内情室長の福田は、おれをこの山荘から出さないために、どんな、 挙げ選手より強力であろう。 いまの西城には、巨大な牡象をかつぎあげる芸当も容易と思われ策を構じているだろうか、と考えてみる。 た。以前から腕力に自信はあったが、それはあくまでも人間の範疇六名の警備の連中は、むろん西城の監視も兼ねているだろうが、 においてのことだ。文字通り超人と変じたいまとなっては、比較のこの人数だけで彼の戦闘力の前にはあまりにも無力だ。殺人機械西 城を閉じこめておくためには完全武装の軍隊の警備が必要になる。 段ではなかった。 福田の野郎、勘づいてやがる、と西城はウイスキーとともに飲食物に仕込んだ薬剤も効果はない。 となると、次善の策だ。 苦い思いを呑みくだした。完全に治癒した西城の肉体に、医者ども 西城の顔が暗く凶暴になった。山荘ごと爆破して、彼の始末をつ が執拗な関心を寄せてつきまとうのがその証拠だった。好きなよう ける : : : 西城を不死鳥グループの手に渡す危険を犯すよりは、それ にさせれば、西城を切り刻みかねない執着ぶりだった。 なにしろ、福田が静養と称して体よく西城を軟禁した、この天竜くらいやりかねない。狼人間に対する福田の冷酷無残な発想は、そ 川の上流沿いの山荘まで、わざわざ東京から足繁く通ってくるほどのまま西城自身にもあてはまるのだった。 廊下を軽い足音が近づいてきた。ドアをノックする。西城はマグ ひょっとすると、福田はおれをこの山荘から外に出す気はないのナム拳銃を擱みながら、声をかけた。 ドアが開き、若い女が姿を見せた。牝鹿のようにほっそりと優雅 かもしれぬという疑惑が湧いた。 西城の身柄をおさえておけば、敢えて狼人間の捕獲に狂奔する必な身体つき、胸と腰にだけ厚みがある。先細りの手足が繊細だ。 黒い瞳が光って西城を見つめた。 要はない。西城自身が不死身人間のサンプルなのだ。その貴重なサ 西城は思わず跳びあがるように、長椅子から立ちあがっていた。 ンプルをなざむざと危地に送りこむことは絶対にしないであろう。 折を見て、西城の自由を奪い、医者の実験材料に供する腹かもし異和感で脳裡が歪んだようだった。 西城ともあろう男を驚愕させたのも道理、戸口に立っている若い れなかった。 女は、青鹿晶子だった。 畜生、実験動物になんかされてたまるかー 西城は自分の臆測でかっと熱くなり、スコッチの瓶を握りしめ た。瓶があっけなく彼の指の間で割れ砕けた。狼人間の怪力の制御 がまだ充分身についていないせいだった。 鋭利な瓶の破片は、掌を傷つけもしない。西城は破片をテープル から床に払い落し、後頭部に両手を組んで、長椅子にひっくり返っ 」 0 「どうしてここに : いいかけて西城はロを閉ざした。一瞬の動揺は消え去った。興あ 7 りげに西城の反応を観察している戸口の女に、無表情なで応じ
した指の間からはみだすように熱く張りつめた乳房がうごめき、深らました狼人間たちを捜しだすのもいい。福田の意図がどうあろう く貫かれてもなお逃れようとする腰を釘づけにおさえつけながら′ と、いつまでもこんなところにくすぶっているわけにはいかなかっ 西城は思いがけぬ熱狂の波濤に呑みこまれて行った : ・ 西城は浴室に入ってシャワーで身体を洗い流しながら、暗く熱っ ぼく光る目を据えていた。大金をみ、その金で安逸を買うことた もともと西城は桁はずれの精力家のわりに、セックスには淡白で あった。欲望さえ満たせばい いというほうで、美食家ではない。欲けを目的にしていた過去の自分が、見知らぬ異世界の住人のように 望の泥沼にのめりこんで我を忘れたことは一度もないし、それは忌思えた。 むべきことであった。 