顔 - みる会図書館


検索対象: SFマガジン 1974年12月号
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1. SFマガジン 1974年12月号

= 扉味がない。というのは、現物を読んでいただく以外には次に出来た 稲垣足穂を理解する手段は絶対にないからだ。その点で「こんな型がつくだらうこれが三角の角の当ったとこ は・・フラッドベリや・フィニイとよく似ているといろだ」 少年の顔をのそきこみながらかう云ふと、少年は黙って えるかも知れない。 引きつけたやうになってしまったその次の日少年は学 〔お月さんが三角になった話 校でぼんやりして何か考えこんでゐたそして先生に呼 「或る夜友達と三人で歩いてゐると三角形のお月さばれた時単語一つも答へられなかったそれで先生は んが照ってゐたすると驚くではないか ! 自分達も一一一放課後にその少年を残して 「君は何時もよく出来るのに今日は一体何うしたのだ」 角形になってとう / \ お月さんに重ってしまったんだ」 自分が或る少年にこんな話を聞かした。するとその少年と問ねた。すると少年はその奇妙な煩悶を先生に打ち開 けたのである。 はびつくりしたやうに自分の顔を見つめたので その夕方少年と物理の先生とが連れ立って自分のとこ 「うそたと思ふのならその証拠を見せてあげやう」 ろへやって来て昨夜の話をもう一度聞かしてくれと云 かう云ひながらポケットからポールを二つ取り出した 「ねこちらのポ 1 ルは只のポ 1 ルだが、こちらの方はったそれで自分はその話を先生に説明してみたが先 生は自分の云ふことをほんとうにはしなかったで自 お月さんが化けて居るのだよ。何故と云ふなら」 説明しながら自分は只のポールを机の上にころがした分は机の引出しから三角形の独楽をだしたそして机上 こちらのをころばすでプーンと廻して見せたすると先生は驚いたやうに 「そら何うもならないだらう と : : : 」黙ってしまったがしばらくすると首を傾けて 、 , を自分は今「何うもおかしい ? 」 一つのボと云った ールをこそれからその物理の先生は学校でまるで人が変った = 〕 ( 、」ろがしたやうに無口にな 0 て毎日複雑な方程式を解いたり幾何 するとの図を引いたりしながら考へこんでゐたそして夜にな 、、感机の上にると必度六つかしい顔をしてお月さんをにらんでゐ 一そのころると云ふことをその少年から聞いたするとおかしいこ ~ 「昼んだ趾にとにはお月さんがだん / \ と三角形になって行ったので の主かすかなある 一鋭角形の ふキヅが次以上のやうなことを或る夜二人の友達の内の一人が 7 、

