ハスキン - みる会図書館


検索対象: SFマガジン 1974年3月号
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1. SFマガジン 1974年3月号

1 ルズはメイダの父親を呼び出した。 日休館』の札を出しておくよ。そうすれば、きみも喪に服するひま ができるというものだ」 「フリーモントさん、メイダが歩けるぐらいよくなったら、・ほくた ひとけ ちふたりはすぐに出ていこうと思うんです」 「しかし : : : 」と、チャールズ・・ハスキンは人気のない温室にむか 「心配はいらんーフリ 1 モント氏は勘違いしていった。「わたしが っていった。「・ : : ・喪に服しているひまはありませんよ。ぶどうの ここでメイダの面倒を見るよ。きみは早く帰って、あのぶどうの木木の世話をするだけで手いつばいなのに」 の世話をしたほうがいい」 その言葉どおり、彼は起きてから寝るまで、たえずぶどうの木の 「ちがうんです。ぼくたちはあれから離れたいんですよ : : : 」 世話に追われる身になった。働いているあいだは、赤ん坊を目の届 老人は彼を温室のほうへ向かせた。「せがれ、メイダのことは心きやすいポーチの上で囲いに入れて遊ばせておくことにしたのだ 配するな。さあ、帰って働くんだ」 : 、たまたまその最後の夜、彼がうつかり赤ん坊から目を離したと ほかにどうすることもできず、チャールズは家に帰ったが、彼のしても、それはむりもないことだった。遠くでぎいぎいがちゃんと 心は計画で沸き立っていた。メイダの容態がよくなったら、彼女とい う音がしたので、彼は急いで見にいった。ぶどうの枝が温室の板 赤ん坊を連れてここを脱出しよう。もし必要なら自動車を盗んでもガラスの一枚を割ったのだった。彼が赤ん坊を残してきた家のほう 、、。そして、安全なところまで走りつづけるのた。 へひきかえそうとしたとき、肉の厚い蔓が頭上から降りてきて、彼 「メイダは死んだ」回り木戸のところまでやってきた父親が、ばろの腕にからみつき、彼をひきとめた。聴け、と言うかのように。 ぼろ泣きながらいった。 苛立った彼は、蔓を振りほどいた。しだいに不安がつのり、彼は 「ぶどうの木に殺されたんだ」チャールズ・・ハスキンはわめいた。走り出した。 老人は彼の肩をたたいて慰めた。「まあ、まあ、落ちつけ。もう だが間に合わなかった。だれの足でも、間に合わなかっただろう。 すぐ収穫の季節だ。見物人があれをどんなに喜ぶか、きみも知って赤ん坊は、いつのまに囲いを乗り越えたのか、それとも囲いから持 るだろうが : ・ : ・」 ち上げられたのか、家の箭の土の上で遊んでいた。・ハスキンはのど 「しかし、・ほくはどうしても : ・ : ・」 のはり裂けるような叫びを上げたが、赤ん坊がそれを聞きつけ、反 「きみはどうしても、メイダのためにがんばってくれなくちゃいか 応するいとまもなく、地中から一本の根が鞭のように伸びて、くる んのさ。この谷のためにもな。われわれはきみをたよりにしているくると赤ん坊の首に巻きっき、地中へひつばりこんだ。 んだよ」 ・ハスキンは、宇宙のおくびを聞いたような気がした。 チャールズが抗議するひまもなく、老人は彼の手に熊手を押しつ 地べたにとびついて、彼は狂気のようにその根をひきちぎった。 けた。一組の職人が自動式の回り木戸を据えつけにとりかかった。 しかし、もう赤ん坊の姿はどこにもなく、帽子も、がらがらも、骨 「そうだ、こうしよう」フリーモントがいった。「われわれが『本一本さえも見あたらなかった。懊悩と憤怒にとらえられたパスキン 4 7

