見つめ - みる会図書館


検索対象: SFマガジン 1974年12月号
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1. SFマガジン 1974年12月号

チックタックの名前は子猫のときの鳴き声からつけられたものだ を示したことだ。ハレット叔母さんがあのインタビュウに金を出し ート・ニケイでの最初の夜に ee ったーーー高音から低音へと規則的に振動する音で、古い柱時計のよ 2 たとも考えられる。そのあと、ポ が示した心配そうな態度と、別荘の庭でテルジー自身がおぼえたえうに、おしつけがましくなく、気持のいい声を連続させるのだ。テ ルジーはいま気づいたのだが、ジョンタロウに到着してからその声 たいの知れない心配と妄想だ。 : ハレを聞くのはこれが初めてだった。その声は十秒ぐらいつづいてから 最後のはどうも説明がつけにくい。でもチックタックと : ット叔母さんは : : : ジョンタロウについて彼女の知らないことを何とまった。チックタックは彼女を見つづけている。 か知っているのかもしれない。 それは、はっきりと同意している表情のように思えた : 彼女の心は、何かチックタックがやらせたがっていることがある夢のような感覚はふえてゆき、テルジーの心に霞をかけていっ のかどうかをつきとめようと半ば真剣になっておこなった結果にもた。もしこの心に話しかけてくることが何でもないのなら、記号と どった。開いているドア ? 一歩でもふみこめば、だれかが彼女をか象徴といったものが何の役に立っというのだ ? こんどは驚かな いことにしよう。そして、これに何かの意味があるのなら : つかまえようと待ちかまえている暗黒 ? それに意味があるとも思 えない。それとも、あるのだろうか ? 彼女は目をつぶった。 じゃあ、おまえ魔法を試してみたいというのね、とテルジーは自 分を叱りつけた。ままごとでもする気なの ? に助けてもらっ て問題を解くつもりなら、法律を勉強している甲斐があるっていう まぶたの外に感じられていた陽光が、すぐに消えていった。テル でも、なぜまたこのことを考えているのかしら ? ジーは壁のドアが動いているところを見た。そして同時に、もうそ ふしぎな静けさが庭にひろがり、彼女は身ぶるいした。テラスのこを通りすぎていることを知った。 そばから、の緑色をした目が彼女を見つめている。 彼女のいるところは暗い部屋ではなく、形もなく限界もない明る テルジーは陽光に照らされたまま、ゆっくりと夢の中へ落ちこん いところのそばだった。まわりに、海か空のような感じがひろがっ でゆく感しを味わった。法律の勉強とはまるで違う何かにむかってている。しかしそこは静かな場所ではなかった。目に見えないもの がとりまき、彼女を見つめ、待っているという感しがしていた。 「あのドアに入るべきなの ? 」 心の中にしか これはあの暗い部屋が形を変えたものだろうか と、彼女はささやきかけた。 けられた罠なのか ? テルジーの注意は急激に方向を変えた。彼女 赤銅色の猫そっくりの形をしたは、のんびりと頭をあげて、 はまた芝生の上に坐っていた。閉じたまぶたのむこうで陽光は静か あまえるような声をあげはじめた。 に、桃色がかったカーテンをとおして輝いていた。用心しながら彼 かね