突然、なんの脈絡もなく、西城は本物の青鹿晶子に逢いたいと思 その西城が今度ばかりは翻弄された形になった。狂ったように挑った。確たる理由を見出せないままに、彼は思い惑った。奇妙なこ みに挑んで、我に帰ったときは四時間以上過ぎ去っていた。女が無とだが、胸中に疼いているえたいの知れない渇仰の中心に、青鹿晶 類の巧者だったせいもあるが、われながら信じがたいほどの惑溺ぶ子は位置しているようであった。 りだった。汲めども汲めどもいやせない渇きに似ていた。 強烈な麻薬で白痴にされたあの女が、血の海に似た西城の過去に 女からはなれたとき、西城は胸がひきつるほどの虚ろさをおぼえ咲く、一輪の清浄な白い花のように思えたのだ。こんなたわけた感 ていた。体力を消耗し尽したための虚脱感ではなかった。常人とは傷はかっての西城には縁のないものだった。女とは西城にとり、常 に″物自体″であり、牝以下のものでしかなかったからだ。 精力の原泉が異るからだ。 さすがに女も朦朧となって、しまいには反応をしめさず眠りこけおのれの奇怪な感情をはっきりさせようと西城は苦心し、そして てしまっていた。それで西城は正気をとり戻したのだ。 あきらめた。凄まじいまでのエゴイズムに徹して生きてきた西城に 金、女、そんなものでは所詮満たせない渇仰であった。形容しが は、自己分析の能力が欠如していたのだ。自己の内部で、なにかが たい狂おしい情念が胸の底に巣食っていた。それがなんであるか、変質してしまったことを認めざるをえなかった。 西城には説明できなかった。あてどころのない怒り、莫然とした焦とまれ、この山荘を脱け出すことが先だと西城は思った。福田の 慮に似ていた。 意図などどうでもいい。東京へ舞い戻って、自分の欲するままに行 こんなところで時間潰しをしているわけこよ、 ・ : 出て行動するのだ。非合法工作員時代に稼ぎ溜めた金が六千万ほど隠して ってなにかしなければならない。 ある。福田と袂を分っても、行動資金には充分間に合う。 なんでもい 不死鳥グループのメイハーをとっまえ、その口から組織をたぐ 。この耐えがたいまでの胸の虚ろさを埋めるための 行動を西城は切実に欲していた。それも大至急にだ。 りだして、皆殺しにしてやる。 不死鳥グルー。フの豚どもを皆殺しにする仕事でもいい。行方をく 標的が定まると、西城は大きく武者震いした。の汚いやと けた 7
が、過去の酷烈な生き方が、西城に弛緩を許さないのだった。 「室長の腹の裡を考えてみてもむだなのよ。そんなことより : : : 」 女は小さな椅子にすわり、コニャックをふたつのチューリップ 恵子は空いている右手を伸ばし、仰臥した西城の胸にゃんわりと 7 グラスに注いでいた。どう見ても青鹿品子だった。ほっそりした長手を這わせはじめた。 い首の線に痛々しいような美しさを感じて、西城はロの中が乾い 「あなた、青鹿晶子が好きだったんじゃないの ? 」 「おれは、女に惚れたことなんかねえよ。女はただ抱くだけだ。た やや粗々しくべッドに歩み寄り、二丁の拳銃を枕の下に突っこだそれだけだ : : : 」 む。べッドにすわり、女のさしだすグラスを受け取った。指が触れ 西城は愕いたような顔でいった。 あった。胸中に奇妙な疼きをお・ほえて、西城は顔をしかめた。 「裸にして、武器を持っていないかどうか、確かめた上で ? 」 「名前をなんというんだ ? 」 「女に一杯食わされるような間抜けじゃねえ。女に裏切らせもしね 「品子。青鹿品子・ : : ・」 え。情が移るほどひとりの女にかまけていねえのさ」 「やめろ。おまえの本名を尋いてるんだ」 「でも、あたしを見たとき、顔色が変わったわ : : : 」 「沢恵子 : : : な・せそんなに苛々するの ? この顔が気に入らないん女の一言一言に巧妙な檻穽が仕掛けられているようだった。 