2. SFマガジン 1974年3月号

は、深く土を掘り返し、根を叩き切り、踏みにじった。だが、土もやけくそになった彼は、最後の計画を実行することにした。も 生き物のように抵抗した。彼はおそいかかる根から辛くも逃れるこし、木そのものを傷つけられないなら、温室を破壊しよう。そうす とができた。息をあえがせて、彼はポーチに退却した。家の中にひ、れば、初霜がぶどうの木を枯らしてくれる。まだガラスを三枚しか きかえして、紙や薪や・ほろを集め、板張りの通路をたどって大きな割らないうちに、怒った植物は鞭のように蔓をくりだし、そして彼 幹へ近づくと、その根もとにそれらを積み上げた。それから積み薪をとらえた。彼が弱弱しくもがいているうちに、最初のトラックが の上に灯油をいつばい振りかけ、火をつけた。 地平線に姿を見せた。町から調査隊がやってきたのだ。 こうして、チャ 1 ルズ・・ハスキンはぶどうの木に宣戦を布告した「ああ、よかった」彼は最初の救助者にむかっていった。「あなた のだった。 がきてくれて助かった」 熱さを避けてうしろへとびしざると、彼は木を罵った。万事はす相手は緑の中をすかすようにして彼を見つめた。「なにがあった ぐに片づくものと思ったのである。だが、彼の見まもるうちに、おんだね ? 」 そらくぶどうの蔓のしわざか、スプリンクラーが水を降らしはじめ「この木を殺さなくちゃだめです」・ ( スキンはこう考えながらいっ た。煙が晴れたとき、彼はぶどうの木がほとんど損なわれていない た。これでみんなにもわかるだろう。わからないはずはない。 のを知った。火が消えたあと、木は内部から樹液を滲み出させて、 の木がわれわれを殺さないうちに、この水を殺さなくちゃ」 傷ついた幹を自分で癒したのだ。 「やつはあの木を傷めようとしているんだ」 つぎにスキンはチ = ーン・ソーで木を伐り倒そうとしたが、ま相手はうしろにいるだれかにいった。「おれたちは危ないところ ・こ、くらも切りこまないうちに、・・ ふとうの木は棚のあらゆる仕切りで間に合ったらしいそ」 から蔓を垂らし、そしてその蔓がぜんぶ根を生やしはじめた。新し ハスキンは、まだ事情がのみこめぬまま、あえぐようにいった。 い蔓が鋸を奪いとって、その刃を彼にあてようとした。・ハスキンは 「危ないところでねー 蔓を叩き切って退路を作り、つのりゆく絶望の中で温室の外に逃れ彼らはうしろにさがり、ぶどうの木がしていることを最後までや ねばならなかった。彼は桶いつばいの灰汁を地面に撒いてやろうとらせた。そのあと彼らはくじを作り、その場でつぎの番人を選ん 思いついたが、まだそばまで近づかぬうちに、温室の外のひげ根が だ。幸運な当選者は、彼の妻にこの吉報を伝えるため友だちを町へ 地上へ伸び出し、桶にからみつくのと同時に、く / スキンにおそいかやり、それから前に進み出て、温室へつうじる二重戸を開いた。彼 かってきた。もう、幹を攻撃しようにも、温室はすでに堅固な砦とが近づくと、ぶどうの木は無数の巻きひげをひっこめ、おとなしく なっていた。巨木が厚い鎧のように、巻きひげの輪繩と鞭で身を固もとの棚にからみつけた。ほとんど不安もいだかずに、新しい番人 めたのである。彼が木を傷つけうるまで接近することは不可能だっは薄闇の中にむかって囁くように声をかけた。 「だいじようぶかい ? 」 た。その前に、木のほうが彼をとらえるだろう。 5 7