2. SFマガジン 1974年12月号

「言えるじゃないか ! ええそ、ええそ ! 。書役。従兵を呼べ。今もう一度、注ごうとしたが、急にやめてかもめの手から盃をとり 日はもうこれまでにしよう。あとは明日だ。おかめ。わしといっし かえした。気がついたら惜しぐなったのだろう。たくあんを噛みだ 2 2 ょに来い ! 」 した。ひとロ、噛っては、じっと見つめながら顎を動かす。またひ とロ噛ってはたんねんに顎を動かす。本来ならいい音が出るところ 9 なのだが、ものがものだからそうよ、 「おまえ、なかなか可愛い顔をしとるのう」 特務曹長、室井弥七衛門は大酒呑みだった。もう一升五合を軽く たくあんに向って言ったのかと思ったらそうではなかった。 あけ、なお酒盃をしきりにロに運びつづけている。肴といえば、白 たくあんを見つめていた目が、かもめに向けられていた。 い粉を吹いたねじれた古大根を手づかみで齧るだけだ。もっとも、 かもめの連れて来られたかれの官舎は、部屋数こそ三間あったが、 「おお、そうか。知っとるか。よしよし」 家具とよべるような物は何ひとつない。ある物は壁にかかっている室井弥七衛門は無邪気な顔をして、手にした盃で、部屋の一方の 例の金縁の額と、それにかれの軍帽とサーベルだけ。あとはかれのふすまを指した。 前の、紫檀とは名ばかりの傷だらけの座卓だけだった。どうやら、 「おかめ。あの中に長襦袢が入っておる。美しいそ。着ろ」 かれは官舎へ帰ってからの着がえもないらしい。黒いつめえりの軍「あたしがですか ? 」 じゅばん 服のボタンをはずし、その下に着こんでいる軍隊用語でいう襦袢の 「きまっておる。わしはたくあんに向って言っておるのではない」 えり元の貝ボタンをはずしただけの姿で、呑みはじめたのだ。 あら、この人、他人の心が読めるのかしら。 特務曹長程度の給料で、毎日一升酒をくらっていたら、家具どこ かもめはそっと首をすくめた。 ろの話ではあるまい。 ふすまを開くと、押入れだった。男臭さとかび臭さが、むっと迫 「どうじゃ。呑め ! 」 ってきた。乱雑にほうりこまれたせんべいぶとんの上に、これだけ 特務曹長、室井弥七衛門は時々、思い出したように、大きな酒盃は室井弥七衛門にまことにふさわしくない絹物の長襦袢がのってい をかもめにさしつけた。かもめは注がれた酒を、ぐびぐびと腹に流た。 しこんだ。 いやだ ! このおっさん。女物の長襦袢なんか抱いて寝てるのか しら ? 「うむ。見事じゃ」 また注ぐ。 かもめの背中を、虫のようなものがちりちりと這い上った。 ふたたび、息をもっかずに干す。 「あるだろう。それを着ろ ! 」 「ううむ。まことにりつばな呑みっぷりじゃ」 いやもおうもない。かもめは手にとった。かび臭い匂いととも

3. SFマガジン 1974年12月号

一人は手おくれさ。赤子はまた来週くるようにいっておいたけど」 やそうふんでいたよ。ところで、あんたはいくつになるの、ジャッ 彼女の声は弱々しく消えた。 ク ? 」 「明日は出足がにぶるよ」ポーターは予言した。「カナダからの死「いくつに見える ? 」 ューンに足どめされる。 の灰嵐が吹き下すので、殆どの連中がコミ 「三十そこそこね。一九四六年の生まれで、今は二〇一七年だか もっとも、そのあとにはーーー」彼は言葉を切ると、ジャックをふしら、七一歳のわけね。ところがこうして話しているあんたは、その ぎそうに見つめた。「あんたは身体が悪いのかい ? 今日はだれも三分の一の年令にしか見えない。あんたの実体はどこにあるの ? 」 がぶつぶつ文句いっているけど」 「一九七六年に戻ってみれば、見られるよ」 「おれはバターフォードから帰ってきたばかりなんだ」ジャックは「何をしているの ? 」 憂鬱そうに答えた。「またあとで、もういちど押してみるんだ」 ジャックはそれには答えなかった。二〇一七年には、・彼の実体が セルマは身体をふるわせた。ポーターは不快そうに眼をそらしどうなっているかは、過去に戻ってみると、非常によくわかった。 た。シェルターの地下室で骨になっている男と、会話したことなど七一歳の老人は軍事センター内の病院に横たわって、悪化の一 - 途を 聞くのもいやだった。迷信的な恐怖を感じて、肥った身体がふるえたどる腎炎の治療を受けている。 た。未来を予見するのも超能力のひとつだった。先を読むことは積彼はポーターにすばやい一瞥をくれた。この予知能力者が、未来 極的、進取的才能だった。しかし、過去へ戻ること、すでに死んだ から予見される情報を、勝手にべらべらしゃべろうとしているかど 人間に会うこと、今は灰と瓦礫と化した元の都市へ帰ること、地図うか、さぐりを入れてみた。 : ホーターのもの憂げな顔には何の表情 から抹消された場所へ行くこと、ずっと昔の忘れられた事件に参加も見られない。だからといっていわないとは限らない。彼がそれを すること , ーーそれは既成事実の、病的、ノイローゼ的な改変行為で確める気があるかどうか、スティ 1 ヴンにさぐりを入れさせたい。 ある。過去の残骸の間をうろっきーー文字通り、骨を拾いあげるこ金持になれるか、幸福な結婚ができるか、未来を占ってもらうた とだった。 めに、毎日行列を作っている一般労働者なみに、彼は自分の寿命を 「彼は何といったの ? 」セルマは訊いた。 真剣に知りたがった。彼にはそれを知っておく必要があったーー・そ 「いつもと同じさージャックは答えた。 れは単なる希望ではなかった。 「これで何回目 ? 」 彼は真剣な顔でポーターを見つめた。 ジャックは唇をゆがめた。「十一回目だ。彼もそれを知ってい 「これから半年の間に、おれの身に何がおこるか、教えてくれ」 る。おれが話したからな」 ポーターはあくびをした。 セルマは台所から出て広間へ入って行った。「仕事に戻るよー彼「おれにその間のことをすべてしゃべらせようとするのか ? 、手み 女はドアのところで立ちどまり「十一回か、いつも同じだね。私しじかには話せないよ」 6 5

