、、たが、調べに来た警察も、この事件が、産えかねて泣く赤ちゃんの姿が映った。フラ この演技で今年のトリエステ映画祭の れたての赤ちゃんの仕業などとは、とてもンクは赤ちゃんに銃口を向けた。しかしどシル・ハーア・ステロイド ( 最優秀演技者賞 ) ) 信じられるはすがなか 0 た。 うしても引金を引くことはできない。 を授賞した。 ( なお、トリエステの詳報は次 2 この世のものとも思えぬわが子の哀れな回にでも報告しよう ) 他の出演者は、レノ だが、その日から、鋭い牙で食いちぎら ールに、『かわいい女』や、『華麗なる週末』 、れ、獣の爪のようなもので身体を引き裂か姿に、どうしようもない大粒の涙があふれ ( れるという惨殺事件が連続するにおよんた。フランクは、上着を脱ぐと赤ちゃんにのシャロン・ファレル、他にアシドリ = ー・ ダカン、ガイ・ストックウエルといった芸 ( で、ついに警察でも、この《悪魔の赤ちゃん》かけ、そ 0 と抱き上げた。 しかし、出口には完全武装の警官隊が待達者がそろっている。 、捜索のため、非常線を張ることになった。 しかし、《悪魔の赤ちゃん》は、非常線ちうけていた。無惨に撃ち殺される赤ちや監督は、脚本家出身で、の『刑事コ コ んを、フランクは、どうしようもない憤り口ンポ』なども手がけているラリー を巧みに突破し、両親の家に向ったことが エンで、彼の第 1 回監督作品、もちろん脚 明らかになった。フランクはクリスを知人を感じながら見つめているだけだった。 夜が白みかけて、すべては終ったかのよ本と、製作も兼ねている。テクニカラー 2 の家にあずけると、赤ちゃんの出現を待っ うに思えた。だが : ハナビジョン、上映時間 1 時間靆分。 、た。その夜、レノールの様子を不審に思った へフランクは、レノールを問い詰めた。果して ところで、『ローズマリーの赤ちゃんの 出演は、フランクに舞台、出身で、こ ( 赤ちゃんは、すでに家に帰っていたのだ。 の映画が初主演のジョン・ライアン。彼は息子』あるいは、『赤ちゃんよ永遠にの復 フランクは銃を取ると地下室へ向った。 ちょうどその時、両親に会いたい一心 のクリスが、地下室から家へ入ろうとし ”ていた。クリスは、赤ちゃんを見つけた。 ) 赤ちゃんも、クリスにだけは襲いかかろん 、うとしなかった。しかし、クリスの身に危ち ( 、レ 赤 、険を感じたフランクは、赤ちゃんを撃っ の ~ た。弾丸は赤ちゃんの肩をかすり、赤ち魔、 ( ゃんは絶叫を残して、闇の中に消えた。 画 今や、フランクは、赤ちゃんはどうし 映 ジロ ても自分の手で抹殺しなければならな一 のヤ ”い、という使命感に引きずられていた。一 イを物第′・・ ,. 主と 3 ) 血痕をたどり、警官隊と共に下水道に入ワ 2 ったフランクの目に、やがて、激痛に耐
父ちゃんの運転する汽車が通過するけれど、その際、橋の下で待っ去を知っているかもしれないという奇抜な考えが、親しみを覚えさ ていればお菓子を子供たちの為に投げてくれるんですって。あたしせるのだろう。 も皆といっしょに待ったわ。そのうち汽笛がきこえ列車が姿をあら「できましたよ、ごらんになりますか」 鉛筆を動かすのをやめて、男はいった。 わし何か放りなげてアッというまに通過していった。ほんの短いド だったのでタンちゃんのお父さんがどんな顔をしていたのか、手を夏子は笑みを浮かべてのそきこんだ。激しい驚きが再度彼女の胸 振っていたのか、見ることはできなかった。お菓子も結局なにをもをうった。 スケッチブックにかかれた鉛筆画ーーーそれはチャン・ハラごっこを らって食べたのか覚えていない。ただあたしが感じたのは、タンち ゃんのためにだけそのお父さんはサ 1 ビスしたんだな、ということしている子供たちの情景だった。日光線が東北本線と分岐するデル だけだったわ、あたしはタンちゃんの父さんが憎いと思った。機関タ地帯にはすすきの穂や名も知れぬ雑草が一面に生い繁っていた。 