伊東は二階わしい巨大なマントルビース。夏たから火は入れてなく、冷房もな だての建物をみあげている。 い様子なのに、空気は穴の底に沈んだようにひんやりと冷たい。 「これ、本当に若様んちの別荘かい」 「赤坂プリンスみてえだ」 伊東五郎が三波伸夫にささやいた 9 三波がそれを肘で小突いた。 「どうだい、驚いたるう」 「痛えなア」 三波は伊東に言った。自分も充分に驚いている醜つきであった。 「莫迦 : : : 」 両びらきの厚いガラスがはまったドアの前に三段ほど石段があ「お疲れでございましたでしよう。冷たいものが用意してございま り、並んだ窓もポーチも屋根のかたちも、ひどく古めかしい木造のすので」 欧風建築だ。おまけにドアがギィーツときしんで効果満点。これで爺やは若様をマントルビースの傍のソフアに坐らせた。三人が若 あたりが暗くなったら、松林に吹く風の音とあいまって、フランケ様を上座にした恰好でそれにつづく。 ンシ = タインだろうがドラキ = ラだろうが、おどろおどろしい奴に 「ホテルより妻いね」 はびったりの舞台である。 と伊東。 そのギーツと重々しくきしむドアをあけて中へ入ると、横に細長「こいつはホテルより高いとこ知らないんだから」 い部屋で、床は土足が気の毒になる程艷々と磨きこんだ寄木細工。 三波が自己弁護のように言った。
尽くすまで活動をやめない。その動きを止める道はめると、はっきりとした口調でいった。「あのとれはこのすべてが気に入らない」 ただ一つ、彼らにエネルギーを与えているコントロき、奴を殺しておくべきだったよ、クロミス。殺しツームはわけがわからず、クロミスを見つめ、ク ール・センターを破壊することだ。 ておくべきーー」 ロミスを見つめ、クロミスは何もかも嫌になって逃 セラーはツームにその技術と知識を教えこみ、女狂気じみた絶叫が身の内に湧き起こり。口からほげだしてしまう。だから彼は、ヴィリコ = ウムの再 王のジ = ーンを含めた四人はコントロール・センタとばしった。心は荒れ果て、血が頭をめぐる。「ト興も知らぬし、アフタヌーン・カルチャーの人々が ーを求めて旅に出る。 リノア ! 」彼はわめいた。「おおグリフ ! グリフそれに協力してくれたことも知らぬまま、自分だけ サウス・ウッド 第一の目的地、南の森で彼らは廃墟を見つける ! 」 の世界に閉じこもってしまう。 が。そこにはコントロール・センターはない。そし裏切った男の手が剣に触れる間もなく、クロミス て彼らは、同じ目的でやってきたノルヴィン・トリ の剣は相手のロに突きこまれていた。クロミスは題驚異的に長い紹介になってしまった。 ( 我ながら ノアに発見され、捕われてしまう。ノルヴィンは、をのけそらせて、大声でわめいた。 「トリノア、貴悩んでいるのだ ) 実はこのあとにも蛇足めいたエ。ヒ ツームがコントロール・センターを操作できること様はいつだって性悪だった。いつだって」クロミスローグがあるけど、下らないからやめとこう。スト を知って、彼らを伴って第二の目的地である砂漠へは自分に死をもたらし、世界に死をもたらす者たち 丿ー紹介だけになっちゃったけど、・・ 向かう。 に向かって泣きながらいった。 スンのいいたいことはよくわかるんだ。幾つも裏に コントロール・センターは砂漠に埋もれていた。「さあ殺すがいい」哀願するようにいった。「さあ意味をもたせようとしてね。たとえば、理性が肉体 何日かの後掘り出されたセンターの中に、ツームはやってみるがいい」 を打ち負かし、感性が理性を打ち負かし、結局、よ 入り、ゲタイト・ケモジットの動きをとめるためにしかし北方の兵土たちは彼を見ていなかった。 り大きな理性によって再び感性が呑み込まれてしま 働きはじめた。