2. SFマガジン 1974年12月号

ちが生き返らさなければ、おれたちで埋葬するより仕方あるまい」しかけて行こうと思っている人もいるだろう」 セルマは立ったまま眼をぬぐった。涙がそのしわだらけの顔を伝スティーヴンはあいづちをうった。 、ロに入 0 た。「私のせいよ。殺す気だ 0 たわ。私の手でね」彼「私の意見は」セルマは老いてひからびた手を見やりながら続け 女は指をのばした。「彼は私を信用しなかった。私の手にあまった た。「もしもここを出ようとする者がいたら、私はジャックがした わ。だけど彼なりに正しかったわ」 ようなことをするよ」彼女は思いめぐらした「といってもできる 「私たちは共犯よ」ドリスは身をふるわせながらつぶやいた。「ボかどうかわからないがね。失敗するかも知れないけど」 ーターのいうことは本当だわ。私も殺すつもりだったわ : : : 彼をこ 「そうだ」スティーヴンがいった。彼の声はふるえていたそのう こに残したかったのよ。私は何も過去へ移すことはできなかったけちにしつかりしてきた。「あなたはそれほど強くない。あなたより ど」 も強い者がここにはいる。その女性はあなたを好きなところへ移す 「すんだことさ」ポーターはいった。「彼は子孫を残さなかった。 こともできる。世界の反対側や、月の裏側、大洋の只中へでも」 時間を転移できた最初で最後の人間だ。実にユニークな才能の持主 ドリスはかすかなかすれ声を出した。「私 1 ーー」 だったよ」 「それはそうよ」セルマは賛成した。「だから私は彼女から三フィ スティ 1 ヴンはやっと自分をとりもどしたが、まだ蒼白な顔して 1 トだけはなれて立っているのよ。もし私が先に彼女にふれたら、 ふるえていた。その眼はテープルの下にのびているすりきれた青パ彼女は溺れ死ぬね」彼女はドリスの魅力あるおびえた顔をうかがっ ジャマの老人に向けられている。「これでもテ過去を改めることもた。「でもあんたの言葉にも一理あるよ。あんたにも私にも責任の できないわけだ」 ないことも起るだろうよ。ドリスだけがのそめばね」 「あんたは私の考えに同調してくれるわね。私の考えていることが ドリスは息使いが荒くなった。「私にはわからないわ」消えいる 何だか、わかるわね ? 」セルマはきつばりいった。 ような声たった。「私はこんなところにいたくないわ。こんな古い スティーヴンは眼をばちばちさせた。「ええ」 あばらやに住んで、くる日もくる日も、まじないはかりやって。だ 「それではよく聞いて。これから考えていることをいうから。そうけどジャックはロぐせのようにいっていたわ。むりやりコミューン すればみんなが聞いてくれるわ」 に押しかけるべきではないって」彼女の声はあいまいに消えた。 スティーヴンは黙ってうなずいた。彼はきよろきよろへやを見ま「いままで、私が幼かったころから、覚えている限りでは、ジャッ わしたが、動きはしなかった。 クはいつもくりかえしくりかえし、そういっていたわ。もしあの人 「これでギルドのメイ ( ーは四人になったね」セルマはいった。彼たちが私たちをのそまなかったら : : : 」 女の声は抑揚がなく低く、淡々としていた。「この場所を出て、コ 「彼女はあんたを動かすようなことはしないよ」スティーヴンはセ ミューンに入りたい人もいるだろうし、時がきたら、こちらから押ルマこ、つこ。 冫しナ「だけど、そのうちそうなるよ。おそかれはやか 8 6

3. SFマガジン 1974年12月号

群衆の向うに、そまつな木造の建物が見える。みす・ほらしくて、彼は太ってしまりがなく、青い眼をし、頭にはうすい毛がへばりつ こわれたところには板をうちつけただけの、戦時中のシェルター いている。「金持になれるか、美人と結婚できるかどうか知りたい だ。待 0 ている人々の行列は、ぐらっく階段を上り、建物の中へ導やつがいたら、へやで教えているよ」 かれて行く。エドは初めて相談にのってくれる連中を見た。 「占いか」ジャックはつぶやいた。彼は窓際に落着きなく立ち、太 「あの老婆がそうかい ? 」 い腕をくみ、不安そうな深刻な顔をしていた。「おれたちがいまま 彼は妻にきいた。やせてしなびた老婆が階段の上へちょっと姿をでしてきたのはそんなことか」 見せた。そして待っている人々をひとわたり見渡し、その一人を選「たのまれればどうしようもないことさ。ある年寄りがおれに、自 びだした。彼女は丸々と肥った男と話し合いをはじめた。やがて筋分はいっ死ぬかときくんだ。そこで三十一日後と答えたら、やっこ 骨たくましい大男がそれに加わった。 さん、赤ダイコンのように真赤になり、おれに金切声をあげてつか 「ほう、かれらにも組織があるんだな ? 」 みかかるんだ。正直すぎたのさ。おれが話す真実は、連中の聞きた 「超能力者は超能力者なりのことをしているのよ」・ ー・ハラは返事 がっていることじゃない」ポーターはにやっとした。「おれはいか をした。 さま師にはなれない」 彼女は赤ん坊をしつかりと抱くと、ななめに待っている人々の行「あんたに人が大事なことを聞きにくるようになってから、どのく 列の方へ歩いて行った。 らいたっ ? 」 「まじない師に診てもらうわ。右の方に立 0 ているグルー。フに並ん「それは抽象的な意味のことかい ? 」ポーターはのらくら彼の心を で、木蔭で待っているわよ」 さぐった。「先週、ある男がおれに、惑星間宇宙船はもう一度現わ れるだろうかときくんだ。おれには見えないと答えたがね」 ポーターはシェルターの台所に坐って、タ・ハコをふかし、コーヒ 「とてつもないものは見えないといってやれよ、ええ ? それにせ 1 をのんでいた。両足を窓枠にのせ、玄関を通って、各部屋へとそ いぜい半年先のことだけだとね」 ろそろ入って行く行列をぼんやり見つめていた。 ポーターはガマのような顔をほころばせた。 「今日はずいぶん盛況だな」彼はジャックにいった。「均一の席料「その男はそんなこと尋ねなか 0 たよ」 でも取ったらどうだい」 やせてしなびた老婆が台所へ顔をのそかせた。「ああ」セルマは ジャックはぶつぶつ文句をいいながら、長い金髪をかきあげた。 吐息をつくと、椅子に身を沈め、自分でコ 1 ヒーを注いだ。「私し 「こんなところでコーヒーなどのんでいないで、手助けしたらどうやくたびれたよ。まだ五十人も外で治療を待「ているのさ」彼女は ふるえる手を改めた。 「未来をのぞきたいやつなどいないさ」ポーターはげつぶをした。 「一日に二人も骨ガンの患者を見たよ。赤子の方は助かるが、もう 5 5