4. SFマガジン 1974年12月号

しゆす フランス人形が、ビンクのべッドカ・ハーの上の繻子の枕にもたれて 二人は、真ん中にとがりぐいの門のついた、手入れのゆきとどい いた 9 ダイニングルームには薄い磁器の食器や、彫刻のほどこされ 3 た生け垣の前に着いた。そして歩道が、下わくに植木箱をのせ、ふ た銀のナイフやでいつばいの食器だんすがあった。 つくらとした白いカーテンのついた窓のある白い家屋へと導いてい こ 0 トッド。あたし 「どう。どれもこれも素敵じゃなくって ? ああ、 「私はヴァイオラ・アンドリュースというの」と彼女。「ここが私ったら、こんなにはしゃいで来ちゃって ! あなたのことで胸がい の家。どうかお寄りになって行ってくださらない ? 」 彼女は彼に家の中を見せて廻った。居間は、美しい彫刻のほどこ突然彼女は立ち止った。彼女の手は彼の腕を強く握りしめた。 された。重々しい、くるみ材の家具でいつばいで、こんもりとふく「みじめだったわ、トッド」と力をこめて言う。「親許を離れてか らんだクッション付き長いすや、安楽いすがそなえられていた。美らも私はやつばり普通の女の子のように振舞おうと一生懸命だった ・ : お金を払わなか しく装飾されたかさの付いた電気スタンドや、磁器製の人形をのせわ。私は食物を得るためにいつも : : : あのう、 トースタったわ。でもそれ以外のことでは精いつばい普通に振舞ったわ。そ た、小粋な端テーブルもあった。キッチンにはミキサー 、焼肉器、電気フライ。 ( ン、皿洗い機、大型冷蔵庫それに冷凍庫うこうするうちに、それほど昔のことではないけれど、私は二十五 になっていたわ」彼女は刺繍の付いたハンカチで目がしらをおさえ がそなえられていた。 部屋から部屋へと案内しながら彼女は、彼の腕をとっていた。そた。「その時突然私は自分が、生きている限りずっと、一人きりだ の把握には次第に力がこめられ、その声には興奮の響きがこもってろうってことに気がついたの。他の女の子たちは結婚して家庭を持 でも私は 来た。「ああ、どうしていいかわからないくらいよ、トッド。私みって、女の子が必要とするものは全部手に入れたわ。 絶対にそういった物を得られないだろうってことに。まるで自分が たいな人が他にいたなんて ! どう、この椅子、素敵じゃない ? 前からいいのがあったのだけど、これを見つけたので、すぐ送って深くて暗い戸棚のずっと奥にうずくまっていて、出口が見つからな よこさせたの。家具のほとんどがそうよ。デパートには素敵な物が 、そんな気分だったわ。 わ、私はどうしてよいかわからなかったの。私は誰かに私の存在 ほんとに沢山あるんですものねえ。でも、あなたのお話をもっと聞 かせて、トッド。、 お願い。私、あなたのことすべてが知りたくってを気づかせなければと思ったの。誰かが気づいてくれなかったら私 だけどーー」彼女の声は突然高まっ たまらないの。あなたの小さい頃は、どんなたったの ? 私の小さは死ぬ覚悟だった。だけど た。「でも、ある日それができたの ! どうやってだかわからない い頃と同じくらい苦しかった ? 」 「わからない」彼は、彼女にしつかりと腕をとられて、部屋から部のだけれど、でもとにかくできたの ! もう私は盗みを働かなくて もよくなったの。ただひっそりと生きてゆかなくてもよくなった 屋へと引き廻されるにつれて、いよいよぎごちない気分になってい た。彼女の寝室には、金ばくの張られた古風な家具があり、華奢なの。私は人に好いてもらったり、注目させたり、プレゼントさせた