女王は人質としてノルヴィンの手元兵土たちが見ていたのは、広間に入ってきたツー う、なんて図式が見えてきたり、主人公が終りまで に置かれ、グリフとクロミスは飛行艇の中に閉じこムだった。彼の背後には彼が生き返らせたアフタヌ主人公でなかったりして、よくわかるんだ。もし められる。やがて、グリフはその状態に耐え切れな ーン・カルチャーの人々が続いていた。アフタヌー かしたら、ムアコックよりも、・ほくには近く感じら くなり、剣を振って見張りを殺し、ノルヴィンを求ン・カルチャーの再生者たちは、北方の兵士を殺れる。やつばり「 The commited Men 」読まな めて、センターの中に入っていく。クロミスもそのし、世界に平和をもたらすために、外界へ出ていきゃならないみたいだな。 あとを追ったが、グリフはノルヴィンの剣によってく。ツームは喜々としてそれを見ている。 ただ、それでも自分で訳したいほどとは思えな 倒されていた。 クロミスは絶望のうちにいっこ。 何故 ? ・ほくにもわからない。今かかっている 「ツーム、これが何を意味するのかわかるのか。彼レコード が、プルー・オイスター ・カルトの二枚目 痙攣が全身を走り、グリフはゆっくりと腰から床らは北方の奴らと同じように、王国を亡・ほすだろなんで、そのせいかもしれない。次回はもっとロッ に落ちて、坐りこんだ、咳きこみ、クロミスを見つう。彼らとおれたちはあまりにも違う。ツーム。おクのことを書きたいね。 0 0 0 デス、キ、ヤチ 5
「わたくしも : : : お目にかかりたいと思っておりました。あなたさ まこそ、わたくしの捜し求めていたかた : : : 」 シルヴァ•-- ナの碧い瞳にかな光が甦えった。弱い光ではあった が、確かに歓びの色であった。 「おたすけくださいまし。あなたさまのお力で、あたくしを悪魔の 手から解き放ってくださいまし」 まぎれもない真実の響きがあった。それは奇妙な印象であった。 シルヴァーナの先ほどまで空白だった心に、おばろげに人格が現像 されて行く感覚、さだかならぬ遠方からシルヴァーナがけんめいに 叫んでいる、そんな感じだったのだ。 さたん 「どうかたすけて : : : 正雪こそ魔王の化身・ : ・ : 」 肉体と魂が遊離している、とお時は思った。おそらく正雪邸でよ ほどの苦難にあい、精神に失調を来しているのだろう。 「姐さん、ご褒美を・ : ・ : 」 と、真名児がしつこくいった。 「後におし。早くここを立ちのかなければ」 お時はシルヴァーナに手をさしのべた。 「ぐずぐずしていると、追手がかかる。さ、シルヴァーナ。安全な 隠れ家を用意してありますから」 を第宿い ー 05
キ ' ンが、めずらしく強い調子で云った。「ほんとうに、海、見「 : ・ : ・ザルップルグの小枝ね、それは」 たんだから」 「ザルソスの小枝って ? 」 「ザルソバじゃないの、ザルップルグよ。ドイツの街の名前なの。 スタンダールって知ってる ? フランスの小説家よ。彼の書いた しばらくして、おれたちは店を出て、駅近くの地下道へ入 0 て行〈恋愛論〉という本に、そのザルツ・フルグの小枝という話が出て来 るの」 インド更紗のマキシを着たアメリカと、すりきれたジーンズに。ハ 「デル・ツヴァイク・フォン・ザルツ・フルグ〉 キスタン衣裳のセイント が、地下道の端に、膝をかかえて坐ってい 横を歩いていたセイントが、重々しくドイツ語をつぶやいた。セ た。ふたりの前には、童画風水彩画と、彫金の・フ 0 ーチやペンダンイントは、あまり上品にはみえないし、べらべらしゃべるほうでも トの類いが、ごちやごちゃ並べられている。 なしが、やはり、すごい知識人だ。 