雄二 - みる会図書館


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1. SFマガジン 1974年10月号

書は小笹と同じく心理学研究室助手である。 そして、小笹美江のいう「奇跡」が起った。 「あのおん・ほろ楽団から素晴らしい音色をひき出すなんてことは、 いつもはちぐはぐな音を出す・ハイオリンが見事なハーモニーをか なでた。 誰にも出来るというものじゃあないと思うのよ」 「それでは外山というのは大した指揮者なんだね」 管楽器は、神の乗り移ったような透明な音色を出した。 「ところがそれが違うから不思議なの。外山雄二というのはこれま どれだけ一流のメン・ハーを揃えてもこれほどのものは聞かれな で何度か見たことがあるけれど、いつもビリッとしない指揮で、楽いという素晴らしい演奏がくりひろげられた。 団員からバカにされているといったふうだったわ」 「楽団員たちは、外山に圧倒され酔ったように演奏を続けたわ。そ 彼女はきのう音楽好きの友人たちと連れだって、外山雄二の指して私たちも同じように外山に酢ってしまったの」 揮する東都交響楽団の定期コンサー トに出かけたのだという。 「外山雄二という指揮者は、きのう突然、そんな力を身につけたの 東都交響楽団は、最近主たったメイハーが抜けて音が荒れている 力い」 という評判が流れていた。さらに悪いことに、一行は地方演奏会か「そうらしいのよ。この前の演奏会で外山を見たというお友達がい らの帰途、飛行機が故障して何時間も足止めをくい、その日全員が たけど、いつもと同じ調子で、ちっともさえなかったって云ってた ホールに揃ったのは開演の二十分前たった。 フリーの指揮者である外山雄二は、楽団員とほとんど顔を合わせ 不思議なことが重なるものだ、と私は田 5 った。 ることも出来ないまま開演の時間をむかえたのである。とてもいし 私はさっき、横山九段が片桐五段の気迫に負けたという新聞記 演奏を期待出来る状態ではなかった。 を読んでいたところたった。 ところが、舞台の袖から外山雄二が現れると、それまで何となく あの向う意気の強い横山が指し手を萎縮させるなどということは だらけた雰囲気の楽団員の間に不思議な興奮が広がった。 余程のことた。 小笹美子の目にも、その夜の外山には、はっとする程の威厳が感「片桐五段の場合も外山雄二と大変良く似た現象だと思うね」 じられた。 私が小笹美子に、きのう起った不思議な対局について解説をは ゆったりと指揮台に向う彼の身体から光り輝くものが四方に放射じめたとき、助教授の神島威夫が口をはさんだ。 されているようにさえ思えたという。 「そういうのは、。フラトー現象の一種だよ」 楽団員は、外山を眩しそうな目で見、心理的催眠のような状態で 助教授とはいっても私より五歳も若い。名門大学を出た俊才 楽器をとりなおした。 である。 「君たちも、。フラトー コンサートホールは静まりかえった。 現象のことは知っているだろう。発達心理学 を専攻しているんたから」 外山雄二が、おごそかに指揮棒を一閃した。 2

