ことわれば、主人は誰か他の者を見つけなければならないらしかっ彼はラリイのレストランで働くのが楽しかった。給料こそ安かっ たが食事は上等だったし、ルビーが彼の洗濯物の世話をしてくれた た。彼は喉に何か塊まりがこみ上げて来るのを感じた。「うわあ、 かね どうもありがとう ! 」と、いきなり彼は言った。 ので、儲け率は結局、非常に良好だった。大計画のために若千の金 ラリイは立ち上って行きかけたが、再び腰をおろし、思慮深けなをたくわえこむことさえできたのだった。 顔になった。「一つだけ言っておくことがある。私は前にも幾度しかし、そこで働くことで最も嬉しいことは、カウンター沿いや か、男の子にここで働いてもらったことがある。ところがたいていテー・フルの間でくりびろげられる話の数々を聴けることだった。彼 どの子も宇宙港でロケットのただ乗りをしようとして、それつきりの見たことのない場所々々、ただ本でしか読んだことのない場所場 くに になっちまうんだ。おまわりが彼らをつかまえ、故郷に送り返しち所に関する話の数々を : : : 」 まうんだな。私がそれを知るのはたいていそれから二、三日も経つ事実上一晩の飛行に過ぎない月地球間航路に一人の年老いたコッ シティがまだアルキメデス・クレ クがいた。この男はクレーター てからなんだ。もしおまえが何か馬鹿なことをしでかすつもりにな ーターの岩棚の下にごたごたとかたまり合った、一群の、気密化さ ったら、前もって、この私に知らせてくれんかね ? わかったな」 彼は言葉を切って、再び鋭くマイクを見つめた。「事を起す前にじれた鋼鉄製気泡に過ぎなかった時代から大型船に乗り組んで働いて レッド・フラネット つくり考えることだな。実は私も十五年前に、でつかいたくらみを いたのだった。また、火星向け定期貨物船、マーシャン・。フリン 持ってここにやって来たもんだ。人間てものは、自分が、世の中をス号の輸送員のギム・ウオンがいた。ギムは歩く歴史教科書といっ あっと言わせるようにはできてないということを自覚した時に、大た人物で、マイクの考えでは、各惑星の植民地化の開始時期のこと に関しては、彼は他のどんな人物よりも詳しいのだった : 人になり始めるもんなんだよ」彼はエプロンでテー・フルを拭くと、 皿をひろいあげた。「ここでだな、男たちが語り合うことを聴いて〃今でこそ植民地の設立はわけなしだがね、火星に初めて植民を開 さえいりゃあ、知りたいだけの冒険は知りつくせるよ。よく耳を澄始した頃の様子をお目にかけたかったよ。わしは最初の荷を運びこ ましておくんだな。ーー多分、おまえの気が変るような話だって聞んだ時のことを覚えている。それから一年後に救援物資を送りこん だ時のこともね。最初の植民者の半分はすでに凍死し、残る半分は けるだろうよ」 うつ 餓死寸前だった。原因は、到着後間もなく、原子力技術者がハイハ 3 「ええ、多分ね」とマイクは空ろに言った。 イ病で死亡し、後に残された者の誰一人として、発電所の操作の仕 しかし彼は何事も彼の心を変えはしないことを知っていた。 おと ・ハプル