近づいて行くおれたちに、アメリカもセイントも、やさしい目を アメリカが続ける。 向けて来たが、やがてセイントは、フワワワワッとあくびをして、 「ザルツ・フルグには岩塩鉱があるのね。その岩塩を採る洞穴の中 目尻の涙をぬぐい ついでに鼻の頭をゴシゴシとこすった。 に、枯枝が落ちていると、その枯枝に塩の結晶ができて、暗い洞穴 店じまいした商品を入れたズ ' クの袋を分担して持 0 て、おれたの中では、ダイヤでできた小枝みたいに美しく輝くの。でも、それ ちは私鉄に乗り、郊外の駅に降りた。 を洞穴の外へ持ち出すと、急激に光を失って、たたの枯枝になって 街中では、・ せんぜん見えなかった星が、かなりたくさんみえる。 しまう。この後、女も深窓にいると輝いてみえるが、外に出るとた もっと山奥へ行けば、この五、六倍はみえるんだが。 だの枯枝だっていう。スタンダールらしい皮肉なお話に続いて行く 十軒ほどある商店街を抜けると、さらさらと静かな川の音がきこわけ。キ = ンちゃんの見た海も、その光り輝く枯枝ね。だ 0 て、ほ え、それから、さわさわと竹林を過ぎる風の音がきこえた。 ら、トイレの外、窪地になってて、大きな水たまりができてるじゃ 「ふうん ? 」 ↓ / . し 。夜中に通り雨があったらしくて。雑木林の風の音を、何だか フー = と並んで歩いていたアメリカが云 0 た。いつも思うことだ波の音みたいに感じてキ = ンちゃんは見たのよ。それで、月の光を が、アメリカの声を聞くと上流階級の声だなと思う。ちょ 0 と含ん受けた水たまりが海に見えたんじゃないかしら。 ・ : あの子、きっ だようなソプラノだが、やさしさと、落ちつきと、知性がミ ' クスと海が見たいのよ。海が見えるとこで育「たし = : ・・」 した感じで、とても横丁のおかみさんとか、団地ダムの出せる声「あら、キ = ンの育「たところ、知「てるの ? 」 ではないのだ。 「え ? ああ、その話 ? キョンちゃんが、いっか話してたのよ。 「ふうん ? 」 正確にはどこだか分らないけど」 また、フー = の話にアメリカが、あいづちを打った。キ = ンが海 を見た話をしているらしい。キョンは、五、六メートル先を、スキ ップしてみたり、すすきを千切ってみたりしながら歩いている。 その夜中のことだった。 4 -5
ぼくにはそれが必要なんです。別の世界に生まれたものはここでは連中となるのだ。かれらは、食用植物や家畜を別の惑星で繁殖させ まったくの異邦人であり、ここがまた母なる地球とはまったく異つるための胚原質を持ってゆくーー人間の子供のものもだ。遣伝が受 ているときている。・ほくは、どれほど・ほくらがハンディキャップをけつがれてゆくようになるまでのあいだ死んでしまわないだけの早 さで人口をふやすためだ。 背負わされているか、こわいぐらいわかっているんですよ」 クリスマン・ランディングに夜がやってきた。空気はおたやかな とにかく、かれらは将来またやってくる移住民に頼ることはでき 一世紀のあいだに二度や三度は、どこかほかの植民星から船 ままだったが、キラキラと輝く霧の触手が通りにしのびこみ、冷た い感しを与え、その感じをふたつの月のあいたでふるえる北極光がが訪れてくることがあるかもしれない ( 地球からではない。地球は いっそう強めていた。 遠い昔に関係のないところとなってしまったのだ ) 。発生したもと 彼女は自分ではそうと気づかぬうちに、暗くなってゆく部屋の中の場所は、古い時代の植民星ということになってしまうことだろ でかれのそばに近づいていた。やがてかれは螢光バネルのスイッチう。若い植民星はどこも恒星間宇宙船を建造したり操縦したりする を入れた。