2. SFマガジン 1974年10月号

彼は演芸番組のアナウンサーだ。テレビ局に就職して十五年。 「あれが外山雄二かい。指揮者の」 ーの司会を担当するようになった。 「そうだよ。間違いない。それにしても、最近外山をよく口ビーで今年からお昼の・ハラエティショ やっと花形アナウンサーへの道が開きかけたというところだ。 見かけるなあ」 「そんなに録音が多いのかい」 東は学生時代はどちらかといえば陰気な性格だった。学者肌のと 「いや。仕事じゃないんた。おとといなんか夜の十二時頃に、このころもあって、青くさい論議をふきかけられて困ったこともある。 ロビーにいたよ」 その東が、テレビ局に入って、ローカル放送局を転々としてい に、いつのまにかお笑いタレントたちとふざけ合う番組を持っ 「真夜中に ? 」 「おととい僕は宿泊勤務でね。放送終了のアナウンスをすませて部ようになった。 私は、彼をときどき痛ましく思うことがある。演芸番組の司会を 屋に帰ろうとすると、ロビーから・ほんやりとした光が見えるんだ している東は、私の目から見ると、どこか無理をしているところが その時刻にはロビーは消灯されているはずだと思って扉のすきまあって自然ではない。 から中をのそいてみると、外山雄二がじっと一人で坐ってるんだ」 もっと性格にあったまじめな番組にかわったらどうかと忠告した こともあった。 「眠っていたんじゃないのかい」 「そんなことはない。彼は大きな目を見開いていたからね。僕はう しかしこの世界では、一旦演芸番組担当という色分けをされる と、他のセクションへまわることがむつかしい。 す気味悪くなってすぐ部屋にとんでかえったよ」 「そんな時間に何をしていたのだろう」 東は、とかく与えられたバラエティショーに取り組んでみると 「全く見当がっかないな。それに電灯もついてないのに彼の姿が見真剣な顔で決意を話していたものだ。 えたというのも、後で考えると不思議な話さ」 ところが今日、東は上司から思いがけないことを耳うちされた。 彼はちょっと肩をすくめ、すぐ気をとりなおしたようにいった。 東がレギュラーからはずされる。そして後任には田中という若い 「さあ、今夜は僕がおごるよ。ちょっと面白くないことがあってアナウンサーが決ることになるかも知れないというのである。 ね。いろいろ聞いてほしいんだ」 君の司会がまずいというのではないのだよと、上司はいった。 君は君なりに一生懸命やってくれた。しかし君はどことなく控目 私は学生時代から、彼の愚痴話の聞き役を引き受けている。 で、周囲を。ハッと晴れやかにする陽気な気質に欠けたところがあ る。 「あいつは、親父の威光をかさに来て : : : 」 お昼の・ハラエティは、今度、もっと明るいムードに転換すること もうだいぶ酒がまわっている。東は何度も同じことをくりかえし こよっこ。 4

3. SFマガジン 1974年10月号

私は黙ってうなずいた。 私はこの << テレビ局のアナウンサー東俊也を待っている。 プラトー現象とは、人間の練習量と能力の伸びに関する理論であ東と私とは学生時代からの友人だ。 る。 一年に何度かむだ話をするたけの間柄だが何故かお互いに気が合 人間の能力は、練習量に正比例してどんどん伸びてゆくというもう。 のではない。 今日は東の方から誘いの電話があった。彼の指定した時刻までは 長く練習していても、少しも進歩しないという状態がある。そしまだちょっとある。 て何かのきっかけをつかむと急に能力が伸びる。その成長もある段私は、すみつこのテ , 、ブルに坐って奇妙な世界を楽しんでいた。 階に達するとストップし、再び成長曲線はゆるやかな平原を描く。 注文したコ 1 ーヒーをすすってふと顔を上げたとき、私は突然ロビ 1 ・の片隅に不思議な気配を感じた。 そうした階段状の曲線を繰りかえしながら人間の能力は伸ばされ てゆく。 そこによ、 [ 、 メしテ , ープルを囲んで三人の男が坐っていた。 いくら練習しても進歩が少ない状態をプラトー ( 平原 ) とよび、 一人は確かに片桐五段である。横山九段をくたし、につこり笑っ 急に成長しはじめる転回点を。フラトーを越えたなどと呼ぶ。 て腕を組んでいる写真を、今朝の新聞で見たばかりだ。 「それにしても、外山雄二にしても、片桐五段にしても、余り急に もう一人は、後向きで良く見えないが長髪の年配の男。 成長するというのも、神がかっていて気味が悪いわね」 そして、白髪の中年の男が、おだやかな笑顔で二人の話を聞いて 小笹美子がそういって肩をすくめた。 「気配」というのは、その三人のあたりから立ち上っているように 思えた。 「やあ小野木、どうもお待たせ」 テレビ局の出演者ロビーというのは奇妙な世界だなと私はいつも東が私の肩をたたいた。 し、つ 「夢中になって何を見てるんだい」 まげを結った捕方が葉巻をふかしている横では、十二単を着た女「あそこだよ。どうしてだか知らないがあの三人何となく目立つじ やよ、 官がすました顔でコーヒ ] を飲んでいる。 / し、カ」 街の中でこんな風景を見たら、みんな驚いて、大変な人だかりに 「そういえばそうだな。あ、あれは将棋の片桐五段、後向いている なるたろう。 のは外山雄二だよ」 しかしこのロビーでは、誰一人彼等に注意を向けるものがない。 私は驚いて聞きかえした。 3