じゃないの ? 」 「まさかと思ったからだ。そんなことはどうでもいいー 「気に入らないのは、福田というじじいの下心だ。青鹿晶子のスタ 西城は腹部へ這わせて行く女の手首をみ、引き寄せた。 ンド・インを作って、なにをやらかす気なんだ ? 」 「やつばりもう一度、服を脱がなきゃならないのね」 「あたしは室長の命令に従ってるだけよ。室長は、手の内を他人に 恵子は喉で笑った。西城は女の左手のグラスをもぎとって部屋の 知らせないのよ」 隅へほうり投げ、身を入れ換えて女のしなやかな身体の上にのしか 「使い捨ての下級工作員にはな」 西城は邪けんにいい、 コニャックを呑みほした。グラスをサイド 青鹿晶子の顔が間近に西城を見あげていた。西城は頭の芯が灼熱 テープルに置き、べッドに身体を倒す。 する感覚に襲われた。一種倒錯した欲望が激烈に衝きあげてきた。 精巧な人形が突然生命を吹きこまれ、動きだすのを見るような、 「おまえはどの程度知らされているんだ ? 」 鮮烈な驚きが西城を捉えていた。組み敷いた女の身体がくねるのを 「室長が知らせてもいいと思ったことだけ」 感じると、西城は凶暴なほどの欲望に導かれて行為に没入した。縫 「青鹿晶子のことは ? 」 い目のほころびる音を立てて、女の衣服を剥いで行く。西城の欲望 「学校教師をしていた経歴ぐらいは」 恵子はグラスをかかげたまま椅子を立ち、べッドに腰をおろしの激しさに怯えたように女が抗いの動きをしめした。それは巧みな 誘いとなって、一層西城を駆りたてずにはおかなかった。鷲擱みに
る。福田室長は〈内情〉の女工作員といった。この女が青鹿である美人だから、あなたのお気に召すとは思うけれど」 はずはない。 「ああ、気に入ったさ」 青鹿晶子が最初から〈内情〉所属の女だったのかと一瞬勘違いし 西城は陰気にいった。福田の魂胆がよくわからない。しかし、底 たのだ。 意がなければ、青鹿に酷似した体形の女を選び、整形手術で青鹿の 「入ってよろしいかしら ? 」 顔のコ。ヒーをつくるような手間はかけまい。 青鹿の顔をした若い女は、何気なさそうにいった。西城は忌々し「それを、よそへ向けていただけないかしら ? 拳銃をつきつけら さを感じながらうなずいた。つまらぬ混乱を起した自分に対してれていると落着かないわ」 だ。女がもし職業的な殺人者だったら、西城の隙に乗じることがで 青鹿の顔をした女は徴笑をつくりながらいった。西城の酷薄な表 きたろう。致命的な失態ともなりかねなかった。。フロにはあるまじ情にやや戸惑っていた。 きことだ。 「ハンドバッグとコートをこっちにほうれ」 、女はドアを閉めて、その場に立っていた。西城の手の巨大な拳銃西城は銃口を徴動もさせずに命じた。 が狙いをはずさないからだ。 「ええ : : : でも、どうして : 西城のガラスの無機質な光を宿した目が、女の全身を這いまわっ 「いわれた通りにしろ」 た。たしかに美しい女だった。西城は、麻薬中毒で魂を抜きとられ西城は容赦なくいった。女は左腕に抱えていたレザーコートと ( た青鹿晶子しか知らないが、この女には青鹿にはない、活きいきしンド・ ( ッグをテー・フルにほうった。西城は巧みに片手で受けとめ、 た精気がみなぎっていた。よく光る黒い瞳も、抜け目のなさを感じ ハンド・ハッグの中味をテー・フルにぶちまけた。化粧道具や財布など させる。落着きはらった表情、滑らかな身のこなし、たしかに青鹿普通の女の所持品とい「しょに薄べ 0 たい小型の自動拳銃が転げだ とは別人だ。 「あなたのご存知の方と、あたしそんなに似ているかしら ? 