けなのだが、このポート・ニケイは静かで美しく、大きいがほっそ ハレット叔母さんはいつものように、いらいらさせられる癖を出 りと美しい塔がいくつもそびえているものの、それぞれはおたがい しただけだと、テルジーはそのとき思った。しかし、その出来事を に四、五マイルの起伏する公園地帯でさえぎられ、そのあいだは透ふりかえってみると、叔母さんと放送記者のあいだにかわされた会 明なスカイウェ」イだけで結ばれていた。 話はどうも変なふうに誇張されていたように思われるーー・まるで、 前もって練習してあったもののようだった。 地平線の近く、テルジーのいる庭からやっと見えるところに、い ちばん背の高い、緑と金色の尖塔がそびえていた。連邦地方行政セ でも、なんの目的のために練習を ? チックタック : : : ジョンタ ンターでもある狩猟者クラ・フだ。昨夜、ポート・ニケイから乗ってロウ : テルジーは下唇をかるく噛んだ。ふたりがを連れてジョンタ きたエアカーからテルジーは、ハレット叔母さんが借りたのと同じ ロウで休暇をすごすのはハレット叔母さんのいいだしたことであ ような貸別莊がときどき、公園の斜面にならんでいるのを見た。 叔母さんがあまり熱心だったので、とうとうテルジーの母親は ポ 1 ト・ニケイにも、緑のジョンタロウにも、ひどく邪悪なものり、 など何も感じられなかった。それは間違いなしだー 承知するようにといったのだ。母親のジェサミンはこっそりとテル ハレット叔母さん ? あの金髪の、こそこそ立ちまわる、マキア ハレット叔母さんはふたりをアンく ードン家に ジーに説明した べリみたいなやっ ? あの人が何を・ 侵入してきた邪魔者だと感じており、ジェサミンの政治的な地位 テルジ 1 は思い出そうとして目をほそめた。昨夜、宇宙旅客船がや、もっと最近では、テルジー自身がすばぬけた成績を示しはじめ つく直前、小さな出来事がひとつあったーー・少なくとも、そのときたことに対して、ひどい反感を持っていたのだと。この招待はハレ ット叔母さん流の心境の変化を示すものだった。テルジーがそれを はなんでもないことのように思えたのだ。ニュース放送サービスの 若い女性が連邦評議会婦人議員ジェサミン・アイハードンの娘に、受けるかどうかを試そうとしたのだ。 それでテルジーは受けることにしたのだが、ハレット叔母さんの インタビュウを申しこんできた。なにげなくおこったことで、テル ジーはべつに断る理由もなかったからそれに応じたのだが、噂話を考えかたが変わったことなどほとんど信じていなかった。といっ 追いかける記者特有の執拗さで彼女が″ふつうではないペット″をて、このジョンタロウ旅行のことで叔母さんが何か汚い策略をめぐ ポート・ニケイに連れてきたことを質問しはじめると、すこし腹がらしているものとも思えない。ハレット叔母さんの心はそんなふう 立ってきた。 e はすこし変わっているかもしれないが、それはべに働かないはずなのだ。 これまでのところ、何か目的のある悪意といったもののはっきり つに重大なことではないはずだから、テルジーはそういった。する とハレット叔母さんはうまく会話の中に入りこんできて、チックタした徴候はない。しかし論理は、ここでおこっているいくつかの変 ックの発見されたときのこと、その習慣、ふしぎな経歴について、 な事件のあいだに関係を求めているようだ ~ 特に、あの放送記者が チックタックに、どちらかというとオ しハーなまでと思われる興味 相当くわしく説明した。