車がコンクリートの壁にでも衝突して、死んでしまえばいいとその正面にあるのは鉄橋である。賽の河原のように三つ四つと重なった 時願ったわ。あたしの父が死んで半年とたっていなかったんですも石くれに片足をかけて凄んでいるのは誰であろうか ? 右手に棒き れを持ち、左手には旗ざおがわりに切りとってきた木の枝を握って の」 男はあいづちを打つでもなく鉛筆をサラサラと走らせている。寄いる。枝のてつべんには、の記章のついた野球帽がかかってい 妙なことに夏子はこの男といるとなんだか気持がほぐれてきて、今る。少年のにらむ彼方にも木の枝が地面につき立っていた。これに まで誰に話すこともなかろうと思っていた幼い日のことがべラベラはハンケチのようなものが結びつけられ、ささえているのも、これ と口をついで出てしまうのだ。この年齢不詳の男にどんな魅力があも男の子。 るのか夏子にはわからない。 「タンちゃんだわ」 夏子はあらためて男の顔に見いった。昨日乞食そっくりだった男と夏子は思わず叫んだ。もうひとりの旗持ちは確か鍛冶屋のマサ は、今や見違えるように血色がよくなっている。耳の下から頤にか ヒロであるとその時になって思い出した。 けては髭剃りあとが青々としており、つややかな黒眼の部分に線路旗手たちに襲いかかる棒きれを持った子供たちーーター坊がい る、ミツルくんがいる、ヤッちゃんがいる、優子ちゃんがいる、塚 をうっしていた。ジーンパンツにズックの短靴、白い開襟シャツ、 その上に化繊の紺のジャンパーをひっかけている。袖は肘のへんま田兄弟がいる、正雄さんがいる、今井くんがいる、テッがいる、マ リツ。へがいる、そしてーー片すみでカなく刀をダラリとたらしてい でまくり上げていたが、この男、汗をかかないのだろうか。肩幅は 意外に広く、腹部はひきしまってみえた。夏子よりひとっふたっ年るおさげの少女は、夏子自身であった。 上といったところだ。 記憶を持たす、いずこへともなく旅をして歩くこの男が夏子の過 6
ト七回目の航海』や、『アルゴ探検隊の大公開がアメリカで始まっている。今年の始 冒険』、またロ ・ハート・ワイズ監督の『地めに、この映画の製作会社であるが、 球が静止する日』、ヴェルヌ原作の『地底配給業務から撤退しているので、今回のリ 探検』、レイ・プラッドベリ原作・フラン ハイ・ハルは、作品のアメリカ興行権 ソワーズ ・トリフォー監督の『華氏 4 5 をもっているユナイトが行っているが、七 1 度』などの作曲をした人だ。 リウッドのパシフィック 月第三週に、ハ このハ ーマンは、最近特に人気が高くな シネラマ・ドームで始まったテスト興行 ってきており、アメリカやイギリスで続々では、昨年末に公開された「スティング」 とアンソロジーが発売されたり、『シに次ぐ、 ( ウス・レコードを記録、幸先の ン・ハット』のサウンド・トラックが再良いスタートとなった。・もちろんリ・ハイハ プレスされたりしている。 ル作品としては最高新記録だ。 このパシフィック・シネラマ・ドーム なお、『悪魔の赤ちゃん』のスチールでは、年の封切り公開のときも先陣をうけ は、かんじんの《悪魔の赤ちゃん》が報道たまわった映画館で、このときは封切りで 管制にあっていて、紹介することができな四週間 ( 1 年 6 カ月 ) の大口ングランを記 い。これは、『エクソシスト』のときにリ録した。ハ リウッドのサンセット大通りに ング・・フレアに悪魔が乗り移ってからの写面し、月面基地を思わせる真白なドーム 真が発表されなかったのと同じで、話題をに、シネラマカラーの赤いじゅうたんがよ 盛り上げるための常套手段だが、おかげでく似合う素敵な映画館だが、今度の上映で 恐怖映画なのに、恐しいシーンが一枚もなも、九一五席のこの映画館を連日満席に ついに警官隊は″赤ちゃん″を射殺する くなってしまった。まあ、この号がでる頃し、毎週 5 万ドル以上の興行収益を上げて 讐』とでも呼べそうな、この映画『悪魔のには、すでに劇場で公開されているわけだ いる。