」 西城は鼻を鳴らし、口径のオートマチックが全弾装填されてい 艶のある声だった。女の武器の有効な扱い方をよく心得ている。 ることを確かめた。青鹿より物騒な女であることはたしかだ。拳銃 〈マタハリ〉にちがいない。 の扱い方もよく心得ているのだろう。 「なにも驚くほどのことはねえ。二日もあれば、整形で顔は変えら コートからは、特に西城の気の惹くようなものは発見されなかっ れる」 た。西城は化粧道具をいじりはじめた。 と、西城はいった。 「ル】ジュには一本、催涙ガスのス。フレーがまざってるわ。コンパ 「そうね : : : あなたと同じことね。だけど、あたしにはオリジナル クトは、無線機が仕込んであるわ」 ひと があって、あたしはその女のコ。ヒーにさせられたんだけど。相当な「ほかにもあるんだろうが、まあいい」 8 6
西城はルージュを投げだした。 「もう、 「服を脱ぎな」 しし服を着ろ」 「すいぶん気が早いのね。先に一杯いただきたいわ」 西城はようやくマグナム拳銃をひきおろしていった。ロの中にい 女は肩をすぼめて笑った。 ゃな味があった。生人形のような青鹿の肢体の記憶のせいだとわか 「ぐずぐずいうな」 っていた。屍姦を行なったような不快な記憶が甦ったためだ。人殺 西城の目つきは、あくまでも冷酷だった。 しをなんとも思わぬ西城にしては、妙なことだった。気が減入って くる。 女は黙ってファスナーを引き、上衣を脱いだ。ミディのスカート を床に落す。そこで手をとめて西城の顔つきをうかがったが、西城「本当にいし は瞬きもしなかった。女はスリツ。フをとり去って、白い肌をさらし女が意味ありげに念を押すのが、へんに苛立たしかった。 た。・フラジャーはつけていなかった。ひときわ色白の吊鐘型の乳房「お望み通り、・一杯やるさ」 が目を射るようだった。 女はどことなく不機嫌に、衣服を手早く身につけた。西城の反応 「そんなに用心する必要があるの ? あたしは、あなたの味方なのぶりが意外でもあり、腹立たしかったのだろう。 よ。相棒として選ばれて、ここまで来たのよ」 女が服をつけおわると、逆に西城は欲望が目覚めてくるのをお・ほ 女は靴を振り脱ぎ、。ハンティストッキングに手をかけていった。 えた。 「おれには味方なんかいねえさ。頼りにしてるのは自分だけだ。だ「荒れてたようね ? 」 からここまで生き伸びて来たんだ」 床に散乱しているウイスキー瓶の破片に目をとめて、女が尋い と、西城はもの憂げにいった。 「そう。。フロなのね。だれにも心を許さないってわけね」 「片づけましようか ? 」 「特に女にはな」 「どうせ召使が掃除する。べッドルームにコニャックがあるぜ」 女は覚悟をきめたように思いきりよく残りの下着を脱ぎすてた。 西城は、寝室へ入ろうとする女にハンド・ハッグとコートを投げ返 。フロポーションのいい美しい肉体だと西城も認めた。本物の青鹿晶した。マグナム拳銃と護衛からとりあげたモ 1 ゼルを両手に 子と比較している自分に気づき、西城はわずかに唇を歪めた。たしぶらさげて、部屋のドアをロックし、寝室に入った。錠がこっそり かに顔だけでなく身体つきも酷似している。 開けられても聴き落さないように、寝室のドアは閉めないでおく。 「これ以上は脱げないわ。あとはご自身の手でたしかめていただく常に油断を怠らない習性が身にしみこんでしまっている。女を裸に ほかはないわね」 剥いたのもそうだ。 女は挑むように白い裸身をさらし、ロのきき方にも挑発をこめ考えてみれば、い まの西城に女がなにもなしえないのは明らかだ ーい口 9 6