「これが生命探知装置で、麻酔銃を組み合わせたものです、ミス・酷にあざ笑っている生き物たちと連絡をつけさせようとしている ードン。あなたのペットを傷つけるつもりはありませんが、 の目的が、弱々しくはあってもとっぜんはっきりしてきた。 あのタイプの動物を相手にして油断はできませんからね。銃の電撃それが急いでったえているのは、彼女が気づかれることなくこの で数分のあいだ意識を失わせます : : : 麻酔ベルトで縛りあげるのに家を出て、半時間かそこら邪魔されないでいられる場所へ行かなけ 必要な時間だけです」 ればいけないということだ : 「あなたは生命銀行の捕獲担当者ですのね、ドルーン博士 ? 」 彼女は、ハレット叔母さんと動物学者がふたりとも自分を見つめ 「そのとおりです」 ていることに気づいた。 ハレット叔母さんはロを出した。 「気分でも悪いの、テルジー ? 「ドルール博士は、惑星調整官からの許可書もお持ちなのよ。チッ クタックを大学連盟のものとし、この惑星からほかへ移してもいし テルジーは立ちあがった。このふたりに何をいってみても、無駄 という。だからあなたも、このことではわたしたちどうしようもなよりなお悪い結果になることだろう ! 彼女はまっ青な顔になって いんだってことわかるでしよう。あなたのお母さまも、わたしたち いたーーーそれが感じられたーーーでもかれらはもちろん、を失う が法律にそむくようなことをするのは好まないと思うわ、そうでしショックによるものと考えているはすだ。 よ ? 」ハレット叔母さんはちょっと黙りこんだ。「許可書にはあな 「サインする前に、あなたのいわれたことについて法律を調べてみ たのサインが必要なんだけど、必要ならわたしがかわりにサインすなければいけませんわ」 ることもできるのよ、テルジー」 彼女がそうドルーン博士にいうと、かれは椅子から立ちあがりか それがハレット叔母さん流の、ジョンタロウ駐在惑星調整官に訴けた。 えてみてもだめよと、う、 ししいかただ・つた。彼女は用心ぶかく、この 「ええ、それは : : : それはできますとも、ミス・アン・、 ードン ! 」 事態についてまずかれの同意を得ていたのだ。 「調整官のオフィスに電話してくださらなくても結構ですわ。わた ハレット叔母さんは言葉をつづけた。 し、自分の法律全書を持ってきていますから、自分で調べてみま 「だからチックタックをすぐに呼んでくれないこと、テルジー テルジーはふりむいて居間から出ていこうとした。 テルジーは最後のところをほとんど聞いていなかった。彼女は自 あっけにとられた表情を浮かべはじめたドルーン博士にハレット 分の体がしだいにこわばってゆき、居間が視界から消えかけている叔母さんは説明した。 ことを感じた。たぶんこの瞬間、何か別の回路が彼女の心の中に作「わたしの姪は、法学部で学んでいますの。いつも研究に夢中で : ・テルジー ? られたか、別の新しいチャンネルが開かれたのだろう。外にいる冷 5 3
「そうだったわね。でも、あの子が二、三年のうちにまたわたしたわすと、テルジーの母親は義妹の健康を心配しはじめることだろ ちと連絡を取ってくれるって約束してくれたこと、嬉しかったわ。 う。このほうがアン・ハードン家の中ではずっとましな雰囲気を作り 5 あの子がいなくて淋しいわね」 出してくれるとしてもだ : テルジーは思わず眉をよせて叔母さんを見つめた。もちろん叔母 テルジーは心の中で尋ねた。 さんは、本当に心からそういっている。彼女は過去二週間のうち「叔母さん : : : あなたこれまで、どんなに厭な人だったかおぼえて に、大きな心境の変化というものを経験してきたのだ。しかしテレ しるの ? 」 パシーという手段によってもたらされた心境の変化の持っ実際の価 ハレット叔母さんは大きな声で答えた。 値について「いささか疑惑がないわけではなかった。 「もちろんよ、テルジー。どれほど後悔しているか、優しいジェサ クレスト・キャット 冠毛猫がテルジーの心の中で始めた学習プロセスは、こわい ミンに一刻も早く話したくてたまらないわ : : : 」 顔をした教師たちが考えていたより何日か長いあいだ自動的につづ テルジーはなおも無言のまま、つづけていった。 