3. SFマガジン 1974年3月号

も、谷のいちばん奥から、そしてときにはそのむこうの村からも、 と垂れさがっていた。緑の薄闇に目をこらした参観者は、色褪せた 人びとがたえまなく列をなしてやってきた。彼らは大温室にむかっ棒縞のシャツを着てせっせと通路を往き来している・ ( スキン一家 6 て・ほっ・ほっと前進しながら、中へはいる順番がくるのを静かに待ちの、青白い、亡霊のような姿を見ることができた。ある人びとにい うけるのだった。 わせると、ぶどうの木が・ハスキン一家からいのちを吸いとっている 大温室の外は、草一本生えていなかった。その周囲数百メートル という。また別の人びとにいわせると、・ハスキン一家がぶどうの木 にわたって、大地は養分を吸いつくされ、荒れ果てていた。参観者から生命をうけているという。真実はどうであれ、参観者はこの一 たちは、彼らの足もとの真下に広がったぶどうの根の厖大で強力な家の動きの中になにかせわしないものを、ある恐ろしいまでの切迫 網の目を意識しながら、ただ一本の陸橋を通って近づいていった。 を感し、つぎの瞬間には、あたかもぶどうの木が彼をも脅かし、 行く手には、ぶどうの木でくろぐろとした大温室が見えた。どのガ彼の呼吸する空気を吸いとっているかのように自分ののどに手をあ ラス板も、たえず芽ぶく若葉と、たわわに実った、世話のやけるぶて、つぎの順番を待って手すりの前につめかけている人びとも目に どうの房で満たされていた。入口で彼らはスキン家の末娘に一枚はいらないようすで、きびすを返してそそくさと立ち去っていくの ・こっこ 0 の硬貨を渡し、回り木戸をくぐり、手すりから体をのりだして、く ねくねとねじれた木の幹を眺めるのだった。幹を伝って彼らの視線それほど恐ろしい目にあっても、参観者はまた足を運んできた。 は下に降り、その根もとと丁寧に耕された土を見つめたが、それで遠く離れた自分の家に帰り、季節が変わったあと、ふと目を閉じて もたいていの人間は、その幹のさしわたしが七メートルもあること考えると、あの樹枝模様が心によみがえってくるのだ。なにかが彼 を信じようとしなかった。温室の地面は板敷の歩道で縦横に仕切らをひきよせ、そして彼はふたたびそこを訪れる。おそらくは花嫁 れており、・ハスキンの一家はいつも鋏や鍬や紐をもってその上を往か、それともはじめての息子を連れて、こんなことを言いながらだ 話して聞かせようと思ったんだが、やつばり百聞は一見にしか き来しながら、あちらで土塊を柔らかく砕いたり、こちらで棚から はずれて垂れさがった枝を結び直したりしていた。頭上いちめんにずだよ。こうして、谷を訪れる見物人はしだいに多くなり、やがて 広がった棚は、ぶどうの大木の無数のしなやかで力強い蔓に絡みつ新しい道路や食堂が必要になった。そして、見物の前にまず一休み かれて、ほとんど隠れていた。温室・せんたいがこの一本の木の枝としたいという遠来の客も多くなったので、谷の住民は旅館を建てる 実で満たされた中で、参観者はバスキン家の小屋のすぐ左手にあることにした。百姓たちは、ひとりまたひとりと作物の量を減らし、 ・ハルコニーに立って、通路で仕切られ、緑の葉の天蓋に覆われた、果樹園を見かぎって、レストランやモーテルに金をつぎこんだ。何 何メートルも何メートルもの空間を、見わたすのだった。この緑の軒かの映画館が生まれ、ひとりの男は大温室を見おろす場所にテラ 天蓋からは、この木の美しいむらさきの実が、非のうちどころのスを作り、そこをむらさきの。 ( ラソルで飾り、水泳プールを設けた。 ない、そしてどれもまったくおなじ形をしたぶどうの房が、ずらりあるものは観光みやげ用にぶどうの房を象った小さな宝石細工を考

4. SFマガジン 1974年3月号

昼も夜も、夏も冬も、火事と洪水と侮辱にもめげず、何世紀かに食べ物がないときもそれに肥料をやってきたのだ 0 た。一家はその わたってパスキン一家はそのぶどうの木を育ててきた。その樹齢を木の大きな幹の蔭になった小屋に住み、夜昼なくその木の世話にあ 正確に知っているものはひとりもいなかったし、また、だれがそのたっていた。彼らの腰は曲り、年じゅう温室にこもりきっているた めに皮膚は青白くぶよぶよしていた。家族のだれかが死ぬと、巨大 木を植えて、・ハスキン家の先祖にその世話をまかせたかを知ってい るものもいなかった。最初の移住者がこの谷へやってきたとき、すな温室のすぐ外にある一家の墓地へ葬られるのだが、つねに屍衣も でにぶどうの木はそこにあったのである。その木をおさめた巨大な棺桶もなく、じかに土の中へ埋められた。こうして、死んでからも 温室を建てたのがだれであり、毎秋、ぶどうを積みこみにやってく彼らは木を肥やしつづけるのである。この家では、長男だけが妻を るトラックの荷主がだれであるかを、知っているものもいなかつめとる習わしだった。長男はふつう谷の外へ出て嫁さがしをしてく るので、新妻はこの家へ連れてこられるまで、自分がぶどうの世話 当の・ ( スキン一家でさえ、それを知らなかった。にもかかわらを運命づけられた息子や娘を生むことになるとは気がっかない。た しかな証拠はなかったけれども、・ハスキン一家が年に四度、木の根 ず、この一家は最初からその木を育て、刈りこみ、形をととのえ、 果実をとり入れ、村が水飢饉のときもそれに水をやり、自分たちのもとの土を肥やすために、放血の儀式を行なっている、という噂も キイット・リード 0 現在は大学教授の夫とっ 00 「 ) と近未来の戦争を背景にしたコ流れていた。 昔まえは = ーイングランド年間最優秀婦児童物と三冊の普通小説があり、その中のでありながら、ぶどうの木は谷ぜんたいに暗い影 人記者に二度も選ばれたチャキチャキのジ "At War as Children" ( 1964 ) はグッゲを落としていた。豊作の年でも、百姓たちは自分 ャーナリストでした。一九五八年の & ンハイム長篇賞を獲得しています。 たちのいちばん出来のいいぶどうを眺め、それが 誌へのデビュー作『お待ち』一 ここに訳出した短篇は、六七年に & 温室の中に垂れさが 0 た房とはとうてい太刀打ち ハリスン日オールディス 五八号 ) は、人類学的テーマをとりいれた誌に発表され、 できないことを知った。早霜が降りたり、日照り 恐怖小説の小傑作といわれ、以後も数こそ編の年刊傑作集にも収録されたもので、彼 で土がひび割れたりすると、彼らはそれをぶどう 少ないが粒揃いの作品を発表して、メリル女の持ち味である鋭い戦慄にみちたファン の年刊傑作選の常連となりました。著書タジイであり、同時に一つの寓意物語でもの木のせいにした。しかし、その木を憎みながら (<) も、彼らはそれに惹かれているのだった。夏も冬 は、イギリスで出た短篇集会 Mr. da ・ V こあります。 7 6