マイクル・ドナヒュウは予備操車場のすぐ外の石炭殻の築堤に身始めた。 どうやら自分を探しているらしいと彼はうんざりした気持ちで考 を横たえ、堤の上面に、線路に沿って生えている、しょぼたれたよ うな、油に汚れた雑草の小さな茂みが投げる影の中にびったりと体え、おのずと石炭殻の上にいよいよ平たく身を伏せた。施設のギル を押しつけていた。炭殻の斜面に両手をいつばいに拡げて身を伏マン氏はすごく智恵がまわるのだーーー多分彼は逃走者は・ハスやタク せ、身動きもせず、ただ、夜の冷気の中の混じり合った匂いーー炭シーでシカゴを去るという手段はとらないだろう、そんなことをす 殻の、油じみた塵埃の匂いや、ものの百ャ 1 ドと離れていない小屋、ればわけなくつかまってしまうだろうからと読んだのだ。殊による から漂ってくる、ゆっくりと焼かれているハムエッグのせつなく胃と彼は逃走者が貨車荷積み場で運だめしするだろうことをたちまち 袋を刺激する香りやを、嗅ぎ取れるほどの呼吸を続けていたに過ぎ察してしまったのかもしれなかった。 よ、つこ 0 構内作業員の一人が近づいて来た。灯火を、その光が夜の闇を大 ーム 今頃、施設ではきっとみんな自分のことを話し合ってることだろきな弧をえがいてよぎり、上気の線路や石炭穀の斜面を照らすよう なと彼は思った。サンデイもミックもプーツも他の者たちも多分今に振りまわしながらだ。マイクは唇を噛み、祈りをささげた。やが 、、はて男は立ち止った。線路上のずっと向うのほうから、もう一つの光 頃寝るために服をぬぎながら、彼がどのあたりにいるだろうカ たしてローズウエルまで、そして口】ズウエル宇宙港までたどりつが、まくら木の上を這うように進んできた。ディーゼルエンジンの けるだろうかと思案していることだろう : : : 音が大きくなって、轟音をたてつつゆっくりと通り過ぎ、軽量の貨 影の中でわずかに身を動かして顔をうわむけ、彼はまばゆい星空車が揺れながら後に従っていた。 を仰いだ。そこには、静かの海と嵐の海である暗い部分がぶちにな 西に向っている , ー・・ーそれを見てとったマイクは突然心臓の鼓動の った月があった。そしてまた火星のちつぼけな赤い点と、金星の火速まるのを覚えた。貨車の後ろには空車がつらなっている。彼はさ のような光とがあった : っと立ち上ると、その横を走り始めた。灯火を持った男が彼を見つ 彼は、こわばった筋肉をくつろがせようとして、ちょっと姿勢をけたかどうかは意に介さなかった。列車は今や速度を増し始め、汽 変えた。彼の肘に動かされた石が一つ、築堤をからからところがり笛は夜の闇に不気味に響き渡った。各空車はがたがた揺れながら追 い越して行く。ドアはいずれも半開きだ。その一つに入り込もうと 落ちた。彼ははっと身をこわばらせた。しかしその音は、線路沿い の草むらの中にすだく虫の音というお定まりの夜の音と、一プロッ指がドア枠をつかむ。思いのほかの烈しい加速と衝撃で彼は宙ぶら ク先の構内で車輛を往復させている入れ代え機関車の騒音とにかきりんの状態になった。薄い木綿のズボンは冷風をはらんでばたばた と脚を笞打った。やがて空気を胸いつばい吸いこむと、力をこめて 消された。 小屋の中で電話のベルが鳴った。ほどなく灯火を手にした男たち車内に這い上った。 が出て来て、構内沿いに歩きだし、背の低いタルゴ貨車を見まわり開いたドアのわきにしやがみこむと、通過していく郊外の風景を
驚くことには、大ことで大阪の堀書店というところから判六五〇ペー ジほどの大冊で刊行されている。訳者は詩人で国文学者 ぎな石がまん中か ら裂けて、一つのの尾上柴舟。さすがに訳文がうまく、「西遊記」ファン 石の卵を生みだしにはこたえられない一冊だ。 ている。それのみ こうして花果山の石が、またまた石猴を産んだ。 ならず、その石の たまたま、この文を書いている最中は「週刊読売」に陳 卵は、風のまにま舜臣氏の「新・西遊記」という連載が始まったので、期 に廻り廻っていた待に胸をふくらませて立ち読みしたら、〈孫悟空が石か : 、たちまち強くら生まれたという設定は、この物語がありうべからざ 高い響をたてて、 る、荒唐談であることを、前もってしらせるためであろ また半分にわかれう。