重要性からいって、国家を驚倒させるに充分なものであったが、彼 を満足させるには至らなかった。 彼が仕事を休んだのは、たった一度、妻の死という突然の悲しみ 十六の歳、グレゴリイ・ダンは世界心理学協会の名誉会員に選ばに見舞われた時だけであった。そして、以前にもまして非情な心 れ、二十一で、ニューヨーク精神工科大学の高等精神現象学教授にで、再び研究に戻った。髪にはちらほら白いものがまじり、がっし なった。三十歳になると、精神についての、そして、精神と人間性りした肩はほんの少し丸まった。ものに取りつかれたこの天才は血 のにじむような苦闘を続けた なにやらわからぬものを求めて。 の関係についての押しも押されもせぬ権威となっていた。 西暦一一〇四〇年の人々は、彼の講義を聞き、彼のたくさんの論文息子のアランが精神工科大学を優等で卒業し、彼の助手になった を読んで、自分らの時代がアルキメデス、コペルニクス、アインシ時、彼は五十八になっていた。若々しいが、不幸にも父親ほどの天 タインといった過去の人々と容易に比肩しうる一人の天才をうん分をもっていないこの息子は、父がばらばらに置いた多くの断片を つなぎあわせ、ある仮説とある仮説を結びつけようと努力した。し だことを悟った。 ダンは三十一歳で結婚した。一人息子が十二になると、ダンはそかし、父のとりくんでいる巨大な概念の外縁に触れるのが、彼にで の子に自分のさまざまな発見を教え、心理学とその意味についてのきる精一杯のことだった。 アラン青年には、父の研究の奥深くにひそむ本質を理解すること 初歩をしこんだ。ダン教授がある強迫観念にとりつかれていること が、しだいしだいに明らかになっていった。 ができなかった。彼は青い眼を当惑でくもらせ、何時間もその問題 教授としての普通の生活のほかに、彼は、その専門分野のさまざにとりくんだ。そのりりしい顔は、精神の集中のため仮面のように まな部門の研究に休みなく厖大なエネルギーをそそいだ。心理学のなった。 権威になっても、休むことを知らぬ彼の心は満足しなかったのであ る。自分の研究している科学分野の原因と結果を発見しなければな教授は夢中になって計算をおこない、時々視線をあげて、個人的 らなかった。その目的に向かって、彼は持てる時間をすべてつぎこに雇った研究所の所員に簡略な指示を与えた。息子に話しかけるこ んだ こんな緊張にさらされたら、彼の小柄な針のような身体はともめ 0 たになか 0 た。社交性が欠如しているからではなく、研究 長くはもつまい、と友人や批評家たちが思ったほどの熱中ぶりだつのことしか頭にないからであった。 しかし、ある朝、黙想からさめた彼は、ぞんざいな口調で言っ 彼は毎日をそのようにすごした。休みは一日もなく、技術書に眼た。 を通し、精神についてこれまでに書かれたすべての本を再読し、一 「アラン、おまえがノロクサしとるもんだから、研究はまるではか 覧表をつくり、無数の仮説をうちたてた。仮説のあるものは、そのどらんではないか ! やらねばならん仕事はた 0 ぶりとあるのだ こ 0 202
アランはやっとのことで、「ほう ? 」と合の手をいれた。彼は漠 誰も口をきかなかったが、しわくちゃの服の、血をこびりつかせ こた た男たちが進みでて、アランの声に応えた。 然と当惑をあらわして、博士の痩せた顔を見つめた。 「ささいな事件だと思うかね ? 」マックスウエルはグラスをほして これは宇宙が始まって以来の重大な出来 新聞は、研究室の爆発事故を詳細に報道した。ダン教授の偉業を続けた。「とんでもない。 ほめたたえ、彼が死んで、その深い知識もい 0 しょに去「てしまつ事だとわたしは信じている。植物には、ある本能的な思考力がそな わっていると認められておる。そうだね ? 」 たことに哀悼の意を表していた。 アランは眉をひそめて、ゆっくりとうなずいた。 