私は、もうそれ以上一言だってしゃべりたくないような気分で話「それじゃ、そういうことで : : : 」 を終え、 扉に向かって顎をしやくった。 「どうでしよう ? お願いできますか」 私も立ち上った。 軽く頭を下げた。 「お客様が聞いてあきれる」 早野は、しばらく黙していた。彼の指にはさまれた外国タ・ハコの これを最後と、早野を睨みつけたその視界の隅に、奥に通じてい あげるハッカの匂いが、私にはひどく忌むべきもののように思えた。 るらしい白いドアが映った。 やがて、彼は私の眼を見つめて、 表面に黒く書かれた「支配人室」の文字ーーー 「お断りします」 「君では話が分らない」 短く言った。 私はソフアを離れながら言った。 「断わる ? なぜですか」 「直接、支配人に交渉させてもらおう」 べラドンナ 「うちの『美しい女』を使っていただくには、お金があるというだ と、白いドアに向かって歩きかける私の前に、 べラドンナ けでは、充分ではないのです。お客様が『美しい女』を選ぶのでは「待てよ」 ・ヘラドンナ なくて、『美しい女』がお客様を選ぶのです : : : それだけに、私ど早野が両手をひろげて立ちふさがった。細い汗が顔いつばいにふ きでている。 もとしても、お客様を大切にしなければならない」 「それが、どうして顧客リストを見せられない理由になるのですか「そんなことはさせない。支配人との話は、総て秘書の私を通すこ とになっている」 ほとんど悲鳴にちかい金切り声だった。 「あなたが、警察の方だというのなら、話は別だが : : : そうでもな 私はうんざりしながら言った。 い人間に、大切なお客様の名前と住所を見せるわけにいかない」 「その秘書に話が通じないから、支配人に会うと言ってるんだ」 「人命に関することですよ。『美しい女』がそれほど高級な香水な そのまま歩を進めようとする私に追いすがるようにして、なおも ら、若い娘で使っている者は、それほど多くないはずだ。その名前 早野は前方に回りこんでくる。 と、住所を教えてくれるだけでいい」 「勝手なまねは許さん」 「だから、警察立ち合いの上なら、お見せすると言ってるじゃない ですか。やましいことがなければ、それでもかまわないはずだ」 まるで子供の陣取り合戦だった。 「一刻を争うんだよ」 私は彼を押しのけて、かまわず歩きかけた。 「帰れ ! 」 「それは、私の知ったことじゃない」 早野はを立った。 早野は右の拳をふりあげて、殴りかかってきた。ハエがとまりそ ・ヘラドンナ 230
はったりを使って彼に絵を描かせましたのよ。ほかの子が描いてい を聞くと、いつも・ほくはーーーそれにほら、ペーアの娘の例もある。 るあいだ、彼は例の調子でわたくしを睨みつけていました。ですか いつも・ほくは思うんだ、女の子の場合はもっと大変だろうなって。 らわたくし、わざと紙を取りあげようとしたんです。そしたら彼、だって、どこかの悪いやつが、知恵の薄いのにつけこんで、けしか それをひったくって、わずか一秒フラットで、ビカソ風の顔を描いらん悪戯をしやしないかって心配がある。だがわれわれの伜たち てのけましたわ。あなたや奥さんにお見せしたくて、それを取っとは、なんとかやっていけるよ、ヴラデック。ミス・ ( ケットの話は、 こうとしたんですけど、トミーがどうしても渡さずに、そのうち例あんたも聞いたとおりだ」 の組織的なやりかたで、こなごなに引き裂いてしまいましたの」 ハリーはきゅうに、妻の待っている家へ帰りたくてたまらなくな 「そうですか、ぜひ見たかったなあ」ヴラデックは言った。 った。「コーヒーまで残らなくちゃいけないのかな ? その前に帰 「いずれまた描きますわよ。坊ちゃんがたの場合は、ほんとうの進りたいんだが」 歩の見通しがあると、わたくし、思いますの」彼女は、その微笑の 「いやいや、好きなときに帰ってかまわないさ」 なかにローガン夫妻をも含めて言った。「じつはわたくし、午後「なにしろ車で三十分かかるんでね」彼は弁解がましく言い、ゴー に、個人の生徒さんをひとりお預かりしておりますけど、これはじルデン・オークのドアに向かうと、例の醜悪な、だが火には強い階 っさいむずかしいですわ。 