5. SFマガジン 1974年12月号

ばくたちはずーっと 長い問探していた のさそう 長い長い間ね・ なにを探して いたんだい ? ・ きみたち ママの話だと 千年も昔に亡び ちゃったん だろ、つ ど、つして△フごろ 幽霊になって 出て来たのさ 0 幽霊だって ? ・ 0 - みをさ え ? ばくを ? ・ でも レ」、つと : っ 見つけたよ いやだ ばくたちにとって 人間にとって きみをみつける ことは夢 - だった んだ あたしたちと ) ′。 どこへつれて 行こうってんだ 人問の幽霊なんか あっちへいけ

6. SFマガジン 1974年12月号

、、ハ、ハい ' 卩山ら / / 彡 ただいまただいま ミチルです おばあさん 青い鳥を見つけてきたわ 青い鳥よ幸福の 白よ / % 卩卩ⅱ卩 鳥さん どうぞ話しておくれ きみは幸福かい ? ・ 幸福の青い島 なのかい ? だが幸福かどうかは たしかめてみなけれは わからんでの なるほど - 青い - 烏じゃ 0 0 0 そもの くたちに ありをな 5 幸福だって ? とんでも ばくたち人類は 何千年も何万年も 幸福になる ことをねがって 青い鳥を探して きたんだ

7. SFマガジン 1974年12月号

「訊きたいことなんか一つもないわ」 ぶすりと私は応えた。 その時になるまで気がっかなかったのだが、彼女はどうやら酔っ 8 2 しばらくドアが開かなかった。 ているようだった。 タ・ハコに火をつけて、私は待った。 「稲垣のことにも興味はないわけか」 ドアがようやく開いて、弥生が顔を出した。 「アメリカに行ってしまったのよ : : : あなたたちが埋めたて島に潜 私の顔を見るなり、 入する一。日前に、ね」 「びどい顔ー 「始めから分っていたんだな」 弥生は、拳を口に当てて言った。 「分ってたわ」 「ご挨拶だなーーー」 「分っていながら、俺たちをあの島に送りこんだのか」 私は苦笑した。 「そうよ」 私は大きく息を吸って、 「中に入れてもらえるかな」 「なぜだ ? 」 彼女はしばらく躇躊っていたが、 「どうそ」 自分でもふしぎなくらい、平静な声をだすことができた。 意を決したように、私を招き入れた。 弥生は応えようとしなかった。ソフアの下に置かれてあるグラス 弥生はひどくやつれたように見えた。 を手に取って、透明な液体を咽喉に流しこむ。 私の眼の前にいるのは、嬌慢で、あでやかだったあの弥生ではな私も酔っぱらいたいような気分だった。 く、すさまじいほどの荒廃した美を漂わせている、まったく別の女「峰次郎はどうした ? 帰ってこなかったのか」 性であるように思えたーーもっとも、彼女が危険な女であることに「帰ってこなかったわ : : : あなたと一緒じゃなかったの ? 」 は、なんの変化もないようだったが。 「島で別れたきりだ。無事でいるかどうかも分らない : : : 」 部屋に入った私は、眉をひそめた。 「同情するわ」 テープルの灰皿には吸殻がうず高く積み上げられ、床にはジンの私は席を立って、弥生が横たわっているソフアに歩いていった。 空き瓶が転がっていた。 今、ようやく私がいるのに気がついたというような表情で、弥生は 弥生はソフアまで歩いていき、自堕落に身を投けた。私の存在な首をめぐらして、・私を見上げた。 ぞ忘れてしまったかのような、放心した眼つきだった。 私たちはしばらくお互いの顔を見つめ合っていた。 椅子に腰をおろして、私は言った。 やがて、私が口を切った。 「どうしたんだ ? 何も訊かないのか」 「君はひどい顔だと言ったが、俺がこんな顔になったのは、君のせ

