て、絞り上げような冷たさが滲み込んで来た。深度計に目を近づけ向って来る。 が、それは現実だ。かれら る。ラジウム針が深度三百を示して揺れている。通常の人間には致わるい夢でも見ているようだった ギルをマン 命的な深度だが、卓抜した呼吸機能を持ち、訓練された″えら人の突進がまき起す波動が、チヒロの体をも揉みつつあったからだ。 チヒロはすべてを忘れ、魅せられたようにそれらの姿を見守って 間″は、深度六百メートルまでは耐えうる。死に瀕した鯨を思わせ いた。やがて、かれらのとてつもない巨大さが明瞭になって来た。 て、巨大な、のつべりした黒いシルエットが、ゆるやかにチヒロの ノーチラス″カ ・、、ジャンの亡骸をおさめかって存在したどんな巨鯨をも凌ぐ量感をすでにそれは示してい 眼下から消えて行った。″ た。そのおぼろな光の輪郭は膨れ上る一方で、衰えを見せる様子も た鉄の棺たるべく、八千メートルの海底めざして沈んだ行ったのだ。 コンパスを見定め、石に水中・ハズーカをかざし、左にカプセル入なかったのだ。 っ・オム りのケースを抱きながら、チヒロはおもなろに水を蹴った。 そしてようやくチヒロは、その明確な姿態を認めた ! それが正 がなしやらに奔ろうとはしなかった。生き永らえた場合の、長い面から迫って来たために、その姿を把握するのに手間取ったのだ。 ばう 旅路にそなえて、体力をセー・フしておかねばならないのだ。 絶えずくねらせ、・ハランスを取っているかのような長大な首、紡 パズーカの安全装置を外し、のしかかる、敵意に充ちた闇を見透錘形の胴体。鰭状の四肢、そして蛇を思わせる形の頭部 : ・ あのふしぎな、遠い汽笛を思わせるパルス音があたりに充ちょう すようにしながら進んだ。目前をよぎる深海魚の姿は絶えてなく、 水は砂漠さながらに空虚だった。おそらく、迫り来る異様なもののとしていた。明らかにそれは、かれらが鳴き交している叫びだった。 気配を察して、とうにかれらは逃げ散ったのだろう。 かれらは、百メートルばかりの距離を開け、獲物を品定めするか ″ノーチラス″のあの屈強な外敵、すでに狎れ切っていたコク。ヒッのように、チヒロの周囲をゆったりと巡り始めた。発光する壁がチ かれらの全長は、ゆうに百五 トの息づまるような雰囲気への郷愁が、どっと波打ってチヒロを圧ヒロを閉ざしたようなものだった 倒した。″保護されているという感覚ーー・その思いこそ、じつは十メートルはあったろう。その肌にいちめんにこびりついている発 光体は、おそらく。フランクトン : : : 海ボタルのたぐいだったろう。 この海で、もっとも貴重なものだったのだ。 おそらくはかれらの棲息地に豊富に存在しているものが、その皮膚 チヒロは目をしばたたいた。前方の、蒼黒い虚無の壁の向うに、 かすかにほのめくものが、浮び上ったような気がしたのだ。みるまに寄生しているのだ。 チヒロは、そのおそるべき顎から目を外らすことが出来なかっ にそれは大きさを増し、燐光めいたお・ほろな光で輪郭をくまどりな た。この顎に比べれば、タイタンのそれなどはいかなる脅威をも失 がら、形をととのえて来た。 ったに違いない。文字どおり、サ 1 ベルに等しいサイズを持っ牙 チヒロは唐突な予感を覚え、振り返った。背後にも同様な光景が 7 2 出現していた。そして彼の左手にも。ふしぎなアメー・ハ のように形が、乳白色に輝きながら、くさび形に開いたその空間にひしめいて 2 一 いた。爬虫類独特の無表情な目が、巨大な黒燿石のように光りなが を伸縮させながら、その三つの光点は、すばらしい速度でチヒロに はし