4. SFマガジン 1974年12月号

焦点を合わせかけているのを認めた。が、それも東の間、店主はが ゃん。たったの一、二分で開けちゃうって言ったろ」 ヴァイオラは踏ん切りのつかない様子でドアに一歩近づいた。彼つくりと首を胸までうなだれ、自分の店のショウウインドーのほう によろよろと後退した。ガラスに背をもたせかけ、ロをだらしなく 女の顔は怒りで暗くなった。そして二人が近くまでやって来ると、 開け、眼は朦朧となっていた。呼吸は浅く単調になった。 低い、怒りを含んだ声で、「あっちへ行ってよ。このう ! 」 「あんたなんか大嫌い ! 」ヴァイオラは彼に唾を吐きかけた。「あ スタナードはディア・フッシュに小声で言った。「何んてこった。 んたはあたしを好いてないもの 1 こ 彼女、まるで五歳の子供のように聞き分けがないじゃないか ! 」 ディア・フッシは、彼女の心がいかに感じやすく傷つきやすいか「アンドリ = ースさん : : : 」とスタナードがまた言った。店主を見 を、そして、彼女にだけ特別にそなわった、この何らかの能力がなている彼の顔は蒼白だった。 ヴァイオラはディア・フッシュを指さした。 かったら、彼女がどんなに無力だろうかを思った。 「あなた、私に加勢して」とスタナードに言う。「あいつに私の邪 「何か気に入らんのかね ? 可愛い子ちゃんやーと店主は、彼女の 魔をさせないで ! 」 ことでいつばいといった声でヴァイオラに訊く。 「あいつらを追っ払って ! 」とヴァイオラはじたんだを踏みながら徒歩パトロールの警官が彼らの横を通り過ぎた。隣の店のドアに 向って行き、錠を確かめると次へと移って行った。 叫んた。 スタナードは身じろぎもせず彼女を凝視していた。 「誰を追っ払うんだって ? 可愛い子ちゃんや」 それからスタナードは彼女にこう言った。 「見えないの ? そら、よく見るのよ。よく見て、あいつらを追っ 。万事オ 1 ケ 「心配することはないんだよーーー何ごともうまくいく 払って ! 」 ーさ。君の面倒は僕が見る。君は心配することなんかないんだよ」 「アンドリュースさん : ・ : ・」とスタナードはロを切った。 ディアブッシュは店主を見つめていた。易々とできてもよさそうその声には優しさがこもっていたが、ディア・フッシュのように彼を よく識っている者だけがそれと気がつく、ある独特な響きが秘めら なことを、こんなにも必死になってやりとげようとしている男を、 彼は見たことがなかった。彼もスタナードも透明人間ではない。にれていた。あたかも彼の喉の奥のどこかで何かが、それがあまりに もかかわらず店主は、あたかも蜘蛛の巣でいつばいの長い廊下にわ深い位置にあるため、力を及・ほせないにもせよ、その言葉を押し殺 け入って行きでもするように両手を前方にかかげて空を手さぐりしそうとしているかのようだった。 ながら、心もとなげに進んで来る。と、彼の指先がスタナードに触彼は突然向きなおるとディア・フッシ = に殴りかかって来た。 れた。ほんの一瞬間、彼は、ヴァイオラから頼まれたことによる効「あら、ありがとう ! 」とヴァイオラが叫んだ。「あなたは親切 果によって、不可能事をほとんどなしとげそうになった。彼の眼はね。このいやな奴をやつつけてくださいね」 ディアブッシュは肩に打撃を感じた。彼はヴァイが逃け出さない スタナードの顔にそそがれ、ディア・フッシュは、その眼がほとんど

