「そして君が、彼らはどのみち本物ではないと考えたからって、 でいる自分を感し、ふっと目を閉じた。 ーあの品物はやつばり君の物ではないんだ・せ。君はあれをかせいで 「できるだけ早く出発したほうがいい」と彼。「まだ陽のあるうち にたてるようにしよう。まずスタナードと落ち合って、それから車得たわけじゃないからな」 まで歩かなければならない。だから荷造りは手早くやっておくれ「あんたってひどい人ね ! 」と彼女は叫んだ。「あんたは卑劣でひ よ。スーツケース一つぐらいにしておいたほうがいい」 どい人。あんたなんかちっとも好きじゃない。あんたはあたしを憎 女は彼からさっと身を引き離した。「スーツケース一つ ? と言んでるんだ。ここを出てって ! 」 「ヴァイーーー」 うと、ーー私の素敵な家財道具を全部置いて行けということ ? 」 長続きしないことはわかってはいたのだが : 「そうーー勿論「大嫌い ! 大嫌い ! 」彼女はぎごちなく両手を後方に振りかざす さ、ヴァイ。あれは君のじゃない : と、両手を握りしめ、手首を彼に打ちつけた。「あたしは大事は宝 彼女は怒りでじだんだを踏んだ。「私へのプレゼントを全部置い物を手ばなしはしない。絶対によ ! あたしはプレゼントをもらう ことが好きなのよ。あたしは素敵な物をいつばい持ちたい。山ほど て行けって ? いやよ ! 絶対にいやよ ! 」 もねーーーもっともっと沢山 ! あんたは嫌いよ ! 行っちゃって 「ヴァイ」と彼は辛抱強く言う。「そうしなければ駄目なんだ」 よ ! 行って ! 行って ! 」 ディア・フッシュは吐息をついた。「わかったよ、ヴァイ」 「いい力い、ヴァイ。君がそういう気持ちでいるというのは理屈に 合わないぜ。君はそれを盗んだんだ。誰かがどこかで金に困ってる「あたしはこれから下町に行って、もっともっと素敵な物をもらっ んだよ。だが問題はそれだけじゃない。君はこの町の人たちに怖いてくるんだからーーーもっともっともっとね。引き止めようなんてし ないでよ ! 」 思いをさせた。その怖がらせ方があんまりひどいので町の人たちは 「残念だな「ヴァイ」と彼は生気を失った声で言った。「だがどう 今にも混乱におちいって互いに傷つけ合いを始めそうになってい る。それはもう差し迫ってることなんだーーー町中どこを見回したつやら私はまたいそいでもどって来たほうがよさそうだな」 て、はっきりとわかることさ。そのことを君は良心に恥じないのか スタナードとの落ち合い場所へと急ぎ足で歩いていた時、通りの 君があの品物をここに置いて行けば、それで済むんだ。町の人たあちこちをパトカーが廻っていた。車中の警官たちは車をゆっくり ちはしばらくたってからそれを見つけ、巧妙ないたずらだったのだと流し、左右を見回して、ディアブッシュ以外の歩行者全部に眼を と考えるだろう。彼らには謎として残るが、それはもう拡大はしな向けていた。彼は警官たちが特に女性に注意を向けていることに気 がついたが、別に驚きもしなかった。彼らは絶対にあの女を見つけ 。彼らは品物を取りもどし、時がたてば忘れてくれるだろう もうそれがどこにも起らなくなればだがね。 ることはない。彼らは彼女の家の前にやって来てドアをノックし、
は、できるだけ早く、君をここからつれ出し、君と同族の人たちのた。彼女は上品な女なのだ。ただ傷つき、途方に暮れていたのだ。 一人の男が充分に時間をかけたなら、彼女の裡の善なるものをひき 9 仲間入りをさせることだ」 「有難う、トッド」と彼女は息をはすませて言う。「親切にして頂出すことができる。彼女を理解し、面倒を見、そして、彼女に対し て忍耐をもってあたる男ならそれができるはずだ。 いて」と思わず彼を抱きすくめる。 「ところで , ・ーー」と彼は、言いたいことをどのように持ちかけよう「ヴァイ、ーー・私は他の男たちのために多くの女たちを見つけてき その点は君に た。そして、その女たちの多くに好意を感じた。 かと考え考え言った。「ヴァイ、私は実は結婚周旋屋なんだ」 つまりその女た ごまかそうとは思わない だが私は決して : 「結婚周旋屋 ? 」 「そう だが、正式には私はシカゴでは私立探偵として登録されちはみんな思慮分別に富んでいたから、仲間の他の男たちのほうに ている。誰も私の姿を見はしない。依頼人はただ電話で・・エずっとふさわしかったのさ。まあ、似合いの夫婦ということで、私 ージェンシイを呼び出して用件を言う。