5. SFマガジン 1974年3月号

案し、またあるものは、あのぶどうの木からとったものだと称するい頃に見た母親は、い つもけだるそうで、よく木の根に腰かけては ワインを売りだした。谷の人びとはしだいに洗練され、裕福になり、 すすり泣き、そして夜ごと夜ごと彼に外の世界の物語をしてくれた そしてまだぶどうの木の影に暮らしているとはいえ、もはやそれをものだった。しかし、彼の誕生からわずか二十年ほどのあいだに、 呪うものはいなかった。それどころか、空を見上げてはこういうのこの谷間の住民の暮らしぶりや気質は一変した。彼の母方の両親が だったーー一雨くると、ぶどうのためにいいんだがな。あるいはまこの家を訪れたときなどは、文句をいうどころか、大喜びだった。 たーー雹が降りそうだけれど、どうかガラスを割ったり、ぶどうを誇らしげな市長に連れられてやってきた老人と老婆は、大温室をほ 痛めたりしませんように。とうとうそのうちに、彼らはまったく農めそやし、一家の住むコッテージを見て感嘆の声を上げ、ごていね いにぶどうの木の幹を軽くさすってみたりさえした。ふたりの娘が 作をやめてしまった。そして、この時から以後、彼らの生活は、ぶ どうの木を見物にくる観光客たちのたえまない流れに依存することまだ不満げに事情を説明しようとしかけたとき、老夫婦はこういっ になったのである。 「おまえもこれならとても仕合わせだろうね」そして、帰っていっ チャールズ・・ハスキンが生まれたのは、ちょうどそうした繁栄の 時代で、谷の人びとはもはやスキン一家をのけものにはしなかっ た。それどころか、彼らはこんなふうにあいさっするのだった それを見ながらチャールズは思ったーー仕合わせにきまってるじ ゃなしか。というのも、この頃にはぶどうの木から繁栄が滲み出し きみの家族は、あいかわらず忙しくしてるかね ? あるいはまた、 チャールズの肩をたたいてーーやあ、チャーリイ、ぶどうの木は元ているように思えたからで、見物にきた人びとも畏怖を感じるいっ ぼう、同時に木のことを気づかって、こんなことをいうのだった。 ス、かい ? ・ この木に 「うんーと、彼はうわの空で答えるーーーなぜなら、彼はそろそろはもっと肥料を。あるいはーーーもっと食物を。あるいは たちに近づいていたからである。彼は長男であり、・ほっ・ほっ妻を迎もしものことがあったら大変だよ。 そんなわけで、チャールズが成年に達したときには、この谷に住 える年頃だった。これが昔なら、ことはもっとむずかしかったろ う。昔、 ( スキン家の息子が嫁さがしにいくときには、馬車に乗っむ年ごろの娘のひとり残らずが、ぶどうの木を育てている一家に喜 て山を越え、だれもあのぶどうの木の噂を聞いたことのない町まんで嫁入りしたがっていた。競争で彼の気をひこうとする娘たちも 何人かいたが、チャールズにはすでにメイダ・フリーモントという で、長い旅をしなければならなかったのである。 チャールズの母親も、そうした町の一つからやづてきた女性だっ恋人があった。彼女の父親は、丘の上のあの歓楽の館の持ちぬしだ た。恋に目がくらみ、夫の嘘と空約束を信じきってやってきた彼女った。 は、温室の中まではいるまで、よもやこれからの生涯をぶどうの木タ焼けの中に立って、ふたりは眼下の温室の屋根に最後の日ざし 9 の世話に費さねばならぬとは、気がっかなかった。チャールズが幼が照り映えるのを眺めた。チャールズがいった。「谷へ降りてき