5. SFマガジン 1974年12月号

ようやく彼女はまた歩き出した。わきにかかえているドレスのこ っぷして激しくすすり泣いていた。「と、とんでもない」と彼女は 言っていた。「ここには誰も来ませんでした」 とを忘れて、不思議そうに首をひねっている。「あなたは私がいるに 正面玄関では、サマードレスの女のために一人の紳士がドアを支のに気がついてくれたのねーややあって、ようやく考えがまとまっ えてやっていた。ディア・フッシュは、出口に立っている、デパ て彼女は言った。「それも自発的にね。今まで誰もこんなことはな の刑事のそばをすり抜けて通りに出、彼女からわずか数ャード後方かったわ。あなたも本物なのねー ショッピングエリア 「言われることの意味がよくわかりませんが」とディア・フッシュは をついて行った。大通りからわき道へと曲り、商店街から離れて 行く女を彼は尾行した。彼はたった今、自分が目撃した光景をどの物柔らかに「でも、他の人たちは、私のいることにも気がついては くれませんよ」 ように解すべきかわからなかった。 「こちらから働きかけなければで しかしそれはさほど重大ではない。 重要なのは彼がその女を彼女はきつばりとうなすいた。 しよう。あなたは本物よ。 . : : : 私以外に本物がいたなんて思いもよ 見つけたということだった。 彼女は今まで尾行された経験がなかった、と彼は思った。彼女はらなかった」 決して、あたりを振り返って見たりしなかったからだ。彼女が横手「他にもまだ幾人もいると思いますよ」とディア・フッシュは答えた の並木通りへと折れ曲って行った時、ディア・フッシュは追いついてが、厳密に言って彼女と同じような者は一人もいないなと心中で考 えた。「でもその数をはっきりつかむのは難しい。どの町にも幾人 わきに並んだ。 彼がそのまま二十歩ほど歩いた時、ようやく彼女は振り向いて彼かずついるのかもしれません。私の知っている限りでは、私の属し を見た。その顔はちょっと不審げだった。腑に落ちないといった目ている集団は、こういった人たちが寄り集った唯一の組織です」 「そんなに沢山、私たちみたいな人がいるの ? 」 つきで彼の顔をのそきこみ、「あなたは普通の人と違うわ」と言っ 「そうですね」と彼。「私が属している組織には、五十人以上いま 「でも、心配はいりませんよ」とディア・フッシュは女を怖がらせなすよ」 二人はさらにもう少し歩いた。すでにまわりは富裕な住宅地で、 いように用心しながら言った。「私はトッド・ディアブッシュとい う者です。あなたに危害を加えるようなことはありません。ただ、大きな邸宅や、広い芝生が目についた。また彼のほうを振り向いた 彼女の顔を見て彼は、彼女が歩きながらずっとこのことを考え続け ちょっとの間、ご一緒に歩いてみたいと思いましてね」 「どうして私たちは本物なの ? トッ 彼女は立ち止った。「あなたは普通と違う」と彼女は繰り返していたのだなとさとった。 た。「私とおんなじ」 彼はまだ彼女のその言葉の意味がくみとれなかった。ただできる とディア・フッシュは思った。「さあ、 同じかもしれないが : だけわかりやすい返事をしようと骨を折った。「私の仲間にスタナ どうですか」と彼は言った。