トミーとおなじ九つの坊ちゃんですけど段のそばを通り、砂利を敷きつめた駐車場に出た。そんなに急いで ね。ひとつの点を除けば、・ とこも悪いところはないんです。どうい家に帰りたくなったほんとうの理由は、マーガレットが寝てしまう うわけか、ドナルド・ダックが自分をつかまえにくると思いこんで前に帰宅して、指しゃぶりのことを話してやりたいということにあ いましてね。親御さんは、二年間、どうにか自分をごまかし、納得った。なにかが起こりかけている、わずか一カ月経っただけなの させて、子供が自分たちをからかっているんだと信じこんでいたわに、明確ななにかが。そのうえトミーが顔を描いた。そしてミス・ けです。テレビのブラウン管を三つもこわされたことには目をつぶ ハケットの言によれば 0 てね。それからや 0 と、ある精神分析医のところ〈行き、実状を駐車場のまんなかで、彼ははたと足を止めた。 = = ルソン博士の 知らされたーーーあ、ちょっと失礼します、ミセス・アドラーと話が ことを思いだしたのだ。それに、 、、ス・ハケットの一一 = ロったことは、 ありますので」 正確にはなんだったろうか。正常な生活についてのなにかだったろ ローガンはゆっくりと首を横に振り、そして言った。「われわれうか ? 完全治癒に関することではなかったろうか ? 「ほんとうの なんかまだましってわけかな、ヴラデック。ヴァーンがほかの子に進歩」と、彼女は言った。だが、進歩とはどの程度の ? なにかをやるなんて ! おまえ、どう思う、あの話を ? 」 彼は煙草に火をつけると、踵をめぐらして校舎にはいり、父兄た 「うれしいわ」彼の妻は顔を輝かせて言った。 ちのあいだをミセス・アドラーに近づいていった。「ミセス・アド 「いまの子供の話、おまえも聞いたろう ? 気の毒に。ああいう話ラー、恐縮ですがちょっとお話しできませんか」
ップさせたのは片桐五段だった。 紀元前九世紀のインドで、釈尊の出現とともに強大な光芒を放っ それ以来、片桐五段は負け知らずの十連勝。 て突如現れた釈迦族。 名人位挑戦の資格もこの一戦で決定する。 彼等はほとんど武力にたよることなしに、勢力を拡大し続けたと 横山九段を圧倒した気力は、その後も全く衰えず一種の風格さえ 加わった。 それは授けられたハローの力によるものだった。 そして運命の日、一族のプラス ( ローが燃え尽きたとき、釈迦族今では、棋界の次代を担うのは片桐五段をおいてないといわれる。 「 2 二王」 は隣国の軍勢の前に、あっけなく減亡したのだ。 「 3 一一金打ー 「 1 二王」 私はあの男の話を信じている。 「 3 一竜」 彼の話が本当かどうか。あの男の死んだ今確かめるすべもない。 片桐五段の息もっかせぬ強い攻めが続く。 だが、彼の話の真偽は間もなくわかることだ。 ハローを背負って階段を昇りつめて来た男たちが、一挙に威光を横山九段が深い苦悩の色を見せて長考に入った。 失うとき。男の話がでなかったことが立証される。 そして駒台から角をとり上げた。 政権を握づた斑目孝一が、ある日釈迦族が突然減亡したように転「 4 七角打」 落の道を歩きはじめた時ーー・・。全てがわかる。 鋭い音が盤上に響いた。 間もなくわかることだ。 敗戦を覚悟の無理攻めである。 間もなく : その時、不思議なことがおこった。 それまで胸を張って腕を組んでいた片桐五段が、がくんと肩を落 「 5 三銀」 した。 対局室は大勢の観戦記者の人いきれでむせかえっていた。 「 9 八王」 先手、横山九段、後手、片柯五段。 片桐五段が弱々しい手つきで王を守った。 名人挑戦者リーグの最終戦だ。 観戦記者の間に動揺が起った。ここで攻め手を休めると危ない。 破竹の十連勝を続ける片桐五段の優勢は誰の目にも明らかだっ横山九段の思うつぼだ。 「 6 九角成」 思えば二人の対戦は因縁の一番である。 横山九段のはげしい攻撃が開始された。 連勝を続けていた横山九段に、素晴らしい気迫で挑み連勝をスト 何故か急に生気を失った片桐五段の額に、大粒の汗が浮かんだ。 こ 0