というのは、アランはこの実験のあらましを知っていたが、父の マックスウエルは続けた。「同時に、植物は最も低級な知性をも ノートから物質をうみだす精神の秘密を再発見するには、これから った生命体でもある。これよりもう少し知能があるのは、微生物だ 何年も研究を続けねばならないからだった。 アメーバ クルマムシなどだな。その次が動物、その上が人間 どちらにせよ、彼には研究を続ける気はなかった。父を殺し、そ だーー人間が一番高級だ。さて、ある力が、知性の低い生物から順 のすぐれた研究に突然の終止符をうった事故は、アランに苦々しい に、その思考力をうばっていきつつあるとしたらどうだろう ? ま 思いをさせ、その研究をこれ以上進める気を失わせたのたった。 その代わり、アランは普通の物理学の研究に力をそそぎ、父の機ず、植物が成長をやめ、やがて、消えた。自分らが存在しているこ とを理解する力を失ったからだ。そうじゃないだろうか ? ー 械はほったらかしにしておいたーーーある日、突然にマックスウエル アランはびつくりした。「そうかもしれません。でもーーーでも、 博士が訪ねてくるまでは、そうだった。博士はとても厳粛な顔つき だった。彼はある重要な出来事に気づいて、忙しい教授の仕事を放どういうことなのですか ? 」 マックスウエルは熱心に身をのりだした。「わたしの考えている りだし、三千マイルの彼方からやって来たのだった。 アランは少し当惑しながらも、博士を家に招じ入れた。飲物のグのは、こうなのだーー君のお父さんの実験が、この人知を超えた恐 ラスをうけとったマックスウエル博士は、まじめな顔でアランをしるべき災厄の原因ではないだろうか。わたしはあの実験以来、君の っと見つめた。 お父さんは科学者としてたいへんな能力を持っていた、と固く信じ 「アラン、わたしがここへ来たのは、カリフォルニアでたまたま目るようになった。あの事故以来、思考エネルギーを解放すること以 撃したある事件のためなんだ。それと、今考えている驚くべき仮説外、わたしには何も考えられなくなってしまった。だが、お父さん のせいでもある。手短かに言うと、この国のいろんな場所でーー特は、原子を分解する代わりに、思考エネルギーを、それが生まれで にカリフォルニアに顕著なのだがーーー低次の植物が成長をやめてしる以前の状態にまで戻してしまったのではないだろうか ? 物質の まったのだーー今、とまっているのだ。この成長の激しかるべき季分子とそのエネルギーを完全に破壊してしまった場合には、この宇 節にだ ! それだけではない。消えはしめたのだ」 宙はゆっくりと崩壊していくことだろう。科学が完全に証明してい 2 に
っていた。 教授は答えなかった。スイッチをしつかり握って、信じられない という眼で立っていた。間違いなく、真空管にはヒビが入りつつあ 父のそばにたどりつく前から、アランには父が死んでいることが った。中央から縦に裂け目がゆっくりはしり、途方もないエネルギ本能的にわかった。彼は父のそばにひざまずいたーー・思わず涙がで ーの衝撃で、数秒にしてねじ曲っていった たーー桁をひつばってみたが無駄であった。父の死顔は、半ば微笑 「逃げろ ! 」アランが絶望的な声で叫び、父に向かって駆けよろうをうかべていた。痩せ細った片手が、スイッチのかけらをしつかり とした。だが、遅かった。その瞬間、巨大な真空管はくだけ、ガラ握っている。即死だったにちがいない。桁に押しつぶされて死んで スの破片がふりそそいだ。恐るべき爆発音が研究室に充満し、科学しまったのだ。 者も新聞記者も放りだされた。熱気で眼が見えす、轟音に耳も聞こ それからのことは、よく覚えていない。ヴァン、・リンマンとクロ えなかった。 ウフォードに助けられたマックスウエルが、新聞記者といっしょに 壁は震動し、数々の装置が破壊された。自由になったエネルギー なって桁をどかした。十人の力が必要だった。