6. SFマガジン 1974年12月号

ジャックは安堵した。それでは少くともあと半年間は生きていらと、ばちっと点けた。 れるのか。合衆国の全軍総司令官アーネスト・パターフォード元帥娘は興味深げにのぞいていた。「何をしているの ? 」彼女は毛布 との討議を、その間には成功裡にまとめあげられる。彼はセルマををはねのけると、おきあがり、のびをして裸足のまま、こちらへ歩 いてきた。「わざわざそんなことしなくても、私が持って行ってあ どけると、台所から出て行った。 げたのに」 「あんた、どこへ行くの ? 」セルマが訊いた。 測鉛線の入ったケースから、ジャックは注意深く積み重ねられた 「もういちど・ハターフォードのところへ行く。そしてまたやり直し ものをとりだして行った。骨、財布、身分証、写真、万年筆、ずた てみるんだ」 「あんたはいつもそんなことをいっているのね」セルマは不満そうずたの制服のきれはし、金の結婚指輪、銀貨など。「彼はひどい状 況下で死んだんだ」ジャックはつぶやいた。彼は資料テープを調 に顔をしかめた。 彼まむべ、それがすべてなのを確めると、パチンとケースを閉めた。「こ 「ああ、いつもね」ジャックはいった。死ぬまでやるんだ。 / ーー の中に苦々しく、腹を立てていた。メリーランドの・ハルチモアの病の前のとき、彼にこれを見せてやると約東したんだ。彼はもちろん 院のべッドで、半ば意識を失った老人が、死ぬか、あるいは、ソ連忘れているだろうが」 「一回ごとに前のことは消えてしまうの ? 」ドリスは衣服をつける のナバーム弾でやられたり、神経ガスで廃人になったり、金属性の 天粒子で狂人となって、前線から有蓋貨車で運ばれてきた負傷兵をために、そちらへふらふら歩いて行った。「同じ時間って、何度も 収容するために、かたづけられるかするまでは生きぬいてやる。死くり返しがきくものかしら ? 」 「一定の時間内ならね」ジャックは認めた。「だけど、物質の反復 体となって投げすてられたらーー・それも長いさきではないだろうー はきかない」 ーもう・ハターフォード将軍との対話も不可能になってしまう。 ドリスは彼の方を気にしながら、ジーンズに足を入れた。 先ず、彼はシェルターの地下室にあるロッカーへ行くために、階 段を下りて行った。ドリスは隅にあるべッドで眠っていた。クモの「反復ね : : : あなたが何をしようと、いつも同じ結果に終るはず 糸のように細く黒い髪の毛が、コーヒー色の顔を覆い、片腕をはだね。・ ( ターフォードは先に進んで、大統領に進言しているわ」 ジャックは彼女の言葉に耳を貸さなかった。彼はすでに過去へ戻 けている。ぬぎすてた衣類がべッド脇の椅子に雑然と積んである。 りはじめていた。時の回廊へと道をふみだしていた。地下室、半裸 彼女は眠りからさめると、もそもそして、身体をおこしかけた。 のドリスはゆらめき、遠ざかって行った。それは不透明な液体を充 「いま何時 ? 」 っしてグラスの底からのそいている感じだった。稠密な空気の流れと ジャックは時計を見た。「午後一時半だ」彼は複雑な錠のかか たロッカーを開けにかかった。やがて開くと、金属製のケースを取まじり合った暗黒が、彼の周囲でゆらめき、そのなかを彼は金属ケ 7 りだし、セメントの床においた。、そして頭上の電灯をぐるっと回すースを抱きしめ、きびしい顔で歩みだした。