『石』は不毛を意味する。だから、子供を生めない てしまった。する女性のことを『石女』というのである。ものを生めない と、そこから ) 一石が、お猿を生みました。わっ、はつ、はっ : : : という 匹の石猴が現われ調子で、西遊記は始まるわけだ。わっ、はつ、はつ、そ ・ : といったふうに読者は応じなければなら た。小さいが、身うですか。 体はすっかり出来ない〉と書いてあった。参考になるので買ってしまっ あがっていて、手た。だから、この「後西遊記」を読んでいる人も、もう 足もみんな備わっ 一度、発端のところを読みなおして、わっ、はつ、はっ ている。その足を : と笑ったほうがいし 孫悟空が生まれてから約 動かして、はや歩一千百年後のことだ。悟空が水簾洞の主人であったこ いたり、走ったりした。二条の金色の光は、その石猴のろ、目をかけてもらった老猿通臀仙は、この石猿を旧主 人孫悟空の子孫と尊敬し教育する。 眼からさし出たものであった。 斎天大聖孫悟空にあやかって、自ら「斎天小聖孫履 と、こんな発端の小説がある。題名はずばり「後西遊真」と名づけた石猿は、祖たる悟空の行状を聞き、自分 記」みんなの知らない「西遊記」の第一弾。題名からもも悟空のように神通力を持った神猿になろうと日夜努力 わかるとおり、「西遊記」の続篇というわけだ。作者はする。水簾洞の後方に山があって、その頂には悟空の使 天花才子という人で、書かれたのは乾隆癸卯年というかった如意金箍棒が立っている。孫履真はそれを動かして ら西暦一七八三年、呉承恩の「西遊記」から約一一〇〇年みようとするが、少しも動かない。自分のカのなさを知 後の作品だ。日本で翻訳されたのは戦後、昭和二三年のった履真、悟空と同じように神仙修業の旅にでることに 「東遊記」插絵 , 牛精王に化して宴に臨む 8 8
哀歌がくどくどとつづくなかで、 ( ヴァーズは心の目でまざまざ一 とそのみすぼらしい小部屋を見た。窓のない、竹の壁にかこまれた一 小部屋、べンチ然とした竹製のべッドと、その上に、キャラコのド レスを腰までまくりあげて横たわっているフィリ。ヒン人の売春婦 : ・一 ・ : そして彼自身。大きな編上靴をはき、カーキ色の服に、あの一 ばかげた、ちつ。ほけな軍帽をちょこんと頭にのせてーーどこからど一 こまで十九歳の少年兵だ。そしてそのあと彼は、五枚の小さな丸め - ウグ 。ッドに投けつけ、カーキ色のズボンを脱ぎ捨てて、にた た紙幣をへ 一三 ン ロ モャ にた笑っている女に折り重なってゆく自分の姿を見た。と同時にレ での以何。進贈町一 0 一 点もれがとをお木慎一 コードがやみ、彼の過去のかたみをおさめた部屋のうちに、ふたた 得のそ品こ刊を材本谷一 , 作の新ル市塚大一 良ル生ト一高色 び沈黙がひろがった。 者 , 典一浩う異う 3 の記最一野市一 はよ作価明ズボ遠岡 - 村ウ野バ野い 県の静 - 作半ロ河口山とでし準評ず一 中で水同必リク手 1 県一 。はシッ岩台岡一 のい 『サクセスフル実業大学のビジネスマン』をとばした彼は ( 自分が一 , 桜静一 均品な 4 い 平作は作さ齢「様区 そこでいかに刻苦勉励したかということを、いまさら思いださせら一カ一 ものか佳だ年ワレ治馬一 , く・カフ健練子一 れ近ほ れるのなど真っ平だった ) 、そのつぎの『ウエストブルック株式会 - 田都律一 ュそ最り 5 票名ャ 回ジ 0 一気 , のよ作投氏 ( 来福京村 - 社、もうひとりの新人を迎える』もスキツ。