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伸ばしはじめた。チャールズは働く時間を延ばし、葉をつみ、枝をりと力を落とした声だった。「もうなにをしたってむだだわ」 刈りこみ、その成長をほどよく押えようとしたが、働けば働くほど「そんな気の弱いことをいっちゃだめだ」チャールズは叱った。 彼の体力は弱っていくように思えた。彼の母親や妹たちもやはりお「ぼくたちでぶどうの木の世話をしていかなければ」 なじ病いに冒されたようすで、大儀そうに体を動かし、そして目に もう臨月も近いメイダが、つつかかるようにいった。「大嫌し 見えてやつれていった。 よ、あのぶどうの木」 ひとりメイダだけは元気そうで、温室やぶどうの木と関わりのな いよいよ息子が生まれるというときになって、チャールズは彼の い生活にいそしんでいた。彼女はすでに身ごもっており、未来を夢母親がいないのに気づき、しかたなく妹のスウといっしょに産婆を 見る夫婦の語らいの中では、チャールズもメイダもぶどうの木のこ っとめた。出産がぶじに終わったあと、チャールズは吉報を知らせ とを口にしなかった。 ようと、板張りの通路の上に出て、大声で呼びながら母親を探し ひとりサリーだけが、やがて生まれてくる赤ん坊に反感をもってた。ようやく見つかった母親は、かっての父親とおなじように土の いるらしく、メイダにつらくあたった。メイダが家族の手伝いをし上へうつぶせに倒れており、チャールズは彼女をかかえ起こさねば ないことを責めるのだが、そういうサリー自身も、だんだん自分のならなかった。母親の体を土からひき離したとき、彼はなにかがぶ 仕事に身を入れなくな「ていた。暇を盗んでは、回り木戸の前で例つんと断ちきれたような印象をもった。にわかに恐ろしくな 0 て、 の少年と立ち話をしているのだった。 彼は母親を家へ連れ帰り、べッドに寝かせた。母親の容態が回復し 「あの子に、もうここへくるなといえよ」ある晩、チャールズは妹ても、チャールズは彼女を家から外に出さなかった。彼はスウとふ をたしなめた。 たりだけで働いた。そうするしかしかなかったのである。だが、そ 「どうして ? わたしだって、自分の人生を生きたいわよ」 うしてもやはり母親は亡くなった。母親は家族の墓地に埋められ、 彼は眉をひそめてサリーを見た。「おまえの人生は、あのぶどうそしてぶどうの木を肥やすことになった。 の木だ」 いまや、家族は四人となった。チャールズとメイダと赤ん坊 翌日、サリーは姿を消した。いつのまにかスーツケース一つに衣そしてスウだが、彼女もまた目に見えて衰弱していった。赤ん坊が 類をまとめて、あの少年と駆け落ちしたのだ。家族のところへは、 いなければ、チャールズは絶望にかられていたかもしれす、外へ逃 遠い町から ( ガキが一通だけ届いたーー早く逃げ出さないと手遅れげ出していたかもしれない。赤ん坊は彼の未来、彼の希望であっ よーーー。差出人の住所は記されていなかった。 た。やがて赤ん坊は、大きくたくましく育ち、・ハスキン家の伝統を スウはそれを読んで、小さくかぶりを振った。「サ 1 丿ーの埋め合うけついで、ぶどうの木の世話にあたってくれるだろう。 わせに、もっと働かなくちゃいけないわね」 「こんどは女の子だな」にこにこしながら、彼はメイダにいった。 「そんなことしてもむだだよ」母親が部屋の隅から答えた。 : カつく炉火のむこう側で、スウが両手を口もとにあてた。指がわなわな 2 7