ローランドが淋しいところだという同じ知識が、ふたり能力はないのだ。 植民星の生存そのものが、終局的な近代化だけに限っても、疑問 の胸にわだかまっていた。 となる。創設期の父祖たちは、とりたてて人類のために作られたも 宇宙における距離という点で考えると、一光年はそれほど大したのではない宇宙で、かれらの手に入れられるものを使うほかなかっ ものではない。人がそれだけの距離を歩いてゆけば、二億七千万年た。 ロ 1 ランドを例にとって考えてみよう。ここは珍しいほど幸福な かかる。恐竜が遠い未来に属する二畳紀の中ごろから現代まで歩き 発見のひとつであり、人間がそこでは生き、呼吸し、作物を食べ、 つづけるわけだ。 そし . て現代は、それ以上の距離を宇宙船が飛んでいるものの、わ水を飲み、その気であれば服を着ないでも歩けるし、農作物の種を れわれの近くにある恒星は平均して九光年離れており、やっとそのまき、動物を放牧し、鉱物を掘り、家を建て、子供を孫を育てるこ ( ーセントが人間の生きてゆける惑星を持っているだけだし、スとのできる世界た。大切な価値のあるものを保存し、ローランドの ピードは放射エネルギーのそれぐらいに限られている。相対論的な土地に新しい植物を作るためには、一光年の四分の三を横切ってゆ くだけの価値がある。 時間の収縮と途中での人工冬眠によって、すこしは助けられ、旅は しかし、シャルルマ ーニは型恒星であり、地球の太陽ソル 短く思われるが、そのあいだ故郷において歴史はとまっていてくれ ないのだ。 よりも四十パーセント明るく、その恐ろしい紫外線はより強く、そ こから煮えたぎり荷電して飛んでくる粒子の嵐はより大きい。その こうして、恒星から恒星への旅行は常に数すくないものとなる。 植民者は、出かけてゆくための極端なほど特別の理由を持っている惑星の軌道は異常なものだった。短いが強烈な北方の夏の中ほどで
ま、天と海の間 いたが、やがて大きく深呼吸するとふたたび、そ「と目をひらい深呼吸したとたん、突如、悟「たんだ。おれは、い にある一本の筒だ。人間は所詮、一、本の筒にすぎない。老いも若き も、男も女も、金持も乞食も、生きとし生けるもの、ロから摂取す やはり錯覚ではなかった。 信じがたいが、洋風便器の白い陶器が、床面二センチ下のあたりる物質を、かたちを変えて排出するパイプにすぎないのである。う ーむ。これは恐るべき体験たぜ。どうだい。諸君もぜひ、試みてみ で突然ぶつつりと切れ、その下、気の遠くなるほどの空間がひろが り、はるか下界に海原がひろがっているではないかー 「こいつは、ひどい」 おれは、つぶやきながら、ゆっくりと後ずさりした。誰かにぶつ セイントの提案を受けて、おれたちは次々とトイレットに入り、 つかった。セイント・こっこ。 セイントは、目やにのこびりついた目尻をこすり、顎ヒゲをな真理への到達を図ることにした。 セイントは開口一番、大事業であったと語ったのだが、たしかに ぜ、しばらく「うーむーとうなりながら、下界の海を見降していた が、やがて、無言のまま「ちょっと、すまん」というふうな合図をそうだった。 あんなに日常的だった、あの行為が、あれほど精神力を要する行 おれに送り、内側から扉を閉じた。 やがて、ダイニング・キッチンにたむろして、じっと視線を集中為だなんて、経験した者でなくちやわかってもらえないだろう。 あの白い陶器に坐しながら、精神を統一、自分がまさ . に、天と海 している、おれたち全員の前に、セイントは草木染のシーツで手を の間にある一本の筒にすぎないと感覚的に理解する。その瞬間、事 ぬぐいながら姿を現わした。 業は完成され、身体の中には凉風が吹き通るのだ。 