フし ( 自分が週給五十ド 東西 - ( て・方の絽 果最ル男ンま村い ルの事務員から出発したということも、いまさら思いだしたくもな一 ・た一の半と式に所の者の様 一囚結 計塞ガルえオプ。事方書住名病 3 明一 『 * * * * ジェニファー * * * * 』も敬一 。 5 臆の俊栃一 い事実のひとつだった ) 、 4 葉町一 集品間オスをルトしお定葉んで「 空間リ去ポ続まも規てせ選に町千台 - ービー人形に出くわすのなんて、いやなこっ 遠した ( またあの・ハ , つま抽方市大一 号作亜人ク過レ連りて 月 , くしし従い , の 々方郡様一 た ! ) 。さらに、『男児出生』 ( その事実それだけで十分だ ) 、『ハヴ一 がくに対にま日記野メ気敏一 塞めれに , か末下郡ウ多寿 - アーズ、成功への階段をのぼる。五〇年代ならびに六〇年代のハイ一 日村県谷一 1 2 3 4 5 要締そ篇 1 も月は。 , 間を , , て 2 月す石中重神一 順 ライト』 ( 五〇年代ならびに六〇年代なら、すでに堪能するまで味 空回が月 2 つは今ま県幻三 亜終す今にあ切 , し川の , 2 一 わってきた ) の二つもとばして、最後に彼は、『食卓のハヴァーズ 最で下篇締呈り石 3 様の一 夫妻、夫婦水入らずのすてきな会話』をかけた。べつに話の内容に 興味があったからではなく、なぜこのようなありふれた出来事がこ 評点 3.57 3.51 3.41 3. 0 ・・ 0 を無・朝 1 、 ・・・ 00 0 ・ 0 ・当 ・ 0 0 0 ・・ 00 0 9
「それはおじさんの了簡が間違ってるんだ」とマイクが抗議した。熱中して他のことには注意を払っていなかった。マイクは突然足を 「おまえも行ってたって言うのか ? 」 上げて蹴りつけ、大男はうっとうめいて体を折り曲げた。ドアの外 「お父さんが一度、クレーター・シティにつれてってくれたことがの空間に身を沈める時、男の・ほってりとした顔に驚愕の表情が浮ん ある」それは決して忘れるこ、とのできない思い出だ。 / 。 彼よゆっくりでいるのがちらりと見えた。 と想いに沈んだ。小さな都会の上をおおうグラサイトのドーム、掘 マイクはガタガタと震え続け、吐き気を催していた。タルゴ列車 鑿中の鉱坑、アルキメデスやアリステイラスのクレーターの荒々しはゆるやかな斜面を時速百マイルかそれ以上で走っていた。大男は い側壁をぎらぎらとかすめるまばゆい陽光、そしてその向うにのびもう彼に、いや誰にも、二度とは厄介をかけることはないだろう。 拡がる軽石の粉の原野 : : : 。彼は父がくれた、本物のクレーターの彼の動悸は次第にゆっくりとなり、彼は自分の幸運をつくづくと 岩塊から作られた小さな幸運の石をポケットの中でいじくりまわし味わった。施設にいたうちに貯めこんだ五十ドルこそ、ふいになっ た。それはもう幾度も彼が愛撫したために丸く、今やほとんど完全てしまったけれど、彼はまだ生きており、ロ 1 ズウ = ルに向かって に平滑だった。 いるのだ。金無しでやって行くのは並大抵ではないだろうが、それ 「ローズウエルに行くにゃあ金が要る・せ。 大男は話題を変えた。 は重大問題じゃない。 ヴィーナスート たとえずうっと汽車のただ乗りをきめこんだってな」 重大なことは彼が金星港への最初の一歩を踏み出したことなん 「金は充分持ってるさ」 大男の声に思慮深さがこもった。「おまえがそれを言ったのは残あるいは火星タウンへの。 念だなあ、細いの。わしもちょいとばかり金が要るんだ」 あるいはクレーター・シテイへさえの。 男は闇の中で素早く身動きし、マイクは突然、何か鋭く、とがっ た物が自分の喉に押しあてられたのを感じた。 