われ殺し屋時分には味わったことのない巨大な昻揚感だった。 西城の声はややしわがれていた。 手早く身体を拭き、服をつけて浴室を出た西城は、、はつ、と棒立ち「忘れたの ? あたしはあなたの相棒じゃないの。お役に立てるわ 7 になった。 いぎたなく眠りこけていたはすの女がべッドに半身を起こしてい 「女の相棒なんか持っ気はねえ : : : なぜおれに拳銃を向けた ? 」 た。両手に巨大なマグナム拳銃を掴んでいた。 「セックスのお相手を務めるだけが能じゃないと証明したのよ。こ 「脱走する気なのね ? 」 れでも、マグナム級の射撃訓練は受けてるわ。狙いをはずさない自 女は疲憊のあとも見せていなかった。 信があったわ」 「そうはさせないわよ。あなたから目を放すなと命令を受けている女は平然といった。 んだからー 「ふざけるな : : : 」 「そのガンは、女には無理だぜ」 「とにかく、あなたは勝手な行動をとれないようになってるのよ。 西城は、おのれの間抜けさを罵りたい気分でいった。さすがに女あたしといっしょでなければ、生きて山荘を出られない 工作員だけあって、並みの女ではなかった。 「賭けてみるか ? 」 西城は、牙のように歯を剥き、せせら笑った。 「撃ってみろ。必ず弾丸ははずれる。肩の骨を折るかもしれねえ・ : : 一発で狙いをはずしたら、生命はねえからな。八つ裂きにしてや「室長は、いつでもあなたを殺せるのよ。粉々になって吹っとぶ わ」 る」 西城は頭髪を逆立てた物凄い形想になった。至近距離でのマグ「なに : ・ ナムのとほうもない威力は知り尽している。身体がまっぷたつにち 西城は笑いを消した。体毛がよだってきた。べッドの女にとびか ぎれるだろう。西城の両眼は緑色の炎を噴いた。 かり、片手で首を損んだ。 女はマグナム拳銃を西城にほうってよこした。ずしりと凶暴な重「そいつはどういう意味だ ? いってみろ、いえ ! 」 みを受けとめた西城は、熱湯のような安堵の汗が全身に流れるのを「あなたはね、・人間爆弾なの。手術の時にプラスチック爆薬を体内 感じた。 に埋めこんだって、室長が : : : 」 声がとぎれ、女がもがきだした。西城の手に恐ろしい力が加わっ 「撃てとは命令されていないわ」 たからだ。みるみる顔が紫色にチアノーゼを呈する。 たしかに撃鉄は起こされていなかった。 「畜生 ! 福田の野郎 : : : 」 「強力な車を用意してあるわ。いつでも出かけられる : : : ただし、 西城は歯ぎしりした。苦悶する女が爪で手を掻きむしっているの あたしも同行するけど」 「どういうことだ ? 」 にも気づかない。 ( 以下次号 ) たま
「いまはいかん。おまえにうろっかれたあげく、身許が割れでもし狼人間の血清が西城を変えたのだ。いまの彼は、疑似狼人間とも たら、すべてご破算になってしまう : : : 外出は厳禁だ」 いうべき存在なのだった。 「おれを止められるとでも思ってるのか ? 」 二週間前、油壺の海べりでの凄惨な銃撃戦で、八〇発を超える銃 西城の目がすっとすぼまった。喉の奥から凄味のある声が出た。弾をぶちこまれながら、不屈の体力で西城は甦生した。内閣情報室 「警備の奴らはさそ骨を折るだろうぜ」 の息のかかった病院の特別病室で覚醒したとき、彼はおのれがまぎ れもない不死身性を獲得したことを自覚したのだ。 「そろそろ気晴しが要るだろうとは思っていたさ」 福田は含み笑った。 死の深淵の縁まで危うく行ったことはたしかだった。手当を受け 「そうか、女を連れてきたのか。だが、室長さん、あんたの抜け目なければ、そのまま絶命していたかもしれない。 なさも底が見えるね。女を最初に連れてくれば、護衛も病院送りに あの西多摩の精神病院裏庭で遭遇した鬼女ーー夫神明の輸血を受 ならずにすんだんだ」 けた看護婦の、一一一口語を絶する異様な生命力には及ばないにしろ、狼 「女は極上だ。