も、谷のいちばん奥から、そしてときにはそのむこうの村からも、 と垂れさがっていた。緑の薄闇に目をこらした参観者は、色褪せた 人びとがたえまなく列をなしてやってきた。彼らは大温室にむかっ棒縞のシャツを着てせっせと通路を往き来している・ ( スキン一家 6 て・ほっ・ほっと前進しながら、中へはいる順番がくるのを静かに待ちの、青白い、亡霊のような姿を見ることができた。ある人びとにい うけるのだった。 わせると、ぶどうの木が・ハスキン一家からいのちを吸いとっている 大温室の外は、草一本生えていなかった。その周囲数百メートル という。また別の人びとにいわせると、・ハスキン一家がぶどうの木 にわたって、大地は養分を吸いつくされ、荒れ果てていた。参観者から生命をうけているという。真実はどうであれ、参観者はこの一 たちは、彼らの足もとの真下に広がったぶどうの根の厖大で強力な家の動きの中になにかせわしないものを、ある恐ろしいまでの切迫 網の目を意識しながら、ただ一本の陸橋を通って近づいていった。 を感し、つぎの瞬間には、あたかもぶどうの木が彼をも脅かし、 行く手には、ぶどうの木でくろぐろとした大温室が見えた。どのガ彼の呼吸する空気を吸いとっているかのように自分ののどに手をあ ラス板も、たえず芽ぶく若葉と、たわわに実った、世話のやけるぶて、つぎの順番を待って手すりの前につめかけている人びとも目に どうの房で満たされていた。入口で彼らはスキン家の末娘に一枚はいらないようすで、きびすを返してそそくさと立ち去っていくの ・こっこ 0 の硬貨を渡し、回り木戸をくぐり、手すりから体をのりだして、く ねくねとねじれた木の幹を眺めるのだった。幹を伝って彼らの視線それほど恐ろしい目にあっても、参観者はまた足を運んできた。 は下に降り、その根もとと丁寧に耕された土を見つめたが、それで遠く離れた自分の家に帰り、季節が変わったあと、ふと目を閉じて もたいていの人間は、その幹のさしわたしが七メートルもあること考えると、あの樹枝模様が心によみがえってくるのだ。なにかが彼 を信じようとしなかった。温室の地面は板敷の歩道で縦横に仕切らをひきよせ、そして彼はふたたびそこを訪れる。おそらくは花嫁 れており、・ハスキンの一家はいつも鋏や鍬や紐をもってその上を往か、それともはじめての息子を連れて、こんなことを言いながらだ 話して聞かせようと思ったんだが、やつばり百聞は一見にしか き来しながら、あちらで土塊を柔らかく砕いたり、こちらで棚から はずれて垂れさがった枝を結び直したりしていた。頭上いちめんにずだよ。こうして、谷を訪れる見物人はしだいに多くなり、やがて 広がった棚は、ぶどうの大木の無数のしなやかで力強い蔓に絡みつ新しい道路や食堂が必要になった。そして、見物の前にまず一休み かれて、ほとんど隠れていた。温室・せんたいがこの一本の木の枝としたいという遠来の客も多くなったので、谷の住民は旅館を建てる 実で満たされた中で、参観者はバスキン家の小屋のすぐ左手にあることにした。百姓たちは、ひとりまたひとりと作物の量を減らし、 ・ハルコニーに立って、通路で仕切られ、緑の葉の天蓋に覆われた、果樹園を見かぎって、レストランやモーテルに金をつぎこんだ。何 何メートルも何メートルもの空間を、見わたすのだった。この緑の軒かの映画館が生まれ、ひとりの男は大温室を見おろす場所にテラ 天蓋からは、この木の美しいむらさきの実が、非のうちどころのスを作り、そこをむらさきの。 ( ラソルで飾り、水泳プールを設けた。 ない、そしてどれもまったくおなじ形をしたぶどうの房が、ずらりあるものは観光みやげ用にぶどうの房を象った小さな宝石細工を考
彼の直下に拡がっているものは、もはや蒼く底知れない深淵ではな く、西に向ってゆるやかに駈け上っている、深さ三百メートルにも マイナス 満たぬ斜面だったのだ。これこそ、・ハハマ諸島の連鎖に沿って続 、大陸棚と大西洋の深みとの境界だ。この境界線に従って北上す チヒロは、お・ほろな世界を彷徨していた。限界を越えつつある疲 れば、間違いなく・ハハマ・シティに行き着けるだろう。 労が、彼からすべての理性を遠ざけ、一種の甘美な酩酊に誘おうと 今、チヒロは、深さ五十メートル足らずの海底を、這うよう しているのだった。 もう、何キロの距離をあとにして来ただろうか。すでに一昼夜近にして進んでいる。その深さを選んだのには二つの理由があった。 水が明るいので視界がよく利き、また危険が迫った場合、とっさに く、休むことなしに彼は泳ぎ続けているのだ。 例のタイム・リミットーー彼らが与えられた三三六時間を、すで逃げ込める場所が控えているということだ。