彼女は大柄で金髪で・ハストが大きく、両側に切り込みのある、き 「じっとしてろよ、細いの。そうすりや万事オーケーだ」マイクは っすぎるスカートをはき、そのロは真紅の裂けめのようだった。街 じっと動かずにいた。ロの中はからからに乾き、一方、手の平はじ灯の下をしどけなく歩みながら、通りをぶらっく、緑色のオーヴァ っとりと濡れた。熟練した手が彼の右ポケットにすべり込み、彼の ーオールを着た航宙士たちを見つめたり、閉じたガラス窓にコイン サイン 財布を引き出した。喉への圧迫はゆるんだ。紙のサラサラとこすれ がコッコッあたる音がすると立ち止ったりしていた。街角の標識に トリームストリート るかすかな音がし、大男が札を手さぐりしているのがわかった。 それはいかがわしい稼業の家々が直 は「夢の通り」とあった。 のば 列車はゆるやかな上り斜面にかかっており、貨車のドアが滑って接歩道と面している、ネオンばかりが華やかでいて照明の薄暗い、 開き、外の黒い空と明るい星々とが見えた。大男はマイクの右側狭い通りだった。 に、そして相変らずドアの前にいた。財布から金を取り出すことに マイクは通りの反対側の暗がりから瞬時彼女を見まもったが、や かね
だすのにちょっと苦労したものもあったが、大半は、一目見てすぐの中年女性とは、ほとんど、あるいはまったくつながりを持ってい だれだかがわかった。彼の小学四年のときの先生、ミス・トラウないように見えた。 。体育の教師だったウインストン・ ーンズ。サクセスフル・ビ彼はその・ハ ービー人形を棚にもどすと、つぎの区分に移動した。 ジネスマン大学時代のルームメイト、ジョン・ラクロス。ペイン・ そこは、彼とジェニファーが二十三年間の結婚生活中に使用してき ハリントン。ハヴァ ウエスト・フルックの個人秘書、ヴァージー た、さまざまな電気製品やラジオ、テレビの類、それに、彼らがウ ズの父。ハヴァーズの母。ハヴァーズの息子ウェズリー 。ペギー 工ズリーに買い与えたポータ・フル・テレビやラジオ等にあてられて フェル。フス、高校の最上級生のとき、ハヴァーズが遠くから憧れて いた。そうしてそれらが棚に並べられているところは、まるでおも いた女生徒で、その後、ポイラー室でラルフ・コリンズと抱きあっちゃのようだった クリスマスに女の子が親たちからもらい、ク ている現場を発見され、放校になった。そしてそのラルフ・コリン リスマスの朝、それで遊ぶままごとの道具だ。つぎの区分は、これ まで彼が所有してきた自動車のミニアチュアにあてられていた。そ つぎの人形の正体を見きわめるのには、ちょっと手間がかかっ の数の多さに彼は一驚した。どうして彼のような中所得層の男に、 た。背の高い、赤褐色の髪をした青年で、茶色の目と、やや大きい これだけ厖大なクロームとスチールの山を買いこむ余裕があったの 耳を持っている。しばらくして、ようやく真実が彼を打った。彼は だろう ? それらもまた、こうして見ると、おもちやめいた感じを 自分自身を見ているのだったーーーむろん現在の彼ではない。遠いむ持っており、幼い少年が歩道で遊ぶ玩具の自動車を連想させた。足 かし、ジェニファーと結婚したころの彼だ。ほんとうに彼は、あのらないのは、おもちゃの消防自動車ぐらいなものだ。 ころこんなに痩せていたのだろうか ? いっしか彼は、上に出口の標識が輝いているドアの前まで達して つぎの人形は見ないでもわかるような気がしたが、それでもそれ いて、しばらく彼はその物言わぬパネルをながていてから、つぎに を彼女と見分けるには、やや骨が折れた。ほんとうにジェニファー 足を運んだ。