いたらしい。そして彼女は、その期間の終りごろになると、関連は 「そう : : : もしあなたが、そうね、昔の厭なあなたと、いまの厭に クレスト・キャット あるが冠毛猫たちも聞いたことがない潜在的な能力を発達させなるほど善人のあなたのまん中ぐらいだったら、本当に人生を楽し たと信じるにたるだけの理由があった。彼女はまだそれを分類しはめると思うんだけど」 じめてもいなかったが、たとえば、ハレット叔母さんのひどく不愉 ハレット叔母さんは、酔っぱらったような元気さでさけんた。 快な態度をまったく逆にひっくりかえしてしまうのも実に容易なこ 「まあ、テルジー なんてすばらしい考えなの ! 」 シン飛リズム とを知った。叔母さんの心にある象徴的意味のあっかいかたを知る テルジーは、つこ。 のに二日かかったが、もうあとはまったくやさしかった。問題はそ「そうしてみましようよ」 うすることが、はたしていいかどうかだけだった。 それから二十分ほど船室の中に沈黙がつづき、彼女はハレットの 彼女はこれまでのところ法律を犯していないということに、ほぼ性格にある多くの特徴を苦労してふたたび作りなおした。彼女はま サイオニック 確信があった。しかし、法律全書にのっている超心理能力の使用悪だそのことにすこし不安をお・ほえていたが、もし必要となれば、た 用に関連した章は、ひどく微妙にわかりにくくした文章でぼやかさぶんいつだって昔のハレットにそっくりもどせるのだ。 とういう れておりーーー意識的にだろう、とテルジーは想像した これはまったく、慎重に扱うべき能力だわ、と彼女は自分の心に ことを意味しているのかを知るのは、実に難しかった。しかし、そ いい聞かせた。まず法律の勉強をつづけること。それから、超心理 れを別にしても、充分な注意をはらったほうがいいと警告している能力を正しく扱うことについて、天才レベルの初心者を教える資格 ところが多かった。 のあるものは連邦の中でだれなのか、それを探がしはじめればい たとえば、ハレット叔母さんが現在の心理状態でオラドに姿を現
官のすぐそばにいる〈鉄の心〉ほど強烈な威圧感を与える体格のもン博士はだいぶやつれているように見えた。ハレット叔母さんはま のはほかにいなかったが、ずっと小さいわけではない。岩のように だヒステリーが直っていなかった。 ーイイル 動かず、怪物像のように恐ろしく、目をそれそれが地獄の火のよう に光らせて、かれらは待った。 テルジーは自分が話している声を聞いていた。 「これがかれらの評議会です。種族の酋長たちですわ : : : 」 ハブ連邦とジョンタロウ惑星の新しく加盟した種族とのあいだに びじゅん 調整官の顔も青ざめていた。だがかれは何といっても、古くから結ばれた予備条約は二週間後、公式に批准され、その儀式がジョン シカリ シカリズ の狩猟者であり、上級外交官だった。かれはまわりに現われた連中タロウの狩猟者クラ・フにあるシャンパン・ホールでおこなわれた。 を、あわてた様子もなく見まわすと、落着いた声でいった。 テルジーはその催しを、船室内のニューズ・ビュウワ 1 で見られ 「あなたを疑ったことについて心からお詫びを申しあげます、ミスただけだった。彼女とハレット叔母さんはそのころ、オラドへの帰 ・アン・ハードン ! 」 路についていたのだ。彼女は条約の細部などにあまり興味はなかっ そしてかれは、デスクの電話に手をのばした。 たーーーそれは、彼女が〈鉄の心〉やほかの酋長たち、そのほかの連 〈鉄の心〉はその悪魔のような顔をテルジーのほうにむけた。一中に、公園の中で話したこととほとんど同じだったからだ。彼女の 瞬、彼女は恐ろしい黄色の目が、いし 、ぞというふうにウインクした注意を引きつけたのは、何台もの通訳機械と何人かの人間クセノテ という印象を心の中に受けた。 