私は依頼人の知りたいことは、それはよくわきまえていた」彼は言葉を切り、自分の言ってし の報告書を郵送する。それで私は暮しを立てているわけなんだ。だまったことを心の中で反芻してから顔を赤くした。「だからって」 が私が属している同族たちのために私がしている本当の仕事は、国とあわてて「君はそうではないと言うのじゃないよ。とんでもない 内をあちこちと廻り歩いて、もっと同族がいないかと探すことなんことだ。君は私よりずっと利ロだ。それはわかってる。私はつまら だ。で、そういった一人が見つかった時、その人と、私たちの仲間ん男だ。だが要するに私の言っていることは、私が女をシカゴにつ のうちで夫なり妻なりを持っていない者との縁をとりもつよう骨をれ帰る時には、その夫になるべき男を、いつでも初めから心に決め ていたのさ。ところがーー」彼は彼女の手をとった。「今度は違 折るというわけ。これは、私が仲間の誰かの役に立っことをしたい う」自分のものとは思えない声だった。 と思って、考え出した仕事なんだ」 私はつまらん男だ。物持ちでもない。職業柄家をあけ そこまで言うのは割合楽だった。ここで彼はまたそろ言葉をとぎ「ヴァイ ることが多い。同族の者たちは君にことのほか厳しいだろう。だが らした。 彼はヴァイにそなわった何かしらの異常なものが何であるのかを 見抜くほどに鋭くない自分が歯がゆかった。この女には何らかの異「まあ、トッド」と彼女は頗を染めた。「私は世界一果報な女で 常、ーーースタナードのような人間だったら、それが何であるかを、す」 これが現実と彼は信じられなかった。彼女の手をとり、顔を見つ ものの一分ぐらいで読みとってしまうだろうような異常があること は彼にもわかっていた。しかし彼はそれが重大なことではないことめ、立ちつくしていた。しばらくの間は、事態をはっきりと納得す も信じていた。内面的には彼女は悪い女ではない。不道徳でもなることができなかった。やがてほのぼのとした暖かみが全身をひた 。彼女がああしたことをやってのけたのは卑しいからではなかっすのを彼は感じた。そして彼は彼女と同じくらい嬉しそうに微笑ん
りができるようになったの」 こと嬉しくって何んと言っていいかわからないくらい。でもほんと また突然、彼女は首をうなだれた。「でもみんなただそういったに嬉しいのよ、トッド」 動作をしているだけなのね。わかってるわ」と声をひそめる。「あ ディア。フッシュは強くうなずいた。彼はあの新聞記事を初めて読 の人たちは本物じゃあないのですもの。本当に私を見たり好いたりんだ時、ひどく憂慮したものだった。だが最初に彼が最も恐れたよ しているんじゃない。私がいなくなるとすぐ私のことを忘れてしまうに自分の同類の一人が犯罪化した、というわけではなかったの うんだもの」 だ。ただ、この女性がおびえ、自分の失った物を代償しようとした 彼女は体を真っすぐにし、彼の腕から手を放した。刺繻のついたに過ぎなかったのだ。彼は腕を彼女の肩にまわした。 ( ンカチで目のふちをおさえる 9 「あなたが私を助けに来てくれた「いいかね、ヴァイ」と彼。「真っ先にしなければならないこと 、′「学ま、 , 0 ぐいみ第 4 ・第を要ート第スま に 9
彼女に問いかけさえするかもしれない。でも見つけることは絶対に ィア・フッシュ。彼とヴァイとの間がうまくいかなかったことは個人 2 ないのだ。事態はたた悪くなる一方だろう。 的な事柄であり、傷ついたのは個人に過ぎない。しかし彼がおかし 4 どれほどまでに悪くなるだろうかと彼は考えた。町一流のデパ た誤まりのために、誰もに厄介がかかって来るのだった。 トまで店仕舞いした後には・・・ーーあるいはもしヴァイが人の家に入り「君にはそれがわかりようがなかったのだよ、トッド」とスタナー こむようになったら、この町に住む人々はどうするだろうか ? 銃ドは言う。「それを推量するすべがなかったのだから。彼女は君に ダイ・フ を手にして、絶えず後を振り向いたり、戸という戸にはすべて錠をとって全く新しい型なんだから いや、それを言うんなら、誰に かけるのか ? それでもなお物がなくなりつづけたら ? そして市とってもこの変種の中での全く新しい型なんだ。君の言ったとお キュアリシテイダ 民軍が召集されたり戒厳令がしかれたり、あるいは州警察や り、確かに彼女は町の人には絶対に見つからないだろう。関心波 ムピ / グフィールド が働き出し、それでもなお物がなくなったらーー次にはどうすれば減衰場と、彼女の阻害された情緒発達から直接に生したと思われ よしのカ ? ・ るこの新しい能力との間の問題については : ・ いやあ、私が君と 通りを走っていた車がプレーキをきしませて止った。