うちの工作員で、そっちの方の特殊訓練を受けてい人間の不死身性がみごとに西城に転移したことは明らかであった。 る。存分に楽しんでくれ : : : いずれおまえさんとコンビを組ませるすべての傷は、医師を驚倒させる急速さで癒えた。が、西城の体 から」 質に生じた特異な変化はそれだけではなかった。 「〈内情〉のくノ一つてわけか。だが、おれは女の好みにうるさい 変化は外見にまで及んだのだ。かって筋肉の化物のように、グロ んだ。一晩で秋風が立つかもしれん」 テスクなまで異常発達していた体形が変った。 「心配するな。きっと気に入る。ではこれで私は東京に戻るが、こ病みあがりで肉が落ちたとしても信じがたい痩せ方に、鏡を見た の山荘から出てはならんそ、西城」 西城はおのれの目を疑い、衝撃を受けた。一挙に三〇も体重が減 ひょう 福田は青銅仏の顔に瓢々とした表情を浮かべて部屋を出て行っ っていた。六五そこそこだった。 筋肉組織の細胞が完全に変異したのだとさとるまでに、しばらく 「狸オヤジが : : : 」 かかった。新たに西城が得たのは、ポリュームこそ欠けるが、異常 西城は低く罵り、大股に飾り棚に歩み寄って、ヘイグ & ヘイグのに効率が高く、強大な狼人間の筋肉だったのである。 瓶をワシ掴みにした。長椅子に戻り、スコッチをグラスに満たし一 西城は、あの狼人間の神明が吹けば飛ぶような痩躯にもかかわら 息にあおる。強力な鎮静剤がたつぶり仕込まれていることはわかつず、信じがたい怪力と敏捷さを秘めている理由をやっと理解した。 ていた。飲物だけではない、腕のいし 、コックがつくる料理にもだ。 狼人間の筋肉は、人間のそれとは比較にならぬほど良質なのだ。旧 だが、西城には効かなかった。西城の肉体は、薬物の作用を受け式の蒸気機関と最新式のガスタービン・エンジンほどに効率の差が つけない特異な体質に変化を遂けていたのである。 あるのだ。狼人間の幼児は、、 ノードトレーニングで鍛えあげた重量
てしまう。西城は殺人鬼の素顔を剥きだしにして、山野組員を皆殺しに します。西城の真意は、狼人間の血の秘密を奪って自ら不死身人間にな ることです。 このとき、狼人間発見の情報とともに〈不死鳥作戦〉は作動開始して いました。渡米中の青鹿晶子は非米活動容疑で逮捕され、と名乗 る連中に連れ去られる。 ドランケ支部長の命を受けた特殊部隊が大がかりな作戦を展 開、犬神明の監禁された東京郊外の精神病院へ網を絞りつつありまし こ 0 大和田教授が悪鬼のようなサディストの正体をあらわし、犬神明の肉 体を切り刻みだしたことを、助手の石塚がに通報したのです。 ″虎部隊″の襲来に備えた、特殊部隊の包囲網へ相次いで、神明と殺し 屋西城が跳びこんでしまう。 ところが精神病院地下では、思いがけぬ凄惨な事態が生じていました。 犬神明の血によって疑似狼人間と化した三木看護婦が獣人現象によっ て狂暴無比な悪鬼に変じ、恨み重なる大和田教授を文字通り八つ裂きに してしまったのです。そこへ突入した特殊部隊は、不死身の怪物の手に かかって敢えなく全減。大神明は神明に救出されて脱走。警備の特殊部 隊員を殺戮して侵入した西城は、怪物と化した三木看護婦を死闘の末に 屠って、石塚から首尾よく狼人間の血清を手に入れます。証拠湮減のた め石塚を射殺し、精神病院を爆薬で吹きとばすところが、殺し屋西城の 極非道さです。 二人の狼人間は、″虎部隊″を率いる林石隆によって、の大捜 索からかくまわれることになります。林石隆と娘の虎 4 は、不死身では 狼人間と同類の虎人間だったのです。 