レバスによって、当事者のあいだにひろがる言語ギャップがみごと 調整官は電話にむかって話していた。 に埋められたことだった。 「 : : : オラドへ、普通回線で通話だ。評議会へ。それも急いでだ ビュウワーを消したとき、隣りの船室からハレット叔母さんがぶ らぶらと入ってきた。ハレットは微笑して話しかけた。 ぞ ! 非常に重要なお客が待っていられるんた : : : 」 かわいいチックタックが見られ ついでジョンタロウ惑星調整官事務所は、とびぬけて忙しく興味「わたしもそれを見ていたのよ ! のある場所となった。二時間がたっぷりたってから、だれかがふとるかと思って」 テルジーは彼女のほうを見た。 思い出してテルジーに、彼女の叔母さんがいまどこにいるか知らな 「がポート・ニケイに姿を見せることはまずなさそうよ。いま いかを尋ねた。 ′」ろよ、く テルジーは額をたたいた。 / リュート山脈での生活がどんなものかを知るのに夢中に 「ぜんぜん忘れていたわ ! 」彼女はそういうと、スポーッカーのキなっているはずですもの」 サンプリーフ ハレット叔母さんは、足のせクッションに腰をおろしながら、心 9 1 を短い服のポケットから取り出した。「駐車場にいるわ : : : 」 トランク・コンパートメゾトがあけられると、デルコスとドルー もとなさそうに答えた。
かれらはが繁みの中にもともとの色合いのまま横になって倒 = ャカーは池に近づいていたが、まだだいぶ遠く離れていた。それているのを見つけた。その目は閉じられ、胸はゆ 0 くりと呼吸に 9 キャ / ピイ の天蓋はおろされ、中にいる三人の頭が見えていた。ハレット叔あわせて起伏していた。 ドルーン博士はすまなさそうな表情でテルジーに説明した。彼女 母さんの運転手デルコスが操縦し、叔母さんとドルーン博士は両側 からテルジーを見つけようとしているのだろう。三百ャードかなたのペットは苦しんでおらず、麻酔銃はを楽に眠らせただけだ 2 で、エャカーは右へまわりはじめた。デルコスは傭い主があまり好の足を麻酔ベルトで縛るのは、麻酔銃の電撃効果が数分でなく きでなかった。想像するところ、かれはテルジーを見つけ、逃げろなるためであり、エネルギー・ベルトの内側がふれている限り、 e の麻酔はつづき、ベルトがはずされるまでは動けない。そして、 と警告しただけなのだろう。 テルジーは法律全書を閉じて下におき、小石を拳いつばいっかむその期間中すっと、なんの苦痛も感じないのだ、と。 と、それをひとつずつ小川の中へ投げこみはじめた。工ャカーは左テルジーはロをきかなかった。彼女は、デルコスが動物学者の反 ビティ・ホイスト のほうへ姿を消した。 重力装置を使ってのぐったりした体を繁みの上へ浮かべ、エャ 三分後、彼女は池の水面を横切って近づいてくる影を見つめた。 カーのほうへ運んでゆき、あとのふたりがそのあとにつづくのを見 胸の鼓動は聞こえるほど激しく打ちはじめたが、彼女は顔をあげなつめていた。 かった。チックタックの鳴き声は、規則的にあわてることなくつづ デルコスがさきにエャカーに乗りこみ、うしろの大きなトランク ・コンパートメントをあけた。 e はその中へおしこめられ、鍵が いていた。工ャカーはほとんど頭のま上でとまった 0 二秒ほどする かけられた。 と、はじけるような音がひびき、鳴き声はとっぜんとまった。 テルジーが立ちあがると同時に、 . デルコスはカーを池のほとりに 「どこへ連れてゆくつもりなの ? 」 デルコスがカーを離陸させると、テルジーはむつつり尋ねた。 着陸させた。運転手は彼女にむかって悲しそうに微笑んでみせた。 横のドアが開き、ハレット叔母さんとドルーン博士がそのむこうに ハレット叔母さんは答えた。 立っていた。ハレットはテルジーを見つめ、動物学者は大きな生命「宇宙空港よ、テルジー : : : 博士とわたしは同じ意見なの。