4. SFマガジン 1974年10月号

まじめな顔で人に相談を持ちかけても、人々は彼のハローを見て 一旦 ( tL ーを手に入れた人は、そのハローによって優れた人物で笑い出し、冗談だ . ろうと思ってとりあわなかった。 あると評価され尊敬される。そして、 ( ローを持たない人は、彼に東は、次第に喜劇役者の、人々をおかしくさせる ( ローをいまい 圧倒されて、ある場合は勝負に敗れ、ある場合はその人格に陶酔すましく思いはじめた。 ハロ 1 商会と、その後どんな交渉があり、いきさつがあったかは る。 指揮者の外山雄二、将棋の片桐五段、政界の斑目孝一。その他、知らない。しかし彼は結局、自らの身体から ( ローを追い出すこと 各界で急に目立った動きをした人たちは、秘かに巨大な ( ローを手が出来なかった。 そして彼はハローを呪いながら、自らの命を断った。 に入れたのだ。 相手を圧倒する ( ロー、人々を笑わせる ( ロー、人々を芸術的陶死とともに、彼の願いは達せられた。 何者かが彼の眉間から ( ーの根源である白毫を取り除いたので 酔に誘い込むハロー ハローの絶大な効果によって、彼等は自分の野望を達成しようとある。 それと同時に彼のハローは、消えた。 している。 只一人、ハローを手に入れて人生を狂わせた男がいる。アナウン私は高速道路にタクシーを走らせていた。 ハロー商会と対決するためだ。 サーの東俊也だ。 こ現れ ハー商会のものが商談冫 行先はテレビ局出演者ロビー 彼は、後任を噂される若手アナウンサーの父親の威光に負けまい として、ついつい ( ロー商会のロ車に乗ってしまったのに違いなる場所はそこ以外にない。 外山雄二は、ハローを身につける前日、その部屋にいた。しかも 深夜ただ一人、ぼうっとした不思議な光の中に照らされていたとい ひととき、彼は確かに成功した。 彼は ( ローによって人々を笑わせ、自分のレギ = ラー司会者としう。 片桐五段をロビーで見かけたこともある。 ての地位を守った。 しかし彼は、生来まじめな男だ。喜劇役者の、人々を笑わせ楽し東アナウンサーが自殺をしたのも出演者ロビーだった。 そして何よりも、さまざまな時代の、さまざまな衣裳を身につけ ませるハロ 1 は彼にはふさわしくなかった。 た人々が始終出入りするあの部屋は、どんな異形の人物が現れても きまじめな彼自身の性格と、彼の背にあるすっと・ほけた巨大なハ 決して怪しまれることがない。 ローとは、やがてはげしく衝突しはじめる。 たとえ異次元の空間から、あるいはタイムマシンの力を借りて、 ・彼は「、 ノローと自分の性格との食い違いに悩んだことだろう。 9