大失態回復のため、ドランケは日本へ連れ戻した青鹿晶子を餌に大神 明をおびき寄せる計画を立てます。狼人間たちを国外へ脱出させようと 試みた林石隆の企ては、西城の猛攻により挫折。捕えた西城に案内させ革張りの長椅子に寝そべっている男は長身だった。 / アント 0 ビー て、罠と知りつつ、青鹿晶子の幽閉された油壹へと狼人間たちは向う。 だが、そこで再会した青鹿品子は、強烈な麻薬のため生けるロポット に等しい廃人と化していました。彼女こそ、狼人間たちを罠に陥す自動 装置だったのです。 莫大な報酬を掴み、殺し屋稼業から解放された歓喜に西城が酔ったの も東の間、ドランケが配置した特殊部隊の猛射を食って西城は蜂の巣に なる。ドランケは西城の裏切りの確証を撼み、消してしまう腹だったわ けです。 勝ちほこるドランケの口から〈不死鳥作戦〉の真相、〈真正白人勢 カ〉による有色人種絶減の大陰謀を明かされた西城は、狂ったような激 怒に燃えあがり、ドランケはじめ全員を殺戮する。西城は石塚医師から 奪った血清で、疑似狼人間の活力を得ていたのでした。 が、活力を使い果した西城は、危機を脱していた狼人間たちに、〈不 死鳥作戦〉の真相を告げようとする努力も虚しく、快速艇で脱出して行 く彼らを追って這いずりながら海中へ転落、暗黒の虚無へ呑まれてしま を追ってみまし 以上、ウルフガイ一、二部をやや綿密にストーリー た。第三部はこの後を承けて展開されるわけです。単行本を未読の読者 諸氏にも、読み進むのに支障はないと思いますが、よろしかったら現物 ーを承知していても、なおかつ一読の を読んでみてください。ストーリ 価値があるといささか自負しております。 では、第三部をお読みください。 一メーター 7
辛辣なせりふだった。 けしかけたお宅がよくねえ」 「この恩知らずが。油壺の海でくたばっちまえばよかったんだ。甦「いたさ、美人のお袋がな : : : まあ、そっちはだいぶ気張ってるよ 6 生させた上、おまえの死体を偽造してをごまかし、かくまつうだが、おれは元から恩義など感じない性分でな。それにおれはな てやってるこっちの苦労がわかってるのか ? 」 かなかくたばらない男なんだ。医者の手なんか借りなくっても、す ぐに生きかえる。おれに貸しを振りまわしたって無駄だぜ。ビクと 「おれを助けたのは、そっちの勝手だ。知っちゃいねえよ。思惑が もしねえよー なきや、おれを助けるわけがねえだろう」 西城はケロリとしていった。 男は鼻孔から太い二条のシガレロの煙を噴きながら傲然といっ こ 0 「おまえをに引渡すことだってできるんだ」 「おまえには大きな貸しがあるんだ。それを忘れるな、西城」 この威嚇も西城には通用しなかった。 ″青銅仏は咬みつくようにいった。 「やってみな。死人が大量製造されるだけさ。それにお宅らのこれ までの苦労が水の泡だ。そんな馬鹿な真似をするわけがねえ。内閣 情報室がに楯突こうとするからには、大決断が下されたんだ からな」 「この一件がに・ ( レたら、大変なことになる。日米関係に大「なんでもよくわかってるようだな、え、西城 ? 」 「その通りさ。コケオドシはやめて、耳に快いお言葉をたまわりた きなヒビが入る。その危険を犯して、おまえを極秘裡に入院させ、 、ね、福田室長さん」 整形手術で新しい顔まで与えてやったんだ。おまえが生きているこ とを知ったら、はどんな手段を使っても、必すおまえを抹殺″青銅仏″ーー内閣情報室長の福田は溜息をついた。彼は日本諜報 するぞ。この貸しは大きい。こっちも必すおまえから貸しを取りた機関の組織者だ。表面に出てだれもが知っている内閣調査室と異 、情報室こそ日木の諜報・謀略活動の中枢なのだ。とひ てねばならんのだ」 つら 「恩着せがましいのは嫌いでね。