ドアがばつ一緒にこの町に来たことは、単なる幸運以上のものだよ」彼はちょ と開き、中の刑事たちが歩道に跳び降りた。彼らは、ビックリしてっとの間、窓外の暗い通りを見つめた。「彼女がそんなに完全に心 いる肥った婦人のそばに走り寄って、とり囲む。中の一人が警察パ が歪んでしまい、その人格の中に道徳性がそんなにも欠損している ッジをチラリと見せる。他の者たちはすでに彼女の腕から買物包みとは全く残念至極と言うよりない。だが何んという素晴しい能力な をひったくり、包装紙をひきちぎって開けにかかっている。婦人はんだ ! トッド。もしこの能力を、成熟した人格の者が 彼らの顔から顔へ眼を移す。婦人の顔は蒼白で、そのロはショック賢明な利用の仕方をしたならば、私たちがかかえている減衰場 でゆがんでいる。 の問題をやすやすと解決してくれるだろうことに君は気がっかない ディアブッシには彼女を助ける手段は全くなかった。自分にもかね ? 彼女自身は見込みがないかもしれないが、もし私たちが彼 聞えないような低い声で悪態を口にしながら、その光景を見つめ、女からそれを学び取れれば : : : そう、その効果には何んの変りもな 立ちつくしていた。にもかかわらず彼は、ヴァイオラにはこんなこ いわけだ。私たちは彼女の子供を彼女から隔離して養育することも とは起りようがないと考えた時、思わす安堵せずにはいられなかつできる。そうすれば子供たちは彼女の遺伝形質は受けつぐが、心の 歪みは受けつがない」 「それは可能だろうね」とディアブッシュ。 「私が見つけていたらなあと思うよ」二人でヴァイオラの家に向う「彼女は君に、その能力の使い方を話さなかったのかね ? 」 車の中でスタナードが溜め息をついた。 ディア・フッシュは首を振った。「彼女自身それを意識してない様 「シカゴに来てくれなどと彼女に言うべきじゃなかったんだ」とデ子だったな。彼女はただそうするだけ。するとーーー人々は彼女にプ ダイ・フ グムピングフィールド
が私たちにまでその能力が揮えるなんて夢にも思っていなかったまとうものであることが彼にはわかっていた。 よ」 彼は道路横に教会を見つけた。その尖塔も建物の壁も、闇の中 4 「それはもういいんだ」とディアブッシュ , 。 で、いたすらに大きな平面形に見えるばかりで、ただヘッドライト あめか・せ 「こればかりは忘れようがない ~ 私は彼女のことがわかっているつがあたっている、雨風に古びた褐色の屋根板の重なりたけが実体感 もりだった ~ 彼女に話しかけられる前には、彼女についての私の見をそなえていた。彼は車を止め、降りた。車のトランクを開けてか 解は完全に固まっていた。ところがだ。突然、彼女がこの世で最もら教会境内の墓地のまわりにめぐらされた、錆びた鉄パイプのさく 素敵な人になってしまった。彼女は人が彼女に与え得るいかなるこを越えて中に入った。彼はそこでしばらくの間立ちつくしていた とにも値する。彼女の要求を満足させてやることこそ正しく、彼女が、やがて車の開けられたトランクのところにもどった。道具箱の の満足を妨けるのが許されようなんて、とても考えられないことだ中の大きなねじ回しでこじりはずした ( ・フ・キャツ。フと、道具箱の づた ~ 私は彼女のためなら命だって捧げるつもりでいたよ」 い鋼鉄の蓋とを手に、彼はスタナョドのところに行った。 「いいんだってば、スタナード」とディアブッシュ ~. 彼は目をしば 「さあ」と彼。「これを、掘るのに使おう」 たたいており、道路わきの景色をしきりに眼で追っていた。彼はス スタナードは心もとなげな足どりで車から降り立った。「彼女は タナードが黙っていてくれればよいがと思った。 まるで癇の強い子供のようだったなあ」と彼。「彼女が求めていた いや、ちっともよくはない」とスタナードは首を振る。 のは愛情だったんだ。絶対的な完全な愛情だったんだ」 「もうちょっとでどういうことになるところだったか想像がつくか ディア・フッシュはハ・フ・キャップを彼の手につきつけた。「さ 彼女が私をあやつれたのなら、誰をだってあやつれるわけあ」と彼。「早いとこ済ましてしまうほうがいい。くどくど言うの だ。かりに私たちが彼女をシカゴにつれて行くことに成功したら、 はやめてくれ」 「そうしよう。ディアブッシュ と考えただけでもそっとするぜ。