8. SFマガジン 1974年12月号

「おお、ウィ ! セーヌ教授は、ウエルク邸 の車回しにポルシェを乗りいれながら、行く 手を指さした。「あれを注視したまえ」 フランクはポーチの上で待っている人びと を注視した。大学で見知りごしのウエルク博 士の同僚が何人かと、商売道具の手帳をもっ た若い男が二、三人、でつぶりした赤ら顔の 男をとりまき、その男はメガネごしにこっち をにらみつけている。ウエルク博士のその目 を見ただけで、フランクはしりごみしたくな わしげにきいた・「なにをきみは悩んでいる ? 実験を恐れているったが、やがて、その鋭い眼光がメガネのレンズのいたずらなのに パロマー天文台 気づいた。博士のメガネは、その厚さから見ると、 ということかね ? ・」 フランクはかぶりを振り、相手を安心させようと笑顔をこしらえで磨き上げられたとおぼしかった。 てみせた。それでも教授がいぶかしげに彼の顔を見つめつづけたと「近眼か」セーヌ教授も彼とおなじことに気づいたらしく、車から 出て、フランクを階段の上へ導きながらいった。「しかし、きょ ころからすると、どうやらそれは失敗らしかった。 「なにか食べたものが原因かね ? きみの胃袋、彼女は動揺したのう、彼は多くのものを見ることだろう」 か ? 」 フランクは答えなかった。一ノーラがいないかと、あたりを見まわ していたのだ。しかし、彼女の姿はない。 「ぼくの胃袋、彼女はからつ。ほです」フランクは答えた。 モン・プラーヴ はっとわれに返って、フランクは紹介をうけた。記者の質問に答 「ああ、それはなによりだ、わが勇者よ」教授はおもおもしくうな ずいた。「われわれがよく知っているように、や心霊力の実えて、彼は自分の名をゆっくりと発音した。 験は、肉体の注意分散によっておびやかされる。食事と飲酒は勝利「タレント」記者はそう反覆しながら、手帳にその名を書きつけ 「だれか、あんたについて本を書いていなかったかね ? たぶ をそこなう。詩人のいった言葉はなんだったか ? 『盃を唇にもってた。 いくあいだにも、しくじりはたくさんある』しかし、安んじたまん、チャールス・フォートかだれかが ? 」 え、われわれはしくじらない。われわれはウエルク博士とその委員「チャ 1 ルス・フォ 1 トは、とんまな老人だった」そのしわがれた 声は、ウエルク博士のものだった。「もちろん、若いときのフォ 1 たちをなっとくさせ、記者たちをなっとくさせーーー」 トはこのかぎりにあらずだ。その頃の彼は、とんまな青年だった」 「記者たち ? 」フランクはうめいた。「おお、ノウ ! 」 ミョピーク 7 8

9. SFマガジン 1974年12月号

かすれた声で、私は訊いた。 「そうー」 「そうじゃない。また同じことをしようというんだよ」 の唇がゆがんだ。彼は笑っているのだった は静かに応えた。 「捕食のために、ね : : : 」 「彼等を追いつめて、その最後の一人まで地球上から抹殺する : ・ 私は慄えた。 はらから 人類が同胞を啖った、という事実にではない。どうせ、アベル殺 : ・」 しは人類の業なのだ。今更、新しい事実がもう一つ加わったからと いって、眼を覆うこともあるまい 私が心底慄えあがったのは、の笑いのせいなのだった。 「これは私の想像ーーいや、妄想と考えてもらってもけっこうだ の言葉は、私の意表をつくものだった。 が、ロプストスを啖ったアフリカーヌスには、兄弟喰いの罪悪感が眠っているだけで、人類になんの害意も抱いていない亜人類をど 後ろめたくつきまとったのではないだろうか。その罪悪感は、やがうして皆殺しにしなければならないのかーー・・それとも害意を抱いて いないと考えたのは私の早とちりで、実は、亜人類は人類に対して て人類の記憶共同体に組み入れられて、寄妙に屈折することになる ・覚醒時の冬眠霊長類が仲間ーー・多分、多くは家族だったのだろなんらかの陰謀をたくらんでいる、とでもいうのだろうか ? から提供された血を吸っているのを目撃した記憶が、人類私はの眸を見つめた。 のなかで忌むべき吸血鬼というイメージになっていく。反転した罪はあいかわらず無表情だった。 悪感は憎悪となって、イスラム教徒はイスラム教徒なりの、キリス 「なぜだ ? 」 ト教徒はキリスト教徒なりの、おそましい怪物をつくりあげていっ と私は訊いた。 それには応えようとしないで、 た : : : 実は、自分たちこそ兄弟殺しの怪物だった、という事実をき れいさつばり忘れ去って、ね : : : 」 「疲れた : : : 少ししゃべり過ぎたようだ」 は、隣りに坐っている眼鏡とロ髭の老人に声をかけた。私がこ の声は終始淡々としていたのだが、私にはまるで彼が哄笑して いるかのように聞こえた。 の部屋に入ってきてから、一言半句も口をはさもうとしなかった老 私の手は痛いほどにきつく椅子のひじ掛けを握りしめていた。た人は、やはり無言のままうなずくと、立ち上がった。 席を離れて、世界全図が映しだされているスクリーンまで歩いて だの言葉を遮りたいという一念から、 「分った : : : それで、どうしてあんたたちは亜人類に興味を持っていく。 我々を振り返って、 いるんだ ? 彼等を探しだして、名誉人類の勲章でも授けようとい 「スクリーンを見てもらえますか」 うのか ? 」