まあ、この新しい面はまんざら悪そかにささやかれている。 くもないが : : : 」 「おまえさんを動かすには、たったひとつの槓杆しかないらしい 元の非合法工作員、西城恵はニャリとし、大きな掌で顔をな、西城」 「まあな。札東のささやきにはすぐ耳を貸すほうだ」 撫でまわした。 「どうやら折りあいがっきそうじゃないか」 「女たらしの面だな。元の面構えほど強もては効きそうもないが・ : 「〈不死馬作戦〉の件を耳に入れてやっただけで、貸し借りなしだ。 ・ : 死んだお袋が見たら嘆くだろう」 あとは条件しだいだね、福田室長さん」 「お前にも母親がいたのか ? 」
「私は、これまでになく愚かな真似をすることになりそうだ : : : 」は、むろんできるだろう。われわれ有色人種の側に組みすることを な・ : : ・問題は、彼らがそれを拒絶した場合だ。 , 彼らが孤立を選ぶ場 福田は虚ろな声音でいった。 合を想定するほうがたやすい。しかも、われわれは彼らを不死鳥グ 「他人を信じるという愚行をな。後悔するにきまっているのだが : ループの手に落ちる危険を犯すことができないとなれば、すくなく : おそらく不死鳥作戦などというたわごとには耳を貸さず、おまえ さんを始末してしまうのが正しいのだろう。そうすべきなのだ。だとも次善の策とはいえるだろう」 いや、よそう。おま「お宅も、相当冷酷な御仁だね」 が最初に誤った一歩を踏みだしてしまった : ・ 西城は薄く笑った。 えさんを信じよう。信じるほかはないのだ」 「けどな、狼人間というのは、この世で一番しぶといタマだぜ。お 「おれが裏切らねえのは、てめえ自身だけさ」 宅がいうほどあっさり片づけられまいよ」 と、西城は穏やかにいった。 「もう無駄話はよそうぜ。不死鳥グループは実在する。不死鳥作戦「おまえさんなら、なんとかできる。そうじゃないのかね、西城 もだ。ドランケが死ぬ間際にほざいた計画とかいう有力人種絶減 ? 」 計画もでたらめじゃあるまい。すべては順調にレ 1 ルにのってるん「まあな。おれのほかにはいまいね」 テいってみたらどうだね、室長さん。このおれになにをやらせた確信がこもっていた。 一応じましようか「奴らは申し分なくしぶといが、でかい弱点がある。性根が甘く出 暗殺か、破壊活動か、なんなりとご相談に 来てるのさ。こいつは生命取りだ」 ね」 うそぶく西城を、福田は底なし沼のようなどんよりした瞳の色で 「不死鳥作戦の成否は、ただひとつの点にかかっている。不死身の 狼人間を入手できるかどうかだ。おまえさんのいう通り、中国保安見た。 「ともかく、その前に狼人間たちの潜伏場所を見つけださねばなる 省の〈虎部隊〉が両名の狼人間に手を貸しているなら、いかに O— を操る不死鳥グループでも、たやすくは行くまい。われわれのなまい。不死鳥グループと競争になるが、国内に限ればこちらが地の : いかなることがあっても、狼人利を得ている。出番が来るまでは、おまえさんはここを動かないほ しうをまたない : すべきことは、、 間を生きたまま不死鳥グループに引渡せないということだ。それだうがよかろう。この山荘なら一応安全だ。たっぷり静養しておくと けは絶対に阻止しなければならん」 「もう罐詰めはご免だ。医者も録音機もうんざりした。身体を動か 「おれに狼人間たちを殺せというのか ? 」 西城はかすかに動揺を見せた。無類にふてぶてしい西城には珍ししてないと、頭がおかしくなってくる。さっきの護衛のザマを見れ ばわかるだろう、退屈するとおれは乱暴になるんだ。外出を許可し 5 い反応だった。 「それが最善の策とはいえまいな。狼人間たちに説得を試みることてくれ」