桁の下の死体は、み は宙にとびだし、大地と接しているすべての電線をねじ曲げ、床にるも無残につぶれていた。 すえつけられた物を力強くひきちぎった。 マックスウエルは激しく首を振った。「こんなにものすごい力を そして、静寂がおとずれたーー今までの轟音が激しかっただけ解放すべきではなかったのだ ! 」 に、張りつめた、気持の悪い静けさたった。 「でも、どうして ? 」急に我にかえって、アランがしわがれ声で叫 アランは床からよろよろと起きあがった。自分にのしかかってい んだ。「もうちょっとで成功するところだったのに、なぜこんなこ た金属の支柱を押しのける。頬に手をあてると、血がどくどくと流とに ? なぜ , ーー」 れでているのがわかった。足をもつれさせながら、彼はものうく周「恐しい力だったのだ。それ以外の何ものでもない」マックスウ = 囲を見回した。どこもかしこも、粉々になった機械の残骸でいつば ルがつぶやいた。「もしかしたら、こうなるのではないかとーーー」 いだった。研究室の四囲の壁だけが残って立っていた。窓は粉々だ彼は向きをかえ、頭上を見た。一同がそれにならった。 った。大きな真空管は完全に破壊されていた。二つの電極はねじま「とにかく、脳は消えた」ヴァン・リンマンがつぶやいた。「対消 がり、ちぎれた電線がぶらさがっている。 減したのにちがいない。精神原子のエネルギーは解放されたのたろ アランは、痛みをこらえて立ちあがろうとしている科学者や新聞うか ? 」 記者たちに視線をはしらせた。ある者は血を流し、ある者はひどい 「どうだろうと、もういいんです」アランがうつろな声で言った。 かき傷があった。マックスウエルが灰色の髪を乱して立ちあがった。 「実験は失敗です。災害と父の死しかもたらさなかった」彼は涙を 襟がカラーボタンからちぎれている。アランは情況を把握した。床こらえようとした。「父を家に入れます。手伝っていただけません にうつぶせになった父を見た。真空管を支えていた桁の下敷きにな か」 幻 4
には当分戻らなくていいようにしておいた。なんとかして、この災 害をくいとめる方法を発見するのだ ! 」 「父のノートは全部、書斎にあります」アランは少し茫然として言 った。そして、立ちあがった。「こちらです」 しかし、マックスウ = ルが、そして、その事実を完全に認めはし ないものの、アランが懸念したとおり、今はなき教授のノートはま ったく複雑で、すぐに理解することはできなかった。すべての理論 をー 0 、、「下物、 0 , 〔を。 00 、第を・ を理解するには、何年も研究を続けることが必要だろう。しかし、 たとえ研究が完了したとしても、いま起こりつつある恐るべき出来 事の進行を妨げる手だてを発見するには、・ とれくら、 しカかるもの か、まったく見当がっかなかった。時間はまったくないのだ。 時間がないという事実が明らかとなったのは、アランとマックス ウ = ル博士が三日三晩、難解な公式にとりくんで分析を続けたあと のことであった。不眠と疲労でふらふらになった二人は、ついに、 ノートを調べ始めた時から少しも理解度が増していないことを認め 幻 7
まるで峡谷のような街路、木が一本もなくなってだだっ広く見え建物も街路も広場も一つになって、未知の物質の集塊と化した。 る広場、音もなく水をふきあげる噴水ーーどれもこれも、見捨てら静かな海に向かって、それは流れだし、海に着く前に、消えた。霧 2 れたつぎはぎ細工の街だった。海のそばに建つ、人類のための記念のように蒸発し、あとには、まったく純粋ななだらかな土壌だけが 碑だった。港、ビクとも動かない船。錨をおろし、見捨てられた残った。奇妙なことに港の海水が波だち、船が消えた。海水は、木 船。旗をつけた船も何隻かあったが、その旗は西からの微風に、も製の柱をこえて、内陸に向かってゆっくり流れた。柱も、未知のぼ の淋しげにゆらめいていた。