10. SFマガジン 1974年12月号

「そして君が、彼らはどのみち本物ではないと考えたからって、 でいる自分を感し、ふっと目を閉じた。 ーあの品物はやつばり君の物ではないんだ・せ。君はあれをかせいで 「できるだけ早く出発したほうがいい」と彼。「まだ陽のあるうち にたてるようにしよう。まずスタナードと落ち合って、それから車得たわけじゃないからな」 まで歩かなければならない。だから荷造りは手早くやっておくれ「あんたってひどい人ね ! 」と彼女は叫んだ。「あんたは卑劣でひ よ。スーツケース一つぐらいにしておいたほうがいい」 どい人。あんたなんかちっとも好きじゃない。あんたはあたしを憎 女は彼からさっと身を引き離した。「スーツケース一つ ? と言んでるんだ。ここを出てって ! 」 「ヴァイーーー」 うと、ーー私の素敵な家財道具を全部置いて行けということ ? 」 長続きしないことはわかってはいたのだが : 「そうーー勿論「大嫌い ! 大嫌い ! 」彼女はぎごちなく両手を後方に振りかざす さ、ヴァイ。あれは君のじゃない : と、両手を握りしめ、手首を彼に打ちつけた。「あたしは大事は宝 彼女は怒りでじだんだを踏んだ。「私へのプレゼントを全部置い物を手ばなしはしない。絶対によ ! あたしはプレゼントをもらう ことが好きなのよ。あたしは素敵な物をいつばい持ちたい。山ほど て行けって ? いやよ ! 絶対にいやよ ! 」 もねーーーもっともっと沢山 ! あんたは嫌いよ ! 行っちゃって 「ヴァイ」と彼は辛抱強く言う。「そうしなければ駄目なんだ」 よ ! 行って ! 行って ! 」 ディア・フッシュは吐息をついた。「わかったよ、ヴァイ」 「いい力い、ヴァイ。君がそういう気持ちでいるというのは理屈に 合わないぜ。君はそれを盗んだんだ。誰かがどこかで金に困ってる「あたしはこれから下町に行って、もっともっと素敵な物をもらっ んだよ。だが問題はそれだけじゃない。君はこの町の人たちに怖いてくるんだからーーーもっともっともっとね。引き止めようなんてし ないでよ ! 」 思いをさせた。その怖がらせ方があんまりひどいので町の人たちは 「残念だな「ヴァイ」と彼は生気を失った声で言った。「だがどう 今にも混乱におちいって互いに傷つけ合いを始めそうになってい る。それはもう差し迫ってることなんだーーー町中どこを見回したつやら私はまたいそいでもどって来たほうがよさそうだな」 て、はっきりとわかることさ。そのことを君は良心に恥じないのか スタナードとの落ち合い場所へと急ぎ足で歩いていた時、通りの 君があの品物をここに置いて行けば、それで済むんだ。町の人たあちこちをパトカーが廻っていた。車中の警官たちは車をゆっくり ちはしばらくたってからそれを見つけ、巧妙ないたずらだったのだと流し、左右を見回して、ディアブッシュ以外の歩行者全部に眼を と考えるだろう。彼らには謎として残るが、それはもう拡大はしな向けていた。彼は警官たちが特に女性に注意を向けていることに気 がついたが、別に驚きもしなかった。彼らは絶対にあの女を見つけ 。彼らは品物を取りもどし、時がたてば忘れてくれるだろう もうそれがどこにも起らなくなればだがね。 ることはない。彼らは彼女の家の前にやって来てドアをノックし、