このテスト上映は次回作との関係も し、《悪魔の赤ちゃん》の恐しい姿は、劇あって、 5 週間で一応打ち切られた模様だ 赤ちゃん』の、もう一つの話題は音楽だ。 場の方でゆっくりとご覧になって下さい。 この映画の音楽を作曲した・ハーナード・ が、この大ヒットに気を良くしたユナイト ーマンは、ヒッチコックの『北北西に針 では、ただちに今秋に全米に向けてリ・ハイ 路を取れ』や、『サイコ』「『鳥』の作曲者『 2 0 01 年・宇宙の旅』といえば、これ ・ハル公開を決定、準備に入った。 で、ヒッチコックの良き理解者である、と はもう、映画にとって永遠のベスト・ とはいえ、このリ・ハイ・ハル、あくまでも いうよりは、やはり映画ファンにとっ ワン作品みたいになってしまっているが、 アメリカ国内だけのことで、わが国では ては、レイ・ハリーハウゼンの『シン・ハッ この名作のれ年に次ぐ 2 度目のリ・ハイ。 ( ル作品のアメリカ大陸を除く全世界興行 ワーナー映画「悪魔の赤ちゃん」 4
き、ウエンズディは目立っということもなかったが、眉をひそめる人びとが彼にむける視線と、その目のそらせ方である。背後で看護 2 9- ようなこともしなかった。じっさい、人びとに好かれるほうで、ど婦の声が聞こえた。「あれが父親にちがいないわ」唇をしつかりと むすび、それがかわくのを感じた。 んなばあいでも夫に忠実だったから、文句のつけようもなかった。 妻に会うためにみちびかれた。ウエンズディは横向きに寝てお 昼間は会社で無味乾燥な書類仕事や人事案件にとりくんで、以前 よりもっと有能さを発揮して処理し、夜と週末とはこの地上でもつり、足を膝のほうにちちめていた。息づかいはあらかったが、意識 とも変わった女性と信じられる妻といっしょにすごした。彼は満足はないようだった。その格好を見ていると、何か不安になった。け れどその原因が何であるのかはわからなかった。 の極にあった。 「ふつうのお産ですむのだと思っていました」と彼は言った。「麻 予定日の直前になって、ローリングス博士を一度だけ訪問したい とウエンズディは言った。ていねいなことばで、しかしきつばりと酔をつかうことにはならないだろうと、妻は言っていたのですが」 「麻酔はつかいませんでした」医者が言った。「お子さんに会いに フェイビアンはその願いを拒否した。 / リックさん」 行きましよう、・、 「祝電や結婚祝をくれなかったことを気にしているわけではない マスクをかけさせられ、小さなべッドがならんで新生児の寝てい よ、ウエンズディ。本当にそんなことにはこだわってはいないん だ。それほど執念深くはない。だが、きみはいまとても良い精神状る、ガラス仕切りの病室につれていかれた。彼はしぶしぶ足を引き 態にある。ばかげた恐怖だってのりこえた。ローリングトン博士がずって歩き、頭のなかで、たえがたい悲劇の歌がゆっくりと形成さ れ叫ぶのを聞いた。 それをよみがえらせやしないかと、心配なんだ」 ひとつだけはなれて部屋のすみにおかれたペッドから、看護婦が 彼女は、不平も言わず口論もせずに夫の言うことをまもった。じ つによくできた妻たった。フェイビアンは赤ちゃんの生まれるのをこどもをとりあげた。足をつまずかせながら近より、赤ちゃんの体 に異常はないようだと見てとると、救われたという気持ちがうねっ 切望した。 ある日仕事中、病院からの呼び出しの電話をうけた。産科医にでて気が遠くなりそうだった。外見上、欠陥もなければみにくいこと かけたときにちょうど陣痛があり、すぐに女の赤ちゃんを生みおともなかった。ウエンズディの娘が怪物であるはずがない。 けれど子どもは彼のほうに手をのばした。 したのだった。母子ともに健全。 「ああ、フェイビアン、あなた」まだ歯もはえていない口から、ま この日のためにとっておいた葉巻の箱を、フェイビアンは破っ た。会社中にそれをまわし、スローター氏、スターク氏、両スリンわらぬ舌で、おそろしいほどに聞きお・ほえのある声が言った。「あ グズビイ氏にまでいたるあらゆる人々の祝福をうけた。そして会社あフェイビアン、あなた、いちばん信じられない、思いもよらない ことがおこってしまったのよ」 をぬけ、病院へむかった。 病院につくとすぐ、何かまずいことがおこったのに気がついた。