へさきの下に、油のような水がうちょ んやりした均一の物質と化して、存在をやめた。 せている。 はるか彼方、太陽が西の地平に接した。 都市の消失には数分しかかからなかったようにも思え、また、何 おもちゃの街が、マンハッタン島の上にうずくまっていたーーそ世紀もかかったようにも思えた。 う、街はまるでおもちゃのようだった。そして、アランの精神が未今や退化してしまったアラン・ダンの精神では、時を計ることな 知の力に流されて街に近づいていくと、変化の最初の兆候が見えてど不可能に近かったのだ。ただ、人間の概念が消えたため、都市も きた , ー・・ - ・崩壊は、それまで存在していた小さな生命がすべて死に絶また消えたのだとわかっただけであった。そして、光、大気、地球 えたことから始まった。破減という大変化は、ついに、完全な形でとは架空のものであったのだと、アランにわかった。そのゆっくり 実現した。 した崩壊を見た。 一瞬、アランは、この固い地面をつくっていたのは理性ではなか そのうちに、彼は宇宙空間にまで後退したように思えた。それと ったか、と思った。人間の精神がニューヨークを、この地球のすべも、地球が縮んだのか。アランには、どちらだかわからなかった」 ての街をつくっていたのだ。だから、それらの街は、人間が心の中 でそうであれと思っている限りは、存在を続けることができる。 今、急速に、何億という精神が原初の形に退化していきつつある。 この考えは、・朝起きた時に思いだす夢のように、みるみるうち にかすんでいった。 水と陸とは、ある単一のものに向かって確実に流れていった。陸 アラン・ダンの精神は、すべてを理解した。彼は見たーーー巨大なは沈み、山と丘は平らになって平地といっしょになり、平地は容赦 高層ビルがかすみ、あたためられた鑞細工のように倒れていくののない潮の下に流れこんだ。山も峡谷も一つのこらずその存在をや を。頑強な煉瓦も石も同化して、たちまち一つのものになっていくめ、沈んで平地となった。水が侵入してきた。しかし、その奇妙な のを。窓は、周囲の石の一部となり、石は単一のレベルにおちこん渦巻きはやがて透明になっていった。震え、溶け始めて、無の区域 だプラズマと化し、つかのま存在していた街路を満たした。 がさあっとひろがっていった。大気も水も地球も、音のしない無の
ぞ。いったいどうしたのだ ? 時が無為にすぎていくのがわからんでになく深く研究していらっしやる。だけど、その目的は僕にはわ かりません。僕が・ハ力なのかもしれませんがーーー」 のか」 「まさしくバカなのだ」じれったそうに鼻をならして、父が応じ アランはぎよっとして立ちあがり、それから弱々しい徴笑をうか た。「わしは、おまえが小さい時から数学と心理学を教えこんだ。 ・ヘた。部屋を横切ってデスクに近づくと、愛情のこもった様子で腕 なのに、わしの研究が理解できんと言う ! おまえは、わしが・ハラ を父親の肩にまわした。 バラに置いておいた仮説をつなぎあわせた。そのくせ、まだ問題点 「なまけているわけじゃありません。それはおわかりでしよ。・ほく は、お父さんが何をきわめようとなさっているのか、つきとめようがわからんというのか。なっておらん ! ー父はかんしやくをおこし としていただけなんです。ところで、もう少しのんびりやるべきだて繰り返した。「なんということだ。とっくに何かを理解しておら とはお思いになりませんか ? あなたは機械じゃないんです。時にねばならんというのに ! 」 アランはちょっとロごもった。「ええ、僕はあることを理解して は少しお休みーーー」 います。でも、それはひどく ' ハカげた考えで、ロにするのもはばか 「・ハ力なことを言うな ! 」ダンはロをへの字にして応じた。「死ぬ までに、なんとしても解きあかさねばならぬ問題があるんじゃ。そられるようなものなのです。