亜熱帯の、温かく、澄 に上回っていることはほぼ確かだったろう。しかし、彼の内部にんだ水に洗われて、海底は、サンゴ海域特有のきらびやかな景観を は、頑としてそれを認めようとしない部分があった。その部分にと誇っていた。豊富なサンゴが生い茂り、多彩な生物相がその間を埋 っては、時間は歩みを停めたのも同然であり、彼がもはや手首の時め尽していた。 あらゆる桎桔と無縁であったならば、この海に遊ぶことは、チヒ 計を覗こうとしなくなっているのは、そのためなのだった。 口にとって大いなる快楽だったろう。が、今は彼の観察力のすべて 弾を射ち尽した水中パズーカはとうに捨てている。カリ・フ海はか は、この華麓な海にひそむ敵の脅威を採り出すことに使われている ねてから鮫や・ハラクーダの徘徊で名高い海域であり、その名声は決 のだった。 (-) て裏切られることはなかったのだ。 かさへり ふとチヒロは体の動きを止め、巨大なテー・フルサンゴの暈の縁に 空腹に耐えかねると、岩陰から海老や蟹をつかみ出し、甲殻を引 き裂いてなかみをむさぼり食った。右脇に抱えたケースだけはつい手をかけて、上方の気配をうかがった。きな臭い匂いがする。魚類 そく そ離そうとはしなかった。傷ついた渡り鳥が、羽を引きずりながらが、側腺と呼ばれる感圧器官で、敵の接近が引き起こす波動を鋭敏 でも次の目的地を目指すように、彼もまた、コンパスがみちびくまに察知するように、チヒロもまた、微妙な水圧変化をすばやく嗅ぎ まに、 ハマ・シティの方角を指して、ひたすら泳ぎ進んでいた。 とる能力に長けていたのだ。 あがな チヒロを支えているものは一つの執念だった。ジャンの死を購う大きな灰色の影のようなものが、チヒロをその乱流でサンゴに叩 ためには、どうあっても任務を果たさねばならない。彼女の自己犠きつけるばかりにしながら、頭上すれすれを掠めて通り過ぎた。反 牲を無意味なものとすることこそ、今のチヒロにとってはもっとも射的にそのテ 1 プルサンゴーー差し渡し四メートルはあったろうー 9 2 耐えられぬ思いだ。 ーの蔭に体を沈ませ、そいつを見届けようとする。青く澄みわたっ 2 そして、チヒロの努力は、わずかながら酬われようとしていた。 た海中を、それが、グロテスクな姿態を惜しみなくチヒロに聒しな
る可能性はまだ充分残っている。残るは約二千キロだ。仮に、いかるーー破局が迫 0 ている。運命づけられた、ー・破局に向って、″ / なる障害にも出会わぬとして、平均時速一一十ノットを維持出来れーチラス″はじつは突き進んでいるのだ、と。 チヒはすべての意志力をこめて、その思いをねじ伏せようとし ば、どうやら到達しうる距離だ。 そして : : : と、チヒロは思った。何も起らぬことを祈るほかはなていた。そしてそれは、きわめて疲れを誘う作業だったようだ。 「どうやら : : : 」彼はジャンを顧みた。 、。″ / ーチラス″は今や、裸にむかれた兎同然の存在なのだ。 「ゴールは見えて来たようだな」 ジャンはほのかに微笑した。その微笑の、ひどく透き通った優雅 マイナス さに気付いて、チヒロはふと眉をひそめた。″藻の海″からの脱出 騒ぎに紛れてはっきりと見て取れなかったのだが、タイタンの死以 「あと千キロねージャンが呟いた。 後、彼女は変って来ている。チヒロには気に入らぬ変容だった。俗 チヒロは黙って頷いた。艦位表示スクリーンには、プエルト・リ カけ″がうすれて来ているような気がするのだ。 コ海溝が、その弓なりに反った姿を現わしている。″ノーチラス″ の輝点を中央に据えながら、それはゆるやかに後方に流れ去ろうと「 : : : すばらしい奴だったな、タイタンは」 えん チヒロはことばを噛みしめるように呟いた。「彼のおかげでここ している。海溝最深部ーーー八千メートルに及ぶ深淵の上で、深度百 まで辿りつけたようなものだよ」 ″ノーチラス四世″ メートル、定速二十五ノットを保ちながら、 ひとむち 「そうね」彼女は微笑をさらに深めて答えた。 は、ゴル目指して、最後の一鞭を浴びているのだった。 