5. SFマガジン 1974年10月号

「でも、宣伝パンフレットは、すでにハローを買った人の使用例と 立しようとしていたらしいのです。 して、指揮者の外山雄一一や、将棋の片桐五段なんかを写真入りで紹 もっともすでに営業活動に入っていたのかも知れませんが」 介していましたよー 「ハロー商会では何を売っていたのですか」 「ほう、あの人たちがハローの使用例ですか。そいつはまいった。 小笹が横あいからたずねた。 「そのパンプレットには、 ( ロー売ります″と書いてあったので確かにあの人たちのことは私も不思議に思い、かっ興味を持って います。しかし、あの現象はプラトー理論で説明出来るのですよ」 神島助教授は立上り、黒板に曲線を描きながら説明をはじめた。 「ハロー ? 「何でも宣伝文句によると、心理学でいうハロー効果のハローだと いや、決してあの現象は。フラトー理論なんかで解釈出来るような か。それで、この研究室へお話を伺いに来たのです」 ものではない。 「ああ、ハロー効果のハロ 1 ね。それを売ろうというのですか。一 あの輝くばかりの眩しい光。あれはハロー効果だ。私は小さく呟 体どうしてそんなものを売るんです」 「その前に、まずハロー効果について説明していただけませんか」 記者は手帖をとり上げていった。 「しかし外山雄二なんかを使用例として出すとは、その男も相当な ものですね」 「この男は : : : 」 あの男が死んだ。 記者は写真をとり上げた。 ハロー商会の謎を知っている男が、大光明大地震動の中で死んだ。 どういういきさつがあったかはわからない。 「警視庁の調べでは詐欺の前科が十数回もあるという天性の詐欺師 なんですよ。これまでも何度もインチキ商法で被害者から訴えられ しかし、その現場に誰がいたかは明らかだ。 ています。 男の部屋から生命保険の契約書類が何通か発見されましたが、こ 「ハローを売ります、というのは可能なことなんですか」 れがまた全くの偽もので、架空の生命保険会社をでっち上げていま 記者はメモをとる手を休めずに聞いた。 tl ーというのは、、 「冗談じゃない。、 ′ローのある人を見る側の心した。契約金でもとってドロンするつもりだったのでしよう」 の中に映じるものです。 「しかし、ハロー商会というのは、その男にとってインチキ商法と しては最後の優れた着想だったのでしよう。 いわば観察者の心の中にあるものです。 ハローそのものをとり出して、つけたりとったり出来るものでは勝負師が急に強くなったり、芸術家が急に伸びたことが騒がれて いる世相の心理を巧妙に利用していますからね」 ありませんー

6. SFマガジン 1974年10月号

しました。 とです。 ″彼″はすでにこの世界から姿を消したはずです」 . 私は、斑目と別れた後、しばらくこのロビーで時間をすごしてい ました。 斑目は自らの野望を遂げるために、何ものかを売り渡した。 それは、彼自身のものなのだろうか。それともやがて彼が統括し ハロー商会が解散したとなっては、私も今後の身のふり方を考え ようとするこの国の運命にかかわるものなのだろうか。 なければなりません。 「あなたが先程から″彼″といっていた人物は一体何ものですか。 以前にやっていた生命保険の仕事でもはじめるか、などと考えて もしかしたら : ・ : ・」 コーヒーを飲んでいたのです。 男は私の質問を手で遮った。 ところが、その時変なことに気がっきました。 「しばらく待って下さい。私は疲れました。″彼″のことはまた改昔から顔なじみだった人たちが、私の顔を見てもそしらぬ顔をし めてお話しましよう」 て通りすぎてゆくのです。 私も最初はみんな忙がこいのだなと考えていました。 男は立上って帰ろうとした。 ところが、いつも仲良く話しこんでいくウ土イトレスの女の子に ふらふらとした危つかしい足取りだった。 声をかけても、彼女はうさん臭い顔をして向うへ行ってしまったの 「大丈夫ですか」 私は思わず声をかけた。 私は不思議に思って化粧室の鏡の前に立ちました。 男は何かを思い出したように立止った。 そして背筋が凍る思いがしたのです。 「一つお願いがあるのですが聞いていただけますかー男はふりかえ って云った。 そこに立っているのは、ついさっきまでの私ではありませんでし 「どんなことでしよう」 「保険に入っていただけませんか」 醜く貧弱な中年男の姿が写っていました。 だが良く見ると、やはりそれは確かに私に間違いありません。 「保険 ? 生命保険ですか」余りに突飛な申し出に一瞬私はとまど っこ 0 その時、私はかってマイナスハローという言葉を聞いたことがあ るのを思い出しました。 「そうです。お願いをするためには、もう一つだけ聞いていただか ねばならないお話があります」 私の身体からはマイナスハローが出はじめていたのです」 男は、改めて坐りなおした。 「マイナスハロー ? 「あなたは私のみかけがずい分変ったことに驚いておられました「そう、マイナス ( ローです。あなたがお気づきになったように斑 9 ね。実は私もそのことに気がついたのは、ほんの二時間ほど前のこ目孝一や外山雄二はハロー商会からハローを手に入れました。 こ 0