ウェーネ′・ あなた おかげでおれは お払い箱さ・ まあ火の粉をかむった んだ仕方ないがね モッズさん お骨折りを 感謝します つもる話も おありだろう その部屋で どうぞ おニ人きりで それより 肉を食わせ おれは 腹ペコ なんだ :
やアジア、ヨー ロッ、》 / アフリ それにしても、この南柯亭夢筆という作者、なんとい カ三大洲を一目 う小説を書く人だろう。「午睡之夢」と、 しし、この作ロ明 みくだし 下に睥睨、威をといい荒唐無稽にはちがいないが、ともかく、 - ほかの人 宇内に示し南面が想像もっかないようなホラ話を、ここまで徹底して書 の大帝の政令をくというのは大したものだ。しかも、まだ国情が不安定 な明治二十年代の作品というのだから、ただただあきれ 万世に伝うるに 等しきものもあるばかりだ。「豊臣再興記」の序で、作者は自分の著作 り。あな高大のが百数十冊あると書いている。それにしては、ほとんど 作物やと驚き感それらの作品を見かけない作家だが、あるいは紹介した ぜざる者そなか二冊よりも、もっと的な作品があるかも知れない。 古典ファンにとっては未発掘の金鉱みたいに楽しみ りける。 な人だ。 これにて豊臣物語に戻ろう。話は秀吉が大銅像を作っただけでは、 秀吉はまったくまだ終らよ、。 オし作者の大ボラ話はどんどんエスカレート 宇内一統の功業していく。 を果しける。こ 地球上の全ての国の統一に成功した秀吉、ほかに征服 未村 の時、日本慶長していないところはなかろうかと周囲を見回した。そし 十年春正月なて、こともあろうに今度は地獄に攻め入ろうと決心し り。当初秀吉自ら支那に渡海したるは、すなわち文禄一一 た。諸将はさすがにこれにはびつくりしたが、結局、計 年なり、さればこれにいたって十三年、まったく五洲列画は実行に移される。きっそく五、大洲一千万の軍勢を率 みなみしだりん 国を席巻併呑し字内全世界を征服一統す。その功業前代いるとインドの霊鷲山の南尸陀林から地中に大穴を掘り さかん = 村 未聞後世絶無なり。ああ盛なるかな豊臣の征行や。ああはじめた。地中を掘り割ること数千丈、ついに地獄への 小らだ いさお 大なるかな秀吉の功績ゃ。その実体はいと小なりとも、通路に達すると、地理に明るいインド軍を先鋒に秀吉の をか その功業盛にして、又その銅像大なり。かねて秀吉は宇兵は次々と地中に飛び込む。 つか かい 内を一統しぬる時、宇内一君の大皇帝の位に即んと欲しすると、中から聞こえてくる大歓声。きっと閻魔大王 興治 の率いる鬼軍にちがいないと秀吉軍が攻撃体勢を整える たることなれば、今やその位に即んとて前代未聞の盛礼 なみふで = 再退 : 臣子大式をもてその位に即きけれども、その盛その大、凡筆と、これがなんと亡者の一団。娑婆から活人がやってき 】豊獅 ・「の たとあって、自分たちを苦しめる閻魔軍を倒すのに助カ のよく写しだすべきにあらず。 向酌一 せかいいっとう
「それで生命にかかわるかもしれない、というのはおかしいじゃな その地下の喫茶室で、せんぶりのようなコーヒーをすすりなが いか。昨夜の君の話だと、頭を打った様子もないんだろう」 ら、私は須藤を待っていた。 「ない」 顔から火がでるような思いをして途中の道で買い込んできた少女「それじゃ、雨に濡れて肺炎でもひきおこしたのかね ? 」 の衣類の包みが、なにか私を落ち着かない気分にしていた。まった「確かに、体温はいまだに正常に戻っていない。しかし、体温とい くこの年になって、女性用の下着を買うことになろうとは夢にも思うのはかなり個人差があるものだからね : : : 熱でもだしたというの わなかった。 なら肺炎の心配もあるんだろうが、逆に体温が低いんだから、ま、 白衣を着た須藤が、せかせかとした足どりで契茶室へ入ってきその可能性はないよ」 た。入口で足をとめて室内を見廻していたが、すぐに私の姿に気が「それじゃ、君が一睡もしないほどの症状ってのは、一体なんなん ついて、やあ、というように片手を上げて近づいてきた。 「顔色が悪いぞ。あまり無理するなよ」 「血だよ」 向かい合いの席に坐った須藤に、私は言った。 / 彼の顔にはうっす「 ? 