チヒ 0 の高揚感覚は続いていた。死んだように眠 0 た十時間がそ「でも、彼ひとりを冷い海の底にいつまでも眠らせておくつもりは ないわ」 れをたすけたということもあろう。蘇って来た気力が、チヒロを敗 北主義から無縁なものとしていた。傲岸なまでの自信が、彼の胸を「 : ・ その謎めいたことばの意味を、問い糺そうとしたチヒロを、ラル もはや、″ノ 1 チラス″の行く手は坦々たる 膨らませていた。 さえぎ フの乾いた声が遮った。 大道も同然であり、作戦の成就は約東されたようなものだ ・ 0 が、実は、それは虚勢であったかも知れないのだ。本能は、それ「未知の物体が接近。三個体ーー十時、三時、六時方向から時速一一 、スムで捏ねられた幻影にしか過ぎぬことを十五ノットで接近中。距離それそれ十キロメートル : が根拠のないオ。フティ、こ さとっており、それを認めることの恐さに、心が自らをめざめさせ体中の血が、ばりばりと音を立てて凍ってゆくような感覚を覚え ながら、チヒロは叫んだ。 つつあるのかも知れないのだ。 「・ 0 だと ? どんな奴だ ? 」 断ち切ろうとしてもかなわぬかすかな不安が、一筋の強靱な糸に 「体長約百五十メートル。その運動パターンからみて、南太平洋イ 似て、心の根元にまつわりついていた。それは執拗に囁きかけてい うさぎ たた サルがツソー 2 幻
《ナャアアッ やっていると、『コミミズク』は逃げてしまうから、目をふたたび かれの上にもどそう。 河原に打ち上げられた流木にとまった『コミミズク』は、五メー トルの距離にまで迫った私に、ついにそれ以上接近されるととりか えしのつかない事態が起ることをさとった。かれは河原に羽をひる がえすと、音もなく飛び立った。五十メートルほど離れた大きな石 の上に降り、両肢を踏ん張ってのび上るようにして私を見つめてい る。私はいったんかれに背を向け、はるかに遠回りしてふたたびか れに近づいた。こんどは十メートルまで近づかないうちにかれは舞 い上った。水量の減った釜無川の水面すれすれに対岸まで飛び、黄 いちごの繁みの中へ降りた。それ以上、かれを困らせる必要もなか った。『コミミズク』は真昼でもちゃんと見えるということがたし かめられればそれでよい。昼間、ちゃんとものが見えるはずのフク ロウが、な・せ、昼間は目が見えない、などと言われるようになった のだろうか ? 理由は簡単だ。昼間のフクロウはうつらうつら眠っ ていることが多いからだ。あるいは、大きな目を見開いていても、 焦点をちゅうに当てたままで・ほんやりしている。つまり何も見てい ないのだ。これは眠りとはいえないが、生理的にはかなり深い休息 の状態といってよいだろう。そしてかれらは夕方になって周囲が薄 暗くなると、俄然、活発に活動をはじめる。その完全に目覚めたフ クロウを、あかるい部屋に入れる。するとかれらはしばらくすると 動きが鈍くなり、やがて昼間と同じように止り木に止って動かなく なり、うとうとしはじめる。電気を消すと急に元気になる。こうし た実験の結果わかることは、フクウ類はあかるいと眠くなるとい うことだ。つまりある程度以上の光刺激はフクロウ類の大脳のはた らきを低下させ、神経の興奮を抑制させるのだ。だからかれらは夜 や曇っている日は頭が冴えかえっていきいきしているわけだ。決し て昼間は目が見えないわけではない。それではいっ眠るのか、とい
間髪を入れず艦の行き脚がドロップし、衰えてゆく機関の唸りを「間に合わないわ。タイタンは窒息しそうになっているのよ ! 」 背景に、ラルフが答えた。 「頑張るように言え。ーー艦を出来るだけ接近させる。やつの注意 「当該生物はダイオウイカ。体長約八十メートルと見積られる : ・ を引きつけられるかどうかやって見る。それまで粘り抜くんだ ! 」 そうだ、とチヒは思 0 た。タイタンには初めからのない戦い ダイオウイカ : : : 深海の魔王 ! チヒロは、タイタンの陥ち入っ だったのだ。ジャンが危惧していたように、かれは自らの潜水能力 た苦境を正確にさとって慄然とした。