7. SFマガジン 1974年10月号

そして、その男は窓の向うの鮮かなネオンの点減の中にともすれうしたのだろう。 ばかき消されそうになるのだった。 私が見た時、彼は二人のハローを持っ男をあい手に、少しも怯む 私は立上って、その男の方に近づいた。 ことなく堂々とわたりあっているように見えた。血色も良く表情も 「こんばんは、こんなに遅くまでどうしたのですか」 生々していた。 男はゆっくりと顔を上けた。 ところがどうだろう。彼はそうした面影を全て失って、ぬけがら そして淋しそうに笑いながらかすかに会釈をかえした。 のような男になっている。 その男を私は、・ とこかで見たように思った。 「病気でもしたのですか」 この笑い顔は私の記憶のどこかに残っている。 私は声をかけた。 それも、私にとって大変重要な場面に、この顔があったような気「いいえ私は元気ですよ、ただハロー がする。 彼は慌てて口をつぐんだ。 一体誰だったろうか。しかし思い出せない。 大きな秘密を口にしかけて、慌てて口をつぐんだという感じだっ 「何か私にご用ですか」 じっと顔を見つめられて、男はか・ほそい声でいった。 長い沈黙が続いた。 「私はあなたをどこかで見たような気がする」 広い出演者ロビーも、昼間の喧噪が嘘のように静まりかえってい 「そうでしよう。私はこのロビーにはいつも出入りしていましたかる。 ら」 私は思い切って口を開いた。 「このロ・ヒーで ? 」 「あなたはハロー商会の方ではありませんか」 私はもう一度彼の顔を見た。 男の顔は見る見る蒼白になった。 そして思い出した。 男はふるえる手でポケットからたばこをとり出した。 私が東とこのロビ 1 で待合せたとき、外山雄二と片桐五段が話し そして心の動揺を静めるために大きくたばこをすいこんだ。 合っていた。そのハローを背負った二人の男を相手にして、親しそ「い いえ、私はハロー商会のものではありません」 うに話しこんでいる中年の男がいた。 そういって、彼は決心のつきかねる表情で目をつぶった。 再び長い沈黙が続いた。 おだやかな笑い顔のゆったりした態度の人物だった。 「しかしー それが私の前にうずくまって坐っている男だった。 彼は思い切ったように口を開いた。 確かに白髪にも、太い眉毛にも見憶えがある。 それにしても、この二ヶ月足らずの間の、この男の変りようはど「しばらく前まで、私は確かにハロー商会の仕事をしていました」 こ 0 ー 05