「うーむ」 おれは、そんな事業の完成まで、およそ二十六分の時間を要した セイントはうなった。「なんだか、・ほくは、大事業を果たしたよ が、アメリカとフーコには ( 日常的にもとどこおりがちという ( ン うな感じがするよ」 ディキャツ。フはあるにしても ) かなりの難事業であったようだ。 そうだろうなあ。 おれは思った。あの目もくらむ空間を、セイントの肉体の固型老キョンだけは、あ 0 さりとすませてしま「たようだったが。 廃物が、一直線に落下して行く。そして、あのはるかな下界のある午後になって、おれたちは、しばらく、あたりの山々を探索して みることにした。 大海原に飲みこまれて行く。 次元のひずみは、常に移動しているようだ。トイレットの下の海 「・ほくはいままで」 は、少なくとも四、五時間は存在し続けているようだが、いまに消 とセイントは宙に見すえながら云った。「便器というものが、あ れほど神聖で哲学的な存在であるなんて、考えてみたこともなかっ減するだろう。だから、ほかにも新しいひずみや、痕跡があるので はないだろうか。 た。だが、さっき、ぼくは、あれに腰を下していて、まさに真理に ザーが、大地にへばりついて、のろのろ動 到達した感じがしたんだ。ぼくは海原の上空に尻をさらし、天窓の分譲地工事のプルドー いている谷合いを抜け、おれたちはハイキング・コースに入って行 向うの、どこまでも遠い青空をふりあおいでいた。そして、大きく
後もまだほのかな光が残り、ラジオ回路は真夜中すぎまでノイズでな声で、管制室がいった。「原因はまったくわからない。すこし待 ってくれ いまガニメデを呼びだしてる」 騒がしかった。 それ以後の闇の時間はなにごともなく過ぎていったーー・異変がお光はしだいに薄れつつあった。エネルギーの供給が衰えたのか はるかなホライズンからやってくる光の帯は、先ほどと比べるとず こったのは、明けがた近いころだった。その最初の徴候の現われた のが東の空であったため、ファルコンはつかのま、それを日の出とっと弱くなっていた。五分後にはショウは終った。西の空でかすか 錯覚した。つぎの瞬間、彼は誤りに気づいた。日の出までまだ二十な光が脈打っていたが、やがてそれも消えた。最後の帯が通過する 分もあるのだーーー見守るうちにも、ホライズンに出現した光はぐんとともに、ファルコンは圧倒的な安らぎがうちにわきあがるのを感 ぐん彼にむかって近づいてきた。それは、惑星の不分明なへりにそじた。そのながめはあまりにも奇怪で幻惑的であり、それについて ってかけわたされた星々のアーチから、みるまに分離した。彼の眼長く考えることは精神衛生上からも好ましくないように思われた。 自分で認めている以上に、彼は動揺していた。電気嵐まではなん にうつるそれは、比較的細い光の帯で、くつきりときわだっ輪郭を とかわかるものの、これは完全に彼の理解を越えた現象だった。 持っていた。想像を絶するサーチライトの光が、雲の下を走ってい るのだ。 管制室はまだ沈黙している。ガニメデではいまごろ情報・ハンクが 最初の光の帯から百キロほど間隔をおいて、第二の帯が現われ捜索され、人間とコンピュータが問題にとりくんでいることだろ た。二本は平行に並び、同じ速度で動いていた。そのむこうからまう。もしそこに回答が見つからなければ、あとは地球に問いあわす た一本、そしてまた一本ーーーっいには交互に訪れる光と闇によっ以外方法はない。それは一時間近いおくれを意味する。地球すら手 て、空全体が明滅するまでになった。 助けできないかもしれないという可能性もあったが、それについて ファルコンは、もう驚異にはすっかり慣れつこになったものと思はファルコンは考えないことにした。 