それらのイカを常食としてい に信を置きすぎて、いささか限度を越えた深みに舞い下りて行った るマッコウクジラでさえも、時には深みにひきずり込まれて溺れるに違いない。その縁者のマッコウクジラのひそみにならって、かれ そうぐう 場合がある。しかもタイタンの遭遇した個体は、八十メートルに及もまた、柔かい頭足類の肉が大好物だった。その癖が、かれの命取 しんく ぶ、まさに伝説のクラ 1 ケンにも等しい怪物なのだ。 りとなりつつある。王国を荒された怒りに、その体を真紅に染めた 「チヒロ ? 何とかして ! 」ジャンが紙のように白くなった顔を振巨大な大王が出現した瞬間、タイタンは自らの生命をさとったこと り向けて叫んだ。 につ、つ 0 「ミサイルを使って ! 」 まだ無益と知りながらも、チヒロの目は、艦首が切り裂いてゆく 「そいつは無理だ : : : 」チヒロは唇を噛んだ。 テレビスクリーンの海中光景と、ぐんぐんはね上ってゆく深度計の 「かれらがからみ合っている限りミサイルは使えない。ジャン、何数字に、交互に吸いつけられずにはいられなかった。深度一千メー とかイカを引き離させろ ! 望みはそれしかないそ。 トル : : : 名も知れぬ深海魚の群れが、その肌をネオンのように光ら ラルフ、濳航してかれらに接近。マグナムミサイルスタン・ハ せて、慌だしく放射状に逃げ散る、風に吹かれる木の葉さながら イせよ ! 」 に。深度千百、千二百 : : : 投光器がむなしく照し出す、冷ややかに ・ミサイルは、核弾頭のそれを別として、″ノーチラス″に搭蒼ざめ切った水が、際限もなく左右に流れ去ってゆく。しかもまだ 載されている最強の兵器だ。その破壊力は、たとえ直撃せずとも、 このあたりは、奈落のほんのとばロでしかないのだ。 周辺直径千メートル以内の生物の組織を、衝撃波でばらばらにして深度千五百 : : : と、そのときチヒロは、わが耳を疑った。艦が一 しまうだろう。 瞬異様に身ぶるいし、同時にかすかな、しかし聞き違えようもない 「了解」 響きをチヒロは聴いたのだ。短いが鋭い、かるく咳き込むような響 ″ノーチラス″は三十度近い俯角で深みへと突っ込んで行った。格き。ミサイルの発射音だ。同時に、テレビスクリーンを、灰色の魚 闘しつつある二頭の巨大な生物を表わすエコーが、みるまにソナー雷形が、幻のようにかすめて過ぎたようだった。 スクリーンの中央に移動してゆく。 反射的にミサイル・コントロール・パネルを見上げる。スタン・ハ 「駄目よ ! 」ジャンが悲鳴を上げた。 イ 0 ・を表わして緑に輝いていた三つの・ミサイル表示ランプ おば えんじゃ 2 日
になるのは、ウサギは何におびえたのか ? という点だ。風向きの 斜面の・フッシュのかげにひそんでいるキツネの匂いはとどかない。 ウサギは小さく跳びながら沢の底へ降りてきた。キツネまでの距離関係で、ブッシ = にかくれひそんでいるキツネの匂いはあきらかに は二十メートル。キツネの最終突撃距離まではまだ少しある。そのウサギにはとどいていない。しかし、キツネが身をひそめる場所を とき、ウサギは立ち止った。長い耳を落着かなく動かして周囲のよさがすためにそのへんを歩き回ったであろうし、そもそもウサギの うすをさぐり、それからまたそろそろと動いた。立ち止 0 て匂いを匂いをたしかめるためにも、そのあたりをかぎ回ったであろうか かぎ、音を聞き、さらに数メートル跳んでこちら側の斜面の下端にら、地面や草の葉にキツネの匂いがしみついているということはあ とりついた。キツネは全く動かない。とっぜん、ウサギは後肢で立り得る。しかし、リスやイタチ、ウサギ、キツネなどが豊富に棲息 ち上った。短い前肢を胸の前にそろえたまま、耳を後にねかせ、鼻しているこのあたりでは、地面にしみついたキツネの匂いなどはそ 先を天に向けた。十秒。一一十秒。ふたたびウサギは四肢にもど 0 てうめずらしいものではないだろうし、新しい匂いが、すなわち身近 くるりと背を向け、沢の底の中央までもど 0 た。かれはたい〈ん落にキツネがいることを示すことにもならない。