私たち五十人がすべて彼女の奴隷「そうたな」と曖昧にスタナード。 になってしまうところだった。君は決してそれをくいとめることは 、愛情へのそのような要求にプレーキをかけていたものは何な できなかったろう。私たちはみんな君に敵対しただろうからね」スんだ ? 何故彼女は君にはあの力を及・ほせなかったんだ ? 」 タナードはぐるりと後を振り返って、さっきのディア・フッシュがヴ ディア・フッシュはックシートにかがみこんでヴァイを抱き上 アイを優しく横たわらせた・ ( ックシートを魅せられたように凝視しげ、外に出した。その抱擁には全身全霊をこめた優しさがあった。 ゆす た。「君のやったことは正しかったよ、トッド。君の生涯のあらゆ彼は彼女を腕の中で子供をあやすように揺った。 る行為のうちでも最も正しい行為だった」 「彼女は生涯求め続けていたんだーー」と彼は言った。「彼女に本 。そしてとう ディアブッシュは今まで、これほど疲れたことはなかった。あの物の愛を与えることのできるただ一人の男性をね : 印象が心に執拗にこびりついているのだ。それはこれから生涯つきとうめぐり合ったのさ」
焦点を合わせかけているのを認めた。が、それも東の間、店主はが ゃん。たったの一、二分で開けちゃうって言ったろ」 ヴァイオラは踏ん切りのつかない様子でドアに一歩近づいた。彼つくりと首を胸までうなだれ、自分の店のショウウインドーのほう によろよろと後退した。ガラスに背をもたせかけ、ロをだらしなく 女の顔は怒りで暗くなった。そして二人が近くまでやって来ると、 開け、眼は朦朧となっていた。呼吸は浅く単調になった。 低い、怒りを含んだ声で、「あっちへ行ってよ。このう ! 」 「あんたなんか大嫌い ! 」ヴァイオラは彼に唾を吐きかけた。「あ スタナードはディア・フッシュに小声で言った。「何んてこった。 んたはあたしを好いてないもの 1 こ 彼女、まるで五歳の子供のように聞き分けがないじゃないか ! 」 ディア・フッシは、彼女の心がいかに感じやすく傷つきやすいか「アンドリ = ースさん : : : 」とスタナードがまた言った。店主を見 を、そして、彼女にだけ特別にそなわった、この何らかの能力がなている彼の顔は蒼白だった。 ヴァイオラはディア・フッシュを指さした。 かったら、彼女がどんなに無力だろうかを思った。 「あなた、私に加勢して」とスタナードに言う。「あいつに私の邪 「何か気に入らんのかね ? 可愛い子ちゃんやーと店主は、彼女の 魔をさせないで ! 」 ことでいつばいといった声でヴァイオラに訊く。 「あいつらを追っ払って ! 」とヴァイオラはじたんだを踏みながら徒歩パトロールの警官が彼らの横を通り過ぎた。隣の店のドアに 向って行き、錠を確かめると次へと移って行った。 叫んた。 スタナードは身じろぎもせず彼女を凝視していた。 「誰を追っ払うんだって ? 可愛い子ちゃんや」 それからスタナードは彼女にこう言った。 「見えないの ? そら、よく見るのよ。よく見て、あいつらを追っ 。万事オ 1 ケ 「心配することはないんだよーーー何ごともうまくいく 払って ! 」 ーさ。君の面倒は僕が見る。君は心配することなんかないんだよ」 「アンドリュースさん : ・ : ・」とスタナードはロを切った。 ディアブッシュは店主を見つめていた。易々とできてもよさそうその声には優しさがこもっていたが、ディア・フッシュのように彼を よく識っている者だけがそれと気がつく、ある独特な響きが秘めら なことを、こんなにも必死になってやりとげようとしている男を、 彼は見たことがなかった。彼もスタナードも透明人間ではない。にれていた。あたかも彼の喉の奥のどこかで何かが、それがあまりに もかかわらず店主は、あたかも蜘蛛の巣でいつばいの長い廊下にわ深い位置にあるため、力を及・ほせないにもせよ、その言葉を押し殺 け入って行きでもするように両手を前方にかかげて空を手さぐりしそうとしているかのようだった。 ながら、心もとなげに進んで来る。と、彼の指先がスタナードに触彼は突然向きなおるとディア・フッシ = に殴りかかって来た。 れた。ほんの一瞬間、彼は、ヴァイオラから頼まれたことによる効「あら、ありがとう ! 」とヴァイオラが叫んだ。「あなたは親切 果によって、不可能事をほとんどなしとげそうになった。彼の眼はね。このいやな奴をやつつけてくださいね」 ディアブッシュは肩に打撃を感じた。彼はヴァイが逃け出さない スタナードの顔にそそがれ、ディア・フッシュは、その眼がほとんど