7. SFマガジン 1974年12月号

門内のごく近い所で、ばらばらと軍鼓が鳴り始めた。門内から走馬のひずめの音が大門扉の間に反響し、馬車の鉄轍のひびきが り出てきた兵士が小さな笛を口に当てた。かん高い笛の音がそれが人々の耳を打った。 消えてからも人々の耳に、耳鳴りのような余韻を残した。 「大都督閣下に敬礼 ! 棒けえ銃」 ささ 「何がはじまったの ? 」 「棒ゲエ銃ウ ! 」 かしら かもめはふりかえった。 「頭ア右材 ! 」 せいひっ 「やかましい ! 静謐の笛が鳴っておるのに、わからんのか ! 」 最大限に緊張した号令がつぎつぎと静寂を破る。 「そんなもの、知るわけないでしょ ! 」 門をくぐりぬけた馬車は、石だたみを踏んで、かもめの方に近づ 「こいっ ! 」 てきこ。 人々はくもの子を散らすように左右に散り、両手をひざまで垂れ かもめはそっと顔を上げた。 て深く上体を折った。中には石たたみに土下座する者もあった。 拝伏している二人の制服の体の間から、通り過ぎてゆく馬車が見 「早く歩け ! 」 えた。二頭の白馬に更かれた馬車は、おそろしく華麗なものだっ かもめの繩尻をとらえた男はひどくあわてだした。もう一人の男た。朱塗りの地に金泥で鳳凰を描き、車体の後部には錦にこれも金 も、顔色が変っている。 銀で日月を縫い取りしたものと、これも白地錦に青龍を描いた二流 へんぽん 太鼓帽子に黄色い線を一本巻いたのが飛んできた。 の幡を朝風に翩翻とひるがえしていた。 おまえたち。何をしとるか ! 大都督閣下の御馬車じ屋根はなく、向い合った座席の一方には、雪豹とお・ほしい高貴な や、そんなもの、早く、どこへなりと引込めろ ! 」 毛皮をかけ、そこに一人の男がゆったりと身をもたせかけていた。 舟形の元帥帽に大礼服。左右の肩から脇へ綬を帯び、胸には全面 叱られた二人は、いきなりおそろしいカでかもめを引きずって走あます所なく大小の勲章をつるしている。その顔猊は、あくまでも り出した。 悠容迫らず、大人の風であった。目は細く、眉が長く、女のような 「痛い ! 痛い ! なにするのよ ! 」 小さなくちびるをさらに小さく見せるのは、鼻下からくちびるの両 かもめは、ことさらに絶叫した。二人はひるんだ。 端へ、八の字に垂れた細いひげだった。そして元帥帽の下からは、 声を出させるな。その場に伏せさせろ ! 押えておけ少女のお下げのような長い弁髪がのそいていた。 かれと向い合ってかれの前の座席に、やや肩ひじを張って顔を硬 黄線があわててさけんだ。かもめは地べたにねじ伏せられ、それ張らせているのは、肋骨のついた黒っぱいつめえりの軍服を着、赤 をかくすように、かもめを後に、二人の男は道路に向ってひざをつい蛇腹を巻いた軍帽をいただいた面長の初老の男だった。 馬車はたちまちかもめの視界から消えた。ふたたび引立てられて つつ ささ つつ わだち 幻 5