二、三分前にキツネ 着を失っていた。対岸にもどりかけてはふたたびこちらへや「て来、が通 0 てい「た所を、ウサギが平気で横切ってゆくなどということ それからまたあともどった。かれはあきらかになにものかの気配にはよくあることだ。あのウサギはそれでは何におびえ、何に恐怖を 感したのだろうか ? 匂いや音ではない。もっと別なことなのだ。 気づいたのだ。ためらいと不安がかれの小さな頭の中に渦巻いてい るのだ。かれは一度、キツネのひそんでいる・フッシ = まで数メートルわからないことがもうひとつある。・フッシに身をかくしていたキ ツネは、一度は確実にウサギが自分の跳躍圏内に人ったのに、なぜ の距離まで近づいた。私はそこがウサギの終焉の場所だと思った。 ? かれにとってはウサギを待っために使った時 しかし、なぜかキツネは不動の姿勢を保ったままとび出さなかった。襲わなかったのか 間や忍耐は、私のそれとは比較にならぬほどの重要なものであった ウサギは無事一命をひろい、沢の中央までかけもどった。ウサギは もう沢を横切ってこちら側の斜面にわたることを完全にあきらめてはすだ。 しまった。一度、たんねんに周囲の物音に耳をかたむけたのち、対私はひとりで結論づけた。 キツネはその長い待機の時間のどこかで私の存在に気づいたの 岸の斜面の下端に沿って、下流の方へ跳ねていってしまった。ウサ ギの姿が完全に見えなくなると、・フッシ = のかげのキツネはのっそだ。かれは私の意図をさとることができぬままに、狩に踏み切るこ りと立ち上った。立上ったかれはふいに私の方をふり向いた。一とを断念した。地形的に、絶対的な優位を占める私の気配に、 瞬、私と目が合った。かれはそのまま、長い尾をふりふり、沢の中までたってもかれを攻撃しようとする意志のあらわれないことがか 央に降り、すぐ見えなくなった。私も板のようになった背中や、メれを迷わせ、決断を鈍らせたのだろう。もし私が最初からかれに対 リメリいう腰骨をだましだまし、石北峠までくだり、トラックをつして攻撃の意志を抱いて近づいていたとしたなら、かれは私の気配 かまえて峠のふもとのイトムカの水銀鉱山へたどり着いた。 に気づいたとたんに横っとびに逃げ去っていたはずだ。かれはさい ドキドキしながらウサギを見守ってい ごまで私の出様をうかがい 9 4 この = セイチャロマップ川沿いの無名の沢でのキツネとウサギのたのだ。そしてそのウサギは、私の存在についても、待ち伏せてい いちばん気るキツネの所在に関しても、ついに確認を得られないまま、あえて 出会いは、どんなからくりを示しているのだろうか ?
えじき 1 チラス″を押し包んで、折あらば餌食にしようとざわめている外れている。タイタンを失った衝撃がまだ癒えぬ上に、この十二時間 ストレス たが の怪物どもは、ジョン・・オズボーンの奔放な想像力をもはるかに強いられた緊張が、彼女を、箍のように締めつけたのだ。自分の に超えていただろう。 顔も、そう見栄えのするものではないことを、チヒロは知ってい た。逃がれるべくもない罠におちた獣さながらに、皮膚のすべては そいつは、きわめて錯綜しているために、正体を見究めることは 難かしかったが、この十二時間の漂流の間に観察した限りでは、長そそけ立っている筈だーかれらが今がっちりととらえられた罠 さが三百メートルはある葉状体、すなわち触手を持ち、その基部には、″ ノーチラス″がかって遭遇した最大のものであり、脱け出る 巨大な消化器官をそなえた食肉植物のようだった。その触手は、獲手段を得るみちは、ほ・ほ絶望的に閉ざされようとしていたからであ 物をからめとるだけではなく麻痺させる粘液を分泌し、その哀れなる。 じようろ そして、チヒロの目が血走っているのには、さらに根本的な理由 犠牲者を、漏斗状のロに運ぶ機能を持っているらしい。 があった。この災厄を招いたのは、彼の一瞬の気のゆるみからだと いわゆるべントスを、こんな どのような手段が、無害な海藻 怪物に変貌させたのか見当もっかぬ。その長さだけに関してならも言えたからだ。 ば、アメリカ太平洋岸に分布する、マクロキスティスと呼ばれる海 チヒロは眠かった。 