思考と物質との相互関係についてのお うとも、石にかじりついてでもやりとげねばならん ! そして、わ父さんのあの論文ですがーー・思考と物質とは同じものである、とい うことなのですか ? 」 しが死んだら、おまえにあとをついでもらいたいのだ。わかったか 「もちろん、そうだ ! 同一の状態を別の言葉で言い表わしたにす 「わかりました」アランはすなおに答えた。しかし、父のおちくぼぎんーーこの二つは独自に発達した宇宙の表象であると言えよう。 物質のない精神は存在しえんし、精神のない物質も存在しえないの んだ眼に焦燥の炎がもえあがり、白髪が乱れ、計算用紙をしつかり 握った手が震えているのに気づいて、アランの顔はくもった。エネだ。物質がうまれたのと同じ原因で、精神がうみだされた。この二 素粒子とその反粒子が結合し、互いに破壊しあっ ルギーがーー驚くべき = ネルギーが、父の年老いた身体と決然たるつはどちらも、対消減 ( て、ほかの素粒子またはエネルギーに転化すること せて、そのエネルギーを解放させることができる」 脳からじわじわと流れだしている。 「物質だけでなく、精神でもですか ? 」アランはかぶりを振った。 「わしだけでも、永遠に生きることができたらいいのだが ! 」やが て、老人はつぶやいた。「死などというものにわずらわされること「そこがわからないのです、お父さん。精神を対消減させることは なく、この問題にたちむかえたらいいのに ! 」彼は突然言葉をきできません ! それは科学的にもはっきり否定されています ! 」 ダンは皮肉つぼく笑った。「科学的だと ! おまえが科学をもち り、再び、ぶつきらぼうで短気な科学者に戻って説ねた 9 3 「アラン、おまえはわしの理論をどれくらい理解しておるのだ ? 」だして、わしに説教しようというのか 9 科学がわしの知識になにを 0 「よくはわかりません。お父さんは、心の性質というものをこれま与えてくれたというのだ ? まったく何もないではないか ! わし
電力がいるわけを考え、精神的なものを基礎にしているからなのだのだったが、幅広の腕がっき、そこにたくさんのボタンとスイッチ ろうと推測するしかなかった。 が配置されていた。椅子の上部にあるのは、六つの羽根のついたロ マスター・スイッチを入れると、陰極と陽極から最高千四百万ポ ーターで、強い磁気を帯び、真空管の中の球体と同じ半透明の金属 ポンバードメ / ト・チェン・ ルトの力が放出されて、真空管の衝撃におかれた物質はでつくられていた。これに動力が流れると、椅子に坐 0 た者の頭上 なんであろうと完全に分解してしまうのであった。 で音もなく回転する。そして、何かを、ローターの上部のマイクロ 二つの球体から電力を得る真空管の内部には、ほとんど透明の金フォン型集音器へ、さらには変圧器へと運ぶらしい 属でできた奇妙な形の球体がおかれていた。それは、きず一つない さまざまな装置のすえつけをする前としたあととで、知識の量が 二つの半球にはさまれ、四方からし 0 かりと留められていた。電線増えていないことにアランは気づいた。父が個人的に得た富は、そ を接続するようになった端子が四つ、真空管にとりつけられてい のような機械の購入により底をついてしまった。老人はあいかわら た。そこからの電線はよく磨かれた二つの半球〈とのび、その二つず無ロで、機械のすえつけが終わ 0 たとアランが告けても、うなり の凹レンズの焦点は、中央の球体上でむすぶように設計されてい 声をあげただけであった。 すえつけの仕事が終わると、アランは研究所に入ることすら許さ こうしてながめてみると、放出された = ネルギーの衝撃によっれなくなった。それからは、夜になるとたいてい、大量のエネルギ て、あの透明の球体の内部の物は分解され、その粒子が、向こうの 1 が放出される、いかずちのような。 ( チパチいう音を耳にすること レシービング・チェン・ハ 入り組んだ受容室にとびこむことは、アランにもはっきりと ができたし、大気中に静電気がピリ。ヒリ充満しているのを感じとる わか 0 た。だが、球体の内部には何を入れるのだろう ? その点はこともできた。父が、そのライフワークに最後の仕上げをし、努力 どうしてもわからなかった を傾注しているのであった。 このような疑問もありはしたが、アランは着実に仕事を進めてい つまり、父は、とうとう捜し求めていたゴールに到着したのだ。 った。機械の部品すべてを研究し、発動機の組み立てを監督した。 父は、機械がすえられてからちょうど六週間後に、まるで気違いの 特に、ラジオ電波の送信局を思わせるような巨大な機械には注意しようになってその事実を告げた。 た。刻々と、無数の電線が直列に並んだ加電圧式の変圧器につなが「やったそ、息子よ ! 」神経質そうに研究室を歩きまわりながら、 れていき、変圧器からは、さらに太い電線が真空管へとのびていっ 父は宣言した。「これこそ人類が待ち望んでいたものだ ! わしの ライフワークだ。わしのつぎこんだ一時間一時間、一秒一秒に値打 すべての機械は中央コントロール装置につながり、軽いアルミ = ちがある。明日、わしは実演をおこなう」 ウムの椅子の上で焦点をむすんだように思えた。椅子は、この雑然「もちろん , クスウ = ル博士も招待するんでしようね」アランが とした機械の集まりの中では・ ( カらしいほどにオーソドックスなもさりげなく訊ねた。 こ 0 こ 0 2
からだ。それも、そんなに先のことではないと思うがな。おまえもた。数学、思考、エネルギー、時間、空間、それぞれは相互に関係 しているのだ。これらは、動物や人間が、原初の一原子から派生し 今までどおりに仕事を続け、理解しようと努めるのだ。そのうち、 たものであるのと同じように、同一の物から生みだされたのであ わしの方法の何か重要なところを理解できるかもしれん。そして、 ある日ーーーある日、わしは、この理論の正しいことを証明するのだる。 理論面だけは、アランにも理解できた。それ以外は、依然として ! 」一瞬、黙想し、再びノートをとりあげた。「さあ仕事に戻れ」 びしやりと言った。「あの機械の組み立てを始めてくれんか。さ謎である。父が教授連を前にして講演をする日まで待たねばならな あ、急いだ、急いだ ! 」 いのだろう。その講演で、ダンは、知ったかぶりのマックスウエル 博士の反対理論を完膚なきまでに叩きのめしたいと思っているのだ グレゴリイ・ダンがだいぶん楽観的であったことが、やがて明らった。 かとなった。まもなく体系づけが終わる、という彼の予想ははず機械装置が理論よりもずっと複雑であることに、アランは気づい れ、数週間が、そして数カ月があっという間にすぎさり、夏が来た。彼は、付属家屋に新しく機械をそなえつける仕事をした。その て、冬が去ったが、彼はそれにも気がっかなかった。数カ月が一年研究所に二本の円柱を構築することから始めた。直径が八フィ のこの円柱は、これまでの科学でわかっている限りで最高の不伝導 になり、やがて二年がたったーーーそして、三年。 その頃には、あの朝、二、三の真理を父から聞かされて刺激をう物質の層で絶縁されていた。それそれの柱の上部には、中空の球体 トで、。ヒカ。ヒカに磨きあげられた けたアランは、仕事にも慣れ、その心を仕事に集中させていた。父がすえられた。直径が六十フィ アルミニウムででぎていた。 の研究を知れば知るほど、彼の驚きは深まる一方であった。 この二つの球体の中間に、巨大な真空管が水平におかれた。非常 老人は、精神現象に関するすべての奇想を排除していき、つい に、その原因と結果のエッセンスに到達した。不思議なこと、説明に高い天井から鎖でつるされた金属の籠に囲まれていた。この真空 を要することは、もちろんまだたくさんあったが、アランは、思考管こそ、世界一効率のよい原子分解機の中央ュニットなのであった。 