その区分が彼に思いださせたのは、人形の家だった。 は、結婚したてのころ、これほど目の覚めるような美人だったのだというのもその棚は、各種の家具調度のミニアチュアで埋まってい ろうか ? もっとよく見ようと、彼はその人形をとりおろした。そたからだ。寝室の調度、居間の調度、料理用ストー・フ、キッチン・ の澄んだプルーの目、すんなりした脚、キンボウゲ色の髪 : : : 何度キャビネット、食堂用家具セット、食器戸棚、脚付きの高たんす、 見なおしても、彼に思いつけるのは、愛らしい ービー人形以外に電気スタンド、絨毯、足台、膝ぶとん、マガジン・ラック、エンド ・テーブル、洗面台、浴槽、薬品戸棚。おもちゃの室内便器すらあ なかった。ふいに彼は騙されたような気がした。人生に、ではな 、時にだ。いま彼の手にしている娘は、どう想像を逞しゅうしてった。それも二つだ。さらにそれにつづく区分には、二つの棚しか なく、彼が結婚以来購入した二軒の家のミニアチュアが展示してあ みても、現在彼とおなじ家に住んでいるあの背の高い、がりがりに 痩せた女性ーーよそよそしく、冷やかで、更年期のさなかにあるあった。上の棚にあるのは、彼のいつも嫌悪していた靴箱のように真 6 3
大ぶりで、ダークグレイのビジネス・スーツにストライ。フのワイシ死んでいることを知っていたのかもしれない。 ャツをつけ、・フルーのネクタイを締め、鰐皮の靴をはいている。タ彼は室内を見まわした。陳列用カウンターにのっている品物。棚 いまやその七色の声 イはだらしなく結ばれていて、先端が小さな上着の外にとびたしての上にのっている品物。ジュークポックス いる はやみ、それは黙然と壁ぎわに立っている。やがて彼は、自分が出 ( ヴァーズはその人形を凝視した。大きさの点を別にすれば、そロと書かれたドアを見つめているのに気づいた。 ザ・マネジーメント れの服装は、いま現在彼の着ている服、シャツ、タイ、靴をそっく市役所を相手に戦えないのと同様、″経営者″を相手にまわし りなそっている。まさにこの朝、朝食をとりに階下へ降りる前に、 てはとうてい勝ち味はない。 彼の身に着けたものばかりだ。それは、棚の上の ( ヴァーズの人形こんなにも平静に死を受けいれられるとは奇妙だ、と彼は感し の最新版だった。ゆがんだタイを除いて、現在の彼の姿を、そっく た。ことによるとこれは、彼がついに一度もほんとうに生きたこと りミニアチュアでかたどったものだった。 がなかったからかもしれない。 ドアのほうへ一歩踏みだしかけて、彼はためらった。そして、脚 ( それにしてもへんだ、朝食を食べたことを思いだせないとは。 ) そうしてその矮人を見つめながら立ちつくしているうちに、徐々付きの台に歩みよると、ハヴァ 1 ズ人形のタイを結びなおし、それ に彼は静寂を意識しはじめた。はしめ部屋にはいってきたときにをていねいに小さな上着のなかへ押しこんでやった。それから彼は は、ごく漠然としかそれを意識しなかったし、目に見える過去のか部屋を横切り、扉をあけて、出ていった。 たみに心を奪われて、いっしかそれは心の片隅に追いやられてしま った。そのあとは、音声による過去のかたみがそれを打ち消してし まったのだ。だがいまそれは部屋に充満し、彼は周囲のいたるとこ ろにそれを感じることができた。それは、彼のはじめて知ったほ・ん とうの静寂だった。自分の呼吸する音すら彼には聞こえなかった : そのとき彼はあの痛みを思いだしたーー朝食のために階下に降り ようとしたとき、ふいに襲ってきた激しい、身のよじれるような痛 み。それが彼の胸を引き裂き、津波のように左腕を走りおりたと き、とっぜんあの見慣れぬドアが目の前にあらわれ、過去への扉を ひらいてくれたのだ。 彼はとくに驚きはしなかった。ある意味で、最初から彼は自分が