「姉さん、あたしはこんな馬鹿馬鹿しい話を信じるほどお人好しで るなんて、どうかしてるわ、それとも」 冬子は姉にむけて人さし指を突き出し、ニタニタと笑った。爪ははないな。でも、さっき出ていった男、年のわりにハンサムだし良 い身体している。せいぜいお楽しみなさいな」 真っ赤にマニキュアされている。 「いいかげんにして ! 」 「なによ、その手つき」 ついに夏子は怒りを爆発させた。 「それとも男をくわえこんだのをあたしにみつかって、屁理屈をつ 、でも決してあたしたちのことを嫌ら 「信じないならそれでもいい けたんでしよ」 「からかわないで、錯覚なもんですか、この不動前の家の絵を見てしい眼で見ないで。あの人はたんなる絵をかくお客さま、旅の人な よ、「新田」の表札まであるでしよ。このつくしんばとりの絵を見んだから」 「へえ、旅の一夜に女を抱く、か」 てごらん、おばあちゃんもいれば、お父さんもいる、肩で眠ってい るのは冬子、あんたなのよ。ジャヌダーク遊びの絵をごらん、ほう「冬ちゃん」 「いいからいいから、まあそう熱くならないで。あたし、ちょっと 栄ちゃんもミツルくんもター坊も、ヤッちゃんも優子ちゃんもマリ ッペもみんないるじゃない、正弘もタンちゃんも : : : 」 たん・ほの方を歩いてくるわね」 「あたしはチャン・ハラごっこなどしませんでしたからね。家の油絵冬子が白い。ハンタロンのすそをひるがえして去ったあと、夏子は だってべタベタで何だかちっともわかりやしない。表札なんてどこ過熱した頭脳を回転させた。冬子は絵のどれ一枚に対しても、夏子 にあるんだか。つくし採りのデッサンだってよくあるやつで、とりが信じたような可能性を認めようとはしなかった。私は頭がおかし たてていうほどあたしたちの家族に似てなんかいやしないわ。父さくなったのだろうか、と夏子は思った。あまりにも昔をなっかしむ んの顔なんかひどいものね、こんなカトンポみたいに瘠せてなんかあまりこのような妄想を招いてしまったのだろうか。 妄想、というには男の絵は夏子にとってあまりにもリアルなもの いなかった」 ばかりだった。冬子が見えないといった「新田」の表札も、やはり 夏子はドキリとした。 「あなたには、冬ちゃん、この父さんの顔がはっきり見えるの ? 」夏子には見えるのだ。妄想かどうかの結論を出すためには、方法は ひとっしかないことに、思い至った。 「男の顔だってことはわかるわ、でも父さんになんか似てないわ、 それは、まぎれもない父の姿を、夏子にもはっきりとわかるよう どうして ? 」 かいてもらうことだ。その父の姿が夏子の抱くイメージと重なるな 「いいの」 あわてて打ち消したものの夏子の胸はおだやかでなかった。お・ほら、他の絵もすべて真実とみなすことができよう。 ろにかすんで自分には見ることのできない″父″の顔が冬子には見なんとしても″旅人さん″にがんばってもらわねばならない。 そんなことを考えながら夏子は日暮れ近い田園風景を見おろして えるというのだ。その理由がわからずに夏子は、あせった。
く最新刊〉 殺人教習所 ローラン・シンガー / 池光訳第 300 ケネディ暗殺の目撃者が次々と殺されていった。事件を究明 する男の前に意外な組織の全貌が ! 〔パラマウント映画化〕 黒馬物語 アンナ・シュウ工ル / 渡辺美里訳第 280 プラック・ビューティがめぐり会う様々な人間と馬との心暖 まるエピソードを描く不朽の名作 ! 〔 N H K テレビ放映中〕 既刊 7 7 点 一ん や 》ち ローズマリーの赤ちゃん レウ、イン 300 フレンス キ、ノレノヾーー ト 2 2 0 ふた り ポイド 2 ー 0 に月のい涙 ジャイノレズ 24 0 華麗なるギャッビー フィッツジェラノレド / 2 3 0 小さな恋のメロティ ノヾーカー 2 4 0 アイラ・レヴィン 高橋 第 2 0 0 真夜中の房ウボー 第 2 8 0 サ・セプン / ・アップス ポスナー 32 0 ネス 2 8 0 駅馬車 ヘイコックス他第 2 00 スティング ウィーノヾーカ第 2 6 0 A ・クリスティー H ・イネス ト 4 く 10 月刊 > 暗い抱擁 失われた火山島