」 らと脂が浮かびあがり、まばらに伸びた不精髭もひどく憔悴した感「右ももに小さな傷があるんだが、そこからの出血が止まらない」 「昨夜の今日だろう。二十四時間とたっていない。それぐらいの間 じだった。 血が止まらなくても、そんなに神経質になることはないんじゃない 「いや、実はあれから一睡もしていない」 か」 「一睡も ? またどうして」 「常識的に考えれば、まあそうだ。だが、血そのものが異常という 「君が運び込んできたあの娘さ。今まで見たこともない症状でね。 ことになると話は違ってくる」 とうとう、かかりつきりで一夜を明かしてしまった」 「どう異常なんだ ? 」 「まさか生命にかかわるようなことはないんだろうね ? 」 「血小板がひどく少い : : : 」 「医者としては、ないと断言したいんだが : : : 」 「それが、そんなに問題なの ? 」 須藤は言葉をにごして、白衣のポケットからクシャクシャになっ 「だから血が止まらないんだよ。血小板には、血漿トロンポプラス たタ・ハコの包みを取りだした。一本を抜き取って、唇にくわえる。 「くわしく説明してくれないか。俺にしてみれば、事故を起こしたチン因子を始めとして、凝血作用をつかさどる因子がいくつか含ま れているんだ。そいつが少いということは、血が固まらない、とい 責任がある」 - 「いや、あの娘は車のボディには触れていないよ。多分、傘をひつうことだ」 「待ってくれ。俺は素人だからくわしくは知らないが、血小板が減 かけられて、転倒したぐらいのことだろう」 幻 3
をしたのだろうか。 「商売は大儲けだったかも知れませんわね」 とうしてもそうとは思えない。 小笹が口をはさんだ。 私よ : 「この斑目孝一の名前は、使用例には書いてありませんでしたか」 テレビから突然拍手がまき起った。 私は、テレビを指さしていった。 斑目孝一のうれしそうな、しかし威厳に満ちた顔がテレビの画面 丁度、総裁選挙の開票が進められており、画面には、腕組みして 一ばいに写っている。 票数の読み上げに聞き入る斑目代議士の顔が写っていた。 斑目は予想通り総裁選挙に勝ったのだ。 「彼も、わずか二ヶ月たらずの間に、政権を獲得しようとしている 彼はきのう、テレビの出演者ロビーで、何ものかを売り渡し のですから」 た。そして強大なハローを独占した。 「さすがに斑目孝一の名前はなかったようですね」 彼は今、遂にこの履の国家権力の全てを握った。 「でも、斑目代議士も、ひょっとしたらハローを買っていたかも知 しかし、斑目がハローの力を借りて相手を圧倒したことを知って れませんよ」 いる男は、もういない 小笹美子が、いたずらつばい顔つきでいった。 全ては、今朝、大地震動、大光明とともに謎のヴェールの彼方に 「たとえインチキなものでも、買った人がハローの存在を信じてい 隠されてしまった。 さえすれば、ハローはそれなりの効果を発揮するんじゃないかしら。 何かのおまじないで、憑きものが落ちたように元気になるのと同「だがまてよ」 じことだと思うんです。 私は、あることに気がついた。 自分にはハローの威光がついているという自信を持てば、自分の 「あの男の話が真実たったかどうかを検証する糸口を私はまだ一つ 心を暗示にかけ態度が急に変るということも考えられるでしよう。 だけ持っている。 それはマイナスハローだ。 ハローを買ったという気持が、さっき先生のおっしやった。フラト 人間は、一生にそれそれ一定量のハローしか持っていない。そし 1 の転回点になるということだってあり得ると思うんですけど」 「政権が手に入るなら、ハローを買うのにいくら出したって安いもてそれを使い果したとき突然現れるマイナスハロ 1 今、政権を握って野望を達成したこの男も、やがて ( ローのすべ のだ」 てを燃やし尽す時が来るに違いない。 神島はそういって、小笹美子と顔を見合せて笑った。 彼の燃え上るような ( ローが忽然と消え、そして見す・ほらしいマ イナスハローの影が現れる時が。 私はあの男にだまされたのだろうか。 あの男は、でたらめな生命保険に私を勧誘するために、あんな話私はその時、釈迦族の謎が解けた。