必要以 ゆか 探知麻酔装置をそっと床におろした。 上にこの問題を長引かせてあなたの感情を傷つけないほうがいいた テルジーは話しかけた。 ろうってことに」 「チックタックを探がしているのなら、ここにはいないわよ」 テルジーは軽蔑をおぼえて鼻に皺をよせ、エャカーの中を歩いて ハレット叔母さんは残念そうに首をふった。 デルコスのうしろに立った。彼女は操縦席のうしろにちょっとより 「わたしたちに嘘をついてもだめよ、テルジ ー ! ドルーン博士は かかった。両足はふるえていた。 たったいまを眠らせたところなんですからね」 運転手は横目でかたいウインクを送ってよこし、低い声でささや
おもしろがっているような声がもどってきた。 『そうらしいね』 ハレット叔母さんの頬は薄桃色になっており、青い目を輝かせて 3 テルジーは尋ねた。 いた。驚くほど謙虚な態度だが、彼女を知っている者にとっては、 『わたしにどういうご用なの ? 』 これからハレーの悪い面が激しく出てくるそという前ぶれだ。しか 『すぐにわかるさ』 し、制服の男性にとってはすばらしい効果があった。居間に入って 『なぜいま話してくれないの ? 』 - いったテルジーは、来客がうっとりとした表情を浮かべているのを と、テルジーはいった。相手がまた離れていくような感じを受け見ても別に驚かなかった。 たのだ。 来客というのは背が高く、陽焼けした男性で、仕事を屋外でする 急速に、もどかしそうな言葉が殺到してきた。 タイプだった。やせた顔、きちんと刈りこんだ黒い口髭、頬につい 『子猫の心 ! 子猫の考え ! 子猫の話しかた ! 遅すぎる、遅すている傷跡は、その男が呆然とした表情をしていなければ元気に見 ぎる ! おまえの心は : : : もういいー 待つんだ : : : 』 せる効果があるものだった。かれの坐っている椅子のそばにある大 回路が閉じられた : : : チャンネルが開いた : : : 障碍はなくなっきなずんぐりした器械は、テレカメラといったものらしい た ? なんといっていたのかしら ? 難しく、微妙で、混乱してい ハレット叔母さんは紹介した。来客はドルーン博士、動物学者 るようだったけど、何かの種類の完全にノーマルな状態でおこなわだ。かれは昨夜おこなわれた宇宙旅客船でのテルジーのインタビュ れているものだった。 ウ放送を見て、彼女とチックタックのことを話し合えないかと思っ 『あとすこし ! 』その声は話し終った。しばらくして、別の考えがてきたのだそうだ。 無造作に投げつけられてきた。『小さな口よ、これはわれわれより テルジーよ、つこ。 もおまえのために、ずっと大切なことなんだそ ! 』 「正直いって、厭ですわ」 その声はまるで通信装置が切られたように鋭く終った。 ドルーン博士は目が覚めたようになり、驚いた表情を浮かべた。 それほど親切じゃあなかったわ ! 建物にむかって歩くテルジー ハレット叔母さんは、にこやかにほほえみながら説明した。 の胸に新しい恐怖が浮かんでいた : : : 近くに集まりつつある嵐を意「姪はべつに失礼なことをするつもりじやございませんのよ、博 識したような恐怖。まだ静かだ・・ーー死んだように静かだが、いっ爆士」 発するかもしれないのだ。 「わかりますよ」 『子猫みたいな心だな ! 』 動物学者はあやふやにうなずき、ハレット叔母さんはあとをつづ と、遠くでひとりの声が嘲笑した。庭の垣根のかなた、公園の樹けた。 樹のあいだでささやいた声だった。 「ただ、チックタックのことになると、テルジーはすこし神経質に