7. SFマガジン 1974年3月号

り残されて輝いていることを望んでいる。サイキデリック時代に、 〈ニュー・ワールズ〉誌Ⅷ号 まるでパ・フルガムみたいな音をだした。ヒンク・フ尸イドーーでも、 8 ちっぽけなラジオのなかで生きていた彼等はステキだった。キンク スっていうのは僕の高一の頃のお気に入り、それにリヴァプール・ . 終の号 ファイ・フは中学生かな ? : : だから僕はもうキンクスなんて聞かな こ次 ただる し。だ力、パラードの作品だけは、とり出さずにはいられない。そ っんげ なれさとの巨大な不毛は、恐らくの背後を的確に照射するのだ。 とさはを たとえば、自分はフィクションであろう。唯一のアイデンティテ 転が休な イは孤立だけが錯覚させる。あなたに、ほんとうの僕を見てほしい ド辺定んだけれど、そんなものはないんだから、僕は、あなたに、僕を生 。 ~ ( ~ 第を第 - ラの誌産しつづけなくてはならないし、それがアイデンティティなんじゃ 、第第 ( 豊鰲ー ~ ( 洋バ着雑・か ないのかしら。 だいたい、ちょっとでもメッセージがきいてると手もなくいかれ ちゃう悪いクセは、昔から。たとえば前回にちょっと書いたユー丿 われわれに反対し、われわれのことをまったくでたらめであると ・オレーシャの短篇、『鎖』 ( ″チェーン″と訳すのが正しいんだ か、なにもかもまちが 0 ているというなら、それはいっそうよいこと思うよ、自転車の話なんだから ) のラストはすばらしい とであり、われわれが敵とはっきりと一線を画していることを証明 いまわたしはとりのこされている、わたしがとりのこされて しているばかりでなく、われわれの仕事がひじように成績をあげて るさまを見たまえ、わたしはチョコチョコ歩いている : : : 短い脚 いることを証明している」 これは神話だ。 にのつかった太っちよなのだ : : : 見たまえ、わたしにとって走る 〈新しい波〉は、きやっかん的に、時代の崩落現象として決定的に ことがどんなに困難であるか、けれども、わたしは走る、たとえ あったから、それは正に闘われることたけが唯一の意義であったは 息を切らし、たとえ足がぬかってでも : : : わたしは世紀の轟く嵐 ずだ。「帝国主義が全面的な崩壊にむかい、社会主義が全世界的勝の彼方に走るのだ ! ( 品文社刊『愛』所収 ) 利にむかう時代」 ( 林彪 ) にあって、それは、状況こそが〈新しい こうした言語の喚起性こそは、全ての趣味主張ーー・イモヅル嗜好 波〉に否応なく正解の烙印をおしてくれていたはずなのだ。正義はを統御する。重大だ ! 今頃にな「て大好きだとさわいでるフリ 正しく人民のものだったのだけれど。〈新しい波〉とは、そうした それも新メン・ ( ーの "Heartbreaker" は、ちょっぴりャル気が違 ものだ。それ以外のなにものでもありはしない。そうした時代にあってる。 "Wishing って、作品は、ただ単に″書かれる。ことで自らを支えきったろ Throw down your gun, う。それは状況の海で泳ぐ魚みたいなもので、つかみだされると死 You might shoot yourself んでしまう。数多くの〈新しい波〉てき作品たちは、そのようにと 0 月 is that what ) 「 ou e trying ( 0 do