それがあることなど、元は考えてもいなかった。古紙幣は、自分のた。中高な顔に、目が小さく眉も薄い。しゃべる時も、ほとんどく ところで守り切れればそれでよいと思 0 ていたし、事実、それは成ちびるを動かさない。それがこの青年をひどく陰気臭く見せるが、 功した。だが、それをどうしても手に入れたい、もどしたいと考え性格がそうなのかどうかはわからない。 てだて 山崎は、またたきの少ない小さな目を、元の顔に据えた。 ている連中にとっては、手段は無数にあるし、とってはならないと 「こちらへも電話がありました。あなたへも同じ内容の電話をかけ いう方法があるわけもなかった。 ると言っていました」 「電話をかけてきたのは男か ? 女か ? 」 「男よ。それも若くはないわ。言葉づかいもていねいだったし、落「笙子ちゃんは、おれが責任をもって必ずとりかえす」 着いていたわ。いかなる性質のものであっても、第三者の介入は絶「なにか手伝うことは ? 」 「今はない。なに、あの偽造古紙幣と引きかえに、笙子ちゃんを引 対に認めない。だって。なんだか自信たつぶり」 ちくしようー かれ、またはかれらは、笙子と元たちの関係まで取るだけだ」 山崎は元の顔から視線をそらし、両手の指を軽く組んでデスクの 調べ上げ、要求に必す応ずるだろうという確信をもって挑んできた のだ。笙子がほんとうに捕えられているのか、どうか、たしかめる上に置いた。 「笙子ちゃんは、ゆうべこれから三宅氏と会うと言っていたけれど 必要などもはやなかった。 元は頭をかかえた。偽古紙幣は少しも惜しくはなかったが、このも、それからどこへ回ったのか、知らないか ? 」 山崎は壁に顔を向けたまま首をふった。 ような方法で奪い返されたことにがまんがならなかった。 それに、もし笙子の身にもしものことがあったら、紙幣を奪い返「三宅氏は昨夜、午後十時四十分の羽田発のエア・スカンディア で、ヨーロツ。ハへ視察旅行に行くということでした」 されるどころの話ではない。 「ヨ 1 ロッパへ ? 」 元は傷ついた海象のように吠えた。 「社長に同行をすすめていたようですが。社長は、行けたらあとか ら行く、というようなご返事をしていらっしゃいました」 そんな話があったのか ! 元は胸の底に、ずっしりと重いものが 山崎は、青龍堂画廊の奥の事務室で、一人デスクに向っていた。 元もかもめも、この男が眠っているのはもちろん、食事をしたり湯沈みこんでくるのを感じた。 茶を飲んでいるのも見たことがない。そのデスクから離れていると「すると、笙子ちゃんがゆうかいされたのは午後十時四十分以降と いうことになるな」 ころさえ、目にしたことがないのだ。 「社長は、三宅氏をお見送りするため、羽田においでになったはず 「きみ ! えらいことになった」 息をはずませる元に、山崎はいつもと少しも変らない顔を向けです」 セイウチ 227
くそっー 「しかし、会社の誰かが見送りに空港へ来るだろうが ? 」 元はどさりとソフアに尻を埋めた。 「三宅氏の海外旅行は頻繁なので、特に会社からの見送りというよ 2 2 「そのあとだ。空港でやられたのだろうか ? 空港からここまでうなことはないようです」 は、高速道路だから、その途中で、ということは先ずないだろう」 「山崎くん。笙子ちゃんのゆうかいと、そのことが何か関係がある 元は吸いつけたばかりのたばこを、つぎつぎと灰皿におしつぶしと思うか ? 」 こ 0 「わかりません」 「三宅なんかとっき会うからだ ! 」 「山崎くん。