昼も夜も、夏も冬も、火事と洪水と侮辱にもめげず、何世紀かに食べ物がないときもそれに肥料をやってきたのだ 0 た。一家はその わたってパスキン一家はそのぶどうの木を育ててきた。その樹齢を木の大きな幹の蔭になった小屋に住み、夜昼なくその木の世話にあ 正確に知っているものはひとりもいなかったし、また、だれがそのたっていた。彼らの腰は曲り、年じゅう温室にこもりきっているた めに皮膚は青白くぶよぶよしていた。家族のだれかが死ぬと、巨大 木を植えて、・ハスキン家の先祖にその世話をまかせたかを知ってい るものもいなかった。最初の移住者がこの谷へやってきたとき、すな温室のすぐ外にある一家の墓地へ葬られるのだが、つねに屍衣も でにぶどうの木はそこにあったのである。その木をおさめた巨大な棺桶もなく、じかに土の中へ埋められた。こうして、死んでからも 温室を建てたのがだれであり、毎秋、ぶどうを積みこみにやってく彼らは木を肥やしつづけるのである。この家では、長男だけが妻を るトラックの荷主がだれであるかを、知っているものもいなかつめとる習わしだった。長男はふつう谷の外へ出て嫁さがしをしてく るので、新妻はこの家へ連れてこられるまで、自分がぶどうの世話 当の・ ( スキン一家でさえ、それを知らなかった。にもかかわらを運命づけられた息子や娘を生むことになるとは気がっかない。た しかな証拠はなかったけれども、・ハスキン一家が年に四度、木の根 ず、この一家は最初からその木を育て、刈りこみ、形をととのえ、 果実をとり入れ、村が水飢饉のときもそれに水をやり、自分たちのもとの土を肥やすために、放血の儀式を行なっている、という噂も キイット・リード 0 現在は大学教授の夫とっ 00 「 ) と近未来の戦争を背景にしたコ流れていた。 昔まえは = ーイングランド年間最優秀婦児童物と三冊の普通小説があり、その中のでありながら、ぶどうの木は谷ぜんたいに暗い影 人記者に二度も選ばれたチャキチャキのジ "At War as Children" ( 1964 ) はグッゲを落としていた。豊作の年でも、百姓たちは自分 ャーナリストでした。一九五八年の & ンハイム長篇賞を獲得しています。 たちのいちばん出来のいいぶどうを眺め、それが 誌へのデビュー作『お待ち』一 ここに訳出した短篇は、六七年に & 温室の中に垂れさが 0 た房とはとうてい太刀打ち ハリスン日オールディス 五八号 ) は、人類学的テーマをとりいれた誌に発表され、 できないことを知った。早霜が降りたり、日照り 恐怖小説の小傑作といわれ、以後も数こそ編の年刊傑作集にも収録されたもので、彼 で土がひび割れたりすると、彼らはそれをぶどう 少ないが粒揃いの作品を発表して、メリル女の持ち味である鋭い戦慄にみちたファン の年刊傑作選の常連となりました。著書タジイであり、同時に一つの寓意物語でもの木のせいにした。しかし、その木を憎みながら (<) も、彼らはそれに惹かれているのだった。夏も冬 は、イギリスで出た短篇集会 Mr. da ・ V こあります。 7 6