いている。その内庭の五十ャードむこうで庭の端は自然石の壁にな 「ええ、叔母さん ? 」 っており、そこからポート・ニケイの地面のほとんどを占めている 3 テルジーはドアのところで立ちどまった。 「怒らないでくれて本当に嬉しいわ。でも、あまり長くかからない大きな樹々が繁る公園地帯がひろがっていた。 チックタックの姿は見えなかった。左側の一階の窓から声が聞こ でね。ドルーン博士をあまりお待たせしたくないの」 えてきた。ハレット叔母さんは自分の女中と運転手をつれてきてい 「五分か十分以上はかからないと思うわ」 テルジーはおとなしくそう答えた。彼女はドアをうしろ手にしめた。そしてこの町の貸別荘サービスの一部である料理人が今朝の食 ると、二階の寝室へまっすぐ上がっていった。彼女の持ってきた旅事を作るためにやってきたのだ。 テルジーはからのカバンを窓枠の左端につけておき、窓をおろす 行カバンのひとつはまだあけていないままだった。ドアに鍵をかけ とカ・ハンをつつかえ棒にしてとめた。彼女はドアのそばにあるこの ると、彼女はそのカバンをあけてポケット版の法律全書を出して、 家の防御スクリーン・パネルのところへ行き、ロック・・ホタンをお テー・フルの前に坐った。 した。 彼女は法律全書のビュウスクリーンを入れると、インデックス・ ボタンをおした。スクリーンの裏で何列もならんでいる針の先ほど家の外にあるすべてのドアと窓が音もなくしまると、一階からの のテープのひとつが僅かに位置を変えて、読み取れるようになっ声は聞こえなくなってしまった。テルジーは窓をふりむいた。防御 た。三十秒後、彼女はドルーン博士が根拠としている法律の条文をフィ 1 ルドが窓をおしさげるとカ・ ( ンはすこしたわんだが、窓のお りてくる力をささえた。彼女は窓にもどると足を先にしてすきまか 見ていた。法律はかれのいっているとおりだと示していた。 ら外へ出ると、体をねじってでつばりの上に立った。 ハレット叔母さん、うまくやったわね、まったく汚ない手で : ・ハティオ 一分後、彼女はつる草におおわれた内庭の格子垣をつたって静か それにまったく愚かなやりかたね ! 法学部の二年生だって、こん な事件での方法はすぐに二つや三つ考え出せるのよ。チックタックに下りていった。みんながテルジーのいなくなったことを発見した を生命銀行に引き渡すべきかどうかを連邦法廷が決定するのを、二あとも、防御スクリーンは家の中にいる全員をしばらくのあいだ閉 じこめておいてくれるはずだ。かれらはスクリーンのメイン・メカ 十年やそこら引きのばせる方法を。 ニズムをはずして調べまわるか、それとも彼女の寝室のドアをむり そう、ハレット叔母さんはただあまり賢くないっていうだけのこ とちらの方法も混乱とい と。それにをどこかへつれ出す計画も、いまとなってはそう大におし開いてロックを解除するほかない。・ らだちをもたらし、組織たった追跡をどうしても遅らせることにな 切なことでもないわ : テルジーは小さな法律全書を閉じると、それを短い服のベルトにるのだ。 テルジーは窓から見られないように家の端にびったりくつつい 結びつけると、開いている窓のところへ行った。窓の下に二フィー ト幅のでつばりがあり、それが右のほうにある内庭の屋根へとつづて、ゆっくりと内庭をまわり、石の壁へとむかった。灌木林を縫っ パティオ サンプリーフ
の超一流大学で法律を学ぶ二年生だ。肉体・精神・情緒面における 健康状態も、常に知らされているとおり、すばらしいものだ。天才 レベルにある人間固有の不安定さということでハレット叔母さんは チックダック よく文句をいうのだが、それも無視していい。叔母さん自身の安定 , e e とわたしのほかにだれかが庭にいるわ、と彼女は思った。 ) もちろんハレット叔母さんじゃあない。叔母さんはいま家の中にい性にどうも疑問があるからだ。 しかし、そういったことのどれも、現在の奇妙な状態を改善して て、早くからやってくるお客を待っているはずだし、召使のひとり でもない。だれかが、あるいは何物かが、繁みの中に隠れているとはくれない : しか思えない。