っていたし、音もなく走り過ぎてゆく光の帯に、ありもしない危険待ちに待った返事がようやく送られてきた。管制室からの声が これほどうれしく感じられたのははじめてだった。回路のむこうに を想像するほどうろたえてはいないつもりだった。だが説明のつか ぬその異常な現象を見守りながら、彼が感じていたのは、自制をじ いるのは、・フレナ 1 博士だった。生物学者の声には、ほっとした調 わじわと腐食してゆく冷たいむきだしの恐怖だった。理解を絶する子がありーーーまた同時に、深刻な知的危機をいましがた切りぬけた このような光景に出くわばかりのような、弱々しさも感じられた。 力の掌中におちいった非力な。ヒグミー , ーーー せば、だれだってそう感じるにちがいない。これは、木星に生命だ「ヘロ 1 コンチキ号。おたくの問題を解決したよ。だが、まだ信 けでなく知性までも存在していたということなのか ? その知性じられないでいる。 が、異質の物体にはじめて反応を示したということなのだろうか ? きみが目撃したのは、生物発光だーー・地球の熱帯の海で見られる 「うん、こちらからも見える」彼のうちにある畏怖を反映するよう微生物の発光現象にきわめて近いものと考えていい。もちろん、こ
尾根道が近づいた。 潮の香りがする。 たしかに潮の香りだ。 おれたちは小走りに坂を登った。 とにかく、そんなふうにして、おれたちは半日がかりで探索を続 「すげえー」 け、へとへとになって別荘まで帰りついた。 「まるで巨大な鯨がいるみたいね」 帰り道では、もう丘の水しぶきはなく、草むらのレンズ状の穴も 「やはり海だ」 消えていた。 「向うの次元には、陸とか街とかはないのかしら」 おれたちは、その穴のあったあたりの草むらを、こわごわ踏んで 「むろん、あるさ。しかし、同じ位置には重なってないんだ」 みたり、草を分けて地面を掌でさわってみたりしたが、全く何の異 尾根道の向う、こんもりとした丘があり、その上の木々は、すべ常も残されていない。 て白 0 ぼく変色していた。丘の頂上から、さかんに水しぶきがあが帰りついてから、トイレ ' トに行き、便器の下の海まで消滅して っていた。きっと、あの下の海は海面がすぐ近くにあり、モンスー いることが分ったとき、おれたちは急激に疲労を感じ、ぐったりと ンかなにかが荒れ狂っているのだろう。 のびてしまった。 「ここにもあるわ ! 」 「あたしたちのほか、知っている人いるかしら」 道端の草むらでフーコが手を振っていた。 あお向いたままフーコがいった。 近づいてみると、おそよ五メートルほどのレンズ型の空間があ「うん、どうだろうな」 り、その向うに海が光っていた。 「このまま収っちゃうんじゃ、つまんないわね」 「あ、カモメ ! 」 「ああ」 キョンが叫んだ。 おれは答え、そのまま、しばらく、まどろんだ。 「ほんとうだ」 夜気を肌に感じ、おれは目を覚した。月の光が窓から射しこんで 海面すれすれに、一羽のカモメが滑るように遊戯している。 「あの鳥が、こっちの世界まで飛んで来たら、どうなるかしら」 窓は少しひらかれていて、その前にアメリカがうずくまり、マキ アメリカが云った。 シの膝をかかえたまま、戸外を見ていた。 「うーむ」 「なにか見えるかい ? 」 七イントがうなる。「想像もっかないなあ。消えちまうかも知れ おれは、あくびまじりにいった。 ないし : : : 」 「そうね」 「消えることはないんじゃないかな」おれは云った。「だって、向 アメリカが云った。「あなた、シニークスビアのマクベスって知 うの海のしぶきが、こっちまでやって来てるんだもの」 ってる ? 」 っこ 0 「なるにどな」 「おれたちの落下物も : : : 」 8 5