8. SFマガジン 1974年12月号

彼女に問いかけさえするかもしれない。でも見つけることは絶対に ィア・フッシュ。彼とヴァイとの間がうまくいかなかったことは個人 2 ないのだ。事態はたた悪くなる一方だろう。 的な事柄であり、傷ついたのは個人に過ぎない。しかし彼がおかし 4 どれほどまでに悪くなるだろうかと彼は考えた。町一流のデパ た誤まりのために、誰もに厄介がかかって来るのだった。 トまで店仕舞いした後には・・・ーーあるいはもしヴァイが人の家に入り「君にはそれがわかりようがなかったのだよ、トッド」とスタナー こむようになったら、この町に住む人々はどうするだろうか ? 銃ドは言う。「それを推量するすべがなかったのだから。彼女は君に ダイ・フ を手にして、絶えず後を振り向いたり、戸という戸にはすべて錠をとって全く新しい型なんだから いや、それを言うんなら、誰に かけるのか ? それでもなお物がなくなりつづけたら ? そして市とってもこの変種の中での全く新しい型なんだ。君の言ったとお キュアリシテイダ 民軍が召集されたり戒厳令がしかれたり、あるいは州警察や り、確かに彼女は町の人には絶対に見つからないだろう。関心波 ムピ / グフィールド が働き出し、それでもなお物がなくなったらーー次にはどうすれば減衰場と、彼女の阻害された情緒発達から直接に生したと思われ よしのカ ? ・ るこの新しい能力との間の問題については : ・ いやあ、私が君と 通りを走っていた車がプレーキをきしませて止った。ドアがばつ一緒にこの町に来たことは、単なる幸運以上のものだよ」彼はちょ と開き、中の刑事たちが歩道に跳び降りた。彼らは、ビックリしてっとの間、窓外の暗い通りを見つめた。「彼女がそんなに完全に心 いる肥った婦人のそばに走り寄って、とり囲む。中の一人が警察パ が歪んでしまい、その人格の中に道徳性がそんなにも欠損している ッジをチラリと見せる。他の者たちはすでに彼女の腕から買物包みとは全く残念至極と言うよりない。だが何んという素晴しい能力な をひったくり、包装紙をひきちぎって開けにかかっている。婦人はんだ ! トッド。もしこの能力を、成熟した人格の者が 彼らの顔から顔へ眼を移す。婦人の顔は蒼白で、そのロはショック賢明な利用の仕方をしたならば、私たちがかかえている減衰場 でゆがんでいる。 の問題をやすやすと解決してくれるだろうことに君は気がっかない ディアブッシには彼女を助ける手段は全くなかった。自分にもかね ? 彼女自身は見込みがないかもしれないが、もし私たちが彼 聞えないような低い声で悪態を口にしながら、その光景を見つめ、女からそれを学び取れれば : : : そう、その効果には何んの変りもな 立ちつくしていた。にもかかわらず彼は、ヴァイオラにはこんなこ いわけだ。私たちは彼女の子供を彼女から隔離して養育することも とは起りようがないと考えた時、思わす安堵せずにはいられなかつできる。そうすれば子供たちは彼女の遺伝形質は受けつぐが、心の 歪みは受けつがない」 「それは可能だろうね」とディアブッシュ。 「私が見つけていたらなあと思うよ」二人でヴァイオラの家に向う「彼女は君に、その能力の使い方を話さなかったのかね ? 」 車の中でスタナードが溜め息をついた。 ディア・フッシュは首を振った。「彼女自身それを意識してない様 「シカゴに来てくれなどと彼女に言うべきじゃなかったんだ」とデ子だったな。彼女はただそうするだけ。するとーーー人々は彼女にプ ダイ・フ グムピングフィールド

9. SFマガジン 1974年12月号

「下手な隠しだてはやめた方がいい」 て、こんな講義を受けさせたわけじゃあるまい」 「隠すことなんかなにもない : ・ : おかしいじゃないか。あんたは総「時間はタップリある。ゆっくり考えるんだね」 てを心得ている男だ。俺が須藤がどこにいるのか知らないぐらい のその言葉に呼応したかのように、自動ドアが静かに開いて、 承知しているはずだ」 骸骨が部屋に入ってきた。 「これが最後だよ。須藤君はどこにいるんだね ? 」 「来いよ」 「いいかげんにしてくれ。知らないことは応えようがない : と骸骨が私に言った。 私は追いつめられていた。 私は椅子から腰を浮かしながら、 私が須藤の行方を知っている、と心底が疑っているのなら、そ「稲垣はどうした ? まだ生きているんだろうな ? 」 の疑惑を解くことも不可能ではなかったろう。だが、ともあろう に訊いた。 男が、私もまた須藤の行方を探していた、ということを知らないと「プメリカにいるよ : : : 二日前に、輸送艦が彼を太平洋まで連れて は思えなかった。それでいて、須藤はどこにいる、と私に尋ねてく いった。そこから先は、水上飛行艇がアメリカまで運んでいったは るのだ : : : の狙いがどこにあるのか見当もっかないだけに、どうずだ」 にも返答のしようがなかった。 私は肩をすくめた。他に、私にできるなにがあったろう。 「いいのかね ? 」 骸骨に腕をとられるままに、部屋を出ていこうとした私に、 の無表情な顔には、能面のような美しさと、凄みが漂っていた。 「待ちたまえ」 「君をこの部屋に案内してきたあの男だが、いざ仕事となるとひど が声をかけて、椅子から離れ、私にゆっくりと近づいてきた。 たち く熱心な性質でね : : : 誰かから何かを訊きだしたいと私が一言命ず体が触れ合わんばかりの位置に立って、私の顔を真正面から覗き込 るだけで、その持てる能力の総てをふりしぼってでも、結局は訊きむ。 だしてしまう : : : 」 「君が、亜人類に関わるようになったのは、友情のためなのか」 「脅迫するのか ? 」 とは私に囁いた。ひっそりとした、それでいて、なにかしら背 「忠告しているんだよ : : : 君さえ素直になれば、誰も嫌なめに合わ筋を凍らせるような声だった。 ずにすむ」 「どうなんだ ? 須藤という友人のためなのかね」 「あんたには、俺から訓きだしたいことなど一つもないはずだー 「それもあるーー」 私はうなずいた。 私はゆっくりと言った。 「もちろん、そればかりでもないだろうが : : : 」 「あんたの本当の狙いはなんなんだ ? まさか、俺を拷問したく「それでは、君が拷問を受けるはめになったのも、その友人のせい 2