藻類は、三百メートル近くに伸びるとで、かねてから知られてい る。しかし、イソギンチャクにも似たその食性からして、これはも過去四十八時間というもの、ぶっとおしの当直を強いられて来た はや、海藻のカテゴリーから外れた、全く新らしい生物と言うべき からである。ジャンは、あの不幸な誤射事件のあと、全く虚脱状態 ヴァース ・こ「つ、つ 0 となり、寝台にひきこもったまま、現実への関心を取り戻す気配も 蜘蛛の巣にさらされている、体液を吸い取られた後の哀れな虫の見せなかった。 遣骸のように、触手にからめとられた形で骨となっている、鯨や鮫やむを得ずチヒロは、・ヘンゼドリンで集中力を維持させながら、 おかん お・ほ のものと覚しい死体もチヒロは認め、背筋に這い上ってくる悪寒を二昼夜近く、コク。ヒットに頑張り続けて来たのだった。そして、二 しりぞ 十四時間を越えたあたりから、興奮剤を飲み続けた反動が現われ始 退けることが出来なかった。 そして、この密林から脱け出ようとするどんな努力も無益だっため、どうしようもない気のゆるみと睡魔とが、チヒロの足もとから スクリュー にはとうにかれらがからみつき、ミサイルが効果を這い上りつつあった。 現わす相手でもなく、艦をそっくり封じ込めている巨大な集落とと艦が、ギアナ海盆を通過し、北アメリカ海盆に乗り入れるべく、 もに、海域の中心に向って、じわじわと漂流することを余儀なくさ北緯十度線を越えた時点までは辛うじて記憶に残っている。 れていたのだ。 その後、休息を求めてあえいでいた意識が、なけなしの知恵を振 サプ・シートに身を沈めているジャンは、すでに別人のように窶り絞って、ひとつの便法ーー妥協案を考えっかせたのだ。 ウォッチ 2 ー 5
従って″敵″の襲来とそれに続く孤立化にもめげず、プラントのた。この数日のあいだにいっそう大きくなった青い目が彼を見下ろ ストレス 海中要員たちが生き永らえうる可能性は極めて少ない。しかし、そしている。うちつづく緊張と慣れぬ閉鎖環境での生活が彼女の頬を いつばいに削いでしまったのだ。 - しかしその憔悴は、よりいっそう のわずかな可能性が、今チヒロたちの前に実現しているのかも知れ ない 彼女を妖精じみた存在に変容させる効果があったかのようである。 すなわち、ラルフがとらえた不可解なビンガー波は、生残りの「艦はたしかに転舵した。十二時間ばかり道草をくってゆくつもり 人々が打ち鳴らしている鐘ーーー救助を乞う信号であると言う可能性なんだ。運がよければ、・ほくらは会えるかも知れない。ぼくらの同 もありうるのだ。 類・ーー人間にね」 「ラルフ、時間の余裕はどのくらいある ? 」 「 : : : 約十二時間」 水はすばらしく澄んでいた。まだ三百メートルも距っているうち そうか、とチヒロは思った。それだけあれば、ちょいと覗いてこ から、・ O ー 1 の外郭が、艦首のテレビアイにぼんやりと姿を現 れるな。 わし始めた。スビーカーに切り換えられている例の。ヒンガー音は、 「ラルフ、進路変更だ。プロムレイ海台上の海台の海中プラントに いっそう強く、鮮明になっていた。発信源が・ O ー 1 の内部に存 ピンガ 向う。信号超音波の発信源を突きとめるんだ」 在していることはもはや明白だった。 「勧告する : : : 」ラルフが言った。 しかし、テレビスクリーンに、ひときわくつきりと海中プラント 「そのような行動パターンは私には指示されていない。進路をこのの全容が浮び上ったその瞬間、チヒロの目は凍りついた。 まま維持するべきと思われる」 それはまさに廃墟だったのだ。手前に見えているのは石油精製所 ぐち 「差し出口と言うことばを知っているかね ? ラルフ」チヒロはマのプロックらしい 少くともかってはだ。しかし今は、ドリリン イクに唇を近づけて唸った。 グ・。フラットフォームの支柱は傾き、いちめんに海底にひらいたキ ノコのような貯油タンクは見るかげもなくへしやげており、パイプ 「ぼくが呼吸をしているうちは、ぼくの指命に従うんだ」 が、その声にわずかな逡巡のひラインもねじれ、折れている。