二つの球体は、原子の分解の動力源となるべきものだろう、とア とは、もはや抽象的な不可知の状態・ー・ーすべての生き物の神秘の泉 のことではない、と悟り始めていた。普通とは異なった振動をランは判断した。球の中には、研究所の発電機のところからと、真 下のスイッチ盤のところからコントロールできる大きな機械が入っ もっ異なった形態の物質なのだ。 さまざまな仮説をたてて仕事をおこなっているうち、彼はそここていて、三万ポルトの電荷をささえ、球の内部にポテンシャル状態 エジントン二十世紀前半の ) やジーンズ ( 同【 英国の物理学者 天体物理学者といったをつくり、ついには一千七百万ポルトの最大出力に達することがで 5 過去の専門家や、もっと昔のカントやアリストテレスといった人々きるようになっている。これは、原子分解でこれまでの科学が達し 0 の言葉によって裏付けられている基本法則の具体的な例を見出しえた電圧より約四百万ポルトも高かった。アランは「こんな恐しい
「あの球体は透明だが、ちょっとやそっとでは破壊されないように できている。チウミナサイト製なのだ。南極の鉱床から掘りだされ た珍しい物質だ。それが、二つの半球に溶かしこんである。半球を 一時間後、アランは、二つの球体の指針がそれぞれ七百万ポルト 磨いて形をととのえるのに十二年かけた。球は千四百万ポルトの工を示したと報告した。その合図で、科学者と新聞記者は研究室に戻 ネルギーにも耐えるようにつくられている。なぜなら、球体をつく り、おのおのの席についた。 る分子の間を自由にエネルギーが通らねばならないからだ。しか マックスウ = ルの態度の変化は、ひどく眼についた。不機嫌な批 し、中に入ったものは何であろうと、完全に破壊され、エネルギー 判屋めいた顔つきから一変して、熱心な科学者といった風になった となるーーーこの場合は、脳の思考エネルギーとなるのだ」 のである。だが、その彼が、「あの真空管は千四百万ポルトの爆発 「つまり、思考エネルギーは解放されうるが、球の外へでることは にもちゃんと耐えられるのだろうね」と説ねた時、彼は心配そうな できない。しかし、精神を欠きはするが、脳の外形は残る、という顔付きだった。 わけかね ? 」 ダンはスイッチ盤に向けていた身体の向きを変え、肩をすくめて クロウフォード みせた。 が説ねた。 「そうだ。しかし、脳の外形は消えてしまうだろう。脳が外形を保「わたしのテストによれば、大丈夫だがね。もしだめならーーーう 脳自身が、存在してむ、またっくればいいさ。それだけだ。科学に敗北はないのだ」 っているのは、脳自身に他ならないからだ いるという知識をもっているからだ。どの脳でも同じだが、この脳彼はメイン・スイッチをつかむと、アランをちらっと見た。 も、今、思考と印象をたくわえているところなのだ。あとで、あの「準備完了です、お父さん。球は両方とも充電されています」 ダンは一瞬ためらい、真空管のターゲット・チェン・ハーにうか 球体はとりはずされる。そして、球の内部に入りこんでいる端子や 接点を通じて、思考エネルギーを吸収するよう特別に設計された機ぶ、物いわぬ、だが生きている脳を見た。それから、スイッチを勢 いよく入れた。 械へ、思考エネルギーを少しずつ解放することができる。それはあ とでご覧にいれよう。さて、始めようか。電位エネルギーをたくわすぐさま、人工の雷がすさまじい、叩きつけるような轟音を発 えるのには、一時間ばかりかかる。その間、みなさんはお飲物でもし、稲妻が巨大な真空管の中で四方八方に散った。真空管は、さま しかがですかな」 ざまな色の光で、眼もくらむばかりの明るいかまどとなった。パチ ダンは横を向いて、アランに合図をした。すぐに発電機がうなり パチという音が一同の耳をつんぼにした。静電気が急に増えて、み 始めた。巨大な二つの球体の内部で、機械が徐々にエネルギーをたんなの髪をチリチリとさか立てた。 くわえ始めた。 そして、騒音を圧して、アランの金切り声が聞こえた。 ほらーーー」 「お父さん。真空管にヒビが入った ! 2 ー 3