10. SFマガジン 1974年12月号

「まあな : : : 気楽なもんだよ」 それに、奴等の正体なんかも聞かせてもらいたいものだな」 電車が走る音が微かに聞こえてきた。 「あきれたもんだな : : : あんなめに合っても、少しも懲りていない」 ・フランケットから足を抜いて、私はべッドからおりようとした。 「懲りたさ。だからめったなことでは他人に気を許さない。たとえ いのち 「う」 生命の恩人でも、釈明を聞くまでは信じるわけこよ、 冫をも力ない」 私は顔をしかめた。 「分ったよ」 神谷がニャニヤと笑いながら、 神谷は、盆に湯呑みを二つ乗せて、台所から運んできた。畳の上 「一応、医者には診てもらったがね : : : ここしばらくは、あまり動に盆を置いて、自分もあぐらをかく。 かない方がいし ということだった・せ」 「説明するから、お茶でも飲みながら聞くんだな : : : 」 私はズボンだけの半裸にされていた。その上半身が、痣と塗り薬二つの湯呑みをはさんで、私たちは向かい合った。二人の独身男 とで、赤青のぶちになっている。 がうらぶれた部屋でお茶をすすっている姿なそ、とても見られた図 「ひどいもんだ : : : 」 ではなかったろうが、誰が気にするわけでもない。 私は溜息をついた。 バの駐在員だった頃、俺に接近して来た一人の娘がいた : ・ いのち 「なに : : : 生命が救かっただけめつけものさね」 ・ : 俺は若かったし、娘は魅力的だった」 他人のことだと思って、ずいぶん簡単にかたづける。 「写真の娘だな ? 」 「そういえば、あんたには礼らしい礼もまた言ってなかったな」 「ああ」 「礼なんかいいさ」 「俺が訊いた時には、あんたは覚えがないと言ったぜ」 と神谷は笑い顔を見せて、半畳ほどの台所に歩いていった。音を「おたくとは初対面だったんだよ : ・ : ・警戒するのが当然だろう」 たてて沸騰している薬罐を火からおろして、 「そうかい ? そんな風には見えなかったがーーま、 いさ。話を 「お茶にするかね : : : コーヒーもあるにはあるが、インスタントでキ = ーバに戻そうじゃないか」 ね」 「俺は娘に夢中になったよ : : : 娘が用があったのは俺ではなく、新 私を振り返った。 聞記者という肩書きだったと気づきもしなかったんだから、まった 「坐ってくれ・ー」 くおめでたい話さね : : : 」 私は応えた。 神谷は小さく笑った。 「なにより、まずあんたの話を聞きたい」 「それで ? 」 「どんな話だね ? 」 「気がついた時には、とんでもないことの片棒をかつがされた後だ 0 「あんたと、あの埋めたて島にいた連中との関係なんかを、さ : ・ った : : : 娘はどこかに姿を消しちまうし、俺は本国に送還されちま ひと