三宅の会社から、笙子ちゃんについて何か問い合わせ 元のくちびるからそれまでおさえつけていたものが、とっぜん、 があっても、知らないと言っておいてくれ」 ほとばしり出た。 「承知しました」 かもめがケタケタと笑った。笑うと顔が扁たくなり、大きな目が 山崎は何を考えているのか、彫像のように動かない。かもめは屈 弦月のように細くなった。 たくのない顔で、壁に掲けられた絵を見上げていた。 こいつらー 「それが・ : 山崎が何の感情も混えない声でつづけた。 元はやり場のない怒りを、太い首すじにみなぎらせて、荒い息を 「三宅氏は午後十時四十分のエア・スカンディアには乗りませんで吐いていた。 した。他の航空会社、また、他の時間のいずれの便にも乗っていま せん」 「なんだって ? 」 午前七時。あかるい朝の光が、日比谷公園の深い木立にまぶしか その意味するところが理解されたまでに何秒かを必要とした。 った。木々はもうすっかり黄色く色づき、もずの声がけたたましく 流れてくる。犬を連れて散歩をする老人や、マラソンをする若者な 「すると : ・ ・ : 笙子ちゃんと三宅がどこかに どが、木々の間をぬって見えかくれする。 「しけこんでいるとも考えられるわね」 かもめが悪魔的な言い方をして、小さな三角の舌の先をのぞかせ 公会堂の高い石段を上りきった、深いひさしの下の正面玄関はま だ固く閉されていた。 た。元はもう何も言わなかった。 二人は無言で待った。 「どうして乗らなかったのだろう ? その理由は会社ではわかって いるのではないかな ? 」 午前七時を五分ほど過ぎたとき、石段の下に一個の人影が湧い 「会社には連絡をしていないようです。おそらく、会社では出発した。ふりあおいだ顔が、逆光で人相を見定め難い、体つきのがっし たものと思っているでしよう」 りした男だった。ゆっくりと石段を上ってくる。元は、男の頭上か
るのとは本質的にちがう。この世に存在しなかった『清朝の古紙笙子はかかえていたハンド・ハッグを置くと、和服のひざを軽く組 幣』は模写ですらないのだ。 み、それがいつものくせの、両手をそでロに入れて胸を抱いた。 とうわさされる、この銀座の それに、今ひとつ、元はどうしても知りたいことがあった。それ同じ和服を二度と着たことがない、 画廊の女主人は、今日は銀ねずの無地のお召に、鉄錆色の染皮の帯 は、なぜ自分の札入れにそれを入れたのか ? ということだった。 確実なことは、わずか四枚の千円札が欲しいために、おこなった作を無雑作に締めていた。後に丸く束ねただけの髪に、かんざし代り 業ではないということだった。元は、そこに何か、大きな理由があに一本差し通した白珊瑚の箸が憎い。 るにちがいないと思っこ。 元はふがいなく萎縮してゆく自分を感じた。 だが、もうだめだ。 「それがどうも、納得ゆかないことが多くて : : : 」 元は、はなはだ不機嫌だった。そんな時の元には、かもめも口を「清朝の偽造古紙幣なんですってね。めずらしいじゃない。ちょっ と見せてもらおうと思って」 きかないことにしている。二人は黙々と店へもどった。 それともそっちの方ま 「へえ ! 個人としての趣味の問題かい ? で手がけようってのかい ? 」 「そのどちらでもないわね」 その翌日の夕方だった。 どちらでもないと言いながら、笙子は異常な熱心さでその紙幣を 店の前に一台の車が止った。ドアが閉るにぶい音が聞え、軽やか な足音が店へ入ってきた。携帯テレビの小さな画面に吸いつけられ調べた。 「元さん。これ、一枚、私にちょうだいな」 ていた元は、その気配に顔を上げた。 「いいとも。徳さんが、ほら、新宿の彫美堂の徳さんだよ。かれが 「あ、笙子ちゃん ! 」 ほの暗い店の中の、すすけた仏像や破れ屏風の間に立って、笙子ね、この紙幣をくれと言っているんだよ。でも、全部やると言った わけではないから、笙子ちゃん、欲しいだけ持っていっていいよ」 は燦然と輝いて見えた。 元はいそいでテレビのスイッチを切ると、自分の敷いていた座ぶ笙子がふと、形のよい眉をひそめた。 