未来予測小説 , 幸田露伴作「番茶会談」 ウワサのを休むのですが、取引所や銀行も日曜を休みますのは訳 高い老人がわかりません。もしここに一大銀行があって、他の銀 を《を 1 " 、籤 ( 2 「をたずね行の休む日に休まずいたらどうでし = う。他の銀行が日 ることに 日に受け入れる預け金だけは、その銀行がその日に受け した。こ入れ得ることになるではありませんか。 ( 中略 ) 一日の商業の決算をすませて、まず幸に今日の総収入 て、少年資金にまわす分として、オイ小僧、常灯銀行へいって、 たちがい これこれの金はこれこれに、これこれの金はこれこれに ろいろ難預けてこいというようにすることができるようなわけに 問を浴びなります」 、 ~ 【要 4 せたり、 老人に意平和相互銀行や投入式の夜間銀行の出現が。ヒッタリ予 見を聞し測されているのだ。キミは知らなかっただろ。これがあ たりするというのが、この小説のすべて。その中で老人の露伴の小説なのだ。すごいだろい ( ちょっと、強制的 が話すことのほとんどが、科学技術を中心にした未来予すぎるかな ? ) 測になっているという趣向だ。そして、その適中率はき その次に予測されているのが、「盗難保険」の出現。 わめて高い。「電力の無線輸送」という独創的な話をしぼくも知らなかったけれど、この時代には盗難に対する た後で、老人はこんな話をする。 保険はまだなかったのだ。加えて保険会社と警備保障会 社の業務を同時にやる「民設盗難保険会社」の出現予 「どうせ現在にないことは、現在に不必要と思われた測。これは、まだ実現していないが、やがて現実になる り、無理なできぬ相談と思われたりすることであると思 かも知れない。その他、駅の「移動昇降場」「無機関 ってお聞きなさらなくてはいけません。たとえば銀行車」「圧搾空気製造会社」「空気力車」など、数々の新 で、もしここに常灯銀行というのがあって、執務時間を発明、珍発明が予測され、「なるほど」と思う部分が多 他の銀行よりずっと長くしたと考えてごらんなさい。そく、少年向きという制約はあるが、なかなか楽しい物語 の銀行のために商業界はおそろしい刺激を受けますよ。 になっている。今では各地ですっかりおなじみになった 今の銀行は休日が多すぎます。日本では日曜を休む商家「単軌鉄道」すなわちモノレールの出現予測の部分があ やそ は少ないのです。社会は耶蘇教国とはちがいますから、 る。これを読んでみよう。 日曜でもなんでも活動しています。学校と役所とは日曜 2 8
少いんだが、血液凝固因子にも異常があるみたいなんだ」 応を示さなくなり、 ついにコーヒーを見つめながら考えこんでしま 「血友病か ? 女だぜ」 った。険しい顔だった。 「女性にだって血友病患者はいるさ。血友病の男性と、因子伝達者アナウンスが須藤の名を呼んだ。 の女性が結婚すれば、理論上女性血友病患者が出てもおかしくな彼は = ーヒーから眼を上げようとさえしない。アナウンスが繰り い。一例だけだが、日本でも女性患者が報告されているよ。それ返されている。 に、血液凝固因子異常で遣伝が関係するものは、血友病だけとは限「君を呼んでいるよ」 らない。プロトロンビン血症とか、フィ・フリノーゲン血症とか他に業を煮やして、私は言った。 いくつもあるんだ」 「う ? 」 彼の話を聞いているうちに、私の頭にある奇妙な考えが閃めい 須藤は顔を上げた。ようやく、アナウンスに気がついて、 た。まったく、それは、私のような素人でなければ決して思いっか「これで失敬する。患者だそうだ」 なかっただろう奇妙な考えたった。 席を立った。 「君の話を聞いていると、あの娘の血液は矛盾だらけのように思え「大丈夫か ? おかしいぜ」 るんだけどね」私は言った。「どうたろう ? 彼女の血液組成と機と私が声をかけるのに、なにも応えようとしないで、ただニャリ 能そのものが違う、という可能性はないものかね」 と笑って見せた。ひびく不可解な笑いだった。 須藤は、一瞬、あっけにとられたような表情で私の顔を見つめて ビョコビョコと踊るような足どりで、須藤は喫茶室を出ていっ しュ / カ た。彼が人眼を気にせずびつこを引いているのは、他になにか気に かかることがある証拠だった。 