8. SFマガジン 1974年3月号

ターを見ると、酸素の分圧がゆっくりと上がってゆく所だったわ。 「お僊け海藻さ」ことさらに冗談めかしてチヒロは答えた。 そして、窒素分圧が逆の動きを示していた。 「″ノーチラス″をとてつもないご馳走とカン違いしているらしい つまり、それまでは酸素分圧が異常に下がり、窒素分圧が上って 鯨の一種だとでも思っているんだろう。恐ろしく眠くてね、つ い眠り込んでしま 0 たんだ。十分経 0 たら起してくれとラルフに頼いたのよ。私が眠り続けていたのも、あなたが抵抗出来ない眠気に 襲われたのも、おそらくそのためではないかしら」 ほくが起きなかったらしい んだんだが、・ につちさっ : ラルフか ? ーチヒロは囁き返した。その声も、百歳の老人の すっかりからみつかれてしまっている。正直なところ、二進も三 ようにしわがれていた。 進も行かない感じになっているんだよ」 ましてたじろぎもせず、彼女はテレビ・スクリーンから目を逸ら「そう・ = ・ = 生体維持システムを自由 = ント 0 ール出来るのはラルフ し、ラルフの視覚入力装置・・・・ー・ワイドテレビカメラをちらりと見やの他にはないわ。 " ノーチラス。を藻の海にみちびいたのは彼よ。 呼吸ガスを操って私たちを眠らせ、艦をこのような状態に追い込ん った。さりげなくチヒロに囁く。 「ちょっと居住区まで来てもらえないかしら ? 見てもらいたいもだのよ : : : 」 きっ チヒロはつかのま、目を強く閉じた。彼女の推理が九分九厘的を のがあるのよ」 俺の悪夢 訝かしげに彼女を見上げ、その口調とはうらはらな、強く訴える射ているということを、直感的に悟 0 ていたのだ。 は、どうやら現実のものだったようだ。ラルフが、その人工脳に、 ものをその目に認めて、チヒロは立ち上った。 状況に変化のあ 0 た場合は警報を鳴らすよう、ラルフに言い置いある種の悪意を秘め始めているという事実は、もはや疑いようがな て、居住区に入る。 「しかし : : : なぜだ ? ラルフがなぜそんな真似をしなければなら 「 ( ッチを閉めて」ジャンが囁き、さらに訝かしい思いを募らせな ない ? 」 がらも、チヒロは言われるままにした。 ヴァース 「それは私にも分らないわ。はっきりしているのは : : : 」彼女はそ 寝台の間の狭いフロアに、二人は鼻を突き合わせ、身をかがめな こで、ふいに獣のように目を光らせた。 がら立っていた。唇も開きかけたチヒロを制するように、ジャンが 「タイタンを殺したのもラルフだということだけ。私はこのことを かすれた声で囁いた。 決して忘れないつもりよ」 「これを見て」 ・パネルに機械的な視線を走らせ チヒは、再びそのメーター 彼女が指さした先は、目の高さに取り付けられた一連のメーター た。むが、収拾もっかぬほどに乱れていた。今ここで、ラルフと明 ・パネルーー生体維持システムの基礎データを表示するモニター ノーチラス″の航行は、ラルフの 確に敵対する訳には行かない。″ 。ハネルだった。 「さ 0 き、私はひどい息苦しさを感じて、目が覚めたの。このメー協力なしには到底果たしえないからだ。しかし、反逆の気配を見せ つの 2 に

9. SFマガジン 1974年3月号

マイクル・ドナヒュウは予備操車場のすぐ外の石炭殻の築堤に身始めた。 どうやら自分を探しているらしいと彼はうんざりした気持ちで考 を横たえ、堤の上面に、線路に沿って生えている、しょぼたれたよ うな、油に汚れた雑草の小さな茂みが投げる影の中にびったりと体え、おのずと石炭殻の上にいよいよ平たく身を伏せた。施設のギル を押しつけていた。炭殻の斜面に両手をいつばいに拡げて身を伏マン氏はすごく智恵がまわるのだーーー多分彼は逃走者は・ハスやタク せ、身動きもせず、ただ、夜の冷気の中の混じり合った匂いーー炭シーでシカゴを去るという手段はとらないだろう、そんなことをす 殻の、油じみた塵埃の匂いや、ものの百ャ 1 ドと離れていない小屋、ればわけなくつかまってしまうだろうからと読んだのだ。殊による から漂ってくる、ゆっくりと焼かれているハムエッグのせつなく胃と彼は逃走者が貨車荷積み場で運だめしするだろうことをたちまち 袋を刺激する香りやを、嗅ぎ取れるほどの呼吸を続けていたに過ぎ察してしまったのかもしれなかった。 よ、つこ 0 構内作業員の一人が近づいて来た。灯火を、その光が夜の闇を大 ーム 今頃、施設ではきっとみんな自分のことを話し合ってることだろきな弧をえがいてよぎり、上気の線路や石炭穀の斜面を照らすよう なと彼は思った。サンデイもミックもプーツも他の者たちも多分今に振りまわしながらだ。マイクは唇を噛み、祈りをささげた。やが 、、はて男は立ち止った。線路上のずっと向うのほうから、もう一つの光 頃寝るために服をぬぎながら、彼がどのあたりにいるだろうカ たしてローズウエルまで、そして口】ズウエル宇宙港までたどりつが、まくら木の上を這うように進んできた。ディーゼルエンジンの けるだろうかと思案していることだろう : : : 音が大きくなって、轟音をたてつつゆっくりと通り過ぎ、軽量の貨 影の中でわずかに身を動かして顔をうわむけ、彼はまばゆい星空車が揺れながら後に従っていた。 を仰いだ。そこには、静かの海と嵐の海である暗い部分がぶちにな 西に向っている , ー・・ーそれを見てとったマイクは突然心臓の鼓動の った月があった。そしてまた火星のちつぼけな赤い点と、金星の火速まるのを覚えた。貨車の後ろには空車がつらなっている。彼はさ のような光とがあった : っと立ち上ると、その横を走り始めた。灯火を持った男が彼を見つ 彼は、こわばった筋肉をくつろがせようとして、ちょっと姿勢をけたかどうかは意に介さなかった。列車は今や速度を増し始め、汽 変えた。彼の肘に動かされた石が一つ、築堤をからからところがり笛は夜の闇に不気味に響き渡った。各空車はがたがた揺れながら追 い越して行く。ドアはいずれも半開きだ。その一つに入り込もうと 落ちた。彼ははっと身をこわばらせた。しかしその音は、線路沿い の草むらの中にすだく虫の音というお定まりの夜の音と、一プロッ指がドア枠をつかむ。思いのほかの烈しい加速と衝撃で彼は宙ぶら ク先の構内で車輛を往復させている入れ代え機関車の騒音とにかきりんの状態になった。薄い木綿のズボンは冷風をはらんでばたばた と脚を笞打った。やがて空気を胸いつばい吸いこむと、力をこめて 消された。 小屋の中で電話のベルが鳴った。ほどなく灯火を手にした男たち車内に這い上った。 が出て来て、構内沿いに歩きだし、背の低いタルゴ貨車を見まわり開いたドアのわきにしやがみこむと、通過していく郊外の風景を