8. SFマガジン 1974年10月号

後任は田中君に任せようと思う。彼はかねてから、君にかわって「東さんはいつもそうなんですよ。ここから会社まで歩いて五分位 あの番組を担当したいと申し出ていたんだ。そう云って上司は申しでしよう。こんな時間になると家へ帰るより宿直室の方が気軽だと いってこのお店で一時間ほど寝てかえるんです」 訳なさそうに笑ったという。 田中というアナウンサーは、経済界の黒幕の一人息子である。特ママさんが心得たような表情で笑った。 に目立って芸がうまいという訳ではない。只、たとえ彼が何もいわ「そうですか。では薄情なようですが電車がなくなるので先に帰り なくても、上役たちは彼の父親の存在を知っていて、無意識に彼にます。東をよろしく」 私は一人で店を出た。 一目おいている。 やり切れない気持たった。 人々は、彼自身ではなく、彼の後にぼんやりと見える父親の姿に 怯えてしまうのだ。 「あんなやつよりは、まだ俺の方が司会はうまいはずだ。親の七光 「小野木さん、きのう東さんにプラトーを越える秘訣でも教えたん りをかさにきたやつよりはな」 ですかー 東はすっかり悪酔いしていた。 小笹美子がテレビをみながらすっとん狂な声を立てた。 彼の気持は私にも痛いほどわかる。私だって同じことだ。学閥も 「どうして」 派閥もない研究者は、学界ではいつもとり残されてゆく。 私より若い神島が一足とびに助教授になったのも、彼が大学を「だって東さん、とても面白いんですもの」 研究室には小さなテレビが置いてある。卒業生から記念に贈られ 卒業し、その上恩師の長女を嫁にすることが出来たからだ。 夜間大学を卒業した私は、万年助手のまま研究者としての業績もたものだ。 小笹はテレビを見ながら笑いころげている。 認められすに一生を終るのかも知れない。 私の周囲には、そんな不遇な研究者が何人もいる。 私も仕事の手を止めて、テレビの前のソフアに坐った。 東がお笑いタレントとかけ合いをやっている。きのう愚痴をこ・ほ 「おい、もう帰ろうよ」 していた東とは思えないはつらっとした表情だ。 私は東を促した。 ・ハーな仕草が受けて、相手のタレントまでが、こらえ切 「いや俺はいい。放っておいてくれ。酔がさめたら会社の宿直室に東のオー れすに笑い出す始末た。 帰って寝るー 「ほう」私も驚いた。 東はカウンターにうつぶせたまま動こうとしない。 「外山雄二のときもこんなだったかい」 「大丈夫かい」

9. SFマガジン 1974年10月号

巨大な光背を持つ人物が突如現れたとしても 倒するハローです。 ハローさえあれば、貴方は明日からでも、名声をかちとることが 0 出来るでしよう。 タクシーの窓外を、ビル群が走りすぎてゆく。 しかがですか、ハ ローを手に入れたいとは思いませんかい そびえ立つ大商社のビル、陽光を受けてキラリと輝く新興宗教本 部の尖塔。そして、それ自体が権力の象徴のような議事堂の、人々 を圧するシルエット。 車は e< テレビ局の正面玄関にすべりこんだ。 現代は虚構の時代だ 9 私が車から降りようとしたとき、多くの随行員を従えて建物から 出てきた男があった。 私ま 1 いつも見馴れたこの大都会を見ながら思った。 たとえ力はなくても、才能がなくても、巨大な ( ローさえ持てば報道カメラマンのさかんなフラッシュを浴びている男。それは明 何だってやれる。 日に総裁選挙を控えた斑目孝一だった。 偉大な父親の ( ロー、良家のハロー、名門大学の ( ロー。人々は政局は明らかに斑目に有利に展開していた。 何重にも重なり合った ( ローに眩惑され、正体を見抜くことが出来財界も現総理を見限り斑目についたという情報も流れている。 総裁選挙で斑目が圧勝することは間違いないだろう。彼の落ち着 見せかけの美しさ、こけおどしの凄味があれば人々をだますことき払った態度から、すでに彼が勝利を確信していることが読みとれ る。 もたやすいことだ。 一流大学を出たと聞けば、その人の明晰な頭脳を疑わないし、大斑目は、送りに出たテレビ局の幹部と一こと二こと言葉を交し て車に乗り込んた 9 会社に所属したというだけで、自分に力が備わったと錯覚する。 芸術家が奇を衒う服装や髪型で人々を驚かすの、もハー効果を計人垣を分けて、私は車に近づいた。彼のハローを近くで観察した 算してのことだ。 いと考えたのだ。 それそれのハローを身につけることで正体を覆い隠し、ハローそ斑目はガラス越しに外を見ていた。そして一瞬私の方に視線を送 ったように見えた。 のものが自分だと考えて生きることが出来る。 ハロー商会は、その陥穽を巧みに利用した。 その瞬間「私は強い衝撃を受け、身が竦む思いがした 9 貴方の指揮をする能力は大変優れています。 強大なハ . 卩ーだ。眉間のあたりから放射されるハローの強さは、 貴方ほどの棋力があれば名人になってもおかしくはありません。外山雄二や片桐五段のそれとは較べものにならない。 しかし、貴方には欠けたものがあります。 このハローに眩惑されず、斑目自身を見ぬ、くことの出来るものは ! それは人々を、貴方の芸術で酔わせるハローです。対戦相手を圧ますいないだろう 9