彼女のまわりに美しく咲き乱れているこの惑星ジョ この胸騒ぎがすることの原因は夜のうちに始まっていたんだわ、、 ンタロウ特産の灌木林の中に。 とテルジーは考えた。惑星ジョンタロウですごす休暇のためにハレ ット叔母さんが借りたポート・ニケイにある別荘へ宇宙空港から着 そうとでも思わなければ、 E--*H の奇妙なふるまいの見当がっかな いや、正直にいうと、今朝はこれといった理由もないのに彼いてから一時間以内にだ。 女自身「いらいらしてしかたがないのだ。 テルジーはすぐお休みをいって二階の寝室へチックタックといっ 彼女、テルジー・アン・ハードンは草の葉を一枚ちぎって、その端しょに入ったが、うつらうつらしかけたとたん、何かの気配で目を を口にくわえ、かるく噛んだ。その顔はとまどっており、心配そうさました ~ そして寝がえりをうっと、 ee が窓の前にあと足で立 だった。いつもならちょ . っとやそっとのことで心を乱される彼女で , ち、窓枠に前足をかけ、星空を背景に猫そっくりの頭をのばして、 サンプリ はないのだが。十五歳、天才レベル。野苺のように陽焼けし、短いじっと庭を見おろしているのが見えた。 服を着た姿はなかなかいい線をいっている。 このときはただ物珍しさだけで彼女はべッドから出て、窓ぎわに テルジーはオラドにある数少ない名家の一員であり、 , ハ・フ連邦内 いる e e のそばに立った。べつに変わったものは何も見えなかっ : 第冫噎崋 NOVICE
テルジーは立ちあがった。 『もうわたしと話せるんじゃなくて、』 「ええ、いまいくわ」 ためらっているような感情。 「ありがとう : : : 」 やっと形作られてきた印象は″子猫のような話しかた″だった。 おずおずと、探ぐるようだが、間違いなくからやってきた。そ送受話器の声 . は消えた。 テルジーはスイッチを切り、チックタックがしばらく姿を消して して ee はなかば心配し、なかば怒っているようだった。 いることにしたのを知った。 わたしたち : : : 』 『わたしもまだ学んでいるのよ、テルジー いかれてしまったのかしら ? 彼女はいぶかしく思いながら、建 鋭いブザーの音がテルジーの耳にひびき、手さぐりしているよう な思考印象を追いはらった。彼女はびくっとし、視線を落とした。物にむかって歩きだした。 ( レット叔母さんが何か不愉快なことで 手首にはめてある送受話器が信号を鳴らしていた。しばらくのあい驚かそうと企んでいるのははっきりしている。毎度のことなんだか だ彼女は、ふたつの世界のあいだで・ほんやりしていた。目に見えら。それとも本当に用事があるのかしら ? そんなことは考えられ ないけど。の変な行動を別にすると : : : それだって多くの原因 ず、恐ろしい声を出す生き物が自分のことを″小さな口″と呼び、 があるのかもしれないし : : : つづけておこっているすべての事件 が話すことを学んでいる世界と、手首通信器が当然のこととい うような音を規則正しくひびかせているもうひとつのよく知ってい は ' わたしの頭の中だけで作り出されていることかもしれないわ。 る世界のあいだで。よりよく知っている世界にもどった彼女は、送これまでのところ、そうじゃあないって証拠は何も現われていない んだもの。 話スイッチをおした。 「はい ? 」 でも、おこったと思われることをそのまま信じても別に悪くない そういった彼女の声はかすれていた。 じゃない ? ここでは現実に、何かだいぶ気味の悪いことがおこっ ているのかもしれないわ : 甘ったるいハレット叔母さんの声が、ささやきかけてきた。 「テルジー、家の中にもどってくれない、お願い : : : 居間よ。あな『おまえは論理的に考えを進めているな ! 』 その印象はいまや、彼女に話しかけている声のそれだった。