とんを裏返して、笙子にそこへかけるように言った。自分は、何年「徳さんがどうしてこれを ? 」 か前まではそれでも商品のひとつだった古い籐椅子のほこりを払「偽造紙幣のコレションをやっているというんだが、なあに、そう じゃないよ。どこかへ流そうというわけさ」 、帳場の前へ引きずってきてそれに腰をおろした。 「そう」 「どろ・ほうに入られたんですって ? 」 笙子はごく短い間、なにか考えていた。 「あれ ? どうして知っているの ? 」 「その島本という人について、もう少し知りたいわねえ」 「今朝、かもめちゃんから電話がかかってきたのよ」 223
の長さをお・ほろげながら握むことができた。この実感を未来に振り「それはご親切に、今度は何を描いてらっしやるの」 「ほんのデッサン風のものですがね、できてのお楽しみというとこ むけるなら六十歳の老婆になるのはまたたくまである。かっては、 幼児期、少女の頃、青春、そして大人の世界、と区切って考えたころです」 ともあった。そのすべてが切れ目なく続いていることを悟ったのは夏子は男の傍に腰をおろした。ここは日蔭になっていて、風が草 最近のことである。続いているというより単一の幼児期の記憶、たの香りをのせて心地よく吹き抜けてゆく。 くましい父の腕に抱かれた記億そのものが、夏子を今日まで支配し「この鉄の橋桁がアーチでなくて眼鏡のレンズのかたちをしている でしよ。だからこの橋を子供たちは″めがね橋″って呼んでいるん てきたといっても過言ではない。 です。あたしは十くらいまであの家に住んでたかしらね。近所の仲 夏子は過去に生きているのであった。 どれほどの時間がたったのか、ふと気がつくと男が線路の方から間とよくこの橋で遊んだわ、石蹴りをしたり″チ、ウセン踏み。を まだ戻ってきていない。出勤の人たちの姿は無く、太陽は高く昇つやったり。チ = ウセン踏みって遊び知ってるかしら ? 」 ていた。男が行ってしまったという思いがうかぶと、夏子は急に不「いえ」 安にかられた。とりかえしのつかない何かを失うような恐怖に襲わ男は黙々と鉛筆を動かし続けた。 「橋の上にチョークで横線を引いてね、これを中線っていうんだけ れたのだ。ブオーンという列車の警笛がきこえてくる。 歹車が猛烈な勢いれど、子供たちは両側に二軍に別れてにらみあうの。両方ともスタ あわてて畔からのそいた。線路に人影はない。」 ートラインは決っているのよ、ヨーイドンで各自タイミングをみて で突進してきて、走り去る。轟音の中で夏子は一瞬立ちすくんだ。 いったん駆けて出たら中線を踏むま 子供たちが今でも遊びに降りるためだろうか、土手の一部が線路真ん中の線まで駆けてゆくの。 際まではげちょろけになっていて、夏草の間から赤土が乾いた素肌では陣地へ戻ってはいけない。そいつをつかまえようとして敵方の をのそかせていた。有刺鉄線の柵がつくられていたが無きにひとし一人も駆けて出てくる、するとまた、それをつかまえようと、こち いほどたるみきっている。夏子はスラックスをはいていたので、中らから出ていって : : : つかまったり、つかまえられたり、結局は子 腰になって土手を降りようとした。脚からすべり降りてゆく。半分供たちの一人一人が勝手に自分のア・ ( ンチ = ールを面白がっていた ほどおりると、エヘンという咳払いが頭の上でした。橋桁にあたるのね、情景としては利根の河原の大喧嘩みたいな気もするしね : ・ 九歳の時に父が死んで、あたしは妹の冬子と二人だけでおばあちゃ 部分に男がしやがみこんで、なにやらスケッチしている。 んの手に残された。その頃、タンちゃんのお父さんがとてもひどい 「こんなところにいたの」 ことをしたの。 夏子は照れかくしに鬢のほっれをかきあげていった。 「タンちゃんのお父さんは国鉄の機関士だった。ある日夕ンちゃん 「あなたがあまり懐かしそうな顔をしているので、ひとりにしとい がみんなを集めて″めがね橋″へ来ないかっていうのよ、これから てあげた方がいいと思いましてね」