10. SFマガジン 1974年10月号

この釈迦如来像が作られたころ、ほの暗い内陣でろうそくの火に これまでにない激しい追求に、総理は額に汗を浮「かべてその場を とりつくろおうとしたが、斑目は質問をゆるめなかった。 照らし出された金色の姿を見て、人々は思わず手を合わせたことだ 9 総理のいつもの高飛車な答弁も、斑目の前では子供の云い訳のよろう。 うにしか聞こえなかった。 「釈迦如来というのは、ご存知のように仏教を開いたお釈迦さま、 その日から斑目の精力的な活動が堰を切ったように開始された。釈尊を形どったものですー 「そうするとこの像は、釈尊の肖像ということになりますわね」 再び彼の周囲に人が集まり、斑目孝一を応援する動きも活発にな 東の奥さんが呟いた。 この神々しく、しかも人々を包み込んでしまう ほんの一ヶ月余りの間に、政界は現総理派と斑目派に分かれ大き釈尊の肖像 不思議な力を持っ釈尊とよ、、 をしったいどんな人物たったのだろう。 く揺れ動いている。 勿論、指揮者の外山雄二はその名声が海外にまで知られるように私の質問にこたえて、住職は喋りはじめた。 なり、片桐五段も、横山九段戦以来十連勝を続けているという好調「仏典によりますと、釈尊は未来を予測する天眼を持ち、大神変カ ぶりだ。 で人々を済度しています。つまり人間を超えた不思議な能力を数多 く備えていたことになります」 「数々の奇跡を行なわれたわけですね」 東アナウンサーの死から四十九日がたった。 私は、東の奥さんに伴って彼の遺骨を納めるために菩堤寺をたず「そうです。釈尊は、火焔を吹いて襲いかかる毒龍を自らの火焔で 焼き殺し、あるいは、橋のない大河を神通力で跳び渡ったりしたと ねた。 いう記述があります」 型通りの法要が終って、私たちが本堂で住職をかこんで渋茶をす 「釈尊というのは実在の人物なのですか」 すっていたとき、本尊の仏像が話題になった。 「これは室町後期の作品で、作者はわかりませんがこの時代の傑作「勿論です。昔は実在を信じない学者もありましたが、先年、釈尊 生誕の地から石柱が発見されましてね。そこに当時の文字で″お釈 といわれています」 迦さまはこの地に誕生された″と書いてあったそうです。石柱は当 住職は本尊が何よりの自慢らしい 時の記念碑だったわけですね」 「何という仏様ですか」 「それはどこで発見されたのですか」 「釈迦如来像です」 私は興味をひかれてたずねた。 私は改めてその仏像を見上げた。 蓮弁の上にどっかりと腰をおろした姿にはのしかかって来るよう「北インドのヒマラヤ山麓です。釈尊はこの地方の一部族 " 釈迦 族″の国王の家に生まれました」 な威圧感がある。 っこ 0