耳に たにぜひ会いたいってお客さまが見えてられるの」 テルジーは目を細めて、ためらった。ハレット叔母さんの客が、 聞こえてくる音を出さない声だ。それは一、二分前に話しかけてき わたしに会いたいですって ? たのと同じ生き物だった。 テルジーがそのあいだにぶらさがっているような気持を味わって 「なぜなの ? 」 「何か非常におもしろいことをあなたにお話ししたいって」勝ち誇いたふたつの世界が、ゆっくりとすべりよって、ひとつになった。 ったような悪意がちらりと現われかけ、すぐまた甘ったるいささや『わたし、法学部に行っているの』 き声に変わった。「だから急いで、お願い ! 」 彼女はまるで放心したような状態で、その生き物に説明した。 9 2
テルジーよ、つこ。 車の中ではデルコスがプレーキをかけ、エンジンを切って尋ね こ 0 「叔母さんにいって、大きな冠毛猫がすぐ外に坐っているよっ て」それは嘘たが、デルコスにもハレットにもわからないことなの 「これからどうします ? 」 だ。「わたしがもどってくるまでにあまり騒ぐと、怒り出すかもし テルジーはすまなさそうに答えた。 「わたしが調整官と話をしているあいだ、叔母とドルーン博士といれないわ : : : 」 一分後、彼女はもうすこしましな服装をしていたかったと思いな っしょに、トランク・コン。ハートメントに入っていてもらいたい サンプリーフ がら、両側のドアに鍵をかけて外に出た。短い服とサンダルでは、 の」 運転手は肩をすくめた。かれは公園地帯の上空をゆっくりと飛んまるで子供のように見えるのだ。 彼女がチックタックとならんで近づいてゆくと、駐車場の係員は でくるあいだに、ほとんど落着きを取りもどしていた。 〈鉄の心〉は車のまん中に坐りこんでいるだけで、目をなかば閉恐怖を顔に浮かべて告げた。 「そいつを連れては事務所に入れてくれないと思いますよ、ミス : じ、死んでしまったような格好でゆったりと居眠りを楽しんでいた。 そしてときおり鋸を引くような音を立てた。かれなりに咽喉を鳴ら・ : 首輪もつけていないじゃないですか ! 」 しているのか、いびきをかいているのかのどちらかなのだろう。そ「そのことなら心配しないで」 してチックタックは、テルジーの指示でデルコスが足を縛った麻酔と、テルジーは冷やかに答えた。彼女は ( レット叔母さんの財布 ベルトをはずすと、いつもの愛想よさでおとなしくかれに挨拶しから取った二クレジット貨をかれの手に落とし、建物の玄関へと進 んでいった。それを見送った係員は、娘とならんで歩いている大き た。 事件がおこ 0 たときから運転手は強い好奇心をおさえかねていたな猫のような動物が影を二重に引いているような気がして頭をふつ たが、その影に変わりはなかった。 が、テルジーは何も説明しなかった。かれはうなずいていった。 これからなさる調整官の主任受付係はに難色を示し、短い服も気に入らない 「おっしやるとおりにしますよ、ミス・テルジー ことが見られないのは残念ですが、わたしを閉じこめられないと、様子だったが、テルジーの証明書で連邦評議会婦人議員ジ = サミン ・アイハ 1 ドンの娘とわかると態度を変えて尋ねた。 ・ハレットはわたしがお手伝いしたものと思われて、自由にな 「この : : : 緊急事態について、調整官ご自身とふたりだけで相談し るとすぐわたしを首にされるでしようからね」 たいとおっしゃいますのね、ミス・アン・ハードン ? 」 テルジーはうなずき、それからうしろのコン。ハートメントのほう に顔をむけた。ドアからもれてくるかすかな音は、 ( レット叔母さ「そのとおりです」 テルジーはきつばりと、そういった。ブザーが鳴り、受付嬢は受 3 んが意識を取りもどしてヒステリーをおこしていることを示してい 話器を取りあげ、しばらく耳を澄ますと短く答えた。 クレスト・ヤャット サンプリーフ