るのに黙って指をくわえて見送るのさまたこういうこともある・せ 近ごろの若いものが傍若無人にやりたいことをやってるのが気に ー & グリルにおける 食 - わねえおれの若いときはこんなじゃなかったなんてねいかにも ディック・エヴァンズ そうだろうさむかしはだれもが他人の思惑ばかり気にして暮らし てたんだもんなときどきわずかなあいだだけ羽目をはずすことは 「なるほどじゃあそれがあんたの忠告ってわけかよしならおれも あってもそれ以外はみんなそんなふうだったんだ若いもんがおれ 友達甲斐に言ってやろうまあ聞けよ相棒あの古狸めを信用するん たちとそっくりの人間に育つのも当然だよジョージおれたちみた じゃねえそ信用したらさいごあんたもおれみたいに踏みつけにさ いな自分の生活を持たない人間他人に支配されてる人間たがいに れちまうそれがあいつのやり口なんだいいかジョージこっちが先 支配しあいときどきちょっと息抜きしてはほんとにやりたいこと にやつつけるんださもないとこてんこてんにやられっちまうそお をやる人間それ以外のときはいつも見せかけに生きてる人間だけ おいファーディーおかわりだ二杯だそなあおいジョージわからね どその見せかけが終わったときおれたちになにが残るいったいだ えかこの世の中は嘘つばちばかりだおれたちや自分の生涯を生き れがおれたちがなにをやったかやらなかったかどんないいことを ちゃいねえのさおれがおれのしたいことをするときって言やあな したかしなかったかなんてことを思いだしてくれるええおいくそ 酒を飲んだときだけさ近ごろしやそれがしよっちゅうになっちま ったれいったいおかわりはどうなっちまったんだファーディー ったみたいだがなだがそれ以外のときにゃなにかをする前にまず 考えるねこれからおれのしようとしてることが他人の目にどう映のいまいましい店のサ 1 ビスはどうな 0 てるんだよおかわりはど うしたと言ってるのが聞こえねえのかなあおいジョージおれたち るか連中はそれを是認するかどうだろうかってああそうさくだら はな一生を世間というでかい薄汚ないくずかごに投げ捨てちまっ ねえってこたあわかってるさおれのやることが他人の気に入ろう ー一巻きほどにも考えてい たのさおれたちをトイレット・ と入るまいとおれの知ったことかおおいおかわりはどうしたファ ない世間にな」 ーディーじっさいばかげてると思う・せ人間はたった一度ささやか な一生しか生きられねえのに他人が自分の生きかたを是認するか ハヴァ 1 ズは、小さな機械の腕がそのレコードを持ちあげ、水平 どうかってことばかり考えてそいつを無駄にしちまってるんだか らたとえば向こうからいかす女が歩いてくるのを見るとするそしの棚にもどすのを見まもった。かわいそうなディック。なんという てあんな女をものにしたいと思うだがそうかと言ってその女のあ無情のあらしが、それまで彼の安全にもやっていたドックから彼を とを追いかけてくかってえととんでもねえまず考えるのさ女房に引きはなし、逆巻く荒海に吹きとばしてしまったのだろう。 見つかったらどうしよう近所の連申はどう思うだろうってそして あるいはそのもやい綱には欠陥があったのかもしれない。ディッ 女がちらちらこっちを見てて声をかければものになるとわかってクはついに真の意味では落ち着くことのなかった男だったーっま ロードサイド・・ 4
母さん、もの持ちがいいのね」 お父さんの背広が、いつの間にか自分のスカートになっていた・ こんな 思い出、どなたもお持ちのことて、しよう。ものを大切にするって、今に始まった ことてはありません。いい家庭には、どこか共通する部分があるようてすね。 明 14 日月から利率引上げ / ますますおトクに / サンワ 2 年定期ー 利率年 7.50 % 。いま、銀行預金中でいちばんおトクな定期ですしかも年目に お利息の一部が受取れる有利なしくみです。お預入れは、サンワ総合口座が 便利。この通帳一冊で、貯めながら、自動支払や自動融資がご利用いただけます