10. SFマガジン 1974年3月号

と顔の上で震えた。ふたりが止めるいとまもなく、スウは立ち上がズが、緑の繭の中にぶらさがっているスウの骸骨を見つけたのも、 って部屋から駆けだした。ポ 1 チまで追いかけたチャールズの耳ちょうどこの頃だった。彼はそれを解き放っと、手早く墓地に埋め た。メイダに見せまいとする思いやりからだった。大地は生き物の に、死物狂いのあわたたしい足音がきこえた。しかし、温室の中は 暗く、頭上ではぶどうの巨木が軋るような音を立てていた。そっと ように、ねじくれたひげ根をくり出し、彼はあわててのびのいた。 身ぶるいして、彼は家の中にもどった。 「出ていこう彼は唇をかみしめながら呟いた。「メイダと赤ん坊を それつきり、スウの姿はなかった。やむなく、メイダは赤ん坊を連れて、ここから出ていこう」 家の中に閉じこめて、彼のぶどうの世話を手伝うことにした。メイ だが、もう手遅れだった。こんどは妻が彼の必死の呼びかけにも ダは器用でのみこみが早く、そして、すでにひとりの子供をここで答えなかった。やっと見つけたとき、メイダは家のすぐ外で地面に もうけたためか、これまでここで働いてきた人たちとおなじように、 うつ伏せに倒れていた。チャールズが抱きおこすと、盲いてはいる 温室の中の生活にふしぎなほど甘んじてしまっていた。メイダとチが愛のこもった顔で、彼女はにつこりと笑った。土に触れていた部 ャールズはせっせと働いたが、やがて彼は妻の変化に気づきはじめ分の皮膚は、破裂した毛細管で赤くまだらになっていた。チャール た。家からいちばん遠い高架通路の上で、温室のガラスの壁に頬をズは彼女を抱き上げて外へ走り出したが、道のそばまできたところ 押しあてている彼女を見かけることが、多くなったのだ。チャール でばったり倒れてしまった。警察の手で病院に運ばれたあと、チャ 評論社 指輪物語 4 ◆第 2 部完結 / -) ・・・トールキン瀬田貞ニ訳 巻豊かな幻想とロマンの織りなす神話的世 界に、失われた現代人の夢を描く、壮大な 冒険物語。アダルト・ファンタジーの最高 部傑作′ . \ 1200 ・既 / —旅の仲間 ( 上・下 ) Ⅱニつの塔 ( 上 ) : : : 各 \ 950 神田神保町 2 振替東京 7294 ・小誌「ばれるが」呈本誌名記入申込 73