何かとてつもなく兇暴な破壊力が吹 「 : : : 了解」ラルフは答えた、 びきがあったように思えたのは、チヒロの錯覚だったろうか。 き荒れたかのようだ。むろん、かってはこのプラントを精彩あるも のにしていただろう投光器のゆらめきもなければ、ダイ・ハーや潜水 三分後、刻々と減ってゆく水深計のディジタル表示をみつめてい 艦の活動も認められない。魚群のすがたもなく、その機能美を失っ るラルフの背に、ジャンの声が降って来た。 「私の気のせいかしら ? 艦が急に転舵したような気がして、目がた構築物の残骸が、ひっそりと海底の潮流に洗われているだけだっ 覚めたんだけど : : : 」 「君の方向感覚はタイタンなみさ」首をねじ向けてチヒロは答え墓場だ、とチヒロは思った。深さ六十メートルの、広大な金属の こ 0 へだた 203
米航空宇宙局 (Z<Ø<) が、・フーメラン計画観測機器をパラシュートで投下したが、投下地は という新しい科学観測の準備に乗り出した。プー初めの予定地からわずか一五キロしか離れていな メランとはいうまでもなく、ほうり投げても戻っかったという。 てくる土人の狩猟用具。いったいどんな計画なの地球物理学者、ことに気象学者たちは、このプ ーメラン計画の成果に大きな期待を寄せている。 主役を演ずるのはスーパ ー。フレッシャーと呼ば何しろ成層圏をこんなに連続長時間、観測するの れる高さ二二メートルのポリエステル製大気球。は初めてのこと。実施されたら、のんびりしたそ これに気象や宇宙線、小隕石などを調べる観測器の足どりは、世界各地をわかすことだろう。 を積み、高さ四〇 8 〇メートルの成層圏に上げ る。 ■宇宙から超重元素が 地球の北半球上層には、自転による偏西風が吹 いているので、気球はこれにより六カ月かかって未知の超重元素が宇宙で発見された。米の大型 地球を一周、出発地に戻る。 宇宙船スカイラブが見つけたもので、天体物理学 そんなにうまく行くものか、と思う方もあろう者、核物理学者たちは「画期的なこと」とすっか が、これまで二回の予備テストは大成功を収めてり興奮している。 いる。豪州のクイーンズランドから成層圏に上げスカイラブは宇宙の有人実験室として、さまざ た気球は南アメリカ大陸にまで達し、回収地点にまな研究に使われているが、そのひとっとして宇 宙空間での新元素発見という任務があった。 地球にあるもっとも重い天然元素はウランだ が、物理学者たちは宇宙空間には、地球に存在し ない原子番号一四〇番ぐらいの超重元素があるはばる地球の近くまで到達したものだと思われる」 球ずだと主張していた。というのも、天体の大爆発と。フライス博士はいっている。 気によってこうした元素が出来ていなくてはならな こうした超重元素は宇宙にはかなりあるらし 大 いからだ。 。天体が一生を終えると、ただよっている超重 ン そこで米国の科学者たちは、スカイラブの外側元素は、ガス状に集まって、また新しい星を作る。 メ に。フラス・チック板を取りつけ、それを貫通した粒そのもっともよい例がカニ星雲なのだそうだ。 一子の跡から、どんな元素があるかをつきとめる研天体物理学者たちによると、超重元素の存在が 究を続けていた。 確認されたことは、宇宙の歴史の解明に役立っと す スカイラ・フ第一次実験のあと、カリフォルニア いう。「宇宙のなかで何が起きたか、何が起きて ざ め大学の・。フライス博士らのグルー。フは、宇宙飛いるかの研究も、こうした宇宙からの物質をつき を 行士たちが持ち帰ったこの。フラスチック板を調べとめれば、実証でぎるはず。スカイラブの今後の た。そしてこのほど、待望の超重元素をつきとめ活躍に期待したい」と、東京天文台の学者たちも 界ることに成功した。 胸をおどらせている。 世博士によるとこの超重元素は、ウランよりもわ ずかに重く、明らかに地球には存在していないも の。「恐らく寿命がっきようとしている超新星か らのもので、大爆発のさい宇宙に飛び出し、はる 物 ~ おうし座にある「かに星雲」ここから超重元素が ? 以 8