るとおり、物質の原子にそういうことが起こりうるのなら、精神原がれ声で叫んだ。「そんなことが起こるはずはありません ! 」 子に同じことが起こるのをとめる術はない。わかるかね ? 」 「不幸にして、起こるのだ」マックスウエルが厳粛に言った。「あ ア . ランは弱々もく椅子に坐りこんだ。心理学者の冷厳な論理と取のエネルギーを思いどおりに制御することはできなかった。エネル り組んだ。 ギーはかってにとびだして、この世界に徐々に浸透していきつつあ 「でも、どうしてそのようなことが起こりうるでしよう ? 父はこる。あの脳の中には、無数の精神原子のエネルギーが存在してい の件については詳しく検討しーーー」 た。何億年という時間をかけた精神の進化が、一瞬にして、原初の 「お父さんが間違ったと言っているのではないのだ。だが、・ とんな形に戻されたにちがいない。そのエネルギーが、万物の精神力を破 天才にも思い違いはある。思考といった複雑な物では特にそうだ。壊するだろう。そして、ついには いや、そしてどうなるかは、 原子のエネルギーを解放することと、それをもとに戻すこととの違誰にもわからない。一番低い知性の植物から順に消えていきつつあ , いは、まったく紙一重なのだ。それは現在の科学でもよくわかってるのは明らかだ「もう少し知性のあるものは、そのあとだ。そうし いる。物質を対消減させることで原初の状態が生まれるのだが、こて「エネルギーは均一の状態をつくりあげ、すべてを原初の形に変 えていくのだ。その原初の形とは、文字どおり、なにもないーー虚 、れまでは幸運がわれわれを救けていてくれたのだ。ところが、その 無の存在とでも言うのだろうかーーー最初の一個の原子が爆発し、精 幸運の女神も、君のお父さんの実験には微笑んでくれなかったよう だね。、お父さんは、物質と精神は異なった震動数をもっ同じ物体か神と物質が分かれる前に存在したにちがいない状態のことだ」 ら派生もたものである、とおっしやった。それは現在、充分に証明「なんということだ ! 」プランが弱々しく吐息をついた。「それに それに、この出来事が次にはどこで起こるか知ることもできな された。一物質でいる状態も精神でいる状態も、ある点から進化して できたも 0 なのだ。その点とは〈無〉だ。わかるね ? 」 いのだ ! . エネルギーは拡散してしまい、大小をとわず、精神をも つものと衝突することになるだろう。博士、あなたは、植物の消失 「その御意見に反対する術はありません」アランが言った。 マックスウ = ルはちょっと考えて、「うむ、わたしはこの仮説をが最初の兆候だとお考えなのですか ? 」 マックスウエルはじっと考えこんだ。「他にどう考えられるね ? を つくりだした。。わたしの唯一の望みは、これが間違っていればい ということだ ! もし君のお父さんが原初の思考エネルギー 他には説明がっかないのだ。われわれがやらねばならないのは、お ーーーをつ ーこの宇宙が生まれる前にすでに存在していたエネルギー 父さんのノートを調べ、すべての事件における情況を調査し、この くりだしたのなら、大変な変動がおこり、知性の構造に反対進化が ~ 災厄をのがれる方法がないかどうか検討することだけだ。彼がいて くれたら、きっと災いをくいとめる方法をーーー」 おこるだ・ろう。そして、 , 物質は知性なしでは存在できないのだか ら、物質もまた破壊されることになるー 博士の顔は突然真剣になった。「いいかね、アラン。わたしは喜 アランはまっ青になった。「でも、そんな・ハ力なことが ! ーしわんで「との問題解決 - のために全力を傾けよう。ロス・アンジェルス 幻 6