「そんな莫迦な。それは、あの娘が人間ではない、ということだ よ。そんなことは絶対にありえない」 私が、須藤に少女の着替えを渡さなかったのに気がついたのは、 と激しくかぶりを振って、私の言葉を否定した。 かなり時間が経過した後のことだった。 「おいおい、なにもそうむきになることはないじゃよ 子′し、カュ / 、刀、刀 彼の姿を見るのはこれが最後になるかもしれない、といういわれ 素人の思いっきだ・せ」 のない不吉な予感にうちひしがれて、私の思考はしばらく麻痺して 私の彼のけんまくに・驚いて言った。私の知っている須藤は、決しいたのだった。 て声を荒らげたりはしない男だったのに 「そうだな」彼は頬に気弱げな笑を浮かべた。「ばくはどうかし十年ぶりの静養にしては、私のそれはかなりささやかな芸のない ている」 ものだった。 確かにどうかしていた。その時を境に、彼は私の言葉にろくに反毎日、陽が高くなるまでべ , ドにいて、午後はたいてい近所の喫 幻 6
マーガレットはいつのまにか台所を出ていっていたが、ヴラデッ断を、容易にしてくれるとでもいうのか ? 」 リ . 1 ー 。そして 9 クは、受話器にひびくかちりという音から、彼女がどこにいるか見彼女は言った。「そのことはもう話しあったわ、 当がついた。寝室だ。そこの内線で電話を聞いているのだ。ついにそれは殺人じゃない、たとえほかのなににせよ、殺人じゃないって 意を決して、彼は言った。「いますぐにはお返事できません、ニコ ことで意見が一致したはずよ。とにかくわたしはこう考えただけな ルソン先生。のちほどーーーそう、三十分以内にこちらからお電話しのーー・わたしたちが決断をくだすときには、トミーもその場にいる ます。いまのところは、それしか申しあげられません」 べきだって。かりに彼には、わたしたちがなにを決定しようとして 「それで結構ですよ、ヴラデックさん。このままここであなたの電 いるか、わからないにしてもね」 話をお待ちしています」 二人は、息子の寝ている特大型のベビーベッドのそばに立ち、お ハリーはのろのろと腰をおろすと、残ったコーヒーを飲んだ。どぼろな常夜灯の明りで、まるまるした頬に影を落としている長い金 うも近ごろは、、 しろんなことに通暁してないと、やっていけないよ色のまつけを、親指をくわえた、とがったくちびるをのそきこん うだな、と彼は思った。いったいおれのような男が、脳の移植につ だ。すらすら本を読む。模型飛行機をつくる。自転車を乗りまわ いてなにを知っているというのたろう。だがある意味では、山ほどす。いつ。ほう、それにたいするこちらは、なぐり書きに近い一枚の のことを知っているとも言える。彼はその手術の外科的な部分は、顔のスケッチであり、ときおりの気まぐれな愛情表現、それも手加 簡単なものだとされていることを知っている。ただ問題は拒絶反応減を知らないために、相手に青痣をつくってしまうようなキスだけ だが、ニコルソン博士はそれも克服したと考えている。また彼は、 なのだ。 いままでに相談したすべての医師ーーーそしてその数は、いまでは七 ヴラデックは「約束の三十分いつばいそこにいてから、そっと台 人にもなるーーー・が、笨学的にはそれにはまず問題はないと認めたこ所に降り、電話をとって、ダイヤルをまわしはじめた。 と、だがそれでいて、それが正しいかどうかということまで話が進 むと、申しあわせたように、かたく口をとざしてしまったことを知 っている。それを決定するのは彼だ、彼らではないーー彼らは一様 にそう告げる。ときにはたんに、黙りこんでしまうことによって、 をしったいなにものなのだ 言外に。だが、それを決定すべき彼とま、、 ろう ? うえ マーガレットが戸口にあらわれた。「ハ 、階上へ行って、 ーを見てやりましよう」 彼・は荒々しく言った。「それが、自分の息子を殺すことになる決 前号 ( マガジン九月号 ) 五六ページ″異星の十字架″タ イトルページに作者として「ハーラン・エリスン」とあります のは編集部の手違いで「ハリイ・ハリスン」の間違いでした。 ここにおわびとともに訂正いたします。 ( マガジン編集部 )